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IRON LUCY  作者: たかはた睦
2/3

斬魔剣客

0 躍動

 

―ガマニシオン連邦軍八天鬼専用輸送艦『ブロキロダス』

「ここに我らが集うのはちょうど1年ぶりかのう」

 地の底から響くような声で言いながら入室したのは象の妖魔。既に室内には先客が5人、着席していた。

「遅いぞ、コンコロル」

 金色の毛皮をした狼の妖魔が象の妖魔―土のコンコロルに言う。

「それに、1年前とはメンバーも違うじゃん」

 朱色の髪をした狐耳の娘が続けて言った。

「ステルバイと・・・・・・アエネウスはもう居ない・・・そして・・・」

 黒いボディスーツに覆われた人型の妖魔がくぐもった声で言いながら、視線をずらす。

「・・・・・・」

 黒髪の少年はあえてその視線を目で受け返す。

「そこまでだ。ベネゼブラ、アークアトゥス」

 白いフクロウの妖魔が一喝すると、ボディースーツの男・闇のベネゼブラと黒髪の少年・光のアークアトゥスは互いに目を逸らした。

「ん?どうした、アドルフォイ?」

 コンコロルは怪訝そうに自分を一瞥した狼男―金のアドルフォイに問うた。

「おかしいな。俺はコンコロルは最後に来ると思ったのだが・・・」

「そういえば・・・そう・・・だ」

 アドルフォイの後にベネゼブラも同感の声を続ける。

「なんじゃい、人を遅刻魔のように・・・ん?パレアトスがおらんではないか。ジュリー、おぬしは何か聞いちゃおらんか?」

 コンコロルは狐耳―雷のジュリーに問う。八天鬼で女性のメンバーは、コンコロルの言った水のパレアトスと彼女の二名だけという事もあり、二人は話す機会が多いのだ。

「さぁ。あのおばさん、魚なんだし保湿クリームでも塗ってて遅くなってんじゃないの?」

 ジュリーは頬杖を突きながらどうでもよさそうに言った。

「時間がない。パレアトスは抜きで始めよう、ハスタートス」

 アドルフォイはリーダー格のフクロウ―風のハスタートスに促す。

「うむ。皆もご存じの通り、先日火のアエネウスが戦死した」

 ガマニシオン軍でも最高位の力と地位を持つ魔道師・八天鬼。その中から戦死者が出たとなれば八天鬼の、ひいいてはガマニシオンの沽券に関わる問題である。

 「更に、アエネウスの遺体を検死した結果、驚くべき事が判明した」

 ハスタートスの言葉に息を呑む八天鬼達。

「アエネウスの導脈はズタズタに破壊されていた」

 ざわり。会議室の空気が静まり返った。

「おい、それって・・・」

「我々が1年前に華國へ赴いたのは、それをこの世から消すためじゃなかったのか」

 ジュリーとアドルフォイが口々に呟く

「華國は天華流功夫が奥義・『導斷功』・・・・・・」

 アークアトゥスがぼそりと呟いた。刹那、円卓の彼の向かいの席から黒い腕が伸び、着ていた軍服のネクタイを結び目から掴んだ。

「アークアトゥス・・・・・・貴様・・・何を・・・どこまで知って・・・いる・・・」

 文字通り伸びた手の主・ベネゼブラは、離れた間合いからも解るほどの殺気を立ち上らせながら問う。

「離すのだ、ベネゼブラ。そしてアークアトゥス、お前は話すのだ」

 ハスタートスがまたも二人に割って入り、同時にベネゼブラは掴んでいたアークアトゥスのネクタイを放すや、伸びた腕はゴムのように縮んでき、元の長さに戻る。

「導斷功は魔道師の体に流れる導脈を、呼吸によって発生するエネルギー『真氣』によって破壊する技・・・ここまでは、この場に居る誰もが存じているはずだ・・・」

 アークアトゥスの説明にコンコロルが口を挟んだ。

「その技は天華流の掌門に伝えられる一子相伝の秘術と聞いたが」

「そして、掌門を継いだ華國の皇帝はハスタートスが殺したはずよね?」

 続いてジュリー。

「・・・待て、その皇帝が他の者に技術を伝えた可能性もあるのではないか?」

 アドルフォイの一言に、コンコロル、ジュリー、ベネゼブラは目を丸くした。

「・・・皇帝が技を伝えるとすれば・・・・・・それは弟子たる自らの・・・子・・・」

 ベネゼブラが推論を述べる。

「皇帝の妻や子達はステルバイが始末したはず・・・・・・であるが、当のステルバイはあの場で逃亡し行方不明・・・・・・」

 ハスタートスの一言に、他の八天鬼が頷き、一つの結論に辿り着く。ステルバイの殺し損ねた皇帝の忘れ形見が既に秘術を継承し、我々に牙を剥いている・・・と。

「大方、ステルバイもそいつにやられて逃げ出したか何かだろう。アエネウスを屠るほどの者であれば、あれを倒す事くらい造作もないだろうからな」

 コンコロルは長い鼻から息を噴き出しながら言った。

「ともあれ、アエネウス殺しの犯人の、重要な手がかりが解ったであろう。そして、そいつはいずれ必ず我々の前にも現れるはずだ」

 アークアトゥスの言葉を聞き、闘志を露わに魔力を滾らせる八天鬼たち。

「もしかして、パレアトスもそいつにやられて遅れてたりしてな」

 ジュリーが冗談交じりに言ったその時だった。

勢いよくドアを開け入室した魔道師が血相を変えて叫んだ。

「伝令!水のパレアトス将軍が戦死されました!」

  














1 一期


ーノソブランキ国領ギュンテリー平原

 ノソブランキ国とランプアイ国を結ぶ大陸鉄道。レール上を滑走するは漆黒の巨体ー列車である。

 しかし、それは本来このレールを踏みならす主ではなかった。頭上に生えた髷の様な煙突から白煙を吐き出しながら進むそれの名はラコビー号。蒸気機関車である。

 魔導革命が起こった後、世界中のエネルギーはほぼ全てが魔導エネルギーに取って代わったのだ。それは交通とて例外ではない。魔導列車は、これまでの蒸気機関車を遙かに凌ぐスピードや燃費、安全性を謡い文句に瞬く間に普及していった。では何故、今このレールには前時代の遺物とでもいうべき蒸気機関車が走っているのか。

 魔導列車が走るためには、魔導エネルギーの供給が必要不可欠だ。ではその魔導エネルギーの産出元が無くなればどうなるだろう。

「ご乗車の皆様には、大変ご迷惑をお掛けしております。先日のラコビー魔田における爆破テロの影響による魔導エネルギー不足につき、暫くは蒸気機関車での運行となっております。何とぞ・・・」

 車内アナウンスが答えを物語っていた。この3日前、ノソブランキ地方最大の魔田であるラコビー魔田が何者かの手により爆破される事故が起こったのである。予備に蓄えられた魔導エネルギーでは魔導列車を動かすには力不足。

 幸いにも線路の規格が革命前時代から流用されていた事から代用の列車はすぐに用意できた。かくして、博物館で眠っていたラコビー号を始めとする骨董品達は再び活躍の場を得る事となる。


「・・・・・・」

 車内の一席にて、一人の少女がふてくされた様に車窓から外の景色を見ていた。彼女が機嫌を傾けているのは、蒸気機関車の走る速度に対してだ。目的地までには数えるのも面倒なほど時間がある。じっとしているのも落ち着かず、かと言って眠りに就くのも危険だ。いつ命を狙われるかも解らないのだから。

(耐えろ・・・耐えるんだルーシー、ひたすら中腰で真氣を練っていた修行の日々を思い出せ……)

 そう自分に言い聞かせている少女の名はルーシー。ガマニシオン連邦に復讐を誓う旅の拳法家である。退屈という思わぬ強敵と対峙しながら、彼女は目的地を目指す。そして、魔道師達に仇なす者で有りながら、魔導列車の速さに利便性を感じた自分に少し腹が立った。

