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IRON LUCY  作者: たかはた睦
3/3

機鋼忍狗

零.狗兵

ーアラパイム歴1830年

 新興国家ガマニシオン連邦共和国は、周囲小国を取り込んでゆく中、一つの大国に目を付けた。

 ニューリンゲン帝国

 国民のほぼ9割を犬の妖魔カニッシュ族で構成するこの国は、古来より科学技術に秀でた国でもある。あらゆる物がニューリンゲンで生み出され、世界各地でその有用性とニューリンゲンの威光を知らしめた。それは日用品に始まり兵器に至るまで。


「ガマニシオンなる不貞の輩が我が偉大なるニューリンゲン帝国に銃口を向けようとしているッッ」

 ニューリンゲン首都・ランブルグの議事堂内において、国家元首たるへーゲル・シュナウファー総統は高らかに演説する。

「魔導革命だか何だか知らんが、我らニューリンゲンには圧倒的科学力がある!英知がある!誇りがある!諸君らも崇高なるニューリンゲンの子として、国家に魂を捧げよ!ハイル・ニューリンゲン!」

「Sieg Heil!」「Heil,Neuringen!」

「Sieg Heil!」「Heil,Neuringen!」

「Sieg Heil!」「Heil,Neuringen!」

「Sieg Heil!」「Heil,Neuringen!」

 総統の後に続き、議事堂内の政治家・軍人達は右手を前方に掲げ、忠義と勝利の誓いを意味する言葉を連呼した。

 議事堂を出た広場。二人の軍人は迎えの車を待っていた。

「「魔導革命だか何だか知らん」・・・か。フッ・・・・・・」

 金色の毛皮を持つ狼の妖魔が呟いた。その軍服には沢山の勲章が輝く。

「フレデリクセン大佐、どうされました?」

 金色の狼・アドルフ・フレデリクセンの傍らに付き添っていた、黒い犬の妖魔が声を掛ける。

「何でもないさ、シュヴァルツ少尉。・・・ところで、貴官は今の演説を聞いてどう思った?」

 アドルフの問いに、フリードリッヒ・シュヴァルツは橙色の瞳を輝かせ、答える。

「はっ、自分は至極感動しております。ニューリンゲン軍人としてこの身を国家に捧げられる事は身に余る名誉であります」

 その言葉を聞いたアドルフは、にやりと微笑んだ。

「つかぬ事をお聞きしますが大佐、何故本日は自分をこの場へ同伴されたのでありますか?」

 フリードはアドルフに問う。今回議事堂で行われた演説は、国営ラジオで放送されるものの、議事堂内に入れるのは政治家や経済界の名士、そして左官クラスの幹部軍人だけである。フリードの様な一士官は本来なら立ち入ることも出来なかったのだ。

「副官を一人同伴出来たのでな。部隊の中でも一際戦闘能力が高く、且つ愛国心の塊のような君を選んだのさ。まぁ喜んでもらえて何よりだ」

「大佐・・・」

 フリードが目尻に涙を浮かべたその時だった。

「おーい、フリード!」

 フリードとアドルフが声のした方向を振り返ると、白衣を纏った一人の少年が駆け足で、その後ろを犬の妖魔が歩いて来るのが見えた。

「ウオズミ博士、ルイス殿!」

 フリードの背中を小さな手で叩いた少年の名はルイースヒェン・ウオズミ。その後ろに続くはニューリンゲン帝国軍顧問科学者カール・フォン・ウオズミ博士。

 カールは垂れ耳のカニッシュ族だが、その息子であるルイスはカニッシュ族と弥摩都人の混血のため、彼は犬の耳や尾など一部の特徴以外はほぼ人間の姿をしている。

「ルイスでいいって言ってるじゃないか。相変わらず真面目だなぁフリードは」

「その真面目さが彼の長所なんだよ。ルイス君」

 アドルフはフリードとは対照的に砕けた物腰で言った。

「アドルフ、体の調子はどうかね?」

 カールとアドルフは旧知の仲である。カールの問いに、アドルフは問題ない、と目で答える。

「それなら良かった。何せ世界の軍事バランスを崩しかねない技術だからね」

 フリードとルイスはカールとアドルフの会話を聞き、怪訝そうに首を傾げる。フリードはその愚直なまでの軍人気質から、余計な詮索はすまいと、ルイスは父が総統から直々かつ秘密裏に命令を受け、何らかの研究をしていた事は知っていたが、父が自分にも母にも何も教える気が無いことを知っていたので、黙っていた。

「ねえフリード、コレを着けてみて」

 ルイスはズボンのポケットから金属製のドッグタグを取り出し、フリードに渡した。

「これは?」

「君のために作ってみたんだよ」

 ドッグタグにはニューリンゲン軍のマークである『犬の髑髏と鉄十字』、そしてフリードのコードネームが刻まれていた。

「大切にするよ!」

 フリードがドッグタグを軍服に着けられた勲章の横にそれを並べると、カールとアドルフの内緒話は終わっていた。

「シュヴァルツ少尉、ニューリンゲンの明日は君達軍人の双肩に懸かっている。しかし命は粗末にしないでくれよ」

「フリード、戦いが終わったら僕と遊んでね?約束だからね!」

 そう言い残すと、カールは踵を返し、ルイスは右手と尻尾を振ると父の後に続く。

「だそうだ、少尉。明日の作戦ではルイス君を悲しませんようにな・・・」

 アドルフはフリードの肩を叩くと、歩を進める。フリードもまた彼の後を追い歩き始めた。


ーペローリン山脈

 山の中腹からは首都・ランブルグが一望できた。遠くに見える祖国を見据える犬の妖魔達。彼らは双眼鏡も望遠鏡も使わずにそこを見ていた。彼らの体にそれらは必要なかったのだ。

「ねぇレオン」

 滑らかな灰色の毛皮をした女性の隊員が同僚の隊員に話しかける。

「任務中はコードネームで呼べ。K-7」

 レオンと呼ばれた隊員は茶色い長毛の毛皮を持つ巨漢であった。

「ごめんなさい、K-8。で、本題なんだけど、アナタ、この任務をどう思う?」

 レオンーK-8はその質問を聞くや、深く考えると同時に答える。

「・・・納得はいかん。皆もそうじゃないのか?」

 その場にいた7人の犬の妖魔達は頷く。長身のK-3、斑模様のK-4、小太りなK-5、小柄なK-6、この中では唯一の女性K-7、先ほど喋ったK-8・・・

「しかし、これは隊長であるK-0の命令だ。我々には従うという選択しかない・・・」

 フリードリッヒ・シュヴァルツことK-9は隊員達に言い聞かせる。

「今にもガマニシオンが攻めてこようというのに、僕らR.V.Zが辺境の山で警備なんて、おかしいとは思わないの?」

 K-6はフリードに問うた。彼らが所属する部隊Ritter Von Zahlen(数字の騎士団)は、ニューリンゲン軍の中でも選りすぐりの軍人を集め、部隊長であるK-0ことアドルフ・フレデリクセンを含めた10人からなる少数精鋭部隊だ。通常、彼らには都市部での活動や総統を始めとする要人の警護といった任務が課せられることが多い。それ故に、少数部隊には不向きな山岳警備という任務が彼らには理解し難かった。

「この任務を上層部に希望したのはK-0本人・・・一体どういうつもりで・・・」

 K-3がそう呟いた時だった。

「諸君、揃っているな?」

 山道を登り、現れたのはK-0ことアドルフ。両脇にはコヨーテの妖魔とジャッカルの妖魔が付き従っている。

「総員、整列!」

 副官のコヨーテ、K-1が号令を掛けると、隊員達はコードネーム順に2列の横隊を形成した。

「これより隊長より指示がある。総員、静聴せよ」

 ジャッカルのK-2が女性特有の高い声で言うと、二人は横隊の前に立ち、アドルフに向き直る。

「何故、我々がこの山中での警備などする事になったか、疑問に思う者達ばかりであろう。その理由を今から説明しようと思う」

 すると、アドルフは首都ランブルグの方向を指さした。振り返り、ランブルグの街を見据える隊員達。

「・・・・・・何だ、アレは」

 K-3が呟いた。隊員達の目に映ったのは、黒く、巨大な塊が遙か遠方から宙に浮かび飛来してくる様子であった。

「まさか、ガマニシオンの兵器・・・?」

 魔導戦艦が3隻に、戦闘機がその数倍の量、ニューリンゲンの空を埋める様に出現。ニューリンゲン軍の戦闘機が迎え討つも、プロペラ仕掛けのそれらでは、再新鋭の兵器に対し戦力差は歴然であった。

