百十一話 「なんか。面白い種族なんだなぁ。アグニーって」
無事にアグニー達の集落に到着したディロードは、村の集会場に案内されていた。
アグニー建築定番の高床式になっているその建物へ入るには、はしごを上る必要がある。
体格だけは良いディロードにとって、アグニー基準で作られたはしごは若干きつそうであった。
「おっとっと。これ気をつけないと足引っ掛けて落ちちゃうなぁ」
足元を気をつけながら、ディロードはおっかなびっくり昇っていく。
入り口も若干小ぶりでは有るが、屈む必要は無い程度だった。
ただ、背中の翼がどうしても邪魔になってしまい、こまめに動かさなくてはいけないようだ。
アレヤコレヤと悪戦苦闘しつつも、何とか建物の中に入ることが出来た。
ほっとため息を付くディロードを見て、長老は面白そうに笑う。
「ふぉっふぉっふぉ。狭くてすまんのぉー。ワシら、からだがちいさいものじゃからのぉ」
「あ、いえ、全然。僕の翼って無闇にデカイもんで。大体どこでもひっかかるんですよ。邪魔で仕方なくて」
首を振るディロードに、長老は何事か感心した顔で頷く。
先に集会場に入っていたアグニー達も、興味深げな様子で翼に注目し始める。
「すっげぇー! かっこいー!」
「くろいもんなぁー」
「けっかいー」
「くろいとかっこいいよなぁー」
どうやらアグニー的なかっこよさの基準は、かなりゆるいものらしい。
ワイのワイのと騒ぐアグニー達に囲まれながら、ディロードは頭を掻きつつ集会場の中へと入っていく。
中を見回すと、木造建築であることが見て取れた。
調度品などは殆ど無いのだが、なぜかアインファーブルのタペストリーが飾ってある。
観光地のみやげ物屋などで見かける、アレだ。
「うわぁ。これ買う人いるんだぁ」
「ああ、それはですのぉ。水彦様がおくってくれたしななのですじゃ」
「みずひこさまっていうと。ああ、なんか土彦さんのお兄さんだとかっていう。前に散々聞かされたなぁ」
なんだかんだと土彦と接する機会が多かったディロードは、水彦のことについても聞かされていたのだ。
如何に素晴らしい兄であるか、といったような内容の演説だったのだが、残念ながら内容は殆どは覚えていなかった。
九割がた寝ながら聞いていたからである。
タペストリーを眺めていたディロードだったが、ふとある事を思い出す。
「そういえば、水彦さんってガーディアンさんが皆さんの服とか調達してきたでしたっけ?」
「そのとおりですじゃ。よくしっておるのぉ」
「いろんな服をおくってもらったんだよなー」
「けっかいー」
「このふくも、もらったやつなんだぜー」
自分の着ている服を自慢するように、アグニー達はそれぞれにポーズをとる。
ディロードはそれを、ぐるりと見回した。
園児服、看護婦、ワンピース、スクール水着、ひらひらのお姫様っぽい服。
その他諸々、何やら妙に可愛らしいものばかりに見える。
恐らくアグニーの可愛いビジュアル力のせいもあるのだろうが、如何せん仮装パーティーではしゃぐ子供感が拭い去れない。
「なんか、やっぱりあの人のお兄さんなんだなぁ。むちゃくちゃっぷりが似てる気がする」
ちなみにアグニー達に送られた物資を選んだのは、水彦ではない。
適当に注文しただけなのだ。
なのでこれは濡れ衣なのだが、無茶苦茶というのは間違いないので、特に問題ないだろう。
「立ち話もなんですからのぉ。どうぞ、すわってくだされ」
「あ、どうもありがとう御座います。じゃあ、お言葉に甘えて」
促されるまま、ディロードは腰を下ろした。
集会場には椅子などはなく、床の上にクッションが並べられている。
手作りと思われる植物の繊維を束ねて作られたものから、既製品っぽいものまで、種類はてんでバラバラだ。
恐らく、手作りっぽいものはアグニー達が作ったものだろう。
既製品のほうは、水彦が送ってくれたというものだと思われる。
ディロードが座ったのを確認すると、長老もクッションの上に座った。
