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百十六話 「ポンクテ? って、なにそれ」

「異聞域」と名付けられた世界の最高神「コウテンノシンカミ」。

 普段は自らが守護する世界の天界に座する彼はこの日、知り合いの別の世界の最高神に呼び出されていた。

 指定された場所は、地球、日本の某所。

 神目につかず集まることができ、料理の美味い料亭だった。

 おもてなしも素晴らしく、違う世界だから羽も伸ばせるという事で、最高神業界では人気の店である。

 最高神をしていると、どうにも自分の世界では休む事もママならない。

 何しろ、世界中のどんなものでさえ、自分が生み出したものであり、管理すべきものなのだ。

 言ってみれば、職場兼自宅のようなものである。

 仕事を忘れて身体を休めるならば、自分の世界とは別の所に行くのが一番、と言うわけだ。


 まあ、それは兎も角。

 コウテンノシンカミは仲居さんに案内され、離れの座敷へと入っていった。

 人工的に作られたと思しき小川の中洲に立てられた離れは、実に趣がある。

 小川を越える為に作られた小さな橋の上を歩いていると、遠くまで来たと言う実感がしみじみと湧いてきた。

 コウテンノシンカミが最高神を務める「異聞域」は、いわゆるSFチックな世界だ。

 恒星間移動などは既に当たり前になっており、宇宙戦争なんかも絶えない。

 なので当然、最高神の仕事も多くなる。

 それでも何とか世界を運営できているのは、ひとえに優秀な神々、天使達のおかげだろう。

 自分だけこんなところに来ていていいんだろうか。

 ふと、そんな考えがコウテンノシンカミの脳裏によぎった。

 こうしている間も、皆は懸命に働いてくれているのだ。

 なんだか申し訳ない気分になってくる。

 気分が落ち込みそうになったコウテンノシンカミだったが、いやいや、と頭を振った。

 そんなこと言ってずっと自分が働いていたら、周りが休みにくいじゃないか。

 自分がまず休んで、その後で皆にも休みを与えれば、気兼ねなく休めるはずだ。

 有給と言うことにして、わずかばかりだが小遣いを持たせてやるのもいいかもしれない。

 そうすれば足も軽くなって、異世界旅行をする連中もいるだろう。

 自分が顔が利く世界であれば、渡航を許可するのもいい。


「こちらのお部屋です。アンバレンス様ともう御一柱様が、先にお越しになっていらっしゃいます」


 仲居さんに声をかけられ、コウテンノシンカミは、はっと意識を引き戻す。

 招待神であるアンバレンスは兎も角、自分以外の神が先にきていると言うのは驚きだ。

 久しぶりに無駄話でもしようと、早めにやってきたのだが。

 コウテンノシンカミは仲居さんにお礼を言うと、早速室内へと入ることにする。

 仲居さんが案内してくれるのは、部屋の前まで。

 そこから先は、神々が集まるという事もあり、立ち入らない事になっている。

 実は案内してくれた仲居さんは日本の神様の一柱なのだが、まぁ、その辺はご愛嬌だろう。

 コウテンノシンカミは襖を開き、中へと入る。

 そこは前室になっており、踏み込みなどがあった。

 何度も日本に来ているので、こういったものには馴れたものだ。

 靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、コウテンノシンカミは入ってきたのとは別の襖を開いた。

