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翌日、龍典は休みだ。だが、今日は実質休みではない。咲江の命令で見張らなければならない。光が小学校でどんな事をされているのかを調べなければいけない。
「うーん・・・」
待っているが、光が出てくる気配はない。まだ授業中のようだ。
「どうしたんだい?」
龍典は振り向いた。そこには安藤がいる。安藤は仕事で、今日も交番にいる。
「何でもないんだよ」
だが、龍典は何でもないという。本当は違うのに。
「しっかりと仕事しないといけないよ」
「わかってるって」
と、そこに光がやって来た。光は1人でトボトボと歩いている。あの時と同じだ。光はどこか元気がなさそうだ。まだ誘拐のダメージが抜けていないのか、それとも何か別の理由があるんだろうか? 全くわからない。
「ん?」
しばらく歩いていると、後ろから数人の小学生がやって来た。その小学生は、光を狙っているようだ。明らかにおかしい。どうして光を狙っているんだろうか?
突然、光は筆箱を投げつけられた。後ろの小学生のようだ。
「痛い!」
光は振り向いた。そこには数人の小学生がいる。誰かが投げつけたに違いない。
「誰がやったの?」
「誰もしてないよ」
だが、彼らは否定している。別のやつらがやったような表情をしている。
「嘘だ!」
と、そこに龍典がやって来た。この近くでその様子を見ていたようだ。彼らは焦った。見られたかもしれない。もし見ていたら、どんなに嘘をついてもばれてしまう。
「君、何をしたの?」
「何もやってないって」
だが、龍典は見ていた。投げつけた少年の髪を引っ張った。少年は痛がった。
「お兄さん、後ろで見てたんだよ。光ちゃんに投げつけたでしょ?」
「投げつけてないって」
嘘だと知っているのに、否定をしている。龍典は頬をビンタした。もう嘘はつけない。少年はビクビクしている。
「お兄さん、見てたんだよ。嘘をついちゃだめだよ」
「・・・、ごめんなさい、やりました」
少年は下を向いている。やっぱり嘘だった。嘘ばかり言っていたら、誰からも信用されなくなるというのに、どうして嘘をつくんだろう。
「いつもこんな事、やってんのか?」
「・・・、はい・・・」
龍典は怒っている。どうして光にそんな事をするのか?
「そっか。光ちゃんの担任の先生に連絡するから」
「えっ、知ってるの?」
少年は驚いている。どうして光の事を知っているのか? まさか、光の知り合いだろうか? いや、そんなわけない。
「ああ。光ちゃんのお母さんは咲江さんでしょ? 先日会ったし、一緒に飲んだんだよ」
「そんな・・・」
少年は呆然となった。咲江と会っているとは。何者だろう。
「とりあえず、話すからな」
「本当にごめんなさい」
少年は頭を下げた。一緒にいた少年も頭を下げている。
「ごめんね」
「いいよ」
光は再び家に向かって歩き出した。その様子を見ていた別の少年がやって来た。光に聞きたい事があるようだ。
「でも、あの人誰だろう」
「先日、私が連れ去られそうになったでしょ? あの時救ってくれたおまわりさんなの」
そういえば昨日、光は誘拐されそうになったな。あの時救ったのが、あの人だったのか。だから光の事、咲江の事を知っているんだな。
「そうなんだ」
「まさか、またお母さんと会ってたとは」
だが、光には信じられないことがあった。あの夜、母と居酒屋で会っていたとは。今日、学校のあたりで見張っていたのは、あの時に母に言われたからだろうか?
「何か気になるね」
「どうして?」
光は思っていた。まさか、あの人が新しい夫になるのでは。だったら、大歓迎だけど。来なくなったけど、やっぱり私には父が欲しい。父がいれば心強いから。
「いや、あの人が新しい夫になるんじゃないかって」
「そんなわけないっしょ」
少年はそんな事はないと思っている。もっと親しくならないと、そんな事にはならないだろうと思っている。
「そうだね」
「じゃあね、バイバーイ」
「バイバーイ」
光は友達と別れて、家に向かった。光は元気に帰っている。もう自分に悩む事なんてない。すっきりと帰れる。
光は家の前にやって来た。家はいつものように迎えてくれる。それだけでとても嬉しくなる。どうしてだろう。
「ただいまー」
光は家に入った。
「おかえりー。あら、今日は元気だね」
咲江はいつもと様子がおかしいと思った。もしかして、龍典が問題を解決してくれたんだろうか?
