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十四話 「まあ、ぼちぼちやりますよ」

 水彦に続き空から降りてきたエルトヴァエルの姿に、アグニー達はますますうろたえまくった。

「ててててててんしさまじゃぁぁぁ!!」

「へ、へへぇぇぇええ!」

「ありがたやありがたやぁぁぁあ!!」

「なんまいだなんまいだなんまいだ!!」

「へゃ! ひぇあぁああ!! ろぶぁぁあ!!」

 もはや言葉すら喋れなくなっているほど動揺しているモノもいた。

「とりあえず、とりあえず落ち着いてください。これでは話も出来ませんから」

 引きつった表情でエルトヴァエルが宥め、アグニー達はなんとか落ち着きを取り戻した。

 それでも全員ががちがちに緊張していて、何人かは今にも卒倒しそうなほど顔を真っ青にしている。

 がくがくと震えている物や、白目を剥いているものもいた。

 が、特に会話の邪魔にはならなさそうだったので、エルトヴァエルはスルーすることにした。


「この中の代表の方は誰でしょうか」

「はひぃ?! わ、わしでございますじゃぁ!」

 エルトヴァエルの言葉に上ずった声で答えたのは、最前列で土下座していた長老だった。

 流石の長老も天使には会ったことがなかったらしく、ガッチガチに緊張している。

 ちなみに、長老は今魔法を使っていない状態で、外見は10歳前後の子供のようだった。

 乱雑に切られているものの、まるで銀糸のようなプラチナブロンドの髪。

 大きな目には大きな金色の瞳が輝き、まるで宝石の様に輝いている。

 ほっそりとした輪郭に、ぷっくりとした唇。

 陶磁器の様に白く滑らかな肌。

 一言で言うならば、絶世の美少年だ。

 アグニー族はある程度まで外見年齢が進むと、そこからぴたりと成長を止める。

 そして、その姿のまま一生を終える。

 その姿はなぜか、美少女美少年であることが殆どだった。

「長老の、グレッグス・ロウでございますじゃ」

 ぷるぷると震えながら、じじぃ言葉を使う美少年。

 それが、エルトヴァエルと水彦から見た長老の印象だった。

「おまえ、こどもなのに、ちょうろうなのか」

 険しい顔をしてみもフタもないことを言ったのは、水彦だった。

「は、はいっ?!」

 長老は水彦の言葉にびくりと体を跳ね上げた。

 心臓の辺りを押さえながらおどおどとしたような顔をしながらも、何とか説明するために口を開く。

「わしらアグニー族は、他の種族で言うところの子供の外見から年をとらないのですじゃ。わしはこの成りで、51歳になるのでございますじゃ」

「ごじゅういっさいか。ほかのしゅぞくでいうと、どのぐらいになるんだ?」

「そうでございますのぉ。人間族で言いますと、102歳。犬ですと20歳。エルフ族ですと…何歳ぐらいなんじゃろう?」

 どうやらエルフ族から見た年齢比を知らなかったらしい。

 隣に居るアグニーに尋ねる長老だったが、そのアグニーも首を捻っていた。

「ちょ、水彦さん。アグニーが困っていますから。彼らは人間の倍の速度で年をとると思えば、間違いありませんから」

「あー。そーなのか」

 こそこそと耳打ちしてくるエルトヴァエルの言葉に、納得する水彦。

 こくこくと頷いていたが、その首の動きがぴたりと止まった。

 首をめぐらせ、長老のほうに目を向ける。

 長老はびくりと体を震わせ、何事かと緊張した。

 水彦は長老を暫くじーっと見ていると、おもむろに口を開いた。

「じぃさん。ながいきしろよ」

「へ、へへぇ!!」

 地面にひれ伏す長老。

「いえ、そうでなくてですね。話を先に進めたいんですが」

「おお。そうだった。ごめん」

 ぺこりと頭を下げる水彦に、「いえ、あの、いいですから」と狼狽するエルトヴァエル。

