百二十二話 「それでは、お聞きください。歌声の女神カリエネスの新曲。タイトルは、巨乳が貧乳を煽る歌」
見直された土地の、ほぼ中央。
八つの樹木が輪を描くように生え、その中央に三つの社が並ぶ場所。
「海原と平原」においては非常に珍しい、「神域」と呼ばれる土地。
そこに、安っぽい長机が並んでいた。
上に置かれているのは、数本のマイク。
そして、「実況」と「解説」という小さな看板だ。
長机と同じく、安っぽいパイプ椅子に座っているのは、ご存じこの世界の太陽神にして最高神と、この土地を守る土地神である。
まじめ腐った顔をしている二柱から少し離れたところには、同じく真剣な表情の歌声の女神が立っていた。
その隣には、なぜか唖然とした表情の罪を暴く天使もいる。
「本番、十秒前でーす!」
赤鞘とアンバレンスに、そんな声が掛けられる。
声の主は、サングラスをかけ、肩にカーディガンを引っかけた樹木の精霊だ。
ほかの樹木の精霊達は、アンバフォンを構えて赤鞘達を撮影していたり、特に何ともつながっていないケーブルをさばいたりしていた。
ベテランプロデューサーの精霊と化した樹木の精霊が、声を出さないように指でカウントを数え続ける。
アンバレンスは居住まいを正しながら、カウントが0になると同時に口を開く。
「天界でお仕事に従事している天使とか悪魔とかなんやかんやその辺の方々、こんにちは! 見直された土地に挨拶に来る人達をライブ実況。この放送は、なんやかんや色々な神様的な力を使って、「海原と中原」の天使とか神様的な方たちに配信されております。今回司会を務めさせていただきますのは、夏を狂わせるイケない太陽、太陽神アンバレンスです。解説は、第二回見直された土地杯争奪、神様対抗とんとん相撲大会チャンピョン、赤鞘さん。どうもよろしくお願いいたします!」
「ごっちゃんです」
「いやー、いよいよやってきましたねー。どうですか赤鞘さん」
「胃に穴が開きそうですねぇー。何かいらっしゃる皆さん、全員偉い方じゃないですか」
赤鞘はごくごく真剣な様子でうなずいた。
神である赤鞘より偉い相手というのは、そう多くない。
世間一般的な目で見れば、今回の客、三つの勢力の代表者達よりも赤鞘の方がよほど偉いのだが。
根っからの下っ端根性が染みついている赤鞘には、そんなものは一切関係なかった。
よそはよそ、自分は自分。
偉そうに見えたら、その時点で胃に来る。
赤鞘とはそういう神なのだ。
「いやいやいや。向こうも同じような気持ちなんじゃないです?」
「えー? でも、偉い人って心臓に鋼鉄の毛が生えてたりしそうですし。私に会いに来るぐらいで緊張なんてしませんよぉー。大体、相手は私なんですし」
「どういう自信の無さなの」
困惑気味な顔を見せるアンバレンスだったが、赤鞘の自己評価の低さは今に始まったことではない。
ある意味相手にとっては不幸だが、その辺は今回の件に巻き込まれた時点ですでに不幸なのであきらめてもらうしかないだろう。
「さて、今回のライブ実況。いよいよ見直された土地に、ホウーリカ、スケイスラー、ギルドの代表者がやってくる。ということで、見直された土地駅に到着する様子をみんなで、いじって、いじって、いじり倒していこうということで始まったわけなんですけれど。ねっ! いかがですか赤鞘さん!」
「皆さん、もうアインファーブルからは出発してんですよね?」
三つの勢力の代表者達は既に客車に乗り、見直された土地へと向かっていた。
用意された三つの車両に、それぞれの勢力毎に分乗しているのだ。
「既に出発していますね。ただ、見直された土地駅に到着するのにはもう少しかかるようです」
「遠いですからねぇー」
「まあ、到着し次第、連絡が入ることになっていますんでね。もう少しお待ちいただければと思います。その間にですね! アニスちゃんのこれまでの活躍を見ていきたいと思います!」
