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百八話 「だってお前、考えてみろ。相手はアグニーだぞ? 俺等が行ったら凄い勢いで逃げるぜぇ?」

 見直された土地にある、アグニー達の集落。

 そのはずれで、三人のアグニーが重たそうに荷物を運んでいた。

 抱えているズタ袋の中に入っているのは、ポンクテだ。

 芋を小さくしたような外見のそれは、いわゆるムカゴの部分に当たる。

 ポンクテは、地面に植わっている芋部分よりも、ムカゴのほうが格段に美味いという変わった芋なのだ。


「うんしょ、うんしょ」


「なー、これって、どこにはこぶんだっけ?」


「えーっとねー。わすれたー!」


 そんなことをいいながら、三人は心底楽しそうに笑い声を上げた。

 なんか色々ダメな感じだが、アグニーは大体皆こんなんだから大丈夫なのだ。


「三人とも、がんばっておるようじゃのぉ」


「あっ! 長老!」


 そこにいたのは、アグニー達のまとめ役である長老だった。

 肩にクワを担いでいるから、おそらく畑から帰ってきたところなのだろう。

 長老というだけに、長老は今いるアグニー達の中で、一番年をとっていた。

 だが、そのビジュアルは、三人のアグニー達と変わらないように見える。

 というか、ぶっちゃけ一番年下に見えた。

 アグニーは基本、外見では年齢がわからない種族なのだ。


「ん? おお、お手伝いをしとるんじゃなぁ。みんなちっこいのにえらいのぉ」


 袋を抱えているアグニー達を見て、長老は目を細めた。

 どうやら、三人のアグニーはまだ子供であるらしい。

 ちっこいといっているが、その三人の子供は長老とあまり身長が変わらなかった。

 というか、なんなら長老のほうが背が低いぐらいだ。


「ねー、ちょーろー。このにもつって、どこにはこぶんだっけ?」


「その袋かのぉ? 何がはいっとるんじゃね?」


 長老は子供達のほうに近づくと、袋の中を覗き込んだ。


「おお、ポンクテか! 広場の近くにある、でっかい倉庫じゃよ。ハナコの家の隣じゃな」


「あー、あそこかぁー!」


「ありがとうございます、長老!」


「うむうむ。運び上げるときは、大人に手伝ってもらうんじゃぞ」


 アグニー達が作る建築物は、基本的にはすべて高床式になってる。

 倉庫もその例に漏れず、高床式になっていた。

 ちなみに、それぞれの建物に入る方法は、ロープだったり、縄バシゴだったり、階段だったり、まちまちだ。

 統一感はないが、そういったことをアグニーに求めるのは酷だろう。

 大体なんとなくでやっちゃうのが、アグニーの特徴なのだ。

 一応倉庫に登るための手段は階段なので、他のものと比べればずいぶん上り易かったりする。

 それでも、荷物を抱えた子供が使うには、少しきついものだった。

 長老の言葉に、子供達は元気よく返事をする。


「はーい!」


「わかったー」


「ぼくたちもはやく、ごぶりんがおになれたらなぁー」


 アグニー達は非常に魔力が弱く、魔法を使うことがほとんどできなかった。

 唯一使えるのは、生物としての特徴として持っている魔法だけである。

 自分の身体能力を強化する、という使い勝手のいい魔法ではあるのだが、欠点がひとつだけあった。

 その強化魔法を使うと、ゴブリンみたいなビジュアルになるのだ。

 アグニー族は、エルフにも匹敵するといわれる美しく、かわいらしい種族であった。

 輝くばかりの愛らしさから、愛玩奴隷などにもされるほどだ。

 そんなアグニーが、ゴリッゴリのゴブリンの姿に変身する。