「すみません」

 ふと、掛けられた声に顔を向けると、そこには一人の人間が立っていた。

 「ご相席、よろしいか?」

 声の主は、桃色の髪を一つに結わえた、端正かつ見目麗しい相貌の女性だった。発した言語は世界標準語であるアロワヌ語であったが、独特の訛りから弥摩都人である事が覗える。ベージュ色の外套に包まれたその身は女性にしては高く、小柄なルーシーと比べれば頭一つ分以上高い。同性のルーシーでも、一瞬見とれてしまう程の美しい姿。それ故に目立つものがあった。眉間の左上方から鼻骨を通り、右顎まで走る、一筋の刀傷。その傷痕に気付けば、どんな者でも須く我に返るだろう。

 ルーシーは周りの席を見渡す。成る程、どの席も人がまばらに座っている。

「……好きにしなよ」

 ルーシーは相手と目を合わせようともせず返答した。

「かたじけない……おい、カーノイン!席が決まったぞ」

 桃色の髪をした弥摩都人が後方に呼びかけると、一際大きな人影が姿を現した。

「おお、決まりもうしたか」

 桃髪よりも更に鈍った言葉を発しながら現れたのは、サングラスを掛けた犬頭の妖魔。黒いトレンチコートとブーツだけでなく、体毛までが黒いため、頭から爪先まで黒ずくめの姿をしたその犬男は、桃髪よりも更に背が高く、おまけに筋骨ともに野太いため、隣の桃髪が小さく見えてしまうほどだ。

「いい席を選んだでござるな、モモ」

 桃髪の女―モモは窓側の席に座りながら答える。

「なに、先にこの席を選んでたのはこちらのお嬢さんさ」

 モモの隣に座ったカーノインは、その巨躯を半ば無理矢理に詰めながら、更に窮屈そうに、携えていた紙袋の中から何かを取り出していた。

「そういえば今し方、駅の売店でこのようなものを見つけてござるよ」

 カーノインが取り出した箱の蓋を開けると、中には白い色をした丸い物体が6つほど入っていた。

(・・・饅頭マントウ?)

 ルーシーは初めて見る、食べ物(と思われるもの)を見て怪訝そうに首をかしげた。

「大福じゃないか。まさかこの異国の地で弥摩都の菓子を口に出来るとは」

 モモは右手で大福を一つ摘まむと、口に運ぶ途中でルーシーの視線に気付いた。

「お一ついかがかな?」

 と、大福をルーシーに差し出した。

「えっ・・・・・・」

 突然の事に、ルーシーは声を詰まらせる。その様子を見てモモはくすりと微笑み、持っていた大福を、手首の動きだけでカーノインの眼前に放った。宙を舞う大福を、カーノインの口吻マズルが素早く捕らえ、一口で彼の体内に吸収されていった。

「ご覧の通り、毒など入っていないさ。ささ、どうぞ」

 モモは箱ごとルーシーの前に、再び差し出した。ここまでさせて断るのも悪い気がするとともに、目の前にある菓子が気になる事も事実。ルーシーは差し出された大福を一つ摘まみ、口に運んだ。

「…いただきます」

 唇に触れた柔らかな感触を前歯が突き破ると、小豆で造られた餡の甘みが口中に広がる。

「!!?」

 餡の中に入っていたものを噛んだ瞬間、酸味が味覚を襲った。餡の中に入っていたのは丸ごとの苺だった。

「苺大福は初めてかな?」

 カーノインがルーシーに問う。その手には二つ目の大福が握られていた。

「うん。美味しいよ、これ」

 ルーシーの顔を見たモモは、自分の大福を摘まみながら、言う。

「やっと笑ったね」

「えっ?」

 モモは大福を一口囓り、続ける。

「君はずっと疲れたような、何かを警戒しているかのような顔をしていたのでね。大福一つで君の憑きものが取れてくれたなら何よりだ」

 微笑みながら言う、モモの顔にルーシーは若干の安堵を覚えた。どうやらこの二人は警戒するような人物ではないらしい。

「申し遅れた。私の名は麻比奈桃佳あさひなももか。モモとでも呼んでくれ。そしてこっちが…」

「カーノインでござる」

 カーノインは犬歯を剥き出しにしてにやりと笑う。

「ああ、あたしは・・・」

 ルーシーが名を名乗ろうとしたその時だった。突如、列車内に銃声が響き渡る。

「全員動くな!この列車は我々が占拠した!」

 車両の前後ドアから武装した人間と妖魔が五名ずつ現れた。

「列車強盗か!」

「そのようでござるな」

 モモが身構えると、カーノインもコートの内側に右手を突っ込んだ。

「ったく…やっぱりろくな事が無い……」

 呟いたルーシーの隣に、カットラスソードを構えた強盗の一人が立っていた。

「おいお前、何をぶつくさと…ぶべらっ」

 座ってカーノインと向かい合わせた姿勢のまま、ルーシーは強盗の水月に裏拳を叩き込み、失神させた。

「今のあたしは機嫌が悪いんだよ…」

 ルーシーはそう言うと、隣の席に立てかけていた、布で巻かれた棒状のものを手に取ると、巻かれた布を一気にひっぺがす。

「全員途中下車させてやるよ」

 鉄棍を構えたルーシーは強盗を睨み付けた。  

乗客達の悲鳴と強盗達の怒号が飛び交う中、ルーシーは鉄棍を振りかざし、車両後方側に居た4名に襲い掛かる。座席と座席の間という狭い場所にも関わらず、彼女は鉄棍を器用に扱いながら相手の武器をいなしつつ攻撃を繰り出す。

「オイ小娘ェ!」

 攻撃の手を休める事なく、背後から掛けられた声に振り向くと、強盗団のリーダー格であろう人間の男が、回転弾倉式拳銃を把持、銃口をルーシー能勢に向けて構えていた。

 「しまった……」

 トリガーを引く指に力が込められる。避けようにも、回避行動に出れば前方に居る強盗達に隙を与えてしまう。そんな事を考えていた刹那、視界の隅で犬男カーノインが銃を持った強盗に何かを投擲するのが見えた。そして、その一瞬の後にトリガーが最後まで引かれる。ダブルアクションでハンマーがシリンダーを叩くと、走る火花と硝煙の匂い、激しい爆発音。

 飛散する鮮血はルーシーのものではなく、銃を握っていたその腕からだ。銃を持っていた強盗は、グリップを把持し、引き金を引いた指が全て無くなり、そこから鮮血が流れ出し無残な姿を晒していた。床に落ちた拳銃の銃口には細く鋭い棒状の金属が刺さっている。出口を失った弾頭と火薬はシリンダー内で大爆発を起こしたのだった。

 「やれやれ。拙者も助太刀いたす」

 立ち上がったカーノインは、おそらく弥摩都のものであろう武術の構えを取る。銃口に突き刺さった金属―棒手裏剣は彼が先ほど投擲したものであろう。彼の動作は、まるで機械の如く性格でいて無駄が無かった。そして、長身逞躯からは想像も付かない程軽快な跳躍で、前方側の強盗達に飛びかかってゆく。

「じゃあそっちは任せたよ!」

 ルーシーも戦闘を再開する。先ほどのカーノインに負けぬ身軽さで、乗客の腰掛ける座席の背もたれを器用に飛び移りながら根と蹴りによる攻撃を繰り返す。

「哈ーーッ」

 片やカーノインはトレンチコートの懐から、諸手に一振りずつナイフを取り出した。

「Hurra!」

 右手には弥摩都の隠密が携行する忍具「苦無」。左手にはポロック地方の蕃刀「ククリ」。二つの異なる武器を器用に操り、相手の肩口や股関節といった、「相手を殺傷し得ぬ程度の急所」を狙い、斬りつけていく。

「おっさん、そっちも終わったかー」

 とっくに相手を全て失神させていたルーシーは警戒心を解いた状態でカーノインの方へ歩いてくる。

「パーシャ!」

 カーノインが叫んだ言葉は、列車内の誰もが聞いた事のない言語。否、一人だけ理解できる者がいた。ルーシーはその場で前方へ滑り込むように倒れ、体の表裏を反転させる。それと同時に、車両を繋ぐ扉から剣を構えた虎の妖魔が現れ、その刃を振り下ろすところであった。

