九話 「「「わっしょい! わーっしょい!!」」」
結界を取っ払う前の確認ということで、赤鞘たちは円陣を組んで腰を下ろしていた。
円陣と言っても、三人しか居ないから三角の形になっている。
畳も床も無いので、地べたに直接座っていた。
ちなみに、座り方は勿論正座だ。
太陽神と土地神と天使が、正座で円陣を組んでいる。
かなりシュールな光景だが、つっこみを入れるモノは皆無だった。
「で、結界を消す前にですね。2~3確認したい事があるんですよ」
「はぁ。確認したいことですか」
「赤鞘さんって、ガーディアン何置くつもりです?」
「……がーでぃあん……?」
アンバレンスの口から出た言葉に、思いっきり首を傾げる赤鞘。
その反応に、アンバレンスは硬直する。
「え。ガーディアンですけど」
「がーでぃあん?」
「そうそう。ガーディアン」
「いえ、単語は知ってるんですけど。何で今それが出てくるのかなーと」
「あー。あーあーあー」
ここで、アンバレンスは大切なことを思い出した。
この世界に関する常識は、赤鞘の頭にはほとんど残っていないのだ。
恐るべき忘却力とでも言うべきか。
早速説明しようとするアンバレンス。
「ガーディアンって言うのはですね。アレですよ」
ここで、言葉が詰まってしまう。
アンバレンスの中ではガーディアンという存在は当たり前であったために、説明するのにテキトウな言葉がすぐに浮かんでこなかったのだ。
「あー。なんつーかなぁ。こう、神様って意外と忙しかったり、その場から離れられなかったりするじゃないですか」
「はぁ」
「その名代って言うか…」
いいながら、アンバレンスはエルトヴァエルのほうに顔を向けた。
視線を合わせ、目で何かを訴えかける。
見据えられたエルトヴァエルのほうは一瞬うろたえたが、すぐに意図を汲んで口を開いた。
代わりに説明してほしい、と、読み取ったのだ。
「ガーディアンというのは、赤鞘様の世界で言うところの使い、もっと分かりやすく言えば、眷族。になると思います。土地の守りや、他所への言伝。ご存知のところで言えば、ヤタガラス様や、稲荷神社の狐様などです」
「「あーなるほどー」」
エルトヴァエルの説明に、赤鞘とアンバレンスの声が重なる。
なんで太陽神様まで、と、思うエルトヴァエルだったが、口には出さなかった。
「えー。でも私もとの世界でも眷属とか使いなんて居なかったんですが」
「まあ、居なくてもいいとは思うんですが。この世界ってほら、神様が人間に干渉すること多いじゃないですか」
「そうなんでしたっけ?」
「力量によりますけどね。あまり強い力を持っている神は与える影響を制限されてて、力の弱い神は制限以前に与えられる影響が少ないですから」
「私なんて、全力で干渉して影響与えてもほっとんどあって無いような物ですよ。何せ妖怪に毛が生えた程度の能力ですし」
「いやいや。はっはっは」
アンバレンスは言葉を濁し、笑ってごまかした。
その通り、とも、言い辛かったからだ。
実際、この世界限定で言えば、赤鞘の行動に制限は無い。
畑を耕そうが農業指導しようが軍隊を作ろうが国を作ろうが、咎められる事は無い。
とはいえ、赤鞘がそういった大掛かりな干渉をすることは無いだろう。
赤鞘は土地神であり、土地を管理するのが仕事であり生き甲斐であり、存在理由だ。
人間が呼吸をし、食事をしなければ生きられないように、赤鞘は土地の管理をし、繁栄と豊作に関する加護を与えなければ存在できない。
ゆえに、そういった仕事の合間にしか、人間に干渉することは出来ないのだ。
膨大な知識や圧倒的な力があるならばともかく、物凄く長生きした人間程度の知識と多少特殊な力が使える人間程度の力しかない赤鞘である。
劇的な変化は望めないだろう。
「それに、私が眷族を作ったところで、高が知れてるでしょうしねぇ」
眷属が大本である神を超える力を持つことはほとんど無い。
ただでさえ能力が低い赤鞘を超えることが無い眷族を作っても、あまり意味が無い。
本人のこの判断は、ある意味真っ当だろう。
「いやいやいや。まあまあ。でも、折角こっちでは接触無制限なんですし。ほら、何か魔物とか来たときの備えとしてとか」
「え、魔物とか居るんですか怖い」
