百九話 「エライことになったなぁ……」
木々が生い茂る、深い森の中。
表面上は人など住んでいるように見えない、深く、濃い緑を湛える場所。
そこは、森林都市国家メテルマギトでも、有数の規模を誇る都市であった。
とはいっても、国民が暮らしているのは地上でも、樹上でもない。
人工的に掘削された、広さにして数十キロにも及ぶ地下空洞だ。
内部には、高さ数百メートルにも及ぶ建物がひしめいている。
そんな都市の中央に、一際大きな建物があった
様々な政府機関が内部に納められたそこは、政治に密接に関わった場所である。
そこは、メテルマギトを治める老ハイ・エルフ「マルリヒト」の居城でもあった。
メテルマギトは、ハイ・エルフが治める国だ。
約千年という長大な寿命を持つ彼らが、議会によって国の舵を取っている。
その体制に不満を唱える国民は、殆ど居ない。
メテルマギトは、このハイ・エルフ達の議会が元になって出来た国だからだ。
「虐げられたエルフの救済」を目的とした組織。
それが、メテルマギトの前身だったのである。
高い能力を持つハイ・エルフやエルフは、昔から他の種族に迫害を受けていた。
今でこそ減っては来ているものの、未だに「人間至上主義」を唱える国は少なくない。
そういった国は、それこそ他種族を奴隷以下の道具として使い潰してきたのだ。
勿論、今現在もそういった扱いが変わらない地域も、少なからず存在している。
長く虐げられてきたエルフ達だったが、彼らは武器を取って戦う事を殆どしなかった。
逃げ回るか、武装したとしても少数だったのだ。
なぜ、大きな抵抗をしなかったのか。
様々な理由が挙げられるが、最も大きかったのは「エルフがその気になれば、他種族を滅ぼしてしまえるから」だろう、といわれている。
エルフは、単純に力が強い。
身体能力で言えば、倍の体重がある野生動物に、素手で勝つことが出来ると言われている。
さらに、個人で扱える魔力も多い。
知能も高い。
唯一の弱点と言われている「繁殖力が低い」というのも、事実とは異なっている。
彼らは自らの理性で、性的欲求を押さえ込み、「子供を少なくしていた」のだ。
当時のエルフの置かれた環境は、子供を育てるのに適していないと考える親が多かったのである。
知力、体力、魔力。
すべてに置いて優れた種族であるエルフは、事実として人間よりも優れた種族なのだ。
ただ、彼らは「優し」過ぎた。
自分達が滅ぼされる寸前まで追い込まれて、初めて武器を取ったのだ。
新しい魔法を作り上げ、エルフを奴隷として捕らえている国から、エルフ達を奪還する。
数が少ないとはいえ、エルフ達は個々の能力が飛びぬけていた。
士気も高く、種族的に仲間意識が高いがために、連携もすぐに取れる。
はじめのうちはどこの国も楽観視していたが、あっという間にその組織は力を付けていった。
そして、助け出したエルフを囲ううち、「組織」という枠組みでは収まりきらなくなったのだ。
巨大になった集団は、いつしか「国」を名乗るようになった。
それが、現在のメテルマギトなのである。
もしメテルマギトが生まれなかったら。
未だに世界では、エルフは虐げられていただろう。
恐らく、いや、ほぼ間違いなく、そのまま滅んでいたはずだ。
殆どのエルフはそれを理解し、前身となった「組織」を作り上げた者達に感謝していた。
だから、現在も政治を司っている「ハイ・エルフ」達を支持し、従っているのだ。
現在居る「ハイ・エルフ」の何人かは、その「組織」を立ち上げた者達の、息子や孫達なのである。
年老いてはいるものの、その老人は実に美しい外見をしていた。
見るものを魅了する、オーラとでも言えばいいのだろうか。
随分な年月を重ねているのは間違いないだろうが、それでも背筋は伸び、目にははっきりとした意思の色が伺えた。
八百歳を越えるその老人は、メテルマギトを運営するハイ・エルフの一人、マルリヒトだ。
「いや、呼び出してすまないね。とりあえず、座って話をしよう」
マルリヒトは好々爺然とした笑顔でそういうと、招いた二人の客にイスを勧める。
彼の居城の応接間であるそこは、意外なほどにシンプルだった。
床はメテルマギトでよく使われている合成樹脂であり、壁紙もシンプルだ。
照明などの機器も、特に凝った物はない。