「うん。あのおまわりさんが助けてくれたの」
「どうして?」
やっぱり、何かをされていたようだ。何なのか、私にも話してほしいな。
「私がいじめられてた所を」
まさか、光がいじめられていたとは。それは先生に報告しないとな。
「そうなんだ。よかったね。でも、先生に報告しないと」
「おまわりさんが連絡するって」
咲江は驚いた。龍典が報告するとは。警官がこんなことまでしてくれるとは。龍典はとても優しい人なんだな。
「えっ、そうなの?」
「うん」
光は元気に2階に向かった。咲江はその後姿を見ている。これで明日からは、元気に過ごせそうだな。
翌日、昨日龍典に注意された森川はいつものように学校に向かっていた。だが、いつもとは様子が違う。昨日、光をいじめていたのがばれたために、母に怒られた。小学校でも怒られるだろう。そう思うと、自然に顔が下を向いてしまう。
「おはよう」
「おはよう」
森川は友達に挨拶をした。だが、元気がない。友達もおかしいと思っていた。いつもの森川ではない。何かあったんだろうか? まさか、光をいじめていたことがばれて、注意されたんだろうか?
「おい森川」
吉岡先生の声で、森川は立ち止まった。吉岡は森川のクラスの担任だ。吉岡は厳しい表情をしている。昨日、龍典からいじめの事を聞かされた。以前から怪しいと思っていたが、やっぱりいじめていたとは。
「ご、ごめんなさい・・・」
森川は頭を下げた。だが、吉岡は聞き耳を持っていないかのようだ。
「話がある。来なさい・・・」
「はい・・・」
結局、連れられてしまった。これからどうなるんだろう。全く予想できない。だが、いじめの事で怒られるのは確かだ。
2人は職員室に入った。職員室には何人かの先生や生徒がいる。吉岡の机にやってくると、吉岡は森川をビンタした。
「何をしたんだ!」
「ごめんなさい・・・」
森川は泣きそうだ。だが、吉岡はそんなのお構いなしで怒っている。これで十分に反省しているみたいだが、念には念を押さねば。
「いじめはいかんぞ!」
「本当にごめんなさい・・・」
吉岡は知っている。光の父は離婚して、今は咲江と2人暮らしだ。そこを森川はいじめたんだろう。
「あの子は父さんがいないんだ。だが、そんなの関係ないだろ?」
「はい・・・」
森川は思った。確かに、光には父がいない。だが、父がいないだけで全く関係ない。光でも1人の人間だ。森川と変わりはないのだ。
「行きなさい・・・」
「はい・・・」
森川は職員室を後にした。森川は下を向いている。だが、今日も1日学校を頑張らないと。
「全くあの子は・・・」
と、そこに同じく教員の嶋がやって来た。だが、吉岡は気づいていない。
「いじめですか?」
吉岡は横を向いた。そこには嶋がいる。その話を聞いていたんだろうか?
「はい・・・」
「いい加減にしてほしですね」
「ああ」
森川はもういない。2人は森川の事を思い浮かべた。あの子、本当にもういじめはしないんだろうか? とても不安だ。しばらく様子を見る事にしよう。
今日の学校を終え、光は下校していた。昨日はびくびくしながらの下校だったが、今回は気分がいい。もういじめられないからだ。
「ねぇ」
光は振り向いた。そこには龍典がいる。今日は警察の服装だ。今日は仕事のようだ。まさか、今日も見ているとは。
「あっ、おまわりさん」
「大丈夫だった?」
龍典は心配していた。もういじめを受けていないかどうか、元気に登下校をしているか。
「もう大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして」
龍典は笑みを浮かべている。どうやら立ち直ってくれたようだ。この子の笑顔を見ると、警察をやっててよかったと思えてくる。
「おまわりさん、バイバーイ」
「バイバーイ」
光は手を振って、龍典と別れた。手を振るのを見て、龍典も手を振る。
「なるほど、これで見張ってたんですね」
龍典は横を見た。そこには安藤がいる。安藤はその会話を少し聞いていたようだ。
「ああ」
突然、安藤は龍典の肩を叩いた。いい事をしたから、肩を叩いたんだろうか?
「いい事やるじゃん!」
「ありがとう」
「さて、仕事に戻るぞー」
龍典は交番に戻っていった。今日も退勤まで、見張りを頑張ろう。
その頃、光は友達の理沙と話をしていた。理沙は気になっていた。あの警察は、いったい誰だろう。咲江の新しい恋人だろうか? それとも、光の事が好きなんだろうか?
「あのおまわりさん、また来たね」
「うん」
ふと、理沙は思った。光は龍典の事が好きなんだろうか? 付き合いたいと思っているんだろうか?
「そんなに光ちゃんの事が好きなのかな?」
「そんなわけないよ」
光は苦笑いをしている。あの時救ってくれただけだ。私は全く興味を持っていない。龍典も咲江に興味を持っていないだろう。それよりも、咲江に興味を持っているんだろうか?
「そうだよね」
「うん」
2人は別れるT字路に差し掛かった。光は右に、理沙は左に向かう。
「じゃあね、バイバーイ」
「バイバーイ」
光は家に向かって歩き出した。もうすぐ自宅だ。今日は気持ちよく帰宅する事ができた。それがこれから毎日のように続くといいな。