7 街への散策
「見て見てアリア!これ美味しそうだよ!買おうよ!」
「落ち着いてユーリア。まださっきの串焼き残ってるよ」
はしゃぐユーリアをなんとか引き止める。ユーリアは手に持ってた串焼きに気付いて、それを口に入れる。
「食べ物は逃げたりしないから、落ち着いて食べて、ね?」
「むぐむぐ…」
今日は休みの日だったから、以前ユーリアと約束していた街へのお出かけだ。隊服ではなく普段着を着て、中央基地から出る定期馬車に乗ってコステル街に来た。
そして来るなり賑やかな屋台に釣られて、ユーリアが買い食いを始めた訳なんだけど…。
「おい、喉つまらせんなよ。飲み物買ってきたから」
ジャックが歩いてきて、両手の飲み物の片方をユーリアに手渡す。それをユーリアは受け取って、ごくごくと飲んだ。
「はい、アリアにも」
「ありがとう」
その後ろから来たロイが私にも同じ入れ物のジュースを渡してくれた。
それを1口飲む。林檎のジュースだ、おいしい。
「おいユーリア。そんなに食うと昼食えないぞ」
「大丈夫!お昼分のお腹の余白も残してる!」
すご…。あんなに食べててもまだお昼食べられるんだ…。
ユーリアは騎士団のご飯もとても美味しそうに食べていたし、食べることが好きなんだろうな。
「まずは必要なもの買いに行こう。ね」
ロイの言葉に頷いて、ジャックはユーリアを引き摺って歩き出す。私も彼らについて行く。
訪れたのは騎士団専用の道具屋。入って真っ直ぐカウンターに行き、店員に騎士団の紋章を見せる。するとこの店内での買い物が許される。
店内には色んなものが並んでいる。雑貨もあるし、隊服も武器も売ってる。騎士団に務める上で必要なものやあったら嬉しいものなどが売られているようだ。
「ロイ、アリア。自分のものはちゃんと目利きして選べよ」
ジャックに言われて、私たちは武器コーナーを見る。
そもそもここに来たのは、私とロイが自分の武器を持っていなかったから。
戦う武器は自分達で持ってきたものを使うことも出来て、大体の人が自分用のものを持っている。ジャックもユーリアも自分専用の剣を持っていた。
私とロイだけが持っていなかったため、ジャックとユーリアにここに連れてこられたわけだ。
多分ロイもだけど私も、支給される剣でいいやと思っていた。
持ってない人は剣を支給してもらえるが、重さも柄の太さも長さも何も選べないし、何よりかっこよくない。
だから皆自分だけの武器に憧れて、自分の持ちやすいもの、振り回しやすいもの、帯剣しやすいものを選んで持ってきている。
私とロイが持ってきてなかった理由は多分一緒。
何を使っても扱えるからだ。
訓練用の剣で私より強かったロイだ。彼も私同様、どんな武器を使っても全力が出せるように鍛えているのだろう。
いつ自分の剣が無くなって代わりのもので戦う時が来るかは分からないからね。
とはいえ選べと言われても悩む。どれも使えるから、使いやすいものっていう感覚がない。
軽ければ振り回しやすいし、重ければ重い攻撃ができるし。むむむ。
「アリアはこれとかどう?ほら、長すぎなくて使いやすいんじゃない?」
ロイが剣をひとつ私に手渡してくる。
ロイも適当に選んでる振りをしているんだろうか。
「うーん…そう、だね…」
「鞘も銀色でかっこいいよ。美しいアリアに良く似合う」
にこにこと笑顔を向けるロイに思わず冷ややかな目線を送った。
まぁどれを選んでも変わらないし、これでいっか。
「じゃあこれにするよ」
「いいと思う。僕はこれにしようかな」
そう言ってロイが手に持ったのは、長めの剣。黒い鞘の普通の剣だった。
適当に選んだんだろうな…。
無事に武器とその他必要なものを買い揃えて、お昼ご飯を食べに向かう。
ふらりと街を歩いて、ユーリアがここ!って決めたところに入った。
そこは街の食堂で、お昼時だからか賑わっている。
空いてる席に座って注文し、料理が来るのを待った。
「ユーリア、まだそんなに食べれるの…?」
「へへ、食べれるよー!」