アンバレンスの言葉に合わせて、樹木の精霊Pが手を振って指示を出す。
すると、赤鞘とアンバレンスの目の前に、空中投影型のモニタが現れた。
映し出されたのは、「がんばれアニスちゃん!」というテロップだ。
続けて流れ出すのは、エンシェントドラゴンの巣に作られたキッチンスタジアム。
そこで懸命に包丁を振るう、アニスの姿だった。
「いや、実は先日、どのポンクテがいいのか味見してもらった連中にですね。どんな料理人が調理するのか見せろってせっつかれまして」
味見をしてもらった連中、というのは、アンバレンスの知り合いの最高神達である。
それぞれがそれぞれ、個別の世界を治める最高神であった。
そんな神々に気軽に味見などということを頼めたのは、アンバレンスも同じ最高神だからだろう。
いや、ふつうはたとえ同じ最高神であったとしても、そんなことを頼んだりはしない。
最高神仲間の中でも一目置かれ、生来のおせっかいであちこちに貸しを作っているアンバレンスだからこその荒業である。
もっとも、そんなアンバレンスの頼まれごとのその後に興味を持つ当たり、ほかの最高神達もなかなかの変わり者と言えるだろう。
「うわぁ。すごいですねアニスさん。私だったら胃に穴が開きますよ。ないですけどね、胃。本体が鞘なんで」
「まぁね! さすがに最高神連中が注目しちゃってますよ、とは本人には伝えませんよ!」
そんなことをしたら、アニスは卒倒するかもしれない。
ただでさえ、画面の中のアニスは、若干青い顔をしている。
「こちらの映像は数日前のものですね。キッチンスタジアムでスタッフに指示を出す練習をしがてら、実際に調理をしている時の様子です」
アンバレンスの言葉通り、アニスは慌ただしく調理をしながら、複数のゴーレムに指示を出している。
かなり緊張している様子ではあるが、調理人としての意地なのだろうか。
顔色を悪くしながらも、てきぱきと動き回っていた。
飛ばしている指示も的確らしく、ゴーレム達は正確にアニスを補佐している。
「いやぁー。やっぱりプロの方は違いますよねぇー」
「ねー。初日なんてガッチガチでしたけどね。二日目以降、緊張しつつもきっちり動けてる当たり、流石ですわね」
「やっぱりアレですかねぇー。キャリンさんに来ていただいたのも効いてるんですかねぇー」
「ていうか、なんでキャリンくんと門土くん呼んだんです?」
アニスは、料理を作るために呼ばれている。
見直された土地には料理を専門にしているものがいないため、必要な処置だといえるだろう。
対して、キャリンと門土は「警備要員」という名目で呼ばれていた。
正直なところ、どうしても必要、とは言えないだろう。
なにしろエンシェントドラゴンの巣には、「ダンジョンズ・ネットワーク」がある。
壁面に張り巡らされ、ゴーレムとも連動するそれらは、高度な警備システムと言ってもよい。
人間の警備など、不要なはずなのだ。
アンバレンスの質問に、赤鞘は「ああ」と頷いた。
「キャリンさんって、落ち着く顔立ちしてません? 柔和な雰囲気ですし。ほら、トイレの場所とか。ゴーレムの人に聞くほどでもないこととか」
「あー。まあ、言わんとすることはわかりますけども」
「ていうか、ゴーレムの人達ってダンジョンそのものな訳じゃないですか。こう、ちょっとしたこととか聞きにくくありません? そんなどうでもいいことでお仕事の邪魔したらどうしよう、的な」
「それは赤鞘さんの心情なのでは?」
「やっぱりわかります?」
照れた様子で頭を掻く赤鞘に、アンバレンスは苦笑いを浮かべた。
基本的に赤鞘は小市民根性の塊である。
強そうとか、権威がありそうとか、そういう相手にすこぶる弱いのだ。
少しでも偉そうだと判断した相手には、全力で下手に出る。
ある意味で、アグニーの危機回避能力に近い性能の持ち主であった。
