百二十四話 「あ、どーもー。あの、私、赤鞘と言いまして。この見直された土地の土地神をしているものなんですけど」
いかにもRPGのラスボスが「よく来たな勇者よ」とか言いそうな椅子のある部屋に、赤鞘とエンシェントドラゴンは横並びになって正座していた。
ラスボスっぽい部屋は、正確にはラスボスの部屋ではない。
エンシェントドラゴンの巣内にある、エンシェントドラゴン専用のフロアである。
ついでに言うと、エンシェントドラゴンはいかにも「ドラゴン」といった姿ではなく、魔法で人の形になっている状態だ。
白いスーツの美男子と、やたら目つきの悪い半透明のお侍。
この二者がいかにもラスボスな部屋で正座している姿は、なかなかにシュールである。
赤鞘とエンシェントドラゴンの前には、薄型テレビのようなものが設置されていた。
画面は幾つかに分割されており、いくつかの映像が映し出されている。
その中の一つは、見直された土地中央、赤鞘の社に作られた特設スタジオだ。
どうやら、ライブの映像であるらしく、画面にはアンバレンスとエルトヴァエルが映っている。
アンバレンスは目の前に浮いている画面を見ながら、ひらひらと手を振った。
「赤鞘さーん。聞こえますかー?」
「あっ、はーい! きこえますよぉー!」
びっくりしたように体を跳ね上げ、赤鞘は慌てた様子で画面に手を振る。
だが、すぐに慌てた様子で、別の方向に向き直った。
赤鞘が向いた方向には、テレビカメラらしきものを構えたメイド服のゴーレムが居る。
ほかにもスタッフらしいゴーレムが、男女入り乱れて二十体近くそれぞれの作業に従事していた。
執事服やメイド服の同じ顔をした男女がカンペなどを持っている図は、なかなかにシュールだ。
「えー、というわけでございまして。赤鞘さんにはこれから各国の人達のところに突撃どっきり大作戦するためにエンシェントドラゴンの巣に移動してもらったわけですけれどもー」
「なんかネーミングセンスが昭和ですねぇー」
「わかりやすくていいでしょう? 昭和的なヤツ」
昭和って何だろうと思ったエンシェントドラゴンだったが、流石に土地神と最高神の会話の途中で聞くわけにはいかないと考え、口には出さなかった。
内容は限りなくどうでもよさそうなものなのだが、一応神様同士の会話なので邪魔は出来ないのだ。
後でエルトヴァエルにでも聞けば、詳しく教えてくれるだろう。
エンシェントドラゴンは、そう判断した。
そんなことをエルトヴァエルに聞けば、昭和のテレビ史についての講義が始まりそうで危険なのだが、そのあたりのエルトヴァエルの感覚はエンシェントドラゴンにはまだないのだ。
「懐かしいですねぇー。あの頃はまだ、私が元々いた村も賑やかだったものですよぉー。まぁ、平成に入る前にはもう人もいなかったんですけど。あれはどのぐらい前ですかねぇー」
「おおっと、思い出のトリガー引いちゃった!? 戻ってきて赤鞘さん! 今は偉い人達にご挨拶どっきりに行く場面よっ!」
遠い目をして思い出に浸りそうになる赤鞘だったが、アンバレンスの言葉で現実に引き戻される。
「そうでしたそうでした。あの、それで気になったことがあるんですけど」
「はいはい? 聞いちゃってみてください? 大体のことはエルトちゃんが答えますので」
隣に座っているエルトヴァエルが驚愕の表情を見せるが、お構いなしだ。
ちなみにエルトヴァエルは、赤鞘がドッキリに行っている間の代打である。
突然座らされたので、未だに呆然とした様子だ。
「あの、ご挨拶に行くのって私だけですよね? なんで土彦さんと風彦さんもスタンバってるんです?」
言いながら、赤鞘はカメラの後ろ方向へと目を向けた。
メイド服のゴーレムも、そちらへカメラを向ける。
その先に居るのは、土彦と風彦だ。
土彦はいつもと変わらぬ様子でニコニコしており、風彦は少し緊張した表情をしている。
普段通りに見える土彦達だが、いつもと違うところもあった。
それぞれの手に、武器を持っているところだろう。
土彦が持っているのは、長柄の槌だ。
恐らく土彦自身が力を込めて作ったのだろう。
全体的に陶器や磨き上げた土玉のような光沢を放っており、頭部は球形になっている。
風彦が持っているのは、自身の身長と同じか、やや短い槍だった。