 次の瞬間、聞こえたのは銃声。虎の妖魔は右の肺を撃ち抜かれ、呼吸を荒げながら倒れた。

「死にはせん。安心せい!」

 左手のククリをいつの間にか自動式拳銃に持ち替えたカーノインは懐に銃をしまうと言い放った。

「油断大敵でござるな」

 犬歯をむき出して笑ってみせるカーノインに対し、ルーシーは眉間に皺を寄せてカーノインのサングラス奥にある瞳を睨み付ける。

「二人とも、そこまでだ」

 カーノインの後ろ、車両前方側の扉が開くや、現れたのはモモだった。

「モモ!?あんた、いつの間に……」

 ルーシーは言葉を呑んだ。モモの左手には、泡を吹きながら白目を剥く髭面の巨漢。右手には抜き身の太刀が握られていた。

「そちらも上手くいったようでござるな」

 カーノインが問うと、モモは笑顔で応える。

「ああ。どうやらこの男が強盗団のボスの様だ。次の終点駅で降りたら警察に突き出そう」

 ルーシーは、この二人を更に怪訝に思うのだった。












二.一会

 ―ランプアイ駅

 大陸鉄道終点駅のプラットホームにて、ルーシー、モモ、カーノインの3人は列車強盗達をランプアイ王国警察へと引き渡している最中だった。

「犯人逮捕にご協力ありがとうございます」

 初老の警部が3人に対し、挙手敬礼を行う。その後ろでは十五人からなる強盗団が拘束され、警察官達に連行されてゆく。

「お急ぎの所申し訳ないのだが、私人による現行犯逮捕は手続きに逮捕者の氏名が必要でしてな。お三方とも、お名前をお伺いしたいのですが」

「ああ、あたしは―」

 警部の問いに答えようとしたルーシーの口にモモが手を添え、制した。

「私はヒトミ・サトー。弥摩都皇国から旅行で来ている」

「同じく拙者はダイスケ・サトーでござる」

 モモとカーノインは、先ほど名乗った野とは違う偽名を伝える。

「この子はアカネ・サトー。私の妹だ」

 と、モモはルーシーの頭を撫でながら言った。

「ご姉妹ですか。いやはや美人揃いで華やかですな」

 警部が三人の名前(もちろん偽名だが)をノートに控えながら、カーノインに話す。

 警察に必要な事を伝え、その場を去る3人。駅を出たところでルーシーが口を開いた。

「おい」

「何かな?」

 話し掛けられ、モモはルーシーの目を見た。その顔は、若干の怒りと、多くの猜疑心でかたどられている。

「いくつか聞きたい事がある」

「申すがいい」

 カーノインが答えると、ルーシーはモモとカーノインを睨みながら問う。

「おっさん、あんた列車で強盗と戦ってる時に、あたしに対して趴下パージャって言ったろ?ありゃ華國語で『伏せろ』って意味だ!何故あたしが華國語を理解できるって解った?」

 ルーシーに問われたカーノインは、右手の人差し指と中指でサングラスのブリッジを押さえると、にやりと笑うのみだった。

「それともう一つ!さっきあんたが警察に対して教えたあたしの名前、『アカネ』って言ったな?アカネってのは弥摩都の漢字で『茜』って書くはずだ・・・あんたら、あたしの事をどこまで知っているッ!?」

 ルーシーはモモに対し、自分より背の高い彼女を見上げるように睨む。

「おおむね君の想像通りだよ。陽露茜皇女。私達は君の事を知っている」

 モモは落ち着いた様子でルーシーに告げ、更に続ける。

「騙すように近づいたのはのは悪かった。だが安心して欲しい。私達は君の敵ではない」

 変わらず落ち着いた声音で続けるモモを、ルーシーは睨んだままだ。

「私達は君と同じくガマニシオン連邦と戦っている。ルーシー、私達に協力してもらえないだろうか」

「何だって・・・?」

 突如、モモから告げられた申し出に困惑するルーシー。しかし、彼女の答えは数秒後に出ていた。

「・・・お断りだ!」

 ルーシーは背負っていた鉄棍を右手に把持すると、先端をモモの眉間へと向けた。懐に右手を突っ込み前へ出ようとするカーノインをモモが制する。

「あたしがガマニシオンと戦うのは自分自身の為だ。あんたらに手を貸す義理は無いぜ」

「いくら君が一騎当千の戦士とはいえ、強大な国を相手にするには一人より三人の方が良いとは思わないか?」

 モモの一言にルーシーは一切姿勢を変えようとはしない。

「足手まといになられちゃ困るんだよ。相手は魔法使いどもだ。さっきの強盗達とはワケが違うんだぞ?」 

モモは微笑を浮かべると、左手で自身に向けられた鉄棍を掴む。そして一瞬驚いたルーシーに向け口を開いた。

「ならば、私の力を試してみるか?」

 ルーシーは鉄棍を構え直そうとするが、動かない。モモの涼やかな顔にも確かな力が込められている。モモが手を放すと、ルーシーはそのままモモとの間合いを空けた。

「吐いた言葉、呑むんじゃ無いぞ!」

 ルーシーはモモを指さし、言い放つ。

「それは私が君に勝てば、こちらに協力してもらえる…という事でいいのかな?」

「……好きにしろ!」

 モモは腰から提げていた倭刀の柄に手を伸ばす。息を呑むルーシー。しかし……

「……んなっ…?」

 モモは鞘ごと刀を腰から外すと、そのままカーノインに手渡した。

「真剣を用いては君を殺めてしまうかもしれんからな」

 その言葉を聞いたルーシーは鉄棍をそのまま投げつけた。狙う先はモモではない。その後ろのカーノインだった。カーノインが空いた方の手でそれをキャッチすると、ルーシーは彼に向かい口を開く。

「それも持っとけ、おっさん」

 そしてモモに相対すると、構えをとる。

「随分な余裕だな。ケンドーサンバイダンとか言うやつか?」

 ルーシーの構えに対し、モモも戦闘態勢へと入る。

「ならばあたしは功夫百倍段だッッ」

 言い終わる前にルーシーはモモめがけて跳びかかった。右手は頭を、左手は腹部を狙い放たれる掌打。天華流功夫・咬鰐襲!

 しかし、モモは頭を狙ったルーシーの右掌を打ち払うと同時に左足を軸に体を後方に反転させ、腹部を狙った左掌を回避。そして刹那の内に右手でルーシーの左手首を掴み、円を描くように右手を一回転、ルーシーの体を宙に放り投げた。

「んぬっ・・・っく!」

 ルーシーは空中で身を捩ると、回転の勢いを利用してモモへ蹴りを浴びせる。蹴りを避けるため、モモは後方へと跳び退った。着地と同時に構えを取り直すルーシー。

「モモが使ったのは『合気』。お主の攻撃は効かんでござるよ」

 カーノインがルーシーに言うと、ルーシーはモモを見据えたまま問う。

「アイキ?」

 「相手の力を利用し、その勢いを自身の攻撃へと転化させる弥摩都の武術さ」

 モモが言うと、ルーシーは眉をつり上げ、体に若干力を込めた。速さと筋力に頼る彼女の戦闘スタイルにとって、相性の悪い戦闘法であった。

 じりじりと、すり足で間合いを詰めるモモ。ならば彼女の動きを先読みし、相手に自身の動きを悟らせず攻めるしかない……そう考えたルーシー。

 しかし、モモの動きを読む事ができない。彼女の足元はロングスカートに覆われており、これから動く方向を読ませない。すり足の移動が輪をかけて予測を困難にさせている。

「ならば!」

 ルーシーは足先で飛び跳ねるようにモモの回りを移動し始めた。軌道は不定、その動きは武術よりも舞踊に近かった。モモの眼前まで飛び跳ねると、一呼吸の後、バク宙の要領で蹴り上げる。