イスとテーブルは、金属と合成皮の少し洒落たものではあったが、その程度だろうか。
だが、それでも呼び出された二人の片方。
鉄車輪騎士団副団長キース・マクスウェルは全身に緊張をみなぎらせていた。
「はっ! ありがとうございます!」
返事はすこぶる良いが、顔色は若干青くなっている。
目の前に居る人物に、気後れしまくっているのだ。
対して、隣に居る同騎士団団長シェルブレン・グロッソは、実に落ち着いた様子だった。
「は。有難う御座います」
二人が腰をかけたのを確認して、マルリヒトは自身もイスに座る。
対面に座る二人の顔を確認するように眺めると、ゆっくりと話し始めた。
「最近物忘れが激しくなってきていてね。先に、要件を済ませてしまおう」
キースはごくりと生唾を飲みこんだ。
マルリヒトは、ハイエルフの中でも古株の一人である。
ただの年寄りではなく、影響力もある大物だ。
そんな人物がわざわざ呼び出してきたのだから、並や大抵の事ではない。
鉄車輪騎士団の副団長として呼び出されているから、おそらく何か荒事関係だろう。
いやだ。
すごくいやだ。
はたらきたくない。
キースは、心の中で呟いた。
どちらかというと、キースは働くのが嫌いなタイプだ。
たまたま人よりも魔力が高く、戦いに関する才能のようなものがあった。
適当に兵士になって、適当にやるつもりが、恐ろしい先輩に出会って死に物狂いで訓練をさせられる羽目になる。
その先輩が、シェルブレンだ。
自他共に妥協を許さないタイプのシェルブレンに、キースは徹底的にしごかれた。
良く死ななかったな、と思うが、今になってみるとそれでもシェルブレンは手を抜いていたのだろう。
シェルブレンが格が違いすぎる化け物であることを思い知ったのは、けっこう時間が経ってからだった。
鍛えられたおかげで未だに生きているが、鍛えられたおかげで死ぬような仕事をさせられたことも多々ある。
今回も多分、何かしら面倒くさい仕事をさせられるのだろう、と、キースは考えていた。
「まず、マクスウェル君。君には、アインファーブルに行って貰いたい。現状の調査、情報収集。君の得意分野だよ」
ホラキター!
ぜってぇーいきたくねぇー!!
キースは呟くのではなく、思い切り叫んだ。
勿論、心の中でである。
表情は多少引きつってはいるが、元々顔色も悪かったので特に気に成らないはずだ。
「知っての通り、今あの土地は色々と動きが出てきている。私達のせいでね。アグニーの件がこう転ぶとは思わなかったよ。っと、こういったことは、私なんかより君の方が詳しかったね」
「いえ、そんなことは……」
キースの得意なのは、情報収集や直接の潜入調査などだ。
戦っても一応強いは強いのだが、鉄車輪騎士団のなかで一番荒事が嫌いだという自負を持っていた。
正直、全国工作員見本市状態になっているアインファーブルになんて行きたくない。
行きたくはないが、この流で「やです」という度胸もなかった。
なにより、シェルブレンもこの案には賛成だろうことが予測できる。
自身でもアインファーブルに赴くほど、シェルブレンはあの土地の事を気にしているのだ。
そこで、キースははたと気が付いた。
この場にはシェルブレンも居るのに、アインファーブル行きは自分にだけ言い渡された。
ということは、シェルブレンには別の用事があるということになる。
団長の用事のついでに副団長が呼ばれることはあるだろうが、キースに仕事を任せるついでにシェルブレンが付いてくる、というのは考えにくい。
そもそも、どちらにも用事がある、と、呼び出されているのだ。
シェルブレンの仕事、となると、種類は一つだろう。
超が付くほどの荒事だ。
もしここで渋ったり思わぬ方向に話がそれたりしたら、最悪ソッチの仕事について行かされるかもしれない。
「分かりました。そういうことなら、自分の専門分野です。パンはパン屋に焼かせろ、といいますから。お任せください」
今日一番のキリッとした顔だった。
恐らく、ここ最近でも一番だろう。
やばそうな事からは全力で逃げたい。
キースの座右の銘は「はたらきたくない」なのだ。
そんな心境を知ってか知らずか、マルリヒトは微笑んで見せた。
「頼もしいな。期待しているよ」
キースは笑い返しながら、ほっと胸を撫で下ろす。
