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百三十二話 「休むために働くって本末転倒だよね。世知辛いなぁ、世の中って」

「見直された土地」地下ドックに拠点を置くことになったガルティック傭兵団は、ついに活動を開始しようとしていた。

 土彦による装備の一新。

 それらの使用に必要な、装備転換訓練。

 確保対象の現在位置の確認。

 現地へ行くための足の確保。

 現地に到着後の活動拠点の確保。

 そして、依頼人からの作戦実行の指示。

 ついでに、その他もろもろの下準備。

 込み入ったあれこれの準備がすべて整い、ようやく実行段階へと移ったのである。

 最終ミーティングのために関係者たちが集まったのは、改造作業が終わった戦闘潜水空母の近く。

 新造された機動兵器が並べて置かれている付近であった。

 集まった面々の顔を眺め、傭兵団長であるセルゲイ・ガルティックは呆れたような疲れたような苦笑を浮かべ、小さなため息を吐く。


「しかしまぁ、変わったメンツが集まってるねぇ」


 セルゲイの言うとおり、今この場に集まっているのはかなり変わったメンツばかりであった。

 そもそもにして、ガルティック傭兵団の元々の構成員自体が相当に変わった経歴のものばかりなのだ。

 この世界において、魔法技術というのはそれぞれの国、団体の機密情報扱いである事がほとんどだった。

 当然、それらを高度に扱う事が出来る研究者や軍人は、貴重な人材であるとともに、厳重な管理体制下に置かれることになる。

 ガルティック傭兵団は、まさにその厳重な管理体制下から、さまざまな事情で脱けだしてきたような連中の集まりなのだ。

 あるものは、元某国の機密工作員。

 またあるものは元軍人、あるいは治安維持組織の構成員。

 特殊なものでは、兵器開発者などというものも居る。

 ガルティック傭兵団はそういった経歴や、高い能力を持ったものばかりが集まった、傭兵集団なのだ。

 戦場で命を張る十把一絡げの傭兵というより、全員が特殊技能を持った技術集団なのである。

 エルトヴァエルがガルティック傭兵団を推薦したのも、それが大きな理由の一つであった。


 そんなガルティック傭兵団の中に紛れてにこにこ笑っているのは、見直された土地のガーディアンである土彦だ。

 以前からガルティック傭兵団が保有していた魔法技術に、自らが持つ技術を合わせてさらに発展。

 魔法技術者である傭兵団員ドクターと協力して、現在の装備を作り上げた功労者だ。

 というより、土彦の趣味でガルティック傭兵団の装備が魔改造された、といったほうが正しいかもしれない。

 ただ、そのおかげで、現在彼らが保有する装備の水準は、大国のそれに迫るレベルになっている。

 土彦とドクターをもってしても、あくまで「迫る」であって、追い越すところまではいっていない。

 そのあたりが、大国の大国たるゆえんだろう。


 少し離れた場所で腰かけているのは、白いスーツを着込んだ、優しげな雰囲気を纏った柔和な顔立ちの青年。

 こちらも見直された土地のガーディアン、エンシェントドラゴンである。

 齢三百とエンシェントドラゴンとしては若手だが、その力は人間の及ぶところではない。

 その隣で好々爺然とした笑顔を湛えているのは、シャルシェルス教の僧侶、コウガクだ。

 コボルト族であるこの老人は、各国要人どころか、王族にすら弟子を持つ国際的な重要人物である。

 どの国からも国賓として迎えられるような人物でありながら、世界中を旅して歩いている変わり者だ。


 一番端の方に所在なさげに立っているのは、風彦だ。

 土彦と同じく「見直された土地」のガーディアンであり、今回のアグニー捜索では情報収集とエルトヴァエルとの通信役を担うことになっている。


 少し視線を移せば、奇妙な三人組が居る。

「見直された土地」のガーディアンである水彦。

 一人で平均的な国軍の正規兵数個小隊と渡り合うとされる兎人の侍、門土・常久。

 若いくせに昔堅気の傭兵屋が好んで使う「結晶魔法式自動機械弓 MC-21」を抱えてガタガタ震えている冒険者の少年、キャリン。


 そして、スケイスラーの諜報員である、プライアン・ブルー。

 アグニー捜索のための脚であるスケイスラーとの連絡要員だ。


 ついでに言うと、モニタ越しに赤鞘やエルトヴァエル、遊びに来ていたアンバレンスなんかも見ているのだが、それは彼らの知らないところである。

 まあ、なんにしても偉く豪華な顔ぶれがそろったことは間違いない。

 苦笑とため息ひとつで済ませているセルゲイは、ずいぶんこの土地に毒されているといっていいだろう。

 なんで天下のガーディアン様が四柱もそろい踏みしてるんだとか、色々と聞いてみたいことはあるものの、さわらぬ神に何とやら、である。


「ま、あれだ。赤鞘様とお偉方との謁見も終わって、いよいよ根回しも完了したんだけれども。ようやく俺達の仕事が回ってきたわけだ。この商売、下準備が終われば仕事の七割は終わってるなんて言うんだけども。その七割方がおわったってことだな。ここから先は、段取り通り行動すれば、まぁ、失敗するってこたぁないだろう」