「バカな・・・」「無敵のはずのニューリンゲン軍が・・・」

 K4、K6が口にする様に他の隊員達の顔も曇り出す。ただ一人、アドルフだけは、サングラスの奥でその光景を冷静に眺めていた。

 真ん中の一際大きな戦艦が船腹から巨大な砲身を出現させた。

「アレは・・・まさかっ!?」

 K-7の後にアドルフが答える。

「魔導エネルギー砲だ」

 砲の先端が暗紫色に光った刹那、魔導エネルギーの波が迸った。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 フリードの叫びをかき消す様に轟音が響き、閃光は走る。黒煙の登る空の下、ランブルグの街は瞬く間に蹂躙されてゆく。総統の演説を聞いた議事堂も、勲章を授かった軍部も、ウオズミ親子の勤める研究所も、みな原型を留めぬほど破壊されてしまった。戦場ではなく、民間人の暮らす街を。

「まさかこれほどまでの威力とはなぁ・・・」

 アドルフが呟いたあと、一つの気配に気付く。こちらを睨むフリードの視線だった。他の隊員達もアドルフに視線を向ける。

「これを・・・我々に見せるために、この任務を選んだのかッ!?」

「左様」

 フリードの問いにアドルフは答える。

「知っていたのか!?何もかも!!」

 鬼の如き形相で激昂するフリードに対し、落ち着いた様子で答えるアドルフ。

「ああ。知っていた。ニューリンゲンがガマニシオンに勝てない事もな」

 それと同時に、発砲音。アドルフが頭部を少し動かすと、弾丸は彼のサングラスを掠め、木々の間へと消えた。

 発砲の主はK-4。その震える手には自動式の拳銃が握られている。

「貴様っ!」

 K-2が叱責とともにK-4を睨む。

「よい、K-2。いや、メタネイラ」

 K-2をコードネームではなく本名で呼ぶアドルフ。

「お察しの通り、私はガマニシオンとの圧倒的戦力差を知り、彼らと通じた後、国を捨て生き残る道を選んだのだ」

 裏切り者の口から告げられる真実に、隊員達は耳を傾ける。

「ニューリンゲン帝国は事実上敗北し、軍も壊滅!諸君らは何にも従う必要は無い。そこでだ、君たちに一つの選択を与えよう。1つはニューリンゲン軍人として最後まで戦い、裏切り者である私を討つか、もう1つは私と共にガマニシオンに降るかだ!」

 アドルフの提案を聞いた隊員の内、Kー8が前に出た。

「K-8いや、レオン・ベルグマンか」

 アドルフにゆっくりと近づくレオン。

「選べだと・・・?決まってるだろうが!そんな事はァ!!」

 大型のナイフを抜き、構えたレオンはアドルフめがけ走りより、急所である肋骨の隙間を狙い、素早く正確な一撃を繰り出す。

「ぐっ・・・!」

 レオンの動きが止まり、口から鮮血が吹き出た。彼の背中には刃渡り十寸ほどの刃が深々と突き刺さっていた。

「スペツナズ・ナイフっつってな。バネ仕掛けで刃が飛ぶナイフさ」

 刃をレオンへと放ったのはK-1。彼は刃の取れた柄を投げ捨てると、メタネイラとともにアドルフへと近づき、ガマニシオン式敬礼を行った。

「K-1!?K-2!?」

 倒れたレオンが二人の背中に問う。

「俺達ゃ端っからアドルフの味方なんでな!悪く思うなよ?」

「シュワルツェン・ボイムラー、メタネイラ・チェルハ。両名はこれよりアドルフ・フレデリクセン殿の指揮下に就きます」

 K-1ことシュワルツェン、Kー2ことメタネイラは残った隊員達へと冷徹な視線を送る。

「貴様ら・・・恥ずかしくはないのか・・・」

 地に伏したレオンは血涙を流しながら憎悪の視線をシュワルツェンとメタネイラに向ける。

「クックック・・・俺達をお前ら犬ッコロと一緒にすんじゃねえ。俺達はカニッシュ族の中でも選ばれた狼だ。より高みを目指して生きてるんでなぁ」

 シュワルツェンは邪悪な笑みを浮かべ、レオンを見下ろした。

「主人たる祖国を裏切った卑怯者が!貴様らは犬畜生以下の屑っ・・・」

 レオンが言い切る前にメタネイラは拳銃で彼の額に弾丸の止めを刺した。

「選べ。犬畜生ども。我らと共に来るか、それとも文字通りに犬死にするかを」

 言い捨てると、メタネイラはシュワルツェンと共にアドルフの前に立ちはだかる。

「知れたこと!みんな、サインεだ!」

 K-3が叫ぶと、隊員達は一人を除いて一斉に飛びかかった。残ったのはサインεの意味を知らなかったK-9ことフリード。

「εだと・・・くっ!?」

 K-3、K-5がシュワルツェン、K-4、K-6、K-7がメタネイラにそれぞれ飛びかかる。

「K-9!お前はK-0を!奴を倒せるのはお前だけだ!」

 K-3が叫ぶ。

「K-9!K-8の・・・レオンの死を無駄にしないで!」

 K-7も腹部をナイフで穿たれながら、叫ぶ。

 フリードは意を決してアドルフの元へ疾駆。

「フリード・・・やはり君とは戦わねばならんか」

「黙れ!」

 アドルフの強さを敬愛し、畏怖したフリードの胸中は様々な感情が渦巻いていた。しかし、それを上回る憎しみが彼を奮い立たせていた。

「君は強く、優秀な兵士だった。仲間を愛し、国を愛し、忠義を重んじた」

 フリードの放った銃弾をかわし、アドルフは腰からサーベルを抜いた。

「だが、その愛国心が仇となったな」

 サーベルの斬撃がフリードの腹を貫く。

「黙れと・・・言っている!」

 吐血しながらも、左手でアドルフのサーベルを持つ右腕を掴み、空いた左手で拳銃を構えると、心臓めがけ零距離で連続発砲。

「・・・私が並の体なら、今ので死んでいたかもな」

 何事もなく喋るアドルフにフリードは絶句。よくよく見ればアドルフの体からは一滴の血もこぼれてはいない。

「血が流れてないという事は、心臓も必要ないのだ・・・この不死の身体にはな!」

 サーベルから手を離したアドルフは、前蹴りでフリードの身体を蹴り飛ばした。

 フリードは膝を着くと、腹に刺さっていたサーベルを引き抜く。

「終わりだ。フリード」

 アドルフが歩いてくるのが解る。ぎりぎりの間合いまでアドルフが近づくや、フリードは反撃に出た。

「ぐっ!!?」

 寸でのところで交わしたそれは、スペツナズ・ナイフの刃。レオンの死体に刺さっていた刃と、その場でシュワルツェンが放り捨てた柄を、フリードは蹴り飛ばされた時に回収していた。

 隙を突かれたアドルフにフリードが最後の力を振り絞り、サーベルを構えて飛びかかる。狙いは頭。不死の身体とはいえ、脳の位置は変わらないだろう。彼は本能的に相手の弱点を見抜いていた。

「Hurrrrrrraaaaaaaaa!!!!」

 渾身の力を込めた一撃。しかし、サーベルの刃はアドルフの左耳を落としただけであった。

「うわぁぁぁぁっっっ」

 フリードはそのままの勢いでアドルフの向こう側に開いた谷底へと落下してゆく。

「アドルフ!」「無事ですか?」

 犬の妖魔達を全て倒したシュワルツェンとメタネイラがアドルフに駆け寄る。

「ああ・・・」

 フリードの落ちていった谷底を一瞥すると、アドルフは踵を返した。

「惜しく、そして恐ろしい男だったよ・・・・・・K-9(カーノイン)」






   







 











一.熱波

ーガマニシオン連邦領プラガッタ自治区港町オスフラナム

 熱帯特有の日差しが差す市場は、太陽に負けぬ位の熱気が街ゆく人々から発せられる。プラガッタ王国はガマニシオンの占領後も開発は滞り、自然豊かで原始的な暮らしを営む民が多い地域だ。

「へいらっしゃい、らっしゃい、当店自慢のフルーツはいらんかね~」

 青果店を営む猿の妖魔が額に汗を浮かべながら道行く人々に接客してゆく。

「バナナを見せていただけるかしら?」

 店主に声を掛けたのは一人の若い女。南国には不釣り合いな白い肌に、露出の多い扇情的な衣装は道行く男達の視線を集中させる魅力を醸し出していた。

「おや、お姉さんお目が高い!ウチのバナナは世界一だよ?猿のおいらが言うんだから間違いねえ!なんなら味見してくかい?」

 店主も多くの男の例に漏れず、女の美貌を目にし、上機嫌な接客を見せる。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 女は店主から受け取った一本のバナナを受け取ると、しなやかな指で丁寧に皮を剥き、艶やかな唇へと運ぶ。その姿に猿のただでさえ長い鼻の下は更にだらしなく伸びる。