 挨拶をしようと息を吸ったコウテンノシンカミだったが、中の光景を見て凍りつく。

 飛び出してきたのは、事前に言おうと思っていたのとはまったく異なる台詞であった。


「なにしてんの君ら」


 コウテンノシンカミは眉間に皺を寄せ、えもいわれぬ引きつった表情で言葉を搾り出した。

 それも無理は無いだろう。

 彼の目の前には、エンジ色に白のラインが入ったいわゆるいもジャージ姿のアンバレンスがいたのだ。

 両脇に置いた肘掛に体重をかけ、広げた両足を机の上に投げ出している。

 トレードマークになりつつある100円ショップ辺りで売ってそうなちゃちなヘアバンドをつけ、口には棒付きキャンディーをタバコっぽく咥えていた。

 どこか剣呑な表情をしているのだが、その態度と服装のせいでまったく迫力が無い。

 というか、粋がっている田舎のにいちゃんにしか見えなかった。

 その後ろには、ちょっと、と言うかなり太った男神が立っている。

 白地のウィンドブレイカーを着込み、肩幅に脚を開き、後ろ手に手を組んだ、直立不動の体勢だ。

 その太い男神に、コウテンノシンカミは見覚えがあった。

 たしか、「レフィーレ」という名の世界の、最高神にして唯一神であったはずだ。

 レフィーレは最近まで鎖世界していたのだが、アンバレンスが開世界させた世界である。

 ありとあらゆる悪行を行い、唯一神を引きずり出してフルボッコにし、心を圧し折って舎弟にしたとかなんとか。

 やってやれ無い事は無いだろうが、良識があったらまずやらない。

 そういう類の事を、何のためらいも無くやってのけるのが、アンバレンスのすごいところだ。

 コウテンノシンカミ的には何一つ見習いたくない部分である。

 室内に入ってきたコウテンノシンカミに気が付いたのだろう。

 アンバレンスは顔を上げると、キャンディーを咥えたまま口を開いた。


「あ、コウちゃんじゃん。ちょりっす」


「いやいやいや。ちょりっすっていうか。まあ、いいや」


 色々言いたかったが、コウテンノシンカミはぐっとそれを飲み込むことにした。

 言ったところで、暖簾に腕押しだからだ。

 それよりも、気になる事を確認しておく事にする。


「ていうかアンちゃんさぁ。なんで僕って呼ばれたの?」


 コウテンノシンカミを呼んだのは、アンバレンスであった。

 呼び出しの時に伝えられたのは、「ちょっとようじあるから、きてくれるー?」という伝言のみ。

 どんな用事なのか、などと言う情報は一切無かった。

 といっても、最高神界隈ではこういった呼び出しは珍しくない。

 呼び出したい理由が外に漏れたら困るものだったりすることもあるので、あえてそういった情報を含めない場合も多いからだ。

 コウテンノシンカミの質問に、アンバレンスは「ああ、それね」と頷いた。


「なんかこう、知り合いの土地神さんにポンクテの味見頼まれてさ」


「ポンクテ? って、なにそれ」


「なんつーか、今言った土地神さんが担当してる地域に住んでる、少数種族の主食なのよ」


「へー。そういうのがあるんだ」


 コウテンノシンカミは、ぼんやりと自分の世界の事を思い浮かべた。

 彼の世界では、多くの文化圏で「米」が主食として食べられている。

 主食と言うのは、とても大切なものだ。

 生物が生きる為には食事が必要だというのは、多くの世界で共通している。

 コウテンノシンカミの世界、異聞域でもそれは変わらない。

 アンバレンスは、更に言葉を続ける。


「でね? ポンクテってのは植物でさ。いくつか品種があるのよ」


「あー。まあ、主食ならね。色々品種改良もあるだろうし」


「そうそうそう。それぞれ味も色々あるわけよ。でね? その土地神さんの所に、今度お客が来るらしくって」


「おおう。なんか話が変わったね」


 眉を潜めるコウテンノシンカミだが、アンバレンスは構わず話を続ける。


「いや、かかわりがある話でさ。その土地神さん的には、やっぱり地元の特産品でお客をもてなしたいらしくって。そうなると主食って必須なわけよ」


「そうなるだろうね。主食ってぐらいだし」


