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百話 「いや、有難う御座いました! 素晴らしいものが見れましたとも!」

 ソレイルール砂海は、そこでしか採集する事ができない様々な鉱物。

 あるいは、多種多様な生物資源を得られる場所である事から、周辺諸国での領地争いが激しい場所であった。


 砂漠であるソレイルール砂海だが、意外なことに生物は豊富に生息している。

 それらを支えているのは、一年の三分の一を占める日数発生する、濃い霧だ。

 まとまった雨として降ることこそ無いものの、それらの霧を水として取り込むことが出来る動植物は数多い。

 その代表格が、浮遊植物群だろう。

 日光が豊富なソレイルール砂漠上空には、沢山の浮遊性の植物が浮かんでいるのだ。

 それらは様々な方法で霧を取り込み、生命活動に使っている。

 植物があれば、当然それらを頼る草食動物が現れるのも当然だろう。

 飛行性の生物や、様々な方法で上空の浮遊植物を捕らえる機能を持った動物が砂海には生息している。

 植物や動物が居れば、当然のように現れるのが昆虫達だろう。

 動物の糞や、枯れた植物。

 彼等が食べる事のできる糧は、いくらでもあるのだ。

 となれば当然、草食動物や昆虫を食べる、捕食者も現れてくる。

 ソレイルール砂海は、土地に根を下ろす植物こそ無いものの、実に豊かな生態系を持つ土地なのであった。

 そこに住まう動植物は、この場所にしか生息しない固有種ばかりだ。

 世界でも類を見ない環境に生息するため、様々な身体的特徴を持っている。

 そういった身体的特徴、たとえば角や体内生成物質などは、実に希少であり、高値で取引されていた。

 とはいえ、ソレイルール砂海は、恐ろしく特殊な環境だ。

 立ち入るにしても、様々な専用の装備や機材が必要になってしまう。

 こういった場合、「海原と中原」という世界では大半において国家が乗り出してくることになる。

 国家事業として専用の魔法装備を創り、生物の捕獲や、資源の採掘にあたるのだ。

 ソレイルール砂海から得られる利益は、国を動かすのに十二分なものだったのである。


「それだけ金になる場所なら、当然いろんな国が群がってくるわな。そうなっちまえばもう後は泥沼よ」


 そういうと、セルゲイは呆れたとでもいうような顔で肩を竦めた。


「どっちが先に手を出したの何だの、ようは相手を砂海から手を引かせたいが為の足の引っ張りあい。嫌がらせ合戦よ。砂海のおかげで金だけは入るから、手に負えなくなる一方だよ」


「最初は小競り合いだったものが、何時の間にやら戦争に。ですか」


 なにやら楽しそうな様子の土彦の言葉に、セルゲイは「正解」と応える。

 それを見て、土彦は嬉しそうに両手を合わせた。

 クイズに正解して嬉しい、といった様子だが、内容は恐ろしく物騒だ。


「その戦争の結果、砂海の真反対に位置する二つの国が覇権を握った。他の国は飲み込まれたり属国になったりだね。拡大していく戦火の中、片方の国が禁じ手を使っちゃったのよね」


「禁じ手、ですか?」


「そっそ。まあ、俺も魔法には詳しくは無いから、大体で説明するんだけどもね?」


 そういうと、セルゲイはいくつかの資料をモニタに表示させた。


「戦いは激化するものの、お互い決定的な決め手には欠いてたのよ。何しろ砂海挟んで反対側でしょ? お互いの稼ぎ場を荒らさないように戦争するってのも中々難しいもんだからね。勿論本業だっておろそかに出来ない」


「成る程。そうなるとお互いに影響が少ない場所を選ぶか、相手にしかダメージを与えない場所を選んで戦う、ということになりますか」


「そう。決定打は撃てないけど、ずるずる戦闘は続く。最悪の泥沼だぁね。勿論、埒を明ける方法が無いわけじゃない。たとえば個人最大戦力の投入」


 この世界には、飛びぬけた力を持つ者が僅かながら存在していた。

 ステングレアの“紙屑の”や、メテルマギトの“鋼鉄の”。

 ホウーリカ王国の“鈴の音の”やスケイスラーの“複数の”などの事だ。

 どこの国にも一人か二人、こういった強大な力を持つ個人が居るのである。

 そういった者達は、兵力としてであったり、牽制であったり。

 はたまた大軍を退けるためや、同じような強力な敵と戦うためなど、様々な目的のために国の指示の下戦っている。

 多くの場合、彼等は「抑止力」としての効果を持っていた。

 個人で戦場を支配するような力の持ち主達をどう動かすのか。

 それは、国の命運を左右する事柄なのだ。


「それは難しいのでは有りませんか? こんな時、切り札は防衛に回したいはずですし」


「はい、土彦ちゃんまた正解。そういう連中は自国の防衛、それも取り分け砂海での作業場の防衛に回された。そこで得られる収入が生命線だからね。ま、別の使い方はされたんだけど」