「ええ。まあ。向こうでRPGとかに出てくるようなドラゴンとか。なんかそういうの居ますから実際。そういうのから土地を守る意味でも、おいてみるとか」
「あー。なるほど……」
「将来的に村とかが出来たときの、守護要員とかにもなりますしね」
アンバレンスがガーディアンを置くことを押すのには、理由があった。
海原と中原の創生神である母神が、すこし前に大勢の神を引き連れて新しい世界を創生するため、この世界を離れてしまったのはご存知の通り。
そのとき、母神は優秀な神ややる気のある神をごっそり連れて行ってしまっていた。
ぶっちゃけた話、今残っている神は、力はあるけどやる気が皆無な神や、力もないし能力も無い神など、新世界を作る仕事にあぶれた神なのだ。
そこでアンバレンスは、異世界の神である赤鞘に積極的に活動してもらうことで、発奮材料やお手本になってもらえればと思っていた。
とはいえ、小市民な赤鞘にそんなことを直接言えば、萎縮してしまうだろう事もアンバレンスは予測していた。
そこで彼は、異世界に来て間もない、まだテンションが上がっているだろう今のうちに、いろいろ既成事実を作らせてしまうことにしたのだ。
ガーディアンを作ってしまえば、イヤでも土地に住むモノに干渉することになるだろう。
それを非難するにしても、賛同するにしても、他の神々も世界運営に興味を持つことになるはずだ。
「そうですねぇ。ここは私が元居た世界とは違うわけですし。用意しておいたほうがいいんでしょうねぇ」
腕組みをしながらそう言った赤鞘の言葉に、アンバレンスは内心ガッツポーズを決めた。
丁度その頃。
見放された土地を結界のそばに居るアグニーたちは、大いに盛り上がっていた。
あるものは棒切れで結界を叩き、あるものは結界に蹴りを入れる。
またあるものは結界に噛り付こうとしていて、あるものは結界に上ろうとして滑り落ちている。
もはやそれが神が張ったものであるとか、今現在自分達は逃亡中だとか。
そんな細かいことを考えているアグニーは皆無だった。
中には複数人で騎馬をくみ上げ。
「「「わっしょい! わーっしょい!!」」」
という掛け声と共に突撃を繰り返しているものまで居る。
そんな明らかに騎馬をくむ意味が無い突撃をしている息子を見て、逃げる途中に怪我を負った両親が。
「みて、お父さん…! あんなに立派にゴブリン顔をして…!」
「ああ。あいつも、もう大人になったんだな…」
などと感動に浸っていたりもした。
ちなみにアグニーの成人の条件は、「強化魔法が使えること」であり、その強化魔法を使うと外見がゴブリンの様になる。
そのため「立派なゴブリン顔」というのは、アグニーたちの間では「大人になった」などと同じような感覚で使われる言葉である。
こんな心底どうでもいい状況で息子の成長を感じてしまう彼らだが、現在種族の存亡をかけての逃亡の最中だ。
眷族にしてもガーディアンにしても、生み出すには様々な方法がある。
既存の生物に力を与えたり、土をこねて生命を与えたり。
今回赤鞘がえらんだのは、自身の血を使うという物だった。
古今東西、化け物にしても神にしても、血というのはとてつもない影響力を持っている。
神の血からなんたらーとか、化け物の血が流れてどうたらーという話は、神話などには割りと多い。
「まあ、私の場合血でも使わないと何も生まれないぐらい力が弱いからなんですけどね」
苦笑しながらそういう赤鞘。
力の強い神なら目をすすいだりしただけで凄まじい神が生まれたりするのだが、妖怪とどっこいな赤鞘ではそういうわけにはいかないのだ。
「でも血って。赤鞘さん非実体系じゃないですか」
赤鞘は鞘を本体とする、付喪神タイプの神だ。
一般的な付喪神と違い、赤鞘の本体は神器になっている。
これは長年土地神をやっていた影響なのだが、そこが赤鞘と付喪神を隔てる要素になっていた。
簡単に言うと、赤鞘の鞘は決して壊れないのだ。
赤鞘が神として存在する限り決して壊れず、存在し続ける。
逆に、赤鞘が神として存在できなくなると、鞘は跡形も無く消えてしまう。
元々、赤鞘は廃村で守り神をしていた。
あのころはまだその村の出身者がかろうじて赤鞘の存在を覚えていたから存在できていたが、もし彼らが死んでしまったら。
赤鞘は世界から消えてしまっていただろう。
