6 恋とは(ロイ視点)
ロイドの代わりにロイ・ファストとして騎士団に入団した。素性がバレることはないだろうが、あまり目立つ行動は避けた方がいいだろう。
と思ったのも最初だけで、新人騎士が集まったその場に一際輝くあの子を見つけて、目立たないなど言ってられなくなった。
隊服を身につけていてもわかるその美しさは、新人騎士だけでなく先輩騎士の目も奪っていた。
これは、むしろ目立って彼女を守らないと。
なんで守らないとって思ったのか自分でも分からないが、彼女が他の男に視線を向けられるのは嫌だった。
自分だけが彼女を見ていいのだと本気で思った。
入団式が終わってすぐに声をかければ、彼女は少しだけ驚いて呆れたような顔をして去っていった。
覚えててくれたことに喜びを感じる。
彼女の名前は知ってる。アリア・ルーン、18歳だ。入隊までにできる限り調べさせた。
出身はこの国の東に位置する街の孤児院。14の時に孤児院を出て、街で働きながら剣を習い、18で騎士になれる時を待っていたそうだ。
それが作り物の経歴だなんてのは彼女を見れば分かる。彼女の動きや仕草は、孤児院育ちじゃない。庶民に寄せているけど、所々に上品な仕草が出ている。
それに何より、その身体能力の高さと剣の腕は、普通に生きてきた18歳の女性が身につけられるものじゃない。
彼女と剣を打ち合ったあの瞬間は、とても充実感に溢れた。彼女は今私だけを見ている。私だけに集中していると思ったらとても嬉しくて、手加減して試合を長引かせていた程だ。
だが彼女も手加減していて、どこまで力を見せるか測っていたようだった。
あまりに長く打ち合っていたから、彼女が時計を確認した時はイラついた。折角私だけを見てくれる時間なのに、なぜ他に意識を寄越すのか、ムカついて剣で押し込んだ。
それをしっかり受け止めて、今度は彼女が押してきた。ゆっくり力を入れて押してくる彼女。力を押すにつれて顔が私に近付いてくるのが嬉しくて、ついついそれを口に出したところ、頭突きを食らわされた。
そんなに痛くはなかった。とはいえ当ててきた彼女は少し痛いかもしれないと、彼女を心配した。
どうやら私は、彼女が痛い思いをするのは嫌なようだ。
彼女はその強さも相まって、新人騎士の中ではかなり人気になった。
「アリアさん、かっこよかったよなぁ…」
「あんなに綺麗なのに強いとか、最強じゃね?」
「俺はドジっ子っぽいユーリアさんもいいなぁ」
公衆浴場で、同期の男たちの会話がよく響く。
第2部隊に女性騎士が少ないというのもあって、アリアもユーリアも人気だ。だが圧倒的にアリアの方に軍配があがる。
「あんなに強くてカッコイイのに、ベッドの中では甘えただったりしてー…」
「ねぇ」
妄想を始めた男たちにすかさず声をかける。
わざと恐ろしく見えるようににこりと笑うと、彼らはびくっと肩を震わせた。
「アリアは僕の友人なんだ。下世話な妄想はしないでくれるかな」
「お、おう…」
「悪いな…」
居心地悪そうな表情を浮かべて、彼らは浴場を出ていく。
彼らが出ていくのを横目でずっと睨んでいた。
「おいおい、やっぱりロイってアリアのこと狙ってんのか?」
ふぅ、と言いながら隣に座ったジャック。
彼はおおらかな性格で、正直だし素直だし、接していても楽だ。
まぁ彼に声をかけたのは、アリアの同室のユーリアの幼なじみだと知っていたからだが。
「狙ってる…?」
「アリアと付き合いたくて狙ってるのかってことだよ!」
「アリアと、付き合う……」
それはこの間も私がグレに向かって否定した、愛だの恋だのの話のはずだ。私はアリアに向けてるこの気持ちはそうじゃないとは思っていたが、ジャックからはそう見えるのか?
