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百十七話 「本日は当港をご利用頂きまして、誠に有難う御座います」

 この世界「海原と中原」には、時折、飛びぬけて強い力を持つ人間が現れる。

 一国の軍隊とまともに戦えるような、化け物染みた存在。

 破壊工作が得意とか、人身掌握に優れるとか。

 そういった意味で、揶揄として「まともに戦える」と言うことではない。

 純粋に、真正面から、力と力で渡り合える。

 数の暴力や団結の力などと言うものをあざ笑うかのように、純然たる暴力を持って粉砕してしまう。

 そんな人間が、この世界には存在しているのだ。

 なぜ、そんな突然変異じみたものがいるのか。

 それは、この世界に満ちる魔力に関係している。

 魔力と呼ばれるものの正体は、「神々が創生の際に使う力の一種」だ。

 この世界をつくり、この世界を世界たらしめる力の断片。

 当然、ただの生物がそんなものを使いこなす事など、出来るはずが無い。

 精々が限られた一部を扱うことが出来る程度である。

 とはいえ、物がものだけに、それだけでも十二分すぎるほどの恩恵を得ることが出来る。

 実際、この世界の魔法文明の発展を見れば、それは納得できるはずだ。

 だが。

 例外と言うのはなんにでも存在する。

 本来は極々一部の末端しか使えないはずの力を、「ある程度」使いこなしてしまうものが、稀に生まれてくるのだ。

 あくまで「ある程度」とはいえ、それは神々の用いる力。

 その他多くの普通の生物等と比べてしまえば、差は歴然なものとなる。

 精霊、あるいは神々が作ったガーディアンにも匹敵する存在となったそれらは、人間の手に負えるものではない。

 半ば自然災害のような力を振るう、「化け物」となるのである。


 今、現在の所、そういった力を持つ者、四人の存命が確認されている。


“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソ。

“紙屑の”紙雪斎。

“辺境の絶対防壁”ハウザー・ブラックマン。

“一本角”ハインケル・クライマス。


 種類や傾向は違うものの、全員が小国であれば単独で滅ぼすような存在である。

 扱いを間違えれば、即時に絶望的な破壊をもたらす。

 意思のある災害、というのは、彼らを指す言葉であり、世界中の国々の共通認識だ。

 唯一の救いは、彼らがそれぞれ「国に仕えている」と言うことだろう。

 四人はそれぞれ、自分の意思で国の指示にしたがっているのである。

 理由、事情はそれぞれに違う。

 だが、「本物の災害」のようにまったく無秩序に暴れまわらず、ある程度制御することが出来る。

 楽観視は出来ないだろうが、それでもほっと胸を撫で下ろすには足りるはずだ。

 現在の所、この四人が「全力」で戦うような事態は、起こっていない。

 時折、その実力を示す為に戦闘に投入される事はあった。

 だがそれは、あくまで彼らの力を証明する為の、一種の「デモンストレーション」にしか過ぎない。

 シェルブレンによるボルワイツとミシュリーフの戦争への介入は、正にその一環であった。

 小国同士の戦争など、「化け物」にとっては実力の一端を見せるための舞台にしか過ぎない。

 と言うわけである。

 そんな彼らに手を出すような国は、まずないだろう。

 言ってみれば存在そのものが、抑止力になっているのである。

 幸いな事に、現在の所、世界情勢は安定しているといっていい。

 もちろんどこの国もある程度は睨み合っている。

 とはいえ国同士と言うのは存在すれば摩擦が生まれるものであり、睨みあう程度であれば平和そのものと言ってもいいだろう。

 大国同士の戦争も無く。

 そのおかげで、四人の化け物が全力を賭して戦うような事態も起きていない。

 世は全て事も無し。

 現在の所、化け物染みた力を持つ四人は「抑止力」としてだけ存在している。

 まあ。

 今の所は、の話ではあるのだが。




