十話 「んー。じゃあ、水彦とかどうでしょう」
目の前がぐにゃぐにゃしていて、見えづらい。
自分が、自分と同じで自分と違う物の中に居ると分かったから、体を伸ばした。
ボロイのと、光ってるのと、白いの。
三つが自分を見ていると分かった。
三つのうち、自分を創ったのはぼろいのだ。
分かったとか、そう思ったとかではなく、最初から分かっていた。
ぼろいのは自分を見て、なんだか困ったような顔をしている。
自分とぼろいのと、見た目が違うことに気が付いた。
自分には色がなくて、ぼろいのは黄色い。
光ってるのと、白いのは、白い。
自分はボロイのが創ったものだから、黄色くなることにした。
赤鞘の創り上げたモノは自ら立ち上がると、すぐに周りと自分を見比べ始めた。
どうやら水で出来た自分の体と、赤鞘たちの見た目の違いに違和感を覚えたようだ。
しばらく赤鞘のほうを見据えると、その体に変化が起き始める。
インクを垂らしたように表面が紅く染まり始め、あっという間に人間の皮膚の様に変化したのだ。
黄色人種のような色合いの肌は、人間の物と寸分違わない。
「流石というかなんと言うか。これなら問題なさそうだね」
身をかがめ、アンバレンスはソレをまじまじと覗き込んだ。
どんなことが出来るのか、どの程度の知性を持っているのか。
ただ覗き込んでいるだけに見えるが、勿論そんなはずはない。
一応神である彼の目には、ソレがどんな物なのか映し出されている。
「まだいろいろ知識はないけど、頭は良い子みたいだね。力も十二分にあるし」
まじまじと覗き込むアンバレンスを、ソレは表情も変えずに見つめ返す。
表情が変化するのかさえ、まだわからないのだが。
ソレは首をかしげると、突然身を捻り赤鞘に向かって歩き出した。
「んえ?」
不思議そうに首を傾げる赤鞘にかまわず、その後ろに回りこむ。
何をするのかと、首を傾げる赤鞘。
ソレは赤鞘の衣服をむんずと掴むと、引っ張ったり匂いをかいだりし始めた。
「ああ。お洋服ですね」
エルトヴァエルが手を叩いて言う。
そう、彼は全裸だったのだ。
見た目は7~8歳といったところだし、場所が川だけに全裸でもかまわないといえばかまわないのかもしれないが。
ちなみに、立派な男の子だった。
ビジュアル的な意味でだが。
「え、洋服とか用意しないといけないんですかね?」
赤鞘が顔をしかめ、後ろを振り向く。
その、瞬間だった。
ソレの体の回りの光景が歪み、赤鞘の着ているものと同じような着物が現れたのだ。
地味な色の袴を身につけたその姿は、昔の日本の子供の様でもあった。
赤鞘と同じ色合いの袴ではあったが、一つ決定的な違いがあった。
赤鞘のはいているのはかなり着潰されているように見えるのに対し、ソレの物は真新しく見える。
「へ?」
どことなく満足そうに見える無表情のソレを見て、赤鞘の目が点になった。
「あれ、服着てましたっけこの子」
「今しがた創ったみたいよ? 魔力使って」
魔力というのは、この世界に満ちる神力のことだ。
自由に操ることが出来れば、着物の一着や二着作ることはたやすいだろう。
「でも、絹地とか木綿とかじゃないなぁ。水をそうなる様に加工したみたいね。水から出来てるだけあって、水の扱いが得意みたいですよ」
面白そうに言うアンバレンスの言葉に、赤鞘は表情を引きつらせた。
「なんか。恐ろしく学習が速くありませんか?」
「その子、相当頭いいですから。すぐに言葉も覚えると思いますし」
アンバレンスがそういうということはそうなのだろう。
赤鞘は困ったような笑顔を作ると、ソレの頭に手を伸ばした。
ソレは頭に手を載せられぐしゃぐしゃと撫でられるが、特に抵抗はしなかった。
自分が誰に創られたか、きちんと理解しているようだ。
「とりあえず、名前考えますかね」
「なまえ、かんがえますかね」
苦笑しながらそういった赤鞘の言葉を繰り返したのは、赤鞘が創ったものだった。
「「「・・・」」」
黙りこむ二柱一位。
「しゃべりましたね」
ぼそりとつぶやくエルトヴァエル。
「しこたまはえぇ……」
同じようにつぶやくアンバレンス。
「あれ。おかしいな。事前知識とか与えてないはずなのに」
引きつり笑いをする赤鞘。
どうやら赤鞘が創った物は、創造主の予想をはるかに超えて優秀なようだった。
丁度その頃、食事を終えたアグニーたちは、これからのことについて話し合っていた。
子供や女性陣は食事の後片付けをしているので、参加しているのは大人の男ばかりだ。
これが人間ならば非常にむさくるしい絵になるのだろうが、彼らアグニーの外見は人間で言えば小学生程度である。
ゆえに、その絵面は、まるで学級会のようだった。
円陣を組んで座っており、一番上座と思われる「見放された土地」側には、長老が座っていた。
