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百十四話 「こまごまとした事、ですか?」

 風彦は、片手にアンバフォンを持ち、空いた手で目元を押さえていた。

 若干うつむき加減で浮かべているのは、苦悶の表情だ。

 今、風彦が持っているのは、水彦のアンバフォンであった。

 通話の相手は、当然エルトヴァエルだ。


 エルトヴァエルから連絡を受けた水彦は、それをそのまま風彦にバトンタッチした。

 何事かと首を傾げる風彦が聞かされたのは、先ほど水彦が聞かされたのと同じ内容。

 アニス、キャリン、門土の三人を、見直された土地につれて来い、というものだ。

 怖い人達との交渉を終えて、やっと安らぎの一時を過ごせるはずだったのに。

 何で追加で仕事が来るのか。

 しかも、無辜の市民を世界レベルで。

 というか、神話レベルできな臭くなっている場所に関わらせるだなんて。

 風彦の基準で言えば、控えめに言って悪逆非道な行為である。

 出来るなら、そんなことはさせたくない。

 させたくはないのだが、エルトヴァエルからの命令である。

 しかも、赤鞘の提案となれば、是非も無い。

 何とかして、あの三人を見直された土地へ連れて行かなくてはならないのだ。

 風彦は深呼吸をすると、気を取り直したように顔を上げた。

 それにあわせて、顔の高さに持ち上げた手で、指を何度か鳴らす。

 周囲に張った、防音魔法がきちんと機能しているか確認をするためだ。

 きちんと外に音が漏れていないことを確認すると、風彦はゆっくりと口を開く。


「わかりました」


 恐ろしく硬く、やっとの事で喉から絞り出したような声だった。

 風彦自身その声音に驚いたが、実際ようやくの思いで搾り出した台詞だ。

 そういう風に聞こえるのも、無理からぬ事だろう。

 気を取り直すように首を振ると、風彦は言葉を続ける。


「ちなみに、方法の指定はありますか?」


「特にはありません。こちらとしても突然のことだったので、そこまで考える余裕も有りませんでしたので。そのあたりは、お任せします」


 エルトヴァエルの言葉に、風彦はほっと安堵の息を吐いた。

 方法を風彦に任されるのであれば、穏便なものを選ぶ事もできる。

 もしかしたら「小脇に抱えて飛んで帰って来い」といわれるかもしれないと思っていただけに、これは有り難い。


「出来る事は少ないと思いますが、支援もしますよ」


 これも、有り難い申し出だ。

 もっとも、エルトヴァエルが言うとおり、出来る事は殆ど無いだろう。

 距離も離れているし、エルトヴァエル自身が土地から離れることも出来ないからだ。

 風彦は数秒思案し、すぐにある方法を思いつく。


「では、少しお手を煩わせてもいいでしょうか。一本連絡を入れて頂きたい場所、というか、人物が居るのですが」


「はい。構いませんが。どなたです?」


「慧眼、ボーガー・スローバード氏です」


 その名前を出したとたん、エルトヴァエルは納得した様子で「なるほど」と呟いた。

 木漏れ日亭があるアインファーブルは、ギルドが作った街だ。

 ボーガーは、そのギルドの最高責任者である。

 アインファーブルの中で何かをしようと言うのであれば、一言断りを入れて置いて損は無いだろう。

 それに、あわよくばこちらの仕事を手伝ってくれたりもするかもしれない。

 風彦の狙いは、正にそれだった。


「見直された土地へご招待するには、まず私と水彦にぃのことを説明しなければなりません。木漏れ日亭で話すわけにも行かないので、ギルド本部に場所を提供して頂きたいと思うんです」


「確かに。風彦さんが防音をしたとしても、そこで話す内容ではありませんね」


 風彦は無言でガッツポーズをとった。

 だが、肝心なのはここからだ。


「出来ましたら、ギルドの方からお迎えを出して頂きたいのですが。私のほうからギルドへ案内するというのも奇妙ですし。表向き、ギルドに呼び出された、ということにしておけば、色々体裁を整えやすいと思うんです」