次いで、マルリヒトはシェルブレンのほうへと顔を向ける。
「さて、グロッソ君。君には、別のことを頼みたい」
「はっ。どのようなものでしょうか」
「ボルワイツとミシュリーフが戦争状態なのは知っているね?」
ボルワイツもミシュリーフも、どちらも国の名前である。
余り仲の宜しくない国だったのだが、先ごろ戦争が始まっていた。
隣国同士で文化も似通っているものの、国力には明確な差がある。
ボルワイツは面積も狭く、軍事力も相応の小国だ。
対してミシュリーフは、国力も軍事力もそこそこにあった。
余程の事が無い限り、結果は目に見えている。
「実は、ボルワイツから接触があってね。手助けをして欲しいんだそうだよ」
「おうふ」
思わず呻いたのは、キースだった。
実はこの両国は、どちらも種族差別を肯定している国であったりする。
いわゆる「人間」と呼ばれる種族以外は、余り良く扱われない国なのだ。
獣人やゴブリン種は勿論、ドワーフや兎人。
そして、エルフ。
あらゆる種族は、「人間」族よりも下等とされている。
そんな国が、メテルマギトに助けを求めているのだ。
普通に考えれば、ありえないことだろう。
だが、考えられる理由が、一つだけあった。
「この戦争への助力。その礼として、国内に居るエルフ全て引き渡すといってきているんだよ」
国内に居るエルフを、メテルマギトに譲り渡す。
その見返りに、頼みごとを引き受けてもらう。
歴史上、何度か前例のあることだった。
メテルマギトの軍事力があれば、正直なところこれらの国を滅ぼす事も可能だ。
だが、それでは色々と不都合な事もある。
エルフを助けるための戦闘に、肝心のエルフが巻き込まれてしまうかもしれない。
よしんばその国の中枢や軍事力だけを叩き潰せたとして、エルフを運ぶ方法が無い。
この世界では、長距離の移動には大変な危険がともなう。
魔獣の存在が、往来を困難にしているのだ。
勿論、問題はそれだけではない。
その国との戦争のために、別の国を横切る必要が出てくる恐れもある。
大人しく軍隊を横切らせてくれる国など、殆ど無いだろう。
海上を通ればいいかもしれないが、海はそれこそ魔獣の住処だ。
余程入念に準備をしなければ、戦闘空中移動島を要したとしても危険が伴う。
輸送国家に頼めればいいのだが、残念ながら彼らは「戦争」に関わるのを極端に嫌う。
どのような恨みを買うか分からないわけだから、当然だ。
遠方の国に対しては、メテルマギトも手をこまねいているのが現状なのである。
それを打開する手段が、先ほどの方法だ。
国同士の「平和的な」取り決めであれば、使える手段は多くなる。
それこそ。輸送国家に大型船での輸送を依頼することも可能だ。
「色々と障害があったが、問題が一つ解決するかもしれない。状況は少し厳しいが、だからこそ、君に頼みたいんだよ」
マルリヒトはそういうと、柔和に微笑んだ。
キースはといえば、盛大に顔を引きつらせていた。
思った以上の大事だったからだ。
戦争への助力。
そういったことは、以前にもあった。
シェルブレンが一人で出向き、戦闘空中移動島を破壊した事もある。
つまるところ、こういった場合にシェルブレンが狩り出されるということは、それほどの戦力を相手にするかもしれない、と言うことだろう。
あるいは。
欠片も残さず、相手を滅ぼすつもりなのか。
シェルブレンは僅かに目を細めるだけで、殆ど表情を変えずに口を開いた。
「質問を、よろしいでしょうか」
「勿論。構わないよ」
「つまるところ、この機会にミシュリーフを滅ぼしてしまおう。ということでしょうか」
シェルブレンの言葉に、キースは息を呑んだ。
国家間の戦争では、どちらかが滅んでしまう事は少なからずある。
その場合、負けた国は勝った国に併合されるのが普通だ。
勝たせて、併合させれば、「国内に居るエルフ全て」という条件は途端に意味を変える。
「どちらも一つになってしまえば、両方のエルフを救えるからね」
そういって笑うマルリヒトを見て、シェルブレンは静かに息を吸い込んだ。
「了解しました。早速、準備に取り掛かります。詳しい話は、何方からお聞きすれば宜しいでしょうか」
シェルブレンはいつもと同じ、落ち着いた様子で告げる。
