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37 天使との戦い(ロイ)

 

 アリアと別れてから5日経った。彼女が指定した1週間以内というのが残り2日になった。本当に来るのだろうか。

 もし来なかったとしても、私が出来ることはない。私には、待つしかできない。


 でもアリアは約束を破るような人ではない。だから来てくれることを信じている。

 きっと私への返事を考えて来てくれるんだろう。



 断られたらどうしようか。どうやって引きとめようか。諦めるつもりはさらさらないが、アリアに飛ばれてしまっては追いかけようもない。だから断られたらどうにか引き止めなくてはいけない。


 とはいえアリアを傷つけたくないし、手足を縛っても強引に逃げ出しそうな気がする。縛られてるところを切り落とされでもしたらとんでもない。

 それにあまり酷いことをすると神が出てくる可能性がある。



 だからどうにかアリアの意思で残ってもらわないと。

 もうすでに新しい任務を受けていたら無理だが。神を最優先するアリアが、そちらに行かないわけが無い。


 その時は、任務が終わったら来てくれるように頼むか…。いや、いっそのこと私も手伝えるなら手伝いたい。そうすれば一緒にいられる。


 私はアリアに頼み込むしか方法は残されていないのか?






「殿下、こちら騎士団の報告書です」



 部下に渡された報告書に目を通す。1番上にある紙には、残ると決めた者の名前と所属する予定の部署、それと1番下には騎士を辞める者の名前が書いてある。


 元々愛国心がある人は少なく、だから辞める騎士も少ない。そして予想通り、私とアリアのいた第2班のメンバーや、ジャックとユーリアも残るようだ。


 元第2部隊の彼らは実力が足りないが、帝国騎士から教われば才能を発揮するだろう。惜しいと思う人材は多かったから。



「問題なさそうだな。聖職者達はどうなってる?」


「神がお怒りだと騒いでいます。天使を出せ、とも」


「一体何に怒ってるのか聞いてみたいものだ」



 何に対して神が怒るというのか。結界石を壊したのは神の指示だし、帝国がファンダート王国を取り込んだことを神が嫌がるようであれば、アリアはもっとそういう態度を取っていたはずだ。


 元ファンダート王国の聖職者達は、まだ神に愛されし国だと思っていたのだろうか。もしそうなら、天使により結界石を壊させたりしないだろう。

 未だにあれの理由は分からないが、神の寵愛はとっくに無くなっていたのだと言うことだけはわかる。



「聖女はどうだ」


「神殿にてずっと祈っておられます。ですが、神託により自分は殿下の妻になるのだと言い張っておりますが」


「面倒だな…」



 聖女は普通の聖職者と違い、神に選ばれた存在。ぞんざいに扱ったらそれこそ神が怒るだろう。

 なぜ結界石を壊す時に聖女になんの神託もおろさなかったのかが疑問だが、聖女の扱いは丁重にせねばなるまい。


 とはいえ神託で神がそんなことを言うか?神が人間の縁を気にするなど聞いたことがない。

 本当に聖女なのか疑いたいところだ。



「その神託は放っておけ。私は神託をおろされても、アリア以外とは結婚しない」


「…ですが殿下、天使が人間と結婚するでしょうか……」



 勿論そんな話も聞いたことは無い。天使は人間とは違う存在なのだ。その体も人間とは違うし、寿命も違うらしい。似てるようで違う生き物だ。

 人間と番うことが出来るのかも分からない。



「アリアが考えると言っていたから、無しではないだろう」



 完全に無理ならすぐに断るはずだ。それこそまだ人間の振りをしていた時でも、彼女なら断ったはず。

 それをせずに考えるのなら、可能性はあるのだ。もしかしたら人間が知らないだけで、過去にそういう事例もあったのかもしれない。


 だから私は希望を抱いている。

 まぁそれも、彼女が私に会いに来てくれないと何も始まらないが。




 アリアを迎え入れる準備は1番に済ませている。服も仕立ててもらってるし、アリアの部屋も整えてある。皇太子である兄宛てに手紙も出していて、天使を好きになったこと、彼女以外を娶るつもりは今後ないことを告げている。


 兄からの返事には、私を激励する言葉が並べてあった。私の気持ちを分かってくれたんだろう。


 私が未婚のまま一生を終えても、国に迷惑はかからない。この領地も10年ほどしたら幾つかに分けて別の人間に任せるだろうし、皇太子妃は去年男児を産んだ。跡継ぎも問題ないだろう。