「お仕事をお願いしたとして。今後彼らが動く時、ギルドからの依頼、という名目にも出来る。そうですね。いい方法だと思います」


 アインファーブルでは、ギルドの都合が何事にも優先される。

 ギルドが作り、ギルドが管理しているわけだから、住民にとっては国、行政と同じような存在だ。

 なので、今後キャリン達が多少奇妙な行動をとったとしても、「ギルドからの依頼」と言う事にしてしまえば、怪しまれる事も無いだろう。

 詮索される事もなくなるだろうし、格好の隠れ蓑と言っていい。


「ギルドへは私が連絡を取っておきましょう。貴女は、彼らがその場に留まるように誘導してください」


「わかりました。主に水彦にぃの行動に気をつければいいんですね?」


「ええ、本当に」


 冗談で言ったつもりだっだのだが、エルトヴァエルから帰ってきたのは割とマジなトーンの声だった。

 色々思うところがあるのだろう。

 風彦は、乾いた笑いを返すことしか出来なかった。


「では、よろしくお願いします」


「了解です。お任せください」


 お互いに挨拶を交わしたところで、通話を終了。

 風彦は疲れた様子で、ため息を吐いた。

 慣れた様子でアンバフォンを懐にしまおうとして、慌てて手を止める。

 このアンバフォンは、水彦から渡されたものなのだ。

 水彦のアンバフォンは、殆ど飾り気も無く、渡されたものをそのまま使っているようだった。

 シンプルというか無頓着というか、実に水彦らしいと風彦は思う。

 風彦のアンバフォンは、キャラクターの入ったピンク色のカバーに、キャラクターフィギュアのストラップを吊るしている。

 キャラクターというのは、水彦と土彦をデフォルメしたものだ。

 アンバフォンを量産するにあたり、アクセサリとしてアンバレンス自身がプロデュースしたものである。

 無論、当の水彦と土彦には、製作許可は一切とっていない。

 最高神だからこそ可能な好き勝手っぷりだといえるだろう。

 アクセサリの種類は、100近くに及んでいる。

 噂では、アンバレンスになにかいやなことがあるたびに、天使に製作を発注しているのだとか。

 突然クリエイティブな仕事をふられ、四苦八苦している天使の姿を見ることで、憂さ晴らしをしているのだという。

 まことしやかな噂だが、十中八九事実だろう。

 実に大人気ない最高神だ。

 ちなみに。

 風彦が数あるアクセサリの中から、水彦と土彦がデザインされたものを選んだのは、二人の事を慕っているからだ。

 赤鞘が創った見直された土地のガーディアン達は、基本的にブラコン気味でシスコン気味なのである。

 まあ、それは兎も角。


「とりあえず、後は向こうが来るのを待つだけ、かな」


 ほっとした様子でそういうと、風彦はにんまりと笑顔を作った。

 これで、ギルドからの迎えが来るまでは自由な時間ができたわけだ。

 とはいえ、罪を暴く天使がギルド長へ直々に連絡を入れるわけだから、迎えはすぐに来る事になるだろう。

 三十分か、かかったとしても一時間以内には来るはずだ。

 短い時間ではあるが、それだけの余裕が有るという見方もできる。

 のんびり休憩するには、丁度いい。

 皆さんでお茶でも飲みましょうといえば、「遠くから訪ねてきた水彦の妹」という立場的に、だれも無碍に断ったりはしないだろう。

 水彦とくつろぎたいという風彦の願いも叶う。

 三人をその場にとどめて置けという、エルトヴァエルの指示も解決できる。

 正に一石二鳥だ。

 風彦はにぱっと人好きのする笑顔を浮かべると、水彦達の方へと振り返った。


「水彦にぃ! お話し、終わりました!」


「おお、そうか。たいへんだな」


 水彦の言葉に、風彦は思わず苦笑を漏らす。

 確かに大変だったが、もっと大変なのはこの後だ。

 なんとか見直された土地に来てくれるよう、説得しなければならないのである。

 状況によりけりだが、かなりイヤな仕事になることは間違いないだろう。

 風彦の正体を知ったときのキャリンとアニスのリアクションを想像しただけで、胃に穴が空きそうだ。