「はい、と、言うわけで。第一回追われて逃げてどうしよう会議を始めたいと思います」
「「「いえー」」」
ぱちぱちと拍手が起こる。
別にふざけているわけでは一切ない。
これがアグニー族に代々続く、会議の正しい始め方なのだ。
はじめに考えたやつはふざけていたかもしれないが。
「ひとまず、しばらくここに滞在することは決定でいいじゃろうかの?」
「異議なし」
「いいとおもうぞ」
「賛成」
ボツボツと同意の声が上がり、長老がうんうんと頷く。
「それではまず必要なものをそろえる相談といこうかのぉ。衣食住の、衣は一応みんな服を着ておるからクリアとしよう。次は食、まずは狩人のギン」
名指しされたギンは「はい」と答え手を上げた。
みんなの注目がギンに移る。
「この辺りはオオネズミやウサギが多い。食べる分には困らないだろう。俺達が警戒しなきゃいけないのは狼ぐらいかな」
「狼怖いじゃねぇかよ」
「かじられたら俺達即死だぞ。魔法使わなければ」
「「ぶーぶー!」」
他のアグニーたちからブーイングが起こった。
「まあ、火さえ絶やさなければ大丈夫じゃろう。植物系のほうはどうじゃろう?」
長老の問いに手を上げたのは、中年アグニーのスパンだ。
「食べられる野草が多くて、普段村で食べてた頃よりも収穫が多い。生えている量も多いから、とり過ぎないようにしても二週間はいける」
「野草うまいよな」
「しゃきしゃきしてキリッって感じで」
「水はどうなんじゃね?」
この疑問にも、スパンが答える。
「水場は他の動物も集まるし避けるべきだが、ここは丁度川から少し離れたあたりだから。水の心配も要らないみたいだな」
「そうか。では、当面飯の心配は要らないようじゃな」
この言葉に、すべてのアグニーが安堵のため息を吐いた。
言った本人である長老も吐いた。
食べるのが大好きなアグニーにとっては、とても重要な問題だったのだ。
「次に、住じゃ」
「はい」
これに手を上げたのは、若者アグニーのマークだ。
「とりあえず雨を避けるために、屋根と壁を一体にした物を作ろうと思う。落ちている枝と草、それと落ち葉を材料にする予定だ」
「木を切り出せば、すこしはましな物ができるかもな」
「いや、木は切らない。枝とかを使ったほうがカモフラージュになるし、幸いこの辺には大きな枝が多いからな」
マークが言ったように、辺りを見回すとアグニーの身長と同じような大きさの枝がいくつか落ちていた。
風に揺らされたり、動物にかじられたりして落ちたのだろう。
「なるほど。カモフラージュか」
「流石マークだな」
感心したように頷くアグニーたち。
どうやらマークは、一目置かれた存在らしい。
「少し地面を掘って固めればそれなりに寝やすくもなるし。何人かに手伝ってもらえれば、すぐに全員分の寝床は確保できると思う」
「どのぐらい必要じゃね?」
「六人ぐらい男手は欲しいけど……」
そういいながら、マークは周りを見渡した。
半分が女子供の集団で、さらに半分は怪我人や老人だ。
男手といえるのは、精々10人前後だろう。
「子供たち全員と、大人二人ぐらいに手伝ってもらってもよければ、夕方までには何とかするよ」
「では、そうしてもらおうかのぉ」
「分かった。じゃあ、二人付いてきてくれ」
言うが早いか、マークはそういって立ち上がる。
近くにいた男二人が、「任せろ」「俺が行くよ」とそれぞれマークについていった。
「さて、となると、後は食いものかのぉ」
「俺が何人か連れて、水と植物、薪とかを集めるよ」
言ったのはスパンだ。
「そうだな。そういうのは、ギン以外ならスパンが一番頼りになる」
「頼むぜ、オヤジ代表!」
その言葉に、どっと笑いが起きた。
「誰がオヤジだ! おまえ、おれはまだ26だぞ?!」
「26はもうオヤジなんだよ」
「お前も30になれば分かるさ!」
アグニーたちの寿命は、人間の丁度半分だ。
加齢の速度は、丁度倍になる。
つまり、スパンは人間で言うと52歳になるわけだ。
ちなみに関係ないが、長老は51歳。
人間で言うと102歳だが、未だに畑や狩りなど第一線で活躍する現役だったりする。
「じゃあ、俺と長老、ソレと何人かが狩りに行くか」
ギンのこの言葉が証明だ。
実はアグニーは魔力で体力を補っているため、ある程度年齢が高くても体力的には若い頃と変わらない。
魔力の制御に慣れた年配の者のほうが、力が強いぐらいであったりする。
しかし、それでも体は長年使えば老化する物だ。
膝を悪くしたり、骨折した箇所が弱くなったり。
自然の中で生きる彼らは、その分怪我が多くなる。
長老の様にこの年齢まで行動に支障が出るような傷跡が残っていないアグニーは、非常にまれだ。
現に、周りのギンと同い年ぐらいのアグニーたちは、体のどこかしらに傷跡を持っていた。