 とりあえず咳払いで気持ちを仕切りなおし、話を進めることにする。


「貴方達アグニーの集落が襲われ、ここまで逃げてきたという事情は分かっています。大変な思いをしたことでしょう」

 エルトヴァエルの言葉に、アグニー達が聞き入る。

 水彦だと埒が明かないと早々に判断したエルトヴァエルが、ここは私が話しますと役を買って出たのだ。

 ナイス判断といわざるを得ない。

「もう、元の土地に戻り、元の営みを取り戻すことは出来ないでしょう」

 アグニー達の顔が、目に見えて暗くなった。

 生まれ育った土地は、もう安全な場所ではない。

 分かっていたことだが、改めてソレを他者から認識させられた衝撃は小さくない。

「それでも、貴方達はこれからも生きていかなくてはいけません。他の場所に生きる仲間の為にも。これから生まれてくる仲間の為にも」

 たとえどんな状況になろうと、どんな過酷な場面だろうと、生きなくてはいけない。

 そして生きる為には、何かをしなければならない。

「仲間は捕まり、敵に追われ、それでも生きることを諦めない。貴方達の姿は、本当に素晴らしいです」

 微笑むエルトヴァエルの姿に、アグニー達は涙を流す。

 初めて接する天使がかけてくれた労いの言葉は、彼らを慰めるのに十分だった。

 頬を伝う涙を拭った長老は、再びエルトヴァエルへと顔を向けた。

 表情を改めると、恐る恐るといった様子で口を開く。

「天使様。わしらは罪人の森に入ってしまいました。何か罰を受けなければいけないのでございますじゃろうか」

 長老の口にした懸念は、アグニー達がずっと思っていたことだった。

 どの国も、どの種族も、封印された土地や罪人の森に入ることを禁止していた。

 神の封印した土地に近づくことは、神の怒りに触れる行為だと思われていたからだ。

「確かにこの土地に近づくのは、危険かもしれません。ですが、禁止しているわけではありません。罰なんてありませんよ」

「そう、そうで御座いましたが! よかった、よかった!」

 心底ほっとしたように、長老は胸をなでおろした。

 他のアグニー達も、安堵の表情を浮かべている。

 少し間を置いてから、エルトヴァエルは再び話し始めた。

「今日私達は、貴方達アグニーにある提案をする為にやってきました」

「提案、で、御座いますか?」

 首を捻る長老。

 アグニー達の注目が集まるのを確認すると、エルトヴァエルは封印された土地のほうを指差した。

 この場所は結界のすぐ目の前なので、広がる荒野がよく見渡せる。

「封印された土地を囲む結界は、消されることになりました。この土地は生き物の住まうことができる場所となるのです」

「なんと!」

 これにはみんなが驚いたらしく、長老以外のモノ達も話し始め、ざわつき始めた。

「ということは、あの荒野にも植物が?」

「広い土地になるのか……」

「そんな…じゃあ、もう結界にタックル出来なくなるのか?!」

「何を楽しみに生きていけばいいんだ!」

 一部どうでもいい内容の物もあったが、概ね喜んでいる。

 荒地に緑が戻ることは、猟師にとっても農民にとっても喜ばしいことだ。

「そこで、貴方達さえよろしければ、この土地で住んでみないか。というのが、今回の提案なのです」

「住む。ソレは、定住ということで御座いますじゃろうか」

「そうです。もう貴方達の故郷は、安全な場所ではないでしょう。ですが、ソレでも何処かに住まなければなりません」

 ずっと放浪して暮らすことも出来ない。

 それはアグニー達みんなが思っていたことだった。

 何処か、安心して住める場所を探さねばならない。

 いよいよアグニー達はざわめき始め、周りの者たちと話し合い始めた。

「暮らす、か。やっぱり元の村には戻れないよな」

「ああ。奴隷商や兵隊が居るかもしれないから」

「なあ、もう結界にタックルできないのか?」