 だが。

 それまでにはまだ、いくらかの時間がある。

 今しなければならないのは、キャリン達をこの場に足止めすること。

 方法は、特に指定されていない。

 どんなやり方でも、彼らがこの場に居てくれるようしさえすればいいのだ。


「で、どうするんだ。すぐにけんぶつにいくか?」


 水彦の言葉に、風彦は内心ガッツポーズを決めた。

 その質問を待っていたのだ。


「いえ、じつは急いでここまで来たものですから、疲れてしまいまして」


「そうか。じゃあ、すこしやすんでからでかけるか」


「はい、ありがとうございますっ!」


 風彦は、満面の笑顔で頭を下げた。

 顔を上げたところで、風彦はくるりと周囲を見回す。

 そして、少し気恥ずかしそうな笑顔を作る。


「あの、水彦にぃ。ここは、食事所もされているんでしたよね?」


「おお。うまいぞ」


「じゃあ、ここでなにか食べていってもいいですか? その、急いできたもので、朝から何も食べていないんです」


「そうだな。なら、なにかたべていくか」


 恥ずかしそうに頭を掻く風彦に、水彦は大きく頷いた。

 腹ペコの辛さは、水彦もよく知っている。

 魔獣を狩るために森に入り、オヤツを抜く事になったときなど、絶望的な思いをしたものだ。

 それ以来、水彦は狩りに行く時、必ずお菓子類を持ち込むようにしていた。

 まあ、実際に持たされているのはキャリンなのだが。

 基本的に水彦は、自分の欲求には忠実なタイプなのである。

 水彦が許可が出て、風彦はぱっと表情を輝かせた。


「よかったっ! もう、おなかぺこぺこだったんです!」


「ここの料理は、とっても美味しいですよ。料理人の腕がいいですから」


 そういったのは、キャリンだった。

 木漏れ日亭の店主兼料理人であるアニスは、キャリンの幼馴染だ。

 その贔屓目もあるのだろうが、この店の料理はキャリンの好物であった。

 より正確に言えば、アニスの作る料理が、である。


「うわぁっ! すっごくたのしみですっ! あ、そうだっ!」


 風彦はいいことを思いついた、という風に手を叩いた。

 門土とキャリンの顔を見ると、にっこりと笑顔を見せる。


「宜しければ、皆さんもご一緒にいかがですか? ついでに、普段の兄の様子なんかを、聞かせて下さると嬉しいですし。村のみんなにも、聞かせてあげたいですし」


「おお、そうだな。いっしょにくっていくといい」


 風彦の申し出に、キャリンと門土は顔を見合わせた。

 折角の兄妹の水入らずである。

 普通なら遠慮するところだろうが、風彦も水彦も本気で誘ってくれているように見えた。

 それに、普段の水彦の様子を聞きたい、という風彦の望みを考えれば、それも理解できる。

 少なくともキャリンと門土が知る限り、水彦は口数が多いほうではない。

 今どんな暮らしをしているかなど、語って聞かせられるタイプではないのだ。

 妹であるというのなら、そのことは重々承知している事だろう。

 であれば、アインファーブルに出てきた兄の近況は、一緒に居る人間に聞いたほうが早いとわかっているはずである。


「じゃあ、お邪魔でないようなら、ご一緒させていただきます」


「ここの飯はうまいでござるからなぁ! はっはっは!」


「よかったっ! うれしいですっ!」


 そういいながら、風彦は満面の笑みを輝かせた。

 計画通りだ。

 これで、キャリンと門土をこの場に足止めすることが出来た。

 丁度お昼時なので、アニスが木漏れ日亭を離れる事もないだろう。

 後はギルドの職員が迎えに来るのを待てば、第一関門突破である。

 そう、これはあくまで仕事。

 仕方なくやっていることなのだ。

 そのついでに、無愛想ながら自分の事を気にかけてくれている可愛らしい兄と。

 超常識人オーラ全開で近くにいると落ち着くキャリン。

 そして、カッコ可愛い系のもふもふ兎人に囲まれて、幸せすぎるランチをとることになったのは、あくまで役得。

 もとい、仕方が無い事なのだ。

 ああ、せめて一時間!