 下準備に根回しなどの仕事は、実は相当に時間も金も労力もかかる仕事である。

 いわゆる裏仕事と呼ばれるようなものの場合は、特にだ。

 実際の荒事の部分は、事前に想定した手順を間違いなく踏んでいく、というものになる。

 それにしたところで、個々の能力を見極めて役割を決めているわけだから、失敗する確率は相当に低いといっていい。

 今回ほど入念に下準備を終えている場合は、七割ところか八割は仕事が終わっているといってもいいだろう。


「それにしたって、最後の最後でつまづくこともあるからなぁ。何が起こるかわからないのがこの業界だ。ゆるっと気を引き締めて、ぼちぼち失敗しないようにやろうや」


 セルゲイの言葉に、面々はやる気があるのかないのかいまいち判然としない声で答える。

 プロではあるが、彼らは別に軍隊というわけではない。

 きびきびとした態度が求められるわけでもないし、それを求めるものはいなかった。

 必要なのは、結果だ。

 極論ではあるが、結果さえ出せるなら少々態度が悪い程度の事は気にしない、というのが、この商売なのである。

 態度が悪すぎるあまり首を斬られた元軍人なんかもガルティック傭兵団の構成員には居るあたり、それを如実に物語っているだろう。


「そんなわけで、乗艦準備はじめようか。荷物の積み込みやら、情報入力やらなんやら。準備終了後、予定時刻になったら出発ってことで。じゃ、それぞれ仕事を始めてくれや」


 集まった面々は各々に返事をすると、それぞれの持ち場へと散っていく。

 その中で、残っているものが一柱だけいた。

 周囲をきょろきょろと見まわしている、風彦だ。

 風彦はおずおずといった様子で、セルゲイに声をかけた。


「あのー。ディロード・ダンフルール氏がいないようですが」


「ディロード? だれだっけそれ」


「えーっと。樽に入ってた」


「あーん。あいつか。アイツなら、あれだ。もう船の樽に収まってるよ」


「ええ……」


 さも当然といった様子で言うセルゲイに、風彦は盛大に顔をひきつらせるのであった。


 戦闘潜水空母の戦闘指揮所に備え付けられたタル。

 その中にベルトなどの固定具で念入りに捕縛されたディロードは、円形のお菓子を齧っていた。

 茹でたポンクテを練り上げ、円形に成型。

 炭火でじっくりと焼いた、いわゆるお煎餅である。

 コッコ村を出るときに、アグニー達から貰った物だ。


「塩ふってあるだけなのに意外とおいしいなぁ、これ。っていうか、僕いつまでここにいればいいの?」


「片道が三日ほど。現地での日程は四日の予定なので、十日ほどでしょうか」


 ディロードの疑問に答えたのは、中空に浮かんだマルチナだ。

 現在、戦闘指揮所にいるのは、ディロードとマルチナだけであった。

 他の人達は皆、最終ミーティングに行っている。


「十日かぁ。その間、僕はずっと樽に入ってればいいってことか」


「何言ってるんですか。勿論、仕事があります。十日間休みなしだと思っていただいて構いません」


「うそ。コッコ村にいた時よりも働くってこと?」


「村での活動を働いていたと称するのは無理があると思いますが」


 ディロードがコッコ村でやっていたことといえば、ご飯を食べたり、アグニーとだべったり、寝たり、ご飯を食べたりだ。

 あと時々、ガルティック傭兵団の活動に関する交渉なんかもやっていた。

 一番重要な業務は、コッコ村の蓄財などを管理しているマルチナの付き添いだろうか。

 マルチナは単体での移動が出来ないので、本体であるディロードが動く必要があるのだ。

 扱い的には、マルチナ用の台車である。


「ていうか、僕なにさせられるの。また魔力電池だけじゃないの?」


「現地での魔法装置の掌握に、コッコ村での今後の活動の打ち合わせ。対象を保護した場合、その対象への事情説明なども行うことになります」


 マルチナの言葉を聞いて、ディロードはいかにも面倒くさそうにため息を吐いた。

 ディロードは三度の飯より休むのが好きな性質である。

 仕事という言葉を聞くだけで憂鬱なのに、それが十日も続くと聞けば、ため息の一つも出ようというものだ。


「働かされすぎじゃないかなぁ。人間ってもっと余裕のある生き方をするべきだと思うんだよね、僕ぁ」


「余裕のある生き方をするためには一定の労働が必要です」


「休むために働くって本末転倒だよね。世知辛いなぁ、世の中って」


 ディロードは心底疲れたというような顔で、ため息を吐く。

 そんな様子を見て、マルチナは人工精霊にはないはずの頭痛を覚え、頭を抱えるのであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 サイコロを振ったアンバレンスは、自分のコマを盤上で進めた。