「ねえご主人、このバナナ、もっとお安くならないかしら?」

 片目を閉じ流し目を送る女。その視線に打ち抜かれたかのように店主はわざとらしく右手で後頭部を掻く。

「かぁ~っ!お姉さんにゃ参ったよ。バナナは半額でいいぜぃ」

 この後、妻からこっぴどく叱られるとは思いもよらず、店主はバナナ一房を女の差し出す50ペロリ紙幣と交換する。

「うふふっ。KATAJIKENAI・・・じゃなかった、ありがとう」

 女の口からこぼれた謎の言葉に店主は一瞬、目を丸くしたが、刹那に顔を取り繕い、「何だい?何でも聞いとくれ」と返していた。

「私、つい最近この辺りに越してきたんだけど、この国の魔田ってどこにあるのかしら?」

 女の質問に対し、店主は顎を掻き、暫し考えた後に答える。

「実は魔田のありかは俺達も知らねえのよ。なんせガマニシオンの奴らが入植してから、一回も建てられた所を見たことがねえんだよ」

 そう話す店主の傍らには配達に使っているであろう小型バイクが止まっている。コリドラン社のピグミー50。魔導エネルギー駆動の車種である。

「これかい?こいつの燃料は月に一度、港に来る業者から買うのさ」

 女の視線に気づいた店主はバイクのシートを数回叩きながら言った。

「港に・・・?」

「おうよ。それも決まって、満月になる日にさ」

 店主の言葉を聞いた女は、かすかに口角を釣り上げた。

「ありがとう、ご主人。いいことを聞いたわ」

「お、おう。そうかい。また来てくんなよ」

 女は店主に手を振りながら、バナナを片手に去ってゆく。


 町外れの密林に、バナナを携えた女は足を踏み入れていた。

「・・・拙者でござる」

 茂みに対し、呟くと声が帰ってくる。

「名前を言え。あとミラーニュ語で」

 返ってきたのは少女の声だった。

「・・・Il mio nome è KappaNove.」

 女が名乗ると、茂みの草をかき分け、中から茜色の髪をした少女が顔をのぞかせる。茂みの中には彼女らが野営の為にテントを張っていた。

「おっす。お疲れ」

 少女が尋ねると、女はバナナを少女に手渡す。

「ルーシー、おぬしミラーニュ語なぞ解るのか?」

 女の問いにルーシーはバナナを食べながら首を横に振る。

「もし敵がミラーニュ語を話せたらどうするつもりだったのだ」

 ルーシーはバナナを一本食べ終え、皮を右手で摘む。

「どんなもしもだ・・・よっ!」

 バナナの皮をあらぬ方向へ投げ捨てると、それは空中で燃え上がり、一瞬にして消し炭となった。

「むっ!?」

 女がバナナの燃えた方向を見ると、ガマニシオン軍服を纏った魔道師が立っていた。

「余計なもんまで連れて帰ってきたみたいだな?」

 ルーシーは女の顔をのぞき込むと、呆れたように呟いた。

「ブラーボゥ!美女が居ると思って後をつけてみれば、テロリストの一味を発見するとは!ルーシーにカッパノーヴェと言ったか?貴様らもここで終わりだ!」

 魔道師の一人が通信機を取り出すと、それは一瞬にして鉄屑と化した。弾道を辿ると、女が自動式拳銃を片手に構えていた。銃口の先からは硝煙が立ち上る。

「拙者の名はカッパノーヴェではない・・・」

 女の姿が歪む様に消え、代わりに長身逞矩の犬の妖魔が現れた。

「カーノインでござる!」

 黒い毛皮にサングラス、更に黒いロングコートを身に纏ったカーノインの姿に魔道師達は絶句。

「ゲェーッ!男!犬!」

 急激に青ざめてゆく魔道師達の顔色。

「助平な上に拙者の言葉を理解しておった・・・こやつら、ミラーニュ人のようでござるな」

 カーノインが分析すると、魔道師のリーダーは再び掌に魔力を込め始める。

「Esattamente!貴様等にはここで死んでもらう!!」

 ルーシーとカーノインが戦闘態勢に入ったその時だ。

「ルーシー、カーノイン、何かあったのか・・・?」

 ルーシーの隠れていた茂みの中から桃色の髪をした女が半身を出していた。

「Uho!Yamato-Nadeshiko!」

 魔道師達の視線が着物を着たモモの姿に歓声を上げる。

「敵襲でござる!モモ、鎧を着ろ!!」

 カーノインの言うとおり、モモは後退し、テント奥で戦闘の準備に入る。

「おい!お前らの好きな女ならここにもいるぞ?まずはあたしが相手になってやるよ」

 ルーシーは鉄棍を構えると挑発的に手招きと流し目を送った。

「あぁ!?何だメス猿」

「お前よりさっきのカワイ娘ちゃんを出しやがれ!」

「バナナでも食ってろ猿!」

 ルーシーに悪態をつく魔道師三人。

「てめぇら・・・全員死ねぇーーーーっ!!!」

 顔に怒りを浮かべ飛びかかった彼女の名は陽露茜。またの名を鉄拳露茜(アイアン・ルーシー)















二.進海


 半月が夜闇を微かに照らす中、三人の魔道師達は這う這うの体で埠頭を歩いていた。魔法使いにとって二番目の命とも言える導脈は破壊され、物理的に痛めつけられまくった肉体も満身創痍。

 その魔道師達を後方から尾行する3つの人影があった。

「ふむ。やはりカーノインが街で得てきた情報通り、海に何か秘密があるようだな」

 モモが言う。今の彼女は鎧を纏い、刀を携えた戦闘態勢である。

「へっへっへ。あとはあの3人に着いていけば魔田の場所も解るって寸法よ!」

 ルーシーは得意げに笑ってみせた。

「あれだけ怒り狂いながら3人ともトドメを刺さずに逃がしたのはこういう事でござったか」

 と、カーノイン。

「あたしだって、ちゃんと頭使ってんだぜぇ?」

と、ルーシーは自分のこめかみを人差し指で二回叩いてみせた。

「むっ、奴ら船に乗り込むぞ?」

「へ?」

 魔道師達は港に隠していた魔道船に乗り込む。

「待てコラァー!」

 走って船まで駆け寄るルーシー。しかし魔道船は発進し、無情にも沖へと遠ざかる。船は胡麻粒ほどの大きさとなり、辺りには白波だけを残していた。

「で、この後はどうするんだ?」

 モモがルーシーの後ろから問いかける。

「・・・・・・・」

 押し黙るルーシー。

「あいつらは戦えない体だとしても、我々の情報を基地に持って帰られたら、すぐにでも大軍を派遣してくるんじゃないか?」

 モモは眉間に指を当て、溜息をついた。

「まさに猿知恵でござったな」

 と、カーノインが呟くと、ルーシーは彼を睨みつけた。

「・・・ってお前、どこ見てんだ?」

 カーノインは魔道船の去っていった水平線を見据えていた。

「奴らの船でござるよ。拙者の視力なら、ある程度は遠くを見ることができるからな・・・ぬ!?あの船、海面に吸い込まれたでござる!!」

「何だと!?」

「沈没したのか?」

 モモとルーシーの問いにカーノインは首を横に振る。

「否、船の消え方が不自然でござった。あれは事故で沈むスピードではござらん」

 カーノインが言うには、船は一瞬にして跡形もなく消えたようだ。

「という事は、その場所に」

「魔田の手掛かりがあるんだな?」

 カーノインは頷く。が、その表情は明るくない。

「左様・・・しかし、我々に海路を行く手段なぞ・・・・・・」

 3人は先のクランキリ魔田ほか2つの魔田を破壊したテロリストであり、ガマニシオン政府により手配された身である。名や顔こそ割れていないものの、首に賞金が掛かった身では目立つ行動には出られない。昼間にカーノインが変装までして情報収集していたのはそれが理由であった。

「待て。あたしにいい考えがある!・・・って何だよその顔?」

 モモとカーノインがルーシーを見る目は冷たかった。

「・・・他に手がない以上、聞いておくよ。どうするんだ?ルーシー」

 モモが言うと、ルーシーはふふんと鼻を鳴らし、カーノインの背中を叩いた。

「おっさん、通信機はあるな?」

「あるぞ?」

 ルーシーに言われると、カーノインは懐からニューリンゲン製の通信機を取り出した。魔導式ではない、一世代前の電波式通信機である。

「今から言うコードに、ここの座標情報とSOSを発信してくれ」

「うむ」

 カーノインは通信機のダイヤルを調節する。

「ヤンキー」

「Y・・・」

「ジュリエット」

「J・・・」

「イー、イー、スー、ウー、イー、スー」

「1・1・4・5・1・4・・・っと。送ったでござる」

 カーノインは発信の完了を確認すると通信機を再び懐にしまい込んだ。

「ルーシー、今のは・・・?」

 モモの問いにルーシーはまたも得意げな顔で答える。

「へへっ。あたしの人脈で助っ人を呼んだのさ」

 それ以上は語らぬと言った様子でルーシーは来た道を戻りだした。カーノインもそれに続く。

「(YJ・・・弥摩都軍の通信コードじゃないか。何故ルーシーが・・・・・・?)」

 

