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百十五話 「うぃーっす。みんな元気ー? アンバレンスさんがあそびにきたぞーう」

 風彦は目を瞑り、ほうっと小さくため息をついた。

 木漏れ日亭での食事を、思い出しているのである。

 食べたのは、ハンバーグだった。

 熱した鉄皿の上にハンバーグが乗せられており、その上にはトロトロのチーズが。

 更にその上には、トマトソースがかかっていた。

 これがまた、実に美味い。

 ハンバーグはしっかりとした歯ごたえを持ちながらも、中にたっぷりの肉汁を閉じ込めている。

 ナイフで切るとこれがあふれ出すのだが、それがハンバーグにかかったチーズ。

 そして、ごろごろと角切りのトマトが入ったソースに絡み、えもいわれぬ味わいに成るのだ。

 肉料理であるハンバーグには、多少味が濃厚過ぎそうなこのソースだが、そんなことはまったく無かった。

 シンプルなひき肉と野菜の風味に、ソースが良く絡む。

 ハンバーグ自体を食べ終えてしまったら、残りのソースをパンにつけて食べる。

 チーズとトマトに、肉汁。

 これが合わさったソースは、飛び切りに美味しかった。


 実の所。

 風彦にとっては、それが生まれて初めての食事であった。

 そもそもガーディアンというのは、食事が必要ない。

 世界に満ちている様々な力を吸収し、活用することが出来るからだ。

 必要が無かったので、風彦はこれまで何かを口にすることがなかったのである。

 先に作られている土彦は時折何かを口にしている様子だったが、それは必要だからとる「食事」ではない。

 言ってみれば、娯楽のようなものなのだ。

 水彦の場合は、また事情が異なってくる。

 土彦や風彦よりも、遥かに生物的、人間的欲求を強く受けるような創られ方をしたからだ。

 そうなったのは、赤鞘が自分の記憶と力のみを使って、水彦を作り出したからである。


 赤鞘は、元々人間だった神様だ。

 その赤鞘の記憶は、当然人間だった時代の影響を強く受けている。

 なので、それを基にした水彦も、人間的な要素を多く持つことになったのだ。

 人間的な要素というのは、当然、生物的な欲求も含まれている。

 食欲、性欲、睡眠欲。

 創られて一年程度という事もあり、性欲こそ弱いものの、それ以外に関して水彦のそれはかなりのものだった。

 暴れて、食って、寝る。

 また暴れて、たらふく食って、ガッツリ寝る。

 これで、赤鞘が創った三柱のガーディアンの中で、もっとも力があるのだから、始末が悪い。

 樹木の精霊達が、総がかりで丹念に素体を作り、ありったけの知識を詰め込んだ土彦よりも。

 名の有る天使が起した風に、樹木の精霊達が力を乗せた風彦よりも、である。

 野生的で、わがままで、ある種猫染みた気侭さを見せる水彦こそが、最も優れているのだ。

 しかし、だからこそ。

 その純粋さに。

 妙に赤鞘に似た、気の優しさに。

 強く、強く惹かれるのであった。


 初めての食事で、最高に美味しかったハンバーグ。

 しかも、一緒に居たのは敬愛する兄。

 なんて満ち足りた一時だったのだろう。

 きっと、がんばって仕事をした自分に、神様がご褒美をくれたに違いない。

 そんな事を考えながら、風彦はしみじみとした表情を浮かべ、両目を閉じていた。

 ちなみにこのときに想定している「神様」と言うのは、赤鞘ではない。

 残念ながら運命とか幸運とか、そういうものをいじくれるほど、赤鞘は力が強くないのだ。

 となると、歌声の女神であるカリエネスあたりはどうだろうか。

 彼女はかなり砕けた性格ではあるが、面倒見はいい。

 直接の面識はないが、何かしらのご褒美をくれたとするならば、カリエネスだろう。

 アインファーブルへ向う道すがら、歌をうたっていたのがよかったのかもしれない。

 ありがとうございます、カリエネス様。

 これから毎日、心の中で拝む事にします。

 半ば夢の中にいるようなふわふわした気持ちで、風彦はそんな事を考えていた。

 もうしばらくは、幸せな夢のような時間を思い出したり、ぼうっとどうでもいい事を考えていたい。

 そんな欲求が、風彦の中で頭をもたげる。

 しかし。

 非常に残念ながら、そういうわけにも行かなかった。

 与えられた仕事を、きちんとこなさなければならないからだ。

 風彦は、ゆっくりと。

 極力ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 そして、またゆっくりと瞼を下ろす。

 見なかったことにしようかなぁ。

 そんな考えが、風彦の頭を一瞬よぎる。

 あまく魅力的なそんな考えを、風彦は大きく頭を振ることで追い出した。

 がんばれ!