 第3王子という我儘の許される立場に甘えて、ただ1人を追い求める。それだけ許してくれれば、私は今後も国のためにどんなことだって頑張れる。

 私が求めてるのはアリアだけ。





「……殿下の相手は普通の女性では勤まらないと思っていましたが……。天使は想定外ですよ…」


「私は天使のアリアを好きになったわけじゃないからな」


「分かってますって。はぁ、あの殿下がこんなに女性に熱をあげるとは…」



 以前の私の女性関係のことを言っているんだろう。私は割と女性にはあっさりしていたから。


 第3王子といえども寄ってくる貴族は多く、そういう女性は相手にしない。下手に相手にして、兄達の迷惑になる可能性があったからだ。

 かと言って女性関係がゼロでもなく、任務で関わることもあれば、娼館の世話になったこともある。


 ただ、皇太子の兄が子供を持つまで、用心しなければいけなかった。それまで結婚するつもりもなかったし、特定の相手を作るつもりもなかった。



 かといって兄に子供が産まれても、一緒になりたい相手など見つからなかったが。アリアに会うまで。



「まぁいいですけどね。殿下が幸せそうならそれで」


「今は幸せじゃないが」


「出会えたことが幸せじゃないですか」



 そんなものだろうか。出会えて幸せでも、手に入らなかったらそれ以上の地獄だろう。出会わなければ良かったとすら思ってしまいそうだ。

 手に入らないのなら、こんな重い感情は邪魔でしかない。きっと私はダメになるだろう。



「殿下が天使様を射止めて下さることを願ってますよ」


「……そうだな」



 私も、アリアが私の元に来てくれるのを願っている。



 その時、窓の方からカタン、と音がした。

 人の気配はしなかったから、部下の1人が警戒して窓の方へ様子を見に行く。



「…あれ?何も無いですよ。風ですかね?」


「……風?」



 そんな風には聞こえなかったが。


 私も立ち上がって窓の方に向かうと、窓の向こうのバルコニーに翼を生やした男が立っていた。



 急いでバルコニーの扉を開けると、こちらを向いていた彼と目が合う。



「おー、この間ぶりだな、王子サマ」


「…あなたは、アリアと一緒にいた天使ですね」


「そうだ。フィルヴェントだ。やっぱりあんたは俺たちが見えるんだな」



 天使フィルヴェントはそう言ってニヤリと笑う。

 アリアが驚いていたように、やっぱり彼らの姿を見える私は特殊らしい。



「王子サマ、ちょっと面貸してくれよ」






 天使フィルヴェントと共に私は練習場に来た。私の護衛には、入口の外で待ってもらっていて、この空間には私と彼のみだ。

 天使フィルヴェントは気配を戻して羽をしまっていて、そうしているとただの人間にしか見えない。



 私と剣を交わしたいと言ったからここに連れてきたが……一体なんのつもりなんだろうか。

 アリアに求婚してるから、品定めのつもりだろうか。それなら受けて立つ。



「いやー、お前の腕を試して来いって、主からの任務なんだわ」


「……神から?」


「そうだ。主はな、人間は好きだけど、俺たち天使のことは家族のように思ってくださるんだ。だからお前が天使を娶るのに相応しいか、見定めるつもりだ」



 なるほど、そういうことか。正面から反対はされていないようで良かった。

 いや反対されるほどなら、とっくにアリアから拒否されているか。



「そういうことでしたら、こちらも全力で行かせていただきます」


「んじゃ、さっさと始めるぞ…っと!!」



 腰に携えていた剣を抜いて、私に向かって来る。私もすぐに反応して剣を抜き、彼の剣を受け止める。



 重い。そして早い。しかも当然のように私の威圧や殺気は効かない。それは天使ならではなのだろうか。


 怪我をしてもすぐに治るからか、行動に躊躇いがないし、捨て身のような強引な攻め方をする。



 強い。アリアと同じくらい、もしくはそれより強い。

 でも油断さえしなければ勝てる気はする。



「おい、ただの手合わせじゃねぇぞ?殺す気でかかってこいよ」


「……しかし」


「はは、こちとら怪我なんてすぐ治るんだ。言っとくけどな、これが殺し合いならお前に勝ち目はねぇぞ。俺たち天使は疲労を感じないんだからな」



 疲労を感じない、だと?