「そう、主食だから。でも、ほら、主食だからこそ? 外から来たお客さんの口に、どの品種が合うのかっていうのがすごく気になるらしくて」


「あぁー。わかるぅー!」


 コウテンノシンカミは自分の世界の最高神だ。

 とはいえ、実は創生神と言うわけではなかった。

 創生神であるところの彼の父は、世界を作るだけ作って出奔していたりする。

「しゃべぇ、SFんなっちった。俺ファンタジー専なんだよね」というのが、創生神がコウテンノシンカミに世界を押し付けて消えた時の台詞であった。

 実はコウテンノシンカミも、アンバレンスと同じような立場なのだ。

 そんな彼だからこそ、相手を持て成す事の大切さは身に染みてわかっていた。

 創生神が消えた後の世界で、彼は他の神々を宥めすかしてごまかして、時には脅してみたりしながら率いてきたのである。

 客に対するもてなしが如何に大切なのかは、身に染みて理解していた。


「でしょー!? だから、どの品種がいいかなぁーって、俺に相談持ちかけてきたわけよ!」


「まあ、アンちゃん最高神だしね」


「それで、俺もまぁ真剣に考えたんだけど? 一柱の意見だけで決めるっていうのもなぁーんか違う気がして。今回来る客っていうのが、けっこう数いるらしいのよ。だからまぁ、意見は多いほうがいいだろうと思って? 皆に声をかけたわけよ!」


「あー、なるほどねぇー。って、ん? みんな?」


 一瞬納得しかけたコウテンノシンカミだったが、気になる単語に眉根を寄せた。

 みんな、ということは、この場に呼ばれたのはコウテンノシンカミだけではないということだろう。

 一応この場にはでぶっちょな語尾が「でぷぅ」で一人称が「ぽっくん」な唯一神もいるが、それにしても「みんな」と言う言葉には合わない気がする。


「え、みんなって。僕ら以外にも何柱か呼んだの?」


「そうよ? 九柱ぐらい。俺も含めると、ここに十柱集まるわけよね。それぞれの世界の最高神が」


 その言葉に、コウテンノシンカミはぽかんと口を開けた。

 十柱の最高神が集まる。

 まったく別々の世界の最も尊い神が、十柱だ。


「それであれ? 呼んだ理由って、ポンクテの味見?」


「そう、味見。どれがいいか意見を貰う感じの」


「だけ? ポンクテオンリー?」


「オンリーオンリー」


 アンバレンスは実に軽い口調で、親指を立てて見せた。

 たかが、と言っては語弊があるが、味見させて意見を聞くためだけに。

 他世界の、それも最高神を集めてくるとは。

 控えめに言って、やってることがムチャクチャだ。

 少なくとも、コウテンノシンカミには絶対にできない所業である。


「やっぱりアンちゃんってすごいわ」


「マジで? モテちゃう?」


「絶対モテはしないかな」


「絶対って言うなよ、絶対って」


 憮然とした顔をするアンバレンスに対して、コウテンノシンカミは疲れたような笑いを浮かべることしか出来なかった。

 他の神が同じような事をすれば、恐らくエライコトになるだろう。

 どのぐらいエライコトになるのかは、考えたくない。

 だが、これがアンバレンスなら、恐らく他の最高神達も苦笑交じりに許すはずだ。

 気風が良く、頼まれるといやとは言えないこの男神は、方々の世界に様々な貸しを作っている。

 急に呼び出されて味見をしろといわれても、わかったと頷かなければならない程度には、今回呼ばれた神々はアンバレンスに借りがあるはずだ。

 それでいて彼の世界の神々の多くは、彼に楯突いているのだという。

 まあ、どこの世界でも神間関係で苦労するのは同じなのだろうが。


「うん。やっぱアンちゃんはすごいと思うわ。モテないけど」


「お前、マジぶっ飛ばすぞ」


 メンチをきってくるアンバレンスの顔を見て、コウテンノシンカミはすこぶる楽しそうに、声を上げて笑う。

 アンバレンスも本気で言ってはいなかったのだろう。

 すぐに表情を崩すと、同じように声を上げて笑うのであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 スケイスラーは、典型的な輸送国家であった。