マークやスパン、ギンといったいつもの面子も、いつの間にか集まっている。
「あ。樽、運んでもらっちゃって。ありがとう御座いました」
「なになに、あれは重かったからのぉ。ひとりではむりじゃろうて」
ディロードが詰められていた樽は、アグニー達が集落まで運んでくれている。
可愛らしいアグニーがゴブリン顔になって力仕事をしている姿は軽いショッキング映像だったが、ディロードは殆ど動じていなかった。
事前情報が有ったというのもあったが、当人の肝の太さもあるだろう。
驚くのも面倒くさかったという可能性も、勿論あるのだが。
「ホントは捨てときたいんですけど、なんか土彦さんが回収しとけって言うんですよね。もったいないからって」
MOTTAINAI精神というやつだろうか。
そういう所は、日本神である赤鞘から影響を受けているのかもしれない。
「あー。なるほどのぉー。あのたるはいいものじゃったものなぁ」
「けっかいー」
「いろいろつかえそうだったもんなー」
「ポンクテ沢山入れられそうだった!」
どうやらディロードが入っていた樽は、アグニー達にも好評らしい。
基本的に物欲に乏しいアグニーだが、物のよしあしを見極める目は持っているようだ。
良いと思う方向性には、多少難はあるようだが。
「それで、お前さんここに何しに来たんじゃね? 傭兵がどうのというはなしじゃったが」
「ああ。そこからなんですね」
一応、集会場に来る道すがら、大まかなところは説明し終えている。
のだが、残念ながら長老をはじめとしたアグニー達は、殆ど内容を覚えていなかったようだ。
樽を運ぶのが楽しくて、テンションと気持ちがソッチにいきっぱなしになってしまったのだろう。
楽しい事があると夢中になっちゃう。
それがアグニー族の特徴なのだ。
勿論、何か危険を感じたらそれも放り出して逃げ出すわけだが。
ディロードは頭を掻きながら、唸りだした。
アグニーは基本的に、難しい事が苦手な種族だ。
説明が難しすぎると、途中で寝てしまう恐れがある。
実際、集会場に来るまでのあいだに何人かのアグニーが地べたの上で寝てしまったので、ディロードは既にそのことを学習していた。
何とか噛み砕いて説明しようと、ディロードは悩みながら口を開く。
「えーと。アグニーの皆さんって、ケンカとか苦手じゃないですか」
「うむ。自慢じゃないが、わしらよわいからのぉ」
「なー、シカにもまけるもんなぁー」
「けっかいー」
「シカこわいよねー」
シカの狩りなどはするのだが、それでもアグニー的に鹿は怖い認定がされているらしい。
実際の所、アグニーの狩人の間では、鹿を狩れれば一人前だとされている。
まあ、体格の大きな鹿だと、怖くて逃げ出してしまうのだが。
「だから、何かあったときに代わりに戦ってくれたりするような傭兵が居たらいいんじゃないか。って、赤鞘様? だっけ? が、考えたらしーんですよ」
正確には赤鞘が考えたわけではないのだが、話しが複雑になるのでそういうことにした。
最終的にゴーサインを出したのは赤鞘なので、大きく間違ってもいない。
アグニー達はぽかーっと口を開け、感心したように頷いている。
個人ではなく、その場に居るアグニー全体が同じような顔をしているのだ。
どうやらこれが、アグニーの驚きの表情らしい。
美しさではエルフにも引けを取らないと唄われるアグニー達がぽかーんと口をあけている姿は、間抜けさと可愛らしさが同居していて中々見ごたえのある。
「そんなかんじで、呼ばれたのがガルティック傭兵団な訳なんですけどね」
「なるほどのぉー。で、お前さんはがるてぃっくようへーだんの、団員ということじゃな?」
「まあ、不本意ながらそんな感じですかね」
ぼやくようにいいながら、ディロードは半笑いを浮かべた。
アグニー達に負けず劣らず整った顔立ちのディロードは、そんな表情でも様になっている。
現在集会場の中には顔が整ったものしかいないのだが、どういうわけが全員がどこかしら残念な感じだった。