 まけるなっ!

 これが終わったら、アグニーさん達をもふもふしようっ!

 風彦はそんな風に自分を叱咤して、それでもやはり恐る恐る目を開いた。

 そこに映ったのは。

 顔をうつむけ、カタカタと激しく全身を振動させているキャリンと。

 輝きを失った目で、ぽかんとした表情のまま微動だにしないアニス。

 それから、妙に納得した表情で頷いている、門土の姿だった。

 水彦はといえば、風彦の隣に座り、口いっぱいにお菓子を頬張っている。

 こんな時でも、水彦の行動は一切ブレない。

 一体なんでこんな事に。

 ギルドが用意してくれた応接室。

 そこに置かれたソファーに座り、風彦は大きなため息をつくのだった。




 事は、三十分ほど前にさかのぼる。

 水彦達は木漏れ日亭で、きゃっきゃうふふといった具合に楽しく食事を楽しんでいた。

 そこになだれ込んできたのは、黒服を着た大量の男女だ。

 動揺するキャリン達に、彼らは身分証を提示してみせる。

 黒い手帳のようなそれは、ギルド職員であることを示すものだった。

 同行して欲しいというギルド職員の言葉に、キャリンとアニスは訝しがりながらも頷く。

 門土も、面白がりながらも同行することを了承した。

 どうやら、何か面白いことがあると感づいた様子だ。

 水彦と風彦も、当然大人しく付いていく。

 そんなこんなで、キャリン達はあれよあれよと言う間に移動用の車両の中に押し込まれた。

 しれっとした顔でバイキムも乗り込もうとしたが、当然のようにつまみ出される。

 彼らはそのままギルド本部へと連れて行かれ。

 ギルドが用意してくれていた、防音設備の整った応接室へと案内された。

 室内に、キャリン、アニス、門土、そして、水彦と風彦だけが残されたところで。

 風彦は観念して、仕事を始める事にした。

 つまり、自分の正体の説明と、見直された土地に来て欲しい、と言う依頼をすることにしたわけだ。

 正体の説明に関しては、じつはそれほど手間が掛からなかった。

 普段は隠している「ガーディアンとしての気配」を開放すればいいからだ。

 この世界の生き物は、神と、それに近しいものの気配を感じることに長けていた。

 口頭での説明などは一切必要ない。

 ただ、気配さえ感じることが出来れば、相手が「神か、あるいはそれに近しいもの」だと即座に理解できるのである。

 神や、天使、ガーディアンなどが直接地上へ下りてくる機会が多い、「海原と中原」ならではのものと言えるだろう。

 じつはこの世界を作るとき、「自分が神様だって名乗って、疑われたらウザイな」と思ったとある一柱の神が付けた機能のようなものなのだが。

 まあ、それは今はどうでもいいことである。

 兎に角。

 風彦はそうやって、自分が何者であるかを示した。

 それに対する反応は、三者三様だ。

 キャリンは小刻みに震えだし、アニスは凍りついた。

 門土はといえば、驚いた様子は見せたものの、感心と納得を合わせたような表情で頷く。

 元々、門土は水彦の事を只者だとは思っていなかったのだ。

 正体を知り驚きはしたものの、ある種の納得もあったのだろう。

 そんな彼らを見て、風彦はこのまま一気に話を進めてしまおうと考えた。

 思考力が低下しているうちに、言質を取ってしまおうと考えたのだ。

 手っ取り早いし、悪い手ではないだろう。

 ついでにいえば、今の放心した顔なら兎も角、正気に戻って絶望した表情とかを向けられたら風彦的に心が痛すぎる、と言う理由も有ったりする。

 案外、メンタル面は弱い風彦なのだ。

 風彦は、そそくさと用件を説明し始めた。

 と言っても、細かい内容を伝える必要は無い。

 詳しい事は、見直された土地に行った後に説明されるからだ。

 一先ず、キャリンと門土には冒険者として依頼があるということ。

 アニスには、料理人としての腕を見込んで、頼みがあるということを伝える。

 その返事を聞こうと反応を待っているのが、今現在。

 っと、言うようなわけだ。


 しばらく答えを待っていたわけだが、残念ながらキャリンとアニスは機能停止したままであった。

 門土のほうは普段通りの様子なのだが、キャリンとアニスのリアクションを待っているらしい。

 実際、無理も無い事だろう。

 もし風彦が同じ立場だったら、気絶するかもしれない。

 そういう意味では、キャリンとアニスは良く堪えている方だ、と言える。

 まあ、完全に機能停止してるっぽいことには、変わりないわけだが。

 どうしたものかと悩む風彦の目に、はっとした様子で身体を跳ね上げるアニスの姿が映った。

 視界を僅かに彷徨わせて、アニスは大きく深呼吸をする。

 どうやら、気を取り戻したらしい。

 ほっとする風彦に、アニスは真剣な面持ちで口を開いた。


「その、ご用件の詳しい内容を教えて欲しいのですが」


 その問いに、風彦は苦笑いを造る。


「もっともな質問だと思います。ですが、私はそれをお答えする立場にありません。私はあくまで、伝言役ですので。見直された土地にお越し頂けるのであれば、そこで詳しい話をさせて頂きます」