そんな赤鞘が「落ち着く顔立ち」というのだから、キャリンの柔和な雰囲気というのは、よほどのものなのだろう。
「で、門土くんの方は?」
「ほら、水彦がお世話になってますし、ご挨拶したいなぁー、と。ていうか、お二人ともそっちがメインですけどね」
「なるほどねー。まあ、どうせ三つの勢力の代表者とも会うわけですしね」
「そうですそうです。ついでと言ったらあれですけどね」
「水彦がお世話になってますからね。ありだと思いますよ。ついでに、俺も挨拶しちゃいます? 赤鞘さんと一緒に」
シレッとした顔でいうアンバレンスに、赤鞘は思わずといった様子で吹き出した。
気軽に遊びに来ているが、こう見えてアンバレンスはこの世界の最高神だ。
どんなに肝の太い人間でも、間違いなく胃はやられることだろう。
戦慄する赤鞘に、アンバレンスは笑いながら手を振る。
「冗談ですよ、流石に。うっかりやっちゃったら、うちの部署の天使連中に怒られますしね」
「いやぁー、アンバレンスさん本当にやっちゃいそうなところありますからねぇー」
「そんなところが愛される秘訣ですよね!」
胡乱気な目を向けてくる赤鞘に、アンバレンスはにっこり笑いながら両手でピースを作って見せる。
おそらく、こういうことばっかりしているから、信用がないのだろう。
そんなことをしていると、二柱の前にあるモニタの一つから、音声が響いてくる。
「放送席、放送席!」
「はいはい、現場の風彦さん?」
プロデューサー風の樹木の精霊がハンドサインを送ると、ほかの精霊が素早くアンバフォンに指をはしらせる。
すると、二柱の前にあるモニタの映像が切り替わった。
映し出されたのは、マイクを持った風彦の姿だ。
周囲にあるものから、アインファーブルと見直された土地をつなぐトンネル。
その、見直された土地側の駅にいるらしいことが分かった。
アンバレンスに呼びかけられた風彦は、イヤホンを片手で押さえながら、マイクにを構えなおす。
「こちら、見直された線、見直された土地駅です。お客さん達は、あと十五分から二十分程度で到着の予定だそうです」
「もう結構来てるんですね。っていうか見直された線って。名前の付け方適当過ぎじゃない?」
「名前が無いと不便だからって、土彦さんが付けたみたいですよ」
見直された土地、という名前は、赤鞘がつけたもの。
なので、あらゆる場合に置いて優先される、というのが、土彦の考え方であった。
とはいえ、土彦は一切そういったことを口にしないので、単に赤鞘に似てネーミングセンスがないだけだ、と思われている。
どちらにしても酷い話だ。
現場にいる風彦は、手元のメモを見ながら続ける。
「その土彦ねぇにお話を聞いたんですが。皆さん、客車を見た時点で面食らっていますね! いやぁ、駅とこちら側のトンネルを見たときのリアクションが楽しみです! とのことでした」
「風彦ちゃん、ありがとーございます!」
樹木の精霊が合図を出し、風彦が映っていた映像が切り替わる。
が、その瞬間。
風彦の背後に、何かが高速で移動してきた。
一瞬だけ映ったその姿は、黒い着物でショートカットの少女。
満面の笑顔でピースサインを出す、土彦の姿であった。
「すげぇ。土彦ちゃん一瞬だけ見切れていきましたけど。なにアレ」
「あー。私、以前テレビカメラに見切れたことがありましてね? そのことを話したら、すごく楽しそうに笑ってましたから。たぶんそのときのアレじゃないですかね?」
「うっそ。ていうか赤鞘さん基本半透明じゃないですか。どういう扱いになるんですかそれ」
「なんか、いまだに心霊特番とかで使われてるみたいですねぇー。出雲に行ったときとか、それがよく話のきっかけになりましたよ。オバケ扱いされた土地神って」
「赤鞘さん、ルックスだけだと落ち武者とかですもんね」
黒い着物と赤い羽織に赤い鞘。
基本的にお侍丸出しな赤鞘は、外見だけ見れば確かにお侍風であった。
