5 彼は諜報員
「今日から第3班が指導にあたる。本当はもう2班指導してくれるはずだったんだが、結界石の壊れた街で事後処理に当たってる。1人で数名見ることになるが、頑張ってくれ」
「はい」
第3班の7名が、私たちの前に出た。7名で私達30名くらいを見るのか。中々大変そうだ。
その大変そうにさせた張本人は私だけど。
でもそろそろ2つ目に壊したところも、瘴気が抜けて魔物の出現も穏やかになる頃だろう。
説明をしてくれた副隊長が、そのまま私達の名前を読み上げて、第3班の人1人につき、4人から5人を割り当てられる。
そして私は最後に、班長に割り当てられた。それもロイと2人だけ。
「では各々指示に従うように!」
その言葉を合図に、各自色んなことを始める。教える側は予め誰を見るか聞いていたのだろう。同じような欠点を持つ人を集めていると思う。
私は班長を見る。私とロイは強かったから2人だけ別で班長に割り当てられたのだろうか。
「よぉ、お前らだな、すげー強いやつってのは」
大きな体で、少し態度を悪くしてケラケラ笑う班長。
それになんと答えていいか分からず黙ってると、ロイが私より前に出た。
「新人騎士の中では、の話ですけどね」
「ははっ、そりゃそーだよなぁ。……そんで、お前らにやってもらう内容なんだけどよ」
ちょいちょい、と手招きされて、班長のあとを着いていく。
訓練場の外に向かってるけど、出てもいいのだろうか。いやまぁ班長が来いって言ったんだから、いいんだよね?
何も話さずついて行くと、班長は私たちを野外訓練場に案内した。
屋内の訓練場より遥かに広いそこは、私達が午前中の体力トレーニングで使っているところ。だけど今は誰もいない。
「ここならなんの気兼ねもなく、全力で戦えると思うんだよな」
そう言いながら班長は訓練場の中央まで足を進めて、止まって振り返る。
「ここでお前ら、戦って見せろ。…勿論、本気で、な」
少し鋭い目を私達に向けて、班長は腕を組む。
以前の私たちの戦いが本気でないことなんて、とっくにバレていたらしい。まぁバレるよね、あんなにおしゃべりしてたし。
班長は私達に刃を潰した剣を寄越してきた。
確かに、本気なら木刀は折れるだろう。そこまで織り込み済みってことか。
班長から少し離れて剣を構えると、私を見たロイも諦めたように私の正面に立つ。そして剣を構えた。
なんの音もせず、風だけが吹いた。
班長の始めの合図とともに、私たちは足を踏み出す。
以前の打ち合いとは比べ物にならないくらい、ロイは素早い。そして一撃が重い。私がただの人間なら、とっくに押し負けていた。そしてこの一撃は、木刀なら間違いなく折れていた。
彼の攻撃は流すようにして、なるべく正面から受け取らないようにする。とはいえ彼もただ流されるような馬鹿では無い。だからこそこちらも防御だけに専念せず、攻撃を仕掛ける。
私の攻撃も彼にはやはり受け止められるか流される。
彼の目は、本気の目だった。いつも私に向けてくる、ふざけた外面の顔ではなかった。
本気の威圧と、殺気。久々にこんな圧を感じた気がする。人間がここまで出来るのは凄い。
それに彼の素顔を見れた気がして、少しだけ胸のすく思いだ。
彼の剣の腕は尊敬に値するけど、やっぱり目的が分からない。私に構う理由も、私の手助けをすると言った理由も。
どれくらい時間が経ったのか、重く激しい打ち合いを制したのは、ロイだった。
私の首にロイの剣の刃が当てられていて、そこでようやく息を吐く。
はぁ。久しぶりにこんな本気の戦いしたなぁ…。私に勝てるなんて、ロイはめちゃくちゃ強いんだなぁ…。
今まで息を止めてたかのように荒く呼吸をして、ロイは私の首から剣を外す。
「怪我はない?」
「全く。強いんだね」
「アリアもね。久々にこんなに本気出せたよ」
いつもの胡散臭い笑顔に戻ったロイは直ぐに私の首を確認して、そこになんの傷もないとわかるとほっと息をついていた。
「私も久しぶりに本気出したよ。楽しかった」
「またやろう。木刀じゃない時にね」
少しだけロイの見方が変わった。ロイとの手合わせは本当に楽しかった。
あの顔は間違いなく素の顔だし、本当のロイと対話した気がした。
「おーおー、お前ら、予想以上だな」
班長がゆっくり私達に近づいてくる。
班長は頭をポリポリと掻きながら、うーん、と首を捻る。
「これはちょっと俺の手には負えねぇな。ちょっくら副隊長に聞いてくるから、ちょっと此処で待っててくれや」
近付いてきたかと思えば、そう言って私達に背中を向けて、屋内訓練場のほうに向かっていってしまった。
取り残された私たちは声を出すことなくそれを見送っていて、そして声が届かないくらい遠くなってようやく、ロイが口を開いた。
「強すぎて、疑いを持たれたかもね」
「でも後ろめたい人が目立つ真似する?」
