百二十七話 「とある地域を収める大きな神様を鎮めた、という話はいかがでしょう?」
すべてのミッションを終えた赤鞘が、見直された土地の中心にある社を目指しているころ。
アンバレンスとエルトヴァエルは、今回のドッキリイベントの総括に入っていた。
もちろん、その様子も全国のアンバフォンに、つまり、天使の皆さんに配信されている。
「いやぁー。しっかしあれね。予想通りって言ったらあれだけど、やっぱり赤鞘さんがドッキリする感じになったよね」
しみじみとした様子で言いながら、アンバレンスは感慨深そうにうなずいた。
幾ら赤鞘とはいえ、一応は神様の端くれである。
通常であれば、出現するだけでドッキリは成功したも同然。
後は普通にしていれば、相手を驚かせるだけ驚かして優位に立って帰ってこれるだろう。
の、だが。
何しろ、やっているのは赤鞘だ。
普通そうなるであろう、といった予想をものの見事に裏切ってくるであろうことは、大方予想することが出来きた。
アンバレンスの物言いに、エルトヴァエルは何とも言えない表情を浮かべる。
「そうなってしまいましたね」
今回の訪問の前に、エルトヴァエルは様々な下準備をしていた。
正確には相手が挨拶に来るときのための準備であり、別にドッキリ企画の準備をしたわけではなかったのだが。
その辺は「臨機応変に対応した」と言った所だろう。
結果的に赤鞘は大ダメージを受けたわけだが、エルトヴァエルのこの労力が無駄だったかと言えば、そうではない。
もしエルトヴァエルの下準備が無ければ、赤鞘は何かしらとんでもないことをやらかし、とんでもない結果を招いていたはずだ。
どのぐらい「とんでもない」ことになっていたかを予想することは難しい。
だが、赤鞘のことである。
エルトヴァエルの予想の斜め上を行く事態を引き起こしていたであろうことは、想像に易い。
ということは。
この程度で済んでよかった、と、言えなくもない。
とはいえ、赤鞘が疲労困憊しているのも事実であり、一概に「よかった」とも言い辛い。
エルトヴァエルの心情は、非常に複雑なのだ。
「まあ、でもこのぐらいで済んでよかったのかもね。下手したら国家間戦争引き起こすぐらいのことになるんじゃねぇかと思ってたから」
アンバレンスの物言いに、エルトヴァエルは吹き出しそうになり、何とかこらえた。
どうやらアンバレンスもエルトヴァエルと同じ考えだったらしい。
流石にそこまで酷いことになると、エルトヴァエルは思っていなかった。
しかし、アンバレンスがそういったということは、そうなる恐れもあったということかもしれない。
ビジュアル的にはテキトーそうな兄ちゃんだが、こう見えてアンバレンスは最高神なのだ。
判断力は、一応確かなはずである。
が、そうなってくると別の問題が持ち上がってくる。
「では、なぜあんなことを?」
普段は神々の行動に口出ししないことを良しとしているエルトヴァエルではあるが、流石にこれには突っ込まざるを得なかったらしい。
アンバレンスは腕組みをすると、難しい表情で空を見上げた。
「いや、そうなんだけどね。でも、本当だったら顔合わせって三対一になる予定だったわけじゃん? それはそれでエライことになりそうじゃない?」
アンバレンスの言葉に、エルトヴァエルは思わず納得してしまった。
確かに、あれだけのメンツを前にすれば、赤鞘は何かしらやらかすことだろう。
具体的にどうなるかは予想できないが、ろくなことにならないのは確かだ。
そう考えると、確かに一対一で会話ができる形の方が、被害は少なそうではある。
「一番被害が少なそうなのは、これかなぁーって。でも、赤鞘さんのことだから何が起こるかわからないじゃない? そういう意味で、下手したら国家間戦争かもってこと」
「確かに、ありえたかもしれませんね」
「なかなか波乱万丈だからね、赤鞘さんは。普通ならありえないか、一生に一度みたいな出来事に何度も出くわすんだから。そういう星の元に生まれてるのかもよ?」
肩をすくめるアンバレンスに、エルトヴァエルも苦笑いを零す。
