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龍典は今日も仕事を終えて、家に帰ろうとしていた。みんな楽しそうだ。その笑顔を見ると、この街を自分が守っているんだと思うと、自分もやっていてやりがいを感じる。
「今日も疲れたなー」
「あら、先日はありがとうございます」
龍典は振り向いた。そこには咲江がいる。まさかここで会うとは。龍典は驚いた。
「いえいえ」
「あれから元気に小学校に通ってるわ」
咲江は嬉しそうだ。あれから光は楽しそうに小学校に通っている。悩みは何でも話せばいいのに、どうして話さなかったんだろう。みんなから言うなと言われて、仕返しを恐れていたからだろうか? 咲江は気にしていた。
「本当ですか?」
「はい。おかげさまで」
咲江はお辞儀をした。龍典は感謝の気持ちしかない。龍典のせいで光は元気を取り戻した。
「それはよかったよかった」
「うーん・・・」
だが、咲江は浮かれない表情だ。光が元気になったのに。どうしたんだろう。何か気になる事が他にもあるんだろうか?
「どうしたんですか?」
「あの子には、父親が必要なのかなって」
咲江は思っていた。あの子には父親が必要なんだろうか? 父親がいれば、安心できるんだろうか?
「うーん・・・。わからないっすね」
「そうですか・・・」
龍典はあんまり感じていない。だが、言われてみればそうかもしれない。ふと思った。別れた妻が引き取った娘は、龍典が必要だと思っているんだろうか? そう思ってないんだろうか? 龍典は娘の事が気になった。
「父親がいればみんなからもっと好かれたんじゃないかなって」
「そうかな? 私には妻がいたんですけど、離婚いたしまして、子供も取られたんですよ」
咲江は驚いた。龍典も夫に似た経験があるとは。
「そうなんですか。私に少し似てるんですね」
「ああ。たまに子供に会うんだけど、いつもいられるのがいいんだ」
龍典は時々、娘に会っている。だが、娘はあんまり龍典を愛してくれない。どうしてだろう。龍典の事が嫌いなんだろうか?
「ふーん。あの人ったら、いつでも会いたいと思って連れ去ったんだと思う。それができなくて、誘拐したんだと思う」
咲江には、夫の気持ちがよくわかった。光に会いたいという気持ちで、誘拐したんだろう。本当はしてはいけない事なのに、捕まる事前提でやったんだろうか? いや、そうじゃないだろう。一緒に住みたいと思ったから、連れ去ったんだろう。
「そうなんだ。僕はそんな悪い事しないけどね。というより、悪い人を捕まえてるからね」
龍典は苦笑いをした。自分は決してそんな事はしない。だって、警察だから。警察が悪い事をしてはならない。悪い事をした人を捕まえるのが仕事なんだから。
「でも、どうして別れたんですか? 私は浮気をしたから離婚したんだけど」
「僕は仕事ばっかりで全く愛情を注がなかったからだよ」
こんな事で離婚なんてあるんだな。咲江は思った。自分は全然大丈夫だけど。
「仕事ゆえの離婚なんだね」
「だけど、この仕事に誇りを持ってるんだ。誰かを守れる仕事だから」
だが、龍典は警察の仕事に誇りを持っていた。誰かを守れる人がかっこいいと思っているからだ。だから自分は警察の道を歩んだんだと。
「いい仕事じゃないの」
「ありがとう。じゃあ、これからもっと頑張っちゃうぞ!」
龍典は少し元気が出てきた。また次も、仕事を頑張ろう。そして、この街の平和を守るんだ!
「じゃあね。毎日ご苦労様」
「ありがとうございます。じゃあね」
咲江は家に向かっていった。龍典はそんな咲江の後ろ姿を見ていた。次第に、龍典は咲江が好きになり始めていた。
龍典はその日の夜、新橋にいた。明日は休みだ。飲んでいこう。そして、今日1日の労をねぎらい、しっかりと疲れを取ろう。新橋は多くの人が歩いていた。スーツを着たサラリーマンの他に、私腹を着た若者もいる。彼らはいったん帰って、私服に着替えたうえでここに来たと思われる。
「さて、行こう」
目の前には行きつけのやきとん屋がある。今日はここで一杯しようかな? 龍典が店に入ると、店員がやって来た。
「いらっしゃいませ、1名様ですか?」
「はい」
「カウンター席にどうぞ」
龍典はカウンター席に案内された。そこはたった今、テーブルを拭いたままで、少し濡れた感覚がする。
「いらっしゃいませ、何になさいますか?」
「麦焼酎のロックとねぎま2本と冷奴で」
「かしこまりました」
龍典は椅子に座った。今週もいろいろあったけれど、明日は休みだ。しっかりと休んでまた来週頑張ろう。
「今日も疲れたなー。明日は休みだからのんびりしようかな?」
と、そこに店員がやって来た。麦焼酎のロックと冷奴を持っている。注文の品を持ってきたようだ。
「お待たせしました、麦ロックと冷奴です」
「ありがとうございます」
龍典はすぐに麦焼酎を口にした。いつもは生中からだが、今日は麦焼酎のロックからだ。
「うまい!」
「あれっ、龍典さんじゃない?」
その声に、龍典は驚いた。横を向くと、そこには咲江がいる。まさか、咲江も来ているとは。なんという偶然だろうか?
「あれっ、咲江さんじゃない?」
「まさか、また会うとは」
咲江も驚いた。まさか、ここでも龍典と会うとは。今日は2回も偶然に会ってしまった。運勢はまったく見ていないけれど、今日はラッキーデーだろうか?
「びっくりした?」
「うん」
ふと、咲江は思った。また、父親が必要なんだろうかと言うんだろうか?
「私、思ってるの」
「えっ!?」
「あの子にはパパが必要なのかなって」
まだ考えているようだ。そんなに気になるんだろうか? 龍典はあんまり気が付いていない。
「うーん、どうして?」
「パパがいれば、心強いかなと思って」
確かにそうだ。父親は家計を支える立派な人が理想だ。その背中は子供たちのあこがれになる。そう思うと、あの子にはやっぱり父親が昼用なんだろうかと思ってしまう。
「そうかな? 僕は思った事ないけど」
「そうなんだ」
今度は龍典が考えてしまった。それを見て、咲江は思った。龍典も何か考えている事があるんだろうか?
「うーん・・・」
「どうしたの?」
「離婚した妻との娘も同じ気持ちなのかなと思って」
龍典は離れ離れになった娘の事が気になった。今でも龍典を大切にしているんだろうか? たまに会った時は全く興味がないように見えるんだけど。
「どうだろう」
そして、龍典は思った。ちょっと、自主的にあの子に会ってみたいな。そして、今でも愛しているのか聞きたいな。
「ちょっと訪問して話そうかなって」
「そうかもしれないね」
龍典は考えた。久しぶりに娘に会ってみよう。そして、今でも愛しているのか聞きたいな。