 止まったマスには、宝箱のマークが描かれている。

 それを見たアンバレンスはニヤリと笑い、樹木の精霊たちは悔しそうな表情を浮かべた。


「くっそー! 宝箱かぁー!」


「まぁまて。もんだいはここからだ」


「私たちがしってるたいよー神なら、絶対はずれを引くはず!」


「どんな信頼だよ! まぁ見てなさい。神引き見せてやんよ」


 アンバレンスは宝箱のマークがついたカードの山札に手を伸ばし、一枚を引いた。

 ひっくり返されたそれには、宝石のマークが三つと、「1500G」という文字が書かれている。

 それを確認した瞬間、樹木の妖精達の表情が大きくゆがみ、アンバレンスの顔には歓喜が浮かび上がった。


「ほらきたー! やったねー! ふー!!」


「あー! もー! 絶対ミミック引くと思ったのにぃー!」


「そういうところだよアンちゃんよぉー!」


 悲鳴と歓喜の入り乱れる様子を眺めながら、赤鞘は楽しそうに笑いながらお茶をすすっている。

 その横に座るエルトヴァエルは、なんといえない複雑な表情をしていた。

 アンバレンスと樹木の精霊達がやっているのは、いわゆるボードゲームのたぐいだ。

 一人一体キャラクターを作り、ダンジョンを模したボードの上でコマを進めていく。

 最も早く所定の金額相当のアイテムを集めて出入り口にたどり着いたものの勝利となる。


「いやぁー。あの子達もああいう遊びができるようになったんですねぇー。あれって結構キャラクター作るの難しいんですけど」


 しみじみとした様子で、赤鞘は感慨深げにつぶややく。

 アンバレンス達がやっているゲームは、キャラクターを自分好みに作ることができるものだった。

 魔法や技、HPやMPを設定。

 モンスターと戦ったり、魔法や技でワナを解除したり、ダイス目を操作したりして遊ぶのだ。


「精霊さん達も、お兄さんお姉さんになったってことですかねぇー」


「精霊にお兄さんお姉さんという概念があるかどうかはわかりませんが。みなさん楽しそうで何よりです」


 本気になってゲームで遊んでいる精霊達と、一緒になって遊んでいる最高神にして太陽神を見て頭痛を覚えるエルトヴァエルだったが、頭を振って気持ちを切り替える。

 このぐらいで動揺していては、「見直された土地」ではやっていけないのだ。


「ガルティック傭兵団ですが、今日の夜、夜闇に紛れて出立予定です。念のために風彦さんがついていくことになっていますが、今回は特に問題はないと思われます」


「ああ、今日でしたっけ? いやぁ、無事に終わるといいですねぇー」


「土彦さんが過剰に戦力を整えたようですから、問題はないと思います。周辺が少々きな臭くはありますが、彼らの活動には関係することはないかと」


 エルトヴァエルの言葉に、赤鞘は首を傾げた。


「何か厄介ごとですか?」


