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百十話 「ああ、えーと、僕はディロード。ディロード・ダンフルールって言います」

 いつも樽に入ってだるそうにしている男は、この日に限っては引きつった表情で樽に入っていた。

 若干顔色が青白く見えるのは、気のせいではないだろう。

 樽の男の傍らには、人工精霊であるマルチナの姿もある。

 こちらは実に落ち着いた様子で、背中の後ろで手を組み、涼しい顔で空中に浮いていた。

 男はいやそうにしかめた顔を、マルチナのほうへと向ける。


「ねぇ。これって、本気なの?」


「無論です。皆さんそのために準備をしているわけですから」


「準備って言っても。コレって。どうなの?」


 苦虫でも噛み潰すような表情でぼやきながら、樽の男は周囲を見渡した。

 男が入れられている樽は、なにやら大きくて長い鉄のレールっぽいものの上に乗せられている。

 これは可動式のカタパルトなのだそうで、上に乗っているものを重力波で打ち出すことが出来るらしい。

 現在は地面と水平になっているが、射出時はカタパルトそのものが稼動して角度を付けることが可能なのだそうだ。

 近くに設置された管制室には、数名の技術者らしき人物が見えた。

 カタパルトの周囲にも、作業員が慌しく動き回っている。


「カタパルト、最終点検完了。異常なしっと。何時でもいけます」


「予定進路上、レーダーに感無し。精度は折り紙つきだぞ。何しろ土彦さんとドクターの合作だからな」


「偵察要員から連絡。目視でも空域に障害物が無い事を確認。鳥も飛んでねぇーってよ」


「そりゃそうだよ。ここ見放された土地だもん」


「見直された土地、ですよ。間違えないようにしてくださいね」


 ぱんぱんと両手を打ち鳴らし、土彦がにこやかな笑顔でそういう。

 顔は笑ってはいるが、背負っている空気は迫力のあるものだった。

 若干魔力なども放出しているので、実際に質量のある迫力だ。


「ごめんなさいすみませんまちがいました」


「はい。良いお返事です」


 カタカタ震えながら謝る技術者に、土彦はパチリと胸の前で両手を合わせ笑顔を見せた。

 土彦を含めたこの場の全員が現在行っているのは、言わずもがな、樽の男をアグニーの集落へ発射するための準備である。

 なぜ、樽に入った人間をカタパルトで飛ばす、などというアホな事に、彼らがこれほど熱心に取り組んでいるのか。

 理由は簡単。

 要するに、新しく作ったものを早く使ってみたいのだ。

 土彦の地下ドックであるこの場所は、現在、ガルティック傭兵団と共同で装備の開発や製造が行われる中心地となっている。

 様々な画期的な武装や兵器が作られて、準備されているのだが、一つ場所的に解決の難しい問題を抱えていた。

 それは、大型装備の実働試験が難しい、というものだ。

 土彦の地下ドックは、名前の通り地下にある。

 かなり広い空間なので、マッドゴーレム程度の大きさのものであれば、実際に動かして実働試験する事が出来た。

 勿論広さ的にある程度の制約はあるものの、軽いテスト程度なら問題なく行えるのだ。

 しかし、カタパルトや砲などの射程が長いものとなると、そうもいかない。

 いくら広いとはいえ、地下という閉鎖空間には限界がある。

 まさか試験もせずに使うわけにも行かず、今後どうするかが問題になっていた。


「カタパルトは今から試験できますけど。他のやつはどうするんです? いきなり実戦投入とかならいけますけど」


「まさかそんなこと出来ませんしね。とはいえ外で大掛かりにやるとなるとどうしても目立ちますからね」


 近くに居た技術者の言葉に、土彦は眉間に指を当てて唸った。

 見直された土地は大半が荒地であり、動物どころか植物すら生えていない土地がいくらでもある。