 他種族が予備知識なしでその光景を見ると、軽いトラウマになることすらあるらしい。

 だが、当人達にとっては、それは当たり前の光景だ。

 むしろ、強化魔法を使えるようになることが成人へ通過点にもなっているだけに、子供たちにとって見れば憧れの姿なのである。


「ふぉっふぉっふぉ! まあ、おぬしらもそのうち使えるようになるじゃろう。そうしたら、いっぱい仕事をしてもらうからのぉ?」


「うん! おれ、おっきくなったら、はたけたがやす!」


「ぼくは、お家建てるんだぁー」


「わたしはねー狩りをするよー」


 楽しそうに将来の目標を宣言する子供達を前に、長老はうれしそうに目を細めた。

 若者が張り切っている姿というのは、老人をほほえましい気持ちにさせるものらしい。

 ニコニコしている長老に、子供の一人が近寄っていく。

 何事かと小首をかしげる長老に、子供が真剣な様子で尋ねた。


「ねー、ちょーろー。なんさいぐらいになったら、ごぶりんがおになるのー?」


「うーむ。そうじゃのぉー。なかなか難しい質問じゃな」


「難しいの? 足し算ぐらい?」


「長老、わかるの?」


 ほかの子供達も興味があるのか、わらわらと長老のところに集まってくる。

 子供達の様子に少し苦笑をすると、長老はそれぞれの顔を見回しながら言葉を続けた。


「ゴブリン顔には、皆大人になるまでには、なれるようになるんじゃよ。じゃけど、どのぐらいの年でできるようになるかは、差があるんじゃ」


「そーなんだー」


「何歳ぐらいになったら、なれるのー?」


「そうじゃのぉー。早いと七歳ぐらいで使えるようになるんじゃが。遅ければ、九歳ということもあるのぉ」


 アグニーは、人間の半分ほどの寿命の種族だ。

 成長速度や老化速度も丁度倍なので、彼らの七歳は、人間で言う十四歳に当たる。

 同じように、九歳は十八歳に相当だ。


「そっかぁー。じゃー、わたしたちはまだまだだねー」


「ちょーろーは、なんさいぐらいでごぶりんがおになったのー?」


 興味津々な様子での質問に、長老は顎に手を当てて唸った。


「ずいぶん昔の事じゃからのぉー。たしか、それこそ七歳ぐらいじゃったかのぉ」


「そーなんだぁー!」


「すっげぇー!」


「いいなー」


 子供達に羨望のまなざしを向けられ、長老もまんざらではない様子だ。

 少し得意げな顔をして、胸を張る。

 ちなみに、今日の長老の衣装は白のワンピースだった。

 現在の彼らの姿をはたから見ると、「ゆるふわ金髪のものっすごい可愛らしい美少女と見まごうばかりの女装少年が、タイプの違う同じレベルの美少年美少女の前で自慢げに胸を張っている」という絵面になっている。

 エルトヴァエルあたりが見ていたらなんともいえない気持ちになりそうな光景だが、幸いな事に今この場には居なかった。


「じゃー、長老はどうしてそんなしゃべりかたなのー?」


「うむ。それはのぉ。わしが若いころこんな感じのしゃべり方がはやっておって、ずーっと続けていたら戻らなくなったんじゃ」


「すっげぇー!」


「かっこいー!」


 何がどうかっこいいのかわからないが、おそらく子供基準ではかっこよかったのだろう。

 ただでさえ謎の感性をもつアグニーの、それも子供である。

 通常の基準では計り知れないものがあるに違いない。

 この後も、子供達の質問はしばらく続いたのであった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 見直された土地の地下にある、土彦のラボ。