「それについてはこの最高神にして偉大なる勝利者、アンバレンスさんがお答えしよう」


 ぬっと顔を出したのは、ドヤ顔を決めているアンバレンスだ。

 ゲーム版の近くには、悔しがっている樹木の精霊達がいた。

 どうやら独り勝ちして、先に上がってきたらしい。


「まず一つ。今回行く予定の国の近くには、ミシュリーフって国があってね。隣国のボルワイツって国と戦争状態にあるのよ。まあ、速攻片付きそうな雰囲気だけど」


「あらら。一方的な展開なんです?」


「一方的っていうか。ボルワイツって国のほうが弱小で、こっちが負けるだろうって言われてたんだけどね? 助っ人呼び寄せたのよ。寄りにもよってメテルマギトでさ」


 眉根を寄せる赤鞘に、エルトヴァエルはそっと「メテルマギトはハイエルフが作った国です。例の、アグニーさん達を捕まえた」と耳打ちする。

 それを聞いて、赤鞘は「あー」と、納得したような声を出しながら頷いた。

 赤鞘は基本的に、おじいちゃん以下の記憶保持能力しか持っていないのだ。


「しかも、出張ってきたのが“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソと部下二人でさ。明らかにオーバーキルなのよね」


「へぇー。すごい人なんですか?」


「水彦とか土彦ちゃんとまともに殴り合える感じだね」


 曲がりなりにも、どちらもガーディアンだ。

 それと殴り合えるというのだから、相当の実力者なのだろう。

 普通ならば信じられないところだろうが、ほかならぬ最高神の言葉である。

 それに、赤鞘は基本的に人の言うことを疑わないので、あっさり信じたのであった。


「で、もう一つの厄介ごと。折り合いの悪い神二柱があれこれやり始めてね。代理戦争状態になってるんだけど。まあ、それ自体は珍しくないんだけどね」


 何しろ、神様が直接地上に降り、活動することもある世界である。

 折り合いの悪い、あるいはいがみ合っている神同士があれこれとやりあうのは珍しくない。

 それに巻き込まれ、あるいは、それを利用して戦争が行われることは、ままあることだった。


「なっかなか決着つかないからって片方が焦れちゃってさ。なんか、自分が作って封印した神器使えとか言い出したのよ。自分が後ろ盾してる国に」


「うわぁ。厄介そうですねぇ」


 神器というからには、それなりに強力な何かなのだろう。

 そんなものを使えというのは、少々やりすぎなようにも思える。


「まあ、正確には。封印してる神器を使ってもいい、って言って、封印を解く方法を授けたって感じなんですけどね?」


「なんかややこしいですねぇー」


「実際ややこしいのよ。その神ってのが、権限が低い神でさぁ。あれこれ強い命令が出せない制限かかってんのよ。そのせいで、やってもいいよ、みたいな言い方になってるわけ。あくまでも意思に任せる的な」