「別の使い方ですか? どういったものでしょう」


「んー。そうだなぁ。動かさなくても使う手はあるってことかなぁ」


 どうやって説明したものか悩むように、セルゲイは考え込むような表情を作った。

 その間に、意外な人物が言葉を挟んでくる。

 ポップコーンを貪りながらだらりとしている、樽に入った男だ。


「コッチの切り札はどこそこに行きました、って偽の情報流したんじゃない? お互い離れてるから確認も取りにくいだろうし。疑心暗鬼になってるだろうから、それだけでどっちも右往左往すると思うよ?」


「その通り! 情報戦って奴だな。まあ、基本的な戦術だけど、その分効果テキメンだったんだよね、これが。戦争中盤はアッチに行ったこっちにいったの、そりゃもう情報が錯綜しちゃって大変だったのよ」


「なるほどなるほど。情報戦ですか!」


 土彦は納得が行ったというように、ポンと手を合わせた。

 樹木の精霊達に詰め込まれた知識には、情報戦などに関するものもある。

 だが、それらはあくまで知識として頭に入っているだけであった。

 ほとんど人と接した経験の無い土彦には、それらを扱うのはまだ少し難しいようだ。


「そんなこともやり始めると、どっちも収まりがつかなくなって行ってね。他にもアレやコレや色んな手を使い始める訳よ。そりゃまぁ、ヒドイ有様よそうなっちゃうとね。手段選ばずでね」


 モニタ上に、いくつかの資料が展開される。

 それらはその戦争中に行われた、プロバガンダやゲリラ戦に関するものだ。

 中には気流風船爆弾や、呪いなどといったものまで含まれている。


「まあ、戦争だからね。埒を明けようってホントに必死なのさ、お互いに。で、迷走に迷走をした挙句、泥沼って追い詰められて、ついに片方が禁じ手に手を出したのよ。大量破壊兵器ね」


「強力な魔法か何かですか。ん? その戦争、時代は何時の事なのですか? この見直された土地の事例がある以上、そういったものはあまり使われないのでは?」


 広範囲に影響を及ぼす大魔法は、周辺の魔力枯渇を招く恐れがある。

 それによって魔力が収縮し始めてしまい、一帯が生物の住めない空間になってしまう。

 約百年前に、「見直された土地」がまだ「キノセトル」と呼ばれていた頃。

 実際に起こった現象だ。

 人間社会では、母神はそれがきっかけで、この世界を捨てたといわれていた。

 それだけに、大規模な破壊魔法は、それ以降使用を完全に自粛しているはずなのだ。

 使えば神の怒りに触れ、自国どころか世界を滅ぼしかねないのだから。

 まあ、実際は母神が世界を捨てたのは、まったく別の理由なのだが。


「もちろん、普通の大量破壊魔法じゃぁ無いよ。魔法で大範囲に影響を起しても、魔力を枯渇させない方法って言うのがいくらかあるのさ。その一つを、この国は使ったんだね」


「それはそれは! いったい、どんな方法でしょう?」


「イケニエ。だね」


「ほぉ?」


 生贄、という単語を聞いた瞬間、それまでニコニコしていた土彦の表情が、一気に曇った。

 隣で聞いていた樽に入った男も、眉間に眉を寄せる。


「個で高い魔力を持っている生物を動力として大魔法を発動させると、周囲の魔力を殆ど消費させずに大範囲に影響を与えられるらしいのよ。通常は求められる魔力量がでか過ぎて、使えない手なんだけどね。魔力保有量のデカイ生物のそれを、死ぬまで搾り取れば話は別なわけ。まあ、何でそれで平気になるのかは知らないけど」


「生物っていうのがそのものが魔力循環の一角を担ってるからだよ」


 再び口を出した樽に入った男に、土彦とセルゲイは意外そうな顔をして目を向けた。

 男の顔には、いつものだるそうなもの以外の、明確な嫌悪感を示す表情が浮かんでいる。


「魔石みたいに純粋な魔力だけだと、そこだけで完結しちゃうからよそからの流れが来ないの。ゆっくりでも何でも、一連の流れの中で起こったものなら元に戻ろうとする力が働くからね。ため池と川、それぞれのど真ん中で爆発起すのと似てるよ。流れがあればいつかはそれなりの形に戻るんだよね」