いわゆる短槍と呼ばれるようなもので、まるでガラスのように透き通った素材で出来ている。
土彦のものと同じく、風彦が自分の力で形作ったものだ。
どちらもガーディアンが自らの力で作り上げた武器で在り、人間とかに渡すと国宝とかになったりするのだが。
ここには最高神とか土地神とか天使とかがワチャッとしているので、割と普通のアイテムとして流されていた。
赤鞘の質問に、アンバレンスは「あー」と頷く。
「それはですね。彼女達には赤鞘様の護衛としてついて行ってもらうためです」
「護衛、ですか? え、そういうのって必要ですかね? 挨拶するだけですし」
不思議そうに首を捻る赤鞘に、「いやいやいや」とアンバレンスは首を横に振る。
「考えてみてくださいよ赤鞘さん。土地神時代に、お供も連れずに格上の神様が訪ねてきたら、ビビるでしょう?」
「あー。なんか、粗相があったときにフォローしてくれる方が居ないと不味いな、ってなりますねぇー」
昔のことを思い出しながら、赤鞘は大きくうなずいた。
やんごとなき神々にとってお付きの護衛の役割は、護衛だけではない場合が多い。
何しろ、神様というのはやんごとなき立場であり、多くのものにとって恐れ多すぎる存在だ。
話しかけるのは愚か、直視するのも憚られるような場合もある。
そんなとき、仲介になってくれるのが、お付きの護衛さんなのだ。
訪ねる側、訪ねられる側、双方に言いにくいことを、代わりに言ってくれたりするのである。
「あれ? でもそういうのってエルトヴァエルさんに頼んだ方が良いのでは?」
言いながら、赤鞘は首をかしげる。
確かにエルトヴァエルは、そういった仕事に適任だろう。
赤鞘のサポートに関していえば、エルトヴァエルの右に出るモノは居ないと言っていい。
だが、アンバレンスは首を横に振った。
「いやいやぁー。エルトちゃんってほら、罪を暴く天使じゃないですかー。もう、そのエルトちゃんと赤鞘さんが一緒に来るとか。相手にとっては逆にもう、え? なに? 何事? っていう感じになるわけですよ」
アンバレンスの言葉に、赤鞘は納得の声をあげ、エルトヴァエルはむせ返った。
罪を暴く天使という単語は、エルトヴァエル的には恥ずかしい歴史なのだ。
「あー、そういえばエルトヴァエルさん、そんなあだ名があったんでしたっけねぇー。なら、ほかの方に行ってもらった方がいいですかねぇ」
「そうそう。罪を暴く天使、マジ罪を暴いちゃうから。もう、すごい勢いで」
「いえ、あの、私はそんなことしたつもりは」
堪らず小声で訴えるエルトヴァエルだったが、あまりにも小声だったので誰の耳にも入らなかった。
方向性はいろいろ違うものの、基本的に人の話を聞かないヤツばっかりなのだ。
「まー、そんな訳でね! そろそろ突撃してもらおうと思うわけですけれども! 赤鞘さん、準備はいいですか!」
「はーい、がんばりまーす」
アンバレンスにいわれ、赤鞘は画面に向かってガッツポーズをとった。
だが、すぐに何かに気が付いたように、カメラに向かってポーズを取り直す。
どうやら、カメラの方を向かないと映りがおかしいことに気が付いたようだ。
ついで、カメラは土彦と風彦の方へと向けられる。
それと同時に、アンバレンスは彼女らにも声をかけた。
「土彦ちゃんと風彦ちゃんもがんばってねぇー」
「あっはっはっは! どうぞお任せください!」
「えーと、がんばりまーす」
元気よく両コブシを上へ突き上げる土彦に、風彦も見よう見マネでポーズをとった。
そんな風彦だったが、何やら聞こえてきた小さな音に、眉根を寄せる。
ブツブツと小さな声らしきそれの出どころは、土彦の様だった。
何を言っているのだろうと思った風彦は、反射的にそれを力を使って拡大する。
エルトヴァエルから引き継いだ好奇心と、普段やらされている仕事の影響だろう。
が、次の瞬間聞こえてきた言葉に、風彦はさっと表情を青くした。
「赤鞘様を傷つけたら殺す。赤鞘様を落胆させたら殺す。赤鞘様を謀ろうとしたら殺す……」
土彦はいつものにっこりとした笑顔で、早口でそんなことを羅列していたのである。
思わず「ヒィッ!」と叫んでしまいそうになった風彦だったが、寸前のところで飲み込んだ。
分かりやすくヤンでらっしゃる。
そんな方向に行かなくても、土彦ねぇはもう十分濃いのに!
