百三十一話「話が難しくなってきたからです」
門土は、湖輪一刀流という流派を修めている。
子供の頃から通っていた道場の流派で在り、恩人である老サムライと同じ流派でもあった。
湖輪一刀流は、兎人が刀を使うための流派である。
人間のそれとは隔絶した身体能力を持つ兎人が使う刀術で在り、ほかの人種では到底再現不可能なものであった。
彼らの剣術は、一般的な剣術の理の外にある。
普通の戦闘術ではおおよそ非常識で在り、馬鹿げたこととされるようなことが、兎人にかかれば最も効率がよく理に適った戦い方になる、などという事は珍しくない。
何しろ、一足蹴りで十数mを横にも縦にも飛び、亜音速に近い動きすら可能にする種族なのだ。
他の種族の常識で測ろうとする方がどうかしているといって良いだろう。
そんな兎人のための剣術の一つが、湖輪一刀流である。
湖輪一刀流は、脚を重視する刀術と言われていた。
実際その通りで、兎人の脚力で生み出された推進力を持って、刀を振るう。
爆発的な加速、さらに腕による振り抜きにより、刀の切先はすさまじい速度に達する。
当然、その威力は尋常ならざるものであり、野真兎の刀鍛冶の技術も相まって、あらゆるものを文字通り一刀両断。
それが故に、湖輪一刀流は兎人刀術の中でも、特に速度と威力でもってなる剛剣として有名であった。
さて、脚力で推進力を生みだし、それを刀に乗せる。
というのが湖輪一刀流な訳なのだが、こう聞くと「広い場所でなければ、真価を発揮できないのでは?」と思うものがいるかもしれない。
実際、兎人について知識の浅いものが、狭い空間に湖輪一刀流の兎人サムライを追い込んだことがある。
勝利を確信したものの、次の瞬間切り刻まれていたのはその無知者であった。
湖輪一刀流には、「狭い空間を走り回る技」がいくらでもあるのだ。
身体を軸に、片足で前に、残った足で後ろに走る。
つまり、回転することによって走り回るのと同じ加速を生み出す。
爆発的な速度と威力はそのままに、必要な助走距離を極限にまで切り詰めることが出来るわけだ。
湖輪というのは、「振るわれた刀の軌跡が、まるで湖に輪を作る水紋の様に見える」ことからつけられた、とも言われている。
まぁ、開祖の姓が単に「湖輪」であったという事情もあるのだが。
兎も角。
湖輪一刀流はその場の広さに左右されることなく、縦横無尽に振るわれる刀術であった。
門土・常久は、その湖輪一刀流の達人である。
己の体の軸を中心に、回転しながらの一太刀。
文字通り目にもとまらぬ速度で振られた刀は、まるで絹の布を裂くような奇妙な音を上げた。
一回転し、その勢いを止めぬまま走り出す。
仮想の敵に向けて、刀を振り抜く。
剣で防げば剣を、盾で防げば盾を、一撃のもとに切り捨てる音速の剣である。
すれ違いざま、地面を両足で蹴り身体を反転。
背中に向けて斜め上から袈裟懸けに振り下ろす。
急加速からのすれ違いながらの一太刀目。
霞むような速度から急停止し、真後ろからの二太刀目。
余程のモノでない限り、これから逃れることは出来ないだろう。
それだけの剣戟であった。
だが、だからこそ。
水彦には通用しない、と、門土は確信していた。
最近の門土のは、水彦を仮想敵として素振りを行っているのである。
様々な剣客と立ち合ってきた門土だったが、兎人以外であれほどの使い手と相対したことはなかった。
門土にとって、刀術と言えば兎人のモノである。
それは門土にとってというより、「海原と中原」という世界に置いて、と言い換えてもいいだろう。
だが、水彦が使った刀術は、明らかに人間が使うことを想定したものであった。
水彦が自ら生み出したものとは、思えない。
そういったことが出来るタイプではないだろう。
誰かから教え込まれたと考えるのが、妥当に思える。
水彦は、この「見直された土地」の土地神が作り出したガーディアンだという。
となれば、水彦に刀の扱いを教えた、あるいは知識を与えたのは、その土地神という事になるだろう。