「なるほど、なるほど」


 土彦は静かにそういいながら、口元を僅かに綻ばせる。

 樽に入った男の言葉は、土彦が知っている魔法の理に非常に近いものだった。

 人間が知らない、神々の領域の知識も、土彦は僅かながら有している。

 そんな土彦が知っている事実と殆ど変わらないことを、樽に入った男は口にしたのだ。

 どこかの誰かが考えた事を、知識として知っていたのか。

 それとも、樽に入った男独自の見解なのかは、分からない。

 だが、この瞬間土彦は、少なからずこの男に興味を抱いた。

 男にとっては、とても不幸な事なのであろうが。


「まあ、俺は専門外だから詳しくはわかんないんだけどな。まあ、問題はこのときに使った生贄よ。大量破壊魔法を使ったほうの国は猿人至上主義国家でな? 生贄として選ばれたのは他の人種だったんだが。まあ、ここで地雷踏んだわけだ」


 猿人というのは、地球で言うところの人間の事だ。

 人種がひたすらに多い「海原と中原」では、そう呼ばれるのである。


「地雷というのは?」


「エルフを使ったんだよ。それも、よりにもよってハイ・エルフをね」


 エルフの大半は、メテルマギトに暮らしている。

 だが、他の国にで暮らしているものもいないわけではなかった。

 エルフやその上位種族といわれるハイ・エルフは、とてつもない魔力保有量を持った種族だ。

 確かに彼等であれば、「生贄」として使うには申し分ないだろう。


「だけど、ハイ・エルフの命をそんな風に使っちゃうと、ガチギレしてすっ飛んでくる国があるわけ」


「都市国家メテルマギト。エルフ至上主義国家ですか」


 メテルマギトという国は、エルフによって作られた国だ。

 エルフを守る事を国是として掲げるこの国は、そのためであれば当たり前のように他国に侵攻をかける。


「そ。大量破壊兵器を使って一時的に有利を得たんだけど、よりにもよって一番危ないところに喧嘩を売っちゃったわけ。情報を聞いて完全にプッツンしたメテルマギトは、数日のうちに使われちゃったほうの国への援護を発表。援軍を出したの」


「それが、“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソですか」


「正確には鉄車輪騎士団、ね。で、このモニタの状況になったわけ」


 セルゲイが指差したのは、砂海上で移動島とシェルブレンが対峙している映像であった。


「他の鉄車輪騎士団員はこまごま動いてるんだけど、移動島はシェルブレン一人に対して出撃を掛けたんだよね。まあ、理由は映像を見てれば分かるよ」


「それは楽しみです!」


 にっこりと笑って手を合わせる土彦に、セルゲイは苦笑を漏らした。

 わずかに肩を竦めると、一時停止していた映像を再び再生する。

 土彦は身体を乗り出すと、モニタを食い入るように見つめた。




 モニタに映し出された移動島から、次々と小さなものが飛び立っていく。

 もっとも小さい、というのは島と比較すれば、の話であり、実際は10m以上の巨大な物体だ。

 無数に空へとあがって行くそれを見て、土彦は感心した様子で声を上げた。


「戦闘機ですか! 流石に数が多い!」


「島自体がでかいから、積める数も多いんだよね」


 戦闘機がアップで映し出される。

 その形状は、鎧を着た人のような形状をしていた。


「ずいぶん空気抵抗の有りそうな形ですが。ああ、でも翼や噴進機関で飛んでいるわけでも無いから、そういうのは考えなくていいんでしょうか」


 地球の航空機と「海原と中原」の航空機では、考え方が根本的に違う。

 魔法が絡んでくる時点で、その辺りはお察しだろう。

 首を傾げる土彦に、樽に入った男がちらりと目を向ける。

 口に入れたポップコーンを飲み下すと、眠そうに声を出す。


「あの国は伸縮とか曲折動力が得意だから。ムリヤリ曲線の飛行機作るよりもよっぽど技術蓄積もあるし。そもそも飛行方式が空気抵抗とか関係無い奴だからね。魔法ってすごいよホント」