風彦は胸の中でそんなことを思いながらも、口には一切出さなかった。
表情を引きつらせながら、誤魔化すようにポーズに力を籠める。
そんなことを知ってか知らずか、アンバレンスは満足そうにうなずいた。
「では、一番最初に突撃するのは、赤鞘さんどこですか!」
「はーい。えっとですねぇー。私的に会っても心臓に負担にならなさそうな順で行こうと思いますので。まずは、スケイスラー。次に、ホウーリカ。最後に、ギルドにご挨拶に行こうと思っています」
「了解しましたー! いやぁー、しかしエルトヴァエルさん! 一体どんな状況になるのか! 楽しみですねっ!」
突然話を振られ、エルトヴァエルは「えっ!? あ、はい」と気の抜けた返事をした。
そして、僅かに表情を歪める。
どうせろくなことにはならないんだろうなぁー、と思いつつも、そんなことを言うのも憚られるからだ。
「まあ、その。皆さん無事で終われば一番かと思います」
主にドッキリされる側が。
そんなことを考えながら浮かべた笑顔は、天使が浮かべているとは思えないほど不器用なものであった。
あてがわれた部屋のソファーに腰かけ、バインケルト・スバインクーは今後の予定について考えを巡らせていた。
明日は土地神、赤鞘との謁見。
そののち、ホウーリカ、ギルドとの顔合わせ。
余裕があれば、打ち合わせという流れになっている。
まあ、余裕なんぞ出来ないだろう、と、バインケルトは考えていた。
神との謁見。
一生を神職に捧げたものでも、神に目通りを適ったというものは少ない。
シャルシェリス神という例外はあるが、殆どの神は人の前に姿を現すことなどないのだ。
バインケルトがこの世界にとどまっている間に直接のお目通りが叶ったものなど、片手で足りる人数だった。
少なくとも二千年以上の年月の間に、それだけである。
にもかかわらず、今回のこの状況。
異様な事態と言っていい。
状況にもよるが、とてもその後に何かを話し合う、等という気持ちにはならないだろう。
約百年前のことだ。
当時の太陽神であり、現最高神であるアンバレンスがキノセトルを結界によって封印した際、その姿を現した。
それを見たとき、バインケルトは思わず呆けてしまったのを覚えている。
事態に対応することを忘れ、ぼうっと見入ってしまったのだ。
時間にすれば、わずか数秒の事ではあった。
だが、神の気配すら希薄な、大空に映る映像を見ただけでソレだったのだ。
直接お会いするような状況であれば、どうなるか。
想像すらつかない。
いや、想像したところで無意味だ、というのが正しいか。
人間がいくら何か考えたり策を巡らせたところで、どうこうできる相手ではないのだ。
次元が違う、という言葉が正確かどうかはわからないが、それに近い何かだろう。
対策の取りようもなければ、立てたところで無意味。
となれば、もうできることなど決まっている。
「行き当たり、か」
そんなことを呟きながら、目の前のグラスを持ち上げる。
部屋に備え付けられていたもので、なかなかに美味い。
アインファーブルにある、宿屋兼食堂で提供されているものだという。
ここの食事を作っているのが、まさにそこの店主なのだとか。
先ほど食べた夕食も、いい味だった。
アグニー族が収穫したという作物は、どれも珍しいものばかり。
にもかかわらず、その扱いに慣れている様子すらうかがえた。
おそらく、相当に準備をしていたのだろう。
今度、店の方に直接行ってみるのもいいかもしれない。
場合によっては、何かしらの商売できるかも。
そんなことを考えていると、扉を叩く音が耳に入った。
何事かと、立ち上がり扉に向かって歩く。
外に護衛などは立たせていない。
場所柄、「危険があるかもしれない」から必要なものは、不敬にあたると考えたからだ。
同じ理由で、探知魔法を使うようなことも憚られる。
バインケルトはあくまで「つとめて」無防備に、ドアへと歩いた。
とはいえ、魔法を使わずとも、バインケルトは長く年を経た死霊使いだ。
ドアの向こう側に、おおよそ何が居るのかは察することが出来る。