 いくら私の方が剣の腕が良くても、相手は怪我したそばから治っていく天使。それに加えて疲れないのであれば、私がどう頑張っても勝てないと分かる。



 ぐっ、と剣を握りしめて、彼の腕を切り落す。剣を持ったままの彼の右手が宙に浮き、それを難なく右手で彼はキャッチする。


 ……もう生えたのか。早いな。


 私が彼の腕を切り落としたのを、彼は面白そうに笑っている。



「そう来なくっちゃなぁ!」



 天使フィルヴェントは更に攻めてくる。防御を捨てた攻めだ。

 アリアの仲間をあまり傷つけるのも、と思ったが、彼はそれを望んでる。アリアの仲間を傷つけるほどの思いの強さなのかを試しているんだろうか。



「はは、ほら、傷なんてすぐに癒えちまうぜ。どうやって俺を負かすんだ?」


「……っ!」



 傷をつけるそばから治っていく。ただただ私の体力が削られていくだけ。

 だが私は彼に向かっていくしかない。治ってもめげずに斬り掛かるだけ。



「どれだけ傷つけようと無駄だよ、俺らは自分の意思で止めない限りは再生していく」



 アリアはずっと再生するのを止めていたということか。怪我が治って怪しまれないように。



「だが死なないわけじゃねぇ」


「……なに?」


「寿命以外で死ぬこともある。一撃で仕留めれば再生する暇もない」



 なぜそれを今ここで言うのか。


 天使フィルヴェントは右手に剣を持ち、空いた左手で私の剣を掴んだ。今まさに斬りかかってきたその剣を、がっしりと。


 自分の手が切れることも厭わず、彼は自ら私の剣先を、彼自身の心臓の辺りに向ける。



「ここだ。ここを1突きすれば、天使は死ぬ」


「…なにを…」


「お前は、守れるのか。アリストリーゼのここを、低欲な人間どもから守りきれるのか」



 先程の笑っていた顔と一変して、鋭い目を私に向ける。

 覚悟があるのか私に問うような目だ。殺気も威圧もないのに、謎の圧を感じる。



「私の命に替えても、守る。守りきってみせる」


「そうは言うけど、あいつが天使なことはこの間多くの人間に見られたんだ。あいつを狙う人間は多いはずだが?」


「彼女が私の元へ来てくれるのであれば、どれだけの敵が来ようと容赦はしない」



 それが天使でも、神でも。引く気は無い。


 天使フィルヴェントは私の剣を離し、そして再び私に斬りかかってくる。



「あいつはお前の考えてるような女じゃねぇよ。本質は天使だ。人間を守ろうとする心はあるが、傷ついた人間を見ても心は動かない」



 だからなんだ。

 それを聞いて私の心が揺らぐと思ってるのか。



「人間が死ぬこともなんとも思わねぇよ。主のためなら人間を殺したこともある」



 でも、そんなアリアも、私が死ぬのは悲しいと言ってくれたんだ。



「何を言われようと私の心は変わらない。私の気持ちを変えようとしても無駄だ」


「そうか…よっ!」



 腕を切り落とし、その腕がすぐに生える。目の当たりを切りつけて視界を奪っても、次の一手を出す時にはもう治っている。

 キリがない。これに加えて本当は飛べるのだから、本当に彼らは人間とは違う。



 彼の言うとおり、ここまで力を持つ天使からしてみれば人間なんてちっぽけなものだろう。アリアが人間を守るのは、神が人間を好いてるから。ただそれだけ。アリア自身は人間をなんとも思っていないのだろう。


 きっと価値観も違う。私たち人間が気にする色んなものが、天使にとってはどうでもいいものだろう。



 それでも、それを聞いても私の心は変わらない。

 私は、私と相対したアリアが好きだ。私と話してる時の呆れた顔や悩む顔、たまに見せる笑顔などその全てが好きだ。


 彼女の本質が残虐なものであっても、私のそばで笑ってくれるならなんでもいい。彼女が罪を犯しそうなら私が止めるし、もし犯してしまったら私も一緒に償う。



 こんなことまで考えているなんて周りに知られたら、私は直ぐにこの任を解かれるだろう。

 もしそうなっても、次の職はすぐに見つかる。アリアに何不自由ない生活を暮らさせることくらい出来る。



「はっ、お前、今相当悪い目してるぞ。お前の方が残虐かもなっ!」


「彼女に向けるつもりはないから問題ない」


「否定しないのな」



 否定はしない。人より冷たい一面を持ってることは知ってる。でもこの冷たい面をアリアに向けるつもりは無い。彼女にはできるだけ優しくしたいから。



 ぐっ、と力を込めて剣を振り下ろす。受け止められるが気にせずに力を込める。

 私の一撃は重いのだろう。徐々に押していくのがわかる。



 その時、大きな音が練習場の入口から聞こえた。

 すぐさま彼と距離を取りそちらに目を向けると、そこには待ち焦がれていた人がいた。



「アリア…」


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