「それは興味深い! 是非後でお聞かせください」


「うわぁ……余計な事いっちゃった……」


 樽に入った男は露骨に面倒くさそうな顔をするが、土彦は一切気にする様子も無い。

 キラキラとした視線を送られて、男はずるずると樽の中に沈んでいく。

 そんなことをしている間に、映像が切り替わる。

 今度は停泊していた戦艦が、次々と出港していく。

 移動島との対比で小さく見える艦艇ばかりだが、実際は100mを越えるものばかりだ。

 一隻が画面に大写しになり、土彦はその全貌に感嘆の声を上げる。


「あの横から突き出しているのは、オールですか?」


「そ。あれで空間に干渉して進んでるんだってさ」


 セルゲイの説明に、土彦は感心した様子で唸り、目を輝かせながら画面を見つめる。

 土彦の言う様に、戦艦の左右からは巨大なオールのようなものが突き出していた。

 本来水を掻くであろう部分は銀色に輝き、周囲の空気が揺らめいているように見える。

 推進方向から後方へとオールが動く時その揺らぎが大きくなっている事から、恐らくそれが「空間に干渉して」いると言う事なのだろうと推測できた。


「まずは戦闘機と戦艦で攻撃を仕掛ける。ていうか、普通ならそれで終わりだよねぇ」


「戦艦の主砲級、というか、そのまま主砲ですか! それこそ一発で家屋の数軒吹き飛ばすのでしょうね! ああ、素晴らしい!」


「嬉しそうね」


 キラキラ輝く土彦の笑顔に、セルゲイは苦笑を浮かべる。

 画面の中では、戦闘機がシェルブレンに向って飛行していた。

 綺麗に組まれた編隊は、乗り手の錬度の高さをうかがわせる。

 高速で近づいてくる人型のそれらに、シェルブレンも動きを見せた。

 といっても、戦車の車輪を止めるという、予想外のものではあったのだが。


「おや? 足元を固定しての砲撃でもするつもりなのでしょうか?」


「さぁーてねぇー。その辺は本人しか分からないだろうけど。じっくりなぶってる様子が良く見えるように、かな? うかつに近づくと、ぱぱっと終わっちゃうからね」


 飛び出してきた不穏当な単語に、土彦は目を丸くする。

 だが、その表情は驚きというよりも、喜びの色が強い。

 そうこうしているうちに、シェルブレンに動きがあった。

 当人は仁王立ちのままなのだが、戦車シルヴリントップの後部が変化し始めたのだ。

 大きな二つの箱型のケースが展開し、内部に納められたものが露出する。

 現れたのは、飾りの施された金属製の楔のようなものであった。

 複数並んだそれは、1mほどの長さがあるだろうか。

 一つのケースに付き十本が納められており、合計で二十本になる。

 その楔の表面に、青い光の筋は走り始めた。

 数秒後、楔はケースから離れ浮かび上がり、まるで個別の意思でもあるかのように空中を漂い始める。

 シルヴリントップの周囲を守るように円形に囲むと、切っ先を下へと向けたまま静止する。


「ここからが驚くところだよ」


 セルゲイが呟いた、次の瞬間。

 二十本の楔が、突然高速で動き始める。

 直進と停止を繰り返す独特の機動で、接近してくる戦闘機の方向へと飛んでいく。

 青白い光の尾を引いて高速移動するその様は、一種光学兵器じみたものだった。

 戦闘機へと近づいた楔は、そのままの勢いで機体を突き刺さんと直進する。

 戦闘機へ一定距離近づいた瞬間、楔を中心とした空間が波紋のように波打ち始めた。

 そして、楔はまるで壁に激突したかのように、弾き返されたのだ。


「おお! これは結界! バリア! シールド! 障壁! このサイズの機体に搭載しているんですか!」


 興奮する土彦をよそに、状況は動き続ける。

 戦闘機は散開し、回避行動をとり始めた。


「おや? あの楔、弾けるのであれば避ける必要は無いのでは?」


「自動で展開するならそうするんだろうけどね。この国の防御は手動だから。そうでもしないと飛行に使ってる魔法と干渉して、墜落しちゃうんだって。飽和攻撃で墜落させるとか、よくやったなぁ」