 化け物と呼ばれる四人の力は、拮抗していると言われている。

 尤も彼らは得意分野が異なっていた。

 それぞれに強さの種類や質が違う、とでも言えばいいのだろうか。

 例えば、シェルブレンは自身を「騎士」と称している。

 自らが作り上げた「戦車シルヴリントップ」を駆り戦う姿は、まさしく騎士と言っていいだろう。

 紙雪斎はといえば、「魔術師」と呼ばれることが多い。

 魔道国家ステングレアが保有するあらゆる魔法の奥義を会得し、手足の如く駆使する。

 おおよその人間が思い浮かべる、魔術師のイメージそのままと言っていいはずだ。

 このように、彼ら四人はそれぞれに、強さの方向性が違うのだ。

 世界的には、様々な事情もあり「ほぼ同等である」とされている。

 とはいえ、細かな差異を見つけては「~だから~のほうが強い」と言うような話題に華を咲かせるのは、人の性。

「誰が一番強いのか」と言う様な話は、多くの人間が好むものだろう。

 これが一般の人間の間であれば、さぞかし楽しい話題になるはずだ。

 だが、これが“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクーのような立場のものになれば、話は大幅に変わってくる。

 そこに楽しみなど無く、ただただ「国を脅かす考えなければならない問題」になってしまう。


「あの四人の化け物の中で、俺が一番やべぇと思うのがシェルブレン・グロッソだ」


 港施設内の廊下を早足で歩きながら、バインケルトは後ろに続いている部下にぼやくよう言った。

 表情には焦りが浮かんでおり、時折憎々しげに歯噛みをしている。


「アイツにはドラゴン種を素手でねじ伏せる腕力も、大精霊を越えるような魔力もねぇ。もちろんそりゃ、あの四人の中で言えばであって。俺ら普通の人間ならお話にもならねぇレベルではあるがなぁ」


 あんた人間じゃねぇじゃん。

 よっぽどそういってやろうかと思った部下だったが、黙っていた。

 その手の突っ込みは何百回もしてきたし、バインケルトもされなれているからだ。


「シェルブレンは、城壁を素手で破壊する腕力もあるし、大精霊並みの魔力がある。それだけでもやべぇ。十二分にヤベェ。だが、奴が一番ヤベェのは、技術者、研究者、製作者、開発者。兎に角そういった、モノを作るっつー方面でだ」


 話をしながらも、バインケルトは手に持った通信端末を忙しなく操作している。

 離れた場所にある別の端末に文章を送ることが出来るそれを使い、方々に指示を出しているのだ。


「例えば奴は砂漠に一人でほっぽり出されても、そこにある材料だけで魔法装置を作って戻ってくるだろう。それが可能な知識と技術が奴にはある。もちろん今現在あるものを発展させて、より良いものを造る能力も高い。アイツのせいでメテルマギトの技術力は二世代は進んだ」


 苦々しそうな顔でそういうと、強く足を踏み鳴らす。

 普段からバインケルトは脚癖が悪く、機嫌が悪くなると何かを蹴飛ばす癖があった。

 この場所には蹴るものがないので、踏みしめる脚に力を入れて、気持ちを紛らわせているのだろう。


「ゼロから何かを設計するのにも長けてる。アイツの鎧と戦車がそうだ。生産者であり、製作者であり、設計者である。普通なら国ぐるみで作るようなものを一人で作る。そして、それを当たり前に使いこなす。当然、作ったモノやら技術やらは、他の誰かにも使える。つまり、メテルマギトは奴が何かを作ったら作っただけ発展する」


 バインケルトはくるりと振り返ると、後ろをついて来ていた部下達の顔を睨みつける。


「その意味が分かるかっ! ヤロウの一番質がわりぃトコロってなぁ、つまるところそこだ! 敵対するとなったらどうなると思う! 設計し、生産し、攻めて来る。場合によっては、こっちを攻撃する為だけに何かを作ってくるかも知れねぇ。遠隔操作可能な兵器の群れで襲ってくるなんざぁ、当たり前にやってくるだろうなぁ。で、だ。その化け物が所属してんなぁ、指折りの大国だっつーんだから最悪だ!」