確かに赤鞘は、普通ならばなかなか無いようなことを、何度も経験している。ツミヲアバクテンシトイワザルヲエナイ
異世界に来て土地神をやっているぐらいだから、余程と言っていいだろう。
「そういえば、人間時代も結構いろいろやってるんだっけ? エルトちゃん、赤鞘さんからそういう話聞いてる?」
「いえ。見直された土地に関すること以外は、あまり話をしたりもしませんでしたので。私自身、外に出ていることも少なくありませんから。どんなことをされていたか、多少知ってはいるのですが」
「赤鞘さんも忙しいもんねー。まあ、それでも容赦なく遊びに来るどうも俺です。はっはっは! って、え? 多少は知ってるっていうと? なんで?」
当神から聞いていないのに知っているというのは、どういうことだろう。
普通であれば当たり前の疑問だ。
だが、アンバレンスは言ってすぐに、愚問である事に気が付いた。
何しろ相手は、あの罪を暴く天使なのである。
「はい、調べましたから。少しですが」
なんて説得力のない「少し」だろうか。
きっとかなり調べてあるに違いない。
「ちなみに、どの程度しらべたのん?」
「ご両親の馴れ初めからでしょうか」
生れる前からじゃん、どういうことだよ。
思いっきり突っ込みを入れそうになったアンバレンスだったが、何とかこらえた。
エルトヴァエルの基準では、間違いなく「少し」なのだろう。
流石、罪を暴く天使である。
「あちらの世界にいる知り合いに頼んで、少しづつ調べているんですが。違う世界のことですので、流石に苦戦しています。有ればいろいろ役に立つ情報だと思うので、できれば詳細に調べておきたいのですが。なかなか難しいですね」
「うーん、そのバイタリティーに乾杯」
どんなことでも調べ上げ、記録、記憶する。
そして、自分の仕事にそれを生かす。
王道とも言っていい手法であるだろうが、ここまで徹底する天使も珍しいだろう。
それにしても、一体どのぐらい情報収集しているのか。
気になったアンバレンスは、一つ質問をしてみることにした。
「ちなみに、赤鞘さんがまだ人間だったころに、何か神様的なエピソードとかあるのん?」
一応最高神であるところのアンバレンスは、赤鞘の人間時代の行動も把握していた。
天照大神に頼み込んで、赤鞘に関する記録を見せてもらったことがあるからだ。
記録と言っても、書物のようなものではない。
触れることで「記憶」そのものを吸収できる、神様特権の便利アイテムを使ったのである。
本来はその世界の、かなり位の高い神だけが使用できるものなのだが。
アンバレンスは拝み倒して、それを使わせてもらったのだ。
恐らく、手土産の東京バ〇ナが有効に働いたのだろう。
限定の味だったのが決め手だったのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいいとして。
とにかく、アンバレンスは赤鞘が人間時代に何をしてきたかも、おおよそ知っているのだ。
では、なぜそんなことを聞いたのかと言えば、エルトヴァエルがどの程度のことを把握しているか確認するためである。
ついでに、番組を見ている全国の天使さん達に、赤鞘の人となりを伝えるという目的もあった。
異世界から来た神である赤鞘は、この世界の神や天使の間では有名になっている。
だが、実際どんな神なのかは、あまり知られていなかった。
ほかの神や天使との接触が、極端に少ないのが理由だろう。
赤鞘のことが気に喰わない神などは、実際見てもいないのに散々こき下ろしていたりする。
もちろんそれを鵜呑みにする天使は少ないが、苦手意識を芽生えさせるには十分な効果があった。
アンバレンスが赤鞘をこの世界に招いたのは、「見直された土地」の土地神になってもらうためだけではない。
赤鞘の持つ、土地を管理する技術を広めることも、目的なのだ。
アンバレンスは将来的に、「見直された土地」へ様々な神や天使を連れて来ようと考えていた。
赤鞘の技術を少しでも習得させ、世界の安定につなげたいと思っているからだ。