 懐かしそうに呟くセルゲイに、土彦が愉快そうに笑い声を上げる。

 間に挟まれた樽に入った男は、ゲンナリとした様子だ。

 バラバラに飛び回り楔を避けようとする戦闘機だが、楔の動きは戦闘機のそれを凌駕しているらしい。

 楔は逃げ回っている戦闘機目掛けて直進し、弾き返されるという行動を繰り返している。

 ここで、土彦はあることに気が付いた。

 楔は弾き返されるごとに、その勢いを増しているように見えたのだ。

 そして、その度に少しずつ空間の揺らぎを越え、より機体に切っ先を近づけているようにも。


「これは。まさか、どの程度の威力でなら貫通できるか試している?」


「正に実地テストだよね。試されてるほうは生きた心地しないだろうけど」


 楔に追い掛け回される戦闘機だが、勿論されるがままという訳ではない。

 装備している兵器で楔を叩き落そうとしているが、当てるどころかかすりもしなかった。

 そんな中。

 痺れを切らしたらしい一機が、楔を無視してシェルブレンへと方向を変える。

 突撃槍らしきものを構えると、一直線に突撃を開始した。

 周囲の空間が揺らいでいるように見えることから、何かしらの魔法を使っているらしいことが分かる。


「槍の周囲に防御を張っての突撃ですか! これは、素晴らしい! 実に素敵です!」


「防壁張ってるから迎撃にも強いし、純粋な突撃としても優秀だね。問題はそこまでたどり着けるかどうかだけどさ」


 シルヴリントップの側面に取り付けられた飾りの一つが、突然跳ね上がった。

 飾りを施された金属製の四角柱。

 美しい見た目のそれの表面には、彫鉄魔法独特の光の筋が浮かび上がっている。

 それは、その箱が兵器であることを示していた。

 箱の面積の一番少ない面が、突撃してくる戦闘機へと向けられる。

 一瞬強く発光したかと思うと、その光が球体となって戦闘機へと放たれた。

 かなりの速度で放たれた光の球だったが、戦闘機はまったく避ける様子もなく突撃を続ける。

 反応できなかった、というわけでは無いだろう。

 恐らく、防御ではじけると踏んだのだ。

 おおよそに於いて、それは間違った判断とはいえない。

 むしろ、現在突撃を慣行している機体の扱いとしては、正しいといえる。

 セルゲイは動画を停止させると、片眉を挙げて説明を加えた。


「今突っ込んでってる機体は突撃用でね。この状態でなら、そこらの砲なら喰らっても平気なのよ。そもそも突撃する訳だから、そのぐらいの強度は無いとね。で、結果がこちら」


 再び再生を始めた、直後だ。

 光の球が、戦闘機の構えた槍と接触。

 大きな光がフラッシュのように瞬く。

 それが収まると、戦闘機に大きな変化が起きていた。

 変化、というのは、少し穏やか過ぎる表現かもしれない。

 何しろ、人型の戦闘機の上半身が、完全に消失していたのだから。

 土彦は目を爛々と輝かせると、口の端を大きく吊り上げる。


「これはこれは。当たった瞬間弾けたのは、超高温の指向性衝撃波でしょうか。光の具合から見て、千度は越えていたでしょうか。ああ、凄い、アレは欲しい。是非解析してみたい……!」


「このヒト怖い」


 うっとりとした口調の土彦に、樽に入った男は完全に引いている。

 空中に取り残されていた戦闘機の下半身は、やがて重力に引かれて地面へと落ちていった。

 そこで画面が、空中を逃げ惑う戦闘機達のほうへと向き直る。

 丁度そのとき、一本の楔が防御を突き抜け、戦闘機の機体へと突き刺さった。

 楔はいとも容易く金属製と思われる装甲を切り裂き、内部へと侵入。

 そのまま一直線に内部を貫き、反対側へと抜け出ていく。

 戦闘機のサイズから見れば小さいとは言え、1mサイズの楔が内部を通過したのだ。

 無事で済む筈が無い。

 ガクガクと震える戦闘機の機体を、再び杭が襲う。

 今度は易々と防御を突き破ると、そのままの勢いで戦闘機の機体を貫通する。

 それをきっかけに、他の杭も次々と防御を突き破り始めた。

 一度貫いてしまえば、後は一方的だ。

 まるでヒトが水中で肉食魚に襲われているかのように、戦闘機は次々に惨たらしく八つ裂きにされていく。

 それを確認したシェルブレンは次の行動へと移った。

 シルヴリントップの後部が発光し始めて、空中に光の輪が浮かび上がる。

 グニャリとその中心部の光景が歪んだかと思うと、何かが飛び出してきた。

 青白く発光する、1mほどの大きさの物体。

 僅か二十本で戦闘機を蹂躙していた、あの楔である。

 それが数十、百も越えようかという数をなして現れたのだ。


「一本一本演算装置で管理してるらしくてね? コレだけの数制御するの大変なはずなんだけどさ。シルヴリントップに搭載されてる人工精霊式演算装置って世界でも五本の指に入るハイスペックでさぁ。コレぐらい屁でもないって言うんだから恐ろしいね」