もしこの場にエルトヴァエルが居たら、頭を抱えていただろう。
「しかし、そんなにたたかうようなことあったかのぉ。この辺は平和じゃし、わしらなにかあったらにげるからのぉ」
長老は腕組みをして、首を捻りながら言った。
他のアグニー達は、こくこくと頷いている。
アグニー族というのは、基本的に戦いを徹底的に避ける生き物だ。
危険なものには近寄らないし、そもそも危険だと思う前に本能的に逃げ出す。
その反応はとてつもなく早く、もはや戦うとか戦わないとか、それ以前の問題だ。
「そうらしいんですけどね。まあ、想定してるのはアレなんですよ。皆さんのお仲間の奪還とか」
「うむ? おなかまのだっかん?」
「だっかんてなんだ?」
「けっかいではなかろうか」
「たぶんちがうとおもう」
奪還という言葉は難しかったようだ。
ディロードは悩むように眉間に皺を寄せる。
「えーと。捕まってるアグニーを、助け出すかんじで?」
「あー! それのぉー!」
「それをだっかんっていうのかぁー!」
「すっげぇー!」
どうやら、分かってもらえたらしい。
安心したように、ディロードはため息を吐く。
言葉の意味が分かったところで、アグニー達は腕を組んで唸り始める。
「そっかー。捕まってるやつらなぁー」
「たすけにいきたいけど、おれたちじゃむりだもんねー」
「けっかいー」
「なるほどなぁー。そういうのもあるのかー」
皆それぞれ思うところがあるのだろう。
外面的には可愛らしさしか伝わってこないが、皆真剣な面持ちだ。
「たしかに、たすけられるならたすけてあげないとなぁー」
「ひどい目にあってるなら、たすけないとだよね」
「でも、アグニー族って言うのは意外と図太いからなぁ。案外、その場に馴染んでたりもするもんなんだけど」
難しい表情で言ったのは、猟師のギンだった。
その言葉に同意するように、他のアグニー達はうんうんと頷く。
とにかく逃げる事に特化したアグニー族だが、ギンの言うとおり図太い部分も確かにあった。
捕まっても、そこでそれなりに幸せにやっている。
意外と、そういうアグニーは少なくないのだ。
長老はうんうんと頷きながら、思い出すように上を見上げる。
「わしがこどものころに、旅に出た友達がおってのぉ。十年ぐらいかえってこんかったんじゃが、街にいったときにばったり出くわしたんじゃ。そしたら、なんか貴族に捕まってたらしくてのぉ」
「けっかいー」
「おー。それで、どうなったんだ?」
長老の思い出話に、みんなの注目が集まった。
特に目を丸くしているのは、ディロードだ。
どこの国かは分からないが、貴族が希少な種族を集めるのは珍しい事ではない。
アグニー族といえば、入手困難な種族の筆頭格と言ってもいいだろう。
余り褒められた趣味ではないが、そういったものの愛好家にとっては喉から手が出るほど欲しいはずだ。
だが、長老の話には妙なところがある。
どうして、貴族に捕まっていたアグニーに会えたのか。
長老は懐かしむように遠い目をしながら、続きを話す。
「じゃが、なんやかんやあって、その貴族と仲良くなったそうでのぉ。そいつが街の屋台でお菓子を食べているところに、たまたま出くわしたんじゃよ。それで、わしもお菓子をごちそうになったんじゃ」
「うわぁー。いーなー」
「最近甘いものたべてないもんなぁー」
「けっかいー」
「なるほど、けっかいもいいなぁ」
羨ましがるもの、納得するもの。
アグニー達の反応は区々だったが、どれも好意的な様子だ。
だが、同じ話を聞いたはずのディロードの表情は、盛大に引きつっていた。
状況が理解できなかったからだ。
ちょっと理解の範疇を超えてしまっているらしい。
そんなディロードの頭の中に、声が響く。
声の主は、ディロードの体内に埋め込まれた人工精霊、マルチナだ。
「マッドアイ・ネットワークを通じて、土彦様の蓄積情報から検索をかけてみました」
その声は、ディロードの頭の中だけに届けられていた。
体内に埋め込まれていることを利用して、情報を直接、頭に送っているのだ。