そのためには、まず赤鞘に親しみを持ってもらわなければならない。
とっつきにくい相手だと思われて、「見直された土地」へ来ることを拒絶されたりしないことが必要なのだ。
赤鞘の性格的に、「凄い神様なのだ」と尊敬のまなざしを向けられるのは難しいだろう。
ならば、「面白そうな人だ」と思ってもらうのが手っ取り早い。
だが、今の段階では、神々の間では新参者への反発心が強く残っている。
まずは天使にターゲットを定め、少しずつ赤鞘のことを広めていくのが得策だろう。
と、いうのが、アンバレンスの思惑なのだ。
わざわざアンバフォン向けに「見直された土地」のことを放送しているのも、実はそういった狙いがあってのことなのである。
まあ、六割ぐらいは単に面白いからやっているだけなのだが。
話を振られたエルトヴァエルは、難しい表情を作った。
質問の意図を、考えているからだ。
アンバレンスが赤鞘のことを調べていることは、エルトヴァエルも知っている。
改めて聞かなくても、何ならエルトヴァエルよりも詳しいはずだ。
にもかかわらず改めて聞いたということは、何か理由があるということだ。
エルトヴァエルは、すぐにアンバレンスの意図を察した。
そして、インパクトのありそうな話を記憶から掘り起こす。
「とある地域を治める大きな神様を鎮めた、という話はいかがでしょう?」
「おー! いいね!」
エルトヴァエルの提案に、アンバレンスは嬉しそうに手を叩いた。
樹木の精霊達も、興味を持ったようだ。
それぞれに放送機材などを操作しながらも、目を輝かせてエルトヴァエルを見ている。
普段聞くことのない、赤鞘の過去。
それも、人間時代のことなのだから、無理もないだろう。
嬉しそうにほほ笑むと、エルトヴァエルは赤鞘の人間時代の話を始めた。
エルトヴァエルが「説明」ではなく「お話」をするのは、非常に珍しい。
昔の同僚が見れば、恐らく目を丸くするだろう。
なんだかんだと言いながら、エルトヴァエルもずいぶん丸くなっているのだ。
もちろん、赤鞘の影響である。
赤鞘というのは、その人物が土地神として祀られてからの名前である。
だが、説明が色々と面倒くさいので、「赤鞘が土地神になる前の人物」も、仮に「赤鞘」と呼ぶことにしよう。
武家の出身であった赤鞘は、次男以下のいわゆる部屋住であった。
当時、実家の周辺では戦の臭いもなく、平和そのもの。
剣の腕しか取柄のなかった赤鞘は、このままでは無駄飯食いになると考え、家を出ることにした。
と言っても、行く当てなどない。
仕方がないので赤鞘は、武者修行と称して諸国を回ることとした。
そのうちどこかで野垂れ死ぬことになるだろうし、運が良ければ生き残るだろう。
非常に投げやりにも見えるが、赤鞘は元来そういう性格の人物であった。
そんな理由で始まった旅は、予想に反して意外なほどに長く続くことになる。
この間に赤鞘は、様々なことを経験することとなった。
赤鞘は、刀に恵まれない男であった。
貧乏旅なので、手持ちが少ないというのが一つの原因でもある。
手持ちがないので、当然良い刀はもつことが出来ない。
何故か荒事に巻き込まれやすい赤鞘は、よく刀を振るうことになるのだが、そういった刀ではすぐに使い物にならなくなってしまう。
刃がつぶれるだけならよいのだが、十数人と切り結ぶことが多い赤鞘の場合は、刀が折れてしまうことの方が多かった。
幾ら腕が良かろうと、相手がそれだけ多ければ刀も折れようというものだ。
折れた刀が使い物になるはずもなく、新たなものを買い求めなければならないわけだが。
当然先立つものはない。
となればよいものは買えず、何とか安物を見付けるしかないわけだ。
安物を買い求めては折れ、折れては安物を手に入れてと言った、繰り返しになるのである。
だが。
この時の赤鞘は、珍しくよい刀を腰に差していた。
先日まで世話になっていた武家から、譲り受けたものである。
ある村に入ったところ、夜な夜な化け物が出て困っているという。
なぜか妖怪変化と関わることが多かった赤鞘は、ならばとばかりにこれの退治に乗り出した。