ー夜

「モモー、暑くない?」

 ルーシーがモモに問う。昨日の戦闘でガマニシオン側に居場所が割れてしまった為、モモは襲撃に備えて終日鎧を着装していた。

「・・・暑いさ。でも死ぬよりはましだ・・・」

 振り返ったモモの額は汗だらけ。ここプラガッタは熱帯の国である。その顔を見たルーシーは若干申し訳ない気分になる。彼女はいつも通りスパッツとトップインナーの上に腰布とベストを羽織っただけの涼しげな軽装だ。モモと違い、魔法から身を守る方法は既に左手に備わっている。

「おっさんはよくそれで平気だなぁ」

 ルーシーの視線の先でカーノインは海を見渡していた。彼は全身を黒のロングコートに身を包み、ボタンの留められたコートからわずかに露出する胸元も、白い防煙マフラーで塞がれている。

「むっ・・・船が一隻近づいてござる」

 まだルーシーとモモには見えるか見えないかという距離にいる船舶を、夜間の上サングラスまでした目でカーノインは発見した。

「乗ってるのは髭面のおじさんとメガネの兄ちゃんじゃないか?」

 ルーシーが問うと、カーノインは頷く。警戒するモモを、ルーシーがなだめ、そして船体は港に近づく。

 その船をルーシーは知っていた。かつてガマニシオン八天鬼の一人・光のステルバイが舵を執った海賊船ファロウェラ号。そして、その主無き今は、その名を戦艦高砂。弥摩都皇国海軍に収容された船だ。

「お久しぶりです!ルーシー殿」

 甲板から姿を現したのは弥摩都皇国海軍大尉・猪狩晋作。その後ろにも7人ほどの兵士たちが並ぶ。

「久しぶり、猪狩さん、近藤さん!」

 ルーシーは猪狩大尉、近藤大介軍曹をはじめとする船上の兵士たちに手を振る。

「彼らが金竜島で知り合ったという軍人たちか」

 彼らとルーシーの繋がりを察したモモに対し、ルーシーは得意げな表情を見せる。が、どこかモモは落ち着かない様子だ。

「モモの父君は弥摩都軍のお偉いさんなのでござるよ」

「へぇ・・・・」

 カーノインの言葉にルーシーは曖昧に答える。モモの顔色を伺っての態度だ。

「気にしないでくれ。さぁ、行こう」

 モモを先頭にルーシーたちは船へと乗り込んだ。


 プラガッタの港を発った高砂号は、カーノインの見たというガマニシオン船の消失地点を目指す。

「麻比奈中将の御息女様でありますか・・・」

 近藤がモモとカーノインに対し、背筋を伸ばし直立不動で向き直る。

「そんなに畏まらないで下さい。私は家出同然に弥摩都を出た放蕩の身ですから」

「左様にござる。拙者もモモのお目付け役と称して出てきた身でござるからな」

 モモとカーノインは近藤に自らの成り行きを説明する一方、ルーシーは猪狩に耳打つように問う。

「ねぇ猪狩さん、モモの家って弥摩都じゃそんなに有名なの?」

 ルーシーの問いに、猪狩は若干驚いたように答える。

「有名なんてもんじゃないですぞ。麻比奈家は弥摩都において神皇家に並ぶと言われるほど歴史ある名家。それに、桃佳殿の祖父に当たる方は先代の弥摩都皇国首相ですから」

「へぇ・・・爺さんが首相で親父が軍の偉いさん・・・モモもその内偉くなんのかなー・・・」

 ルーシーが呟いたその時だ。

「大尉殿!ソナーに反応あり!岩山の様なものが海中から浮き上がってきます!」

「なんと!?船足、停止せよ!」

「船足停止!了解!!」

 操舵主の兵士は猪狩の命令を受け、復唱の後にエンジンを停止させる。

「??・・・海面が・・・・・・?」

 全員が眼前の海面を見渡すと数理先で、徐々に海面が歪んでゆくのが見えた。やがて、それは巨大な渦潮となる。「巻き込まれぬ様注意しろ!」

「了解!」

 思わぬ事態に兵士たちは緊急時に備え動き出す。

「長年海軍生活をしているが、こんな事は初めてだ・・・」

 猪狩が呟いた刹那、雲間から真円を描く月が姿を見せた。

「満月・・・・・・」

 そして、渦潮は拡大してゆき、中央から岩とも鉄ともつかない巨大な影が海上へと昇ってゆく。

「何だアレは!?」

 突如現れた怪異に兵隊達もルーシーとカーノインも身構える。

「もしや、古代都市ガーラルーファ・・・?」

「何ぃー!?知ってるのか、モモ!?」

 ルーシーの問いに頷くモモ。

「古代都市ガーラルーファ・・・数百年前に沈んだとされる、あの・・・」

 猪狩もその名を知る様に、アラパイムではガーラルーファの伝承は現代まで口伝てに伝えられてきた。曰く、その国はアラパイムで最初の魔法使いが現れただとか、民の殆どは鳥の妖魔だとか、人間と妖魔の争いで地殻変動が起き、海の底へ沈んでしまっただとか。

「そして、最初の魔法使いが建てた巨大な塔があったとか・・・な」

 モモの言う塔というのが、おそらく眼前に聳える巨大な物体だろう。それらはフジツボやカメノテといった生物、海藻にまみれ、ところどころが潮の流れで磨耗している。それだけの長い年月を経てきた伝承は、最早おとぎ話同然だった。

「実物を見ちまった以上、信じざるを得ないなぁ・・・」

 ルーシーは呟く。そうこうしている内に潮の動きは収まり、塔の頭上に満月は輝いていた。

「おそらく、魔田の正体はコレにござろう。猪狩殿、近づく事は可能でござるか?」

「やってみよう。船足前進!」

 猪狩の号令を兵士らが復唱すると、高砂号は塔の直近まで近いてゆく。

「猪狩大尉、ここから先は我々3人で向かいます。船を出していただき、ありがとうございました」

 モモはお辞儀、カーノインはニューリンゲン式敬礼、ルーシーは包拳礼で、それぞれ謝意を表し、弥摩都の軍人達も敬礼による答礼を返す。

「我々もお三方にお力添えをしたい所ではありますが、魔道師が相手では戦う術を持たぬ以上かえって足を引っ張る事でしょう。せめて、この船から皆さんの武運を祈りながら待ってますぞ」

「かたじけない。しかし、この塔はおそらく月の満ち欠けと連なり海へと消えるでしょう。塔が沈んで我々が戻らなかったら、構わず撤収して下さい」

「よっしゃ、そうと決まりゃあサッサとここの魔田をぶっ潰して帰ろうぜ!」

 ルーシーはカーノインの肩に跳び乗り、モモは彼の両腕に体を預ける。

「Ja!」

 モモとルーシーを抱えてカーノインは跳躍し、塔に穿たれた亀裂へと姿を消した。

「・・・弥摩都とガマニシオンは停戦協定を結んでいる以上、我々軍人が彼らに手を貸すことはテロリズムの幇助。しかしこれは我々が以前、海賊に扮したガマニシオンの手先に襲撃を受けた事への報復。つまり「おあいこ」である」

 猪狩が兵士達の顔を見るや、彼らは「何を今更」とでも言わん顔で頷いていた。これは自分達の危機を救ったルーシーへの恩返しでもあり、日頃から積もるガマニシオンへの鬱憤ばらしでもあった。

「む。椿、やはり貴官は不満か?」

 猪狩は一人だけ首を捻っていた兵士・椿奈緒子軍曹へ問う。彼女はルーシーが金竜島を発った後で弥摩都本土から金竜島へと異動になり、猪狩隊へと配属されたのだ。

「いえ、わたスもガマニスオンは好かんで、作戦には賛成なんでスが、どうにも気になる事がありまスてね・・・」

 椿は訛りの強い口調で続ける。

「麻比奈の姫さんって、もうスでに亡くなってるって、本土に居た頃に聞いたんでスよ・・・」












三.闇縛


 石畳と石の壁で構成された塔の内部は、まさに古代遺跡と呼べるものだった。しかし、天井に張り巡らされた配線と魔導式電灯、そしてそれらから放たれる文明の光が人の手による介入を示していた。