 本当はここで全部内容を説明しても良かったのだが、風彦はあえて、それを避けた。

 エルトヴァエルに、「説明してもしなくても、どっちでもいい」といわれていた、と言うのもある。

 だが、一番の狙いは「嫌われ役をやりたくない」と言うものであった。

 もう手遅れな気がしないでもないが、まだ決定的に嫌われてはいない、と言う可能性も捨てきれない。

 風彦は基本的に、一般的な感性を持つように作られている。

 小市民的なもの、と言ってもいいだろう。

 そんな風彦にとって、キャリンやアニスのような可愛らしい少年少女に嫌われたり怯えられたりすることは、極力避けたい事なのだ。

 きちんと言いつけられた仕事自体はこなしているし、このぐらいは裁量の範囲内である。

 そもそも、業務命令の内容自体が、がっばがばだった。

 殆ど、「方法は任せるから、兎に角三人を連れて来い」と言ってるようなものだ。

 上手く逃げ道を見つけてすり抜けた感はあるが、風彦はきちんと仕事をしているといっていい。

 それでもなんとなく後ろめたい気持ちが湧いてくるのは、風彦の性格ゆえだろう。


 風彦がそんな事を考えているとき。

 キャリンはその思惑を、別の方向に読み違っていた。

 まず、風彦の言った「お答えする立場にありません」という言葉。

 キャリンはこれを、「風彦よりも上の立場の誰かが、口止めしているのだ」と受け取った。

 ガーディアンである風彦よりも上、と言うことは、考えられるのは二通りだけだ。

 天使か、あるいは神か。

 常識的に言えば、天使だと考える所だろう。

 この世界の神というのは、直接人間にかかわってくることが、ほぼ無いからだ。

 しかし、これが「見直された土地」が絡むとなれば、話は変わってくる。

 キャリン達には既に、「見直された土地」の事情を、大まかに聞かされていた。

 見直された土地は、神様が管理する事になった、と。

 その神様のは、最高神アンバレンス様が、別の世界から連れてきたのだという。

 以上を踏まえた上で、風彦の「お答えする立場にありません」という言葉だ。

 それはつまり。

 暗に、「見直された土地を治める神様が、キャリン、アニス、門土の三人を呼んでいる」と言うことなのではないだろうか。

 キャリンはそう判断したのである。

 まあ、ぶっちゃけた話考えすぎではあるわけだが、内容的には当たらずも遠からずと言うところだろう。

 キャリンは深く深くため息を吐くと、ゆっくりと顔を上げた。

 体の震えは、大分収まっている。


「わかりました。行かせて貰います」


 不安げな顔でまだ何か言いたげだったアニスを遮り、キャリンははっきりとした口調でそう言いきった。

 驚いた顔で、アニスはキャリンのほうへ顔を向ける。

 その視線に、キャリンは小さく頷いて見せた。

 アニスはそれを見て、僅かに息をのんだ。

 二人は、同じ孤児院で育った幼馴染である。

 極々短いやり取りである程度の気持ちを伝えることが出来た。

 今のキャリンの頷きは、「逆らったらいけない」と言うような意味だ。

 それを見たアニスも、すぐに冷静になった。

 相手は神が創ったガーディアンなのだ。

 疑問があろうとなかろうと、よほどのことが無い限り。

 いや、よしんばあったとしても、逆らうという選択肢は無い。

 疑問があろうとなかろうと、関係無いのだ。