「ですがそれを使うには、相当の魔力が必要のはず。シェルブレン殿ご本人も、それこそ世界でも指折りの魔力保有量だと聞きました。彼でなければ扱えない戦車、ですか。シルヴリントップ……ああ、是非一度拝見したいものです!」


 土彦は頬に手を当てると、熱っぽいため息を吐く。

 その一場面だけを切り取れば魅力的に見えるのかもしれないが、それに至る経緯を知っていれば話は変わってくるだろう。

 現に隣にいる樽に入った男は、土彦から距離をとろうと棒で少しずつ横にずれて行っている。

 樽の底部分にはキャスターがついていて、簡単に移動が出来るのだ。

 空中に浮いた光の輪は、召喚門と呼ばれるものである。

 別の空間と繋がる門のようなものを開け、モノを行き来させるものだ。

 使用するには相当の魔力を必要とするため、魔石を使わない場合は複数人で魔力を賄う事になる。

 だが、シェルブレンにはそんな必要は一切無いらしい。

 発動させるのにもかなり複雑な計算が必要なはずなのだが、シルヴリントップにはそれを行うに足る性能があるようだ。


「多分、戦闘機の防御だけが懸念材料だったんだろうね。ここからは一方的だよ」


 後の展開は、正にセルゲイの言葉通りであった。

 先発の戦闘機が全て撃墜された事で、今度は戦艦による砲撃が始まる。

 だが、シェルブレンは腕を組んで仁王立ちのままだ。

 反応を見せたのは、戦車シルヴリントップだった。

 前面装甲の表面に光の筋が走ると、前方にいくつもの光で出来た円盤のようなものが現れる。

 滑らかに動き回るそれらは、戦艦からの魔法砲撃からシェルブレンを庇うように動き始めた。

 飛んでくる魔法の前に滑るように割り込むと、接触の瞬間、自ら爆発してそれを相殺してしまうのだ。

 恐らく砲撃より威力は劣るのだろうが、効果は十分のようであった。

 勢いを殺されるだけでなく、爆発の影響で進行方向も変えられており、魔法は悉くあさっての方向へと飛んでいく。

 これもまた、計算され尽くされたものなのだろう。

 砲撃が止まない中、ずっと静止したままだったシルヴリントップの主砲がゆっくりと動き出した。

 左右一門ずつの砲門が、それぞれ別々の艦に狙いを定める。

 打ち出されたのは、先ほど戦闘機を破壊したのと同種の光の球だ。

 音速に近いであろう速さで戦艦に肉薄したそれは、しかし戦闘機が持っていたのと同様の防御機構により防がれる。

 しかし。

 魔法を受け、防御が解除された瞬間を狙っていたのだろう。

 無数の杭が、戦艦に殺到した。

 戦艦クラスになれば、展開することが出来る防御も当然大きなものになる。

 その出力も、当然凄まじいものだ。

 ならば、それを展開していないときを狙えばいい。

 実に単純な発想だ。

 シェルブレンの使った魔法は、強い光を発生させ、視界をふさぐ効果がある。

 楔は単純に小さいため、視認がしにくい。

 防御は展開し続けていると、それが邪魔になり戦艦自体も砲撃が不可能になってしまう。

 シェルブレンはまず魔法で目晦ましをして、それを利用して楔を戦艦に打ち込んだのだ。

 戦闘機の装甲を容易く打ち抜く楔は、どうやら戦艦相手にも有効であったらしい。

 特に窓や扉といった装甲の薄い部分を狙い澄まし、次々と内部を引き裂いていく。

 一度内部に侵入してしまえば、杭の効果は絶大だ。

 戦艦内の壁は、戦闘機の装甲よりは頑丈では無いようである。

 数隻の戦艦が内部から破壊され、悲鳴じみた異音を上げながら砂海に沈んでいく。

 魔法動力である影響からか、地球のそれのように爆発炎上、などといったことは起きていない。

 ただ、その巨体をひしゃげさせながら、地面へと落下していくだけである。

 巨大であるがゆえに、ゆっくりと落ちていくように見えるそれは、現実感の薄い光景であった。

 すぐに応戦の砲撃が行われるが、やはりその全てが光の円盤によって阻まれてしまう。

 そして、シルヴリントップの砲が撃たれ、戦艦がそれを防御し、楔が打ち込まれる。


「戦艦の防御は、全方位を守れるわけじゃないらしくてね。シェルブレンの魔法攻撃は、目眩ましと防御の方向を決定付ける意味があるわけよ」


 自分の思い通りの方向に防御をさせて、それが解けた瞬間。