 五十分でもいい!

 ギルドの人たち、ゆっくり来てくださいねっ!

 風彦は心の底から、そう願った。

 結局ギルド職員が彼らを迎えに来たのは、この三十分ほど後のことである。

 その迅速な仕事ぶりに、頼もしいのか切ないのか、微妙な心境になる風彦であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 見直された土地の、ほぼ中央。

 八つの樹木と、三つの社に囲まれたその場所で、赤鞘はぼけっとした顔で体育座りをしていた。

 やや斜め上方向を眺めながら、口を半開きにているその姿は、心の底からぼけっとしているようにしか見えない。

 だが、この間にもしっかりと土地の管理の仕事は続けていたりする。

 どんな時でも仕事を忘れない。

 それが、赤鞘のモットーだ。

 というか、仕事をし続けてないと不安で仕方がなくなってくるのだ。

 ある種のワーカーホリックである。

 そんな赤鞘の隣には、エルトヴァエルが正座をしていた。

 地面に直接座っている赤鞘とは違い、一人用らしき小さなレジャーシートを敷いている。

 別に、赤鞘が罰的なもので地面に座らされているわけではない。

 単に地面と設置している面積が大きいほうが土地の管理をしやすいから、こんな状態になっているのである。

 エルトヴァエルは、片手に書類束を持ちながら、余った手でタブレット端末を操作していた。

 行っているのは、昨今の見直された土地を取り巻く状況の確認だ。

 やはり芳しくないのか、その表情は険しくなっている。


「なんだか、たいへんそうですね?」


 赤鞘から声をかけられ、エルトヴァエルははっとした様子で隣を振り向いた。

 どこか心配げな赤鞘の顔に、苦笑を漏らす。


「いえ。こまごまとしたことが多いもので」


「こまごまとした事、ですか?」


 返ってきた言葉に、赤鞘は不思議そうに首を傾げた。

 赤鞘から見たエルトヴァエルは、仕事の出来るすごい天使だ。

 そんなエルトヴァエルが難しそうな顔をするのだから、大変なことなのだろうと、赤鞘は考えていた。

 だが、実際は「こまごまとした事」だという。

 エルトヴァエルは一つ頷くと、手に持っていたタブレット端末を赤鞘に見せた。


「まず、近々のこと。ギルド、ホウーリカ、スケイスラーとの面会の件です。彼らが見直された土地に滞在中に使用する宿泊施設の準備。これが、意外と難航しています。場所はエンシェントドラゴンさんの巣に決定したのですが、その建設に苦労しているんです」


「おおう。なんか思いもよらないところが」


 こまごまと、というから、赤鞘的には「鉛筆が足りない」とか「コピー用紙が無くなりそう」とか。

 そんなレベルのものだと思っていたのだ。

 だが、エルトヴァエル的な「こまごまとした事」というのは、赤鞘のものよりもかなり大きなもののようだった。


「宿泊施設のハコを作るのは、巣の管理システムが速やかにやってくれてはいるのですが、問題は内装の方でして。カーペットなどは、まだこの土地で生産するのは難しいですから。外部で買って来るのも困難ですし。そもそも、物資を安全に買い付けられるようにあの三団体に協力を仰ぎたい訳で。そのための顔つなぎをするのに、大量の物資が必要、というのが、今の状態ですから」


「はぁ。なるほど」


「特に問題なのは、布なんです。木材は森から。金属は土彦さんが魔法で。食器の類は、アグニーさん達が、それぞれ何とかしてくれています。ですが、布だけは外から買ってくるしか方法が無かったんです」