 この世界では希少な、安定した長距離移動技術を持ち、それを「商売」にすることで経済を成り立たせている。

 物、人、あるいは情報。

 適切な対価を支払われさえすれば、どんなものでも、どんな場所にでも届ける。

 それが、スケイスラー、いや、全ての輸送国家の信条だと言っていい。


 輸送国家と言うのは、その性質上、世界各地に「港」をもつ必要がある。

 いくら移動、輸送技術を持っていても、安全に停泊出来る場所がなければ意味が無い。

 かといって、まさか世界中に領土をもつ訳にも行かなかった。

 港を持つためだけに他国を侵略したり、魔獣が跋扈する領域を切り開くというのは、あまりにも割に合わないからだ。

 輸送国家の多くは、他国に対価を払い、土地を借りる。

 そこを拠点にして、周囲の国々に商売の手を広げるのだ。

 土地を借りる輸送国家は安全な拠点を手に入れ、貸した国は対価によって潤う。

 正に両者両得の関係である。


 スケイスラー本国は、アインファーブルや見直された土地とは、別の大陸にあった。

 それでもアインファーブルに諜報員を送り込むほどに影響力を持っているのは、その大陸に「港」を確保しているからだ。

 巨大な森林地帯近くにある、弱小国家。

 周囲には魔物も多く、港としてはけっして使いやすい土地ではない。

 それでもスケイスラーがその場所に港を置いたのには、理由があった。

 すぐ近くに、世界有数の影響力を持つ国家「メテルマギト」が有った事。

 弱小国家の近くにある「巨大な森林地帯」とは、メテルマギトの事なのだ。

 もう一つは、「すぐ近く」とはいえないものの、商売可能な距離に「ギルド都市アインファーブルが有った事。

 これらの市場へ参入する為の拠点が、その弱小国家にしかなかったのである。

 元々スケイスラーは、メテルマギト、アインファーブルと商売をするのに、もっと都合の良い場所に港を持っていた。

 良い拠点を持ち、良い条件で、良い商売をしていたのだ。

 その場所と言うのは、「見直された土地」の前身、「キノセトル」である。

 海が近い平地で、周囲は草原で見晴らしがいい。

 正に理想的な「港」だ。

 だが、その理想的な港は、約百年前に一瞬で消滅してしまった。

 ステングレアとホウーリカ王国の戦争のせいだ。

 勝負を焦ったステングレアが使った、大規模破壊魔法。

 それによって引き起こされた事態については、説明するまでも無いだろう。

 スケイスラーはその後、急いで新しい港の確保に走った。

 当時持っていた顧客を手放すのは、あまりにも惜しかったからだ。

 しかし。

 周辺のほかの優良な候補地は、そのことごとくが別の輸送国家に押さえられていた。

 当然だろう。

 メテルマギトやアインファーブル。

 そして、スケイスラーが「キノセトル」を押さえていたホウーリカ王国。

 これらと取引をしていたのは、スケイスラーだけではなかったのだ。

 スケイスラーに最良の港は押さえられたものの、それぞれに優良な場所を見つけ、既に商売をしていたのである。

 このままでは、今まで持っていた顧客さえ、そういった国々に奪われかねない。

 大慌てに慌てて、必死の思いで何とか押さえたのが、スケイスラーが現在持っている港なのだ。


 その港に、一つの金属ケースが運び込まれた。

 数分前に港へと入港した、高速艇に積まれていたものである。

 ケース自体は、それほど大きなものでもなかった。

 人一人で、十分運べる程度だろう。

 だが、そのケースは二人の武装した兵士によって、丁重に運ばれていた。

 その周囲を、武器を手にした兵士達が、厳重に警戒していた。

 兵士達は港施設の一つへと入ると、その奥へと進んでいく。

 途中には、何人もの警備兵が配置されている。

 奥へ奥へと進んでいくと、殺風景だった周囲の風景が、豪奢なものへと変わっていく。

 廊下には毛脚の高いカーペットが敷かれ、白く美しい壁が続いている。

 時折飾られている絵画や置物は、どれも値の張る美術品だ。

 しばらく進むと、左右に警備兵が配された扉の前へとやってくる。