「くっ!」

 蹴りを竜でで受け止め、顎への直撃を免れたものの、予期せぬ攻撃の手にモモは動きを止めた。

「ほう……そちらも私に動きを読ませないつもりか」

 ルーシーが金竜島での修行期間中に編み出した彼女独自の技・猿型舞。猿の如くトリッキーな動きを用いた攪乱戦法である。

 モモのペースを狂わせたルーシーは、その後も攻撃の手を休めない。その一挙手一投足を全て受け止め、モモは防戦一方となった。

 「丸腰とはいえモモは武術の達人……あの娘、想像以上にやるでござるな……ん?」

 カーノインが呟いた矢先、双方ともに決着を着けるべく、互いの奥義を放たんとモモとルーシーはしょうとするところであった……

「いかんッッ」

 カーノインは二人の間に割って入ると、モモとルーシーの拳を胴体で受け止めた。

「カーノイン?」

「何のつもりだおっさん!」

 カーノインは身を屈め、二人の銅に手を回し、抱え上げると跳躍。すると、彼らが立っていた地点が爆発に包まれた。

「…ガマニシオンの魔導兵!?」

 空中で爆風に煽られながら辺りを見回すと、彼女たちは囲まれていた。先の爆発は敵の放った魔法によるものであった。

 着地と同時にカーノインはモモに刀、ルーシーに鉄棍を手渡した。

「ルーシー、勝負は次に預けるぞ」

「ああ!」

「二人とも、来るでござるよ!」

 三人はそれぞれの背中を合わせる形でガマニシオン兵達に対峙する。

「こちらはガマニシオン連邦軍メドゥアーカ特務隊である!貴様らは常に包囲されている!大人しく投降せよ!」

 魔道師の一人が拡声器を用いてルーシー達に促す。こちらに向けられた杖からは、抵抗すらば攻撃も辞さない旨の威嚇が伺える。

「ふむ・・・数は五十人前後というところか」

 カーノインが呟いた。

 魔道師一人二人ならルーシーも今まで楽々と相手をしていられた。十数人いても相手との位置関係次第では何とかなった。しかし今回はどうか。五十人以上の相手に、しかも周囲を包囲されているのだ。おまけにモモとカーノインの二人までいる。この二人がいかに手練れの戦士だとしても、相手は魔法使い。ルーシーの左腕や導断功のように魔法を防いだり封じたりする手段があるようには思えない。

「カーノイン、お前はどのくらいいけそうだ?」

 ふと、モモがカーノインに問う。

「15人・・・ってとこでござろうか」

 カーノインが笑みを浮かべながら答えると、今度はモモが返す

「じゃあ私が20、ルーシーには15人、お願いしようか」

 モモの言う単位で、だいたいの内容は理解できた、が

「あんたら、正気かよ!?この状況で!しかもやけに自信タップリだな?なんか策でもあんのかよ?」

 ルーシーが背中越しに二人に問う。

「いいか?一回しか言わないからよく聞くんだぞ?今からカーノインが鳴いたら目の前の魔道師達を5分以内になるべく多く倒すんだ。いいな?」

 言うと、モモは刀を中段に構えると、腰を落とし、すぐさま走れる体勢をとった。

「おい、ちょっと・・・」

 ルーシーがモモに問おうとした時だった。カーノインは天を仰いで、狼の遠吠えよろしく吠えた。

 モモと、仕方なくルーシーも駆け出す。すると、カーノインは正面を向き直すと旨の前で印を結ぶ。

「魚住流忍法!マフウ・キャンセラーー!!!」

 カーノインが叫ぶと、彼のサングラスの奥で瞳が怪しく光った。

「ふははは!何の真似だ?総員、撃てェーーッ」

 指令官の魔道師が叫ぶと、全ての魔道師達は一斉に呪文を口にした。しかし・・・・・・

 魔道師一人の顔面がルーシーの膝で粉砕される。彼女はそのまま鉄棍の両端で、他の魔道師二人を撲殺していた。その反対側では、モモが刀で魔道師を袈裟掛けに斬り捨て、返す刀で別の魔道師の胴を横なぎに両断していた。

「何故だ!何故なぜ撃たん!?何故防がん!!?」

 指令官は次々に殺されていく部下達を見ながら狼狽え声を震わせる。

「それが、どういうわけか我々は魔法が使えない様なのです!」

 側近の魔道師が告げると隊長魔道師は試しに魔力を操ってみる。なるほど側近の言ったとおり、魔法が使えない。

「何故だ・・・・・・はっ!」

 視界に一体の妖魔の姿が映った。犬頭人身のそれは、両手に把持したサブ・マシンガンで魔道師達を次々と地に伏せさせている。魔力によっていかなる銃器刀剣の物理攻撃を防げるはずの魔道師が、たった一寸にも満たない銃弾で常人と変わらぬ殺され方をしているのだ。

「あの妖魔、先ほど奇妙な構えと呪文を唱えていた・・・」

 その呪文らしきものの殆どは弥摩都語であったため意味がよくわからなかった・・・しかし、ある一単語だけアロワヌ語であった故に理解できた。

「CANSELLER・・・」

 間違いない。あの奇怪な術が我々の魔法を封じている・・・・・・と、すればする事は決まってくる。

「総員、あの犬の妖魔を狙え!!」

 指令官の一斉の後、魔道師達はカーノインめがけて走り出す。

「Was!?(ファッ!?)」

 カーノインはサブマシンガンの弾倉を交換しつつ振り返った。

「いかん!」

 モモは周囲の敵を一気に斬り捨てると、カーノインの元へ向かう。

「おい、奴らは魔法が使えないんだろ?なら任せときゃいいだろ」

 ルーシーも魔道師数人を倒すとモモに問う。

「さっき5分以内って言っただろう?あれは制限時間だ」

 モモが言った刹那、カーノインから高い電子音が聞こえる。

「時間のようでござる・・・・・・」

 生き残った魔道師達は掌に魔力を込め始めた。

「カーノインっっ!」

 モモは走り、跳んだ。その跳躍は魔道師達の頭上を越え、カーノインの前に着地、かつて弥摩都には八艘の船を飛び越えたサムラーイが居たと聞く。

「娘、貴様もそこの犬もろとも焼き尽くしてくれるわ!」

 魔道師の一人がモモめがけ杖の先を向ける。呪文を唱えると同時に火炎弾が発射された。

 火炎弾はモモの腹部に直撃し、彼女の外套に燃え移ると、そのまま上半身が炎に包まれる。

「モモーーーッ!」

 ルーシーが叫ぶ。それを尻目に火炎弾を放った魔道師が高らかに笑い出した。

「ぬわーっはっは!馬鹿な奴よ!我々魔道師の魔法を受けるとは、ひとたまりもあるま…い……」

 魔道師の声が途切れる。モモは炎に包まれたまま突進し、竜巻のように旋回、魔道師の体を両断していた。

 数回転したモモから炎と、灰と化した外套が離れてゆく。

「ッッ!?」

 ルーシーと魔道師達は息を呑んだ。炎の中から現れたモモの上半身は、袖の無い紺色の襦袢の上から、胸部と腹部を覆うように白銀色に輝くプレートアーマーが着装されていたのだ。

「さすがに今のは熱かったな。まぁ、髪やマフラーが燃えなかったのは僥倖か」

 モモは刀に付着した血を振り落とすと、再び構えた。

「何がどうなってんだ……?」

 ルーシーは呆気に取られていた刹那、カーノインが含み笑いを浮かべ語り出す。

「モモの鎧は青魂鋼〈アポイタイト〉に巫術の力を鍛造し作られた耐魔の鎧。並の魔法など効かんでござる!」

 魔道師達は驚愕し、息を呑む。

「アポイタイト・・・」

 ルーシーは呟きながら魔道師の一人を左拳で殴打。魔道師はすかさず魔力で障壁を張り、防ぐ。

「鉄猩の毛もほぼ同じ成分で出来てるって老師が言ってたっけ・・・」

 ルーシーの左拳が障壁をみしりみしり、と破ってゆく。

「な!」

 障壁を突き抜けた左拳は魔道師の顎を打ち砕いた。

「おっと、モモにはまだ対魔道師の装備があるでござるよ」

 カーノインの言葉に振り返ると、別の魔道師がモモに魔法を放つところであった。

「ならばこれはどうだ!」

 魔道師が杖を掲げると、4本の氷柱が空中に姿を現した。丸太ほどの太さをした氷柱は弾道ミサイルよろしく旋回、飛行、モモを四方から襲う。モモは最初に飛来した氷柱をバックステップで避ける。

「ヤァーッ!」

 気合いとともに刀を振り下ろす。すると、氷柱は中程から真っ二つに両断された。

「ばかな!」

 驚いたのは魔道師。声には出さなくとも、ルーシーも同様。本来、魔力により生み出されたものは炎だろうと氷だろうと、魔力でしか相殺できないという原則がある。だがモモは氷柱を次々に斬り墜としていた