「僕はアリアを狙ってるように見える?」
「そりゃあんだけ牽制してればな」
「牽制…してたのか…」
「なに、自覚ないのか?」
ジャックに言われて私は困ったような顔をうかべた。
自覚も何も、これはそんな綺麗な感情じゃないだろう。どう説明していいのか悩むな…。
「なんか難しいこと考えてるだろ」
「うーん…」
「単純に考えろよ、ロイ」
ジャックにビシッと指をさされた。
「アリアにキスしたいか」
「……は?」
「キスしたいのか、したくないのか、どっちだ」
アリアと、キス?
アリアのあの細い声を、あの棘ばかりの言葉を吐くあの口を、私の口で塞ぐというのか?
それは…なんだかとても、心が満たされる。
「したい」
「じゃあそういう事だ」
「…本当に?僕はもっと黒い気持ちも持ってるよ。それも含めてこれはそういう事だと言えるの?」
恋とかそういう綺麗なものは、こんなに黒いものなのか?
そう思ってジャックに問いかけると、ジャックは僕の顔を見て笑った。
「愛が重いだけだ。たまにいるよ、そういう奴」
「……そうなんだ」
こんな暗い気持ちを抱えて恋と呼ぶ人が、他にもいるのか。
それならこれは恋なんだろう。
そう決めるとすとんと心の中に入ってくる。心の底から納得したような感じがする。
そうか、恋。これが、恋。
「でもロイくらい顔が良くて強ければ、恋なんて沢山してそうだったけどなぁ。…もしかして初恋?」
「…この気持ちは今までに抱いたことは無いね」
もし抱いていたらとっくに誰かを閉じ込めて、私は祖国でその人の傍で生きているだろう。
それに、こんな重苦しい感情を、一生のうちに何度も抱けるものでは無いと思う。
私の言葉にジャックは愉快そうに笑って、私の肩を強めに叩いた。
「ま、応援してるぜ!アリアは手強そうだけどな!」
私はジャックにありがとうとだけ告げて風呂を出た。
翌日から、アリアに群がる男が増えた。アリアと手合わせしたいと言っているが、それを機に話したいという魂胆が透けて見える。
それが気に食わなかった私は、新人騎士の全てと手合わせをした。
私とアリアが同じレベルだと彼らは思っている。だから、私でも構わないだろうと言いくるめて、片っ端から威圧して打ちのめした。
その中でもアリアを狙おうとしている男には、打ち合いながら小声で、アリアに手を出すなと脅しておいた。
その効果が出たのか、終わる頃には皆が私に恐怖の目を向ける。
それもそうだろう。私の威圧は慣れてない人からすれば恐怖を覚えるものだ。それに殺気も混ぜたら彼らは立っていられないだろう。
全て叩きのめしてアリアを盗み見る。彼女は私の言葉通り、ユーリアを指導している。
ユーリアからの剣をひたすら受け続け、アドバイスをしながら剣を受け止めている。
少しすると今度は逆転して、ユーリアが受け続ける番になる。するとアリアは程々の力でユーリアを押す。
その力が私と打ち合った時よりも弱いのを感じて、自分だけが特別だと少しの優越感を感じた。
次の日は、第2部隊第3班が私達の指導に当たった。本当は計3班で指導にあたる予定だったらしいが、大半が魔物討伐で出払っているそうで、人が足りてないらしい。
その原因はすぐそこで涼しい顔しているアリアだ。ちらりと彼女を盗み見たけど、なんてことない顔してた。
何を思っているんだろう。
私とアリアは周りと一線を画す強さだったから、班長自ら指導してもらえることになり、野外訓練場に連れて来られた。
そして告げられた、本気で戦えと。
本気でだと?それでアリアに傷がついたらどうしてくれる。
拒否しようとしたが、アリアはやる気のようで、さっさと位置について構え出す。
仕方ない、とため息をついて、私も位置についた。
アリアは強かった。その細い体のどこにそんな力がっていうくらい重い攻撃と、その素早さ。その目はこの間のように余計なことは考えてなくて、集中して私を目に写している。
それに喜びを感じてはいたものの、それを享受してられるほど彼女は甘くない。こちらも本気を出さなければいけないくらい、彼女は強かった。
だから私も本気を出した。本気の攻撃と、本気の殺気。
私の気迫にたじろぐことなく、彼女は私の剣を受け流しては攻撃にうつる。
こんなに本気で戦えたのはいつぶりだろう。人より身体能力の高かった私は、剣を極めると戦える相手がいなくなっていた。私のこの重い一撃を受け止められる人など、いなかった。
本気で打ち合うというのはこんなにも楽しいのか。
アリアの首に刃を当てて、お互いの動きが止まる。
思い出したように肩で息をして、アリアの首から刃をとる。すぐに傷がないか確認したけど、ないようだ。良かった。
アリアは私に強いねと言ってくれて、その顔はいつも私に向ける疑いの目と違って晴れやかだ。
そして、優しく微笑んでいる。
胸がぎゅっとなった。
なんだ、これは。
アリアの微笑みを見ただけで、なんでこんなにも胸が苦しい?