 何事か確認を取り合うと、警備兵は扉を開き、兵士達はその中へと入っていく。

 そこには、もう一つ扉があり、やはり警備兵が配されていた。

 短いやり取りの後、扉が開かれる。

 内部は、執務室のようであった。

 大きな机に、来客用と思しきテーブルとソファー。

 兵士達は部屋の中へと入っていく。

 ケースを運ぶ二人は、机のほうへと脚を進めた。

 そのまま机の上へ、ケースをゆっくりと下ろす。

 二人の兵士は、ケースに取り付けられた錠前へ手を伸ばした。

 なにやら細かな操作を行うと、カチリと言う軽い音がしてそれが外れる。

 その瞬間。

 ケースを運んでいた二人の兵士の体が、バラバラになった。

 頭部、手首、腕、肩。

 関節と言う関節がものの見事にはずれ、その場に崩れ落ちたのだ。

 その様は、まるで人形のようだった。

 いや。

 兵士のように振舞っていたそれは、文字通り「人形」だったのだ。

 錠前を外されたケースの蓋が、勢い良く跳ね上がる。

 むっくりと中から起き上がったのは、人間の頭部、のように見える、精緻な人形だ。

 といっても、見た目では人間のものと判別が付かない。

 様々な魔法を駆使して作られたそれは、表面上人間のものと区別がつけられないものであった。

 ケースの中に入っていたのは、人形の頭部だけではない。

 バラバラにされた人形のパーツが、ケースいっぱいに詰め込まれていたのだ。

 人形のパーツは湧き出すようにケースから零れだし、地面へと転がっていく。

 そして、それぞれにカタカタと振動して動き回り始めた。

 先ほどの兵士の人形とはまるで逆に、人の形へと独りでに組みあがっていく。

 完成したのは、美しい少年の人形であった。

 ただそれは服をまとっておらず、まったくの全裸である。

 とはいっても、人間の裸とは、まったく別のものであった。

 人形の精緻に作られた部分は、頭部と首周りだけであったからだ。

 それ以外の部分は、全て人の手で作られたとわかる物だったのである。

 素材は象牙色の、どこか透明感があるものであった。

 見る者が見れば、それが広く各国で軍事用に使われている焼結体。

 陶磁器や、セラミックなどと呼ばれている物であるとわかるだろう。

 組みあがった人形は、それまで瞑っていた目をパッチリと開いた。

 それまでまったくの無表情だった顔を不快気にゆがめると、唸り声を上げながらスムーズに起き上がる。


「あー、ったくよぉ。クソ狭ぇったらありゃしねぇーなぁおい! 急いできたから仕方ねぇーけどよぉ!」


 人形、スケイスラー宰相“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクーは、心底イラついた様子で吐き捨てた。

 ガリガリと頭をかきながらも、ケースの方へと向かい、中をあさり始める。

 引っ張り出されたのは、衣服だ。

 どうやらケースの底に畳んでしまって有ったらしい。


「いや、宰相閣下の場合、他国に行く時はいっつもケースに収まってるじゃないですか」


 そういったのは、部屋に入ってきていた兵士の一人だ。

 兵士達は、バインケルトの護衛官だったのである。

 彼の言葉通り、バインケルトは国外に出るとき、必ずこのような金属ケースに収まっていた。

 それを運ぶのは、死霊術師であり、自身も死霊であるところのバインケルトが操る、精緻な戦闘人形だ。

 バインケルトの操る術は、特殊なものである。

 実体の持たない死霊を操るバインケルトは、それを様々なものに憑依させることが出来た。

 その上で、憑依させた物品を操るのだ。

 尤も操る事ができる物品と言うのは、スケイスラー特有の「魔剣魔法」の媒介、魔剣を組み込んだものに限られている。

 言ってみればバインケルトは、「死霊で魔剣を操る魔剣使い」なのだ。

 護衛官の言葉に、バインケルトは大げさなほど眉を吊り上げた。


「テメェー、バカヤロウテメェー! 宰相の俺が人間のカッコで動くとならやぁ、よそ様の手前、ヤッスイ客室使うわけにも行かなくなるだろうがぁ! 張らなきゃならねぇ見得ってもんがあるからよぉ!」


