百四話 「えーとね、それからあれだ。これあげようと思って! はい! アンバフォン!」
見放された土地に口をあけた、大きな縦穴。
直径200mほどの円形のそれは、土彦が造ったエンシェントドラゴンの巣であった。
巣を維持するために専用の魔法システムまで開発して作られており、内部はさながらダンジョンのようになっている。
内部には様々な魔法生物が徘徊しており、独自の生態系が形作られていた。
特別なトラップなどは存在していないが、その生態系そのものが、侵入者を阻むのだ。
危険で凶悪な魔法生物が徘徊するその場所は、正にダンジョンと呼ぶに足りる場所になっていた。
ドラゴンの巣は、そんな縦穴の最も奥。
一番下の、横穴になっている部分にあった。
通常その場所に行くには、縦穴の淵に沿って作られたらせん状のダンジョンを地道に降りるか。
あるいは、縦穴をまっすぐに下方向へ落下していくしかない。
前者はかなり苦しい道のりになるだろう。
後者を選べば、最短でダンジョン最深部、いわゆるボスであるエンシェントドラゴンの元までたどり着ける。
だが、オススメはできない。
縦穴は非常に深く、遮蔽物のない空間だ。
落ちて地面に激突すれば、それだけで大ダメージを受ける。
そうでなかったとしても、避ける事もできぬまま、エンシェントドラゴンが吐くブレスの的になることだろう。
それ以外の迎撃システムも、ダンジョン壁面には多種多様に揃えられている。
どちらの道を選んだとしても、招かれざる客がエンシェントドラゴンの元にたどり着くのは、至難の業なのだ。
土彦はエンシェントドラゴンの巣の淵に立つと、身体を屈めた。
覗き込むように眉を上げ、何かを確認する。
感心した様子で2、3度頷くと、おもむろに懐からアンバフォンを取り出した。
慣れた様子で片手で操作をし、耳に押し当てる。
数回の呼び出し音に続いて響いてきたのは、聞き取りやすく軽やかな女性の声だ。
「お世話になっております。こちらは、エンシェントドラゴンの巣、中央管理室です」
「もしもし、土彦です。今着きました。これから下りますから、攻撃しないでくださいね」
「確認しました。ようこそ、土彦様。エンシェントドラゴン様は最下層でお待ちになっております」
「はい。よろしくお願いします」
土彦はアンバフォンを操作して通話を終了させると、満足そうに頷いた。
今しがた土彦が会話をしていた相手は、エンシェントドラゴンの巣を維持するために「マッドアイ・ネットワーク」を基に作られた専用システムだ。
エンシェントドラゴンの巣はマッドアイ・ネットワークとは接続されていないため、接触するには直接巣に赴くか、アンバフォンを使うしかないのである。
ちなみに、通信用のアンバフォンはアンバレンスが快く提供してくれていた。
最近は量産も進んでいるらしく、わりと気軽に手に入れることが出来るのだ。
最高神の名前を冠しているにも拘らず、ありがたみのないことである。
「さてと。いきましょうか」
そういうと、土彦は巣のほうへと足を進めた。
落ちるか落ちないか、ほんのぎりぎりの所で足を止める。
両足の先が殆ど宙に浮いた状態で、視線を下へと向けた。
周囲は既に暗くなっており、空には星が瞬いている。
月明かりのおかげで視界は悪くないのだが、それでも穴の底は見えない。
土彦はニッと口の端を吊り上げると、何気ない様子で身体を前へと投げ出した。
支えるものなど、周囲にはない。
まるで放り投げられるように、土彦の身体は宙を舞う。
落下してはいるものの、土彦の表情に焦りはない。
いつもと変わらぬ笑顔を湛えながら、ふっと足を穴の壁面へと突き出した。
壁を蹴ったことで壁面近くからは僅かに離れながら、土彦は懐へと手を伸ばす。
引きずり出したのは、大きなバックルがついたベルトだ。
土彦はそのバックルの部分を手繰り寄せると、表面を撫でる。
すると、黒く滑らかだったその部分になにやら映像が浮かび上がった。
スマートフォンやタブレット型コンピュータの画面のように見えるそれを、素早く操作していく。