 忌々しそうに、地団太を踏む。

 その仕草だけ見れば外見相応の少年のようだが、言葉の内容がそれにともなっていない。

 中身に至っては、二千年以上この世界に留まり続けている霊魂である。


「いや、ちげぇな。最悪なのは、もう別の国に囲われてるってところだっ!! クソッ!! ヤツがウチの国にいりゃぁ、今頃幾つ技術的限界を突破できてたかっ! そうすりゃ今頃、世界シェアの三分の一、いやさ! 半分はウチのもんになってたってぇのによぉ!!」


 心底悔しそうに、バインケルトは叫んだ。

 血反吐でも吐きそうな表情からは、死ぬほどの悔しさが伝わってくるようである。

 まあ、実際死んでいるわけだが。


「兎に角! ヤツのヤバさは当人の戦闘力以外にもあるってことだ。少し大げさに言っちまえば、世界の有様そのものに影響を与える。そんな事が出来るヤツが、一個人で国と真正面からケンカが出来るってんだぞ。まさに悪夢だ。くそっ! つくづくなんでウチの国に生まれなかったんだちくしょうがぁ!!」


 じたばたと足を踏み鳴らしながら、バインケルトは一頻り叫びまくる。

 数秒間そんなことをしていたのだが、すぐに気持ちが落ち着いたのだろう。

 静かに居住まいを正すと、服の乱れを直して再び早足で歩き出す。

 部下達はそれに馴れているのか、特に動揺する気配はない。


「ヤツはそういうヤバイやつだ。扱いには気ぃつけろ。万が一機嫌でもそこねりゃ、消し飛ばされてもおかしくねぇ。ああ、クソ。なんでアイツウチの国に生まれなかったんだろうなぁ、そうすりゃ今頃よぉ……」