よく現れるという場所に張り込んで、三日目。
件の化け物と出くわした赤鞘は、すぐにその正体を見破った。
イタズラ好きの、変化狐であったのだ。
人間を脅かすことに楽しみを見出しているらしいこの狐は、赤鞘に襲い掛かった。
恐ろしい姿で脅かせば、すぐに逃げ出すと考えてのことだったのだろう。
しかし、赤鞘は全く怯むことなく、刀でもって斬りかかったのだ。
慌てた狐は、尻尾を撒いて逃げ出した。
山の中へと逃げ込む狐を、赤鞘は猛然と追いかける。
狐は逃げ足が速く、切り捨てることは難しいと思われるが、追い回せば恐れをなして遠くへ逃げ去るだろうと考えたのだ。
そうすれば、村が襲われる危険も少なくなる。
何とか逃げ切ろうとする狐は、赤鞘に向かって石やら岩やら妖術やらを、やたらめったらに投げつけた。
足場の悪い山の中であるからよけることは難しいだろうと踏んでの攻撃である。
だが、赤鞘はそのこと如くを刀で叩き落として見せたのだ。
これには狐も舌を巻く。
結局、一晩中追い掛け回された狐は、這う這うの体で遠くへと逃げ去っていった。
これで、もう村には近づかないだろう。
赤鞘は満足したが、代償は少々高くついた。
石やら何やらを弾いていたせいで、刀が折れてしまったのである。
またか、と頭を抱えながらトボトボと村に戻った赤鞘を迎えたのは、そのあたり一帯を治める武家の棟梁であった。
領民に泣きつかれた故に、山狩りをしようと人手を集めてやって来たところだったのだ。
赤鞘と村人に事情を聴いた棟梁は、大いに驚いた。
山の中、たった一人で妖怪変化を追い回すというのは、相当なものである。
棟梁は赤鞘を大変に気に入り、しばしの逗留を勧めた。
腰のものを手に入れなければならないと思っていた赤鞘には、有り難い申し出である。
代わりに、棟梁は赤鞘に剣の腕前を見せることを求めた。
なるほど確かに体力があり、山野に詳しいことは間違いないが、剣の腕はいかほどのものかと興味を持ったのだろう。
赤鞘は数名の家臣と木刀で試合をして、これをすべて打倒した。
棟梁は、ますます持って赤鞘のことを気に入ることとなる。
是非召し抱えたいと棟梁は申し出たのだが、赤鞘はこれを辞退した。
既に旅の楽しみを覚えてしまっていたからだ。
棟梁は大変に残念がったが、代わりにと言って折れた刀の代わりを用意してくれた。
中々の業物で、赤鞘が初めて手にするような名刀である。
始めは遠慮したものの、棟梁に押し付けるように持たされ、譲り受けることとなった。
ちなみに、その狐とは因縁深い間柄になるのだが、それはまた別の話である。
旅の空に戻った赤鞘は、山の中の道を歩いていた。
すると、目の前に一匹の巨大な狼が現れる。
何事かと身構える赤鞘だったが、すぐにこれが神使であると気が付いた。
狼はこの周辺の土地神「オオアシノトコヨミ」の使いであるという。
狐を追い払った腕を見込んで、頼みごとがあるというのだ。
どうやら、赤鞘が狐を追い回している様子を見ていたらしい。
見られていることにはまったく気が付かなかったのだが、相手は神使であるから、気が付けという方が無理があるだろう。
しかも見たところ、狼は大変に力の有る神使のように感じられた。
そんな立派なお方が、自分なんぞにどんな頼みがあるというのだろう。
赤鞘はとりあえず、話を聞いてみることにした。
オオアシノトコヨミは、大百足の土地神である。
その身体は山ほどもあり、神域となっている山にとぐろを巻いて座しているという。
永い年月を過ごしてきただけに、様々な妖怪変化と因縁を持っており、恨みを抱いているものも少なくない。
その恨みを抱いている妖怪が、オオアシノトコヨミに呪いの類を掛けているのだという。
大陸から渡ってきた質の悪い大妖だとかで、以前にもこの土地に来たことがあるらしい。
妙な力を使って民草を殺し、その魂を糧にしようとしたらしいのだが、それがオオアシノトコヨミの逆鱗に触れた。
鎌首をもたげたオオアシノトコヨミは、この大妖を叩き潰したそうだ。
それで消滅したものとも思いきや、何とか半死半生で逃げ延びていた。