時間にして、2、3秒と言った所だろうか。
バックルの表面が、真っ黒に戻る。
その瞬間、突然土彦の落下速度が緩まり始めた。
まるで、パラシュートを開いたかのようだ。
その減速の源は、先ほどのベルトだった。
土彦は、ベルトに片手でぶら下がった姿勢になっている。
落下速度はドンドンと下がっていき、地面に着くころには、まるで羽を落としたかのようなゆっくりとしたものになっていた。
トンッと軽やかな音を立てて地面に降り立つと、土彦は満足気な笑顔を作る。
先ほど使ったのは、ガルティック傭兵団のために作った、魔法装置の一つだった。
空間に干渉し、落下速度の低下や、ある程度の空中歩行を可能にする道具だ。
この高さからの実験は初めてだったのだが、結果上々といったところだろう。
それを懐に戻しながら、土彦は目的の場所に向って歩き始める。
最下層に空いた、横穴。
如何にもといった雰囲気のそれが、エンシェントドラゴンの寝床への入り口であった。
その横に、貫頭衣を着込んだ女性が立っている。
人間のように見えるそれは、この巣の管理システムの端末、つまり、ゴーレムだ。
「ようこそ、土彦様。奥でエンシェントドラゴン様と、風彦様がお待ちです」
「ああ、もう来ていたんですか! 急がないといけませんね!」
土彦は嬉しそうに笑うと、パチリと両手を合わせた。
気分が高ぶったときなどに見せる、土彦のクセだ。
「お出迎えありがとう御座います! 後で新しい魔法生物を入れますから、準備して置いてくださいね!」
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌でそう言いながら、土彦は横穴の中へと入って行く。
縦は5m、横幅も10mを越えるような大穴だ。
弾むような足取りで中へと消えていく土彦に、女性型のゴーレムは静かに頭を下げた。
横穴をしばらく進むと、金属製の扉が現れた。
高さにして3mを越えようかというそれは、工業機械で加工されたかのように滑らかな表面をしている。
土彦が扉の前に差し掛かると、それを待っていたかのように扉が開いた。
その先にあったのは、体育館ほどの広さの、何もない部屋だ。
床や壁はコンクリートのような硬そうな素材で出来ており、天井は全体が淡く発光している。
部屋の中央付近には、少女と2mほどの体長があるドラゴンがいた。
風彦と、身体を小さくしたエンシェントドラゴンだ。
「おお。来ましたか」
「土彦姉!」
振り返ったエンシェントドラゴンの声に素早く反応したのは、風彦だった。
パッと表情を綻ばせると、両手を上げて土彦のほうへと駆け出す。
面食らう土彦をよそに、風彦はその両手をとってぶんぶんと上下に振り回した。
「いやぁ、感動ですよ! エルトヴァエル様から情報は頂いていたんですが、やっぱり直接お会いすると予想以上にお美しい!」
「あっはっはっは。いえいえ。貴女もなかなか可愛らしいですよ」
呆けた顔をしていた土彦だったが、すぐに調子を取り戻したらしい。
いつものニコニコとした笑顔に戻ると、嬉しそうにいう。
一頻り土彦の手を振り回すと、風彦は居住まいを正す。
仕切り直すように咳払いをすると、恭しく頭を下げた。
「つい先ほど生まれたばかりの眷族、ガーディアン。風の風彦で御座います。なにとぞよろしく、土彦姉」
その様子を見て、土彦は楽しそうに頷いた。
「ええ、こちらこそ。私は土の土彦。外でのお仕事、よろしくお願いします」
土彦も、風彦が造られることになった経緯はよく知っていた。
彼女がこれからこなす事になる仕事の事も、勿論分かっている。
二人はしばしにっこりと笑いあう。
初めての姉妹の顔合わせだ。
お互いの存在を確かめるように、じっくりとその姿を目に焼け付き合う。
顔はあまり似ていないが、纏う雰囲気は近いものがあった。
同じ神に作られたのだから、ある種当然だろう。
だからこそ、初めての顔合わせでも、お互いに通じるものがあるようだった。
「さて。エンシェントドラゴン殿との顔合わせは終わっていますか?」
「はい。先ほど」