「斬魔刀・辻魔殺司!弥摩都の名工・辻武司により鋳造されしその刀は一〇〇〇匹の妖魔の血を吸い、魔力をも切り裂く魔剣にござるッ」

 カーノインが得意げに語る。

「さっきからウルサイぞ、カーノイン!」

 モモは呆れ交じりにカーノインを一喝。

「耐魔の鎧に、斬魔刀・・・」

 ルーシーが呟いた。どうやら、このモモという剣士はルーシーの鉄猩の左腕と導斷功と同等の力を、それぞれ武具として身に纏っているらしい。それだけではない。彼女の戦闘能力は先の手合わせ、そして此度の戦闘でその高さを思い知らされた。

「やるじゃん!」

 ルーシーはモモに賞賛と笑みを送る。

「どうも」

 モモもそれに手短な返礼を送り返した。

「さあさあ二人とも、残るは1匹でござるよ!」

 カーノインが指さした先には、気が付けば一人残された指揮官が居た。

「お前は何もしないのかよ!」

 ルーシーの問いにカーノインは返す。

「拙者はお主らのような便利アイテムやチート能力は持っておらんでござる!最初の五分が拙者の見せ場でござるよ!」

「何だよそれ!」

「いいから二人とも、敵に逃げられる前に全力で叩くぞ!」

 ルーシーとカーノインの言い合いを、モモは一言で終わらせる。

「よっしゃあ!」

 敵に一番近く位置取っていたルーシーが、左拳を握り込み、跳びかかった。モモもその後ろを追うように疾駆。カーノインも大型拳銃の照準を合わせた。

 刹那、魔道師の周囲を土煙が覆う。

「!!?」

 突如、ルーシーの体が進行方向とは真逆の空中に飛ばされた。

「ルーシー!」

 足を止めたモモは、それまで確かに居なかったはずの気配に気付くと、刀の柄を握り直す。空中で姿勢を整えたルーシーはモモの隣に着地。右手に持っていた鉄棍を構える。

 魔道師を包んでいた土煙が晴れると、その中から巨大な影が姿を露わにする。

「象の・・・妖魔・・・・・・?」

 モモとルーシーの前に現れたのは身の丈を一丈七尺はある人型の巨象。

「こ、コンコロル様ッ!」

 司令官魔道師は驚きと安堵を混じらせた、よくわからない表情で巨象の名を呼んだ。

 それに対し、巨象の妖魔・土のコンコロルは剥き出しの象牙を光らせ、不敵に嗤う。 


「我が名はコンコロル・グランノーイ!ガマニシオン八天鬼が一人!またの名を土のコンコロルなり!」

 黄土色の法衣に身を包んだ巨象は、把持していた錫杖で大地を一突き、巨体に比例した大きな声で名乗りを上げた。

「「八天鬼・・・・・・!」」

 モモとルーシーは同時に、同じ単語を呟き、奥歯を噛みしめた。

「そこな人間二人、武人なら名を名乗り返すがよいぞ」

 コンコロルは指の代わりに長い鼻を、モモとルーシー、二人に向けて交互に指し示す。

「私はモモカ・アサヒナ・・・・・・剣士だ」

「あたしはルーシー・ヤン!拳士だっ!」

 交互に名乗った二人に対し、コンコロルは鼻先で自身の角の生えた額を掻きながら首を傾げた。「けん・・・し・・・?おお、つるぎこぶしか。ややこしいわい」

 錫杖を小脇に挟み、巨大な手が柏手を打つ。

「ならば、そこのお前は『犬士』と言ったところか・・・のう!?」

 コンコロルは錫杖の石突きを左爪先で蹴り上げると、そのまま錫杖を後方へ飛ばす。その先には黒い人影。いつの間にか後ろへ回り込んだカーノインが苦無を手に、コンコロルの首めがけ斬りかかろうとしていた。

「ごふっ!」

悲鳴とほぼ同時に錫杖が突き刺さる音。数秒後に体が仰向けに倒れる音が聞こえた。

「カーノイン!」

 叫んだルーシーはコンコロルへと飛びかかろうとする。しかし、彼女の方をモモの手が掴み、行かせようとしない。

 何すんだ!・・・と、言おうと振り返る。その先にあったモモの顔は左目だけを閉じて軽く左右に首を振る。まるで、大丈夫だとでも言わんばかり。

「うわーっはっは!このコンコロルの後ろを取るなど千年早いわー!」

 コンコロルは倒れたカーノインの体を確認しようと、振り向いた。

「げぇっ!?」

 驚愕したコンコロルの視覚が捕らえた死体は犬の妖魔ではなかった。それは人間。先ほどまでルーシーらと交戦していた魔道師指揮官のものだった。その形相は無表情。驚く間も、気付く間もなく死んだのだろう。

「魚住流忍法、カワリミ・スケイプゴート!」

 カーノイン本人は、これまたいつの間にか、モモとルーシーの後ろに立っていた。

「な?」

 モモがルーシーに言うと、ルーシーはカーノインと死んだ魔道師を交互に見た。

「どんな手を使ったか解らんが、武人らしからぬ行いよ!」

 コンコロルはカーノインを睨み付け、鼻から荒々しく息を噴き出した。

「あいにく拙者は武人などではござらん。だが名くらいは名乗っておこう。拙者はカーノイン。忍者にござる!」

 サングラス越しの眼は獲物を狙う狩人の様に鋭く光る。

 

 忍者とは―弥摩都において古来から君主に仕え、潜入・諜報・暗殺といった活動を行ってきた者達。あらゆる武器や道具の扱いに長け、忍術と呼ばれる独特の戦闘術を使う隠密のプロフェッショナルである。

「ニンジャあ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのはルーシー。

「ほう・・・これが世に聞くニンジャか。聞きしに勝る面妖さよ!」

 コンコロルはまるで楽しむかのように、静かに笑った。

「サムラーイにカンフーファイター、そしてニンジャか。光のステルバイ、火のアエネウス、水のパレアトスが不覚を取るのも多少は頷けるわい」

 コンコロルの言葉に対し、ルーシーは眉をひそめた。

「待て、ステルバイってのはあの豹で、アエネウスはサンショウウオ野郎だよな?その二人は確かにあたしがやった。だけど最後の水のナントカってのは知らないぞ?」

「うぬ?」

 コンコロルもルーシーの言葉に首を捻った。

「水の八天鬼を倒し、ノソブランキ魔田を破壊したのは私とカーノインだ」

 言うとモモは刀を鞘に収め、鍔と鞘をパチンと鳴らす。

「あの魚女を刺身にするのは多少手を焼いたでござるな」

 カーノインも言うと、右手の親指でサングラスのブリッジを押し上げた。

「ほほう。だがこの土のコンコロルは手を焼くどころではすまぬぞ。これまでの3人とは一緒にせぬ事だ!」

 死体から錫杖を抜き取ると、コンコロルはそれを構えた。すると、ルーシーは数歩前に出ると構えた。それに続かんとモモも刀を構え、進もうとするが・・・

「ルーシー?」

 ルーシーがモモを片手で制した。

「こいつはあたし一人でやる。下がってな」

 モモには背を向けたままルーシーは言った。

「相手は八天鬼だぞ?それも並大抵の強さじゃない!一人で戦うより二人で・・・」

「勘違いしてんな!あたしはあんたらの仲間になった気はないぞ?犬のおっさんも手を出すなよ?余計な事しやがったらぶん殴るかんな?」

「ルーシー・・・・・・」

 ひたすら悪態をつくと、ルーシーは鉄棍を頭上で旋回させた後、先端をコンコロルの眉間に向け、腰を落とした。

「いざ!」

 コンコロルが錫杖の石突きで地面を突くと、辺りに散乱していた大小様々な石が宙に浮かび出す。それを戦闘開始の合図と判断するや、ルーシーも低く跳ねるように疾駆。一気にコンコロルとの間合いを詰める。

「喰らえい!メテオスコーール!」

 コンコロルが呪文を唱えると、宙に浮かんでいた石達は魔力を帯び、ルーシーめがけ飛んでゆく。対するルーシーは、それらをかわし、左手で打ち払う。これがただの投石であれば鉄棍で打ち落とす事も可能だが、魔力を帯びた鉱物は鉄などでは歯が立たないほど強化される。魔力を伴った石を打とうとすれば鉄棍はへし折れているだろう。