人の気配が、三つ。
スケイスラーから連れてきたものであれば、気配で個別認識まで可能なバインケルトではあるが、その三つが誰だかは判別が出来なかった。
つまり、バインケルトの知らない相手ということだ。
ホウーリカか、ギルドか、あるいはそれ以外か。
それ以外の場合、つまるところそれは、エルトヴァエルかガーディアンか、ということになる。
後者の場合、人間の気配だ、というのは気になるが。
その程度誤魔化すのは訳の無いことだろう。
何しろ相手は、神様の御使いなのだ。
「はい。ただいま」
バインケルトはそう声をかけてから、扉を開いた。
そして、そのまま硬直する。
目の前にいたのが、半透明の体をした、引きつった笑顔のオサムライだったからだ。
「あ、どーもー。あの、私、赤鞘と言いまして。この見直された土地の土地神をしているものなんですけど」
バインケルトからの返事は、なかった。
完全に凍り付いていたからだ。
もっとも、それを責められるものはいないだろう。
赤鞘の後ろにいる風彦は、いたたまれなさそうな表情で胸を押さえている。
心臓にいろいろ負担がかかっているのだろう。
土彦はと言えば、にこにこ笑いながらも、槌を握る手には妙に力が籠っていた。
いつでも殴りつけられるように準備しているのだろう。
そんな中で、赤鞘は何をしているのか、と言えば。
こちらもバインケルトと同じく。
いや、それ以上の混乱の中で、凍り付いていた。
無理からぬことだろう。
直接会ってみたバインケルトは、赤鞘の予想よりも遥かに格上の存在だったのだ。
基本的に、日本の神様というのは、歴史が長ければ長いほど。
民に慕われれば慕われるほど。
その数が多ければ多いほど、力が強く、格も上がっていく。
細かな所はいろいろあるのだが、おおよそのところはそんな理解で十分だろう。
信仰やら何やらというのは、いろいろややこしいのだ。
バインケルトは、少なくとも二千年前から、宰相としてスケイスラーという国を支え続けてきている。
それだけの間、民に慕われ続けてきた、ということだ。
二千年間、一国分の信仰心を一身に受けてきた、と言っても過言ではない。
年代的にも、力量的にも、完全に大先輩だ。
九十度腰を曲げてお辞儀するどころか、地面に平伏しであいさつをしなければならないところだろう。
もちろん、この世界に置いて、生き物が神になることはない。
神は神であり、生き物は生き物だ。
いくら永く存在しようが、拝まれていようが、バインケルトはただの「死霊使い」に過ぎない。
過ぎないのだが、赤鞘にとってはあまりなじみのない感覚であった。
赤鞘の中の「日本神根性」は、完全にバインケルトを格上の相手と認識してしまったのである。
「あわわわ……」
赤鞘は細かく震えながら、凄まじく小さな声でそうつぶやいた。
誰にも聞こえないほど小さな声だが、赤鞘のビジュアルでそんなセリフを言うのは、絵的に非常にアレだ。
思わずそんな感じになるほど、動揺しているということだろう。
硬直するバインケルトと、あわあわする赤鞘。
先に回復したのは、バインケルトであった。
「失礼しました! あまりに驚いたもので、呆けてしまいました」
その声に、赤鞘もハッと我に返った。
「いえいえ! 突然お邪魔したものですから! あははは!」
「ああ、ここでは何ですので。どうぞ、中へ。ご用意いただきました部屋は、中々広くて快適ですよ」
「そうですよね! 廊下だとアレですもんね! じゃあ、ちょっと失礼しちゃいましょうかねぇー!」
にこやかに部屋の中へと促すバインケルトに対して、赤鞘はペコペコと頭を下げながら中へと入っていく。
そんな様子を見て、風彦はほっと溜息を吐いた。
ここに来ている三団体には、事前に赤鞘の気性は伝えてある。
いきなり平伏したり、跪いたりすると、大変に恐縮されるので、ある程度砕けた態度で接するように。
それこそ、エルトヴァエルや風彦に接するよりもフランクな感じで。
伝えたときは不思議そうな顔をしていたバインケルトだが、どうやらその意味を正しく理解していたらしい。