風彦に確認すると、土彦は一つ頷いた。
そして、エンシェントドラゴンの方へと体を向ける。
「風彦のこと、今後よろしくお願いいたします」
「力になれることがあれば、いくらでも」
頭を下げる土彦に、エンシェントドラゴンは大きく頷いて見せた。
挨拶も終わったところで、二柱と一匹は円陣を組むように立つ。
表情を改めると、まず風彦が口を開いた。
「私の今後の仕事で、お二方にお伝えしなければならない事が出来ました。赤鞘様のご希望で、この土地にお客様をお招きする事になります」
「なんと! 客ですか」
風彦の言葉に、エンシェントドラゴンは驚いた様子で声を上げた。
もちろん、非難の意味はない。
単純に驚いただけである。
神に仕える身である彼らにとって、その意思は絶対だ。
特に土彦と風彦にとって見れば、赤鞘は創造主になる。
その意思に対して、是も非もない。
ただ、何をおいても叶えるのみなのだ。
「はい。私の仕事の関係で回る、三つの国はご存知ですよね。そこの方々を、ここにお招きする事になったんです」
「それは……なんでまた?」
「何でも、お世話になるからにはご挨拶したい、とかでして」
首を傾げる土彦に、風彦は苦笑を漏らしつつ、事の経緯を説明し始めた。
「いやぁー。やっぱりお世話になるわけですし、ご挨拶はしたいじゃないですかぁー。あ、でも私、この土地から離れられないんですよね。電話でご挨拶って言うのも……」
なにやら悩みこむ赤鞘を前に、エルトヴァエルと風彦は表情を強張らせた。
挨拶をしたいというのは、日本神にとってもはや習性であると言っていい。
最近はスマホやメールも普及してきた日本だが、ものを言うのはやはり顔を合わせての会話なのだ。
土地神は気軽によその土地に行ける仕事ではないのだが、それでも年に一度例外がある。
十月の、出雲大社での話し合いだ。
余程の事が無い限り大半の神が一堂に会するその場所で、直接顔を合わせる。
お互いに頭を下げあって「どーもどーも」と挨拶を交わし、様々な調整をするのだ。
そんなわけで、日本神にとっては、顔を合わせての挨拶は外交の基本になるのである。
田舎の土地神の間では、特にその傾向が強かった。
お互い娯楽も少ないため、出かけて行くこと、相手が来る事自体が楽しみの一つになっている、というのもあるのだが。
ともかく。
エルトヴァエルも風彦も、そういった事情を知っているため、赤鞘の心情を汲み取る事ができた。
出来れば叶えて上げたいとも考えている。
ただ、それをした場合の周囲への影響はどうなるだろう。
神と挨拶を交わすというのは、この「海原と中原」に置いてはこの上ない栄誉だ。
心臓の弱いものなら、神の姿を見ただけで召されてしまうだろうレベルである。
まあ、赤鞘が会いたいと言っている三人、“スケイスラーの亡霊”や“慧眼”、ホウーリカの第四王女は心臓が強いので、そういった心配は無いだろうが。
「うーん、会いに来い、って言うのも失礼ですよねぇー。何様だっていう話しになりますし」
「いえ、赤鞘様は神様ですが」
思わず突っ込みを入れたエルトヴァエルであった。
なにやら悩ましそうに唸る赤鞘に、エルトヴァエルは小さくため息を付く。
「呼び出すことは可能だと思います」
「えー。でも失礼じゃ……」
「むしろ、喜ぶと思いますけど……」
神様にお招きいただく。
もはや説明不要の事態だろう。
まして「見直された土地」は、この世界で初めて土地神が付くことになった場所でもある。
封印が解かれて間もないそこに、「土地神自身」に招かれるとなれば、この世界に住むものならば誰もがうらやむことだろう。
「そうですかぁー。あ、でも宿泊施設がないですよねぇー。あ! そうだ! 精霊さん達の浮島の所お借りしましょうか!」
「やめてくださいしんでしまいます」
ふるふると首を振りながらいったのは、風彦だ。
物理的には可能だろうが、心理的には泊まった人間のストレスがマッハになる事請け合いである。
「じゃあ、エンシェントドラゴンさんのお住まいとか?」
「あの、あそこはダンジョンですが」