そんなものが半透明でふよふよしていれば、落ち武者か浪人の幽霊に見えるだろう。
「そうですそうです。土地神なのに地縛霊っぽいって。ただ、この話するとき周りに気をつけないといけないんですよね」
「ほう。なんでです?」
「日本って怨霊とかから神様になった方、結構いるじゃないですか。気にされてる方もいますからねぇー」
「あーあーあー! 某学問の神様とか、まんま元悪霊ですもんね!」
「それ名前言っちゃってるような物じゃないですかぁー!」
学問の神様や雷神様として有名な某道真公は、政治の争いに巻き込まれ、怨霊となったとされている。
その祟りとされている災厄はあまりにもすさまじく、それにビビった当時の人々によって、神様として祭られた。
怖いものは祭って、神様になってもらおう。
日本では、割と多い部類の話である。
たくさんの神様が集まる席でこの手の話は、割とデリケートな話題なのだ。
「でも、そういう話って仲間内だけのときだと盛り上がるんですよね。酒飲みながらだと特に」
「悪いことだとは思いつつですよねぇー」
「さっ! そんなわけでございまして。もう少しお時間がかかりそうですので、ここで一曲聴いていただきたいと思います」
アンバレンスがそういうと同時に、プロデューサー風の樹木の精霊がサインを出す。
すると、カメラマン役の精霊が、アンバフォンをカリエネスへと向けた。
カリエネスはおもむろに顔を上げると、掛けているメガネをクイッと持ち上げる。
「カリエネスさーん。準備よろしいでしょうかー?」
「はいっ!!」
アンバレンスの呼びかけに、カリエネスは気合のこもった声を返した。
それに驚いたのか、近くにいたエルトヴァエルはびくりと体を跳ね上げる。
赤鞘とアンバレンスも、驚きの声を上げた。
「なんか、ずいぶん気合入ってますね」
「もちろんです! 実は私、先日まで引きこもっておりまして! 今日はそれ以来、初の全国ネットなんです!!」
カリエネスは妙にキリッとした顔で、握りこぶしを作る。
並々ならぬ決意の表れなのか、体からは何かしらオーラのようなものが立ち上っていた。
普通の人間ならば、単にそう見えるだけだろう。
だが、カリエネスは神様的な力を使い、実際にオーラを撒き散らしていた。
「きっと天国にいる兄弟姉妹も、喜んでくれていると思いますっ!!」
「言い方が不穏!」
涙ぐみながらいうカリエネスに、アンバレンスはすばやく反応する。
赤鞘は首を傾げつつ、不思議そうな顔をアンバレンスに向けた。
「天国にいるんですか?」
「まぁ、兄弟姉妹全部神様なんで。地獄にいるのもいますけどね」
アンバレンスの言葉に、赤鞘はなるほどとうなずいた。
この世界の神々は、その全てが母神から生み出されている。
すべての神が、兄弟姉妹なのだ。
神様の多くは天界、つまるところ天国にいるので、カリエネスの言っていることは嘘ではなかったりする。
もっとも、生み出された時期は皆ばらばらで、基本的に兄弟姉妹としての認識は薄い。
極年齢が近いもの同士ならばいざ知らず、殆ど同族意識のようなものはない。
中には、お互いを殺したいほどいがみ合っているものもいたりする。
「それでは、お聞きください。歌声の女神カリエネスの新曲。タイトルは、巨乳が貧乳を煽る歌」
「ひどいタイトルですよねぇ」
「ロリ巨乳である自分が、ほかの貧乳な女神を煽って気持ちよくなりたいという思いで作ったんだそうです」
「うわぁ……」
赤鞘のドン引きとともに、音楽が流れ始める。
演奏しているのは、樹木の精霊達だ。
皆、表情は真剣そのもの。
なにしろ、今日の本番の為に何日も前から練習していたのだ。
まあ、練習していた曲のタイトルはすこぶるヒドイものなのだが。
前奏に続き、カリエネスはゆったりとした調子で歌い始める。
歌声を司る女神であるだけに、その歌声は素晴らしいの一言だ。
だが、内容はあまりにもアレだった。
えっ、それどうしたの?
