十三話 「ですから、エルトヴァエルです」
天使とガーディアンがアグニーの簡易拠点を目指して出発した後。
二柱の神は、中空に浮いた画面を眺めていた。
これはアンバレンスが創ったもので、なんでも地上の出来事を映すモニタなのだそうだ。
空から見えるどの場所でも映すことが出来るというソレは、太陽から見た映像なのだという。
横から見たところ等も映っているが、その辺は神様のすることだから気にしないほうがいいだろう。
エルトヴァエルが居なくなったからか、アンバレンスは地面の上に寝転がり、ひじを立てて拳を枕にしていた。
この場に居るのが二柱だけだからだろう。
赤鞘とアンバレンスは天界に居る間にかなり親しくなっていた。
お互い立場は違うが、友人と言って差し支えないだろう。
赤鞘たちのいる位置からアグニー達のところまでは、エルトヴァエルと水彦が普通にいけば五分といったところだった。
だが、エルトヴァエルはあえて少し時間をかけていくことにした。
突然空から何かが高速で接近してきたら、今のアグニー族は敵と判断してすぐさま逃げ出すと考えたからだ。
速度を犠牲にしても隠密性を重視して、間近に接近してから姿を現す。
隠密行動は得意だし、どんなに注意深い相手でも見つからない自信がある。
と、エルトヴァエルは言っていた。
「たとえ一国の国王が演説をしているときにでも、後ろからナイフを持って近づいて見せます」
ジョークとしてエルトヴァエルが言ったそんな台詞は、赤鞘たちをマジ引きさせるほど説得力のあるものだった。
そんなわけで、今モニタには森の中を進むエルトヴァエルと水彦の姿が映し出されていた。
ただ見ているのもつまらないのだろう。
二柱はモニタを眺めながら、どうでもいい話に花を咲かせていた。
「漫画とかアニメとかラノベの戦闘モノで、女の子が戦うのあるじゃないですか」
「はいはい」
「ファンタジーモノとかSFとか。あれって何で最近巨乳ばっかりなんですかね」
「ああ。多いですねぇ」
「大体、あれ、あのー。薄い防具ばっかしじゃないですか」
「薄いって言うか、露出度的な?」
「そうそう。で、そういう娘が、あのー。ほら。歴戦の? 勇士って言うか」
「職業軍人とか」
「そういうのを蹴散らすでしょ?」
「あー。多いですねぇ」
「でしょ? もうあれ、な、なにこう、なんなんですかね?」
「はぁはぁ」
「ありえないでしょだって、普通に考えて」
「あーあーあーまぁまぁまぁまぁ」
「でしょ? 大体、ほら、あのー。あれ防具なの? っていう服多すぎません? SFのボディースーツとか」
「迷彩服でももっと厚手ですよね」
「なんなんですかね。あの、乳ボーン!! 見たいな防具。あれ、アレでって言うか、アレに負けるの兵士的な」
「あー。まあ、言わんとすることは」
「でっしょぉ? 負けないよね普通。ドンだけ訓練してると思ってんだっつーの」
「まぁまぁまぁ。経験と実績もその辺のおっさん兵のほうがあるでしょうけど。普通は。普通は」
「大事なことだから二回言いましたキター」
「まあ、やっぱりあのー。ほら。人気とかあるじゃないですか」
「あー。まぁまぁまぁ」
「かわいい女の子が画面に映らないとですよやっぱり。ああいうの男向けですし」
「か。そうか。まあ、そりゃそうか。エンタメだもんね」
「まあ、渋いおじ様が活躍するアニメもありますよ」
「まーじかー。ソレ見てみたい気がしますわー」
「私も出雲に行ったときぐらいしか見れませんでしたけどね。アニメ」
「出雲?」
「神無月です。あのときだけでしたけどね、インターネットとかできたの」
「あーあーあー」
「そのときに一年分見溜めしたり、調べ物したりするわけですよ」
「なーるほどねー。確かにあそこの宿泊施設いいですもんねぇ。 あ」
「んん? どうしました?」
「いや、分かりましたわ。宿泊施設で」
「はいはい?」
「あの女の子達はきっと実際に強いんですよ」
「というと?」
「あのおっぱいに何か我々の知らない力的な何かが詰まってんですよ」
「あーあー。だからこう、でかいほど強い的な」
「まさに神すらも知らない力!」
「あっはっはっはっは! って言うかなんで宿泊施設で思い出すんですかおっぱい!」
「いやっはっはっは!!」
そんな感じで、二柱の神はエルトヴァエルと水彦がアグニーと接触するまでバカ話を続けていた。
幸か不幸か、そんな彼等を見ているモノは誰も居なかった。
もし居たとしたら確実に太陽神への信仰心は薄れていただろう。
海原と中原という世界は、神力に満ち満ちた世界だ。
使い方を知ってさえいれば、規模の大小はあれ誰にでも奇跡を起こすことが出来る。
妖怪に毛が生えた程度の力しかない赤鞘でも、すごいことが出来るのだ。