眉間を轢くつかせながら、エルトヴァエルはいった。
いくらなんでもダンジョンで泊まれ、というのは酷だろう。
赤鞘は唸りながら腕を組むと、考え込むように目を閉じた。
「うーん。諦めてもいいんですけど、やっぱりこう、心情的にもねぇー。今後お世話になるわけですし。やっぱりムリしてでも私のほうから行きますかねぇー……」
赤鞘としては、やはりどうしても一度顔を合わせておきたいらしい。
それを察したエルトヴァエルは、「それがいいかもしれませんね」と口にしようとした。
だが、ちょんちょんと肩を突かれて、言葉を止める。
突いてきたのは、風彦だった。
何事かと首を傾げると、風彦は手を口元にあてエルトヴァエルの耳元に顔を寄せる。
「あの、エルトヴァエル様。赤鞘様が外に行かれるのは、お止めするのが無難ですよね?」
「と、いいますと?」
「なんと言うか。赤鞘様の性質で、アウェーに行くのは、ちょっと……」
あまりといえばあまりな物言いだが、エルトヴァエルは「なるほど」と納得してしまった。
正直、神様というのか神様であるというだけで偉いので、えらそうな態度をする必要はない。
人生を舐めきっている大学生よろしく「うぇいうぇいwww」とかいっていても神様は偉いのだ。
威厳を保つというのは、そうしなければ立場を保てない者にだけ必要なものなのである。
たとえば太陽神であり最高神でもある神様などは、「乳袋www 乳袋すげぇwww」とかいって爆笑していてもこの宇宙で一番偉いのだ。
とはいえ、保ったほうがいい体面というものはある。
もし、神様に会うのだからと緊張している相手の前に、赤鞘がいつもの調子で現れたりしたら。
気まずいというレベルの話ではないだろう。
どちらにとっても得にならない状態といえる。
「たしかに、それはありますね。わざわざ赤鞘様が会いに行って、それを見て向こうが引いたりしたら最悪です。赤鞘様は空気が読めるお方ですから、恐らく引いた事に気が付かれるでしょうし」
「そうですよ。引かれてるのがわかって、それが原因でへこんじゃったりしたら目も当てられません」
神様というのは、意外とメンタル面に問題を抱えていることが多い。
すぐ引きこもったり、いじけたり。
それだけならまだいいのだが、ちょっと気に食わないからって魔物をけしかけたりする事もあるのだ。
赤鞘の場合は、恐らく前者方面のダメージの受け方をすると思われた。
だからと言って、心の傷になりそうな事態を放っておいていいというわけでもないだろう。
「あ、そうだ! 水彦にいってもらって、いつかのゴリラトカゲの時みたいに身体を借りるってどうですかね!」
さも名案とばかりに、赤鞘は手を叩いた。
まずい。
エルトヴァエルと風彦の思考が、リンクする。
水彦をあちこち動かすのは、正直勘弁願いたいところだった。
今の所致命的な何かをしたわけではないのだが、水彦は爆弾のようなものだ。
何をしでかすか分からないし、そもそもまともに目的地に着くかもわからない。
このデリケートな時期に、水彦という手札を切るのは無しの方向でお願いしたい、というのが、エルトヴァエルと風彦の偽らざる願いだった。
「逆にそれはあのー、どうですか、ね? 赤鞘様にお越し頂いた場合、相手が恐縮してしまうのではないでしょうか」
「私もそう思います。この世界では、あまりそういったことは前例が無い事ですし」
風彦の言葉に乗っかって、エルトヴァエルも頷いた。
それに対して、赤鞘は大きな反応を示す。
「え? あ、そうなんですか? 前例がない……あー、それはちょっと、アレですよねぇー……」
前例がない。
典型的日本神である赤鞘に、その言葉は絶大な効果を現した。
そわそわとしだす赤鞘に、エルトヴァエルが畳み掛ける。
「それでしたら、いっそここに呼んだ方が早いのではないでしょうか。土彦さんに来客用の部屋を作ってもらえば、問題もなさそうですし」
「あー。そういう手もあるんですねぇー。でも、やっぱり皆さんお忙しいでしょうし」
再び悩みそうになる赤鞘に、今度は風彦が追撃をかける。
