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九十五話 「素晴らしい命名っすよねぇー! アコガレチャウナー!」

 ギルド本部があるということで、アインファーブルには様々なVIPが訪れる事も多々あった。

 そのため、そういった要人が宿泊可能なホテルも、いくつか存在している。

 厳重な警備により安全が保障されたそこは、プライアン・ブルーのような工作員にとっても恰好の活動拠点となっていた。

 料金はかなりお高くなっているが、安全のほか、ギルドによる盗聴なども心配しなくて良いというのは、大きな利点だ。

 ギルドの監視が厳しく、セーフハウスや秘密の活動拠点が作りにくいアインファーブルにおいて、唯一安全な場所、というわけである。

 ホテルの経営母体がギルドである辺り、ギルド長ボーガー・スローバードの手腕といえるかもしれない。


 そんなホテルの一室に、数名の男女が集まっていた。

 自国の魔法機材を忙しく操作している彼らの中には、“複数の”プライアン・ブルーの姿もある。

 彼等は、スケイスラーの工作員なのだ。

「屋上の使用料幾らだった?」

「監視無しで一時間五十万でした」

「マジかぁー! たっけぇー!」

「いやぁ、閑散期ですから。格安ですよ」

 呆れたような感心したような顔で首を振りながら、プライアン・ブルーは魔法機器のパネルを操作する。

 使用料を払った屋上には、遠距離通信用のアンテナを展開してあった。

 折りたたみ式であるため数分で準備できるが、出力も高く安定性もある特別製だ。

「アンテナの方どう?」

「つながりました。中継が多いですからね、うちは」

「輸送国家の利点だぁねぇ」

 この世界「海原と中原」は、様々な脅威の存在する場所であった。

 国と国との間には強力な魔獣達が跋扈している事も有り、それぞれの情報通信が非常に困難なのだ。

 無線装置を使うにしても、中継基地が無ければあまり遠くまでは不可能である。

 本来であれば、人工衛星や中継空中島などを使いたいところだろう。

 技術的な面で言えば、既に宇宙進出も可能な国がいくつか存在していた。

 だが、「海原と中原」の神々は、いまだ宇宙開発を許していないのだ。

 それゆえに、遠方との通信はおおよそギルドなどに頼らざるを得なかった。

 各国で魔法技術体系がまったく異なるので、それぞれの国が連携しても規格が違いすぎて情報通信は不可能。

 同じ技術を持っており、あちこちに拠点を置いている組織となると、ギルドしかいないわけだ。

 だが。

 輸送国家はギルドに因らず、遠方への情報通信を可能にする方法を持っていた。

 航行している自国船舶を中継基地にする、という手法である。

 ギルドのような腰をすえた施設は無いが、大型輸送船はいわば動くビルだ。

 情報通信の中継程度は、楽にこなしてくれる。

 とはいえ、通信圏内にそれぞれの船が存在していなければならないため、比較的航路に近い場所でしか使えない手ではあるのだが。

 それでもそういった手段を持たない他の国々に比べれば、大きなアドバンテージになっているのは間違いないだろう。

 自分の作業が終わったのか、プライアン・ブルーは大きく伸びをする。

 腰をかけていたソファーに深く座りなおすと、テーブルの上に置かれていたカメラを自分に向けなおす。

 カメラからモニタに出力されている映像を確認しながら位置を調整すると、満足そうに頷いた。

「はぁーい、はいはい! こっちはオッケー」

「回線も、つながりぃー……ましたー。後はアッチのコンタクト待ちでーす」

 プライアン・ブルーから少し離れた所に居る工作員が、手元のモニタを見ながら言う。

 それにたいしてプライアン・ブルーは、軽く手を振って応える。

「しっかし、バインケルトのとっつぁんも何考えてるんだかねぇ。わざわざこんな準備までさせて会議っつってさぁ」

「“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクー宰相閣下にそんな口を叩けるの、貴女ぐらいですよ」