「私も、行きます。その、お役に立てるか、わかりませんけれど」


 アニスが呼ばれたのは、料理に関してのことだという。

 正直なところ、アニスは自分はまだまだ修行中の身だと思っていた。

 今は旅に出ている師匠には、まだまだ遠く及ばない。

 役に立てるかどうかわからないというのは、まったくの本音だった。

 もし見直された土地に行っても、役に立てなかったら。

 その不安感が、アニスを混乱させていたのだ。

 だが、キャリンの声と態度を聞き、落ち着きを取り戻した。

 二人の返事を聞き、風彦は心の中で盛大に胸を撫で下ろす。

 態度に出なかったのは、なけなしの精神力が起した奇跡といったところだろうか。

 風彦は何とか気を取り直して、ぱっと表情を輝かせ、笑顔を作ってみせた。


「そうですか! いやぁ、了承していただけてよかったですっ!」


 あっはっは、とわざとらしく笑う風彦だったが、キャリンとアニスの表情は硬いままだった。

 何とか笑顔を保とうとする風彦だったが、如何せん風彦の心は途中でくにゃっと行ってしまう。

 風彦は笑顔を引きつらせながらも、何とか溜息だけはかみ殺すのだった。




 そんな二人と一柱の横で。

 水彦と門土はお茶を啜りながら、お菓子を齧っていた。


「いやいや、しかし水彦殿! 某は行くのか行かぬのか聞かれぬものでござるかなぁ!」


 水彦がガーディアンであると知ってなお、門土の態度は一切変わらないものであった。

 普通ならばかしこまり、改めるところだろう。

 だが、門土はこと水彦に対しては、その必要は無いと考えていた。

 むしろそんなことをすれば、水彦は不快に思うことだろう。

 何故、そう思うのか。

 そう聞かれたとしたら、門土は「剣を交えたから、大体わかる」と応えるしかなかった。

 世の中には、一度斬りあえば相手のことが大体わかる、という奇妙なものが存在するのだ。

 門土はまさに、それだったのである。

 もちろん、水彦もその「奇妙なもの」に含まれていた。

 ちなみに両者とも、「サムライ」と名乗っていたりする。


「なんだ。いかないつもりなのか」


「いやいや! まさかまさか! 何がどうなっておるのか見当もつかぬでござるがな! なかなかどうして! 面白そうではござらぬか!」


 神様に呼び出されて、封印が解かれたばかりの土地へ赴く。

 なかなか、「面白そう」と言う感想は出てこない事態だろう。

 図太いというかなんというか。

 そんな門土の言葉に、水彦は、なるほど、と言うように手を叩いた。


「たしかに、はたからみるとおもしろそうだな」


 自分が関わっている土地だから実感がないが、確かに全く知らない場所であったら、面白そうな立地条件ではないか。

 見直された土地の事を思い浮かべ、水彦は大きく頷いた。

 最近まで最高神により封印されていた、異世界の神が治める土地。

 なるほど、冒険心をくすぐられるではないか。

 自分の命が惜しくなければ、と言う前提は必要だが。

 納得顔の水彦を見て、門土は心底愉快そうに笑った。


「そうでござろう! はっはっは!!」


 門土の快活な笑い声に、風彦の引きつったような笑い声。

 タイプの違う二つの笑い声は、しばらくの間、ギルドの応接室内に響き続けるのであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 見直された土地の中央付近。