「ところどころ文字だらけだな」

 モモが周囲を見渡しつつ進みながら呟く。古代文明の文字は現代で使われるどんな文字ともかけ離れており、モモにもルーシーにもそれを解読する事は出来なかった。

「おっさん、読めるか?」

 ルーシーがカーノインに問う。

「残念ながら、拙者の頭には現在世界中で使用されている言語しか入っておらん。が、これらはプラガッタ語、ボーシャ語と相似する部分がある。見ていく内に少しは解読出来るかもしれんでござる」

 カーノインがそう言うと、モモとルーシーは文字に関しては彼に任せ、自分たちは敵襲への警戒へと注意を注ぎながら進むことにした。

「おかしいな」

「やっぱりそう思うよなぁ?」

 神経を研ぎ澄ませながら進むルーシーとモモは互いに口にする。仮にも魔田という、ガマニシオン側にとって重要施設であり、拠点でもある砦に潜入して一刻以上は悠に経っているというのに、敵魔道師はおろか、人ひとり、妖魔一体すら出会わない。否、生物の気配すらそこには感じられなかったのだ。

「モモ、ルーシー、妙に頻出する単語があったので、それは解読出来たでござる」

 カーノインの言葉に耳だけを傾けて進むモモとルーシー。

「『大魔女ヴィーナ』」

 モモとルーシーの足が、一瞬だけぴたりと止まる。

「知ってる?」

「いや・・・」

 そして振り返り、カーノインの顔を見る二人。それに対しカーノインも首を横に振る。

「おそらく。この塔は、そのヴィーナなる者を祀る神殿か何かであろう。その者が神等と呼ばれる偶像なのか、実在した人物であるかは解らぬが、古代の魔法使い達にとって、ここは神聖な場所であったんでござろう」

 古代の魔法使い達が築いた建造物を、現代の魔道師達が破壊と侵略の拠点として使うことに、何かただならぬ巡り合わせでもあるのだろうか。三人は何度目だか数えるのも忘れた階段を降りる。

 階段を降りた先は、広間の様であった。翼や嘴を持つ妖魔の像や壁画がいくつか見受けられるも、それらは全て長い年月の元、所々が壊れ、掠れ、朽ちている。

「どうやら、ここが本来ならば塔の入り口に当たる場所の様でござる」

 元は地上であった場所が今は海の底である。時の流れによって起こった奇妙な現象であった。

「って事は外はもうとっくに海の中だな?」

「うむ・・・ルーシー、無闇矢鱈と扉を開けるなよ?」

 塔の入り口でも開こうものなら、外から海水が流れ込む危険がある。魔田の機能を破壊する前に溺死などするわけにはいかない。

「おい、何であたしを名指しするんだよ・・・・・・ん?」

 ルーシーはモモに抗議しつつ、何かを見付けた。グリフォンを象った妖魔像の後ろに、更に下へと下る階段を発見したのだ。

「お!更に降りられるみたいだぞ?」

 ルーシーは階段へと駆けてゆく。

「それが駄目だって言ってるんだよ!」

 モモがルーシーの背に向け叱責を飛ばす。それと同時にカーノインが素早く懐から二丁の拳銃を抜き、ルーシーめがけ発砲した。

「!!!」

 銃声に驚き停止したルーシーの頭上を掠め、通過してゆく弾丸。着弾した先には天井に張り付く人影があった。

「んなっ・・・さっきまで誰も居なかったぞ?」

 ルーシーとモモめがけ襲い掛かってきたのは二人のガマニシオン軍魔道師だった。そして、ルーシー達にはその顔に見覚えがあった。

「よぉ色男、また会ったな!」

 ルーシーは魔道師の攻撃を鉄棍で打ち払い、飛び後ろ回し蹴りを顔面に叩き込み、三畳分ほど蹴り飛ばした。魔道師達の正体は昨日カーノインの後を尾行してきたミラーニュ人魔道師達だ。

 モモは相手の得物である曲刀「ショーテル」による斬撃を、愛刀・「辻魔殺司」で受け流す。

「(・・・何だ、この正確すぎる打ち込みは!?)」

 モモは麻比奈流剣術の達人である。「ケンドーサンバイダン」という言葉も存在するほど弥摩都の剣士・サムラーイに剣を持って適う事は至難である。しかし、目の前で導脈の無い魔道師崩れのただの人間が、達人クラスのサムラーイであるモモと互角の剣撃を見せていた。

(せい)やッ!」

 下から上への薙ぎ払いでショーテルを打ち払ったモモは、その勢いで水面蹴りを放つ。足を絡め取られ、転んだ敵の心臓に剣を突き刺すと、モモはルーシーへと叫ぶ。

「ルーシー、こいつらはもう人間じゃない!」

「ああ!前に一度殺りあった事がある・こいつらは・・・」

 ルーシーが蹴り飛ばし、壁に叩きつけた敵へと駆け寄る。が、

「ぐっ!?」

 壁に寄りかかっていた敵はその腕を、文字通り伸ばし、ルーシーの首を掴む。敵の腕は肘から分かれ、前腕と肘がワイヤーで繋がれていた。

「ルーシー!」

 救出に向かおうとするモモ。しかし、モモの足首もまた、倒した相手に掴まれていた。

「Hurrrraaa!!」

 カーノインの声と同時に、ルーシーとモモの体を掴む敵の頭に苦無が刺さる。

「魚住流忍法!ライジン・サンダー!」

 カーノインの両掌から発生したプラズマ波が、避雷針と化した苦無へと迸る。

「ギャー!」

 声を発したのはルーシーとモモ。敵に触れている以上、感電は免れなかった。そして、二人を拘束していた二体は、声一つ発すること無く活動を停止していた。

「サイボーグ・・・こいつらの構造に関しちゃ、拙者は詳しいでござるからな」

 サングラスのブリッジを人差し指で押し上げるカーノイン。彼は三人目のサイボーグを既に破壊していた。その後頭部をルーシーは鉄棍で思いっきりひっぱたく。

「ふざけんなクソ犬!もう少しで黒コゲのアフロになるところだっただろ!」

 ルーシーとカーノインのやりとりをよそに、モモはカーノインの電撃により倒れた者達の亡骸を観察する。血の一滴も流れず、煙を吐き出し続けるそれらは機械仕掛けの体をしていた。

「なるほど、日中我々を襲撃してこなかったのは彼らをサイボーグへと改造する為だったか」

 導脈の無くなった魔道師など、ガマニシオン軍にとって無用の長物だ。せめて残った神経系を利用し、兵器へと転用するくらいしか、利用方法がなかった。

『ケケケケ・・・ご名答・・・』

 突如響いた声に身構え、周囲を見渡すルーシー達。

「そこか!」

 カーノインが手裏剣を投擲したのはグリフォン像の影。

「ケヒャアッ」

 奇声とともに弾かれる手裏剣。その人影は、像の影と一体化していた。

「ケケケ。我が名はベネゼブラ・・・ガマニシオン軍八天鬼が・・・一人、闇の・・・ベネゼブラ・・・・・・」

 途切れ途切れの言葉を紡いで喋るそれは、全身を黒地に白骨をあしらったゴム状のボディスーツに包み、頭部に単眼の髑髏を模した仮面を着けている。

 一見人型をしたベネゼブラだが、前傾した背筋に蜘蛛の様に長い両腕は、彼が人ならざる者である事を伺わせる。

「くらえ・・・ミストキシン・・・」

 ベネゼブラが呟いたのは呪文であった。

「何だ?」

 ベネゼブラの全身からたちこめる暗紫色の霧。

「いかん!」

 カーノインはコートの胸元から取り出した白いスカーフを器用にルーシーとモモの口と鼻にあてがった。

「ムグ!?」

 突然の出来事に何事かと声を出すルーシー。

「これは魔法により作り出した毒・・・にござる・・・」

 3人はほぼ同時に膝から崩れ落ちた。

「ケケッ・・・八天鬼を4人・・・も・・・倒したという・・・割には・・・他愛もない」

 ベネゼブラは3人が起き上がらない事を確認すると、魔法を解き、充満する霧を消滅させた。

「?」

 ふと見下ろすと、カーノインの腕がいつの間にか動いていた。うつ伏せた彼の両手は、倒れた時は弛緩し体側でだらしなく伸びていたはず。しかし今は頭の上で印を組んでいる。

「魚住流忍法、マフウ・キャンセラー!」

 カーノインが叫ぶと同時に跳ね起き、その勢いでベネゼブラの顔面を殴打し、殴り飛ばした。虚を突かれた上に魔力障壁を展開出来ないベネゼブラはカーノインの逞躯から繰り出されるパンチをまともに食らったのだ。数畳ほど殴り飛ばされたベネゼブラは立ち上がる。