「それもそうだね」
間者や諜報員なら、周りに馴染むようにするはずだ。だから少し疑われはしても、そこまで大きな疑念は抱かない…はず…。
まぁ疑われて調べられても、おかしな所は出てこないはずだ。
「アリア・ルーンっていう設定に、ボロはないよね?」
…それが設定だっていうのも、気付かれてるのか。
まぁ結界石壊すのもバレてるし、アリアが設定だってことがバレたとしても大して変わらないか。
「ないよ。根回しも済んでる」
「僕もだ。なら大丈夫だね」
そっか、ロイも設定か。そりゃそうだ。結界石を壊すのを手伝いたいなんて言うんだ。他国の人間だとも言ってたし、当たり前か。
「ロイは…諜報員なの?」
「そうだよ」
…。さらりと、告白するね。
隠す気がないのだろうか。結構重要な事だと思うんだけど。
「言っていいの?私に」
「もちろん。君の共犯者になりたいからね」
にこりと笑ってロイは私を見る。
「君のことも知りたいな。君も諜報員なのかな?」
「…違うよ」
否定すると、ロイは少しだけ驚いたようだ。諜報員だと思ってたのかもしれない。
だって他国の諜報員じゃないなら、なんでこんなことしてるのかって思うよね。
「私はただ1人の主のためだけに行動してるだけ。どの組織にも国にも属してない」
「……なるほど。その主はどこかに属していたりするのかな?」
私個人が属していなくても、主が属していれば私はその組織からの間者となるだろう。
私がどこの国の、もしくはどこの組織のものなのかが知りたいんだ、ロイは。
「……さぁ」
濁すようにそう答えると、ロイは少し眉を下げてふっと笑った。
「流石にそこまで言える関係では無いよね」
「私に聞きたかったら自分から話すのが礼儀でしょ?」
「それもそうだ。礼儀がなってなかったね、ごめん」
謝りつつもロイはそれ以上自分のことを話すつもりは無いみたいだ。私が何者か分からない以上、彼も私に迂闊なことは言えないのだろう。
まぁそのまま言わないでいてほしい。余計なことに巻き込まれるのはゴメンだ。
どうせこの騎士団にだって、結界石を壊すまでの数年しか滞在しないし。
少しして戻ってきた班長は、教えられることがないから自分なりに練習しろとの指示を出してきた。
どうやら私もロイも、自分の戦い方をしっかり知っているから、教えることが無いみたいだ。
仕方なく私とロイは、再び手合わせをすることにした。
今度はもっと、手を抜いて。
「えぇー、ロイと本気で戦ったの!?見たかった…!」
夜にベットに入りながら今日のことをユーリアに告げると、彼女は椅子に座りながら羨ましそうに言う。
そんなに見てて面白いものでは無いと思うんだけどなぁ。
「でもそうかー。アリア負けちゃったかー。どんまい!」
「ありがとう、ユーリア。ロイは凄く強かったよ」
本当に強かった。人間の身でありながらあの気迫と力強さ。今までどれだけ頑張ってきたのかってくらい。
そう思ってると、ユーリアはうーん、と首を傾げる。
「でもアリアとロイが本気の殺し合いをしたら、多分アリアが勝つと思うんだよね」
「なんで?」
「だってロイはアリアに傷をつけられないじゃん?」
当然のように言われてぽかんとする。
なんだそれは。誰に聞いたんだそんなこと。
「あれ、気付いてない?ロイはアリアのこと傷つけたくないと思ってるんだよ」
「……なんでそう思うの?」
「だって昨日の手合わせでも、頭突きしたアリアに痛くないか心配してたし、その後の夕飯の時も、アリアが痛い思いするからダメって言ってたじゃん」
確かにそんなこと言われたなぁ。
「社交辞令じゃない?」
「違うよ!ロイ私のことは心配してくれたことないよ!?」
バッと立ち上がって、ユーリアは寝転ぶ私の方に来て私と顔をちかづける。
その目は期待に溢れてキラキラしている。
「アリアだからだよ!」
「違うと思うけどなぁ」
私が否定すると、ぷくっと頬を膨らませて椅子に戻って行った。
ユーリアは、ちょっと特別扱いを見たら恋とかに繋げたがる歳だからね。そう見たくなっちゃうんだよね。
でもロイのあれはそういうんじゃない。きっと私を使えると思ってるから、他の人より少し大事にしてくれるだけ。私に利用価値があるうちは心配してくれるだろう。
顔もいいし、上手く私を引き込めれば、っていうハニートラップも兼ねているんだろう。そういうのには今まで何度か経験がある。それと同じ目をしていたから。
まぁそんなのに引っかかるほど私は馬鹿じゃないとは思ってる。私達天使は人の気持ちに敏感ではないけど、そう易々と心を奪われたりもしない。
だから大丈夫。
それに彼は私を信用していない。そして私も彼を信用していない。
それをお互い分かっている。
私たちの間にあるのは愛とかいう温いものじゃない。利用するかされるかだ。
ユーリアの期待通りにはならないよ、ごめんね。