二度と戻ってこなければよいものを、復讐をしようと舞い戻ってきたという。
もちろん、そのための方策をもってである。
オオアシノトコヨミが治める土地の民草を操り、オオアシノトコヨミを攻めさせているらしい。
まさか自分の土地の民草を踏み潰すわけにもいかず、オオアシノトコヨミは身動きが取れなくなる。
大妖はそれを見計らい、オオアシノトコヨミに妖術を掛けているというのだ。
抵抗できないオオアシノトコヨミは、この攻撃に耐えることしかできないでいる。
このままでは、いかにも不味い。
まずは人間を追い払わなければ、となったのだが。
いかんせん数が多い。
何とか手を集めようとしているのだが、それにしてもまだまだ。
そこで、周囲に使えるモノが居ないかと探したところ、丁度良さそうな人物が現れた。
赤鞘のことである。
山野をよく知り、剣の腕もあるとくれば、文句はない。
手を貸して貰えれば、大いに助かる。
これを聞いて、赤鞘はなるほどとうなずいた。
そういった事情であれば、是非も無い。
食い詰め一人がどれほどの役に立つかわからないが、いくらでも役に立ててもらおう。
赤鞘のそんな言葉に、狼は大変に感謝した。
そして、早速その山へと向かうことになったのである。
山に入ると、なるほど事態は深刻であるようだった。
明らかに正気を失った様子の人々が、山の中を鎌やら鍬やらを振り回しながら歩き回っているのだ。
大妖の妖術により操られているのだろう。
彼らを踏み潰さないようにするため、オオアシノトコヨミは身動きが取れないらしい。
オオアシノトコヨミの姿は、今は見ることが出来なかった。
此の世とは少しずれた、常世との狭間に身を置いているためだというのだが、赤鞘にはそのあたりのことは難しすぎてよくわからない。
ようするに、この操られている者達をどければ、オオアシノトコヨミは姿を現せるし、大妖を叩き潰せる。
と、言うことらしい。
ならば、とにかく操られている人々は如何にかする必要がある。
狼は、とにかく森の中を動き回る人を捕まえてほしい、と赤鞘に言った。
一度捕まえてしまえば、後は別のモノが運ぶ手筈になっているらしい。
争いごとにはむかずとも、手分けすれば人を運ぶくらいはできる、という妖怪達がその役を引き受けているのだという。
なるほど、狼に連れられてきた場所には、赤鞘の膝丈程度の妖怪達が何十と集まっていた。
オオアシノトコヨミを慕うものは多く、助太刀の数も多いようだ。
そういうことならば、話は早い。
狼と少し打ち合わせをすると、赤鞘はさっそく山へと入り、操られている人々を捕まえ始めた。
ひょいひょいと木々の間、足場の悪い中を走り抜ける。
暴れ回るものを見つけると、素早く捕まえて地面に転がす。
すると、すぐに小さな妖怪達が集まってきて、それを運び出してくれる。
適材適所というやつだ。
妖怪達は自分の得意を生かし、見事に人を運んでいく。
赤鞘はそれがオモシロくなって、次から次へと操られている人々を捕まえて行った。
遠くの方では、落雷のような轟音が響き、火柱が上がっているのが見える。
何事かと驚く赤鞘に、近くにいた狸の妖怪変化が教えてくれた。
恐らく、人々を捕まえていることに、大妖が気が付いたのだろう。
それをさせまいと大妖が動くのを、神使の狼が抑え込んでいると思われる、というのだ。
ならば、急がなくてはならない。
赤鞘以外の助太刀達も、きっと慌てているはずだ。
急いで次から次へと捕まえては、妖怪たちに任せて運び出してもらう。
しばらくそれを続け、ようやく暴れ狂う人の声が聞こえなくなった。
どうやら、赤鞘の周囲のものは、全て捕まえることが出来たらしい。
小さな妖怪達に聞けば、ほかの場所でも無事に捕まえ終わったそうだ。
仕事が終わったのであれば、急いで山を下りなければならない。
オオアシノトコヨミが動く、邪魔になるからだ。
小さな妖怪達は、一斉に山の外目指して動き出した。
赤鞘はそれを追いかけて走る。
初めて入る山であったから、赤鞘は地理に明るくない。