「だから、フツウに客室使えばいいじゃないですか。一等船室でも何でも」


「ふざけんなバカヤロウ! 俺が使ったところで一銭にもなりゃしねぇじゃねぇか! そういうのはお客様に使っていただいて初めて意味があるんだろうがよぉ!」


 じゃあ、文句言わなければいいのに。

 護衛官はそんな言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 この嫌にベランメェ口調な宰相は、いつもこんな感じなのである。

 宰相と言うよりは、威勢のいい魚屋といった感じに近い。

 まあ、魚屋でもこんなに口は悪くないのだろうが。


「そんなことよりオメェー、アレだ! 見直された土地の事だ。プライアン・ブルーの奴こっちむかってんだろぉーなぁ」


「お見合いをセッティングしないなら絶対に行かないとか言ってゴネて居たようですが、この港には独身のイケメンが多いって吹き込んだらすぐに発ったそうです」


「相変わらずだなぁ、あのバカ」


 バインケルトは溜息混じりにそういうと、呆れた顔で首を振った。

 彼がわざわざここへやってきたのは、「見直された土地」対策の為だ。

 見直された土地とスケイスラーは、別々の大陸にある。

 いくら通信が可能とはいえ、それでは何か対応が求められる時、素早く反応することが困難だろう。

 そこで、万が一の時に自身の責任で対応可能な者が、拠点であるこの港へ派遣されることとなった。

 つまるところ、バインケルトのことだ。

 元々、見直された土地にはバインケルトが行くことになっている。

 交渉や物資の用意などもバインケルト自身が行えば、手間も多分に省けるだろう。


「ていうか、プライアンさん。どこまでが本気で、どこまでがネタなんですかね」


「全部マジなのがアイツのすげぇーところよぉ。っつーかオメェー、気をつけろよ。あの野郎、プライアン・ブルーって呼ばねぇと機嫌わるくなっからよぉ」


「あ、そうでした。すみません」


 そんな話をしながら、バインケルトは衣服を身に着けていく。

 長ズボンに、長袖のシャツ。

 更には手袋。

 露出する部分が減るごとに、普通の人間と見分けが付かなくなっていく。

 バインケルトが襟首のボタンを留めていると、机の上に置いてあった通話機が着信音を鳴らし始めた。


「んおぇあ? なんだ、もう港のほかの連中にも俺が着いたって連絡回ってんのか!」


「はい。この部屋に入るときに、通達するように指示してあります」


「ったく、うちの連中は優秀だなぁ、オイ。まだ護衛人形も片付けてねぇっつのによぉ」


 バインケルトはぶつくさといいながら、通話機を操作し、通信を繋げる。


「おう、バインケルトだぁ。どうしたぁ!」


「はっ! 緊急ですので、早速ご用件を。今日、メテルマギトの兵士が、この港からボルワイツへ発つ予定になっているのは、ご存知ですか?」


 その話は、バインケルトも良く覚えている。

 隣国と戦争状態になっている「ボルワイツ」と言う国が、メテルマギトに助力を求めた。

 見返りは、「自国と敵国、両国内のエルフの引渡し」なのだとか。

 虐げられたエルフの救済を国是とするメテルマギトにして見れば、断るという選択肢が無い条件だ。

 兵の派遣が決まったのは、至極当然の事だろう。


 ただ、この世界「海原と中原」は、長距離の移動が非常に困難な世界である。

 それは、軍隊であっても変わりない。

 むしろ大きな集団になればなるほど、強力な魔獣や魔物を刺激しやすく、移動には困難が付きまとう。

 移動すら難しいこの世界では、「行軍」などと言うのは、現実性に乏しい行為なのだ。

 それが可能なのは、強力な空中戦艦群。

 あるいは、空中を移動する要塞であるところの「浮遊島」を保有する、一部の強力な国家だけなのである。

 それ以外の国は、そもそも遠くの国に兵を送る、などと言う事を考えないのだ。

 とはいえ、要人の移動などの際、護衛兵などが付いていく必要が出てくることは、往々にしてある。

 そういった際の移動も、やはり輸送国家が引き受けていた。

 食べ物から、兵隊、兵器まで。

 適切な対価さえ支払われさえすれば、何でも運ぶ。