神であれば、あるいは自分で流派を生み出すことも容易いはずだ。
しかし。
土地神、赤鞘は異世界の神であり、元は人間であったという。
水彦によれば、元々はサムライであったと。
となれば、赤鞘の刀術は、異世界で人間の為に生み出されたものという事になる。
つまり門土は、異世界の刀術と手合わせをした、という事になるのだ。
こんなに愉快なことがあるだろうか。
門土は元々、武者修行の為に国を出たのである。
様々な場所で、様々な相手と立ち合うのが目的で在り、より強く、未知の相手と立ち合うことも、また目的であった。
その中で、異世界の刀術と出会うことが出来たのだ。
世界は広いとよく言うが、まさか世界の外にまで事が及ぶとは。
まさに、世界は広いとしか、門土には言いようがなかった。
門土が素振りをしているのは、「ドラゴンの巣」から少し離れた場所である。
「見直された土地駅」の出入り口から少し離れた、壁面近くであった。
湖輪一刀流には、壁面を走る技があり、それを練習するためである。
垂直な壁であれば、門土なら100m程度であれば、魔法などを使わずに駆け上がることが出来た。
また、地面と水平、つまるところ天井のような場所であっても、数十mならば走ることが可能だ。
そんな馬鹿な、と思うものもいるだろうが、実際に出来るのだからどうしようもない。
兎人サムライは化け物である、というしかないだろう。
素振りを終えた門土は、近くに置いてあった水筒、その上に引っかけていたタオルを持ち上げた。
汗を拭きながら、荒くなった息を整える。
そこで、奇妙な気配を察知し、上を見上げた。
深い縦穴になっている、エンシェントドラゴンの巣。
その底から見上げた円形の空に、細長い何かが見えた。
ゆっくりと降りてくるそれは、前脚と後ろ脚を備えたヘビのような姿をしている。
徐々に近づいてくるのつれ、その全体像が分かってきた。
それは、水の上位精霊であった。
いわゆるドラゴンのようではなく、細長い形の竜の姿である。
その背中に、何か人影のようなものが見えた。
人影は竜の背中から飛び降りると、軽やかに着地する。
身体能力の高い兎人である門土は、その姿を目を凝らすまでもなく確認することが出来た。
後ろに束ねた長い髪に、腰に差した朱塗りの鞘。
そして、半透明な体。
話しに聞く、土地神赤鞘の特徴そのものであった。
赤鞘は門土の方を確認すると、ゆっくりと近づいてくる。
場所が場所であるから、神様が現れることは不思議ではないだろう。
さて、どうやって出迎えたものだろうと、門土は考えた。
普通であれば平伏するのが当然だろう。
門土も膝を地面に着こうとしたところで、ふと足が止まった。
赤鞘が歩く姿を見て、門土には思うところがあったのだ。
多くの武芸者とまみえてきたからこその勘が、門土に膝を付くことをやめさせたのである。
門土は両足の位置を戻すと、あろうことか片手を刀の鞘の上に置いた。
いつでも柄に手を伸ばし、抜刀の構えをとれる体制。
つまり、相手を警戒するかのような構えだ。
見れば、赤鞘の手も、鞘の所に持ち上がっている。
歩いていた赤鞘が、足を止めた。
それは、門土の間合いギリギリの位置である。
門土はまじまじと赤鞘の姿を見た。
水彦と立ち合った今だからこそ、はっきりとわかる。
目の前にいるのは、いわゆる人型の人種が使うのを想定した刀術。
その、達人と言って差し支えない技前の持ち主だ。
一体どれほどの経験を積めばこれほどの気配を振るうことが出来るモノなのだろうか。
ニコニコと柔和な笑顔の向こうに、驚くほどの武威がある様に門土には思われた。
ただ、それは恐ろしいとか、禍々しいといった類のものではない。
むしろ門土にとっては、清々しい、気持ちが良いと思えるような種類の気配である。
こういった気配を持つものを、門土はよく知っていた。
「なるほど、サムライにござるな!」
門土は言ってしまってから、相手は神様であったと気が付いた。