こんなにも胸が苦しいのに、ずっと見ていたい。
すぐにいつもの顔に戻った彼女を見て、もう一度見たいと心が叫んでいる。
どうすればもう一度見せてくれるのだろう。本気で戦ったのが楽しかったのか?でもほんの少しでもアリアのことを傷つけるのは嫌だから、なるべく彼女と本気の手合わせはしたくない。
考えを巡らせていると、班長は私達への対応に困って、隊長に指示を仰ぎに行った。
「強すぎて、疑いを持たれたかもね」
「でも後ろめたい人が目立つ真似する?」
「それもそうだね」
気を取り直して彼女に話しかけるも、彼女の顔はいつもの私を疑う目。
まぁそれも仕方ない。私が表情を取り繕っているのも彼女は見抜いているんだろう。
「アリア・ルーンっていう設定に、ボロはないよね?」
騎士団に入団出来たくらいなのだから、それなりに裏工作は済んでいるんだろうとは思うが、それがどれほどかは分からない。
もしその強さを疑って調べられた時にボロが出ては不味いだろう。
「ないよ。根回しも済んでる」
「僕もだ。なら大丈夫だね」
調べられても大丈夫なのだろう。なら安心だ。
まぁ先程のアリアの言葉通り、諜報員なら目立つ行動は避けるはずだから、私達の強さを疑問には思っても、間者の疑いは持たないだろう。
「ロイは…諜報員なの?」
アリアはぽつりとそう言ってきた。
アリアに自分のことを質問されるのはとても嬉しい。私に興味を持ってくれたような気がして歓喜に満ち溢れる。
「そうだよ」
だから私はなんの迷いもなく答えた。
「言っていいの?私に」
「もちろん。君の共犯者になりたいからね」
その気持ちは本当だ。だけどもうひとつ、感じたのは、アリアに嘘をつきたくないということ。
何故か嘘をつきたくなかった。ずっと疑われているのに。ずっと嘘の表情をしているはずなのに、言葉まで嘘にしたくなかった。
「君のことも知りたいな。君も諜報員なのかな?」
「…違うよ」
私が教えたからか、アリアは答えてくれた。
諜報員じゃないとは驚きだ。ならなんのために結界石を壊して騎士団に入ってるというのか。
「私はただ1人の主のためだけに行動してるだけ。どの組織にも国にも属してない」
ただ1人の主のためだけに。
ゾロリと醜い嫉妬心が溢れてくる。
いけない、私が感情をコントロール出来なくなっては、諜報員として失格だ。
「……なるほど。その主はどこかに属していたりするのかな?」
「……さぁ」
そう聞いたものの、はぐらかされてしまった。
そうはぐらかすのを見る限り、彼女も今までの言葉に嘘はついてなかったのだろう。
「流石にそこまで言える関係では無いよね」
「私に聞きたかったら自分から話すのが礼儀でしょ?」
「それもそうだ。礼儀がなってなかったね、ごめん」
それって、私が全部話したら、君も全部話してくれるというの?
一瞬浮かんだ期待を急いで打消して、口を噤む。
それはだめだ。彼女が何者かも分かっていないのに、自分の情報を全て晒すのは、私のいる組織や国をも危険に晒す。
一瞬でもそんな考えをもった自分が信じられなかった。
もしジャックの言う通り、これが恋なら。
今までの全てを捨てようと思ってしまうなんて、厄介なものだ。
ミイラ取りがミイラになるなんて、あってはならない。
だけどこの激情も、今更消すことなんてできない。消えやしない。
とても困った状況なのに、何故か楽しんでいる自分がいた。