だが、ソレはあくまで使い方を知ってさえいればの話だ。
たとえば何も知らない赤ん坊にガソリンやプルトニウムを渡しても何も出来ないように、神力だけあってもどうしようもない。
この世界の生物達は、長い進化の過程や経験の中で、神力、この世界で言うところの魔力を使う術を得てきた。
比べて、赤鞘はまったくと言っていいほどその術を持っていなかった。
何せそれらを覚えられるほど神力を持っていないのだから。
力は、周りにいくらでもあふれている。
が、赤鞘はソレを扱う方法を知らない。
そんな赤鞘から知識を分け与えられた水彦が神力の扱いに疎いのは、当然の流れだろう。
赤鞘も水彦も時間をかけて使い方さえ覚えれば幾らでも奇跡を起こせるのだが、如何せん今はそんな時間はない。
そんなわけで、水彦は自分の足で森の中を駆け抜けていた。
腕を組み上半身を殆ど動かさず、足だけを高速で動かしながら走り抜ける。
漫画やアニメで言うところの素敵走りだ。
こっちの方が空を飛ぶよりも難易度が高そうな気がするが、実際にやっている以上何もいえないだろう。
その水彦の頭上で、木々を縫って飛ぶのは、天使エルトヴァエルだ。
大きく美しい翼を巧みに動かし飛ぶその姿は、まるで未確認飛行物体のようだった。
空中で突然直角に曲がったり、垂直に上昇したり。
完全に重力とか慣性とかその他もろもろの法則とかを無視した飛び方をしている。
勿論、翼だけでソレを制御しているわけではない。
天使も神に纏わるものである以上、神力を使うことは可能だ。
つまり、エルトヴァエルのUFOのような機動は、奇跡を使ったモノなのだ。
地面を素敵走りする和装の若者と、ありえない動きで空を飛ぶ天使。
恐ろしく奇妙な光景ではあるが、当人達は特に気にしていない様子だった。
「なあ、えるとぱえん」
「エルトヴァエルです。どうしました?」
「このもりは、げんきがないな」
周りの景色を見ながら、眉をしかめる水彦。
言葉の意味が分からず、エルトヴァエルは首をかしげた。
そんな様子を見て、水彦はそうかとつぶやく。
「えろとヴぁんえるは、このせかいになれているんだな。あかさややおれからみれば、このとちはがたがただ」
「エルトヴァエルです。がたがた、ですか?」
やはり分からないというように、エルトヴァエルは難しそうな表情を作る。
水彦が言っているのは、地脈や力、気の流れといった物のことだ。
彼の記憶の中にある赤鞘が整えた土地に比べると、見放された土地も罪人の森も確かにひどい有様だ。
よくもまぁこれで食物連鎖に異常が出ない物だとさえ、水彦は思っていた。
「まあ、これからはおれも、あかさやもいる。おれがどうりょうになったから、えんどぱんえろもあんしんだな」
「ですから、エルトヴァエルです。なんでエロなんですか」
苦虫を噛み潰したような顔で訂正するエルトヴァエル。
水彦は自然の力と赤鞘の力が融合して生まれた、精霊よりもさらに上位の物に当たる存在だ。
ソレも、赤鞘が加減無しで作り上げたせいで、並の天使より強い力を持っていた。
その事実に気が付いているのは、アンバレンスぐらいだろう。
だが、面白そうだからという理由で、赤鞘やエルトヴァエルには伝えていなかった。
恐らくそのことで後々いろいろな誤解を生むことになるのだろうが、アンバレンスとしてはソレが楽しみだった。
はた迷惑な最高神だ。
そんな水彦であるから、実際エルトヴァエルと同列、それ以上のモノとして、赤鞘に仕えるものというくくりから見れば確かに同僚といえるだろう。
エルトヴァエルはそんなことは知らないわけだが。
「そろそろアグニー達のところに着きます。速度を落として、ゆっくり近づきましょう」
「わかった。おどかさないように、すればいいんだな」
こくこくと数回頷くと、水彦は速度を上げた。
「だから、速度を落としてください!」
一瞬あっけにとられてから、慌ててソレを追うエルトヴァエル。
会って間もない同僚だが、今後はいろいろ苦労させられるんだろうな。
そんな予感に襲われるエルトヴァエルだった。
日はだんだんと傾き、太陽がそろそろ隠れようかという時間。
そんな時間になっても、アグニー達は忙しそうに動き回っていた。
日が暮れてしまう前にトロルの寝床を作ろうとするモノ。
みんなの食事を準備するモノ。
狩の道具を手入れするモノ。
結界にひたすらタックルするモノ。
地面に生えている草を直接かじっているモノ。
石と岩の境目がどの辺なのかを真剣に議論しているモノ。
カラス達の傷に薬草を当てているモノ。
カラス達に○×ゲームで惨敗して地面にめり込んでいるモノ。
みんなそれぞれしていることは違ったが、森に逃げ込んだ全アグニーはその場にはそろっていた。
「なんじゃぁ、あれは?」