 この世界では、神毎に世界への干渉に制限がかけられている。

 どこまで何をしていいのかといった内容は、その神が何ができるか、何をしようとしているかなど、様々な条件を鑑みて決定されているのだ。

 件の神は、そういった制限が比較的強めにかけられているらしい。


「そしたらよ。もう一方のヤツが、それを邪魔しようとしてさ。珍しく頭使ったんだろうね、ステングレアにチクったんだよ。どこぞの国が神器の封印解こうとしてるって」


 当然のように不思議そうな顔をする赤鞘に、エルトヴァエルはそっとステングレアについて耳打ちする。

「見直された土地」周辺に隠密を放っている国だというと、赤鞘は思い出したように「あー」と声を出しながらうなずいた。


「でも、作ったご本神が封印解いていいっておっしゃってるんですよね?」


「普通の神器なら問題ないんだけどね。これがまたちょっと厄介な代物でさー」


 神器というのは、神が作った品物を指す言葉だ。

 大抵は作った本神が管理するものであり、ほかの神からその扱いをとやかく言われるようなものではない。

 どうやら今話題になっている神器は、その「大抵」から外れるものだったようだ。


「周囲にいる生き物の生命力を吸い上げて、破壊力として出力するってアイテムでさ。敵味方無差別で生命力吸い上げた後に、敵味方無差別で範囲攻撃かますんだよ」


 要するに、無差別に二回連続で範囲攻撃をするようなものだ。

 一度目の攻撃で生命力を吸い上げ、弱体化させているところに悪意を感じる。

 赤鞘もそのたちの悪さに気が付いたのか、表情を引きつらせた。


「もちろんそんな物騒なもん、使わせたくないって神も多いのよ。それでも一応、個神の所有物だから? 絶対に使うなとか、壊しちゃえよ、とは言えないわけ。持ち主が使ってもいいって言ってる以上、使うなとも言えなくてさ」


「でも、使うのを邪魔するのはいい、ってことですか。難儀ですねぇー」


「ほんとそれ」


 使わせたいほうの神も、はっきりと使えとは言えず。

 使わせたくないほうの神々も、はっきりと使うなとは言えない。

 実に面倒くさいことではあるが、世の中というのは得てしてそんなものである。


「で、ステングレアは神々のご意向に沿うのを国是としてるお国柄だからさ。より位の高い、より多くの神様のご期待通り、神器の封印を解く邪魔をし始めたわけ」


「勤勉ですねぇー」


「それで助かってる部分もあり、厄介な部分でもありってやつだよね。一長一短ってやつよ。で、今回ステングレアが派遣したヤツってのが、ちょっと問題でね。“紙屑の”紙雪斎なんだわ」


「すごい人なんですか?」


「シェルブレンとまともにやりあえる感じのヤツだね。はっきり言って過剰戦力。神器取りに行く国って小規模国家なんだけど、滅ぼされるレベル」


 何とも言いようのがないといった顔で「おおう」と、赤鞘は思わずうめいた。

 シェルブレンとまともにやりあえるということは、紙雪斎もガーディアンと同程度の武力を持っているということだ。

 そんなものを投入するというのは、やりすぎといいたくなる気持ちもわかる。


「まぁ、使えって言われた国は相応の戦力を出して神器の確保に向かうだろうね。で、それを紙雪斎が叩き潰すっていう流れになると思うよ」


「え? 単独なんですか?」


「たぶんね。それでも十分オーバーキルだけど」


「なんか、いろいろ厄介ですねぇー」


「そうなのよ。それが、今からガルティック傭兵団がいく国の、近所で起こってるわけ。二つ同時に。なんかこう、フラグを感じるよね。最高神的には」


 赤鞘とアンバレンスは、複雑そうな表情で同時にため息を吐いた。

 神様というのも、案外面倒で煩わしい業界なのだ。

 そのあたりは、地球の多神教の神話を見てもわかるところだろう。


「でも、なんでそんな危なっかしい地域に最初に行くことにしたんです? ごたごたが片付いてからでもよかったんじゃありませんか?」


 赤鞘が訊ねたのは、エルトヴァエルであった。

 声をかけられたエルトヴァエルは素早く表情と居住まいを正すと、素早く赤鞘の問いに答える。


「確かに現状、戦争状態やそれに近い状態になっている地域が近くにあります。ですが、未開地域が間にあり、容易に行き来はできません。また、目の前に敵性勢力がいるからこそ、他所を気に掛けられる状況ではないと考えられます」