 そこが使えれば一番いいのだが、そうも行かない理由があるのだ。


「ステングレアの王立魔道院が問題なんですよね。エンシェントドラゴン殿やらなんやらはともかく、いくらなんでも兵器の試験やら実験やらとなると目立ちすぎますし」


 見直された土地の周囲には、ステングレア王立魔道院が網を張っている。

 神が封印した土地に、不要の刺激を与えるものを遠ざける、というのがその理由だ。

 裏や別の目的無く、本当にそれだけのために活動してくれているので、今は静かに復興を進めたい見直された土地サイドとして、これ以上無い都合のいい存在である。

 とはいえ、ステングレアは見直された土地の現状を知らない。

 現状ではまだ知らせるタイミングではないと、赤鞘やアンバレンスが判断していたから、知らせていないのだ。

 知らせた場合、ステングレアは全面的に見直された土地のために動いてくれるだろう。

 だが、彼らの行動はとにかく苛烈なのだ。

 すぐに戦争を吹っかけるし、それに勝つだけの国力も軍事力もある。

 世界でも有数の優れた魔法体系を有しているので、技術力も世界最高水準だ。

 そんな彼らに、「現在の見直された土地の状況を教える」という待遇を与えた場合、どんな事になる。

 最低でも、見直された土地に不満を抱きそうな国を片っ端から潰しに掛かるぐらいの事はし始めるだろう。

 下手をしたら、「アグニー族を捕縛しているメテルマギト」に真正面から戦争を仕掛けるなどということもし兼ねない。

 というか、恐らくそうなるだろうと、エルトヴァエルあたりは睨んでいた。

 土彦も同意見である。

 そんな事態は、赤鞘やアンバレンスの望んでいたものではない。

 ステングレアや、それ以外の国に関しても。

 見直された土地の封印が解かれた事実を公表するのは、もう少し土地の整備が進んだ上で、色々と準備が整ってからでなければ都合が悪いのだ。

 ということは、当然、土地の中で目立つ事をするわけにはいかない。

 兵器のテストなど、もってのほかなのだ。

 もってのほかなのだが、テストもしていない兵器を運用する、というのもありえない話である。


「うーん。後で赤鞘様に相談してみましょう」


「あーのー! そういうことなら、コレもやめません!?」


 ぶつぶつと呟く土彦に向って、樽の男は大声を上げた。

 息をするのもメンドクサソウなこの男がそんなことをするのは、恐らくそれだけ危機感を持っているからだろう。


「おや? よく管制室の中の声が聞こえますね?」


「マイクつけっぱなしだからー! スピーカーで聞こえるからー!」


「ああ、なるほど!」


 納得したというように手を打つ土彦に、樽の男はごっそりとやる気を持って行かれた。

 普段ならここでそのまま寝に入るところだが、今はそうも言っていられない。

 このままだとカタパルトで発射されてしまうのだ。


「集音マイクで声を拾いますので、もう大声で話さなくても大丈夫ですよ」


「ああ、どうも。って、そうでなくて。いや、ホントにやめません? 危険なんですよね?」


「その点についてはご安心ください!」


 土彦は嬉しそうに言うと、パチリと両手を合わせる。


「このカタパルトのハッチは光学的な迷彩を施してあるんです! ガルティック傭兵団の方々がもっていた透明化技術を更に発展したものなのですが、コレがかなり優秀でして! 音のほうはやはりある程度どうしようもない部分があるのですが、見た目だけならばマッドトロルサイズのものでもほぼ違和感無く消し去る事ができるんですよ!」


「え、いや、でもほら、音とかすごいだろうし」


「安心してください! 周辺には消音魔法を張ってありますから! 無音にすることは流石にできませんが、かなり音を抑えることが可能です! これも既に確立した技術ですからね! 大きな音で土地の外に居る方々に気が付かれる、などと言うことはありません!」