「どうやら今の話は本当なようです。そういった個体が実際に居るらしいですよ」
「それ、どうやって調べたの?」
周りに居る者が聞き取れない程度の、極々小さな呟き。
普通なら聞き取れないのだろうが、マルチナはディロードの体内に埋め込まれているので、特に問題はない。
「ギルドの端末にアクセスしました。土彦様がアインファーブルまで引いたトンネルを通し、回線が出来上がっています。ギルドと交渉も済んでいるそうですよ」
「仕事早いなぁー」
ぼやきつつ頭を書くと、ディロードは思考をめぐらせ始めた。
アグニー族というのは、特殊な種族だ。
事前に仕方なく覚えてきた資料に寄れば、仲間思いではあるが、とにかく逃げまくる種族なのだという。
なんとも奇妙な習性だ。
仲間を守りたいと思うのであれば、防御を固めれば良い。
丈夫な住処を作ればいいのだ。
逃げ隠れが得意で、群を作る動物の多くも、そうしている。
自分の巣を放棄するほど逃げ回る動物というのは、そもそも余り群を作らない。
勿論それは野生動物の例であって、必ず人種の生物に当てはまるとはいえないだろう。
それでも、アグニーがほかに類を見ない、珍しい性質を持っているのは間違いないはずだ。
先のアグニー達の言葉も合わせると、どんな事が考えられるのか。
「逃げたら逃げたで、そこで新たに村とかを作るのか。場所に対する執着よりも、その場その場で生きるって感じなのかね。だから、離れた仲間も幸せに生きてるならそれで良い。ってところなのかな?」
ディロードは眉間に皺を寄せると、唸りながら首を傾げた。
事実、アグニーにはそういった傾向があった。
村落を作っても、危険だと思ったら躊躇なくそれを捨てて逃げる。
仲間と離れるのは寂しいけど、元気でやってるならそれはそれで良い。
そういう気質なのかもしれない。
普段は面倒くさがりなディロードがわざわざそんな事を考えているのは、今後の事を想定しているからだ。
なんやかんやで、このままだとディロードはアグニー達との交渉役にさせられるだろう。
そうなった時、相手のことがよく分からないでは仕事がしにくい。
参考になる資料のようなものでもあればいいのだろうが、残念ながらアグニーは他種族にとって謎の多い種族だ。
分からない事も多く、専門の研究所のようなものも存在していない。
今のうちから少しでも情報を集めておくのは、間違いではないはずだ。
「じゃー、つかまったところで普通にくらしてることもあるのかー」
「けっかいー」
「そうだったら、そこでくらしててもいいんだもんなぁー」
「でも、ひどい目にあってるかもしれないよー?」
「そこなんじゃよなぁー」
アグニー達が相談している声に、ディロードは思考のそこから意識を浮上させた。
そして、彼らの悩みの、簡単な解決策を提示する。
「じゃあ、とりあえず僕らが会いに行ってみて、ここの事を伝えてですね。来たいっていったらつれてくる。その場所にいたいっていったら置いて来る。って感じでどうでしょう?」
「それじゃ!」
「結界!」
「そういうのもあるのかぁー!」
「それならあんしんだよなぁー!」
どうやら、アグニー達のお気に召したらしい。
アグニーという種族は、基本的に感情に正直な種族である。
その場所に居るのが嫌なら、この集落に来たいと言うだろう。
もし今居る場所の居心地がいいなら、残るというはずだ。
それで問題があるようなら、エルトヴァエルなり土彦なりに指示を仰げばいい。
「しかしのぉ。傭兵さんたちを雇うようなお金は、わしらもっておらんのじゃよ」
「あー。それなぁー」
「おかねないねー」
「ここだと、つかわないもんなー」
「ああ、それに関しては、こっちからお願いがありまして」
落ち込みかけたアグニー達だったが、ディロードの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「おねがい?」
「けっかい?」
「たぶんちがうよ。にてるけど」