 余程諦めがつかないのだろう。

 バインケルトはぶつぶつと文句を言いながら、足を動かし続けた。




 スケイスラーの港は、地球で言うところの「空港」に近いものであった。

 発着場の横にはターミナルビルがあり、そこには乗船チケット売り場や売店など、様々な施設が集まっている。

 シェルブレンと、その直属の部下である騎士二名は、そこにある待合室のベンチに座っていた。

 ボルワイツ行きの船の出発を待っているのだ。

 荷物は既に空港に預けており、手に持っているのはアタッシュケースのようなもののみで、身軽そうである。

 彼らの服装は、軍服のようなものではなかった。

 シャツやパンツなど、実にラフなものである。

 ここは一般の客も多いので、威圧感を与えるような服装は控えたのだ。

 ただ、シェルブレン自身の顔に迫力があるため、周囲の客からは若干距離を取られていたりする。

 部下の一人の顔もやはり妙な迫力があり、カタギの商売ではない雰囲気がバンバンに出ていた。

 残る一人は女性であり、どこか居心地が悪そうな顔をしている。

 シェルブレンともう一人の威圧感で、周囲の人が引いているのに気が付いているらしい。

 とはいえ、他の二人に「もっと柔和な顔になれ」と言う訳にも行かないのだろう。

 なにやら諦めた様子で、ため息を吐く。

 女性騎士が顔を上げると、あるものが目に飛び込んできた。

 ハンバーガーのようなものを食べ歩く人の姿だ。

 それを見た女性騎士は、ぱっと表情を輝かせる。


「うわぁ。見てくださいよグロッソ団長! あの人たちが食べてるのに挟んであるお野菜! とっても新鮮そうですよっ!」


 その言葉に、シェルブレンは苦笑を浮かべる。

 メテルマギトは、耕作地が非常に少ない国であった。

 そのため、野菜は中々手に入らない高級品だ。

 対して、港のあるこの国は野菜の生産が非常に盛んである。

 新鮮でおいしい野菜が、安価で手に入った。

 待合室にいる客を狙った食品類の売店でも、野菜をふんだんに使った軽食類が売られている。


「ああいうのは滅多に口に入らんからな。どうせ時間もあるし、何か買って食べるか」


 シェルブレン達は荷物の搬入の為、乗船開始時間よりかなり早く港に来ていた。

 何しろ、今回の荷物は兵器の類だ。

 扱いは慎重の上にも、慎重を期さなければならない。

 早めにやってきて準備をするのは、当然の事だろう。

 おかげで随分と時間を持て余す羽目になったわけではあるが、待つのもまた仕事である。

 とはいえ、その間なにもすることがないというのもまた事実。

 ならば、何かおいしいものを食べよう、と考えたところで、罰は当たらないだろう。

 女性騎士はいそいそと立ち上がり、財布を捜し始める。

 シェルブレンは隣に座る、男性騎士のほうへと顔を向けた。

 すぐにその意を察したのだろう。

 男性騎士は一つ頷き、立ち上がった。


「どうせ待つだけですからな。自分も腹が空きましたし、何か入れておくのも良いでしょう」


 男性騎士の言葉に、女性騎士は嬉しそうに何度も頷く。


「そうですよねっ! なに食べましょう! サラダ系もいいですし、サンド系もいいですしぃー……。あっ! この国ってパンもおいしいんですよねぇー! 小麦がいいんでしょうかっ!」


「自分は何でも構わんぞ。どうせ団長の奢りなのだからな」


「ホントですかっ!? じゃあ、色々食べちゃいましょう!」


 冗談めかして言う男性騎士に、女性騎士は手を組んで目を輝かせた。

 二人の様子を見て、シェルブレンはわざとらしく顔を顰める。


「おいおい、いつの間にそんな話になったんだ?」


「まぁまぁ。良いではありませんか。部下に飯を奢るのもまた、甲斐性と言うもの」


「ですですっ! 美味しい物を食べたら、やる気がたくさん出ますしね!」


 そんなことを言いつつ笑っていた三人だったが、その表情が一瞬で鋭いものへと変わった。

 警戒するように視線を周囲へと走らせ、身に着けているアクセサリへと手を伸ばす。

 少々無骨な作りのそれらは、見た目通りのものではない。

 鉄で作られており、その表面には彫刻が施されている。

 それは、メテルマギトで用いられる「彫鉄魔法」が組み込まれたものであった。

 アクセサリに偽装してある、一種の暗器のようなものだ。

 暗器とは言っても、そのものの性能も、使用者の能力も高い。

 並の兵であれば、束になったところで敵わないだろう。

 部下二人が方々へ警戒を送る中、それを確認したシェルブレンはある方向へと体を向け直す。

 その先にいたのは、背筋が寒くなるような美少年であった。

 美貌と名高いエルフでも、これほどのものはそう居ないだろうと思えるような顔立ちに、均整の取れた体格。

 まだ歳若いであろう外見からはとても考えられない様な、艶かしさと妖しさを放っている。

 呆けて見惚れるのが当たり前だと思えてしまう、そういう種類の少年だ。

 だが、シェルブレンはその奥に、拭い去れないほど濃密な、不吉な臭いを感じていた。

 生死の境。

 自分の、あるいは相手のそういう場面で感じるような。

 あるいは墓場や、戦闘終了時の戦場で感じる類の臭いだ。

 月並みな言葉で言うならば。

 死の臭い、とでも言ったところだろう。

 何故こんな少年から、そんなものを感じるのか。

 普通ならば首を傾げるところだろう。

 しかし、シェルブレンはむしろそれに納得していた。

 その姿を見て、死臭を感じ取った瞬間、相手の正体に思い至ったからだ。

 なるほどそれであれば、素人目にはそうとわからないような、「嫌に良く出来た作り物の体」にも納得がいく。


 死臭を纏った少年は、後ろに数名の男女を引き連れ、まっすぐにシェルブレン達の方へと歩いてきた。

 微笑を浮かべたまま三人の前へとやってきて、立ち止まる。

 一拍置いてから、恭しく頭を下げた。


「本日は当港をご利用頂きまして、誠に有難う御座います。私は当港を管理、運営しております、スケイスラー。その宰相を勤めさせて頂いております、バインケルト・スバインクーと申します」