しまった、いつもの調子で行ってしまったと、少し後悔する。
だが、問題ないだろうとも同時に思っていた。
何しろ相手は、サムライである。
一瞬ぽかんとする赤鞘だったが、すぐに理解が追いつてきた。
侍。
サムライであるといわれたのである。
思わず顔がにやけそうになるのを、赤鞘は必死の思いで押さえ込んだ。
生前の赤鞘は、旅の武芸者であった。
様々な事情からそういった立場になったのだが、おおよそそのことを悲観したことはない。
むしろ、そこら中を旅してまわり、強いヤツと手合わせすることに喜びを見出すタイプの人間だったのだ。
つまるところ、門土とは同じ穴の狢な訳である。
赤鞘の目から見て、門土は相当な腕前であるように見えていた。
お互いに顔を見合わせ向かい合えば、おおよその実力は分かる。
同じ道を志したもの同士となれば、なおの事だ。
ついでに、曲がりなりにもガーディアンである水彦と引き分けたのだから、疑いようもない。
そんな門土が、自分のことを「サムライにござるな!」と称したのだ。
細かな所は分からないが、おおよそ言いたいことは伝わってくる。
侍、武人であると認めたのだ。
自分が認める相手に、認められる。
これほどうれしいことがあるだろうか。
刀に生き、刀に死んだ種類の人間であった赤鞘にとっては、最高の、これ以上ない称賛の言葉であった。
「いやぁー。道半ばで倒れましてね。今ではご覧の通りですよ」
赤鞘は何とか苦笑いを作りながら、両手をだらりと垂らして見せた。
幽霊、というようなジェスチャーだが、異世界であるにもかかわらず門土にはその意図が通じたようだ。
野真兎にも、似たようなニュアンスの手振り言い回しがあったのである。
門土はそれを見て、豪快に声を上げて笑った。
「はっはっは! お倒れになられたのは、畳の上でござったか!?」
「いえ。幸いにも土の上で」
「おお! 戦場でござるか!」
「まあ、そんなところでしょうかねぇー。盗賊と遣り合いまして。まあ、いくらかは道連れにしてやりましたよ」
「それはそれは! 誉にござるな! 羨ましい限りにござる!」
「いやぁー、必死でしたからねぇー。あっはっはっは!」
相当に不穏な会話だが、赤鞘も門土も全くの本気であった。
何方もそういう価値観の下で生まれ育ち、そういう価値観の下で生きてきたのだ。
一言でいえば、戦闘民族なのである。
笑っていた門土だったが、ここでようやく名前を名乗っていないことを思い出した。
「これは失礼を! それがしは旅をしております、素浪人。湖輪一刀流、門土・常久と申すものにござる!」
「ああ、いいえ、こちらこそ名乗るのが遅れまして! 私は、このあたり一帯の土地神をしています、赤鞘といいます。いやぁ、何時も水彦がお世話になりまして」
お互いに頭を下げ、挨拶をする。
本当は赤鞘も「松葉新田流」と自分の流派を名乗りたいところだったが、ぐっと我慢した。
死んで神様になった身なので、自己紹介の時は一応神様として名乗らなくてはならないのだ。
「本当はもう少し早くご挨拶したかったんですけど。タイミングが合いませんでねぇー。遅くなってすみません」
「いえ、その様な! それがしのような一介の素浪人は過ぎたことにござれば!」
「それと、もう一つ。別件のこともありまして。改めてお願いしようと思いましてね」
「改めてと申しますと、水彦殿がおっしゃっていた件ですかな?」
赤鞘は、我が意を得たりと頷いた。
こういった察しの良さは、話をする上で非常に助かる。
「はい。捕まってるアグニーさん達を助けるってやつです。最初の目標が決まりましてね。改めて、お手伝い願おうと思いまして」
「ほう、ついにでござるか! わかりもうした。それがしも微力を尽くさせていただきましょう!」
「いやぁー、有難う御座います。ですけど、いいんですか? かなり危ない橋になると思いますけど」
アグニー達を助け出す、取り戻すというのは、当然それを行っている相手と敵対することになる。