その変化に一番最初に気が付いたのは、長老だった。
森の方から、何かが高速で近づいてきていたのだ。
「なんだなんだ」
「なにごとだ」
わらわらと集まってくるアグニー達。
しかし、その何かは彼らが予想しているよりもはるかに早かった。
あっという間にアグニー達の簡易拠点の近くまでやってくると、空に向かって飛び上がった。
その動きの派手さに、アグニー達は思わず全員同じ顔の動きでソレを目で追う。
数十mを軽く超える跳躍を見せたソレは、そのまま落下軌道へと入った。
あ、落ちてくる。
一瞬、アグニー達の思考がリンクする。
でも、別に誰にも当たらないみたいだし、もう少し見てよう。
簡易拠点の丁度中央辺りに向かって落下してくるソレを、アグニー達は口を開けて呆然と見ていた。
基本的にビビリだけど好奇心の強いアグニー達は、危険がないと判断したら暫く観察してしまうのだ。
段々と地面へと近づいてくるそれが、どうやら人の形をしているらしいこと。
見たこともない服を着ていること。
なぜか腕を組んで、仁王立ちの姿勢であること。
そんなことが分かる頃には、その何かは簡易拠点の中央に轟音を上げて落下していた。
ズドン
そんな感じの音を上げ、何かは地面に落下した。
地面がえぐれ土くれが舞い飛ぶ。
何人かのアグニーの顔面や体に土がへばりつくが、呆然とした彼らは微動だにしなかった。
出来上がったクレーターの中央にある物が気になって、それどころではないのだ。
落下してきたものは無言で眉をひそめると、ぐるりと周りを見回す。
自分の体に泥が跳ねているのを見つけると、ソレを手で叩いて落とし始めた。
土が体についていたアグニー達は、ソレを見て思い出したかのように自分達の体に付いた土を払う。
もう土が付いていないのを確認すると、その何かは再び腕を組み、口を開いた。
「おれは、とちがみあかさやのつかい。みずひこ」
アグニー全員の耳に届いたその声は、けして大きかったわけではなかった。
まるで意識に直接溶け込んでくるようなその声は、念話であるといわれれば納得してしまうほど自然に耳に入っていく。
硬直するアグニー達に、水彦は「んん?」と首を傾げる。
そして、「おお、わすれてた」とつぶやく。
その瞬間。
水彦の体から、何かがあふれ出した。
アグニー達の目には、まるで水彦の体が光り輝いているように見えるだろう。
ソレまで閉じ込めていた、神にまつわるモノが纏うオーラのような物を、水彦は解放したのだ。
ちなみに、このオーラのような物の発散量は、赤鞘を大きく上回っていた。
この気配を感じてからアグニー達の動きは早かった。
まるで訓練された兵士であるかのように走り出し、水彦の前に並ぶ。
一番先頭には、長老の姿があった。
長老の表情は、ソレまで見たこともないほど真剣な物だった。
まるで流れるような動作で地面に両膝をつくと、これまた流れるような動作で両掌を地面についた。
そして、そのままおでこを地面にめり込ませる。
「へ、へへぇぇぇ!!」
まるでソレが合図であったかのように、他のアグニー達も一斉に地面へ両手両膝額を擦りつけた。
そう、土下座スタイルである。
「ありがたやありがたや!」
「なんまんだぶなんまんだぶ!」
「神様のお使いだー!」
「崇め称えろー!」
まるで水戸の爺さんが突然農村に光臨したかのような有様だ。
「…なにこれ…」
森を抜け、ようやくアグニー臨時拠点にたどり着いたエルトヴァエルは、目の前に広がる光景に驚愕していた。
真顔で仁王立ちする水彦。
そして、その前に整列して土下座しつつ拝み倒すアグニー達。
「脅かすなって言ったのに…」
痛み出すこめかみを押さえながらつぶやくエルトヴァエル。
同僚ではあるが、水彦は生まれたばかりの赤ん坊のような物である。
後で拳骨をしよう。
そう堅く心に誓い、エルトヴァエルは上空から水彦の傍らへと降りていくのだった。
神々の会話って深いですよね。
今回のサブタイトルは「あのおっぱいに何か我々の知らない力的な何かが詰まってんですよ」とどっちがいいか本気で悩みました。
いいせりふが多いと悩みますねこのサブタイトルの付け方。
ようやくアグニー達と接触して、結界が消える流れです。
アグニー達が定住するくだりになってようやく動植物が出せるので、やっとって感じです。
コレでようやく動く植物とか襲い掛かってくる虫とかが描写できます。
二柱の会話のアホっぽさを演出するために実際の内容を書いてみたのですが、量の割にあまりに内容がなくてわれながらびっくりしました。
何してんの貴方方は。と言った心境です。
次回は水彦とアグニーに、エルトヴァエルが振り回されるくだりです。
エルトヴァエルさんの心の中のツッコミがさえわたると思います。