 赤鞘の社の近くの地面に、眩い光を放つ物体が落下してきた。

 はるか上空から落下してきたそれは、まるで太陽から零れた輝きの一滴のよう……。

 まあ、ようするにアンバレンスだった。

 見直された土地に光臨したアンバレンスは、紺地に蛍光オレンジのラインが入った、学校指定っぽいクソダサイジャージを着こなしていた。

 いつもしている安っぽいヘアバンドも相まって、完全に田舎のイモい兄ちゃんといった風情だ。

 実際、当神もイモいので、認識としては間違っていないだろう。

 アンバレンスは足先に突っかけたサンダルを引きずるように歩きながら、片手に持って居た物を掲げた。

 様々な市販のお菓子が詰められた、ビニール袋である。


「うぃーっす。みんな元気ー? アンバレンスさんがあそびにきたぞーう」


 最高神としての威厳が欠片も見られない、のほほんとした声だ。

 それに素早く反応したのは、樹木の精霊達である。

 遊んでいた手をパッと止めた精霊達は、表情を輝かせてアンバレンスの方へと集まっていく。


「あんちゃんだー! たいようしんさまー!」


「しゅっげぇー! さいこうしんさまきたー!」


「ありがたみねぇーなぁー!」


「ねぇ! それ、おかし!? おみやげ!?」


 樹木の精霊達はアンバレンスの周りを飛び交いながら、口々に言葉を投げる。

 中にはディスっているような内容のものも有ったが、アンバレンスは特に気にしていない様子だ。


「おーう、おみやげだぞぉー。皆で分けて食えよー」


 アンバレンスは近くを飛んでいた樹木の精霊に向って、ビニール袋を放り投げた。

 投げられた方の樹木の精霊は、どうやらそれを予期していたらしい。

 器用に空中で身を捻ると、両手で抱えるようにしてビニール袋をキャッチする。

 無事に確保したそれを、樹木の精霊は満面の笑みで頭上に掲げた。

 それを見たほかの樹木の精霊達は、きゃっきゃと歓声を上げる。


「うわぁーい! ぽてちだぁー!」


「ぽってっちっ! ぽってっちっ!」


「あんちゃん、ありがとー!」


「ありがとー! ありがとねー!」


 樹木の精霊達は飛び回りながらも、口々にアンバレンスにお礼を言う。

 少し前は赤鞘に促されるまで、お礼を言うのを忘れている事もあった。

 だが、今ではすっかり、自分達から言う事ができるようになっている。

 見た目も十五、十六と随分大きくなった樹木の精霊達は、そういった面でも立派に成長しているのだ。

 空中でお菓子を開け始める樹木の精霊達を眺めて、アンバレンスは面白そうに笑う。

 そんなアンバレンスの所に、赤鞘とエルトヴァエルがのんびりと歩いて近づいてきた。


「いやぁー、いつもすみません。なんかあの子達、アンバレンスさんをお菓子を持ってきてくれる神様か何かだと思ってるみたいでして」


「はっはっは! 当たらずも遠からずですけどね。植物に取っちゃ太陽ってのはゴハンの一種だし?」


 肩を竦めて見せるアンバレンスを見て、赤鞘は笑い声を返す。

 二柱はブンブンと握手をして挨拶を済ませると、アンバレンスは早速といった具合で話題を切り出した。


「それで、用件ってなんなの? 大事?」


 アンバレンスのその問いにいち早く反応したのは、エルトヴァエルだった。

 びくりと身体を震わせ、顔を引きつらせる。

 その用件と言うのは、ポンクテの試食ですよ、と、伝えねばならなかったからだ。

 そう。

 以前赤鞘が言っていた、良い考え。

 それは、アンバレンスに味見をしてもらって、決めてもらうというものだったのだ。

 太陽神にして最高神のアンバレンスである。

 きっとイイカンジに決めてくれるだろう。

 と、言うのが赤鞘の考えだったのだ。

 ムチャクチャいうな!!