その横で、キースは眉間を押さえて苦悩していた。
正直、シェルブレンと一緒に戦いに出されるのを免れたのはありがたい。
爆風とか攻撃の余波で、うっかり死んでしまう恐れもある。
勿論その辺の所は気をつけているのだろうが、シェルブレンはいつもかすっただけでうっかり死んじゃってもおかしくなさそうな攻撃を平気な顔で連発しているのだ。
そんなシェルブレンと同じ戦場に立つなど、たとえ味方の立場だったとしても手の込んだ自殺だ、と、キースは思っていた。
だからと言って、アインファーブルのほうが楽か、といえばそうでもないだろう。
場合によってはコッチも酷いことになる。
「エライことになったなぁ……」
誰にも聞こえないような小さな声で、キースは一人ぼやくのだった。
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その日、いつも樽に入っている男は、珍しく樽の中から出て自分の足で歩いていた。
傭兵団の団員に借りた背のうの口を大きく広げ、なにやら荷物を詰め込んでいる。
着替えやらノートやらもあるが、その大半はお菓子類だ。
「さーて、こんなもんかなぁー」
用意した荷物を全て詰め込み、男は背のうの口を閉じる。
そして、ショルダーベルトなどと呼ばれる片掛け部分に両手を通し、前に抱える形で持ち上げた。
普通ならば背中に担ぐところだろうが、如何せん男にはそれが出来ないのだ。
背中の翼が邪魔になっているのである。
「はぁー。ほんっと羽ってふべんだよねぇー。こういう便利な道具って、大体はねのある人のこと考慮されてないし。むしろはねがあるのが悪いんじゃないのこれ。もー、ホント不便さしかないもんなぁー」
ぶちぶちと文句をいいながら、男は姿勢悪くだらだらとした動きで歩き始める。
動きはのろいものの、脚が長いからだろう。
男はそこそこのペースで、土彦の地下ドック内を歩いていた。
「んん!? どうしたんですか!?」
突然かけられた疑問の声に、男はゆっくりとした動きで振り返った。
そこに居たのは、端末を操作しながら歩いていたらしい、土彦だ。
「ああ。土彦さん。どーも」
「はい、どうも。って、そうじゃなくて! 樽から出て、どうしたんですか!」
「え? いや。アグニーの集落にいこうかなぁーって」
「なるほど。なるほど!? え、歩いていかれるおつもりなんですか!?」
「そうだけど。え、なに。そんなに驚くことなの?」
さも不思議そうに、男は言った。
ここまでの行動を考えれば、むしろ驚かないほうがおかしいだろう。
「いえ、てっきり樽に入ったまま転がっていかれるのかと思っていたものですから」
「僕のイメージってどうなってるのよ。確かにタルは居心地よかったけどさ。移動には不便だし。普通に歩いていくよ」
「そうでしたか! いや、これは無駄になってしまいましたね」
残念そうに眉を顰める土彦に、男は首を傾げる。
「あれ。なにかあったの?」
「いえ、実は移動用の樽を用意しまして! 無駄になりましたね、これは」
その言葉に、男は目を丸くする。
「なにそれすごい。え、いいよ、使おうよそれ。もったいないし、ぜったい。無駄にするのはよくないと思うなぁー」
「そういってくれると思っていました! では、早速ご案内しましょう!」
土彦はニコニコ笑いながら、両手をパチリと合わせる。
その笑顔にどこか黒いものを感じた男だったが、とりあえず楽が出来るらしいので、気にしないことにするのであった。
男が連れてこられたのは、地上に程近い上層部であった。
天井は切れ目が入っており、巨大なアームが支えているように見える。
「ここは、発艦ハッチです! この上は偽装地面になっていて、上空へ発進する事ができるんですよ!」
ものすごくキラキラした笑顔で、土彦は胸の前で両手を合わせながら熱く語っている。
かなりの長台詞なのだが、男の耳には入っていなかった。
なにやら、嫌な予感がするからだ。
「とまあ、様々な戦闘機を発射させられるわけなんですが、当然空中戦艦も出撃可能です! 肝心の空中戦艦が完成していませんが、材料さえ整えば作ろうと思っているんです! ああ、きっとステキな出来栄えに成りますよ! 兄者に披露するのもいいかもしれません! 赤鞘様も必ずお喜びになってくださるでしょう! 風彦の仕事の助けにもなるかもしれませんね!」