 それこそが、輸送国家なのである。


 とはいえ、今回の事はバインケルトも妙だとは思っていた。

 他国の軍隊を運ぶというのは、輸送国家としては珍しい業務ではない。

 一年に何度か、あることなのだ。

 だが、その相手が「メテルマギトである」というのが、どうにも引っかかったのだ。

 かの国は「空中戦艦」も、「浮遊島」すらも保有する、世界を代表する強国であった。

 そういった国は、自前の移動手段でいくらでもどこにでも行く事が可能なのである。

 軍隊を動かすのに、わざわざ輸送国家を使う意図がわからない。

 それが普通の物資であれば、輸送国家を使うほうが安上がりだし安全だ。

 長年かけて「それだけ」に技術を特化してきたのだから、例えどんな強国相手だとしても、その一点においては負ける事は無い。

 ただ、軍隊を動かすとなると、話は変わってくる。

 国防力であるところの軍隊と言うのは、機密や秘密の塊と言ってもいい。

 できることならば、他国の目には触れたくないはずだ。

 もちろんメテルマギトといえど、それは変わらないだろう。

 にも拘らず、なぜかメテルマギトは今回自前の船を使わず、スケイスラーに輸送を依頼してきたのだ。

 もちろん対価を支払われた以上、安全、安心、快適に現地まで送り届ける。

 機密や秘密を探るようなマネなど、一切することは無い。

 それが輸送国家としての誇りであり、義務だからだ。

 ではあるのだが、気にはなる。

 どんなものを運ぶかによって、ルートなどの諸々の条件が変わってくるからだ。

 メテルマギトに寄れば、今回輸送するのは、兵士が数人。

 それと、コンテナが三つばかり。

 正直、それで「軍隊」といえるのか、と思うような規模だ。

 しかし、先方は間違いなく「軍隊」としての輸送を依頼してきていた。

 なんとも奇妙な事である。

 とはいえ、相手は強国であり、「お客様」だ。

 妙だ妙だとは思いつつも、詳しく探る事は出来ないでいた。

 そして、輸送当日である今日を迎えてしまったのである。

 もっとも、こういったことはけっして珍しい事ではないし、危険であることもまず無い。

 相手の国にしても、「輸送国家」にそっぽを向かれればどういうことになるか、痛いほど理解しているからだ。

 何度も言うが、ここは長距離移動すら危険な世界である。

 輸出入の手段は、実質「輸送国家」が握っているといっていい。

 彼らの機嫌を損ねるというのは、その輸出入を止めるられるのと同義なのだ。

 首を絞められるのと変わらないといいっていいだろう。

 それは、例えメテルマギトといえども同じだ。

 だから、バインケルトも警戒はしつつも、相手の機嫌を損ねるほど調べはしない。

 良い意味でも悪い意味でも、「信頼関係」は出来上がっているのだ。

 それを自分達から壊しに行く必要は、どこにもないのである。


「おお、覚えてんぞ。向こうさん、無事に港に着いたのかぁ?」


「はい、ご到着しました。問題なのは、その兵士、というか、騎士です」


 通話機の向こうで、息をのむような音がする。

 不思議そうに眉を顰めるバインケルトだったが、続く言葉を聞いて目玉が零れ落ちるほど目を見開いた。


「シェルブレン・グロッソが、“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソが来ているんです!」


「はぁっ!?」


 バインケルトは、どこから出ているのかと言うほどの大声を上げた。

 無理も無いだろう。

 シェルブレン・グロッソ。

 その名前には、一国の宰相が悲鳴を上げるほどの重みがあるのだ。

 一瞬呆けかけるバインケルトだったが、すぐに表情を改めた。

 通話機を引っつかむと、室内の兵士達にドアを空けろとジェスチャーで合図する。

 手に持っている通話機が無線式である事を確認しながら、バインケルトはドアの外に向って早足で歩き始めた。


「すぐにそっちいくからよぉ! 詳しく状況説明しろやぁ!」


 来て早々の出来事に歯噛みをしながらも、バインケルトは冷静に対応を考え始めていた。

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