風彦はちらりと土彦の方を見やり、耳元に顔を近づけた。
「土彦ねぇ。お願いですから早まらないでくださいよ?」
「あっはっはっは! 何の心配です? 何もしやしませんよ」
説得力がない。
笑いながら部屋の中に入っていく土彦に続き、風彦も部屋の中に入っていく。
何かあった場合は、自分がフォローするんだろうなぁ。
これが終わったらアグニー村に行って、たっぷりアグニーを鑑賞するんだ。
そんな決意と自分へのご褒美を心に秘めながら、風彦は疲れたように顔を左右に振るのであった。
会談は、実にスムーズに進んだ。
緊張のピークまで行った赤鞘が、逆に冷静になったのが勝因と言えるだろう。
もちろん、バインケルトがその能力をいかんなく発揮した、というのもある。
客に合わせて的確に対応。
商売の基本ともいえるそれは、赤鞘相手にも十二分に通用したのだ。
「お出し頂いた料理に使われていたのは、野草を栽培したものでしたか!」
「そうなんですよ! アグニーさん達が森の中で見つけてきたものでしてねぇー! ほら、ポンクテはエルトヴァエルさんに頼んだんですが、ほかはそうもいかなくてですねぇー。アインファーブルから野菜の種とかも買って来てるんですけど、まずはそちらから召し上がって頂こうと思いまして」
「実に懐かしい味でした。いえ、生前、まだスケイスラーが出来る以前の事ですが、よく山菜を取って食べておりまして。ただ、アレはあく抜きにコツがありまして。失敗しては、苦い思いをしながら食べたものです」
「そうなんですよねぇー。山菜って下処理しないと食べられないの多いんですよねぇー! 私も生前、旅の空で路銀に困りましてね? 食うに困って記憶に合った山菜を齧ったんですが、これが苦いのなんの」
「普段料理をしなければ、どれが煮炊きできるものかはわからないものですからね。元々御武家様であられたのでしたら、なおの事でしょう」
「全くです! 刀にかまけていたもので、そういったことに関してはからっきしでしてねぇー! 貧乏浪人をやることになるなら、畑仕事の一つも覚えて置けば良かったと、土地神をやるようになってからも後悔したもんですよぉー」
赤鞘とバインケルトの会話は、思いのほか盛り上がっていた。
話題はもっぱら、生前の事と自分が守ってきた土地と民についての事である。
風彦はその様子を意外そうに見ていたが、考えてみれば両者には共通点があるのだ。
死者であること。
そして、死後、国と村という規模の差こそあるものの、土地とそこに住む民を守ってきたということだ。
赤鞘から見れば、バインケルトは同じ「土地神」のようなものであり。
バインケルトから見れば、赤鞘は初めて出会う「自分と同じような立場の相手」だったのである。
もちろん、お互いに土地神と亡霊という立場こそ違うのだが。
赤鞘にとってはほとんど気にするようなことではないし、赤鞘が気にしないのであれば、バインケルトが過度に恐縮するのも角が立つ。
結果として、この二者の会話は大いに盛り上がることになったのだ。
実は、赤鞘はこの状況を、ある程度予想していたりした。
お互いある程度境遇が似ているので、共通の話題もあるだろう、と考えていたのだ。
まさに、それが当たった形である。
赤鞘のそういった予想が当たるというのも、非常に珍しいことではあるのだが。
非常に盛り上がった二者の会話は、現在のアグニー達の状況についてに変化していく。
「見直された土地の事情をお聞きしてから、いくつか情報を集めておりました。幾つかの国、あるいは団体が、アグニー族を捕縛している状況である、とか」
「ええ。まあ、それでですね。今、ウチにいるアグニーさん達に相談してみまして。そしたら、なんやかんやあって、その方々を救出しよう、っていう話になったんですよ」
「それはそれは。しかし、どのようにしてです? ガーディアン様方がお動きになれるのでしょうか」
「一番手っ取り早いのはそれなんですが、いろいろやんごとなき事情でソレも難しいんですよねぇー。過度な干渉になったりするとか、まぁ、諸々です」