土彦は手を広げたり胸の前で合わせたりを繰り返しながら、マシンガンのように喋り続けている。
なにやら魔術式がどうの、装甲の軽量化がどうのと言っているが、男は半分以上右から左に聞き逃していた。
そのとき、男の胸の辺りから、緑色の燐光が僅かに漏れ出す。
男は何かを感じたのか、「ん?」と呟いて上を見上げた。
すると、こぼれ出た燐光が上空に上り、一気にその数を増やす。
何かを形作るように集まったそれは、あっという間に女性の姿を形作った。
男の胸に埋め込まれた魔石を本体とする人工精霊、マルチナだ。
土彦はこの地下ドックのシステムに、マルチナと同調する機能を追加していた。
男がこのドック内に居れば、マルチナはドック内を自由に移動できるようになってるのだ。
通常は本体である魔石から遠く離れられないので、土彦が特別に造ったものなのだった。
そんなものを作り上げる労力はかなりのものなはずなのだが、如何せんマルチナは遊ばせて置くには優秀すぎたのだ。
やる気もあり、人工精霊なのでミスも殆ど無い。
一時期はマルチナを使うために男をいちいち運んでいたのだが、途中でめんどくさくなって機能を新しく作ったのである。
ソッチの労力のほうが、男を動かす労力よりも少ないのだから、男のだめっぷりがうかがい知れるだろう。
マルチナは土彦の姿を確認すると、恭しく頭を下げた。
「ああ、マルチナさん! どうしたんですか?」
「はい。若が外に出られるということで、できる限り業務を片付けておりました」
土彦の問いに、マルチナは礼の姿勢を取ったまま答える。
納得したというように、土彦はぱちりと両手を合わせた。
「そうでしたか! 確かに本体がドック内に無ければ意味がありませんからね! では、アグニーさん達へのお話しのサポート、よろしくお願いしますね!」
「ご期待に沿えるように努力いたします」
そんな二人の会話が終わったタイミングを見計らい、男はおずおずと手を上げた。
「あーの。それで、移動用の樽って、どこにあるんです?」
「ああ! そうでした! 私としたことがつい話し込んでしまいました! あそこに見える、アレですよ!」
そういって土彦が指差したのは、なにやら金属製の板のような物体だった。
長方形の分厚い鉄の板に、線を引いたもの、とでも言えばいいのだろうか。
下の部分は可動式の土台になっているらしく、動きそうな雰囲気を醸し出している。
「ええと。なにあれ」
「あれは射出機、いわゆるカタパルトです! 可動式になっていて、上のハッチが開いたら上空へと向けることが出来るんですよ!」
自慢げに語る土彦に、男は見る見る顔色を悪くしていく。
「え。え? なに、それってあれ? カタパルトでタルを打ち出すってこと?」
「はい! その通りです!」
我が意を得たり、というように、土彦はすこぶるつきのいい笑顔で手をパチリと合わせた。
「いや、それは流石に……」
「大丈夫! 落下傘は付いていますよ!」
何がどう大丈夫なのかいまいち分からないが、一応落下傘はあるらしい。
なら大丈夫だね!
とは、流石にならなかった。
「いやいやいやいやいやいや」
「若」
何かいい募ろうとした男の言葉を、マルチナがゆっくりとした口調で遮った。
「これは、土彦様が、お勧めくださっているものです」
否は無い、ということだろう。
人工とはいえ、マルチナは精霊だ。
普通の生き物よりも、遥かに神的な上下関係に煩かった。
主であり、本体である男の身の安全よりも、「土彦が用意したもの」のほうが重要なようだ。
それを断るなんてとんでもない、と言った所だろう。
「安心してください! 一応何度か実験もしていますので、問題はありませんから! もしもの時は、ほらっ! ご自身の翼もありますしね!」
「一応」な上に「何度か」しか実験してないのか。
とは、突っ込めなかった。
確かに最悪の場合は自分の翼もあるし、何とかなるだろう。
何とかなってしまうのである。
それもあって、マルチナも反対しないのだろう。
「エライことになったなぁ……」
男はぼそりと、誰にも聞こえないような小声で呟いた。
それでも「まあ、拒否するのも面倒くさいし。いいか」とも考えている辺り、流石としかいいようが無いだろう。