冒険者として魔獣魔物と遣り合うのとは、危険度的な意味で雲泥の差だろう。
場合によっては、断られても仕方ないだろうと、赤鞘は考えていた。
だが、実際に会ってみてその考えは大きく変わっている。
赤鞘が見る限り、門土という人物はそういったことを判断基準にする人間ではない。
「はっはっは! それがしは武者修行の身でござるからな! むしろ、願ったり叶ったりにござる! 水彦殿にも頼まれ申したしな! ここでやらねば男が廃るというものでござろう!」
豪快に笑う門土に、赤鞘は不思議な頼もしさを覚えた。
実際、これほどの腕前の人物はそうそういるモノではないだろう。
こと荒事になれば、これほど頼もしい剣客も少ないはずだ。
赤鞘は妙にうれしい気分になり、門土に釣られるように笑う。
このあと、赤鞘と門土は、しばし互いの思い出話に花を咲かせるのであった。
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アグニーというのは難しい話をすると、すぐに寝てしまう種族である。
そんな常識を改めて認識させられる光景を前にして、ディロードは深い深い溜息を吐いた。
「なにこれ」
ディロードは輪になって座ったまま寝ているアグニー達を見て、困惑した表情を浮かべていた。
対して、その隣にいるマルチナは、特に何事も無いような顔をしている。
ぐるりと周囲を見回すと、マルチナは軽く肩をすくめた。
「寝ていらっしゃるアグニーさん方です」
「いや。僕が言ってるのは状況の方でね? なんでアグニーさん達が寝てるのかなぁーって」
「話が難しくなってきたからです」
「うん。わかってるんだけど、うん、そうだね。僕が間違ってた」
あきらめたように溜息を吐くと、ディロードは頭を掻いた。
上を見上げると、星と月が見えてる。
今は丁度、夕食が終わったところだ。
少し前の話である。
食事が終わり、食後のダンスも終わったのを見計らったディロードは、アグニー達に仕事の話を始めた。
エルトヴァエルがおぜん立てし、アグニー達がガルティック傭兵団に依頼したことになっている、アグニー捜索の件である。
ようやく、周辺への根回しや、装備の準備と円熟訓練、現在捕まっているアグニーのおおよその状況の確認、などなど、諸々の下準備が終わったのだ。
最初に現状を確認し、状況によっては救い出すことになるアグニーの選定も済ませてあるった。
あとは、コッコ村のアグニー達が許可を出せば、ガルティック傭兵団はいつでも動き出せる。
そのことを、ディロードは出来るだけかみ砕いて説明したのだが。
どうやら、かみ砕き方が足りなかったらしい。
説明をしているうちに、アグニー達は皆眠ってしまったのである。
「あの。これ、どうしたもんですかね」
ディロードが声を掛けたのは、狩人であるギンの腕の中に納まり、満足そうな顔をしているカーイチだ。
元々鴉ではあるが、今は黒い翼の生えたアグニー、と言った外見になっている。
現状依頼人側で寝ていないのは、このカーイチだけだったのだ。
ちなみに、トロールのハナコはといえば、ずいぶん前に眠っている。
日が沈んだらすぐに眠るのが、美容の基本なのだという。
カーイチはディロードの方へ顔を向けると、少し考える様な表情を作った。
「アグニーたち、起こす?」
「え? そんなことできるの? 驚かさないで?」
「できる」
こくりと頷くカーイチに、ディロードもマルチナも目を見開いた。
ディロードが驚くのも無理はない。
アグニーというのは、非常に憶病な種族で、驚かせるとそれだけで逃げてしまう。
寝ているところを起こす、というのは多少なりとも驚かせる行為だ。
通常であれば、アグニー達は起こすか、あるいは起こそうとした瞬間に逃げ出してしまう。
それを警戒させずに起こすことが可能というのは、すごいことなのだ。
カーイチは大きく息を吸い込むと、大きく口を開けた。
「かー」
カラスの鳴き声なのか、ただ「かー」と言っているのか、判断に困る鳴き声であった。