「そーお? まあ、あのショタジジィ超エラそうだもんね」

「コンタクト来ました。通信接続まで10!」

 へらへら笑っていたプライアン・ブルーだったが、その言葉を聞き表情を改める。

 程なくして、モニタに一人の少年の姿が映し出された。

 黒髪に黒い目。

 まるで人形のように整った顔立ちのそれは、実際、生きた人間のように見える人形であった。

 自身の魂すら操る死霊術師である彼の名前は、バインケルト・スバインクーという。

 輸送国家スケイスラーの宰相にして、“スケイスラーの亡霊”とあだ名される、有に二千年以上地上に留まっている化け物である。

 バインケルトはその作り物である眉を眉間に寄せると、じろりとモニタ越しにプライアン・ブルーを睨んだ。

 それから、軽く片手を挙げて口を開く。

「おう、お疲れ」

「うーす、おつかれでーす」

 恐ろしく軽いバインケルトの挨拶に、プライアン・ブルーは軽い感じで応える。

 公式な場でもない限り、二人とも基本的にはこのぐらいのノリだ。

 バインケルトの手元には、プライアン・ブルーが水彦から受け取った封筒があった。

 上等そうな布の上に置かれたそれは、かなり大切に扱われている事が伺える。

「で、改めて状況を聞くが。お前が歩ってたら、少年が近づいてきた。殺気飛ばされたから追っかけたら、その正体はガーディアンかそれに類するもので、これを渡された」

「そうですそうです。そしたらまぁ、見ての通り天使エルトヴァエル様の封蝋がついてるわけじゃないですかぁ。あ、これヤバイヤツだな、もうバインケルト様にマル投げのぱってぃーんだなってこう、ビビッと来ましたよね」

「ふざけるなボケが。中身ぐれぇ確認しやがれ、と、言いたいところだが。今回に関しては触らないのが正解だな。なにせ、モノがモノだからよぉ」

 言いながら、バインケルトは慎重な手つきで封筒を持ち上げる。

 大切なものを扱う、というより、もはや危険物でも扱うような様子だ。

 もっとも、ガーディアンから手渡された天使からの手紙となれば、その扱いも納得だろう。

 有り難い、や、恐れ多い、を通り越し、もはや劇物にも近い。

 バインケルトは暫く封筒をにらみつけるように見つめると、ゆっくりと元の場所へと下ろした。

 こめかみに親指を当てると、唸るような声を上げる。

「やっぱうちの輸送は優秀だなぁ、おい。このサイズならアインファーブルからここまで一日で届けられるっつぅーんだからよぉ。世界の輸送はウチが一手に握るべきだよなぁ。迅速、丁寧、安心。でもってそれなりのお値段」

「いやいやいや、現実逃避じゃなくって」

「うっせぇ。現実逃避の一つもしたくなるっつーんだよ。よりにもよって“罪を暴く天使”様だぞ」

 なんとなく中学二年生ぐらいのこじらせ系男子が思いつきそうな二つ名だが、名づけ方としては実に的確だ。

 ありとあらゆる情報を文字通り片っ端から集めていくのが、エルトヴァエルの仕事のやり方である。

 国を運営する側にとっては、恐怖の大王のような存在といえるだろう。

「見放された土地を調べようとしたら、コレだ。対応が早い。さすがエルトヴァエル様だ」

「手ぇー出すなって警告じゃないんです? あたし国に帰ったほうがいいと思うんですよ。すごい勢いで今すぐ」

「もしそうなら天使様方は国に直接ご連絡を入れなさる。こんな面倒くさいことはなさらねぇ。つまり何かしら、事情のあることってことだなぁ」

「ですよねー。でーすよねぇー」

 引きつった半笑いを浮かべながら、プライアン・ブルーは両手で顔を覆う。

 そんなプライアン・ブルーをちらりと見やり、バインケルトは首を振りながら懐へと手を伸ばした。

 上着のうちポケットから取り出したのは、柄の部分に紋章が付いた、小さなナイフだ。

 天使から国の要人へ手紙が送られるというのは、時たま有る事ではあった。

 訪問して言うほどのことでもない事、訪問の予定を報せる時などである。

 そういった手紙は、国ごとに数本預けられているナイフでしか開けないよう、術がかけられているのだ。

 バインケルトが懐から取り出したのは、そのナイフだった。

 ナイフの刃を封蝋の上へ乗せると、ペキッという乾いた音と、緑色の燐光がこぼれる。

 紙と封蝋の間にナイフを滑り込ませると、抵抗も無く開く。

 それを見守っていたプライアン・ブルーは、嫌そうに顔をしかめた。

「ていうか、コレあたしも見てなくちゃいけないもんなんです?」

「うちの国王や俺じゃなく、わざわざ外出先のお前にお渡しになられたんだぞ。お前にも関係があるってことだ。で、この封蝋は専用の道具が無いと開く事ができない。まあ、つまるところ、だ」