あんまり押しつぶすと体に悪いよ?
胸部圧迫とか心臓に負担かかるらしいし
まあ、運動すると肩とか凝るし、痛くなるから気持ちはわかるんだけどね
出だしからしてコレだ。
字面にすると、喧嘩しか売っていない。
だが、そんな全開で頭の悪い歌詞を、カリエネスは圧倒的な歌唱力でねじ伏せていた。
神としての権能をフルに使い、歌声の力で歌詞を押し殺していたのである。
のちに「神様の力の無駄遣い」の好例となるこの歌唱は三分ほど続く。
歌い終わったカリエネスは歌い終わると、満足げな微笑みを浮かべた。
そんなカリエネスに、赤鞘と樹木の精霊達は惜しみない拍手を送る。
ただ、アンバレンスだけは、「コイツあとで殺されるんじゃないかな」と思いつつ、微妙な笑顔を湛えていたという。
赤鞘達がアホなことをやっている、丁度そのころ。
見直された土地の地下にあるドックでは、ガルティック傭兵団の面々が食事をとっていた。
テーブルいっぱいに並べられた食事は、なかなかに豪華で、量も十分。
皆、がっつくようにして食べていた。
これらを作ったのは、アニスである。
彼女はキッチンスタジアムに慣れるため、実際に料理を作って練習をしていた。
そこで出来た料理は、ここに差し入れられていたのだ。
ガルティック傭兵団はたらふく飯が食えて、アニスも作った料理を無駄にせずに済む。
まさに、WIN・WINの関係である。
「しかしあれですね。同じ食材でも調理する人間でこうも変わるもんですかね」
「それな。やっぱりプロの料理人ってのはちがうねぇ」
傭兵の一人の言葉に、セルゲイは大きくうなずいた。
料理に使われている食材は、アグニー達の村「コッコ村」のものである。
ガルティック傭兵団が普段使っているのと、同じものだ。
赤鞘の要請でアグニー達に雇われることになった彼らは、現在この地下ドックで装備の一新と、適応訓練を行っている。
そんな彼らの食事は、もっぱらコッコ村から持ち込まれたものであった。
ポンクテを中心としたそれらの食材は、アグニーからガルティック傭兵団への報酬の一部、という形になっている。
アグニー達が丹精込めて作った野菜の数々は、新鮮さも相まって非常においしい。
特段、料理の専門家のいないガルティック傭兵団の面々でも、おいしく頂くことが出来た。
しかし、流石料理人というべきだろう。
アニスが作った料理の数々は、どれも普段のものとは比べられないほど素晴らしいものになっていた。
「うちでも料理人雇った方がいいんでないっすか?」
「いいアイディアだけど、スカウトするにも場所がないからねぇ。ここだと」
セルゲイはそういいながら、肩をすくめた。
なにしろ、ここは見直された土地である。
人里と言えば、コッコ村ぐらいしかない。
一応アインファーブルへも行こうと思えば行けなくもないのだが、いろいろとリスクが付いて回るため、実際に行くのは難しかった。
「つうか、前はいたのよ? うちにも料理人」
「ええ。マジですか。初めて聞きますけど」
「本来は冒険者だったんだけど、たまたま目的が一致してね。とにかく腕がよくてなぁ。魔獣とかの調理方法まで知ってる変わったやつで」
「魔獣って食えるんですか」
「うわぁ。でも、ゲテモノほどうまいっていうしなぁ」
「それでも食わねぇわ、ふつうは」
セルゲイの言葉に、傭兵達はそれぞれの反応を見せる。
この世界の魔獣というのは、基本的に食用に向かないものがほとんどだ。
毒性が強いものが多く、食べようと考えるモノは殆ど居ない。
それでも食べようとするのは、よほどの変わり者か、よほどの理由がある場合だけだろう。
「結局、目的が達成できたとかで、ウチ辞めてったんだけどね。たしか、アインファーブルで宿屋をするとかいってたかなぁ」
「ヤツなら、もうその宿屋に居ないぞ。世界中飛び回ってるそうだ」
