プロローグ①
私と悪役令嬢であるカミラ・アデルハイトの関係が大きく変わった日のことをふと思い出す。
あれは……そう。王立学園二年生の春。
新年度が始まって一日目のことだった。
◆◇◆◇◆◇
王立学園二年生。
乙女ゲーム『マジック・マジカル』(通称:マジマジ)の主人公『フィーナ・セレスタ』に転生してから約一年のこと。
放課後、王立学園から寮へ帰ろうと廊下を歩いていた時だった。
突然、誰もいないはずの空き教室から手が伸びた。
そして私の手を掴む。ぐいっと教室へと引きずり込まれる。
「えっ!? はっ!?」
戸惑いと恐怖それに動揺。
様々な感情がぐちゃぐちゃになる中、引きずり込んだ人間をちらりと確認する。
私を引きずり込んだのはカミラ・アデルハイト。婚約破棄に友人も失う破滅を迎えた令嬢。乙女ゲーム『マジック・マジカル』においてのいわゆる悪役令嬢であった。
漆黒の長く艶めかな髪の毛、高めの身長に大きな胸という非常に均整の取れたプロポーション、そしてなによりも整った顔立ちが特長的だった。
私がこの世界に転生してから一年間、彼女は悪役令嬢らしくヒロインである私のことを虐めてきた。役割を全うしていたのだ。
私が爆速で攻略対象の好感度をあげていく度に、彼女の評価は右肩下がり。攻略対象からヘイトを集め、取り巻きからは距離を置かれ、孤立を深めていた。
なに? 調子に乗りすぎたからついに殺されるの? なんて思う。
孤立を深めた原因は私にある。恨んでいても致し方ない。彼女が私を殺す理由は……ある。めっちゃある。
だから、殺されるっていうのは非現実的な話ではなくて、むしろ現実的と言えた。
恨みを持った悪役令嬢ならそれくらいはする。
殺されかかった時に、攻略対象が助けてくれて、悪役令嬢を糾弾するっていう流れが乙女ゲームの様式美ってものなのだが。
誰も助けに来てくれる状況ではなかった。
生憎、私には魔法の才能がそこまでない。全く使えないわけじゃないが、貴族と比べるとその差は歴然。少なくとも彼女と真っ向から戦って勝てるはずがなかった。武術もからっきし。対抗する手段はない等しい。
言わば詰みだ。
ああ……私の人生ここまでか。
まあでもこの世界に来てから良い思いさせてもらった。攻略対象からモテモテでその縁を狙う打算的なやつが多かったとはいえ同性の友達もそこそこ多かった。
転生前と比べればあまりにも幸せだったと言えるだろう。死ぬと思うから悔いる。ボーナスタイムが終わったと思えば大満足。
「フィーナ・セレスタ。あなたにお願いがあるわ」
カミラは手を離し、震えた声でそう私に声をかける。とても今から私を殺す、というような空気ではなかった。
「お願い……ですか」
気になった。気になってしまった。
だから耳を傾ける。
「ええ、あなたには、いくつか酷いことをした記憶があるわ。陥れようとしたことも、あるかもしれない。でも……それでも、話を聞いてくれるのね?」
「聞くだけなら……構いませんよ」
と、答える。
緊張した面持ちで彼女は口を開く。
「月の初めに金貨一枚をお支払いするわ。だから、わたくしと……お友達になってくださらない?」
「えっ……金貨一枚、お友達……?」
日本円に換算すると金貨一枚は十万円の価値がある。つまり、月に十万円のお友達料を払うから友達になってくれ、と。
もちろんそんな甘い話があるとは思わない。警戒する。なにか裏があるに違いないと。彼女のことをじーっと見るのだが、真剣さと緊張。瞳から溢れ出す雰囲気から、感じ取れた。
本気だ、と。
「どうかしら」
不安そうに尋ねてくる。その声音には、仕草には、悪役令嬢の影はない。
もしも断ったら……泣き出しそうな雰囲気まである。ここで泣かれたら、私はどうしたら良いのかわからない。戸惑う未来が鮮明に見えて――
「わかりました」
と、受け入れてしまう。
「それじゃあ契約成立ね。今日からフィーナさんはわたくしの友達よ」
声を弾ませ、金貨一枚を私に握らせる。大金だった。手が震える。その重みに、心まで引っ張られるような気がした。
こうして私は、悪役令嬢カミラ・アデルハイトとお金のやり取りで成立する歪であまりにも脆い友人関係になった。
ご覧いただきありがとうございます!
少しでも興味ありましたら、「ブックマーク」「10評価」で応援お願いします!!!
※カクヨムに投稿しているものを改稿、加筆しています。