「バインケルト様や王様に用事だけど、あたしにも関係有るよ。ってとこですか。おうふ」

 心のそこからいやそうな顔をするプライアン・ブルーにちらりと目をやり、バインケルトは肩をすくめた。

 封蝋をはずした封筒の中に指を滑り込ませ、中身を取り出す。

 入っていたのは、数枚の便箋と、小さな宝石のようなものが付いたネックレスだ。

「ネックレス……? 天使様からの授かりモノってか。国宝だなこりゃ。ああ、それでだ。恐らくお前がアインファーブルにいるときにコレを渡したのにも、意味があるんだろう。でなきゃぁ、国を出る前に渡してるはずだからなぁ」

「はぁ。なんかめんどくさい事する天使様なんですねぇ」

「死ぬかてめぇ。少しでもオツムのいい国に関わるやつが悪さする時、一番おっかながるのがあの方なんだぞ」

「後ろ暗いところが無きゃいいんじゃないですかー。ってムリか。国の運営は綺麗ごとだけじゃ回らない。でしたっけ?」

「まあ、そういうこったなぁ。あの方の査察で消えた国が俺が知ってるだけでも20はあるからよぉ」

「え、ガチっすか」

 プライアン・ブルーは、寒気に身体を震わせる。

 国が消えるというのがどういう状況なのか詳しくは分からないが、恐らく婚活には多大な影響を与えるだろう。

 それだけは死んでも避けるべき事態だ。

 プライアン・ブルーがエルトヴァエルの恐ろしさに感づき始めている間に、バインケルトは便箋を開いた。

 そこに書かれている文字を見て、バインケルトはこめかみを押さえる。

「エルトヴァエル様の肉筆か。間違いなくあの方の文字だなぁ……恐れ多いなんてもんじゃねぇぞまったく」

「つか、とっつぁんってエルトヴァエル様と顔見知りなんです?」

「だれがとっつぁん坊やだボケゴラ」

「いや、そこまでいってないですよね?」

「何度かお会いした事はある。まぁ、俺も伊達に長生きしてねぇってことだぁなぁ」

 バインケルトが便箋に視線を落としたところで、プライアン・ブルーも静かになった。

 普段なら気にせずくっちゃべる所なのだが、今回はプライアン・ブルー自身も内容が気になったのだ。

 プライアン・ブルーの周りにいるほかの工作員達も、押し黙っている。

 バインケルトの周りにいる者も無言なのか、暫くの間便箋のこすれる音だけ響いた。

 時間にして、数分と言った所だろうか。

 全て読み終わったらしいバインケルトは、便箋を丁寧に机の上に置くと、深い深いため息を吐いた。

「で、なんて書いてあったんです?」

「色々だ。おおよそお前に関係有りそうなところっつーと。まず、見放された土地の結界が解かれたってところだなぁ」

「おーっとぉーう? それ世界中の同業者が必死になって調べてる系のアレなんじゃないですかぁー!?」

 表情を引きつらせるプライアン・ブルーだったが、バインケルトは特に気にした様子もなく言葉を続ける。

「で、見放された土地には、土地を管理する土地神様がいらっしゃる事になったんだそうだ。既に土地をお治めになってるんだとよぉ。で、エルトヴァエル様はその補佐に付く事になったんだそうだ」