「そう、お願い。お金じゃなくてですね。お代は食料でいただけたらなぁー、って思ってまして」
「たべもののぉ。ポンクテなら沢山あるんじゃが」
赤鞘が土地を管理してくれていることと、調停者が畑の面倒を見てくれていること。
この二つが重なった事で、アグニー達の畑はとてつもない豊作に恵まれていた。
それこそ、数年では消費しきれないぐらいのポンクテが取れている。
このまま放って置いても腐らせてしまうだけなので、この申し出はとてもありがたかった。
「しかしのぉ。ポンクテはわしら以外の種族は、あまり食べないと聞いたんじゃが」
「そうだよなぁー」
「けっかいー」
「おいしいのになぁー」
事実、ポンクテを栽培している地域は、多くはない。
いってみれば、マイナー作物の一つだ。
自分達にとって見れば主食だが、他の場所ではあまり食べられていない。
そのことは、アグニー達もよく知っていた。
だが、ガルティック傭兵団側としてみれば、それは十分に報酬になりうるものなのだ。
「いやぁ、そんなことありませんよ。傭兵の人たちって何でも食べるみたいですし。それにほら。ここで取れた作物なら、欲しがる人いくらでも居ますしねぇ」
自分達が食べないにしても、需要ならいくらでもでてくるだろう。
なにせ、神域で作られた作物なのだ。
販売できる相手は、「見直された土地の結界が解かれたことを知っている」国の、機密に触れることができ、それを守れる人間に限られはする。
それでも、いや、それだからこそ欲しがるものはそれこそいくらでも居るだろう。
神域で、調停者の加護の元で作られた食物だ。
ご利益があるどころの騒ぎではない。
精霊の力を受けて作られた食物というのは、時折市場にでる事がある。
身を清め、病を払うという触れ込みなのだが、事実としておおよその病や怪我は治ってしまうのだという。
精霊の加護をうけた「だけ」でそれならば、さらに「神域で育てられた」というのが付いたら、どうなってしまうのか。
想像に易いところだろう。
そんなことと知ってか知らずか、アグニー達の表情がぱっと輝いた。
「それでいいなら、ぜひおねがいしたいのぉ!」
「うわぁーい! よかったなぁー!」
「けっかいー!」
「湖に行ってタックルしようぜ!」
「とおいからなぁー」
アグニー達は口々に歓声を上げると、飛び跳ねて喜んだ。
リアクションがいちいち大げさなのも、アグニーの特徴である。
そんな様子に、ディロードは半笑いを浮かべた。
「いや、あのー。まだ準備できてないんですけどね? まだ先の話なんで」
「そーなのかぁー。でも、しかたないよなぁー」
「うむ。たいへんなことじゃろうからのぉ」
「けっかいをつくるのぐらいたいへんかな?」
「多分その位大変だ」
「すごいたいへんじゃないか、それ」
結界が引き合いに出された事で、アグニー達は真剣な顔で頷きあった。
アグニー達にとって、結界は一大事なのだ。
それと同じぐらい大変となれば、それはもう、凄まじい事に違いない。
納得するアグニー達だったが、残念ながらディロードには意味が伝わっていなかった。
結界がアグニーにとってどんな意味を持つものなのか、よく分かっていなかったからだ。
後で確認しよう、と考えたところで、ディロードはもう一つ仕事を思い出した。
「ああ。そうだ。それで、ですね。これも提案なんですが。食べ物をですね? 生活必需品と交換して欲しいんですよ」
「せいかつひつじゅひん?」
「けっかいだろうか」
「そうかもしれない」
「いや、結界ではないかなぁ。えーと、ほら、服とか、スプーンとか?」
ディロードの言葉に、アグニー達はポンと手をたたいた。
一応、生活必需品という言葉は知っていたらしい。
「ひつじゅひんなぁー」
「ひつじゅだもんねー」
「無いと困るやつだなー」
「結界のことかな?」
「たぶんそうだよ」
恐らくアグニー族にとって、結界は生活必需品なのだろう。
一人納得しつつ、ディロードは話しを進める。