「ああ、そういえば、だからこそ水彦はまず服を送ってくれたんでしたよね」


 少し前まで、アグニー達は着の身着のままの生活を送っていた。

 いくら器用な彼らでも、準備も無しに布地を作るのは不可能だったからだ。

 だから、外貨獲得のために外へ出た水彦は、最初の物資を衣服中心にしたのである。

 まあ、衣服のチョイスはかなりアレだったわけだが。


「そうです。ですので、今回は非常手段に訴える事にしました」


「非常手段? ですか? なんだか物騒ですねー」


「いえ、危険はありません。ただ、湖の浮遊島に住んでいる精霊さん達に、お手伝いしてもらう事にしたんです。森の植物を集めて、それを精霊の力で繊維状に分解。土彦さんに作って貰った製糸機と機織機で、布にしているんです」


「おー」


 なにやら大掛かりそうな単語のオンパレードに、赤鞘は感嘆の声を上げた。

 とはいっても、内容は八割がた理解できていない。

 相変わらずのポンコツな雑魚神様っぷりだ。

 それでも、疑問を持つところは有ったらしい。

 気が付いたように首を傾げると、不思議そうに口を開く。


「それって精霊さん達が作った布、って感じになるんですよね? なんか伝説のアイテムっぽい感じに成るんじゃありません?」


「はい。作った精霊さん達の力が宿ってしまうので、かなり丈夫なものになります。地球で言えば、天女の羽衣等と言ったものと同じようなものでしょうか」


「え。それを普通の布地として使うってことは、その。タオルとかカーテンとか?」


「布団やカーペットなどにも使う予定です」


 赤鞘は神妙な表情を作り、唸り声を上げた。

 布というのは、生活の様々なところに使うものだ。

 それら一切合財を、天女の羽衣級のアイテムで固めるというのは、如何なものだろう。


「流石にそれはあのー、どうなんですかね?」


「仰りたい事はわかるのですが。緊急の場合ですので。それに、なんといいますか。バレなければいいかな、と」


「ああ、それもそうですよねぇー」


 困ったように言うエルトヴァエルの言葉に、赤鞘は大いに納得した。

 緊急だから、バレなければ、などという逃げの言葉は、赤鞘の大好物なのだ。


「今は製糸機と機織機の数が足りないので生産数は多くありません。ですが、面会の時までには何とか間に合う予定です」


「いやー。それは何よりですねぇー。そういえば、何人ぐらい来る予定なんです? それによってけっこう準備するものも変わってくると思いますけど」


「今回は、各三十人弱ずつ。合計でも、百人は超えない予定にしています」


「おおう。思ったより多いですね」


 エルトヴァエルから伝えられた人数に、赤鞘は驚いたように目を見開いた。

 だが、すぐにそれも当たり前か、と思い至る。

 なにしろ、相手は大物ばかり。

 一国の宰相、お姫様、ギルド長。

 その誰もが、重要人物だ。

 身の回りの世話人も必要だろう。

 護衛だって、少なくない人数を用意しなければならないはずだ。

 そう考えると、逆に少ない人数のようにも思えてくる。


「あー。でも、そうか。逆に少ないんですかね?」


「地位と照らし合わせれば確かに少ない人数かもしれません。ですが、現実的にそこまでたくさんの人数を迎え入れるのは、難しいですから」


「それもそうですねぇー。テントで寝ろ、って訳にも行かないでしょうし」


 ただでさえ相手を呼びつけるのだ。

 おもてなし立国日本の神様としては、寝袋で寝かせるわけには行かないだろう。

 もちろん場合によってはそれも仕方ないだろうが、今回はそういうわけではない。


「まあ、護衛やら警備やらは、ある程度こちらで用意すればいいですよね」