「バカな・・・貴・・・様が一番我の・・・毒を吸・・・ったはず」

 カーノインは蹲るモモとルーシーを交互に見ると、ベネゼブラへと視線を移す。

「もう少しだけ待つでござるよ」

 右手に苦無、左手に拳銃を把持し、カーノインは静かなる殺意を視線に乗せ、ベネゼブラを睨み付けた。

「貴様・・・もしや・・・・・・」

 ベネゼブラは気付いていた。

「機械の体に毒など通じん!」

 彼の体に血は通わず、鼓動する心臓も無い。あるのは機械と鋼。

「サイ・・・ボー・・・・・・グ!」

 鋼と機械の体を持つ忍びの狗は、にやりと笑った。

「早いところ・・・決めさせてもらうッ」

 カーノインはコートの内側から拳銃と苦無を取り出し、それぞれを左右の手に把持し、右手の拳銃をベネゼブラへと向け発砲した。

 一発一発を心臓、頸椎といった急所に着弾させるも、ベネゼブラは倒れる事無く、ゆっくりとした動作でカーノインの元へ接近。

「馬鹿な・・・っ」

 発砲を続けるカーノイン。だが、弾倉は空となり、拳銃のスライドも開いたままとなった。

「魔・・・法の・・・発動を封・・・じる・・・術、確・・・かに恐ろしい・・・技・・・だ」

 ベネゼブラはカーノインの拳銃が弾切れとなったのを察知するや、仮面に付いた単眼で睨み付ける。

 魔法を発動する事が出来なければ、それで身を守る事も不可能となり、魔力による攻撃と防御を失った敵を殺す・・・それがカーノインによる唯一の対魔道師戦法である。しかし、目前の敵・闇のベネゼブラにはそれが効かなかった。

 ベネゼブラの右腕が文字通り伸びる。ゴム製のスーツごと伸長した腕はカーノインの首めがけ、毒蛇の如く襲来。

「ぬンっ」

 忍者特有の反射神経に、機械の精密な動作も加わり、カーノインは攻撃を最低限の動作でかわす。そして拳銃を捨て、左手でベネゼブラの手首を掴み、右手の苦無でベネゼブラの腕を切断した。

「・・・何だコレはッ!?」

 切断したベネゼブラの右腕は、断面から血も流れていなければ、肉も骨も無く、カーノインの体のように機械や導線が詰まっている訳でもない。中は全くの空洞だった。

 ベネゼブラの腕を投げ捨てるカーノイン。その先に見えたベネゼブラ本体は切断された腕の断面から黒い靄が微かに尾を引いていた。

「ケケケ・・・我は・・・亡者の霊魂を・・・集・・・合させ・・・作り・・・出されし・・・魔導・・・兵・・・器・・・」

 ベネゼブラの体は、ラバースーツ内を依り代とし、血液も臓器も無いものだった。

「命を持たず・・・老いる事も・・・死ぬ事も・・・無い存在・・・貴様も同じ様なものだ・・・カーノイン・・・」

 ベネゼブラの言葉にカーノインは犬歯を剥き出し、憤怒の形相を露わにした。

「貴様と同じだと!?我が友の作ったこの体を貴様と一緒にするな!魔導ゾンビ!」

 カーノインは両手に苦無を構え、飛びかかる。

「カーノイン、冷静になれ!」

 モモの声は彼に聞こえてはいなかった。

「ならば貴様の体、細切れにするまで!」

 苦無の一撃がベネゼブラの首に迫る。

「どう・・・や・・・ら・・・時間の・・・ようだ・・・な」

 苦無の刃は、ベネゼブラの展開した障壁に阻まれた。魔封じの術は制限時間を越え、ベネゼブラは再び魔法が使える身となった。

「闇・・・鎖・・・!」

 ベネゼブラが呪文を唱えると、縄状に具現化した魔力がカーノインの体を拘束した。

「このまま・・・三人とも・・・一気に殺してもかまわんが・・・」

 ベネゼブラは身動きを取れず、唸りながらもがくカーノインから数歩距離を取る。

「精神的に・・・痛めつけ・・・殺すのが・・・我の・・・殺り・・・方・・・」

 ベネゼブラがぼそりと呪文を呟くと、彼の体がぐにゃりと変形した。

「・・・!?」

 カーノインは瞳を丸くし、絶句。

「K-9・・・フリード・・・」

 ベネゼブラが変化した姿は犬の妖魔・カニッシュ族の青年。旧ニューリンゲン軍の軍服を着た姿は、ところどころに弾痕や刀傷、出血をした、無惨なものだった。

「モモ、アレは・・・?フリードって・・・?」

ルーシーは地に伏しながら、同じく倒れているモモに問う。

「フリードリッヒ・シュヴァルツ・・・カーノインの本名だ。そしてあれはおそらく・・・」

 それは、カーノインの戦友、K-3ことアヒム・ハインケルの、死ぬ間際の姿だった。

「なぜお前だけ生きてるんだ・・・?」

 アヒムは別のカニッシュ族へと姿を変えた。

「ベルハルト!ヘルマー!イグナーツ!ヴェローニカ!レオン!」

 次々に現れては、カーノインに語り掛ける、かつての戦友たち。

「やめろ・・・やめてくれ・・・」

 慚愧に灰心喪気するカーノインは鋼と機械の体に存在しないはずの「心」が削がれてゆくのを感じていた。

「カーノイン」

 優しい声音で語り掛けたのは、桃色の髪を下ろし、和服を身に纏った女性だった。

「モモ!?何で・・・モモは生きてるし、今ここにいるじゃないか」

 ルーシーが驚くほど、ベネゼブラの見せる幻はモモに瓜二つだった。身体的な違いは、顔に傷があるか無いかくらいである。

「・・・私の双子の姉だ」

 答えるモモの顔にも汗が浮かぶ。

 すると、モモの姉は元の姿であるベネゼブラに戻る。

「ケケケ・・・我が・・・「悲哀死憐」は・・・どうだっ・・・た・・・」

 ケタケタと笑いながら、ベネゼブラはカーノインの顔を見た。

「アドルフォイと・・・ジュリーの・・・言うとおりの・・・幻を・・・見せただけで・・・こうまで・・・」

 ベネゼブラの声を聞いた瞬間、カーノインの体が反応した。

「アドルフに・・・ジュリだと・・・?」

 カーノインは立ち上がると、そのまま後ろへと跳んだ。

「ルーシー!」「おう!」

 ルーシーはなんとか上半身を起こすと、左手でカーノインを拘束していた縄を引き千切る。拘束を解かれたカーノインは胸の前で印を組む。すると、カーノインの体毛の内、茶色の部分が白く変色してゆく。

「ヒデン・ドライブ、制限解除!」

 サイボーグは感覚というものを持たない。カーノインのボディは擬似的な痛覚や疲労感を感じる事で負担を察知する機能が組み込まれている。しかし、昨日の中枢を担う『ヒデン・ドライブ』の制限を意図的に外す事により限界まで機能を高める事が出来るのだ。

「我が・・・精神攻撃にも・・・屈さぬ・・・とは・・・面白い・・・来るが・・・いい・・・機鋼忍狗(メタルハウンド)!」

 ベネゼブラが左手を鞭の様にしならせ、カーノインへと伸ばす。

「!?」

 しかし、カーノインの限界まで高められた反射速度と俊敏さは軽々とそれを躱した。

「闇のベネゼブラ!貴様は拙者が倒す!慈悲は無い!」

 跳躍し、滞空したカーノインはコートの中から左右の手に合計8個ほどの黒い球体を掴み取り、それを辺りに撒き散らした。

「忍法、ブンシン・ミラージュ!」

 カーノインの言霊を合図に、球体は一斉に姿を変えた。ベネゼブラを囲む様に、計十人のカーノインが姿を現す。

「!?」

 驚いたのはベネゼブラとルーシーだ。

「どれが本物か解るまい!」

 そう口にした、カーノインの内一体に向け、ベネゼブラは腕を伸ばす。すると、カーノインは爆散。カーノインが放った球体達は爆弾であった。彼はそれに立体映像を投影していた。これが分身の術の正体である。