 今ではガルティック傭兵団の拠点ともなっているそこの一室に、三人と一柱が集まっていた。

 パーテーションで区切っただけの場所だったのだが、そこには所狭しとさまざまな機材が置かれている。

 モニタや端末などが置かれ、ラボ内すべての情報が集まってくるこの場所は、いってみればラボの中枢だ。

 集まっている面子は、セルゲイ、ドクター、そして、土彦。

 後ついでに、樽に入った男だった。

 樽に入った男は、集まったというか、もともとその場にいただけなのだが。

 セルゲイたちの視線は、土彦に集まっていた。

 彼女が他の面子を呼び出したからである。

 土彦はゴホンと咳払いをすると、さっそくといった様子で話し始めた。


「今日は、食べ物について相談をしたいと思いまして。新たな仕入先を開拓したいと思うんですよ」


「仕入先?」


 土彦の言葉に、ドクターは首をかしげる。

 現在ガルティック傭兵団は、自前の備蓄と、水彦がアインファーブルから送ってくるもので食糧をまかなっていた。

 彼らは基本的に、潜水艇を中心に活動をしている。

 長く潜水していることも多いため、食糧備蓄は常に豊富に持っていた。

 なので、まだかなりの間気にしなくてもいいほど余裕があるのだ。

 確かに食糧は生命活動の基本だし、考えておかなければならないことではある。

 だが、今の状態から考えれば、優先度はさして高くない。

 不思議そうなドクターの顔を見て、土彦はニコニコ笑いながら両手を打ち合わせた。


「実はですね。アグニーさん達のところで、食糧余りが問題になってるんです」


「食糧余り? あり余ってるってこと?」


「そうなんです。普通なら絶対に起こらないようなことなんでしょうけれどね?」


 アグニーは基本的に農耕種族だ。

 ポンクテを主食とし、野菜や畜産を中心にした生活を営んでいた。

 畑を耕し、作物を植え、育て、収穫をする。

 安定はするものの、食糧が手に入るまでには長い時間を要するのが普通だ。

 ポンクテも植えてから収穫するまで、半年以上を要する作物である。

 本来であれば、食糧が余るなどという状況になるはずがない。

 ところが。


「赤鞘様の周りに、精霊樹さん達がいらしたでしょう。彼らの中に、調停者がいらっしゃいまして。彼らが、作物が早く育つよう、便宜を図っていたんですよ」


「それは……またなんというか……」


「えらく豪気だなぁ」


 ドクターも、「調停者」というのが何なのかわかっているらしい。

 それなりに有名な樹木でもあるので、知識を持っていたのだろう。

 セルゲイは実物を土地の中心で見ているので、理解も早いようだ。


「神域で、そこに住む事を許された民が、神が手ずから育てた調停者の加護を得た畑で作った作物。それが余ってる、と」


「恐ろしい話しだな」


 苦そうな表情で搾り出すドクターの言葉に、土彦は思わずといった様子で苦笑する。

 事実その通りだし、言葉にするとそうなるのだが、実物のアグニー達の様子を知るものとしてはなんともいえない気分になるらし。

 赤鞘にしてもアグニーにしても、そういった仰々しい単語があまり似合わない。

 どちらかといえば、のんびりとか、のほほんとか、ぼへーっとしている、というような単語のほうが似合うだろう。

 気を取り直して、土彦は言葉を続けた。


「それで、その余っている作物をですね。貴方達ガルティック傭兵団に物々交換をしていただきたいんですよ」


「物々交換? なにと?」


「以前、アグニーさん達には、兄者が手に入れてきた物資を無料でお渡ししました。物が足りない状況でしたので、これは仕方ないでしょう。ですが、いつまでもそういうわけには行きません」


「ああ、なるほど。そういうことね」


 土彦が息継ぎのために言葉を区切ったところで、樽の中から声が響いた。

 声の主は、樽の中でアイスを齧っている男だ。

 土彦は興味深そうに口の端を吊り上げると、目を細める。


「おや。お分かりですか?」


「多分そうなんじゃないか、っていう予想だけだけどね」


「宜しければ、お聞かせ願えますか?」


 手を差し出して、土彦は促した。

 樽に入った男はアイスを一口齧り、コクリと一つ頷いた。


「要するに、ガルティック傭兵団に給料としてアグニー達用の物資を払うから、それをアグニー達から食料と交換してもらってくれ。ってことじゃないの? さっきの口ぶりだと、物を与えるだけっていう状況が宜しくないって言うんでしょう?」


「ええ。自立という意味合いでは実に宜しくありません。支援も必要ですが、その次の段階。自立も当然必要です」


「アグニー達には、豊富な食料がある。でも、それが消費しきれない。今の所、見直された土地の外に売るわけにも行かない」


 そもそも販路が無いので、樽に入った男の言うとおりだろう。

 男はアイスの棒を片手に、ボウッとした顔で上を眺めつつ続ける。


「そこで、ガルティック傭兵団が出てくる。物々交換って言う形なら、自立支援にもなる。アグニー達は食料余りも解決するし、何より自立してるって言う自信が付く。ガルティック傭兵団は食料が手に入る」


「なるほど。って、そうなの?」


 樽に入った男の話に納得するように頷いてから、セルゲイは確認するように土彦のほうへ顔を向けた。

 今のはあくまで、この男の予想の話なのだ。

 土彦は満足そうな笑顔で、ゆっくりと頷いて見せた。

 どうやら、正解だったらしい。

 樽に入った男はアイスの最後の一口を齧りとると、名残惜しそうに棒を齧る。


「ついでに、アグニー達と傭兵団の顔合わせにもなるしね。ガルティック傭兵団って、将来的にアグニーの武力面のサポートするんでしょう?」


 兵器などの準備が出来次第、ガルティック傭兵団はアグニー達の戦力的支援をすることになっている。

 当面は、現在掴まっているアグニー族の救出が、主な仕事になるだろう。

 そうなった場合、アグニー達とガルティック傭兵団の顔合わせは、何らかの形で必要になってくる。

 前段階としてこういった交易のような事をするのも、手としてはありだろう。

 土彦は楽しそうに笑顔を作ると、パチリと両手を合わせた。


「その通りです! アグニーさん達には、貴方方のことはまだお話もしていませんし、説明もしていません! 前段階としてこういった交流を持って頂けば、その後の話し合いもスムーズに行くだろうというのが、エルトヴァエルさんのお考えなんです!」