ディロードは思わず、眉根を寄せる。
可愛らしい鳴き声だとは思うが、何か意味があるのだろうか。
だが、その効果はすぐに、劇的に表れた。
「はっ! ねとった!」
「おはよー。あさごはん?」
「夕ご飯の後に寝てただけだよ」
「バカな。ご飯が無くなってるだと」
「もうたべたっけ?」
驚いたことに、アグニー達が一斉に目を覚ましたのだ。
それも、実に爽やかそうな顔でである。
目を丸くしているディロードだったが、すぐに何かに思い至ったようだ。
「朝になるとカラスの声で起きてるからかな。条件反射みたいなもんなのかも」
コッコ村の朝は、カラス達の鳴き声で始まる。
アグニー達とともに起きるカラス達が挨拶をかわす声は、アグニー達にとって目覚めの合図になっているようだ。
マルチナも驚いているのか、困惑の表情で固まっている。
そんなディロード達を尻目に、アグニー達はすっきりとした目覚めを楽しんでいた。
ディロードの横に座っていた長老は、両肩を回しながら伸びをしている。
「あー。ねとったわぁー。もう歳かのぉ、最近寝つきが悪くって寝不足気味でのぉー。こう、ふとしたタイミングでころーっといっちゃうんじゃよねぇー」
ちなみに、長老は布団に入るとすぐに安眠できるタイプだ。
時々「うーん、むにゃむにゃ。老いぼれにはお茶碗三杯が限界かのぉー」などと寝言を呟きつつ朝まで快眠していたりする。
「おっとっと。いかんいかん。ええっと、確か傭兵団さんのおしごとの話じゃったな。なんじゃったっけ?」
あっけらかんとした顔で長老に聞かれ、ディロードは「えーと」と言葉に詰まった。
再び最初と同じような説明をしたのでは、アグニー達は再び眠りについてしまうだろう。
アグニー寝かすにゃ刃物は要らん、難しい話の一つもすればいい。
だが、今は眠ってもらっては困るので、ディロードはかみ砕いた話を、さらにかみ砕くことにする。
「ええっとですね。例の捕まってたり、逃げ隠れしてるかもしれないアグニーさん達の話なんですけど。とりあえず、アグニーさん全員の居場所を確認できたんですよ」
「おー! それはありがたい! 一体どうやって探したんですかのぉ?」
この質問は、先ほどもされたものである。
エルトヴァエルとエンシェントドラゴンから提供された大まかな情報を下に、コウガクが遠見の術で確認をしたのだが。
そういった説明をしたところで、アグニー達は半分寝ている状態に陥ったのだ。
何とかギリギリ意識は保っていたものの、会話の内容は覚えていなかったようである。
つまり、もっとかみ砕いで説明する必要があるという事だ。
「まぁ、あれです。皆でがんばってやりました」
「おー! なるほどのぉー! やっぱり団結は力じゃなぁー!」
「すっげぇー!」
「けっかいー!」
「なんか久しぶりに結界って聞いた気がする」
アグニー達は感心した様子で、がやがやと騒いでいる。
どうやら、うまくいったらしい。
説明できているかどうかはかなりアレだが、とりあえずアグニー達が納得しているので問題ないだろう。
「で、ですね。とりあえず最初に行く場所も、決めてあるんですよ。そこで実際の様子を確認して、助け出すか。あるいは、本人がそこにとどまりたいようなら、そっとしておくか決めるって感じになります」
「前に説明してくれた通りじゃのぉ。その最初に捕まっておるのは、誰なのかわかっておるのかのぉ?」
「わかってますよ。タックさんっていう、十二歳の男性ですね」
「おお、タックか!」
「そういえば、最近アイツ見なかったな」
どうやらアグニー族は、仲間の名前と顔が一致しているものが多いらしい。
皆、タックというアグニーを知っているようだった。
「それで、タックは安全そうなんですかのぉ? 何処に捕まっておるのじゃろうか」
タックは今、バタルーダ・ディデという国の奴隷商人に捕まっていた。
パタルーダ・ディデはよくある人間至上主義国の一つで、小国の類である。