 バインケルトの後ろに並んだ者達も、深く頭を垂れた。

 見れば、着ているのは港職員の制服だ。

 バインケルトはゆっくりと顔を上げると、にっこりと笑顔を見せた。

 溜息が出るような、艶美な笑顔。

 尤もシェルブレンはその奥底にある、べっとりと粘りつく気味の悪さが気になり、美しさに酔う余裕など無かった。

 初見からずっと感じていた、ドロドロとしたヘドロの様な悪寒。

 それは、死霊使いであり、自身も死霊であるところのバインケルト特有の気配なのだろう。

 シェルブレンは顔を顰めそうになるのを、ぐっとこらえた。

 相手は他国の宰相である。

 妙な態度を取るわけにはいかないのだ。

 まして、いくら金を払うとはいえ、これから世話になる相手なのである。

 自身を無骨者だと考えているシェルブレンではあるが、失礼の無いようにせねばならない、と言う程度の考えは頭に浮かんでいた。


「メテルマギト、鉄車輪騎士団団長シェルブレン・グロッソ様。ヒューリー・バーン・クラウディウェザー様。リサリーゼ・ドレアクス様。と、お見受けしますが、お間違いないでしょうか?」


「間違いありません。直接ご挨拶するのは、初めてになりますか。以前、ホウーリカで行われた宴の席でお姿だけはお見かけしましたが」


「ああ! 左様でしたか! それは、ご挨拶もせずに!」


 シェルブレンの言葉に、バインケルトは目を見開いて驚いて見せる。

 少々大げさで芝居がかっていはいるが、嫌味な印象はまったく受けない。


「いえ。自分は一介の騎士ですから。そもそも、宰相閣下と直接お話しさせて頂ける立場にありませんので」


「とんでもない! グロッソ様のお名前は辺境にあります本国まで響き渡っております! 私のほうこそ、まさかこうして直接お会いできるとは思わず!」


 にこやかなバインケルトとシェルブレンは、当たり障りの無い会話を続けた。

 すこぶる面倒だと思うシェルブレンだったが、これもまた仕方の無い事だと理解もしている。

 国同士の付き合いと言うのは、得てして七面倒なものなのだ。

 特に話題の思い浮かばないシェルブレンだったが、流石客商売と言った所だろう。

 バインケルトは慣れた様子で、会話を弾ませていく。

 時間にして、数分も会話を続けたところ、バインケルトはしまったというように手を叩いた。


「ああ、もうこんな時間で! 聊か話し過ぎてしまいました! 名高いグロッソ様の前で、興奮し過ぎてしまったようです!」


「いえ、こちらこそ」


「まったく、申し訳ありませんでした! お詫びと言ってはなんですが、実は皆様にご利用頂こうと思いまして。当港の会員様専用ラウンジをご用意させて頂きました。船の入場開始まで、まだ随分と時間があると存じます。宜しければ、そちらの方でお寛ぎ下さい」