「これから、どうすれば…」

「本当にここに住んでいいのか?」

 ざわめくアグニー達を、長老は今度は止めなかった。

 止め忘れたわけではなく、あえて会話をさせているのだ。

 自分達の今おかれた状況を、みんなに再認識させる為に。

 長老は少しの間目を閉じると、顔を上げてエルトヴァエルに尋ねる。

「天使様。我らにこの土地に暮らさないかとご提案くださったのは、まさか神様方のどなたかなのでございますじゃろうか」

 エルトヴァエルは静かに頷き、ソレを肯定する。

「はい。結界が消えた後、この土地を治めることになった土地神。赤鞘様からのご提案です」

 神からの直接の提案。

 ざわついていたアグニー達は凍りつき、呆然と口をあけてエルトヴァエルに注目した。

 言った本人である長老も相当驚いたのだろう。

 がくがくと手を震わせ、言葉を搾り出す。

「おお……。なんということじゃ! 神様からお言葉を賜っただけでなく、土地に住まうお許しまで頂けるとは!」

 感極まったのだろう。

 長老は体を震わせると、地面に突っ伏して泣き始めた。

 みな、思いは同じなのだろう。

 アグニー達は皆涙を流し、隣り合った者たちと肩を抱き合ったりしている。

「おお、そうだった」

 暫くぼけっとしていた水彦が、突然思い出したように口を開いた。

「このとちのふういんが、とかれるのは、ほかのやつらはしらない。だから、みんなこわがってちかづかない。ここにいるとすごくあんぜんだ」

 水彦の言葉に、長老はますます感動する。

「成る程、成る程。確かにわしらは追われる民で御座います。みなが恐れるこの土地ならば、安心して暮らしていけるので御座いますじゃ」

「神様はそこまで考えてここで暮らしていいと言ってくれたのか!」

「きっと俺達がここに来たのも、神様のお導きに違いない!」

「なあ、だからもう結界にはタックルできないのか?!」

「よかったのぉ、よかったのぉ!」

 喜び合うアグニー達に、水彦は「それに」と続ける。

「わるいやつからとちのものをまもる。おれのしごとだ。おまえらがじゅうにんになったら、まもってやるぞ」

 生まれたばかりにもかかわらず、自信満々な水彦。

 とはいえ、そんなことを知らないアグニー達からすれば、神のお使いである彼のこの言葉は、どれだけ頼もしいだろう。

「分かりました。我らアグニー族は、この土地で暮らし、赤鞘様を信仰することをお誓いいたします。 みな、ソレでよいな!」

 いやだと言うものが居る訳もない。

 アグニー族たちは口々に、賛成の声を上げる。

「おお!」

「赤鞘様万歳!」

「これで、また畑がもてる!」

「賛成だとも!」

「だから、結界は! 結界はなくなるのか!!」

「がんばって、いい村をつくろうな!」

「また家畜を増やすぞぉ!」

 そんなアグニー達を見て、エルトヴァエルもうれしそうに笑う。

 水彦も、何か感じるところがあったのだろう。

 こくこくと頷きながら、アグニー達を見守っている。


 そのときだった。

 下草や落ち葉のある地面と、荒野の境目。

 見えない結界のあるはずの地面が、きらきらと輝き始めた。

 小さな光の粒が、地面から沸き立つようにゆらゆらと上へと上っていく。

 ゆっくりと少しずつ上昇するソレは、アグニーの膝ほどの高さまで来るとすっと消えてなくなる。

 最初は一つ二つ、時間を置いて立ち上っていたソレは、徐々に勢いを増していく。

 瞬く間に立ち上った揺らめく光の壁。

 それは荒地すべてをぐるりと取り囲んでいるらしく、アグニー達のいる位置からは、まるで光の道が出来たかのように見えた。


 時間にすれば、ほんの数十秒だっただろう。

 光の壁は、後には何の形跡も残さず消えうせた。

 呆然とするアグニー達を他所に、水彦は森と荒地の境界線近くまで歩み出た。