 などと突っ込みたい気持ちに駆られたエルトヴァエルだったが、すんでの所でその言葉を飲み込んでいた。

 既に一度消えかけたことが有ったりするが、赤鞘は腐っても神である。

 全然まったく欠片もそんな風には見えないが、きっと何か深い考えがあるのだろう。

 よしんば無かったとしても、きっとすぐに「じょうだんですよぉー」とか言ってくれるに違いない。

 そんなエルトヴァエルの希望は、その直後の「善は急げって言いますし、早速電話してみますねぇー」という言葉で脆くも打ち砕かれた。

 どうしたものかと頭を抱えそうになるエルトヴァエルだが、すぐに気持ちを持ち直す。

 いっつも遊びに来ているから感覚が麻痺しているが、アンバレンスは太陽神にして最高神なのだ。

 流石に「ポンクテを試食してくれ」といわれて、はいそうですか、と言うわけには行かないだろう。

 きっと断ってくれるはずだ。

 僅かな希望を胸に、エルトヴァエルは、赤鞘とアンバレンスの会話に耳を傾けた。


「もしもし? 赤鞘ですー。じつはちょっと用事があってですね」


「マジでかー。わかったー。じゃー、すぐ行くわー」


 二柱の会話は、それで終わった。

 恐ろしく軽い会話である。

 神様同士の会話というか、なんかその辺のヤンチャなオニイちゃん達っぽさすら漂わせていた。

 くどいようだが、アンバレンスは本物の太陽神であり、最高神だ。

 指先一つで太陽、つまり恒星サイズの星を、出したり消したりすることすら出来る。

 デコピンで恒星を弾き飛ばし、別の恒星へぶち当てて、「ちょうしんせいばくはつー!」とかバカ笑いすることすら可能な神なのだ。

 そんなアンバレンスに、赤鞘はいつものにへらっとした顔で説明を始めた。


「いやぁー。じつはですねぇー。カクカクシカジカというわけでして」


 まったく説明ではなかった。

 思いっきり表情に出して困惑するエルトヴァエルだったが、アンバレンスはなにやら神妙な表情で頷いている。


「コレコレウマウマと言うわけですな。って、せつめいになってないからねっ!」


「あっはっはっは! ですよねぇー。一度やってみたかったんですよぉー、これー」


 何も今やらんでも。

 そう突っ込みを入れたいエルトヴァエルだったが、もちろんその言葉はぐっと飲み込んだ。

 ここで、赤鞘は突然エルトヴァエルにパスを出してきた。


「まあ、詳しい説明はエルトヴァエルさんにしてもらったほうがいいですかねぇー」


「はいっ!? せつめいですかっ!?」


 テンパリ気味だったが、エルトヴァエルは何とか言葉を返すことに成功した。

 その精神力は、流石罪を暴く天使と言わざるを得まい。


「ほら、私が説明するよりも、絶対エルトヴァエルさんがやったほうがわかりやすいじゃないですかぁー」


 赤鞘はへらへらと笑いながら、そんなことをのたまう。

 その横では、アンバレンスが大きく頷いていたりする。

 赤鞘が特別、説明べたと言うわけではない。

 単にエルトヴァエルのほうが、そういうのが似合うのだ。

 エルトヴァエルはこぼれそうになる溜息を、何とか噛み殺す。

 そして、なるべく聞こえが良くなるように注意しながら「今度、見直された土地に来るえらいさん達に料理を振舞うのだが、そのときに使うポンクテの品種を決めて欲しい」と伝えた。

 アンバレンスは神妙な顔で話を聞き終え、難しそうな顔で唸った。


「それってけっこう重要なあれなんじゃないの? お客さんに出す奴でしょ? 俺が決めちゃっていいやつなの? それって」


 貴方が決めたんなら誰も文句なんて言えませんけど。

 思わずそういいそうになったが、エルトヴァエルは何とかこらえる事に成功する。


「いやぁー。やっぱり舌が肥えてる神様に決めてもらうのが一番かなぁーって、思うんですよねぇー」


「あー。そういう考え方ねぇー。でもあれよ? 言うて俺、そんなに味覚が鋭いわけじゃないよ?」


「とはいってもほら、やっぱり私より断然いい判断が出来るとおもうんですよねぇー」


「まー、いやー、でもどうかなぁー。やっぱ日本って食べ物に関してはレベル高いからなー!」


 腕を組んで考え込むアンバレンスの横で、赤鞘も同じように唸り始める。

 そんな二柱を前に、エルトヴァエルは半ば呆然と立ち尽くしていた。

 状況の展開がアレ過ぎて、付いて行けなくなりかけているのだ。

 もしここでエルトヴァエルがくじけたら、たいへんなことになるだろう。

 なにしろ、エルトヴァエルは貴重な常識人ならぬ、常識天使なのだ。

 まあ、別方向にすれてはいるのだが。

 ともすれば「あ、赤鞘様の顔って、真顔になるとやっぱりちょっと怖いな」などと現実逃避しそうになる思考を、何とか引き戻す。

 頭を振って表情を改めているエルトヴァエルの耳に、パチンと言う音が入ってきた。

 それは、アンバレンスが拳で手のひらを叩いた音である。


「そうだ! いいこと思いついた!」


 どうやら、何かひらめいたらしい。

 アンバレンスはニヤニヤと笑いながら、人差し指を立てる。


「私に、いい考えがある! ってね! これいっぺん言ってみたかったんだよねぇー!」


「あー、わかりますよその気持ちー。名台詞ですもんねぇー」


「でしょぉー!?」


 無駄なフラグ立てるの、ホントやめてください!!

 そんな言葉を何とか飲み込んだエルトヴァエルは、半ば呆然とした顔で、楽しそうにきゃっきゃと騒ぐ二柱の神を眺めるのであった。

前回の後書きで、書きたいものがあると言ったな

あれはうそだっ!!!


いや、うそじゃなかったんですが、予定が変わりました

良くあることだし、あまらさんだからしかたないね

次回あたり、その辺を書きたいとおもいます


なんか赤鞘と水彦が連続で出てくるのって超久しぶりですね

赤鞘の癖に生意気な


次回は、もうちょい早めにかけたらいいなって思っています

思ってるだけです(てへぺろ

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