一人でも山の外へと向かうことは難しくはないのだが、いかんせん無駄な時間がかかってしまう。
小さな妖怪の中の一つに目を付けた赤鞘は、それを追いかけることにしたのである。
それは、先ほど赤鞘に説明をしてくれた、狸の妖怪変化であった。
狸の走る速度はかなりのものだが、赤鞘は問題なくそれに追いついている。
尋常ならざる脚力、と言ってよいだろう。
赤鞘の身体能力は、人間としては破格のものだったのだ。
走るうち、背後に不思議な気配を感じ取った赤鞘は、後ろを振り返った。
視線は地面ではなく、木々の背丈よりも上に向けられる。
そこにいたのは、人の形で肌は紫、背中には蝙蝠のような羽をはやした、化け物であった。
人を一回りも二回りも上回る巨大のそれは、オオアシノトコヨミに恨みを持って仕掛けてきたという大妖に違いない。
赤鞘の直感ではあるが、まず間違いないだろう。
その大妖が、赤鞘達の方へ手をかざしている。
不味い。
赤鞘は目の前を走っていた狸の妖怪変化を抱えると、横っ飛びに飛び退いた。
次の瞬間。
落雷のような轟音が響き、数舜前まで赤鞘と狸がいた場所が、弾け飛んだ。
大妖が放った、妖術の類だろう。
躱すことは出来たものの、飛ばされた土やら石やらが赤鞘と狸の体を叩く。
土に石くれ、巻き起こった風にあおられ、赤鞘の体は地面を跳ね転がった。
それでも倒れたままではいられないと、急いで身体を立て直す。
この時、膝と足首に痛烈な痛みが走る。
足をくじいたか、骨を折ったかしたのだろう。
ちらりと見れば、狸の方も怪我をしているらしい。
抱えてかばったつもりだったが、よほど強い衝撃だったのだろう。
申し訳ないことをしたと思いつつも、それよりも目の前に迫ったものをどうにかせねばならないと、赤鞘は刀を抜いた。
大妖が翼をはためかせ、一直線に赤鞘達の方へと向かってきていたのだ。
怪我のせいで、逃げることは難しい。
ならば、迎え撃つしかないだろう。
大妖は飛ぶ勢いに任せ、巨大な鉤爪の付いた腕を振り上げる。
もろとも叩き潰さんとするような勢いで、大妖は大ぶりに腕を振り下ろす。
赤鞘は痛む足を無理やり動かし、紙一枚の差でこれを避ける。
正直なところ、まず避けられないだろうと赤鞘は思っていた。
だが、日ごろの鍛錬のたまものか、はたまたオオアシノトコヨミ様のご加護か、万に一つの確率を引き当てのだ。
ならば、その機会は生かさなければならない。
赤鞘はすれ違いざま、刀を振り抜いた。
元々赤鞘は、相手の攻撃を受けて、それを返すという受け身の剣術を得意としている。
それが功を奏したのだろうか。
手にしていたのが、かなりの業物であったということも幸いしていたのかもしれない。
赤鞘はものの見事に、大妖の腕を切り落として見せたのだ。
大妖は奇怪な叫び声を上げ、地面に激突して転がった。
飛んできた勢いのまま転がっていくから、かなりの速度だ。
それでも転がりながらも立ち上がろうとするのだから、恐るべき化け物である。
だが、大妖が体勢を立て直す前に、巨大な狼が木々をへし折りながら現れ、その喉笛に噛みついた。
赤鞘が出会った時よりも何倍も体が大きくなっているが、神使の狼だろう。
大妖は再びけたたましい叫び声を上げ、蝙蝠の羽でもって上空へと飛び上がった。
恐らく、空中で引き離すつもりなのだろう。
高く高く空へ上がっていく様子を、赤鞘は唖然として眺めていた。
空の上へと上がったところで、大妖は身体を独楽のように回転させる。
その勢いに負け、狼の体は引き離されて地面へと落下し始めた。
追い打ちの妖術を使おうというのだろうか、大妖は切り落とされていない、残る一本の腕を狼へと向ける。
紫電がほとばしり、今まさに妖術が放たれんとした、その時だ。
空の景色がぐにゃりと歪み、巨大な何かが現れた。
あまりに巨大すぎるそれが百足の頭だとは、この時の赤鞘は全く気が付かない。
ただ、凄まじく巨大な何かが出現した、ということしか理解できなかった。
その巨大な何かは、やはり巨大な大口を開けると、一気に大妖へと迫る。