「中原と海原」は、魔獣魔物によって人類の生存権を分断された世界だ。

 国々は地図上で見ると、危険な地域の中に浮島のように点在しているに過ぎない。

 もちろんそれは、メテルマギトやステングレアといった超大国も同じである。

 輸送国家でもない限り、国家間の移動というのは簡単に行えるものではないのだ。

 また、近くに危険な連中がいるとはいえ、それらは個々勝手に戦争をしているような状態である。

 ほかに手を出さず、静かにアグニー一人を攫う程度ことであれば、気に掛けることもないだろう。


「ドサクサに紛れて事を終えてしまおう、というわけです。言い方は悪いですが、火事場泥棒のようなものでしょうか」


「なるほど。不安定な場所だから逆に荒事をするには向いているってことですか」


「あくどい、流石エルトちゃんあくどい」


 感心したような声を上げる赤鞘とアンバレンスに、エルトヴァエルはあいまいな笑顔でうなずいた。


「もちろん実際にやってみなければどうなるかわかりませんが、特に問題はないかと思います」


「ま、普通に考えればエルトちゃんの言う通りなんだよね。ガルティック傭兵団もかなりアレげなことしようとしてるわけだし、むしろ今は好都合なんだけど。そういう時に限ってステキな引きを見せてくれそうな気がするのよねぇ、赤鞘さんって」


「やめてくださいよ、縁起でもない」


 アンバレンスに言われ、赤鞘は苦笑を浮かべた。 

 確かに、赤鞘は基本的に運が悪い。

 ろくでもないことに巻き込まれさせたら、なかなかのものである。


「おーい、アンちゃんー! もう一回やろー!」


「赤鞘様も、遊びましょう!」


「うわぁーい! かみさまかみさまー!」


 そんな赤鞘達のところに、樹木の精霊達が飛んできた。

 どうやら、ゲームが終わったらしい。

 赤鞘とアンバレンスの肩にくっつき、ゲームのほうへと引っ張っていこうとしている。


「おーう。アンちゃん、また勝っちゃうぞぉーう」


「なんだとー、このたいよーしんめぇー!」


「みんなで嵌め倒してやる!」


 ゲーム盤のほうへ向かうアンバレンスに、赤鞘もついていこうと立ち上がった。

 そして、エルトヴァエルのほうを振り向き、にっこりと笑顔を作る。


「まあ、みなさん頑張ってくれていますし。きっと大丈夫ですよ」


 歩き去っていく赤鞘を、エルトヴァエルは若干引きつった笑顔で見送る。

 そうしながらも、「後で風彦に改めて周辺の情報を集めてもらおう」と心に決めなおしていた。

 赤鞘が大丈夫というと、ろくなことが起こらなさそうだ、と思ったからだ。

 こういう時の赤鞘の予想は、実に逆の意味で正確だ。

 大丈夫だといったときは、まず疑ってかかるのが一番なのである。

 問題なのは、いろいろと準備しても、それを飛び越えて災難を呼び込むところだろうか。


「エルトヴァエルもゲームやろーよー!」


「えろとばんえろ! えろとばんえろ!」


「エルトヴァエルです。わかりましたから、引っ張らないでください」


 考え事をしていたエルトヴァエルに、樹木の精霊達がまとわりついて来た。

 苦笑を浮かべるエルトヴァエルだったが、せっかくなので一緒に遊ぶことにする。

 こういったゲームをするのは久しぶりだが、苦手なほうではない。

 相手が神様と精霊達だから、いわゆる接待プレイにはなるだろうが、たまには遊ぶのもいいだろう。

 そう考えたエルトヴァエルは、引っ張られたり押されたりしながら、ゲーム盤のほうへと歩き始めた。


 確かな情報収集と正確な分析による、「エルトヴァエル無双伝説」が築き上げられたのは、この数時間後のことである。

というわけで、次回はなんかすげぇ長ったらしい名前の国に行きます!

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