ちなみに、いまの武芸者としての赤鞘の姿は、赤鞘が神としての力を使って作った、立体映像のような物だ。
一番近い物をあげるとすれば、「物に触れる幽霊」といったところだろうか。
殴ることも出来るし、殴られることも出来るが、血や肉片を残すことは無いエネルギーの塊のような存在だ。
力の弱い赤鞘にはこれを作るのも結構大変だったりする。
たとえば武芸者の体を完全に破壊されても消滅することは無いが、再び体を作るためには一ヶ月は力を貯めなければならない。
アンバレンスレベルであれば、血も肉もある体をぼっこんぼっこん作ることも可能なのだが、赤鞘にはそんな力技は不可能だ。
赤鞘の様に本体がナマモノでないタイプの神が、実体を得るというのは、実は割と大変なことだったりするのだ。
「ええ。まあ、それでも血の数滴なら何とかなるんで。それを使おうかと思っています」
謙遜でもなんでもなく、実際数滴しか作れないところが赤鞘のすごいところだ。
良くも悪くもだが。
赤鞘がガーディアンを作るためにやってきたのは、川のほとりだった。
周りに生物、植物がまったく無いため、むき出しの大地に水が流れるだけの場所だ。
「なるほど、水ですか」
「はい。私は地脈とかの扱いには慣れていますから。水に力を流して、そこに私の血を垂らしてみようかと」
赤鞘がこの世界にスカウトされた理由の一つが、世界に満ちる力の管理がうまいことだった。
地脈、竜脈、呼ばれ方はいろいろあるが、地球も、海原と中原も似たような物で、様々な力に満ちている。
それは様々に絡み合い、複雑に影響しあっているのだが、そういったものが滞りなく流れるようにするのも神の仕事だ。
赤鞘は本人に力はあまり無いものの、そういった力を管理する技術に長けている。
人差し指を伸ばすと、赤鞘は空中に円を描くように動かし始めた。
ただ円を描いているように見えるが、そうではない。
周囲に流れる様々な力に影響を与え、その一部を水に集中させているのだ。
水は様々なエネルギーと親和性が高い。
神力、気力、その他様々な物を通しやすく、溜め込みやすい。
流れる川にそれらを流しても、次から次へと流れていってしまう。
そこで赤鞘は、今度は水にも影響を与え始めた。
指の動きに合わせるように、川の水の一部がうずを巻き始める。
掌大のうずの中央付近の水が、その場に留まり始めた。
「すごい……」
指先だけでその流れを作りあげていく赤鞘に、エルトヴァエルは思わずといったようにつぶやく。
これだけ繊細で美しい流れの整え方を、彼女は見たことがなかった。
この世界の神々は、何事につけても良くも悪くも力技だ。
生まれ出でたときから強い力を持っているから、そもそも赤鞘の様に細かく操ろうという発想がない。
図太い流れを作って、それでおしまいというのがこの世界の多くの神のやり方だ。
対して赤鞘は、毛細血管の様に力の流れを張り巡らせる。
大まかな部分では効果は同じだし、手間がかからない分前者のほうが楽ではあった。
だが、それでは力が偏ったり、いきわたらない場所が出来たりしてしまうことがある。
赤鞘のようなやり方は時間も手間も掛かるが、そのムラが出来にくいのだ。
調整や管理に手間はかかるが、丁寧な仕事が出来る。
赤鞘に言わせれば、大きな流れが作れない苦肉の策なのだが。
川の中に出来たうずに、様々な力が蓄えられていく。
もし怪我をしている人間がこの水を飲めば、一瞬で全快するだろう。
下手をすれば、伝説の勇者とかになれる身体能力が得られるかもしれない。
そんな物を目の前で作られ、アンバレンスは良い意味で驚いていた。
力が弱く、影響力の小さな赤鞘でも、技術さえあればこれだけのことが出来る。
赤鞘は必ず、この世界にとって良い影響を及ぼす神だ。
そう確信に満ちた思いで、アンバレンスは渦を見つめていた。
エルトヴァエルはといえば、やはり驚愕を顔に浮かべている。
赤鞘が今やっているように力を集められた水は、この世界の神でも作ることがあった。
特定の人間に力を与えたり、新しい生物を作り上げるときの基礎に使ったり。
だが、赤鞘のような力の弱い神がこれを作れるとは思って居なかった。
しかもこの水は、今まで見てきたどんな物よりも美しく力に満ちている。