赤鞘の言葉に、バインケルトは大きくうなずいた。
恐らくは、神々の問題に関する理由が絡んでいるのだろう。
「見直された土地」に関する情報が、未だに秘匿されていることにも関係あるはずだ。
知らなくていいこと、知らない方がいいこと、知ってはいけない情報。
それらをひっくるめて、「諸々」という表現が使われているのだろうと、バインケルトは考えた。
「ですから、アグニーさん達に私の方から、傭兵さんを紹介したんです。無事に契約が済んで、今は救出作戦準備の真っ最中なんですよぉー」
「傭兵、ですか。ちなみに、その方々のお名前をお聞きしても?」
「セルゲイ・ガルティックさんという方が代表の、ガルティック傭兵団さんですよ」
「なんと! セルゲイですか!」
バインケルトは驚いた様子で声をあげた。
「あれ? お知合いですか?」
「知り合い、というほどのものでもないのですが、何度か。それに、彼は有名人ですので。ご存知とは思いますが、いくつかの国で指名手配と賞金首に。以前、とある国で起きた国家転覆にもかかわっていた、とか」
あいまいな言い方はしているが、当然バインケルトはしっかりと情報を握っていた。
冒険活劇か、ゲームの主人公のような男だ。
プライアン・ブルーを使っても尻尾を捕まえられなかった時点で、尋常な手合いではない。
バインケルト自身、いつか直接会って手に入れたいと思っていた人材だ。
そんなバインケルトの言葉に、赤鞘は感心した様子で「へぇー!」と声をあげる。
「すごい人なんですねぇー。あれ? いや、エルトヴァエルさんから聞いたっけな? どうも私、忘れっぽいもので。正直そのあたり、任せっきりなんですよねぇー」
「エルトヴァエル様に、ですか?」
「ええ。活動しやすいように、情報を集めてもらって、それをセルゲイさんに届けてもらったりしてます。いやぁー、おんぶにだっこですよ」
罪を暴く天使が、世界的に有名な傭兵に情報を下ろしている。
一体何と戦うつもりなのか、と思うような話だ。
それこそ、アクション映画やドラマのような、ひどいことになりそうな事態である。
しかし、それもまた必要ではないか、と、バインケルトは考えた。
アグニーを助け出す、ということは。
当然、メテルマギトとも遣り合うということだ。
世界最大のエネルギー生産組織である「ギルド」と一切の取引をしていないにもかかわらず、世界有数の魔法技術保有国として存在する、ハイ・エルフを中心とした超大国。
今すぐに敵対する、というわけではないだろう。
だが、このまま「見直された土地」の事情を隠してアグニーを助け出そうというのであれば、いつかはそうなるはずだ。
「赤鞘様。何度も同じことを確認する様で大変恐縮なのですが、この見直された土地の事、メテルマギトへは……」
「ああ、やっぱり今の話聞いたら、その辺気になりますよねぇー」
赤鞘は頭を掻くと、苦笑を漏らした。
「なんか、いろいろ込み入ったアレがあるんですけど。今のところ、メテルマギトさんへはお伝え出来ない感じなんですよぉー。あそこにたくさんアグニーさん達が捕まってるんで、伝えられたら手っ取り早いんですが」
神様には、神様にしかわからない事情があるのだ。
ぶっちゃけた話細かいところは赤鞘自身話が難しすぎてよくわからなかったのだが、アンバレンスとエルトヴァエルがそう言ってたので間違いない。
基本、自分の土地を管理すること以外に関しては、すべてアバウトな赤鞘である。
「ああ、安心してください。そのことに関しては、スケイスラーには迷惑が掛からないようにしますので」
「ご配慮、有難う御座います」
神様が請け負うのだから、これ以上ない保証だろう。
実際、赤鞘自身この件に関して、ほかに迷惑をかけるつもりはないのだ。
だが。
バインケルトはにっこりと笑うと、「では、ご相談なのですが」と口を開いた。
「アグニー族の救出には、各地への足掛かりが必要と思います。拠点となる安全な場所を、私共でしたらご提供できるものと、愚考するのですが」