「成る程・・・確かに危険な・・・技だ・・・」

 爆発の瞬間に障壁を展開させ、爆風を凌いだベネゼブラは周囲を見渡す。

「だが!」

 ベネゼブラが標的としたのはルーシー。動く事もままならない彼女を狙えば、カーノインは庇いに来る。ベネゼブラはそう踏んだのだ。

闇魔砲(ダークカノン)!」

 ベネゼブラの口から放たれる暗紫色の魔導弾はルーシーめがけ飛来。

「Hurrrrraaaaaaaaaa!」

 声の主はモモだった。ルーシーの傍らで倒れていた彼女は立ち上がり、斬魔刀・辻魔殺司で魔導弾を両断した。


「モモ!?」

 驚くルーシー。ベネゼブラも単眼を丸くしている。

「貴様の考えくらい、見抜けぬ拙者と思うたか!」

 モモの声音でそう言うと、モモの姿をしたそれはベネゼブラめがけ、疾駆。その速度は人間のそれを超えていた。

「まさか・・・貴様が・・・」

 ベネゼブラが言い切る前に白刃は黒いボディスーツの胴に入り始めていた。

「Hurrrrraaaaaaaaaa!」

 モモはベネゼブラを横一閃に両断し、走り抜けた。立ち止まった時に、その姿はカーノインの姿になっていた。

「忍法、ヘンゲ・メタモルフォーゼ」

 すると、残った八人のカーノイン達も内七人が爆弾、一人がモモへと姿を変えた。

「魔法により霊魂を繋ぎ合わせた貴様を倒すには、モモの斬魔刀で魔法を根元から絶てばよいと考えたが、見事に的中したようでござるな」

 カーノインが振り返り、ベネゼブラの体を確認する。そこにあったのはボディスーツと髑髏の仮面のみ。

「モモ、大丈夫でござるか」

 カーノインは膝を突くモモに手を伸ばす。モモはその手を握り、立ち上がった。

「姉さんの姿を見て、ジュリの名を聞いた瞬間、私も居ても立ってもいられなくなった・・・私は奴を倒し、姉さんの仇を討つまで死ねないからな・・・」

 モモはカーノインから辻魔殺司を受け取ると、それを鞘に収めた。

「モモ、体の調子が戻ったぞ!」

 ルーシーの声に振り返ると、彼女は鉄棍を振り回し、健康そのものな状態を見せつけていた。ベネゼブラの毒は呪術の発展型である。術者が倒れる事により、施された術も解けたのであった。

「よし、先に進もう。ルーシー、カーノイン!」




四.魔女


 三人の目に飛び込んで来たのは妙な光景であった。これまでの塔内部の風景とは打って変わって、機械類で埋め尽くされた広いフロア。その中央で一際異彩を放つものが、堂々と佇んでいた。

「これ・・・人か?」

 ルーシーは、それを叩きながら言う。

「いや、背中から翼が生えている。妖魔でござろう」

 カーノインもそれを見上げながら言う。それは、巨大な宝石であった。その高さはカーノインの身の丈よりもなお高い。そして、その宝石の中に、眠る少女の姿があった。純度の高い翠色の澄んだ宝石の中に閉じこめられていたのは、外見上十歳そこらの人間の様であったが、先程カーノインが言ったように、背中から深緑色の翼が生えていた。魔導革命により排除された宗教で言うところの「天使」なる存在の姿にも見えたが、宝石の中の少女は褐色の肌にビリジアン色の髪、深緑の翼をしており、鳥の妖魔である事が伺える。

「生きてんのかな、この子・・・っておいモモ、どうした?」

 ルーシーがモモの様子を振り返ると、モモは宝石の少女から目を逸らし、落ち着きのない様子だった。

「は、裸じゃないか・・・あまりジロジロ見るのはよくないと思うぞ・・・」

 モモの言うとおり、宝石の少女は一糸纏わぬ姿であった。

「子供ではござらんか」

「おまえも女だろ」

 カーノインとルーシーは、そう言いながらも少女の入った宝石を隅々まで触り、観察する。

「ルーシー、モモ。離れるでござる」

 カーノインは左手で二人に合図を送ると、右手でコートから先の殿爆弾を取り出した。そして、それを宝石に貼り付けると、自身もその場を離れる。数秒後、轟音が響き、熱風が吹いた。

「・・・傷一つ付いてないぞ?」

 本来ならダイヤモンドすら粉砕する威力を持つ爆風にも、宝石はびくともせず、中の少女は依然眠ったままだ。

「おい、お前達何するつもりだ・・・?」


 モモがルーシー達に問う。

「決まってるだろ?この子をこっから出すのさ」

「ガマニシオンの関係者なら有力な情報を持ってるやもしれんでござるな」

 カーノインの言う事にも一理ある。しかし、古代遺跡の地下に封印された妖魔など危険ではないのだろうか。モモはそう思いつつも二人を見守る事にした。

「ルーシー、どうやらこの宝石には魔力による強化が付加されてござるぞ」

「よし!ならば導斷功!!」

 ルーシーは宝石に右掌を当て、生命のエネルギー「真氣」を送り込む。導断功は真氣により魔道師の導脈を破壊するルーシーの奥義である。

「だめだ」

 生命エネルギーである真氣は命を持つ相手にしか効果が無い。

「こうなったら・・・」

「モモ、たのむ!」

 カーノインとルーシーの視線に、モモは大体の察しが付いた。

「・・・どうなっても知らんからな」

 モモは腰の鞘から斬魔刀・辻魔殺司を引き抜く。先程もカーノインが生命体ではないベネゼブラを倒した様に、斬魔刀はあらゆる魔力を断ち切る力を秘めている。これなら宝石に付加された魔法も打ち消すことが出来ると、カーノインは考えたのだった。

「フゥーッ・・・・」

 呼吸を整え、上段に刀を構えたモモ。それを見守るルーシーとカーノイン。

「せいやァー!」

 振り下ろされる刀に伝わる衝撃、甲高い音。

「お・・・折・・・・」

 呆然自失のモモの前に、斬魔刀の刃は回転しつつ落下。床にその身を横たえた。

「折れたーーーーーー!?」

ルーシーとカーノインの絶叫が響く中、モモは刀を手に立ち尽くしていた。

「あ、でもヒビ入ったぞ?」

「いや、モモがそれどころじゃないでござッ・・・!!」

 カーノインは会話の途中で何かに気付くと、モモとルーシーを抱え、宝石から跳び退った。彼らが立っていた場所に、どこからか魔力の礫が飛来し、足下に突き刺さっている。

「何奴かッ」

 カーノインが誰何した先は宝石の真上であった。

「ベネゼブラの魔力が感じられないと思ったら・・・貴様達、生きてここから帰れると思うなよ」

 竜巻の如く吹き荒れた烈風の中心から現れたのは、白いマントと軍服に身を包んだ初老の男。しかし、顎から生えた鳥の嘴と、耳があるべき場所から生えていた木菟(ミミズク)の冠羽根が、彼を妖魔であると言わしめていた。

「あいつは・・・」

 ルーシーの表情は、一瞬驚愕を見せた後、徐々に憤怒の形相へと変わる。

「その力、風か。ならばあやつは風を司る八天鬼でござるか!」

 白服の妖魔は空中に静止したままルーシー達を見下ろす。マントとスラックスの裾が小刻みに動いている事から、風の魔法を巧みに操りホバリングしている事が覗える。

「如何にも。我が名は風のハスタートス!」

 名乗りを上げたハスタートスの回りに滞留する魔力は凄まじく、三人の肌にぴりぴりとした痛みすら感じさせる。

「気をつけろルーシー、カーノイン!奴は今までの八天鬼とは比べものにならないくらい強いぞ!」

「解ってるよ・・・あいつは・・・八天鬼の親玉だ!」

 ルーシーはカーノインの腕からするりと身を抜くや、その前に立ち塞がる。

「呼ォォォォォ」

 丹田から空気を吐き出すルーシー。ハスタートスはマントを翼に変化させると、呪文と同時に両翼から三本ずつ、計六本、羽に魔力を付加し、ルーシー達へと飛ばす。

「哈ァ!」

 ルーシーは一声し震脚。溢れ出す真氣が足元を陥没させる。そして、飛来する羽根を全て左手だけで払い落とした。

「むっ!?」

 相手を殺すつもりで放った魔法であったが、それを難なく防がれたハスタートスは若干の驚きを見せた。

「久しぶりだなフクロウ野郎」

 ハスタートスを睨むルーシーの目は憎悪と怒りに彩られている。

「華國皇帝の娘か・・・やはり生きていたか」

 ルーシーの左手は先ほどの魔法を防いだ事により霊糸の包帯が切れ、中から剛毛に包まれた鉄猩の腕が現れていた。

「父と母、兄、華國の民、そして左手の恨み、晴らさせてもらうぞ!」

 ハスタートスへと飛び掛かるルーシー。それをハスタートスは余裕の構えで受ける。

「・・・アークアトゥス」

 ハスタートスがその名を口にすると、ルーシーの左拳は鼻先で寸止められていた。

「・・・・・・」

 いつの間にか姿を現した人影に、ルーシーの腕は掴まれていたのだ。掴んだ手の主はハスタートス同様、マントの付いた軍服に身を包んでいる。そしてその顔は太陰大極図をあしらった仮面に隠されていた。