「いや、なんかいろいろあってそういったものが余ってましてね? 食べられるものと交換してもらえると、うれしいなぁーなんて」
「そういうことならば、わしらとしてもありがたいのぉ。ポンクテは余って居るのじゃが、服やら鉄材やらはまだ不足してるんじゃよ」
一応の分は届けてもらったものの、それでも十分とは言いがたかった。
今の時期はまだいいが、見直された土地周辺も冬になれば冷え込んでくる。
そうなれば、暖かい服や毛布なども必要になるだろう。
他にも、アグニー達が手作りできないものは、外から手に入れてくるしかない。
ディロードは大きく頷くと、満足そうに笑う。
目元は眠そうな半開きだが、それでも顔形が整っているおかげか、その笑顔は実に画になる。
「じゃあ、決まりですかね。まあ、細かいところはもっと詰めないといけないですけどね。詰められたらですけど」
アグニー族は難しい事が苦手なので、細かい打ち合わせが出来る可能性は限りなく低いのだ。
普通ならかなり問題があるのだろうが、今回は場合が場合である。
正直アグニー達からは何も報酬がなくてもいいのだし、何とでもなるだろう。
「よかったなぁー! これで、いろいろなものがよういできるぞー!」
「けっかいー!」
「もっといい家もたてられるかもなー」
「家具も作ろう!」
嬉しそうなアグニー達を見て、ディロードはとりあえずほっとため息を吐いた。
非常に面倒では有るが、きちんと仕事をして帰らなかったらどんな目に合わされるか分からない。
躊躇なく人を樽に詰めて射出するような連中なのだ。
出来るだけ働きたくないし、寝てすごしてはいたい。
だが、命あってのものダネである。
息をするのもメンドクサイのに仕事をさせるなんて。
何てひどい連中なんだろう。
そんな事を、ディロードは考えていた。
「おお、そうじゃ。お前さん、どうやって帰るんじゃね?」
「へ? あ、そうか」
長老の質問で、ディロードは肝心のことを思い出した。
ここから土彦の地下ドックまでは、かなりの距離がある。
樽というデカイ荷物があるので、帰るにはかなり苦労するはずなのだ。
ディロードは小さな声で、マルチナに呼びかけた。
「マッドアイ・ネットワークにアクセスできるっていってたよね? 土彦さんにお迎え頼んでよ」
「それでしたら、既に指示を受けています」
「想定済みなのね。そりゃそうか。片道切符なんだから。で、どんな内容なの?」
「翌日迎えに行くから、泊めて貰ってください。とのことでした」
ディロードはぐっと眉間に皺を寄せた。
泊めて貰え、というのは簡単だろう。
だが、突然押しかけておいてそんなことをお願いして、許可してもらえるものだろうか。
場合によっては、野宿する事になるかもしれない。
とりあえず、ダメ元でお願いするしかないだろう。
「あのー。長老さん。僕、今晩泊まるところ無いんですよ。どこか寝る場所を貸してくれると、うれしいなぁーって、思うんですけど」
「おお、それはたいへんじゃの。かまわんよ」
ディロードの予想に反して、長老はあっさりとOKを出してくれた。
アグニーは警戒心の強い種族だが、危険センサーが反応しない相手にはすこぶる寛容なのだ。
「うわぁーい! おきゃくさんだぁー!」
「キャンプファイヤーやろーぜぇー!」
「けっかいは!?」
「ないなぁー」
「そっかぁー」
どうやら、久しぶりのお客さんは、アグニー達にとって嬉しいものだったらしい。
皆それぞれに、喜びを全身を使って表現している。
何人かは、急いだ様子で外に出て言っている様子だった。
口々に、「りょうりのじゅんびしないとー!」とか「おふとんほさないとな!」などと言っているところから、ディロードをもてなす準備をするつもりらしいことが分かる。
「なんか。面白い種族なんだなぁ。アグニーって」
「恐らく、長い付き合いになると思われます」
「そうなりそうで怖いなぁ」
マルチナの予言めいた言葉に、ディロードは引きつった半笑いを浮かべるのであった。