「本当にお忙しければ、きっとお断りに成りますよ。来ても来なくてもどちらでも構わない、と言っておけば、問題ないでしょうし。それに、皆さんこの土地にご興味もあるのではないでしょうか?」
「成る程。確かにずっと閉ざされていた土地ですし、この段階で内部に入れるとなればかなりのアドバンテージに……」
エルトヴァエルはなるほどと頷き、顎に指を当てる。
どこの国でも、見直された土地の情報は欲しいだろう。
まして先ほど上げた二つの国とギルドならば、それこそ喉から手が出るほど欲しがるはずだ。
喜びこそすれ、断る道理がない。
それに、この土地の中でならば、いくらでも赤鞘をバックアップできるという事もある。
樹木の精霊達に、それに仕える属性精霊達。
エルトヴァエル、風彦、土彦、そして、エンシェント・ドラゴン。
多少赤鞘がアレだったとしても、ごまかす事は可能なはずだ。
「あれ。でも、そういう人呼んでもいいんですかね?」
見直された土地に関する権限はおおよそ預けられている赤鞘だが、この土地の立場は微妙だ。
一応大きな行動をする際は、アンバレンスに聞いてみるのが無難だろう、というのが、赤鞘の認識だった。
この土地の封印が解かれた事を、一先ず今は大々的に発表はしない。
その行動指針も、アンバレンスと一緒に決めたものだ。
「じゃあ、一応アンバレンスさんに確認とっておきましょうか?」
「え、いいんじゃない? べつに」
突然の第三者の声に、全員の視線がそちらへと集まった。
そこに居たのは、パイプイスに座り、ホットドックを齧っている太陽神アンバレンスだ。
白シャツにハーフパンツ、ピンク色のヘアバンドという恐ろしくラフな恰好でホットドックを貪るその姿からは、おおよそ最高神の威厳は感じられない。
「おうふ」
「いつのまに……」
「あれ、アンバレンスさん。いらっしゃい。いつ来たんです?」
「え、さっきよ? なんか話してたから。あ、御免なさいね勝手にイス出しちゃって!」
「いえいえ! 全然平気ですよ!」
ホットドック片手に平謝りするアンバレンスに、赤鞘は笑って応える。
風彦とエルトヴァエルの顔は完全に引きつっているが、お構い無しだ。
「まあ、アレじゃない? その連中なら? 逆に引き込んじゃってさ。色々隠蔽手伝ってもらうのもいいんじゃない? エルトヴァエルちゃんのおめがねに適った連中なんでしょ?」
気軽そう、というか恐ろしくかるーく言ってはいるが、最高神様からのGOサインだ。
事実上、この線で決定したということになる。
エルトヴァエルと風彦は、小さくガッツポーズを決めた。
アンバレンスが現れたのは予想外だったが、コレはこれでよしだ。
そこで、はっとした様子で風彦が顔を上げた。
風彦は居住まいを正すと、折り目正しく礼をとる。
「初めてお目にかかります。先ほど赤鞘様の手により生まれ出でました、風の風彦と申します」
「あー、君が風彦ちゃんかー! いやー、おねぇちゃんに似て可愛いじゃなぁーい! いいなぁー、赤鞘さんところ華やかになってー! あっはっはっは!」
軽い。
どこまでも軽い太陽神である。
風彦はこのノリをエルトヴァエルから渡された知識で知っていたため、表情を多少引きつらせるだけで済んでいた。
「そういえばアンバレンスさん、何しにいらしたんです?」
「え? あ、うん。風彦ちゃんのこと聞いてたから、誕生祝いしようと思って。これ、ケーキ!」
アンバレンスは、近くに置いてあった紙でできた可愛らしい絵柄の描かれた箱を持ち上げた。
恐らく、その中にケーキが入っているのだろう。
「えーとね、それからあれだ。これあげようと思って! はい! アンバフォン!」
アンバレンスはポケットから、小型の板状の物体、アンバフォンを取り出した。
最初は嫌がっていたのだが、最近ではすっかりその呼び名に慣れたのだろう。
非常にいい笑顔で掲げられたアンバフォンは、裏側にロゴまで付いている最新型のものだった。
「という訳でいただいたのがコレです」
そう言って風彦が取り出したアンバフォンを、エンシェントドラゴンと土彦は微妙そうな表情で見つめた。