「土地を管理? って、それ、いやまって。あそこってアグニー族の人達が逃げ込んだとか逃げ込まないとか」

「ああ。で、その土地神様はアグニー族達を住民として受け入れたらしい」

「ちょっとまってくださいよぉぉぉ!?」

 思わずといった様子で、プライアン・ブルーは声を上げる。

 あまりに事が大きすぎるからだ。

「神様が管理する土地って、神域ってことじゃないですか。シャルシェリス教の本拠地やら、海原之大神様の神殿やら」

「そうだ。見放された土地は、そういう神聖な領域になったってことだ。ああ、それと、土地の名前だが改名したらしい。見直された土地、っつーんだとよぉ」

「なんすかその安直なネーミング」

「土地神様が御自ら御付けになったそうだ」

「素晴らしい命名っすよねぇー! アコガレチャウナー!」

 ヤバイと思ったら直ぐに掌を返す。

 プライアン・ブルーは権威にすこぶる弱かった。

 もちろん、下手にたてつくと婚期が遠のくからである。

「ていうか、それ私が調べるべき情報殆ど分かった事になりません? もう帰っていいですか?」

「駄目に決まってんだろボケが。大体、こんな情報直ぐに開示できるわけねぇだろ。然るべき時まで伏せるように書いてあったし、そうすべきだ」

「は? じゃあ、なんであたしと彼等、聞かされてるんですかそれ」

 言いながら、プライアン・ブルーは自分の後ろを指差した。

 そこにいるのは、数人の工作員達だ。

 皆腕のいいものばかりで、プライアン・ブルーも何度か一緒に仕事をした事があるものが多い。

 初めて顔を合わせるものでも、名前を聞いたことがあるものばかりだった。

「外に漏れたらまずい情報だが、知らなきゃ仕事が出来ねぇ情報だ。お前らにはそのままアインファーブルに残って、仕事をしてもらう」

「この面子でですか。あたしいなくていいんじゃないですかマジで。帰っていいですか?」

「だめだっつってんだろうがこのクソボケ。手紙にゃ、うちの国に仕事を依頼してぇって書いてあった。面子も何人か指定してあってな。その中の一人がお前なんだよぉ」

「お前……?」

 プライアン・ブルーは顔を横に向けると、近くにいた工作員を指差した。

 指を指された工作員は、ふるふると首を横に振る。

「お前だ、プライアン・ブルー。よかったなぁ、罪を暴く天使様からの名指しだぞ」

「いやいやいやいやいや! なんですかそれ! ぜってぇー面倒事じゃないですか! やだやだやだやだ! ええ!? 絶対やだそれ!」

「仕事が上手くいくようなら、結婚活動が上手くいくように応援すると書いてあった」

「そんなもんに釣られるわけねぇで、え、マジで?」

「ああ。応援させていただくと伝えてくれ、と書いてあったぞ」

 このとき、プライアン・ブルーの頭の中では激しい議論が交わされていた。

 様々な立場の脳内プライアン・ブルーが、凄まじい剣幕で会議をしているのだ。

 議題はもちろん、この仕事を快く請けるべきか否かである。

 一人のプライアン・ブルーが言った。

 天使様の加護的な何かがあったら、いよいよ結婚秒読みなんじゃね?

 他のプライアン・ブルー達が、全員口をそろえていう。

 それだ!!

 基本的に結婚の魔力には逆らえないプライアン・ブルーであった。

「見放された土地が開放され、その土地を管理する神様が光臨なされた。かつて前例の無い状況です。我が国でも最高のスタッフがことに当たる必要があるでしょう。ならば、この“複数の”プライアン・ブルーがこの件に関わるのは至極当然。一命に代えましても、“見直された土地”に関わる仕事一切、滞りなく進めて見せましょう」

 キリッとした決め顔で一礼するプライアン・ブルー。

 バインケルトは胡散臭いものを見る目を向けると、組んだ手の上に顎を置いた。

 ちなみに。

 エルトヴァエルの手紙には、こうも書いてあった。

 基本的に私は恋愛関連の加護を与えることはできませんが、応援する事はできます。

 でも、恋愛関連に加護を与えられないという情報は伝える必要ないでしょう、と。

 罪を暴く天使の情報収集能力は、まさに圧倒的であった。

「まあ、こまけぇ所は後々伝える。とりあえずの行動方針は分析官共集めてからきめっから、そうだなぁ。今から四時間後伝える。そのときにもう一度回線繋げろやぁ」

「了解しました」

「あと、そこにいる連中全員既婚者か女だけだぞ」

「ドチクショウがぁあああああああああ!!!」

 プライアン・ブルーの慟哭が響き渡る中、バインケルトは満足気に通信を切ったのであった。

すげぇ間が空いてしまいました

次はもっと早く書上げたいです

って、いつも言ってる気がします


次回はバインケルト・スバインクー閣下とエルトヴァエル様の話しになる予定です

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