あるものは片目を失い、あるものは肩に獣にかまれた跡をつけている。
しかし、ここにいるアグニーたちの怪我は、実はたいしたことがない分類に入る。
大きな怪我をして動きに支障があるものは、ほとんど捕まってしまったからだ。
「じゃあ、俺も狩りにいくか」
「俺はスパンに付き合うかな」
「子供達と女達に、肉食わせてやらないとなぁ」
「では、解散じゃ。それぞれ必ず日が沈む前にここに戻ってくること。忘れんようにのぉ」
「「「おお!」」」
息の合った声を返し、アグニーたちは立ち上がりそれぞれに集まり話し合い始めた。
その様子を満足げに見ていた長老だったが、思い出したようにギンのほうへと歩き出だした。
胡坐をかいた赤鞘の膝に、赤鞘が創ったモノが座る。
アンバレンスもやはり胡坐で、エルトヴァエルは正座で座っていた。
相変わらず荒地の土の上ではあるが、三人とも段々慣れてきたらしく違和感はないようだ。
周りから見れば神と天使が地べたに座り込んでいるという異様な光景なのだが。
「で、彼の名前、決まってるんです?」
アンバレンスが言った彼とは、赤鞘の膝に据わっているモノのことだ。
まったくの無表情で当たり前の様に赤鞘の膝に据わり、きょろきょろと周りを見回している。
「はい。一応創る前から名前は決めていたんで」
「へぇ。どんなんです?」
興味深そうに聞くアンバレンスに、赤鞘はにっこりとした顔で言う。
「ええ。みったんです」
一瞬、周りの空気が凍ったのを、赤鞘はまったく感じ取ることが出来なかった。
「み、みったんですか」
「ええ。良い名前でしょう? みったん」
ひょっとして、ギャグで言っているんだろうか。
アンバレンスとエルトヴァエルの思考がリンクした瞬間だった。
顔に笑顔を貼り付けたまま、アンバレンスがエルトヴァエルに目を向けた。
何とか言ってよ。
目がそう訴えかけている。
エルトヴァエルは、良くも悪くも律儀な天使だった。
太陽神にして最高神の無言のプレッシャーに、彼女は重い口を開く。
「ええと、どうでしょう。折角ですし、漢字のお名前をつけて差し上げては」
「ああ、それいいかも! こう、赤鞘さんの部下! って感じを出すにはやっぱり漢字だよね!」
漢字なら酷いことにはならないはず。
そう考えた結果だった。
「ああ、そうか。ソレもそうですよね」
よし、乗っかってくれた!
一柱と一位は内心ほくそ笑んだ。
まだ名前も付けられていないモノは、不思議そうにきょろきょろ周りを見回している。
「んー。じゃあ、水彦とかどうでしょう」
「いいんじゃないでしょうか」
さっきよりは。
とは、決して言わないエルトヴァエルだった。
「水彦。水彦。うん。かっこいいじゃない。水も含まれてるし」
名前に守護している物や扱う物を入れると、力がある程度強くなるという。
神が創った物も同じで、名は体を表すというように、名前がソレっぽいほどソレっぽい力が付くのだ。
ちなみにアンバレンスは、この世界の言葉で「炎で描かれた完璧な円」とかそういう感じの意味合いになる。
真名という物をご存知の方も多いと思う。
名前というのには特別な力があり、本当の名前を知られると使役されるとかそんな感じのアレだ。
赤鞘が創ったモノには、出来た瞬間から真名は付いていた。
神が生み出す物というのは、大体生まれる前後に真名が付く物なのだ。
それは意味を持つ言葉なので、ネーミングセンスとかは特に気にされることはない。
存在を表す言葉に、センスも何もないのだ。
だが、普段呼ばれることになる名前に関しては話が違ってくる。
まさか普段から真名を呼ぶわけにもいかないので、あだ名のような物を付けることになる。
赤鞘もアンバレンスもエルトヴァエルも、このあだ名だ。
とはいえ、一応力はあるので、自分にちなんだ物をつけるほうが良いとされている。
勿論、ただ闇雲にちなんだ名前をつければいいというものではない。
別にソレでもいいのだが、付けられるほうはたまった物では無いだろう。
その昔、愛の天使に「珍助」と名前を付けそうになった女神がいたという話は、神の間ではあまりにも有名だ。
「おれの、なまえ、みずひこ」
どうやら、本人も気に入ったらしい。
赤鞘の膝の上で、水彦はぱたぱたと足を動かした。
「じゃあ、決定ですね」
赤鞘はうれしそうに笑うと、水彦の頭をなでた。
そんな様子に、一柱一位はほっと胸をなでおろす。
後にこのときの事をエルトヴァエルから聞いた水彦が彼女に本気で感謝したのは、別の話だ。
話の流れの予定が押せ押せになっています。
次回こそ結界を開かないと。
その前にアグニーの家畜とかも登場させないと。
まだ一部迷っている動物の設定もあるので、それが完成し次第書き始める予定です。
アンバレンスがキモイと言っていた動物も何ぼが出てくる予定です。