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8 ロイのいない日

 

 今日から野外訓練が始まる。2泊3日の野営の練習だ。

 ただ当初の予定では指導者が沢山いる予定だったから、数人のチームに分けて一度に出来たけど、指導者が少ない今は日にちも分けないといけない。


 新人騎士5人と先輩騎士2人で、一度に2チームが同時に訓練をする。行かないチームはいつも通り基地での訓練だ。



 私はユーリアと同じチームで、あとのメンバーは知らない人だ。でも先輩騎士のひとりがセレナさんだったので、野営をする際の女性の注意点でも教わるのだろう。



 私とユーリアは1番最後の班で、明日はロイが2泊3日の野外訓練に行く日だ。



「アリア。気をつけてね。他の男に触られたり言い寄られたり、手合わせしないでね」



 野外訓練に行くのはロイだというのに、なんで私を心配するんだ。

 しかもふざけた顔じゃなくてやけに真剣な顔だし。



「触られたり言い寄られたりは誰相手でもさせないけど、手合わせはするよ」


「アリア、僕だけって言ったでしょ?」


「うんとは言ってないし、訓練だし」



 全くロイは一体何を言ってるんだろう。訓練なんだからロイ以外の男と手合わせするなは無理でしょ。そしたらユーリアしかいないじゃん。


 私の言葉に反論が見当たらないロイは、悔しそうな顔をして、ジャックに目を向ける。



「ジャック!ちゃんとアリアを守ってね。頼んだよ」


「はいはい、頑張るかぁ」



 ジャックも訳分からないことに巻き込まれて可哀想に…。






「アリアさん、俺と手合わせしようよ」


「いや、俺とやろう。俺結構強いよ」



 剣の訓練が始まってすぐに、数人の男性が私と手合わせしたいと誘ってきた。その圧に驚いて言葉を失う。


 そんなにみんな戦うの好きなの?

 でも周りの手合わせを見てても、これといって目立った強さの人はいなかったけどなぁ…。



「あー悪い悪い、アリアは俺と約束があんだよ」



 そこにジャックが入ってきて、寄ってきていた男性たちにしっしっと手で払う動作をする。



「そんなのジャックが決めることじゃないだろ。アリアさんに決めてもらおうよ」


「そうそう。アリアさん、誰と手合わせしたい?」



 ぐいぐいと詰め寄られて、面倒だなぁと思ってしまった。



「私今日はユーリアと約束してるの、ごめんね」


「ユーリアさんか、それじゃしょうがないよね」



 群がってた男性たちはさーっと捌けて、ジャックだけが残った。

 残ったジャックが額に手を当てて、唸っている。



「おいおい、あと2日間もこんななのかよ…」


「ジャック、ロイの言う事聞かなくて良いんだよ。なんか勝手に言ってるだけだから」


「いやそれは…男の約束があるからさ」



 男の約束?よく分からないけど、ジャックはロイの言ってたことをきちんと守るみたいだ。

 まぁジャックが納得してるならいいけど。





「アリアさんって、どこから来たの?」


「アリアさん、好きな男のタイプは?」


「今度一緒に出掛けようよ」



 夜ご飯も大変だった。なんでロイ1人いないだけでこんなにも人が寄ってくるのか分からないけど、隣に座った人や斜め向かいの人まで話しかけてきた。


 それは私だけじゃなくユーリアも同じで、急にたくさんの人に話しかけられて戸惑っている。

 ジャックが頑張って防ごうとしてるけど、多すぎて手が回ってないみたいだ。



「アリアさんとロイって付き合ってるの?」


「付き合ってないよ」


「お!じゃあ俺にもチャンスあるってことか!?」


「なんのチャンス?」



 そう聞くと彼はあー、と何かを悟ったような顔をして頷いていた。



「なるほど、ロイも苦戦中なんだな」


「なら俺らもまだいけるな」



 ほんとに何の話?


 何度もジャックが間に入って会話を終わらせるものの、キリがなくて最後の方はジャックも疲れ果てていた。






「アリア大人気だったね…」


「ユーリアもね…」


「私にも人が来たのは驚きだよ…。よっぽど女に飢えてるんだね…」



 ちゃぷん、と浴場の湯船に2人きりで浸かりながら、今日のことを思い出す。

 でもユーリアも可愛らしい見た目をしているから、囲まれて当然だと思う。守りたくなるような女の子って感じだもん。



「今まではロイが近くにいたから、誰も来なかったんだね…」


「ロイってそんなに怖がられてるの?」


「アリアに男を近づかせないように睨みつけてたからねー」



 そう言いながらユーリアは体を少し深く湯に沈めた。



「ロイは…何がしたいんだろうね」


「えー、アリア、分からないの?」


「ユーリアは分かるの?」


「分かるよー」



 私に男を近付けさせないロイ。その思惑を、ユーリアはわかると言う。

 本当に?あの仮面被ったロイのこと、分かるの?