「なかなかやるな、ルーシーとやら!だがいつまで避けているつもりだ?」

 コンコロルの言うとおり、いつまでも防戦一方でいるわけにはいかない。導脈を植え付けた魔道師の魔力は半永久。対するルーシーのスタミナは有限だ。

「そいつはどうか・・・なっ!」

 ルーシーは投石の雨が途切れる一瞬の隙を見計らうと鉄棍を両手で把持、地に突き立て跳躍した。「なんと!」

 コンコロルの放った魔法、メテオスコールは軌道がほぼ水平一直線。それをいち早く理解したルーシーは跳躍しコンコロルの頭上へと位置取った。

「もらったぜ!天華流・降川蝉!」

 地に頭を、天に足を向けた状態で左掌を突き出し、コンコロルの脳天めがけ急降下。

「ふん!」

 コンコロルはすかさず魔力障壁を頭上に展開。しかい、耐魔力を帯びた鉄猩の腕の前にはそれも無力である。案の定ルーシーの左手は障壁を突き破り、コンコロルの額を打った。

「導斷功!」

 ルーシーは掌からコンコロルの体に真氣を送り込む。勝利を確信したルーシー。だが、それは確信から疑惑へと変わる。導脈を破壊した感触が伝わってこないのだ。

「んなっ・・・?」

 ルーシーの左腕にいつの間にかコンコロルの長い鼻が巻き付いていた。

「ぬぉりゃ!」

 鼻だけでルーシーの体を縦に一回転させ、空中へと放り投げた。

「なかなか楽しませてもらったが、これで終わりだ!アースボルク!」

 コンコロルが呪文を唱えると、ルーシーの落下する地点から土が円錐状に伸びてゆく。このままゆけばルーシーの体は背中から串刺しとなるだろう。

「うわっはは!『鉄拳露茜アイアン・ルーシー』敗れたり・・・んん?」

コンコロルがルーシーを見やると、こちらに移動してくる人影が二体。

「ヤァッ!」

 モモが刀を横薙ぎに一閃。土柱を両断した。

「Hurra!」

 斬られた柱の上半分をカーノインが蹴飛ばす。上半分を飛ばされた柱の平らな断面にルーシーの体が落下。激突。

「いてっ!?」

 背中をしこたま打ち付けたルーシーにカーノインが声を掛ける。

「よかったでござるな。拙者をぶん殴れるぞ」

 そして足下に転がっていた鉄棍をルーシーに投げて寄越した。

「せやぁぁっ!」

 モモはそのままコンコロルに肉薄。上段から刀を振り下ろす。コンコロルは障壁を展開させた右拳を突き出した。斬魔刀の刃は障壁を切り裂くと、そのまま拳へと到達。しかし、刃は拳を傷つける事無く受け止められていた。

「・・・カーノインッ!」

 モモは叫ぶと同時に、後方へと跳ね、距離を取る。

「かしこまってござる!」

 カーノインはモモの体とすれ違う様に何かを投擲した。

「聞かぬわ!」

 コンコロルはまたも障壁を展開。それにぶつかった何かは着弾と同時に破裂。

「むおっ!?」

 カーノインが投げたのは煙幕弾。破裂と同時にたちこめた煙はコンコロルの視界を奪うのに充分だった。

「ゲホッ!ゴホッ!なんだコレは?苦っ!」

 煙幕は粉塵の他にカプサイシンや苦みを発する成分が混ぜられており、視覚・味覚・嗅覚にもダメージを負わせるしかけが施されていた。

「魚住流忍法ミジン・エスケイプ!」

 カーノインの声がした方向を、目を凝らして確認するコンコロル。煙の晴れた後、そこに3人の姿は既に無かった。

「逃げたか。まあいいだろう!このコンコロル、逃げも隠れもせん!クランキリ魔田にて貴様らを待とうではないか!」

 まるで誰かに聞かせるかのように高らかに言い放ち、コンコロルは踵を返すと、どこからか通信機を取り出すと、待機させていたであろう配下の部隊に連絡を取りながら歩いてゆく。

三 

 コンコロルの姿がその場から消えて四半時ほどが経過した。一面岩と砂だらけだった空間に、突如砂煙が舞い上がる。

「ぶはぁーっ」

 砂煙の中から現れたのはルーシー、モモ、カーノインの三人だった。先ほどの声をあげたのはルーシー。まだぜいぜいと肩で呼吸をしている。

「どうやら行ったようだな」

 モモは髪や服に付いた砂を払いながら言った。

「というより、見逃してもらえた・・・という感じでござったな」

 そう言うとカーノインはサングラスを外し、顔と体を震わせ、体毛についた砂を飛ばした。

 カーノインが使ったのは微塵隠れという忍術だった。火薬を用いて地面を捲り上げ、その中に身を隠す。それにより、3人は地中に潜伏していた。土のコンコロルがその場から消え去るまで。 「コンコロルの奴は我々がこの下に潜っていた事・・・」

「気付いていたでござろうな」

 モモの後にカーノインが続ける。

「象は鼻も耳も利く上に魔道師なら魔力による生命エネルギー探知くらい造作もないでござろう」

 カーノインはつぶらな橙色の瞳を再びサングラスで隠した。

「情けを掛けられたか・・・・・・」

 モモの握った拳はわなわなと震える。そうでなければモモらは三人とも殺されていた。少なくともルーシーとコンコロルの一騎打ちに二人が加勢していなければルーシーは確実に命を落としていただろう。ガマニシオンに牙を向ける者として敗れ、武人の誇りを汚してまで負けたのだ。噛みしめた奥歯が、口中に紛れ込んだ砂粒をぎりりと粉微塵に砕いた。

「ああ~っ砂まみれで気持ち悪い!」

 と、ルーシーが頭から砂を払い落としながらモモとカーノインに近付いてきた。

「モモ、おっさん・・・その・・・すまん」

 ルーシーは二人から若干視線を逸らしながら謝罪の言葉を呟く。息巻いて一騎打ちに臨み、あまつさえ返り討たれ、二人に手を焼かせてしまった事を慮って出た言葉だった。

「違うでござろう、そこは『ありがとう』でござる!」

 カーノインが言うと、ルーシーは彼に相対すると口を開き、同時に両足を肩幅程に開く。

「ありがとよッ!」

「ゴザルッ!?」

 ルーシーはカーノインの水月に右拳を思い切り叩き込んでいた。

「言ったろ?邪魔したらぶん殴るって・・・・・・」

 頬を自らの髪色ほどに赤らめ、殴った拳をさすりながら言うルーシー。

「殴れるほど元気で何よりだ。生きてる証拠だな」

 モモは落ち着いた笑顔で二人に言った。

「う、うるさいな!そんな事よりさっさと魔田に行こうぜ、コンコロルの奴を今度こそブチのめしてやる!」

 二人に背を向け腕を組むルーシー。その背中にカーノインが問いかける。

「ところでルーシー、お主クランキリ魔田の場所を知っておるでござるか?」

 びくり、と体を震わせるルーシー。

「知らなかったのか・・・・・・というか君はずっとこの調子で旅をしてきたのか?」

 モモの問いにルーシーは答えなかった。

「安心せい。拙者らはちゃんと解っておるでござるからな」

「協力、してもらうぞ?」

 モモは少し意地悪げに笑い、ルーシーの髪をくしゃくしゃと撫でる。それをルーシーは左手で振り払う。その手にはカーノインを殴った『痛み』が残っていた。

「(あいつ、コートの中に鉄板でも入れてたのか?ナイフや銃を隠してるくらいだから入ってても不思議じゃないけど・・・)」

3つの人影は荒野を進み始めた。行き先は第三の八天鬼が牙城・クランキリ魔田。


―クランキリ魔田

「ほう、アエネウスやパレアトスを殺した犯人が解ったのか」

 魔導通信機たる水晶玉から流れる声は落ち着いた物腰だった。巨大なソファにふんぞり返るコンコロルの巨体は、ただでさえ広いとは言えぬ部屋を一層狭く感じさせている。

「応ともよ。そしてステルバイとアエネウスを殺した者と、パレアトスを殺した者は別におったわい」

 長い鼻を手のように動かし、コンコロルは水晶に向かい語り掛ける。水晶に映るぼやけた像が一瞬、形を整えた。長い白髪を後ろへ流し、銀縁眼鏡を装着し、口髭を蓄えた嘴を持つその妖魔の名は風のハスタートス。八天鬼を束ねる魔道師である。