逃げる隙も有らばこそ、大妖は声を上げる間もなくその口の中に捉えられてしまった。
岩を砕きつぶすような異音は、恐らく大妖をかみ砕く音に違いない。
赤鞘はあまりのことに困惑しながら、ちらりと狸の方を見る。
口を開けて、いかにもぽかんとした様子でいるのに、赤鞘は思わず笑ってしまった。
だが、すぐにその笑いが引っ込むこととなる。
周囲の景色が、グニャグニャと歪み始めたからだ。
じわじわと染みのように広がり始めたのは、赤黒く硬質な壁のようなものであった。
それは、百足の身体。
オオアシノトコヨミの身体であったのだ。
ここに来てようやくそれに気が付いた赤鞘は、これはまずいことになったと青ざめた。
おそらく、オオアシノトコヨミは赤鞘と狸に気が付いていない。
だからその姿を、此の世に表したのだろう。
このままでは、踏みつぶされるのではあるまいか。
そんな赤鞘の疑念に答えるように、巨木のような脚が赤鞘と狸の方へと迫って来ていくる。
走って逃げようにも、怪我のせいでそれもできない。
まあ、こういった死に際も良かろう。
神様方の語り草になるのも、面白い。
そう思った赤鞘だったが、ふと狸の姿が目に映った。
オオアシノトコヨミのために働いたのに、最後に踏みつぶされたのではあまりに報われないではないか。
せめて命を拾わせてやらねばならない。
狸は走ることも出来ず、赤鞘の手が届かない場所にいた。
これは、オオアシノトコヨミの足を切り落とすしかない。
何故そう思ったのかはわからないが、この時の赤鞘にはそれ以外思いつかなかった。
神の足を斬れるのかとか、そもそも相手が巨大すぎないかとか、そういったことは全く頭にない。
ただ、このままでは狸が哀れではないか、という妙な怒りにも似た感情だけがあったのである。
なぁに、大妖も斬れたのだ。
どうにでもなるだろう。
神様に刀を向けた償いは、後で自分が腹の一つも切ればいい。
そうとなれば、後は無心で刀を振るえばいいだけだ。
赤鞘は構えをとると、迫りくるオオアシノトコヨミの脚に、刀を向けた。
「その後、赤鞘様は見事オオアシノトコヨミ様の脚を切り落とし、狸共々命を拾ったのだそうです」
「すっげぇー! 赤鞘様、すっげぇー!」
「あかさやさまなら、やってくれるってしんじてた!」
「赤鞘様って、神様になる前の方が強かったのでは?」
エルトヴァエルのお話に、樹木の精霊達は歓声を上げた。
一部、何かしらの真理に触れてしまっているものもいるが、ほとんどは無邪気に喜んでいる。
アンバレンスも腕組みをして、満足そうにうなずいていた。
「その後、赤鞘様は足を斬ったことをオオアシノトコヨミ様にお詫びしたそうですがオオアシノトコヨミ様は、自分の方こそ気が付かず済まなかった。赤鞘様と狸を踏み潰さずによかった、とおっしゃって、頭を下げられたのだそうです」
「あの人、人間が出来てるからねー。人間じゃなくてムカデだけど」
半笑いで言いながら、アンバレンスは肩をすくめた。
時々地球に遊びに行くためか、アンバレンスはオオアシノトコヨミと顔見知りなのだ。
「オオアシノトコヨミ様がそうおっしゃったおかげで、赤鞘様と狸にはお咎めなし。むしろ、功労として褒美が出されたそうです。狸は霊力を上げる修練の場を提供され。赤鞘様は、少しだけ幸運が向いてくるよう、運気を頂いたのだそうです」
直接的な物品ではなく、場所や運気といったものというところが、神様ならではだろう。
まぁ、赤鞘の場合は元が元なので、どの程度運気が上がったのかわからない所だが。
「ただ、オオアシノトコヨミ様の脚を斬った刀は、その後使い物にならなくなってしまいました。オオアシノトコヨミ様の体液は、強い酸性を持っていたんです。刀はボロボロになってしまったわけですね」
「結局、赤鞘さんは刀に恵まれない質のままだった。ってことね」
「そうなります。その後も色々なことがありましたが、結局よい刀を手元に永く置いていられることはなかったようですね」
何度か名刀の類を持つ機会に恵まれることは有ったのだが、どういう訳かすぐに手元を離れてしまうことばかりだったのだ。