「ええ。湖の精霊さん達に手伝っていただく予定です」


 湖に住んでいる精霊達は、いわゆる上位精霊達だ。

 警備としては、申し分ない力を持っているといえる。

 一応この世界ではかなり尊い存在でもあるので、守られるほうが萎縮するという問題はあるだろうが。

 まあ、その辺は「この土地にはたくさん居るから気にしないで」とでも言うしかないだろう。

 余計に心労を与えそうなものでは有るが、我慢してもらえば大丈夫なはずだ。


「アインファーブルまでは個々に警備をしていただき、そこからは限られた人数だけで見直された土地に入ってもらう。という流れになるでしょうか。アインファーブルに残る人員の扱いや、アインファーブルへの入り方などなど。そちらもこまごまと取り決めるところが多いんです」


「はぁー。偉い方々が動くとなると、大変なんですねー。やっぱり却ってご迷惑かけちゃいましたかねぇー?」


「いえ。赤鞘様にお会いできる事を、楽しみにしているでしょうから。迷惑だなどとは、思わないですよ」


 神様に直接会える機会など、そう有るものではない。

 この世界の、それも地位のある人間ならば、例えどんな事をしてもその機会を逃すような事はしないだろう。

 赤鞘の感覚としては、神様というのはそこら中にいるものであった。

 神社や、道に祭られた地蔵堂。

 日本には、文字通りそこら中に神様に会える場所があるのだ。

 首を傾げる赤鞘をよそに、エルトヴァエルはその他の「こまごまとした事」の例を挙げていく。


「アグニー村に行って頂いたディロード・ダンフルールさんですが、そのままあちらにいてもらう事に成りました。アグニーさん達に必要な物資の確認や、収穫物の記録などで、役に立っているようですし」


「あー。アグニーさん達って、そういうの苦手そうですしねぇー」


「数を数えている途中で、他の事にすぐに気をとられてしまうようなんです。アグニー文字という独自の文字文化もお持ちの方々なのですが。その、なんというか。やはりほかの事に気を取られてしまうようでして」


 物を作っているときや狩りのときなどは、アグニー達は驚異的な集中力を発揮する。

 だが、如何せんそれ以外の所では、ものすごく注意力散漫で、落ち着きが無い種族なのだ。

 何か危険な気配を感じ取ればすぐさま走り出し、楽しそうな声が聞こえれば混ざる為に走り出してしまう。

 結界という言葉を聞いた日には、そこらじゅうのアグニーが集まってくる事だろう。

 アグニーというのは基本的に、スペックの振り方がおかしな種族なのだ。


「それから、ボルワイツとミシュリーフの戦争に、メテルマギトが干渉をすることになったようですね。どちらかがアグニー族を捕まえたという情報はありませんが、念のために調べる必要があるかと。アグニーさん達といえば、ステングレアが本格的にアグニー探しに力を入れ始めたようでして。そちらの動きも気になります。そういえば、ホウーリカも今回の赤鞘様との謁見やアグニー族の件を理由に、一部貴族や富裕層の粛清を推し進めるようですし、そちらも気にかかりますね。ほかにも……」


「はぁー。そうなんですかぁー」


 つらつらと説明をするエルトヴァエルに、赤鞘は納得した様子でこくこくと頷く。

 無論、内容は殆ど頭に入っていない。

 とりあえず頷いているだけなのだ。

 基本的に、頭を使うことはからっきしな神様なのである。

 まあ、差して頭を使うほどの内容でもないわけだが。


「それから、それらより重要度が高い問題としては。ガルティック傭兵団の準備が整いつつある、ということでしょうか。今回の面会が終わったら、いよいよ本格的に動いて貰う予定です」