 その申し出に、シェルブレンは僅かに驚いた。

 港のラウンジといえば、VIP専用の待合室の事だ。

 実際に利用した事は無いが、驚くほど豪奢な作りだという。

 大商人やら貴族やらが利用するのだとかで、かなりレベルの高いサービスが受けられるのだとか。

 そんな場所であるから、無料と言うわけは当然無く。

 中でも行き届いたおもてなしで有名なスケイスラー所有のラウンジは、利用料の高さでも有名だった。


「いえ、その。任務中ですので……」


 苦い顔をするシェルブレンに、女性騎士、リサリーゼが顔を寄せた。

 表情をきらきらと輝かせながら、シェルブレンにごにょごにょと耳打ちする。


「いいじゃないですかっ! どうせ現地に着くまでやること無いんですしっ!」


「確かにそうだが……」


 リサリーゼの言う通り、現地であるボルワイツに着くまでやることは無い。

 一応任務中であるのでだらけている訳にはいかないが、あまり気を張っている必要も無いのだ。

 バインケルトはシェルブレン達に笑顔を向けたまま、片手を上げた。

 どうやら、後ろに居る部下に合図を出したらしい。


「ご遠慮なさっていらっしゃるようでしたら、どうぞ、お気になさらず! 私にも下心が御座いますので。これを期に、グロッソ様に名前を覚えて頂ければ、と、思っております。そういう訳ですので、無論、御代は頂きません」


 悪戯っぽく笑うバインケルトを前に、シェルブレンは僅かに考えるような仕草を見せた。

 そして、苦笑交じりにため息をつく。


「折角のご厚意ですので。甘えさせて頂きます」


「それはよかったっ! お酒にソフトドリンク。新鮮なサラダ等の軽食、お菓子類もご用意して御座います。どうぞ、出発のお時間までお寛ぎ下さい。ご案内は、係りの者が」


 バインケルトがそういうと、後ろに控えていた空港職員の女性が前へと歩み出た。

 どうやら、案内をしてくれるらしい。

 シェルブレンは礼と別れの挨拶をし、促されるままに歩き出した。




 案内役の後ろについて歩きながら、シェルブレンは小さく唸った。

 それを見たリサリーゼは、機嫌よさげな笑顔で声をかける。


「“スケイスラーの亡霊”さん、すごかったですね! 私、お化けって初めてみました!」


「もう少し言葉を選べ。他国の宰相閣下だぞ」


 リサリーゼの言い草に、男性騎士、ヒューリーは顔を顰めた。

 その指摘に、リサリーゼはしまったというような顔をする。

 二人のやり取りをちらりと見やり、シェルブレンは溜息を漏らす。


「それよりも。何故、彼がここに居たのかが問題だろう。スケイスラーを何百年も支えてきた傑物だぞ」


「確かに。気になりますな。とはいえ、そのあたりを調べるのはキース副団長の仕事かと。あれほどの人物がここに居るという事は、彼の土地に関わる事以外考えられませんからな」


 ヒューリーの言うとおり、「見放された土地」に関わることである恐れは大きい。

 別の用件と言うのも、考えられなくは無い。

 だが、今の周辺で最も確率が高いのは、やはり「見放された土地」関連の事だろう。

 となれば、現在アインファーブルに派遣されている鉄車輪騎士団副団長“影渡り”キース・マクスウェルが調べをつけるはずだ。

 別の任務についているシェルブレン達が考えるべき事ではない。


「そうですよ。それに、いざとなったら私とヒューリーさんで消し飛ばせばいいんですし。壊す事だけ考えれば、なんとかなりますっ!」


「顔に似合わず物騒だな君は。相変わらず」


 胸を張るリサリーゼに、ヒューリーは呆れた様子で首を振った。


「そう簡単に行くか。相手は二千年も経た死霊だぞ。言ってみれば、化け物だ」


「団長にそう称されるのは、氏も不本意でしょうな」


「そうですよ! いっちばん危険なのって、シェルブレン団長ですしね!」


 違いない、と笑うヒューリーに釣られるように、リサリーゼも楽しげに笑う。

 そんな二人をちらりと見て、シェルブレンは疲れたように首を振った。




 部屋に戻ったバインケルトは椅子に座り込むと、疲れ切った様子で背もたれに寄りかかった。

 人形の体には発汗機能が無いので、涼しい顔をしているようにも見える。

 だが、もし生身の身体であったら、冷や汗でぐっしょりになっていたところだろう。


「“竜騎士”ヒューリーに、“焼き討ち”リサリーゼ、か。鉄車輪騎士団の中でも、火力に特化した連中二人も連れてやがる。ありゃ、援護なんてもんじゃねぇ。ミシュリーフを焼け野原にするつもりだぞ」


