指の先からサボテンが生えてきたら
これは、日常の小さな痛みが、夏の酷暑の中で人知れず体を侵食していく物語です。
指先に刺さった一つの小さな棘。それが骨を土壌とし、意識を奪い、人間を奪っていく——。
真夏の陽光と蝉時雨の中で繰り広げられる、静かな変身の記録をお届けします。
蝉時雨が骨の髄まで響くような、狂おしい猛暑の日だった。
汗で湿った右手の指先に、チクリとした痛みが走る。見下ろすと、人差し指の爪と皮膚の隙間に、緑色の小さな棘が刺さっていた。爪楊枝でほじくろうとした瞬間、棘はズルリと指の奥へ滑り込み、消えた。
翌日、痛みが消えた代わりに、指先が妙に重い。爪の根元を透かしてみると、皮膚の下で何か緑色の固まりが脈打っていた。サボテンだ。あの時刺さったのは棘ではなく、生きた種子だったのだ。
「オート、オート……」
真夜中、耳元で掠れた声が聞こえて目が覚める。声の主は、自分の右腕からだった。腕の皮膚が青裂け、緑色の丸っこい肉茎が皮を破って顔を出している。サボテンは、車が自動運転で進むように、意識とは無関係に私の肉体を侵食し、骨を土壌にして急速に育っていた。
「オート、オート……」
声の正体は、心臓の鼓動に合わせてサボテンが発する機械的な駆動音だった。血管を吸い上げ、肉を養分にし、私は意志と反してゆっくりと「植物」へ自動変換されていく。逃げようにも、足からはすでに細い根が畳を突き破って伸びていた。
真夏の強い日差しが部屋に差し込む。全身を突き破る無数の棘が、太陽の光を浴びて歓喜の音を鳴らす。
カンカン照りの部屋の中、意識が青緑色の闇に溶けていく直前、私の口からこぼれたのは、人間のものではない乾燥した駆動音だった。
「オ……ト……」
酷暑の部屋にはただ、立派に花を咲かせた人型のサボテンと、響き続けるオートの音だけが残された。
本作は、「人間の不可逆的な変容」と「意志の剥奪」をテーマにした怪奇小品です。
身近な「指に刺さった棘」という小さな違和感から始まり、それが自律的に肉体を侵食していく恐怖を描きました。タイトルや作中に繰り返される「オート」という言葉には、機械的な「自動運転(Auto)」のイメージと、植物が人間の意志を無視して機械的に無機質に増殖していく絶望感を重ね合わせています。
猛暑の酷熱、刺すような日差し、そして静かに響く駆動音——。真夏の狂気が生んだ、少し奇妙で冷たい物語として楽しんでいただければ幸いです。