これと言った特長のない国だが、人間至上主義国にありがちな「亜人奴隷」を認めている国であった。
そのためいくらかの奴隷商人が拠点を置いており、少なくない税を国に納めている。
タックが居るのは、その「優良納税者」であるところの、奴隷商人の一人であった。
それなりに小銭をため込み、顔がそこそこ広いらしく、アグニーを捕縛することに成功したらしい。
今はどこに売ろうか、迷っている段階、と言った所のようなのだ。
大切な商品だけに、遠視の術で調べた限り丁重に扱われているらしい、のだが。
そんなことを懇切丁寧に説明しても、アグニー達は寝落ちするだけである。
「なんか。元気みたいですよ。奴隷商人に捕まってはいますけど」
「元気! それはなによりじゃの!」
「奴隷商人に捕まってるのに元気なのかぁー」
「けっかいー」
「そうだなぁ。まあ、それなら別にいっかー」
正直ディロード本人も「奴隷商人に捕まってるけど元気ってどういうことだよ」と思わなくもなかったが。
どうやらアグニー達は納得してくれたようだった。
「あの。参考までにお伺いするんですけども。奴隷商人に捕まってるのは大丈夫なんです?」
「奴隷商人というのは、奴隷を売って商売をするんじゃろ?」
「ええ。まぁ」
奴隷にもいろいろある。
国によって奴隷の扱いもピンキリで、一概にすべて同じようなものかというと、月とスッポンぐらいの差があったりするのだが。
細かいことを言いだすとアグニー達が寝てしまうと判断したディロードはテキトウに濁すことにした。
「じゃったら、まぁ、怪我をすることはないじゃろ。いわゆる商品ってやつじゃしね」
他のアグニー達も同じ考えなのか、皆一応に頷いている。
状況にもよるが、確かに奴隷商人がアグニーを傷つけるとは考えにくい。
何しろ、あのメテルマギトが欲しているものなのだ。
下手をしたら、国ごと消し飛ばされかねない。
実際メテルマギトのご機嫌を損ねて地図からなくなった国は、幾つかある。
まあ、それは別にメテルマギトに限らず、この世界のいわゆる大国は、ほかの小国を捻り潰しているものであった。
弱肉強食。
「海原と中原」の国の淘汰スピードは割かし速いのだ。
その分新しい国が出来るのも割かし速いのだが。
「そしたら、とりあえず一人目の状況と意思確認をして、必要なようなら助け出して連れてくるってことで。始めちゃっていいですか?」
「おお。はじめちゃってもらえますかの」
「結界!」
「けっかいー」
「いぎなーし!」
長老の言葉に同調するように、ほかのアグニー達は同意の声を上げた。
ちなみに同意の声は、結界と異議なしが2:1ぐらいの割合である。
意味合いは、どちらも同じようなものだ。
「あ、はい。わかりました。そしたら、なんか、急いで始めさせてもらいますね」
「よろしくお願いしますのぉ。そういえば、おれいはどうすればいいんじゃったかいのぉ」
「今まで通り野菜とかポンクテでお願いします。あ、あのコッコアカリって品種、傭兵団の人達には評判よかったみたいですよ」
「おお! そうですか! いやぁ、あれはコッコ村で品種改良した品種でしてのぉ!」
こうして、結構世界を震撼させかねない作戦が、すこぶる緩い感じで開始されることになったのであった。
次回、傭兵団の方々が、なんかこう、なんか長い名前の国に侵入します
あと、余力があったら久しぶりにアンバレンスさんが赤鞘さんと特に意味のない会話を繰り広げます
それから、前回に引き続き、本編に全く関係ないことで恐縮なんですが
「天空の森」冒険者ギルド支部 ~超ド辺境の兼業宿屋では、メシを食うのもそれなりにタイヘン~
https://ncode.syosetu.com/n6500eo/
木の精霊に転生することになったんだけど想像してたのと違う
https://ncode.syosetu.com/n8545em/
というのを書いてました
どちらも「小説家になろう」で書いておりますので、よろしかったら読んでみてね
作者ページから飛ぶのが楽だと思います