 げっそりとした顔でぼやくバインケルトを見て、部下達は顔を見合わせた。

 そのうちの一人が、不思議そうに声をかける。


「あの、自分は軍事方面は門外漢なのですが。シェルブレン・グロッソ以外の二人も、有名なのですか?」


「というか、鉄車輪騎士団は全員が全員、その道じゃぁ有名人だ。俺もそれなりに戦えるつもりだが、あの二人が同時に来たらそっ首とられんだろうなぁ」


 二千年の歳月は伊達ではない。

 長年に亘り培ってきたその戦闘能力は、相当に高いものであった。

 バインケルトが歩んできた道は、けっして平坦なものではない。

 その間には自身が直接戦いの場に出る機会も多くあった。

 むしろ、バインケルトの元々の専門は、そちら方面なのだ。

 本来であれば、後ろであれやこれやと策を巡らせるのは、バインケルトの性には合わない。

 直接の殴り合いこそが、好みであり本分なのである。

 そのバインケルトが、あの二人とやれば負けるという。

 だが、それは純然たる事実だった。


「ウチのプライアン・ブルーならどうにかする。あの二人相手にもヒケをとらねぇ。鉄車輪騎士団、五人程度の相手ならやってくれるだろうなぁ。だが、それ以上だと難しい」


“複数の”プライアン・ブルーは、スケイスラーの持つ最大戦力だ。

 その彼女であっても、それより数が増えれば難しいのだという。

 もちろん、鉄車輪騎士団の総員数が五人だ、などと言うことがあるはずも無い。

 それが動員されれば、「スケイスラーの最大戦力」は、敗北すると言う事だ。

 と言うことはつまるところ。

 軍事的な面において、スケイスラーは鉄車輪騎士団一つを相手に、敗北するだろう。

 バインケルトの言葉は、それを示唆しているのだ。


「だがもっと恐ろしいのはなぁ。その鉄車輪騎士団の全員と遣り合っても、シェルブレン・グロッソは涼しい顔でそれを蹴散らすだろうってトコロだ。直接話してわかった。やっぱりアレは、敵対する事になったら破滅に直結する手合いだぁなぁ」


 上を向き、考え込むように天井を睨む。

 すこしして、バインケルトは椅子に座り直すと、気合を入れるように両頬を叩いた。

 人形の身体なので効果は殆ど無いはずなのだが、気分の問題なのだろう。


「あっちもこっちも、やらにゃぁーならねぇ事が目白押しだなぁ、おいぃ!」


 見直された土地と関わっている現在、どんな理由でメテルマギトと敵対関係になるかはわからない。

 彼の土地に居るアグニー達は、メテルマギトが喉から手が出るほど欲しい者達だろう。

 そこに積極的に関わっている訳だから、まかり間違ってメテルマギトの機嫌を損ねないとも限らないのだ。

 かなり危険な状況。

 だが、そんなところにこそ、商売のチャンスは転がっているのである。

 バインケルトは満面の、人の悪そうな笑顔を浮かべると、両手で持って机を叩いた。


「いいかテメェーら! ここが鉄火場、正念場よぉ! 見直された土地のゴタゴタに一枚噛めるのも、鉄車輪騎士団を送り届ける仕事を受けたのも、何かの縁だぁ! 死ぬ気で目ぇ凝らして耳ぃかっぽじれぇ!! 商売の機会を見逃すなぁ!!」


 生き生きとした様子で声を張り上げるバインケルトに、その場に居た全員が息の揃った返事を返すのであった。

次回は、アグニー村の様子をやりたいと思います

あと、団体さんの受け入れ準備

次の次ぐらいで、皆を見直された土地にご招待できたらいいなぁ(希望

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