なんともいえない沈黙が続いたが、それを最初に破いたのは土彦だ。
「なんというか。相変わらずお元気そうですね、アンバレンス様は」
「というか太陽神様が頻繁にいらっしゃるこの土地はなんなのか」
至極もっともなエンシェントドラゴンの疑問だが、恐らく特に意味はないのだろう。
疲れたから酒でも呑みに来たとか、恐らくその程度の理由なのだ。
実際、アンバレンスは風彦の誕生祝いにかこつけて、さんざん酒を飲んで帰っていったのだという。
「アンバレンス様のことはいいとしてですね」
風彦は軽く咳払いをすると、話題を切り替える。
「土彦姉には、来客用の建物を作っていただきたいんです。地下実験室以外に別の施設、ということで。今後も何かと対外的な拠点は必要になるでしょうし」
「なるほど。確かに今はガルティック傭兵団だけですが、今後何があるか分かりませんからね。対外的な場所は必要、というわけですか」
土彦は感心した様子で、大きく頷いた。
エンシェントドラゴンはといえば、僅かに首をかしげている。
「だが、そういったものはアグニー達が用意すべきなのでは? やはりこの土地の主役は、彼らなのだし」
「まぁまぁ。確かにそれも一理ありますが。アグニーさん達は今村づくりの真っ最中ですからね」
「そもそも、彼らお客さんが来たら逃げるでしょうし。ほら。ギルドとか国の偉い人って、護衛とかつけてますから」
土地に招こうとしているのは、誰も彼も要人ばかりだ。
当然、護衛も付いてくる事になるだろう。
敏感な危機察知センサーを持つアグニー達が、彼らの存在を感知したらどうなるだろう。
「はっ! こわいひとがちかづいてくるぞぉー!」
「にげろー!」
「けっかいー!」
「うわぁー!」
そんなことを口々に叫びながら、脱兎の勢いで逃げていくに違いない。
エンシェントドラゴンにもそれが想像できたのか、どこか納得した様子で頷く。
「たしかに。容易に想像できるな」
「しかしそうなると、地下施設でもないと反応するかもしれませんね。どうせ移動には地下トンネルを使ってもらうでしょうし、同じでしょうか?」
「そのあたりのことは、後でエルトヴァエル様がいらっしゃるそうなので、相談していただく形になるでしょうか」
「わかりました。しかし、そうなると問題は資材ですね。ただでさえ現状足りない状態なのですが」
ガルティック傭兵団の装備を整えている現在、資材や材料が不足している状態にあった。
土彦の魔法やマッドアイ・ネットワークを使った収集などで補ってはいるが、それにも限界がある。
現在最大の目標が「戦力の確保」である以上、そちらをおろそかにするわけにもいかない。
となれば、当然新しい施設作りに回す資材は不足してしまう。
「そのあたりは、私が外に行った時にある程度調達してきます。今日この後外回りをしてきますので。それと……」
「それと?」
風彦は一瞬いいよどむと、微妙そうな表情を作る。
そして、搾り出すように言葉を続けた。
「赤鞘様がですね。湖にいらっしゃる精霊方に手伝ってもらえば、浮遊島の感じで綺麗な建物が出来るんじゃないかなぁー。と……」
土彦とエンシェントドラゴンは、なんともいえない表情で凍りついた。
確かに彼らの手にかかれば、綺麗な建物が出来上がるかもしれない。
属性の力の篭った魔力結晶で出来た、それはそれは綺麗な建物だ。
人間には現在作ることが不可能な、飛びぬけて美しいものになる事間違い無しだろう。
「そんな所に通したら、ショック死するかも知れんぞ」
「ですよねぇ。赤鞘様の感覚がいまいち分かりません」
頭を抱えているエンシェントドラゴンと風彦を前に、土彦は苦笑を漏らす。
「自分で作れるものは大したことがない、という考え方なのですよ、恐らく。そのあたりは私がエルトヴァエル様と調整しましょう」
「頼りにします、土彦姉」
任せてくださいとばかりに胸を叩くと、土彦はにっこりと笑って見せた。
このとき、土彦も任せると大概ひどいことになるタイプだと、風彦は良く理解していないのであった。