「ふむ。やはりステルバイの奴も死んでいたか。それらは一体どんな奴らなのだ?」

 ハスタートスの問いにコンコロルは、数刻前までの記憶を遡らせながら答える。

「ステルバイとアエネウスをやったのは小柄な娘だったのう。茜色の髪に鉄の棍を持った拳法家で・・・」

「茜色の髪の娘・・・・・・その娘、『ヤン』という姓ではなかったか?」

 ハスタートスの問いに、コンコロルは団扇の様な掌を叩いて、それだと言わんばかりに目を開いた。

「それでもって、先日アークアトスの言っていたナントカという技を使ってきおったわ!」

 それが導斷功だと言う事はハスタートスもすぐに察しが付いていた。もしやコンコロルもその餌食になってしまったのだろうか。いや、もし導脈を破壊されていれば現にこうやって魔導通信など使えない。という事は無事だという事だ。

「・・・・・・もう一人の方は?」

 引き続き質問に移るハスタートス。

「パレアトスをやったのも女だったぞ。桃色の髪で顔に疵があって・・・人間の女にしては背が高い。そして魔力を斬る刀なるものを持っている。アレでパレアトスを導脈ごと切断したようだのう」

 コンコロルは鼻で額を掻きながら言い、更に続ける。

「その女サムラーイは犬の妖魔を連れておった。ニンジュツなる怪しげな術を使う奴でな。そやつは一人だけ気配が感じられなかった。恐らくアドルフォイと・・・」

「同じ・・・か。ならばそいつはアドルフォイに心当たりが無いか訊いておこう。サムラーイなら以前弥摩都を攻めたジュリーが知っているかもしれぬ」

 ハスタートスは眼鏡の位置を直すと、続ける。

「して、そいつらをむざむざ見逃したのか?貴様は?」

 眼鏡の奥の瞳は、語気を強めた声とともに、水晶越しのコンコロルに鋭く飛んでゆく。

「はっはっは!あんな面白い奴ら、タダで殺しては勿体ないわい!この魔田に来たところを思いっきり返り討ちにしてくれるから心配するな!」

 豪快に笑うコンコロルとは裏腹に、ハスタートスは不満を顔に表していた。根っからの魔法使いである彼は、未だにコンコロルの武人気質が気に食わない。

「貴様の悪い癖だ。では今度はそやつらの首とともに吉報を送るのだぞ」

 ハスタートスは一方的に通信を切断した。そして、座る椅子の傍らに視線を送る。すると、今まで何も無かった空間に人影が現れた。

 その正体は黒髪の少年。彼は魔法で光の屈折を操り、コンコロルにその姿を悟られないようにしていた。

「皇帝の娘はやはり生きていたようだ。コンコロルが敗れればお前の前に現れる事にもなるかもしれないが、その時はどうする?アークアトゥス」

 笑いを含んだハスタートスの問いに、八天鬼・光のアークアトゥスは無言の返事を返すと、再び姿を消した。今のハスタートスには、コンコロルの言う『面白い』という感覚が少しだけ理解できていた。



「へーっくし!」

 ルーシーは一際大きなくしゃみをした。

「風邪でもひいたのかい?」

 モモはそう尋ねるとルーシーの前に緑色の液体が注がれたカップを差し出した。湯気を立ち上らせたその液体は『抹茶』。弥摩都の伝統的な飲み物である。初めて味わう苦い飲み物に、ルーシーは眉をひそめながら答える。

「汗かいたまんまで野営だからなー。ひいてもおかしくないよ」

 既にガマニシオン軍に存在が割れてしまった一行は、街に宿泊するのは危険と考え、山中にテントを張り、一夜を明かすつもりでいた。

「そうか、ならば拙者は外を見回ってくるでござるよ」

 モモの隣で体を丸めながら寝ていたカーノインは起き上がると、そそくさとテントの外へと出て行った。モモは何が『ならば』なのか解らぬままカーノインの背中を目で追った後、抹茶を口に含み、再びルーシーへと視線を戻す。

「ぶっ!?」

 抹茶を噴き出したモモの視界に入ったのは赤いベストを脱ぎ、インナーだけの姿になったルーシーだった。

「何やってるんだ君は!?」

 顔を紅潮させたモモに対し、ルーシーは、先ほどのモモよろしく、相手の言葉の意味が解らないでいた。

「何って、体を拭くんだよ。その為におっさんは気を利かして出てってくれたんじゃないか」

 インナーの裾を捲るルーシーの手が鳩尾を通過しようとする時だった。

「わ、私はカーノインが心配だな!よし、私も出てくるよ!」

 モモは立ち上がり、テントの外へと足早に駆けだした。

「何だ、モモの奴。女同士なら恥ずかしがる事ないじゃんか。弥摩都人は繊細すぎるぞ」

 上半身裸になったルーシーは濡れたタオルで体を拭き始めた。

「背中の方とかやってもらおうと思ったのになー」


 テントの外でモモは深く息を吐きながら胸をなで下ろした。

「モモ」

 その声に振り返ると、テントの天辺にカーノインが腕を組みながら立っていた。そのまま忍者特有の身のこなしで飛び降りると、モモの隣に音も無く着地した。

「今のは怪しすぎるでござろう」

 聞いていたのか・・・とは訊かず、モモは溜息を吐く。

「ルーシーからの信用を得たいのに、自分の事は隠している・・・・・・最低だな、私は」

  

カーノインはモモの肩に手を置く。

「人と人の信頼関係は一朝一夕で築き上げられるものではないでござる。武の道も一緒ではござらんか」

 そうだな、と相槌を打つとモモはカーノインの顔を見上げた。今でこそ彼は心から信頼できる仲間だが、最初からそうだったわけではない。

「おーい、終わったぞー」

 テントの中からルーシーの声がした。

「戻るでござるよ。モモとルーシーは明日に備えて体を休めるでござる」

「ああ。お前が疲れない体とは言え、申し訳ないな」

 モモとカーノインは再びテントの中へと戻った。そして、インナーとスパッツだけになっていたルーシーを見てモモはまた目のやり場を困らせる事になった。







四.襲撃


 野営で一夜を明かしたルーシー、モモ、カーノインの3人はクランキリ魔田を目指し、山中を進んでいた。

「なぁ、そのクランキリ魔田ってのはまだ距離があるのかぁ?」

 ルーシーが前をゆくモモとカーノインの背に問う。

「もう暫くしたら見えてくるでござろう」

 カーノインの返事に、ルーシーの表情は辟易の色を浮かべる。日も昇らぬ内に出立し、山道を登り始め、もう昼前である。それだけ進んでもまだ『見えてくる』程度なのだから。

 山の中腹で三人を迎えたのは古く大きな石橋だった。魔導革命以後、人々が使わなくなったためか蔦が所々を覆っている。

「ん?こんな所に線路・・・?」

 ルーシーが地上を見下ろすと、荒野を這う線路の姿が見て取れた。一町ほどの高さから見ても大きく見えるそれは、通常の鉄道が使うものでない事は明らかだ。

「ほら、見えたぞ」

 モモの指差す方を見ると、数十里先に巨大な列車が走るのが見えた。どうやらこの巨大線路の主の様だ。

「何だアレ?まるで要塞が走ってるみたいじゃないか!」

 通常の鉄道の数倍はある巨躯を見てそう例えたルーシーにカーノインが答える。

「如何にも。アレこそが拙者らの目的地、クランキリ魔田そのものにござる!」

 クランキリ魔田は列車の姿をし、走りながら地下に眠る魔導エネルギーを吸い上げる移動型の魔田であった。

「アレが・・・魔田?」

 魔田そのものが列車であった事にも驚いたルーシーだったが、早くも別の問題が胸中に浮かんだ。


「・・・・・・どうやってアレに忍び込むんだ?」

 そうこうしている内にクランキリ魔田は橋の付近にまで走行していた。近くで見る事により改めてその大きさが窺い知れる。

「それは・・・」

 カーノインが印を組むと、彼の右肩に備え付けられたチタニウム合金製のショルダーパッドが中程から上下にスライドし、展開した。

「ゲッ!?」

 パッドの中身を見たルーシーが驚嘆する。そこにあったのは上下二列計6本のマイクロ・ミサイル弾だった。

「魚住流忍法!バクライ・ミサイルっ!」

 カーノインの掛け声とともにミサイル弾が一斉に射出された。6本のミサイルはパッドである基部から照射されるレーザーポイントの終着点、クランキリ魔田の前部から3社両目屋根部分へと煙と火の粉の尾を引きながら飛来してゆく。着弾とともに屋根には大きな穴が穿たれた。