「あー。捕まってるアグニーさん達を奪還しに行くんでしたよねぇー」


 様々な場所に捕まっているアグニー達の救出は、重要な事だろう。

 何しろ、土地の住民に成る予定の者達なのだ。

 少なからず、赤鞘の関心事でもある。

 無事に連れ出せればいいなぁ、と思っていた。

 とはいえ、それ以上のことは出来ない。

 赤鞘自身に出来る事が、ないからである。

 人間だった頃から、赤鞘はどちらかというと脳筋タイプであった。

 知恵やアイディアを出して、ガルティック傭兵団などを支援する事は出来ない。

 かといって、赤鞘が直々に動くのも、論外だ。

 神様が直接動いたとなれば、なんやかんやでエライコトになるだろう。

 特に赤鞘が関わったら、ろくなことにならない事請け合いである。


「それから……近々に考える事があることといえば、アレでしょうか」


「なにかあるんですか?」


「面会のために来る皆さんにお出しする、食事の事です。なるべくこの土地で取れた食材を使おうと思っているのですが。ポンクテに関して少し問題が」


 ポンクテというのは、アグニー達の主食になっている植物だ。

 芋科の植物なのだが、食べるのは蔓に付く、いわゆる「ムカゴ」と呼ばれる部分である。

 アグニー達はこれを非常に好んでおり、何種類もの品種を作り出すほどであった。


「品種によって味が異なるものですから、ここはアグニーさん達に最も良いものを決めて頂こうと思ったのですが。そのことで、意見が対立しているようなんです」


「あらら。大変じゃないですか」


「ええ。どの品種がいいかで、しまいにはにらめっこ対決にまで発展しているようで……」


 にらめっこ対決。

 恐ろしく平和そうな対決に聞こえるかもしれないが、危機察知能力が高いアグニー達にとっては、白熱した激戦を意味している。

 フツウのにらめっこは、面白い顔をして笑わせた方が勝ち、というものだ。

 だが、アグニーの「にらめっこ対決」は、それとは少し違う。

 お互いに怖い顔をして、逃げ出したほうが負けになるのだ。

 すぐに決着が付きそうな対決にも見えるのだが、じつはこれには落とし穴がある。

 相手が怖がって逃げ出すほどの「コワイ顔」は、それをやった当の本人にとっても怖いものであることが殆どだ。

 なので、コワイ顔をした本人も、自分のコワイ顔に驚いて逃げ出してしまうのである。

 もちろん、対決を見守っている周りのアグニー達だって逃げ出す。

 まったく決着が付かない、泥仕合だ。

 一番たちが悪いのは、アグニー達自身が、「これって絶対に決着つかないやつなんじゃない?」と気が付かないところだろう。

 つくづく、アグニー族の生態は底が知れない。

 エルトヴァエルの話を聞いた赤鞘は、にわかに表情を真剣なものに変える。


「なるほど、確かに品種によって味が違いますからね」


 以前アグニー達がお供えしてくれたことで、赤鞘もポンクテの味は知っていた。

 たしかに、それぞれに違った味わいがあったのを覚えている。

 味、食感、などなど。

 それぞれに違いが有り、なかなか興味深かった。

 米の品種ごとの味の違い、とでもいえばいいのだろうか。

 個人個人で、好みが分かれそうだと、赤鞘も思っていた。

 意見が分かれるというのも、納得である。

 どこの作物が美味いか、誰が作ったコメが美味いか。

 この手の事は、長年農村の神様をやっていた赤鞘にとって、重要な問題であった。


「うーん。難しいですねぇー。そうだっ!」


 腕組みをして唸っていた赤鞘が、突然手を叩いた。

 エルトヴァエルの顔が、サッと青くなる。

 それを知ってか知らずか、赤鞘は喜色満面の顔で続けた。


「私に、いい考えがあります!」


 これは絶対に碌なことにならないな。

 そう思いながら、けっして口には出さない、心優しいエルトヴァエルであった。

久方ぶりの更新です

あまらさんもいそがしかったのよ・・・

しばらくはがんばって更新ペース上げたいです(希望


最近、設定の数がすげぇ増えてきて私自身パンク気味です

だれかwikiとかつくってくれないかなぁ・・・(ちらっ ちらっ


いやほら

こういうの自身で作ると負けた気になるし・・・


次回は、シェルブレンさんがお船に乗るシーンと、赤鞘に会いに行く人たちの話が書きたいです


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