36 最後の結界石
城の地下に行って、少し入り組んだ道を進んだ先の部屋に、結界石はあった。これは多分自力で探すのは難しかったと思う。ロイに会えて案内してもらえて良かった。
「じゃあ、壊すね」
「うん、どうぞ」
…素直に頷いたロイに、そういえばと疑問が浮かぶ。
この土地をこれから治めていくロイは、結界石を壊されることを拒否しないのだろうか。
私が結界石を壊す理由は何も伝えていないのだから、結界石があった方が遥かにこの先が楽だと分かってるだろう。
それとも、神の意向だというのを知って拒否する気も起きないのだろうか。
…でもロイはなんだか結界石を壊されることをなんとも思ってないようにも感じる。
まぁ何を考えたって結界石を壊すことは絶対なのだ。
私は懐からナイフを取り出して、結界石に刺した。大きな結界石に亀裂が入り、パリンと砕けていく。
「これで君の任務は終わり?」
「うん。これで最後。全部終わったよ」
「そっか」
主から追加の任務も来てないし、本当にこれで最後だ。
それをロイに告げると、彼は少しほっとしたように息を吐いている。何か心配だったんだろうか。
「それなら次は私と話をしてくれるね?」
「…うん」
「じゃあ、はい」
ロイから片手を差し出された。
うん?何をしろって言うの?
「手、重ねて?」
「えっ」
「繋いでないと、飛んで行っちゃうかもしれないでしょ?」
ね?とロイが少し首を傾けて、微笑を浮かべる。どうやらそこの信用は私にはないらしい。
そしてこれを断るのも許さないとロイの目が言っている。
仕方なく手を重ねて、ロイと手を繋いで歩くことになった。
地上に出ると、フィルヴェントがうーん、と伸びをする。
「俺先帰るわ」
「あ、うん。ありがとうね」
「おう」
フィルヴェントは近くの開いてる窓から身を乗り出して、そのまま羽を生やして飛んで行った。窓が小さかったから、窓を出てから羽を生やしたんだろう。
来る時も突然だったけど、いなくなるのも突然だな、あの人は…。
「君たちの帰るところは、やっぱり空の上なの?」
ロイがフィルヴェントのいなくなった窓を見つめて、そう言う。
「そうだよ。私たちは空の上から来て、空の上に帰ってる」
「……そうなんだ」
ロイはそう言うと再び歩き出す。私の手を引いて。
やがてどこかの部屋の前にたどり着き、ロイは私の手を引いたまま中に入る。ロイについて来ていた騎士は部屋の前で待ってるらしく、部屋の中には私とロイの2人だけだ。
部屋の中はとても豪華な部屋で、とても広い。きっとこの国の王族が使っていた部屋なんだろうと思う。
この部屋は、ロイの私室なのだろうか。
ロイがすごく柔らかそうなソファに座り、手を繋がれたままの私も引っ張られて隣に座る。座っても手が解けない。痛くはないけど力強く握られている。
そんなに私が逃げそうに見える?
まぁ、基地では逃げたようなものだもんね。前科があるってことか……。
「…ロイ、ごめんね」
「それは何に対してのごめん?」
「……ロイのことちゃんと考えるって言ったのに、考えが決まらないまま立ち去ることになって」
もう少ししっかり考える時間があれば、納得いく返事が出せたかもしれない。後腐れもなく円満に解決できたかもしれない。
「それは謝らないで。私はまだ諦めていないからね」
……ん?どういうこと?
「むしろ任務が終わったから私の事しっかり考える時間ができたでしょ?今からでもいいからしっかり考えて」
「……私、天使だよ?人間じゃない」
「知ってる。何か問題でも?」
だからどうした、という顔をむけられて戸惑う。
問題……ありまくりじゃないの?だって、人間じゃないんだよ?
新しい領地を治める人間の隣にいるのが人間じゃないって、どうなのそれ?
「だからもう一度私のこと考えて。いなくなろうとしないで。君に飛んでいかれると私は何も出来ない」
ロイは苦しそうな顔でやや下を向く。基地で飛び立ったことが彼には堪えたらしい。
本当は、天使とバレた上で人間と仲良くするのはよろしくない。過去にそれで捕まって研究されそうになった天使がいたくらい。
もちろんロイはそんなことはしないだろうけど…。
「……わかった。ちゃんと考える」
「ありがとう」
なのになんで頷いちゃったんだろう。天使だってバレてるのに会いに来るなんて、危険でしかないのに。
ロイの苦しそうな顔がとても辛そうで、どうにかしてあげたいと思ってしまったからなのか。
「傷、治ったんだね」
「うん。本当はすぐに治るの。だからロイの貴重なもの使わせちゃってごめんね」
「ううん。跡が残らなくてよかった」
ロイが空いてる手で傷跡のあった腕を優しく触る。少しくすぐったかったけど、彼の好きにさせてあげた。
「人間に傷ついて欲しくないっていうのは、天使の性なの?」
「うん。主が人間が好きだから。なるべく傷つけたくないんだ」
怪我を負うことは私たち天使にとってはなんでもない。すぐに治るものだから、足や腕が無くなるほどの怪我をしても何も思わない。
「でも痛覚が無いわけじゃないでしょ?痛いよね?」
「痛いけど、気にするほどじゃないかな。慣れてるし」
「………」
ロイが顔を顰めたけど、本当に気にすることじゃない。痛くてもそれが命に関わるものじゃないと本能が分かってるから、本当に大丈夫なのだ。
今まで数え切れないほど手も足も失ってきたし、お腹に穴を空けられたこともある。
人間はすぐ死んじゃうから痛みにも敏感なのかもしれない。そこは天使とは違うのかも。
「むしろロイの方が人間なんだから、怪我には気をつけてよ」
「……私が怪我したら、君は悲しんでくれる?」
「悲しむ……と思う…」
人間を傷つけたくないと思いながら、人間がどれだけ死のうが私の心は痛まない。傷つけたくないのはあくまで主の意向に従っているからで、私の心には影響していないから。
でもロイが傷ついたら、心が揺れると思う。苦しそうな顔を見てるだけでも揺れてるんだ。傷ついたらもっと私の心も動くだろう。
私の言葉にロイは少し嬉しそうに口角をあげる。
それを見てハッとした私は慌てて言葉をだす。
「だからって、わざと怪我しないでよ?人間はちょっとの怪我で死ぬんだから」
「ふふ、私が死んだら悲しい?泣いてくれる?」
「泣くかは分からないけど、悲しいよ。だから死なないで」
「うん、分かった」
嬉しそうな顔はそのままにロイが頷く。
流石にロイが死んだら私も悲しむだろうっていうのは分かる。だからやめてほしい、本当に。
「まったく、ロイは……。……ロイじゃないね、ロディスレイ殿下、かな」
「君の好きに呼んで。ロイでもいいよ」
「じゃあロイって呼ぶ」
言い慣れてるし、言いやすいし。
そのままでもいいって本人が言ってくれるならそのまま呼ぶよ。
「私はなんと呼んだらいい?なんて呼んで欲しい?」
ロイには…なんて呼んで欲しいのだろう。
アリストリーゼ?それともアリア?