「へ? と、いいますと?」
「私共スケイスラーは、各地に港を持っております。これは大使館のような役割も兼ねており、中は治外法権となって御座います。つまり、これを拠点、補給基地としてお使いいただければ、各地での行動がずいぶんとしやすくなるのでは、と」
バインケルトの言葉を聞いた赤鞘は、感心したように声をあげた。
「あー、だからエルトヴァエルさん、スケイスラーさんに手伝ってもらった方がいいっていったんですねぇー」
この件で手伝いを頼むなら、まずはスケイスラーに。
エルトヴァエルにそういわれていた赤鞘だったが、理由はよくわかっていなかった。
正確には、説明は受けたのだがほぼほぼ忘れていたのである。
「いえ、実はこちらからそんなようなお手伝いをお願いしようと思っていたんですよぉー。なので、まずご迷惑はかけません、っと言ったんですけれどもね?」
「願ってもないことでございます。私共がアグニー族の。引いては、赤鞘様のお役に立てるので御座いましたら、まさに光栄の至り!」
にこにこしながら頭を下げるバインケルトに、赤鞘は少し気まずそうに頭を掻いた。
「それで、あのぉー。お礼というか、そのお代の件なんですが。実は、まあ、コレもエルトヴァエルさんにそういった方がいいって教えて頂いたんですけどね? 何がいいか、バインケルトさんにお聞きした方がいい、っていうんですよ」
「お代などと、そのような!」
「いえいえ! これはなんていうか、私の方もきちんとお礼はしなきゃなぁーって思ってるんです。直接お会いして、余計にそう思いました」
赤鞘は苦笑しながらも、確固たる確信のあるような口ぶりで言う。
「バインケルトさんは、いわゆる商売人ですよね。そういう方に借りを作るのは、よろしくないと思うんですよ。経験則なんですけどもね?」
只より高い物はない。
赤鞘も、いろいろと経験がある事であった。
地球での土地神時代、妖怪の商売人にいろいろとふんだくられた経験があるのだ。
言われたバインケルトの方はと言えば、非常な感動を覚えていた。
バインケルトは、自身を商人であると考えている。
色々あって一国の宰相などという地位にいるが、本質はそこだと考えているのだ。
商売の規模を広げ、利益を得ることに、全てを賭してきた。
その自分の本質を、神である赤鞘に、ある意味で認められる。
歓喜だ。
自らの存在を認められる喜びを、赤鞘という神から与えられたのである。
打ち震えるほどの感動を覚えて、然るべきだろう。
「まあ、ですので、バインケルトさんからお代として何かしてほしいことを言って欲しい訳なんですよ」
おそらく、いや、確実に、エルトヴァエルはわかったうえで、赤鞘にそう伝えたのだろう。
バインケルトが喜びに目を輝かせるだろうことも、何を望んでいるのかもわかったうえで、こう尋ねろと言ったのだ。
ならば、遠慮する必要はない。
「赤鞘様。私共は、輸送国家。輸送を生業にしております。ソレに際して、航路は非常に重要なものです」
「あぁー。聞いたことありますねぇー。なんか空港とかでも、動線がすごい込み合って大変だとか。テレビでやってましたよぉー」
「ご存知かもしれませんが、この見直された土地の上空にも、元々は私共の航路が御座いました。ですが、約百年前の一件以来、使うことが出来なくなってしまったのです」
それは、かなりの大事ではなかろうか。
漠然とではあるが、赤鞘にも大変なことなのだろうとわかった。
「私はずっと、出来るのであれば、その航路を回復させたいと考えておりました。私が報酬として望むものがあるとすれば、ただ一つ。その航路の……」
バインケルトは言葉を止めると、ゆっくりと、ゆっくりとつばを飲み込んだ。
焦る気持ちを押さえつけ、はっきりとした声音を意識して、言葉をつづける。
「航路の、独占。もちろん、一時で構いません。しばらくの間、見直された土地上空を通る航路の使用と、その独占をお許しいただければ。これに勝る喜びは御座いません」
これに対して、赤鞘は僅かに考え込んだ。