天使であるエルトヴァエルが思わず見とれてしまう。
それほど、赤鞘の作った水は素晴らしい物だった。
それぞれに感動している一柱一位にはさまれた当の赤鞘はといえば。
「……あれ。なにこれ。こんなはずじゃなかったんですけど」
物凄くあせっていた。
彼は、別にこんなに力の強い物をつくろうとは思って居なかったのだ。
赤鞘の元いた地球と、海原と中原には決定的な違いがある。
それは、力の濃度だ。
地球が、某白い乳酸飲料の缶入りウォーターぐらいの濃度だとしたら、海原と中原は原液をさらに煮詰めたぐらい濃い。
力の流れを制御するのに長けた赤鞘が地球と同じように行った場合、影響を与えられる範囲が本人のイメージとは桁違いに大きくなるのだ。
もし、こんなに力の集中した水に、赤鞘の血を垂らしたらどうなるのだろう。
もしかしたらとんでもないことになるかもしれない。
赤鞘は数秒考えた後、結論を出した。
「ま、いいか。やってみれば」
基本的にあまり物事を思い悩むのが得意ではない赤鞘だった。
渦巻く水に、鞘の先を突き立てる。
赤鞘はやおら口を開き動かすが、それは音にならない声だった。
人間の理解の範囲から逸脱したそれは、世界の理や神の力に関するものだ。
口の動きが止まると、鞘から赤い液体が一滴だけ滲み出した。
それは鞘の端を伝うように置いていくと、渦の中へと消えていった。
一瞬で水の中へと溶け込み、色を失う。
赤鞘が鞘を引き抜くと、うずは徐々にその勢いを失っていき、やがて水の流れに押し流されて残滓もなく消えてしまった。
しかし、うずの在ったはずの場所には、何かが残っていた。
水面を押し上げるように立ち上がったそれは、人の形をしている。
それは、水で出来た人型だった。
赤鞘たちが水で出来た人型を見守っている丁度その頃、アグニーたちはごはんタイムになだれ込んでいた。
結界押しがひと段落着いたらしく、女性陣が作ったご飯に舌鼓を打っていたのだ。
メニューはギンが捕ってきた肉に、近くに生えていた野草を焼いた物。
だが、元々自然の中で暮らしてきた彼らのサバイバル技術はかなり高いらしく、普段食べるのと変わらないクオリティを誇っていた。
「いやー。それにしても咄嗟にかぶって来たナベがこんなに役に立つとはなぁ!」
「ほんとだよ。何が上手くいくかわからないよね」
村を逃げ出すとき、何匹かのアグニーが身を守るために咄嗟に被ったナベが、今は火にかけられ煮炊きに使われていた。
逃げ出す際に頭を守ろうとするのは、人間でもアグニーでも変わらないらしい。
「誰も入らないからだろうな、食べられる野草もボコボコ生えてるぞ」
「普通だったらみんな採られてるのにな」
「冒険者もここには近づかないからなぁ」
普段はありつけないおいしい野草やきのこがふんだんに入ったスープをすすりながら、アグニーたちはうんうんと頷いた。
ちなみに彼らが使っているおわんも、咄嗟に何かを引っつかんで逃げた慌て者のアグニーが持っていたものだった。
人数分には足りないが、回して使えば問題ない。
「最初なんでおわん持ってるのかと思ったけど。お前偉いよ」
「ほんとじゃほんとじゃ」
「ほめられてる気がしない!」
「でもさぁ。ここ思ったよりもすごしやすいよな」
そうつぶやいたアグニーに、みんなの注目が集まった。
一瞬全員が「何を言っているんだ。ここは見放された土地の近くなんだぞ」と、思ったが、すぐに首をひねった。
確かに神様に近づくなといわれている場所ではあるが、ぶっちゃけ別に何があるわけではなかった。
化け物も居ないし、天使様が警告に来るわけでもない。
むしろ大きな獣も居ないし、野草もきのこもたくさんあり、食肉用の獣だってたくさん居る。
川も近くに見つけたし、なにより追っ手が来る心配がない。
「もしかして、今の俺達には理想的な隠れ家なんじゃないか?」
あるアグニーがつぶやく。
しばらくみんな黙り込んだ後、おもむろに長老が口を開いた。
「しばらく、ここに居てみることにするのはどうじゃろうか」
兎のモモ辺りの骨をしゃぶりながら言う長老の言葉に、他のアグニーたちはうんうんと頷いた。
「食い物と水があるし、何とかなるじゃろう!」
食い物と水さえあればどうにかなると思う。
そんなサバイバー体質のアグニーたちだった。