「…ロイには、アリアって呼んで欲しい」
「分かった、アリア」
ロイにアリストリーゼと呼ばれると違和感がある。やっぱり彼にはアリアと呼ばれる方がしっくりくる。
立場が変われど、私たちの態度は大して変わらないってことだね。
「…ロイ、私そろそろ行かないと」
「……そう…」
「…手、離してくれる?」
行くって言ったのにロイは手を離してくれない。それどころかより強く握られてしまって困る。
「……報告のために戻るの?報告が終わったら帰ってくる?」
「報告のためもあるけど…」
「報告が終わったら、すぐに私のところに戻ってきて欲しい。…ダメかな」
ぎゅっとロイの手に力が入る。うんって言わないと離してもらえなさそうだ。
でもその手には乗らない。
「すぐに戻ることは出来ない。私も上で少ししたいことがあるから」
「……じゃあ、いつ来てくれる?」
相変わらずロイは食い下がるなぁ。
「1週間以内に来るよ。約束する」
「……絶対だよ」
「うん、絶対」
ロイが捨てられた子犬のような悲壮感を出している。基地で壇上に上がっていた人と同じ人には見えないくらい。
ロイが中々手を離してくれないから、ロイの手を引っ張ってバルコニーへ連れていく。しっかり気配は消して、ロイ以外には見えないようにする。
「ロイ、ちゃんと来るよ。ロイとのことちゃんと考えて返事しに来るから。だから、手を離して」
「………」
ロイが下を向いたまま、渋々その手の力が弱まっていく。そしてしっかり手が離れると、私の目を見た。
「アリア、私は待ってるからね」
「うん、ちゃんと来るよ」
「アリアが来るまで何年でも何十年でも待つからね」
「来るってば」
どれだけ信用がないんだ、私は。1週間以内に来るって言ったじゃんか。
ロイの顔はふざけてる様子もなく、至って本気で言ってる。そんなところもロイらしいなぁとは思う。
「じゃあ、一旦お別れだね。ちゃんと来るから、心配しないで」
「…アリアは私の言うこと聞いてくれた試しがないけどね」
「それは私が嫌って言ったことだけだよ。今回はちゃんと来るって約束してるでしょ」
ロイがよく分からないことを言って私の行動を制限しようとしたから、私もロイの言葉を無視したんだ。
でも今回は違うでしょ?私もちゃんと来るって約束してるんだから。
「私はロイを信じたんだから、ロイも私を信じて」
「……分かったよ……」
仕方ない、というふうにロイがため息をついた。この言葉は効果てきめんだったな。
私はロイの前で羽を生やしてバルコニーの1番外側に立つ。
そしてロイを見ると彼も私を見つめていた。
「じゃあ、行くね」
「…うん」
言葉少なに別れを告げて、私はそこから飛び立った。
羽を大きく羽ばたかせて空高く飛び上がる。主のいる天界まで一直線に真上へ。
「おお、帰ったか、アリストリーゼ」
「ただいま戻りました」
数時間翼を動かして高く高く飛んで、やがて天界にたどり着いた。天界に着くと主が出迎えてくださって、すぐさま頭を垂れる。
「新種の魔物についてはフィルヴェントから聞いている。だがあれももう出現しないだろう。よくやった、アリストリーゼ」
「ありがとうございます」
「結界石を壊したことによる被害も少ないようだ」
うんうん、と満足気に頷く主。
でも結界石を壊したことによる被害が少ないのは私だけの功績じゃないからなんとも言えない。私だけじゃない、ロイが頑張ってくれたのが大きいから。
短い時間でどんどん結界石を壊せたのも、ロイの国の騎士が来てくれていたから出来たことだ。
「……なにやら悩みがあるようだな。今日はもう休んだ方がいい」
「……はい、失礼します」
私が悩んでることなんて主が分からないわけがなく、主は私に休息の時間をくれた。
立ち上がり自分の家に帰ろうとした時、主に呼び止められた。
「アリストリーゼ、私はお前の幸せを願っているよ」
「主……」
主からの暖かい言葉を胸にしまって、私は主の前から下がった。