「あれはね、やきもちだよ!」


「やきもち…」


「そう!アリアと他の男が仲良くするのを見て妬いてるんだよ!」



 やきもち…。その言葉は知ってる。知ってるけど。



「でもそれは、恋愛的な意味で好きな人にするものじゃないの?」


「そうだよ?だからロイはそうなんでしょ?」



 ユーリアが私の顔を見て、こてん、と首を傾げた。

 ユーリアの言葉が合っているなら、ロイは私のことが好きということになる。



「いや、それはないよ」


「なんで?」



 ロイが私を好きなんてことはない。そんな目はしていない。

 あの胡散臭い笑顔に宿るものは、そんな綺麗なものじゃない。



「……ロイの笑顔は嘘っぽいからね。私に男を近付けたくないのも何か理由があるんだよ」


「うーん、そうかなぁ」



 ユーリアは納得いかない声を出していたけど、これは合ってるんだ。確かにロイの顔はうまく作られてて、あの笑顔も自然に見える。

 でもあれが偽物だって、分かる。たくさん見てきたから。



「まぁ、どちらにしても早く帰ってきて欲しいね。そうしたらこんな大変じゃないからさ」


「ロイが帰ってきたら私達が野外訓練だよ?」


「そうだ!頑張らないと…」



 ふふ、と2人で笑い合う。

 そこから話題は野外訓練へと変わっていった。





 次の日の訓練場での訓練も、男がたくさん寄ってきた。そしてまた間に入るジャック。

 昨日の疲れが残ってるのか、既に疲弊している。

 こんなになるまでロイの言うこと守る必要ないのに。



「ジャック、いいよ」


「アリア?」


「相手するよ、私」



 私がそう言うと、目の前に群がる男達は、歓喜の笑みを浮かべた。



「但し全員まとめて、ね」


「……え?」



 その言葉にジャックも男たちも言葉を失った。

 私は彼らから離れて、訓練場の真ん中まで歩き、そこで彼らに振り向く。



「私に相手して欲しい人、まとめてかかってきて」


「い、いやいやアリア、いくらなんでもそれは無理だろ!」


「ジャックも来ていいよ。大丈夫、多数と戦ったこともあるから」



 一対多数も慣れている。それに彼らくらいなら、これだけの大多数でも勝てる。



「魔物と戦う時は大体チーム戦だよ。一体の強い魔物にチームであたる。団体で動く練習にもなっていいと思うよ」


「いやアリア、流石に危ないって」


「なら最初は2人とかで来たらいいんじゃない?勝てそうにないならどんどん増やしていけばいいと思うよ」



 私がそう言って剣を構えると、ジャックははぁ、とため息を吐いてやれやれ、と頭を振る。

 そして私に群がってた男のひとりが、俺が行く!と声を上げた。そしてその隣の人も、声を上げ、最初はその2人で私にかかってくることになった。




 いつでもいいよ、と言って相手の攻撃を待つ。2人は一緒に走ってきて、私に剣を振り下ろした。


 それらを軽く流して剣を打ち合う。あまり強めに押さないように気をつけながら、程々に力を入れて攻撃する。

 すぐに、私に押されてると判断した他の男が、追加で入ってくる。


 どんどん追加され、10人くらいがまとめて私と戦っていた。やっぱり統制は取れてないし、作戦も何もあったものじゃない。

 全く相手にならず、暫く様子を見ていた。


 どれだけやっても戦況は変わりそうにないので、早々に終わらせた。

 そして約10人ほどが床にぶっ倒れている中たってる私に、ジャックは引いたような顔をしていた。



「いや…アリア、強すぎんだろ…」


「そうかな?まぁ剣だけで団体と戦うとこんなもんだよね。弓とか槍とか役割が別れると、もっと面白く戦えるよ」


「面白くってお前な…」



 私達も一応この時間は、何の武器を練習してもいい時間にはなっている。自分の得意な武器を伸ばすのが本当はいいんだけど、新人騎士はみんな剣の腕を磨こうとしている。


 まぁ剣が基礎になるし、汎用性が高いから初めはそれでいいのかもしれないけども。



「アリアさん…」


「ん?」



 床で倒れてた男達がいつの間にか起き上がり、私に目を向けた。

 その目は何故か、キラキラしている。



「どうか俺らを強くしてくださいっ!」


「え……」



 がばっと頭を下げられて、その勢いに思わず後退りした。



「アリアさんもロイも、俺らとは強さの次元が違う!だから指導してください!お願いします!」



 凄い大声と熱気。相当な熱量を感じる。

 こんなに頭を下げるくらい、強くなりたいの?