「・・・・・・」

 仮面の魔道師はそのままルーシーの体を、腕を支点に回転する様に、元居た場所へと放り投げた。ルーシーの体が地面に叩きつけられる寸前で、モモがそれを受け止める。

「彼の名は光のアークアトゥス。そして・・・」

 ハスタートスはアークアトゥスとともに地に降り立つと、左手を挙げ、合図を送る。

「金のアドルフォイ。・・・・・・君のよく知る男じゃないかね?ニンジャくん」

 アドルフォイと呼ばれた男の姿を見たカーノインは、先ほどハスタートスの姿を見たルーシーよろしく、犬歯を剥き出し、吠えた。

「アドルフ・フレデリクセンッッ」

 名を呼ばれた狼の妖魔、光のアドルフォイことアドルフは左耳を覆っていたベレー帽を脱いだ。

「やはり生きていたか。フリード。この傷痕は直さずにいて正解だった」

 アドルフォイの左耳は、彼がニューリンゲンを裏切ったあの日、カーノインに削がれたままの状態で保たれている。

「この手で君を確実に殺すまで、俺はこの耳を敢えて直さなかった・・・だが、それも今日までだ!」

 アドルフは再びベレー帽を被ると、腰から拳銃を引き抜いた。鳥の妖魔が封印された宝石の前に立ちはだかる八天鬼達。

「どうやら、その妖魔の娘は余程大切なものらしいな」

 モモが半分に折れた斬魔刀を構える。

「剣は折れようと、心は折れず・・・か。だが!」

 ハスタートスの掌から真空刃。

「我々に勝てるなど、思い上がりも甚だしい」

 アドルフォイの魔導銃が吠える。

「・・・・・・」

 アークアトゥスの指先からは光の矢が迸る。

「うわぁぁぁぁっっっ」

 寸でのところで避けたモモとルーシーだったが、その余波で壁に叩き付けられる。

「直撃とはいかなかったか・・・・・・ん?」

 ハスタートスがある事に気付いた。

「フリード!?」

 モモとルーシーの転がっている辺りにカーノインの姿が無かった。

「ここだ・・・」

 八天鬼達が振り返ると、そこに立っていたのはカーノイン。彼は攻撃を受ける前に立体映像を駆使した変わり身の術、隠身の術を行使し背後に回り込んでいた。

「随分と姑息な手を使う様になったな。フリード。しかし俺達の背後に立ったからと言って・・・」

 アドルフォイが言い切る前にカーノインが再び口を開く。

「拙者の狙いは貴様らではない・・・これだぁぁぁ!」

 カーノインの手には、折れた斬魔刀の切っ先側が握られていた。切っ先を宝石に突き立てると、モモの一撃で刻まれた亀裂から、更に網目状のひび割れが広がる。

 砕け散った宝石から現れた妖魔は宝石の破片とともに、うつ伏せた。

「解かれてしまった・・・・・・大魔女ヴィーナの封印が・・・・・・」

 ハスタートスの顔が、これまでに表さなかった怯えと怖気を浮かべる。

「ハスタートスよ、お前ほどの男が怯えるとは・・・一体その娘は何者なのだ?」

 アドルフォイは訝しがりながら問う。ガマニシオン軍魔道師の頂点に立つ実力者であるハスタートスが、眼前に倒れている少女一人に、ただならぬ戦慄を見せているからだ。

「彼女は最古の魔法使いだ・・・」

「最古?という事は古き時代の遺物か」

 アドルフォイはカーノインとヴィーナに向け、魔導銃の照準を合わせる。

「プレコトムス社製魔導ピストル『ゴールドエッジ・マグナム』!さらばだフリード、古き魔女!」

 最古の魔法使いを襲う最新の兵器。その銃口から放たれんとする絶望に死を覚悟するカーノイン。しかし、彼の聴覚たる集音マイクに、微かに聞こえる声があった。

「Recipe... for... Hate...」

声の主はうつ伏し倒れていたヴィーナだった。彼女はその顔を起こし碧色の瞳を見開いていた。

「暗黒の磨羯(マカラ)、その眼は全てを見抜き、その角は何をも防がん・・・魔盾・バッドレリジョン!」

 ヴィーナの伸ばした右掌から古代文字が浮かび上がる。それはアドルフォイが魔銃のトリガーを引くとほぼ同時だった。ヴィーナとカーノインを防ぐ様に展開した障壁は広く、堅いものだった。魔導銃から圧縮して放たれた魔力も、その壁に着弾と同時に霧散した。

「何だと!?」

 驚愕の声を上げたのはアドルフォイ。アークアトゥスも仮面に表情は隠しつつ、ヴィーナの放つ魔力に圧倒されていた。

「わしが眠っていた数百年の間に進歩した『技術』とやらはその程度のものか」

 ヴィーナは立ち上がると、緑色に煌めく翼を広げた。

 カーノインは襟元からマフラーを外すと、ヴィーナの肩にそれを掛けた。

「その様な出で立ちだと風邪をひくでござるよ、魔女殿」

「わしの封印を解いたのは其方じゃな?」

 ヴィーナが念じると、カーノインのマフラーが衣服の様に形を成し、その矮躯に絡み付いてゆく。

「ならば礼を以て応えようぞ。丁度わしも、そこにいる者に用がある」

 ヴィーナが指差したのは、ハスタートス。

「何百年ぶりか、ハスタートスよ」

「二百年・・・までは数えておりましたよ。大魔女ヴィーナ」

 答えるハスタートスの口元は引きつりながらも、笑みを浮かべる。

「その様子だと、お主の『ガマニシオン計画』なるものも成せたというわけか・・・・・・」

 ヴィーナの語気に怒りが混じる。

「ええ。貴女という邪魔者を排除できたお陰で・・・ね」

 ハスタートスの笑みを見た瞬間、ヴィーナは両手を前に出し、古代文字を浮かび上がらせる。

「世を乱さんとする邪悪め・・・滅せよ!」

 ヴィーナの両手から強力な魔力の束が迸る。

「ぐっ・・・」

 ハスタートスとアークアトゥスはそれを防がんと障壁による防御に出た。

「ぬぅぅぅうッッッ」

 八天鬼二人がかりで防いだ魔力は辺りに分散し、壁にところどころ穴を穿つ。

「くっ!まだ体が本調子じゃないようじゃ・・・」

 倒れそうになるヴィーナをカーノインが支える。

「ふん・・・こうなると後は君だけだな、フリード」

 アドルフォイはサーベルを腰から引き抜き、カーノインへと向ける。

「おい」

 声のした後方を振り返る三人の八天鬼。

「あたしらを忘れんじゃねえよ」

 そこに立っていたのはルーシーとモモ。

「刀は折れようと侍の心までは折れていない!貴様達にはこの場で死んでもらおう」

 モモは折れた斬魔刀を両手で握り、構える。

「・・・アドルフォイ、アークアトゥス、退却だ」

 戦闘態勢に入る部下を止めるハスタートス。

「ハスタートス!?逃げる気なのか?」

 アドルフォイの問いに対し、首を横に振ったハスタートスは、一点を指差した。それは先ほど穿たれた壁の穴。そして、程なくして穴からは海水が勢いよく流れ出た。

「・・・そういう事か。フリード、君をこの手で始末出来ないのは残念だがな」

 アドルフォイが言い残すと、アークアトゥスが発動させた魔法により三人は姿を消した。

「消えた!?」

「空間転移じゃ」

 カーノインに抱えられたヴィーナが言う。

「わしらもここを出ねば溺れ死ぬぞ。そこの二人、わしの体に触れよ」

 ルーシーとモモは困惑しつつもヴィーナの肩に触れる。すると、三人の姿も消え去り、流れる海水だけが室内を埋めていった。


―高砂号

「大尉どの!塔が!」

 近藤に言われ振り返ると、猪狩の目には沈みゆく塔が映った。

「月はまだ出ているというのに・・・ルーシー殿達はまだか・・・」

 その時だった。甲板の中心から三杖ほどの高さに出現する魔法陣。

「ゴザル!?」

「いてっ」

 ヴィーナを抱えたカーノイン、モモ、ルーシーが現れ尻餅を突く。

「ルーシー殿?それに、その娘はいったい・・・?」

 突然現れた彼女らに驚きつつも猪狩は問う。

「その辺は順番に話します。それより猪狩大尉・・・」

 モモは真剣な瞳を猪狩に向ける。

「弥摩都へ・・・向かっていただけますか?」


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