後ろからの声にセルゲイが振り返ると、そこにはドクターが立っていた。
片手をあげて挨拶をすると、ドクターは近くの空いていた席に座る。
「終わったのか?」
「いや。コウガク様はまだお一人で作業をなさっている。手伝わせて頂こうと思ったんだが、料理が冷めるからとおっしゃってな」
ドクターは不本意そうな表情でそういうと、食前の祈りの姿勢をとる。
その間、ほかの傭兵達も食事の手を止めた。
別に、信心深いわけではない。
祈りの邪魔をすると、あとがうるさいのだ。
ドクターが食べ始めるのを確認すると、他の皆も食事を再開する。
「で? じぃさんの方はどうなんだ?」
「前から言っているが、コウガク様をじぃさん呼ばわりするのはやめろ。あの方がどれだけの功績を残されているのかわかっているのか、お前は」
「知ってるよ? 結構お手伝いとかしてるし?」
肩をすくめるセルゲイに、ドクターは思わずといった様子で眉間を押さえる。
セルゲイとコウガクの付き合いは、意外なほどに永い。
その間には、コウガクの行動をセルゲイが手伝うこともあったという。
「それが分からん。あの方のそばにいる機会があって、未だにコレとは……」
傭兵にしては珍しく、ドクターは信心深い部類の人種であった。
特定の宗教に所属しているわけではないが、シャルシェリス教の考え方には賛同している。
ドクターからすれば、コウガクはあこがれの対象ともいっていい。
そうでなくても、コウガクの功績は尊敬を集めるに足るものだ。
多くの人に敬われるこのコボルトの老人を、「じぃさん」と呼ぶのは、セルゲイぐらいのものだろう。
「それで? 場所は確認できたのか?」
「おおよそは情報通りらしい。ただ、まだ確信が得られない場所があるそうでな。細かな探りを入れてくださっている」
セルゲイの質問に、ドクターはため息交じりに答える。
コウガクは現在、遠視の術を使い、アグニーの居場所の特定作業を行っていた。
地中に流れる気脈に干渉し、遠く離れた場所を見通すこの術は、コウガクの得意とする術の一つである。
なぜそんなことをしているのか、と言えば、それはアグニー達を助け出す準備のためであった。
セルゲイ達ガルティック傭兵団は、コッコ村から「見直された土地の外にいるアグニー族の現状の確認 必要であれば、その保護」を請け負っている。
その仕事を滞りなくこなすためには、何よりも「アグニー達の居場所の特定」が必要だ。
だが、現状のガルティック傭兵団には、それが難しくあった。
何しろ、自分達で情報を集めるのが難しい。
ギルドやエルトヴァエルから提供されるものもあるにはあるが、何しろ情報というのは正確性と鮮度が命である。
他からもたらされる情報というのは、人手を渡るうちこの二つが致命的に欠けていくことがほとんどだ。
また、同じ情報でも詳細を必要とする部分は、状況によって大きく異なってくる。
結局のところ、自分達に必要な情報は、自分達で収集するのが一番、という場合が多いのだ。
特に、ガルティック傭兵団のような荒事を生業にしているモノにとっては、死活問題にもなりうる。
そんな彼らにとって、コウガクの「遠視の術」は、まさに願ったり叶ったりのものであった。
「助かるねぇ。これでだいぶ楽に仕事ができるかな」
「現地に着いてからの補足やら確認は当然必要だが、それでもずいぶん手間が省ける。エルトヴァエル様から頂いた情報が、かなり正確で細かい内容だと確認できたのも大きい」
ガルティック傭兵団の活動に必要な情報は、エルトヴァエルも提供をしていた。
罪を暴く天使からの情報提供は、信憑性の高いものと考えていいだろう。
だが、ドクターはそれをそのまま受けとる気になれないらしい。
エルトヴァエルは、以前から正体を隠し、ガルティック傭兵団に依頼をすることがあった。
それも、面倒なうえに危険な仕事ばかり。