ユーリアはハンバーグのランチセットの大盛りを頼んでいた。あれだけ屋台で色々食べていたのに、大盛り。どれだけ胃袋大きいの…。
「そんなに食べるんじゃ、基地のご飯は物足りないんじゃない?」
「物足りなくはあるけど、充分動けるから問題ないよ!」
ロイに聞かれても元気いっぱいに答えるユーリア。
あ、やっぱり物足りないんだね。そりゃそうだよね。こんなに食べる人があれだけで足りるわけないよね。
「俺とユーリアは貧しい町から来たんだ。だから食事が足りないことなんて慣れっこなんだよ」
「そうなんだ…」
ジャックの言葉にユーリアもうんうん、と頷く。2人の顔に悲壮感はない。だから私もそれを聞いて哀れんだりはしない。
この国は上層部の腐敗が進んでいるから、地方の小さな町や村は困窮していたりする。2人もそのうちのどこかから来たんだろう。
全く、本当にこの国は、もう。
「その経験は騎士団できっと凄く役に立つと思うよ。野宿になれば何も食べられるものが無いなんてこともあるだろうしね」
ロイがそう言うと、ジャックはありがとな、と言ってロイの肩を叩いた。
ロイなりに励ましたんだろうか。うーん、言ってることは正しいのに、その顔が胡散臭すぎて分からない…。
お昼も食べ終わり、私達は広場の大道芸人を見ることにした。
始まるまで少しあるので、私はみんな分のジュースを買いに行ってくると言い残して席を立つ。
ここからそう離れていないところに、ジュースが売ってたはず。今朝はロイとジャックに買ってもらったし、ユーリアに屋台のいちご飴もさっき買ってもらったばかりだ。今度は私の番だろう。
ジュース屋を見つけて並ぼうとした時、目の前に男の人が立ちはだかった。
「お姉さん1人?良かったらお茶しない?」
あ、ナンパだこれ。
ニヤニヤしてる男の人をみて、面倒だな、と思って横に避けようとしたら、横にも同じくにやにやした男の人がいた。
「そんな警戒しないでって。ちょっと話そうよ」
「そうそう。お姉さんが可愛いからお近付きになりたいと思っただけなんだよ」
にやにやしてる男達は、素直にどいてはくれなさそうだ。
どうしようかなぁ。騒ぎを起こすのもあれだしなぁ。
と思っていると、ニヤニヤした男が私に手を伸ばした。
だけどその手は私に届くことなく、私の横から伸びてきた手に掴まれている。
「触るな」
底冷えするような低い声と、殺気。私と手合わせした時程じゃないけど、大の男2人をびびらせるくらいには殺気を放っているロイが、隣から男の手を掴んでいた。
「金輪際彼女に近付くな。殺すぞ」
「ひぃっ…」
男2人はガクガク震えて、足をもつれさせながら去っていった。
ふわ、と彼の殺気が散って、私にいつもの笑顔を向けてくる。
「大丈夫だった?」
この胡散臭い笑顔に助けられたと思うと少し癪だけど、まぁいいか。
「うん、ありがとう。どうしようか迷ってたから」
「アリアも殺気出せばいいのに」
素直にお礼をいえばロイは少しだけ嬉しそうな顔を浮かべて、私にそう言う。
うーん、殺気かぁ…。
「私殺気は出せないんだよね」
「え、どうして?」
「殺そうとしてないから?」
主の命令により、人間は守るものだ。どんないい人も悪い人も、私達天上の住人は、人間を傷つけることはしない。守らなくてはいけない。
だから結界石を壊すのもなるべく騎士が集まったタイミングを狙うし、ひとつのところが落ち着いてから次に移ってる。
主にとって人間は守り慈しむもの。主の気持ちに沿わないことはできない。
私の言葉にロイは不思議そうな顔をして、そうなんだ、と言った。
そのまま一緒にジュース売り場に並ぶ。
「アリアは何ジュースが好き?」
「え?うーん…これと言ってすきなものは無いかな…」
食べなくても平気な種族だ。だから食べることに重きを置いて無いし、好きな物も特にない。
美味しいか美味しくないかはわかるけど、食べたいものっていうのはない。
「じゃあさっきの林檎のジュースは美味しかった?」
「美味しかったよ」