「あ、そうなんだ」


 他に攻め口は無いかと、樽の男は頭をめぐらせる。

 ちなみに、自分の身が危ない、などの切り込み方は諦めていた。

 多分無視されると思ったからだ。

 技術者というのは、得てして人の安全とかを蔑ろにしがちな生き物なのである。

 樽の男は、そのことをよく知っていた。


「ちなみに、樽にも透明化迷彩が搭載されているそうです」


「なにそれすごい。これで目立たず安心だね。って、ちがくない?」


 落ち着いた様子でマルチナが付け足してくるマルチナに、樽の男は思わず突っ込みを入れた。

 普段なら「へーすごーい」程度で流すところだが、相当に切羽詰っているのだろう。

 樽の男は唸るように声を出すと、歯を食いしばった。


「くそっ! 仕方ない。苦渋の決断だが……自力で出るか……!」


 カタパルトにセットされた樽に入れられているだけなので、出ようと思えばいつでも出られたのだ。

 ただ、動くのが恐ろしく億劫なだけで。

 例え危険な状況でも、極力自分では動かない。

 そんな決意が、樽の男にはあったのだ。

 男は樽の淵に両手をかけると、身体を起こそうと力を込める。

 実に数日振りの自力での樽からの脱出だ。

 記念すべき瞬間である。

 だが。

 立ち上がろうとした男の体が、がくりと揺れる。

 何かに引っ張られるように、動きを阻害されたのだ。

 樽の中を見やった男の目に飛び込んできたのは、下半身を樽の中に拘束する、固定ベルトだった。


「昨日、寝ているときに土彦様が設置していかれました」


「なん、だと」


 若干劇画調な表情で、樽の男は呟いた。

 どうやら男は、かなり寝つきがいい方らしい。

 寝ているときに固定されても気が付かないレベルで。

 そうこうしているうちに、打ち出しの準備はどんどん進んでいく。


「では、ゲート開いてみましょうか!」


「ゲート開放。各作業員は注意するように」


「カタパルト、発射位置へ可動開始。弾道、再計算」


「外部風速測定結果、入力終了。誤差修正開始します」


 流石プロと言った所だろう。

 ガルティック傭兵団の面々は、てきぱきと作業を進めていく。

 容易に抜け出せないと判断した樽の男は、せめて安全を確保しようと、樽の中に潜った。

 それを見たマルチナは、満足そうに頷く。


「ついに観念しましたか」


「観念とかそういうことじゃなくない!?」


 樽の男は悲痛な叫び声を挙げる。

 が、誰も気に留める様子も無かった。


 結局、その十数秒後。

 男は強力なカタパルトで、樽ごと空に打ち上げられるのであった。




 その日も、アグニー達は元気にそれぞれの仕事をこなしていた。

 あるものは土彦に頼まれた焼き物の砲弾を作り、あるものは建物を建てる。

 また別のものは畑を耕し、別のものは壁にタックルをキメていた。

 皆相変わらず女装していたり男装していたり、スクール水着だったりしているものの、それを除けば実に穏やかな様子だ。


「いやぁー。今日も平和じゃのぉー。それもこれも、赤鞘様のおかげじゃわい!」


 にこにこしながらそう言ったのは、長老だった。

 今日は青いスモックに短パンの、園児スタイルだ。

 当人としては汚れてもいいし動きやすいので、作業着の一種だと思っているようである。

 大きく間違ってはいない解釈だが、的確とも言い難い。

 なんとも判断の難しいところだと言えるだろう。

 そんな平和を満喫している長老だったが、表情を突然険しいものに変えた。

 機敏な動きで見据えたのは、見直された土地の荒野の方向だ。

 周りを見回すと、他のアグニー達も全員長老と同じ方向を向いていた。

 皆、何かが近づいてきていることを察知していたのだ。


「なんだろー」


「ちかづいてくるなぁー」


「けっかいー」


「でも、きけんはなさそーだぞ?」


「だなー」


 アグニー族は、危機察知能力に優れた種族だ。