死にそうになったことなど、一度や二度ではない。
それだけに、エルトヴァエル相手には慎重になっているのだ。
「罪を暴く天使様よ? この手の調べ事は専門分野だろ。信頼させてもらっていいんじゃないの?」
「そうかもしれんが。しかし、“赤い女”がエルトヴァエル様だったとは……いまだに飲み込めん……」
ドクターは苦虫でも噛み潰したような顔で、溜息を吐く。
エルトヴァエルは、ガルティック傭兵団に接触するとき、好んで赤い服を着る女性に変装していた。
そのことから、セルゲイ達はエルトヴァエルの変装した姿を、“赤い女”と呼んでいたのである。
「まぁ、いいんじゃない? 無理難題吹っ掛けられてきたおかげで、今回の仕事振ってもらったわけだし?」
「それにしたって、喜んでいいのか悪いのかわからんぞ。兎に角、今後は頂ける情報はある程度信頼してよさそうだな。ホウーリカ、スケイスラー、ギルドの連中が帰り次第、いよいよ本格的に俺たちの仕事が始められそうだな」
三勢力が赤鞘との謁見を終え次第。
ガルティック傭兵団は、見直された土地外での活動を始めることとなっていた。
三つの勢力は、一堂に会するこの機会を利用し、話し合いの場を持つことになっている。
見直された土地をめぐる様々なことを、相談する予定になっているのだが。
その中で、風彦から「アグニー捜索、および奪還の手伝い」を要請する予定になっているのだ。
各分野に影響力の大きい彼らの後ろ盾を得られれば、これほど頼もしいことはない。
「最新鋭の装備に、国家二つと、ギルドの協力。実現すれば、至れり尽くせりだなぁ」
「実現するだろう、どう考えても。手伝いをして損をするやつがいない。むしろ、何処がより多く恩を売るか争いになるぞ」
「そうかもなぁ。とりあえずは、状況が知らされるのを待つしかない、か」
三勢力の動向は、ガルティック傭兵団へも逐一報告されることになっていた。
彼らの活動への影響を考えてのことである。
「しかし、豪勢な顔ぶれだよなぁ。“スケイスラーの亡霊”に“慧眼”だろ? どっちもビックネームだな」
「それを言うなら、ホウーリカの第四王女だろう。あのやり口は為政者というより、ヤクザかマフィアに近いぞ」
頷きながら言うドクターに、セルゲイは苦笑いを浮かべる。
トリエア・ホウーリカは、彼らの業界では有名人であった。
王族の姫でありながら、自ら裏仕事に乗り出してくる。
しかも、そのやり口がいちいち汚い。
まるで犯罪組織のような、いわゆる「エゲつない」手段を好むのだ。
「一緒にお仕事はしたくないタイプだけどね。話の転びようによっては、そういうことにもなるだろうけど」
「何処とも一緒に仕事したくないけどな、俺としては。全員、別々の意味で面倒だ」
「よくもまぁ、面倒なのばっかり集まったもんだねぇ」
セルゲイの言葉に、ドクターは大仰にうなずいた。
面倒といえば、面倒な連中ばかりだ。
どんな場合でも、巧みに自分の利益を最大限に引き出し、出費を最小限に抑えてくる。
雇われる側や、仕事のパートナーとしては、非常にやりにくい相手なのだ。
「とりあえずその前に、精々面食らって貰いましょう。ってね」
「神様との謁見か?」
「そ。あれはなかなか、貴重な体験よ?」
セルゲイは赤鞘との会話を思い出し、ニヤリと笑顔を作る。
気楽な立場のセルゲイにしてみれば、面白い体験であった。
あれだけお気軽な神様というのも、そうはいないだろう。
セルゲイとしては非常にとっつきやすく、話しやすくはあった。
だが、三勢力の代表者達のような、いわゆる立場のある人間にとってはどうだろう。
なまじ下手なことが出来ないだけに、対応には大いに困るはずだ。
「土彦ちゃんにお願いしたら、連中の反応見せてくれねぇかなぁ?」
「悪趣味だな」
楽し気に笑うセルゲイに、ドクターは顔をしかめ、肩をすくめるのであった。