神様になるまでそうだったのだから、そういう星の元に生まれたのだろう。
「しっかし、面白い人生生きてたんだね、赤鞘さん」
「面白い、というか。なかなか過激な事が多かったことは確かなようですね」
アンバレンスの言葉に、エルトヴァエルは頷きながら答えた。
樹木の精霊達は、興味深そうな様子で話し合っている。
「へぇー。そういうのがほかにもあるんだ!」
「ほかにどんなことがあったのか、今度お聞きしてみましょうか」
「昔のことなら覚えてそうだよね。赤鞘さま、おとしよりみたいなとこあるし」
そんなことを話していると、モニタの一つから電子音のようなものが響き始める。
見れば、風彦から通信が入っているようだった。
アンバレンスのジェスチャーに合わせ、樹木の精霊達は素早く通信をつなげる。
「えー、スタジオのアンバレンス様、エルトヴァエル様ー。こちら、現場の風彦ですー」
「はぁーい! 無事にドッキリ成功、おめでとうございまーっす! お疲れさまー」
「ありがとう御座いますー。企画も終わりましたので、これからエンシェントドラゴンの巣を出て、そちらに戻りまーす」
「はいはい、気を付けて戻って来てねー。ちなみに、赤鞘さんは何してます?」
アンバレンスが聞かれたとたん、風彦は何とも言えない表情を浮かべた。
風彦は言い辛そうな顔を見せたものの、意を決した様子でいう。
「その、ギルド長のボーガー氏に頂いたケーキを何時食べるか、土彦ねぇと協議しています」
それまで風彦に向いていたカメラが、別の方へ向けられた。
映ったのは、真剣な様子で向かい合う赤鞘と土彦だ。
「もう遅い時間ですし、樹木の精霊さん達はやっぱり明日がいいですかねぇ、ケーキ」
「ですが、この時間までお仕事を手伝ってくださって居るわけですし。少し位食べさせて差し上げても良いかと思いますが」
どちらも、すこぶる真剣な様子である。
その表情が、これがどれほど重要な案件なのかを物語っていた。
アンバレンスは脱力して、乾いた笑いを浮かべている。
エルトヴァエルも、複雑そうな表情で眉間を押さえていた。
「あのー。ですね。別にここで決めなくてもいいと思うんですが」
おずおずと言った様子で、風彦は赤鞘達に声をかけた。
「こういうのは、エルトヴァエル様に聞かないといけませんし」
その言葉に、赤鞘と土彦は納得とばかりに手を叩いた。
こういう大切なことは、やはりエルトヴァエルに聞かなければならないのだ。
「じゃあ、エルトヴァエルさん。戻るまでにどうしたらいいか、考えて置いて頂けますかねぇー?」
赤鞘はにっこりと笑いながら、ケーキの入っている袋を持ち上げて見せた。
エルトヴァエルは強烈な脱力感を覚え、変な声で笑う。
周りを見てみれば、樹木の精霊達が強烈な熱量のこもった目で、エルトヴァエルを見つめている。
すぐケーキ食べたい。
そう訴えてきているのが、視線だけでもひしひしと伝わってくる。
エルトヴァエルは小さく溜息を吐くと、苦笑いを浮かべて言う。
「もう歯を磨いたので、ダメです」
「のぉおおおおおおおお!!!」
「おにぃー! きちくぅー!!」
「再考を! 再審議をよーきゅーするー!」
阿鼻叫喚の様相を呈する精霊達を見て、ちょっとだけ気分が安らぐエルトヴァエルであった。
めっちゃ長くなりました
本編全く進んでないけど、知らん知らん!
結構前から書きたかった話が書けて、満足です
特に何か書く予定が無いので、次も神越を更新出来たらな、と思います
あ、あと前回もあれしたんですが
「ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~」
が、書籍化しました
神越と合わせて、よろしくお願いします
次回は三団体の会議に話を挟んで、赤鞘とキャリンたちが顔合わせをする予定です
そんなに長くならない予定、は、未定
これが終わると、いよいよアグニー奪還編になるんじゃないかな、って思います
なんか、神越はライフワークだな、って思えてきました
今後も頑張っていきたいと思います