 その感度はもはや超能力に近いものであり、どんな些細な危険が迫ったとしても全力で逃げ出すレベルであった。

 何しろ、数百メートル先の鹿がイラッとして睨んできたのを察知して、あっという間に逃げてしまうほどなのだ。

 そんなアグニー達が「危険は無い」と感じているという事は、つまりその通りなのだろう。

 彼らの視線の先。

 実はそこには、樽の男が入れられた樽があったりした。

 アグニー達は、自分達の集落目掛けて打ち出された樽を察知していたのである。


「なんだろーなぁー」


「結界かなぁ?」


「ちがうとおもう」


 危険はなさそうだけど、なんか近づいてくる。

 それは、アグニー達の注目を集めるのに十分なものだ。

 とはいえ、その姿を肉眼で正確に捉えているアグニーは、一人もいなかった。

 樽の男が入っている樽は、透明化迷彩が施されている。

 真裏の映像を表面に映す事で姿を眩ませるそれの影響で、肉眼での発見はとても困難なのだ。

 それでもアグニー達は、第六感的なもので樽の位置を正確に把握していた。


「なんかよく見えないね」


「でもなんかあるなぁ」


「結界ではなかろうか」


「ちがうとおもう」


 アグニー達の視線は段々と上のほうへと動いていき、集落の真上へと移っていった。

 そして、ゆっくりと集落の真ん中、広場の中心へと動いていく。

 最初は高い位置にあった視線は段々と降りてきて、ついには地面へと降りてきた。

 それとほぼ同時に、ドサリという重いものが落ちてきたような音が、集落に響く。

 すると、それまで何も無かったはずの空間にテレビの砂嵐のようなものが走り始めた。

 臆病なアグニー族ならばすぐに逃げ出しそうな異常事態に見えるのだが、そういった様子は一切見られない。

 彼ら独自の危険センサーが、特に危ないものではないと知らせてくれているからだ。

 砂嵐が晴れると、そこにはいつの間にか樽と、大きな布が転がっていた。

 布は樽に紐で固定されており、パラシュートやパラグライダーのように広がっていたものだろう事が想像できる。


「いっててて……」


 かすかな声が、樽の中から聞こえてきた。


「なんなんだよもぉー。こういう無茶苦茶はもっと他の人に任せるべきだと思うんだけどなぁー、僕ぁー」


 樽の中から顔を出したのは、黒い眼球に赤い瞳。

 ネジくれた角を頭部から生やし、白い髪と浅黒い肌をした、やる気のなさそうな顔をした男だった。

 ご存知、いつも樽に入ってる男である。

 ぶつぶつと愚痴る男を、アグニー達はポカーンとした顔で眺めていた。

 男のビジュアルはかなりアレだったが、危険が無い事はアグニー的な何かでよく分かっている。

 そんな中、最初に動いたのは長老であった。


「お前さん、なにしてるんじゃね?」


「え? ああ。なんか、こー、アグニーの皆さんとお話しをしに?」


 なんともはっきりしない物言いに、長老は不思議そうに首を傾げた。

 樽の男も、つられたように首を傾げる。


「わしは長老のグレックス・ロウというものじゃが。お前さんはだれなんじゃかのぉ?」


「ああ、えーと、僕はディロード。ディロード・ダンフルールって言います」


 樽の男、ディロードはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。

 そして、慌てたように頭を上げる。


「あの、ちょっと僕、この樽に固定されてましてね? はずすの手伝ってもらえません?」


「なんじゃと。それは大変じゃ。皆、手伝ってやるんじゃ!」


「けっかいー」


「たすけだせー!」


「おー!」


 近くに居たアグニー達が、一斉にディロードの樽へと駆け寄っていく。

 こうして、ディロードは無事アグニー集落にたどり着く事が出来たのであった。

次回は樽の人が空中にいるところから始めたい(あと書きっていうか忘れないようにするためのメモ

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