 あるいは防御の死角から、楔を打ち込んでいるのだ。


「まあ、全方位に向けて展開することも可能らしいんだけど。そうすると効果が弱まっちゃうから、多分砲撃に耐えられないだろうねぇ」


「確かに、あの主砲の威力ならばそうなるでしょうね! ああ、それも見てみたい!」


「ちなみに、シェルブレンが撃ってるのは主砲じゃないよ。同じ砲塔についてるけど、副砲的な?」


 セルゲイに言われ、土彦はシルヴリントップの砲に注目を移した。

 見ると、砲塔の表面にはいくつもの光の筋が浮き上がっているが、その数は少なく、長さも殆ど無いことが分かる。

 メテルマギトの彫鉄魔法は、鉄の表面に彫刻された陣形によって効果を発動させる魔法だ。

 その数が多く、複雑になればなるほど情報量を増し、発動される効果自体も複雑で強力なものになっていく。

 シェルブレンとも有ろう男が、彫鉄魔法をよく知らない土彦の目から見てもスカスカだと思われるようなものを、主装備として使うはずが無いだろう。


「なるほど! 機能を限定して威力を抑えているのですね!」


「そうみたいね。このレベルの威力なら、連射も出来るみたいよ?」


 そんな話をしていると、一隻の戦艦に魔法が直撃した。

 恐らく防御のタイミングを誤ったのだろう。

 とはいえ、その艦の乗組員が無能という事ではない。

 戦艦の主砲を物ともしない個人という馬鹿げた存在を相手に、良くぞこれほど戦ったと賞賛しても良いぐらいだ。

 だが、その一撃の代償は大きかった。

 炸裂した魔法は、一瞬にして船体の十分の一ほどを抉り取ったのである。

 十分の一とはいえ、相手は100mを越える戦艦だ。

 空けられた風穴は、10m以上ということになる。

 そんなものが空けられて、無事で済む訳がなく、指揮系統が数瞬麻痺するのも当然のことだと言えるだろう。

 勿論、その数瞬は、命取りになる。

 僅か一秒弱の間に三連射された光の球は、ごっそりと戦艦の船体を抉った。

 当然、船体が耐えられるはずもなく、戦艦は砂海へと轟沈して行く。

 次々に、まるで戦闘機も戦艦も変わらないとでも言うように、破壊が続けられる。

 戦艦の最後の一隻が沈むまでには、そう時間は必要なかった。


「ああ! ああ、これは!」


 もはや言葉も無いといった様子で、土彦は恍惚の表情を浮かべている。

 いつの間にかかなり距離を開けた樽に入った男は、その様子を奇妙なものを見るような顔で眺めていた。


「で、最後は移動島な訳だけど」


 セルゲイの呟きに合わせるように、移動島からの砲撃が始まった。

 戦艦の主砲レベルの魔法が、幾つも放たれる。

 だが、やはりというかなんと言うか、所詮はその程度だ。

 シェルブレン自身は微動だにせず、展開された魔法が圧倒的な防御力を持ってすべてを防ぎきってしまう。

 時折、島自体の巨大さに物を言わせたような大出力の魔法も混じるのだが、結果は同じだ。

 こちらもサイズを大きくした光の円盤に、当然のように阻まれてしまう。


「冗談みたいな魔力だな」


 ぼそりとそう呟いたのは、樽に入った男だ。


「まったくだよねぇ。土彦ちゃんもこのぐらい出来るんじゃない?」


「私ですか?」


 セルゲイに話を振られ、土彦は考えるような顔を作った。

 少しの間唸り声を上げると、にっこりと両手を合わせる。


「方法は違いますが、まあ、確かに砲撃に耐える事は出来ると思います。ですが、荒事は私よりも兄者のほうが得意ですから!」


「はっはっは! さっすがガーディアン様!」


「事実だろうところが余計に怖いんだよなぁ……僕の人生設計では、今頃海原を樽に乗って漂う平和な生活をしてたはずなのに……」


 三人が談笑していると、シェルブレンに動きがあった。

 コレまで一切動いていなかったシェルブレンが、組んでいた腕を解いたのだ。

 そして、後部に固定されていた、棒状のものに手をかける。

 引き抜かれたそれは、突撃槍のような形状をしていた。

 戦闘機が持っていたものと同種のものだが、その見た目はずっと実用一辺倒のものに見える。

 だが、それを見たセルゲイの顔は、それが見た目通りのもので無いことを物語っていた。