「ほぉー。ていうかお前、よく分かったな」


「いや。だって土彦さん、順を追って説明してくれたから。ほとんどあてずっぽうだし」


 未練たらしくアイスの棒を齧る男の言に、セルゲイは感心したように肩を竦める。

 ドクターがなにやら湿度の高い視線を投げかけているが、樽に入った男はそっと背を向けて受け流していた。


「実は、既に現物も用意してありまして。いつでも、アグニーさん達の所に行って頂けるようにしてあるんです」


「準備がいいねぇ」


「早いほうがいいと思いまして」


「ま、それもそうか。俺はそれでいいけど、ドクターは?」


「クライアントの要望だからな。断る理由もないよ」


「じゃ、それで」


 ドクターの了承を受けて、セルゲイは話は決まったというように手を叩いた。

 土彦もそれを見て、嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。


「で、だ。アグニー達に会いに行くの、お前が行けよ」


「へ?」


 突然セルゲイに声をかけられて変な声を上げたのは、樽に入った男だった。

 男はまるで自分には関係無いというような顔をしていただけに、衝撃はかなりのものだったらしい。

 咥えていたアイスの棒を、ポロリと地面に落とした。


「え、なんで? 僕、かんけーなくない?」


「お前、一応ウチの団員だろう」


「そういえばそんな設定もあったっけ。でも、何で僕が? 団長さんとかドクターが行けばいいと思うなぁ。っていうかこの場合そうすべきだと思うなぁ」


「だってお前、考えてみろ。相手はアグニーだぞ? 俺等が行ったら凄い勢いで逃げるぜぇ?」


 アグニー族は、危険を察知すると凄い勢いで逃げる種族である。

 その感知能力は凄まじく、もはや危険というより、「きけんっぽい」という段階で逃げ出す始末だ。

 数百メートル離れた所に居る鹿が「イラッ」とするだけでも、察するレベルだった。

 もはやある種の超能力と言っていいだろう。

 セルゲイの言葉に、土彦は納得したように頷く。


「確かに。顔見知りになればともかく、傭兵団の方ならアグニーさん達は近づくだけで逃げ出すかもしれませんね」


「噂には聞いていますが、そんなにすごいんですか。アグニー族は」


 ドクターは難しい表情で土彦に訪ねる。

 どうやらアグニー族の逃げっぷりは、かなり有名な話らしい。

 土彦は思い出し笑いをして、大きく頷いた。


「ええ。それはもう。メテルマギトは良く彼らを捕まえられたものだと思いますよ。感心します」


「そのメテルマギトともやりあわなきゃならんかもしれない訳だけど。まぁ、その辺は追々か」


 セルゲイはため息混じりに頭を掻くと、深いため息をついた。

 切り替えるように頭を振ると、ポンと樽の淵を叩く。


「それはそれとして。じゃあ、その件よろしくね」


「え、なにそれ。何でもう決まった感じなの。当人の意思を無視するのはよくないと思うなぁ、僕ぁ!」


「ていうか、準備できてるんだっけ? 早いほうがいいかなぁ。行くの」


 樽に入っている男の叫びを無視して、セルゲイは土彦に訪ねる。

 土彦のほうも、反対意見など聞こえないといった素振りで頷く。


「はい。なんでしたら、明日でも問題ありませんが」


「じゃあ、そうしちゃおうか」


「いやいやいやいやいや。まってまって。ホントに僕いくのそれ」


 話は決まったとばかりに、土彦達はそれぞれに部屋から出て行く。

 樽に入った男は焦りの表情で、引きとめようと手を振る。

 それでも樽の中から出ようとしない辺り、この男も中々のものだろう。


「え、ちょ、ホントに?」


 この翌日。

 樽に入った男は、ほぼ無理矢理アグニー達の集落へ向わされるのであった。

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