 森のほうから、荒地のほうへ向かって手を伸ばす。

 手は森と荒地の間を、何の抵抗もなく通り抜けた。

 結界があったはずの場所を、何の抵抗もなく。

 水彦は自分の掌を広げてみてから、ゆっくりとアグニー達のほうへと振り返った。

「けっかいは、いまきえた。このとちの、さいしょのじゅうみんは、あぐにーだ」

 この後アグニー達から上がった歓声は、暫く消えることがなかった。




 モニタを消したアンバレンスは、「よっこらしょ」と掛け声をつけて立ち上がった。

 ぱちりと指を鳴らすと、その横にノブ付きの立派なドアが現れる。

「ずいぶん派手に演出しましたね」

 苦笑交じりに言う赤鞘。

 アンバレンスは心外そうに顔をしかめると、腰に手を当てる。

「ええ? アレでもずいぶん大人しくしたんですよ? オーロラとか出てないし」

「それやったらまた黒歴史になりますよ」

「ですよねー。って、またって何ですかまたって」

 ひとしきり、二柱で笑い合う。

「大変なのはこれから、ですね」

「まあ、何とかしますよ。元々消えるだけのはずだったのに、こんな広い土地を頂いたんですから」

 土地にすむ人間が居なくなった土地神は、どうなるのか。

 元々村の守り神のような存在だった赤鞘の場合は、忘れ去られて消えるのを待つばかりだった。

 アンバレンスが尋ねたときは、まだ赤鞘の神社のことを覚えている人間がいくばくかいて、ソレを縁に存在することが出来ていた。

 だが、ソレも後数年の事だっただろう。

 だから、異世界に来るなどという無茶も出来た。

 この海原と中原に来るときに、赤鞘は神としての性質を変化させていた。

 「人々が住まう土地を守る神」から、「土地を守る神」へと。

 人々からの信仰を集めなくても、存在することが出来る神へと変わることで、何もない土地へとやってきたのだ。

 ソレでも、考え方や気持ちはまるで変わらない。

 むしろ一度誰も居なくなることを経験したことで、より自分の守る土地に住まう者たちへの思いは強くなっていた。

 そんなことを知っているのは、本人と、アンバレンスぐらいなのだが。

「では、俺はこれで。頑張って下さいね」

 天界へとつながるドアを開け、アンバレンスはひらひらと手を振った。

「ありがとう御座います。まあ、ぼちぼちやりますよ」

 ドアの中へと消えていくアンバレンスを見ながら、赤鞘は微笑んだ。

 日の入りと共に帰っていくあたり、なんとも太陽神らしいと感じる。

 ばたんと閉まったドアは、とたんにまるで幻であったかのようにその姿を消した。

 暫くドアの合ったところを眺めていた赤鞘だったが、正面へ向き直ると、「よし」と小さくつぶやく。

 腰に差している鞘を引き抜くと、両手でしっかりと握りこむ。

 そして、力を込めて地面へと突き刺した。

 自分の体そのものを接することで、より強く土地へと干渉できる。

「ぼちぼちやりますか」

 もう一度、アンバレンスに言ったようなことをつぶやくと、赤鞘は早速土地の力の流れに干渉を始めた。

 

ようやく土地の結界が消えて無くなりました。

アグニー達の定住も決まり、いよいよ植林の開始です。

植物もそうですが、動物もいくつか出てくる予定です。




そういえばこの世界の国とかそういうの描写してませんよね。

絡んでくるから何時か出さんきゃいかんのですが、ぼちぼち書こうかなぁ。

アグニー以外の種族とかつおい人とかも描写せんといけませんし。


そういえば「羊人間とかどうですか」的なご意見を頂いて改めて羊の写真を見たんですが。

なにあいつらの目。

超怖いんですけど…。

悪魔の頭がヤギとか羊な理由が分かりましたよ。

ワンワンに見える狼よりぜんぜん怖いよ…。

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