いくらでも通ればいいのに、通行許可っているモノなのかなぁ、等と疑問を持ったからだ。
だが、バインケルトほどのモノが「欲しい」というのだから、やっぱり必要なんだろうな、と思い直した。
恐らく、凄まじい価値があるのだろう。
エルトヴァエルが確認しろ、と言ったのは、これをバインケルトに言わせるためなのだ。
そうしないと赤鞘が忘れると思ったのかもしれない、と、赤鞘は思う。
実際、言われても忘れていただろうし。
ならば、答えは決まっている。
「見直された土地は、世間的にはまだ封印されてる体ですので、すぐにというわけにはいきませんけれども。大々的に発表した後でなら、構いませんよ。航路の独占。永久に、って訳にはいかないと思いますけれども」
この瞬間の喜びは、バインケルトがこの世に生れ落ちてからこれまでの間でも、五本の指に入るものであった。
今すぐ大声を張り上げ、地面を転がり、全身全霊で喜びを享受したい。
強靭な精神力でそんな衝動を無理やり捻じ伏せたのは、バインケルトの二千年以上に渡る商売経験のなせる業だ。
「承りました。アグニー族救出のご支援。このスケイスラー宰相、バインケルト・スバインクー。持てる限りの力で、必ずや赤鞘様のご期待に添える形で完了させてご覧に入れます」
「あー、いやぁー、なんか、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるバインケルトに対し、赤鞘は苦笑いをしながら、頭を掻くのであった。
「ああいう方は、約束を守る限り裏切らないですからねぇー。信用できますよ」
バインケルトの印象を風彦に聞かれ、赤鞘はそんな風に答えた。
「なんていうんでしょう、いい意味でのプライドのあるタイプの方みたいですし。やっぱり土地神に近いような立場の人ですから、共感もできますかねぇー。ん? いや、一緒にしたら失礼なんですかね?」
「いえ、神様と一緒にして失礼ということは……」
逆だと失礼かもしれないが、神様と一緒にするなら問題ない、どころか、光栄な話だろう。
何とも言えない顔で笑いながら、風彦は首を捻った。
「いやぁー。やっぱり最初にバインケルトさんの所に行って正解でしたねぇー。最初はビビりましたけど、なんか先輩の神様に会った気分で楽しかったですし。ガルティック傭兵団さんのこともおねがいできましたしねぇー」
細かい調整などは後日エルトヴァエルに丸投げする予定だが、ひとまず約束は取り付けた。
赤鞘の仕事は、ほぼ終わったと言っていいだろう。
基本的にそういうところでは役に立たないのが赤鞘なのだ。
「どうやら、バインケルトさんは好人物だったようですね」
土彦の珍しい高評価に、風彦は驚いた様子で目を見開いた。
基本的に土彦は、赤鞘と同じガーディアンである兄妹、そして、見直された土地以外については激辛である。
「赤鞘様があんなにうれしそうです!」
その後に、極々小声で付け足された「最初は殺そうかと思いましたが」という言葉を、風彦は聞き逃さなかった。
一気に表情をひきつらせながらも、何とか「ヒィッ!」という声は押し殺す。
そんなガーディアン達の様子を知ってか知らずか、赤鞘は上機嫌な様子で廊下を進む。
「いやぁー! この分なら順調に挨拶終わりそうじゃありませんか!? あっはっはっは!」
絶対にそうはならないんだろうなぁー、とは思いつつも。
風彦はそう口には出さず、ただただ溜息を吐くのであった。
久しぶりの更新でーす
がんばったよ!
ずいぶん流れ忘れてたし(←
いや、書くべきことは覚えてるんですが、齟齬というか、矛盾が出ないように気を遣うんですよ!!
そんなわけで、楽しんでいただければ幸いです
あと、関係ないんですが、私が書いてるほかの作品
「ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~」
一章完結しました
よろしければ作者ページあたりから読みに行って頂ければ、と思います
区切りがいいから読むチャンスだと思いますよ!