「そっか。じゃあ今度は違うジュースにしてみよう」
そう言ってロイは私にオレンジのジュースを選んでくれた。全員分頼んでロイが払おうとするので、無理やり払った。
私が奢るために来たのに、ロイに奢られたら意味が無い。
そしてユーリアたちの元に帰ろうとする私を、ロイは呼び止めた。
「アリア、待って」
「ん?」
ロイが手に持つジュースの片方を私に差し出す。
「これ僕のだから、飲んでみて」
「……」
少し疑いつつも、ロイの差し出してきたジュースのストローにくちをつけた。
ロイのジュースは葡萄のジュースだった。
「どう、美味しい?」
「美味しい。ありがとう」
「どういたしまして。それで、自分のも飲んでみて?」
意味がわからないまま自分のジュースにも口つける。
オレンジのジュース。サッパリしていておいしい。
「美味しいよ」
「今朝飲んだ林檎のジュースと、僕のとアリアの。どれが1番美味しかった?」
ロイに笑顔でそう聞かれて、私は首を傾げた。
どれが美味しかった、か…。
「強いて言うなら、葡萄かなぁ」
「じゃあこの中では葡萄のジュースが好きなんだね。はい、あげる」
「えっ」
ロイが手に持ってた葡萄のジュースを私に差し出す。
「僕がオレンジ飲むよ。アリアにはアリアの好きな葡萄のジュースあげる」
「え、いや、強いて言うならってだけで、オレンジが嫌いなわけじゃ」
「うん、分かってるよ。でもどうせなら好きな物飲みたいでしょ?」
でしょ?って言われても…そういうものなのだろうか…。
困惑したままだけど、ロイは葡萄のジュースを私にくれる気満々で、私はそれを受け取ってオレンジのジュースを渡した。
「そういえば、ストロー交換してもらう?嫌でしょ?」
「ん?むしろ役得かな」
聞いた直後、ロイがオレンジのジュースを飲んだ。私が口つけたストローにそのまま口をつけて。
………。
「あれ、私がおかしいのかな…。関節キスは恋人同士がやるものじゃなかったっけ…」
「合ってるよ。僕はアリアと恋人になってもいいからね」
「私は嫌だ」
残念だなぁ、とちっとも残念がってないロイが笑った。
気持ちが入って無さすぎて笑える。ハニートラップならもう少し上手にやらないと。
「まぁそれはともかく、プライベートで僕以外と関節キスしたら怒るからね」
「いやロイともしないし」
「僕とはしていいよ。むしろしよう?」
ふざけたこというロイを置いて歩き出す。私を追いかけるようにしてロイも着いてきた。
私がプライベートで関節キスをして怒る意味もわからないし怒られる意味もわからない。
「遅かったね、なんかあった?」
「アリアが男に絡まれててね」
「うわぁ、そっか、アリア綺麗だもんね。ロイが行ってくれて良かったよー」
ユーリアは私のことを心配そうに見てきたので、大丈夫だと言うと、良かったと笑った。
ユーリアにジュースを渡して隣に腰掛けると、ロイもジャックにジュースを渡して、何故か私の隣に座ってきた。
「えっ」
「隣、いいよね?」
「いいと思う!」
ロイの言葉に答えたのはユーリアで、ロイはそのまま私の隣に落ち着いた。
ちらりとロイの顔を見ると、バッチリ彼と目が合って、彼は妖しく笑う。
「楽しみだね」
…あぁ、面倒くさい。
「楽しかったねぇ!」
「凄かったな、最後のやつ!」
興奮冷めやらぬユーリアとジャックが、2人で盛り上がっているのを後ろから眺めて歩く。
「面白かったね」
「…そうだね」
隣にいたロイがそう聞いてきたので頷く。確かに面白かった。大道芸人のショーは。
ただ横からの視線が半端なかった。ロイからの視線をショーの時間の半分くらいは感じていた。
だからあんまり集中は出来てない。
「今度は2人で来ようよ。オススメしたカフェにも行けてないし、ね?」
ロイが私を街に誘った目的のカフェは今日は行けてない。私達の武器を買うのが優先になったからだ。
「機会があったらね」
「機会なら作るから大丈夫だね。楽しみだなぁ」
あ、なんか失敗したっぽい。