「さて、ここだよ。ここで初めて“鋼鉄の”シェルブレンは本気を見せるんだけどさ。これがエゲツないんだわ」


 突撃槍を手にしたシェルブレンは、それを移動島へと向けた。

 狙い定めるような動作をしていると、突然島からの攻撃が止む。

 島の周囲の空間が揺らぎ始めた事から、どうやら防御を張り始めたらしい事が分かる。


「おや? これは?」


「それだけあの槍を警戒してるのよ。防御張ってると壁があるようなものだから、攻撃も止むよね」


「槍を警戒する、ですか! それだけ特別なものなのですね!」


「そうよー。あの槍は特別製で、あの国にしては珍しい仕掛けがしてあってね。注ぎ込まれた魔力の分だけ威力を発揮するのよ。つまり“鋼鉄の”が使うと……」


 シェルブレンの持った槍から、光が迸った。

 膨れ上がる光芒は、まるで槍そのものが光と化し、巨大化したかのようだ。

 伸び、それと比例して横に広がっていく光の突撃槍は、まっすぐに移動島へと向って伸びていく。

 巨大化することで全長を伸ばし、張られた防御へとその切っ先を突きつける。

 響き渡ったのは、金属を引き裂くような轟音だ。

 波打つような空間のゆがみとして現れる防御は、突撃槍の切っ先を中心に巨大な波紋を作った。

 魔法というのは、魔法を形作るものの規模と複雑さ、流し込まれる魔力の量でその効果が決まる。

 移動島規模となれば、その防御はおおよそ想像できる最大規模のものという事になるだろう。

 なのだが。

 ゆっくりと。

 実に、ゆっくりとではあるが、シェルブレンの突撃槍は、それを貫き始めたのだ。

 きっかけを作ってしまえば、後は押し広げるだけである。

 異音と光を盛大にばら撒きながら、シェルブレンの突撃槍は防御を越え、移動島へと迫っていく。

 そして。

 ついにその切っ先が、移動島へと突き刺さる。

 一度ある程度の穴が空いてしまえば、後は一気にことは進む。

 突撃槍がはじけるように形を崩すと、それを形作っていた光が一直線に島へ向って流れ始めた。

 島の土や施設を削り取りながら、中ほどまで一気に抉り取っていく。

 衝撃波や高熱に寄るものと思しき爆発がそこかしこで起こり、破壊の爪跡を刻む。

 光が晴れた後に残ったのは、抉れて赤熱化した地表と、砕かれた施設の残骸だ。

 土煙や火災による煙が、幾筋も立ち上っていく。

 そこで、セルゲイは映像を止めた。


「この後すぐ、移動島は降伏。シェルブレンはそれを許諾して、ここでの戦争はお終い。って、聞こえてないかな?」


 苦笑交じりにそういうと、セルゲイは土彦のほうに顔を向けた。

 土彦は何も耳に入らないといった様子で、うっとりと頬を押さえている。

 何事か小さな声でぶつぶつと呟いているのは、どうやったら今見たものを再現できるかといった内容だ。

 数秒の間そうしていた土彦だったが、すぐにはっとした表情でセルゲイへと向き直る。


「いや、有難う御座いました! 素晴らしいものが見れましたとも!」


「そりゃよかった」


 嬉しそうに手を合わせる土彦を見て、セルゲイはほっとした様子で笑う。


「まあ、もっともコレと戦う事になるとは思わないけどね」


「と、いいますと?」


 セルゲイの言葉に、土彦は不思議そうに首を傾げる。

 メテルマギトは、現状最も敵対する事になると思われる国だ。

 土彦には、最も交戦確率が高い国だと思われた。


「うーん。まあ、イロイロと理由はあるんだけど。一言で言うとエルフが善良だから、かなぁ」


 難しい顔で首を捻るセルゲイに、土彦も釣られたように首を傾げる。


「何て説明すりゃ良いんだろうなぁ。俺は肉体労働専門だから、そういうのは苦手なんだよね」


「ああ、でしたら!」


 土彦は名案を思いついたというように手を叩くと、樽に入った男のほうへと顔を向けた。

 露骨にいやそうな顔をする男に、土彦はにっこりと笑顔を見せる。


「彼から色々と教わるとしましょう!」


「えぇぇぇ……」


「なるほど。それもありだなぁ」


 心底いやそうな顔をする樽に入った男に対し、土彦とセルゲイは愉快そうに笑うのであった。

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