 どこが忍法なのだ、とルーシーが思うのも束の間、カーノインとモモを見ると、カーノインの首に両手を絡め、身を預けたモモと、彼女の腰に右手を添え抱きかかえるカーノインの姿が見えた。「おい・・・まさか・・・」

 顔を強張らせるルーシーの元へ、モモを抱いたカーノインが歩いてくる。

「この機を逃せば潜入は二度とできんでござる。行くぞ!」

 カーノインはルーシーの体をひょいと持ち上げ、左肩に担いだ。そして、そのまま列車が走り来る眼下へと、跳んだ。

「Hurrrrraaaaaaaaaa!」「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

 カーノインの雄叫びとルーシーの絶叫が重なる。モモとルーシーを抱いたカーノインの体は、先ほど穿った穴へと吸い込まれるように消えていった。



―クランキリ魔田内部

 埃が舞い、警報が鳴り響く空間に、カーノインは着地していた。両手にモモと失神寸前のルーシーを抱えた彼は、常人ならばその体重と付加重力を支え切れず即死必須の高さから落下したにも関わらず、二本の足で三人分の体重を支えていた。彼が妖魔であり、忍者であり、それ以上に彼の体には、ある理由があった為、この無茶苦茶で出鱈目かつ荒唐無稽な手段に打って出る事が出来た。「よっ・・・と」

 モモはカーノインの体から離れ、魔田の床に足を着く。彼女は元よりこの作戦を知っていたし、カーノインの頑丈さも知っているため、今の状況をさも当たり前と言わんばかりに落ち着いて把握している。

「ルーシー、大丈夫か?」

 カーノインに担がれたまま両手で鉄棍を握りしめたルーシーの頬を右手の母指以外四本の指で、軽く数度叩く。

「んああ・・・大丈夫・・・・・・」

 ルーシーはゆっくりとカーノインの肩から降り、一呼吸置くと鉄棍で彼の頭を一発強打。

「ゴザルッ!?」

 カーノインの奇妙な悲鳴と、甲高い衝撃音が鳴る。カーノインを叩いた鉄棍からは、まるで金属でも叩いたかのような感触が伝わった。

「死ぬかと思っただろクソ犬!っつーか失敗したらどうするつもりだったんだ?ホントに死んでるところだったぞ!?」

 ルーシーの両目尻には、落下時に流した涙の痕が残っていた。

「やかましいわバカ猿!実際に成功したし、他に方法は無かったのだから文句を言うなでござる!」

 睨み合う二人の間にモモが割って入る。

「二人とも、ここは既に敵陣だ。喧嘩ならここを出た後でやってくれ」

 モモの言葉にルーシーとカーノインはお互いの視線を同時に逸らす。

「やれやれ。まさに犬猿の仲だな」

 と、モモが呟いたその時だった。

「動くな!曲者め!」

 すぐ後ろの車両連結部から聞こえた声に振り返ると、後続車両に武装した魔道師の集団が現れた。魔道師達が呪文を詠唱し始めると同時に、三人は動いていた。ルーシーとモモは走り出し、カーノインは懐から大量の手裏剣を取り出す。敵に接近したモモは地を滑るように身を低くし抜刀。ルーシーは跳躍し、上空から鉄棍を振り下ろす。カーノインの投擲した手裏剣が正確な狙いで全て魔道師達の体に命中。術式が構築される前に、魔道師達はモモの刀とルーシーの拳により導脈を切断或いは破壊された。

「悪いが雑魚の相手はしてられないんだよ!」

 ルーシーが最後に残った魔道師の首を左手で締め上げながら言うと、魔道師は鬼面の如き形相を浮かべながら右手に隠し持っていたスイッチを押した。

「何だ・・・?」

 モモの疑問は次の瞬間、解明される。

 がしゃん、と音が鳴った方向を見るや、車両を連結していた装置が解除され、カーノインの立つ第三車両とモモ達の居る第四車両が切り離された。

「しまった!」

 ルーシーとモモは走り出す。しかし、車両の間隔は無慈悲にも開いてゆく。

「モモ!ルーシー!」

 カーノインが二人の名を呼びながら、跳んだ。

「カーノイン!?お前、何を・・・・・・」

 第四車両に飛び移ったカーノインはモモとルーシーの元へ駆け寄ると、二人の後ろ襟を左右の手で掴んだ。

「Huraaaa!」

二人を乱暴に持ち上げると、渾身の力で放り投げる。 

「ファッ?」

 ルーシーとモモは空中に放り出され、気付くと第三車両の床に転がっていた。

「カーノイン!」

 ほぼ同時に飛び起き、第四車両を確認するも、車両は遠ざかっていき、見えなくなっていた。

「あの馬鹿野郎・・・・・・」

 ルーシーは魔田の壁を力一杯に殴る。

「・・・・・・行こう。彼の行為を無駄にしてはならない」

 モモはルーシーの肩にそっと手を置いた。

「あっち側にはまだ魔道師達がゴロゴロいるんだろ・・・・・・あいつ、そんな中に一人で・・・」

 ルーシーの珍しく弱々しい声に対し、モモは首を横に振った。

「大丈夫。あいつは死なない。きっと生きて戻ってくる」

 モモは踵を返すと、第二車両方向へ歩き始めた。

「カーノインは私達を信じて、あんな行動に出たんだろう。ならば私も彼を信じるさ。それが『仲間』というものさ」

 モモはルーシーに背を向けたまま言った。

「仲間・・・・・・」

 モモの発した単語を反芻し、ルーシーはその後を追い、歩く。


 モモの顔色はよろしくなかった。先の戦闘で、コンコロルにはルーシーの導斷功と、モモの斬魔刀による一閃が通らなかったのは、彼女が思うに、コンコロルの岩の様に厚い肌が更に魔力によって強化されていた事が原因なのだろう。ならば、その魔力を無効化できなければ攻撃は一切通らない。

「カーノインの離脱は想定外だったな・・・」

 コンコロルの魔力を無効化するにはカーノインの忍術『マフウ・キャンセラー』が必要不可欠だった。5分間だけ、周囲の魔法を全て無効化するこの術により、魔力を封じればコンコロルは魔道師から『強い妖魔』へと変化する。それをモモとルーシーの二人で攻めれば勝機を見出せる・・・モモはそう踏んでいた。

「今さら後には退けないだろ?」

 ルーシーはモモの顔を覗き込むと、言った。

「退けないなら、行くだけだ。ここでアイツを倒せなきゃ、あたしらはそこまでの力しか無かったって事さ」

 モモはその言葉を聞くや、一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には笑い出していた。

「何だよ・・・?」

 笑い出したモモをルーシーは怪訝そうに見つめる。

「君の性格が羨ましいよ。あれこれ考えてたのが馬鹿みたいだ」

 モモが言うと、ルーシーは若干頬を染めながら言い返す。

「闘う時は相手をブッ倒す事だけ考えようぜ!」

 二人は歩を揃えて扉を開き、進んだ。この先はクランキリ魔田先頭車両。土のコンコロルが待つ決戦の地だ。

「鉄拳露茜参上!」

 ルーシーは勢いよく飛び込んだ。しかし、目の前には誰の姿も無い。

「誰も居ないだと・・・?」

 ルーシーの後ろで刀の柄に手をかけていたモモが声を上げた。すると、どこからともなく野太い声が響く。

『こっちだ・・・』

 声のした方向を見やると天井に大きな穴が開いていた。

『決着の舞台はここで着けようではないか。鉄拳露茜、斬魔剣客』

 穴の下には魔導エネルギーを利用した昇降機が御丁寧に備え付けられている。

「やってやろうじゃねーの!」

 ルーシーが誘いに乗る様に昇降機に向かっていくと、モモもそれを追って走り出す。二人が乗り終えると、昇降機は瞬く間に上昇。巨大列車の屋根へと二人を運んでいった。


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