 まぁ今は指導員も少ないし…。少ないのは私のせいでもあるし…。



「うーん、まぁ、いいよ」


「やった!!」



 嬉しそうに雄叫びを上げてる彼ら。ちらりとジャックを見ると、あちゃー、と額に手を当てて困った顔をしていた。


 私はロイの言うことなんて聞かないからね。




 その後は彼らに一対一で試合させ、それを見ながらアドバイスを飛ばした。そして時に私が相手になって、助言しながら打ち合う。

 ユーリアも呼んで、ユーリアとも戦ってもらった。するとやっぱり私の思った通り、ユーリアが全勝した。


 そりゃそうだよ。ユーリアは強い方だもん。


 これには男たちも驚いて、余計に彼らのやる気に火をつけた。

 私と団体で戦ってなかった人たちも混ざって、皆にアドバイスしながらその日の訓練を終えた。


 夕飯でも声をかけられたが、そのほとんどが戦い方や魔物の話になって、昨日のような答えにくい質問はなくなった。

 うん、こういうのなら私は全然構わない。

 ジャックはそれでも止めようとしてたけど。




 次の日の訓練も同じようにしていて、手合わせを見てアドバイスしたり、直接手合わせしてアドバイスしたりしていた。

 そこに、野外訓練から帰ってきたロイが顔を出した。



「……アリア、なんで男と戦ってるの」



 少し低い声でロイが私に言う。

 ほんの少しだけ漏れてる殺気に、私と手合わせしてた男がびく、となって打ち合いが中断されたので、私もロイに向き直った。



「なんでロイの言う事聞かないといけないの?」


「…ジャック」


「俺が止めてもアリアが止まらないんだよ…」



 ロイがジャックに視線を向けたが、ジャックは首を振った。

 そしてロイはその空気のまま、私に近づいてきた。



「ロイ、どんな理由があるか知らないけど、私を縛り付けるようなこと言わないで。彼らが本気で強くなりたいと思ってるんだよ。手を貸してあげなくてどうするの」


「…本気?アリアは本気だと思ってるの?」


「もちろん。ね?」



 ね?と私が教えてた男性に目を向けると、彼はすごい勢いでぶんぶん頷いた。



「ほ、本気で強くしてもらう為に指導してもらってます…!」


「なら僕が相手でもいいね?」


「勿論です!」



 そうして帰ってきたばかりのロイが、私がさっきまで戦ってた男と戦うことになった。


 本当にロイの考えてることが分からない…。私から男の人を離れさせて何が目的なのか…。


 そう思いながら他の男の元に行こうとすると、ロイに声をかけられる。依然低い声のまま。



「どこに行くの、アリア」


「他の人に指導しに行くの」


「僕が全部やるから、アリアはやらないで」


「やだよ」



 ふい、とロイの言葉を無視して他の男の所に行く。そして行った先の男と、そばに居た男を打ち合わせてそれを観察する。


 するとすぐに隣にロイが来た。



「早くない?ちゃんと指導したの?」


「直すところは伝えたよ。…それで、次はこいつら?」



 こいつらって…口悪いな、ロイ。

 しかもまだ不機嫌だし…。殺気は収まったみたいだけど。



「そうだよ。こうすれば1度に2人見れるでしょ」


「……これならまだマシかな…」



 ぽつりとロイが呟く。

 そして私の方を向いた。



「アリア、君が彼らを強くしたいなら、協力する。だけど役割分担しよう?アリアは手合わせを見てアドバイスするだけにして。僕が一体一で戦いながら助言するから」



 真剣な顔でそう言うロイは、どうしても私を男の人と戦わせたくないらしい。



「理由がわからないと嫌。なんでそこまで私が戦うのを嫌がるの?」



 そこにどんな思惑があるのか、納得いく理由を説明してくれないと嫌だ。私はロイの手下じゃない。

 それに私も、彼らを強くしたい。彼らが強くなればこの国はもっと守られて、結界石が壊れた際の被害も少なく済む。


 だから、私にも説明できるなら、説明してくれないと。

 それが無理なら私だって無理だ。


 じっ、とロイの目を見つめると、ロイは少しだけ俯いた。



「…一体一で戦う時は、相手に集中して相手のことだけを見て、考えるでしょ。アリアが他の男で頭をいっぱいにするのが嫌なんだ。だからこれは、僕のわがままだ」



 少し声を落として彼は言う。

 わがままだと言った。それなら彼のその行動には、彼の組織の思惑はないのか?いや、それも含めてかも…。



「だから、交換条件にしよう。アリアには出来るだけ訓練で男と戦って欲しくない。それが嫌なら、僕は毎回訓練でアリアに挑むよ」


「えっ……」


「どれだけ僕から逃げようとしても、僕が斬りかかったらアリアは応戦せざるを得ないでしょ?そうするしか僕にアリアを止める方法はない」



 毎回挑まれたら確かに、他の人を相手にするなんて無理だ。ロイも中々の体力の持ち主だ。ちょっとやそっとじゃ終わらない。



「彼らを強くしたいなら、僕の案をのんで。手合わせしてる所に助言をするだけにするって。」



 私が直接戦って助言するのはだめ、と。

 ロイの目は至って真剣で、そこまで真剣になる意味がわからない。


 でも、私は彼らを強くしたい。そしてロイが彼らを相手に指導してくれるなら、きっと彼らも強くなる。ロイは指導も向いてるはずだから。



「…分かった。訓練で男の人とは戦わないようにする」


「…ありがとう、アリア」



 私がその案を飲むと、ロイはふわっと笑った。

 その笑顔は何故か、今までの胡散臭さが一切なかったように思えた。


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