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35 あなたに加護を

 

「ちょ、なんで壊すの!」


「あ?開けてくれねーって言うんなら壊すしかないだろ」


「ちょっと待っててって言われたじゃない!」


「待ってられるか」



 だからって壊さなくてもいいじゃない!素直に手で開けてよ!この怪力天使!


 罵倒したい気持ちを抑えてホールの中に2人で入ると、当然の事ながらほとんどの視線がこちらに注目していた。



 その中でも一際重い視線を送ってくるのは、ロイ。



 壇上にいたロイが不機嫌そうな顔で壇上をおり、私目掛けて一直線に歩いてくる。私とロイの間にいた人達は、ロイが来ると自然と道を開けてしまって、ロイはなんの障害もなく私の前に立った。


 もう見慣れた無表情は、私の隣のフィルヴェントに鋭い殺気を放っていて、私には感情の分からない目を向けてくる。



 言いにくい、でも言わないと。

 伝えるために、ここまで来たんだ。



「アリア」


「……ロイ」


「隣の人、誰」


「え?えっと…仲間?」



 何を言われるかと身構えてたら、隣を聞かれた。フィルヴェントはロイの殺気なんてものともせずにロイを見ている。



「それで、仲間を連れてアリアは逃げるの?やっぱり私のことは信用出来なかった?」



 苦しそうな顔でそう言われて私は慌てて首を振る。



「そうじゃないよ。ロイのことはもう大分信じてるし、逃げるつもりも無かった」



 ロイが素顔を見せてくれて、本当の名前まで明かしてくれて。まっすぐ結婚したいと言ってくれた言葉を、もう疑ってはいない。


 本当に逃げるつもりは無かった。最後の王城の結界石を壊すまでにどうするか決めるつもりだった。しっかり考えて返事するつもりだった。



 でも、そんな悠長なことはもう言っていられない。



「でもごめん。ちょっと急がなきゃいけなくなっちゃったから、私はここを去るよ」


「アリア、それは私と一緒でも」


「ううん。ロイにはロイのやることがあるでしょ」



 ロイはこれからこの領地を引っ張っていかなきゃいけない。私個人についてくるなんてことはもう、許されない。

 ロイはもう平民のロイじゃない、王族のロディスレイなのだから。そこには確かな責任が伴う。



 だから、一緒には行けない。



 ロイの顔が歪む。少し罪悪感を感じてしまっている私がいる。

 なんでそんなことを感じたのかは分からない。でもロイを傷つけてしまったかもしれないと思うと少し申し訳なくなる。



 その時、フィルヴェントがピクリと動いて顔を顰めた。



「おい、アリストリーゼ。新種が出たって主から連絡だ。急ぐぞ」


「えっ。うそ」



 久しぶりに名前を呼ばれたかと思いきや、フィルヴェントは神から連絡を受けたらしい。

 その連絡が、新種の魔物が出たことだなんて、本当に間が悪い。



「ロイ、Sランク以上の魔物が出る可能性がある。警戒を強めておいて」


「どういうことなの、アリア」



 ロイに警告をして私たちは早くここから去ろうとするも、周りを帝国騎士に囲まれてしまっていた。

 …いつの間に。



「おいおい、囲まれてるぞ。これだから人間は面倒なんだよ……」



 フィルヴェントが面倒くさそうに呟く。

 私を見つめるロイは私を逃がさないと目で訴えかけてくる。さっきから欠片も視線が私から外れない。



 ごめん。本当に、そう思ってる。

 ちゃんと考えるって言ったのにね。途中で投げ出すようなことをしてごめんね。


 ごめんの気持ちを込めてロイを見つめる。



「アリストリーゼ、飛ぶぞ」


「うん。…ロイ」



 もう、時間はない。

 ロイに言いたいことだけ言って、早く行かないと。


 ロイの目を真っ直ぐみると、ロイもまっすぐ私を見てくれた。少し顔を歪ませて、私に懇願するような表情を浮かべている。



 ロイのことを信じた今なら分かる。ロイはきっと私に行って欲しくない。本気で私と一緒に生きようとしてくれた。



「沢山助けてくれてありがとう。私を好きになってくれてありがとう」



 もっといっぱい伝えたいことがあったけど、時間が無いからこれだけで許してね。



 背中から羽をはやして、私は神へ祈りを捧げる。



「ロイに、我が主、ウェステリア神の加護がありますように」



 私の声は、必ず神に届く。

 そして神は私の意思を尊重してくれる。きっとロイに加護をくださる。



 バサリと大きく翼をはためかせ、天井のガラス窓目掛けて大きく羽ばたいた。



 さようなら、ロイ。







「後悔してんのか?」


「まさか。私は天使だよ。人間とどうこうなろうなんて思ってない」


「そうかぁ?」



 気配を消して共に空を往く。新種の魔物が出たとされる場所に一直線に向かっていく。


 飛びながら話をしても私たちはちゃんと聞こえるし話せる。天使の耳は仲間の声を正確に聞き取るのだ。



「俺には後悔してるように見えるけどな」


「……」



 そんなわけない。後悔しているなんて、まるでロイと一緒に居たかったみたいじゃないか。そんなこと思ってない。


 少し早かったなとは思う。ロイへの返事をしっかりしてあげられなかったことがほんの少し悔やんでるくらい。

 だから、フィルヴェントの言う後悔とは違うんだ。


 本当に、違う。




 フィルヴェントは何か言いたそうにしていたが、何も言わずに私たちは目的地に着いた。



 新種の魔物は今までに見た事のあるSランクの魔物より遥かに大きくて、一撃が重い。

 私はフィルヴェントから剣を受け取ってそれで応戦した。フィルヴェントは私のためにひとつ余分に持っていてくれたらしく、自分用の剣で戦っている。


 もう治癒能力は止めていない。最後に負った肘の傷も、グレイスを庇った時の傷跡も綺麗さっぱり無くなった。

 もう怪我を気にする必要は無い。それはいい事のはずなのに。

 何故か少し寂しく感じるのは何故だろう。



 私もフィルヴェントも、怪我したそばから治っていく。フィルヴェントも私くらい強くて、2人がかりでゾンビのように立ち向かって、ようやく新種の魔物を仕留めた。



「はぁー、こんなのうじゃうじゃ出てきたらたまんねぇよ。さっさと結界石壊しに行くぞ」


「え、それもついてくるの?」


「当たり前だろ。いつ新種が生まれるかわかんねぇんだ。常に二人でいた方がいいだろ」



 それもそうか……。

 まぁひとりでもふたりでも大して変わらないし、いっか。

 どうせ飛んでいくんだし、気配も消すんだし、誰にも見つからないんだし。


 …ロイ以外には。





 まっすぐ北のヤングレナに向かって、大聖堂に突っ込んだ。高い位置にあるステンドグラスに頭から突っ込んでガラスを割り、素早く結界石を壊して壊れた窓から飛び立つ。


 上空で待機していたフィルヴェントと合流して、今度は反対の南の方に向かう。

 国を囲う結界石は残りひとつ。南東のアスタード。



 アスタードの大聖堂には窓がないため、フィルヴェントの怪力で正面のドアを壊してもらった。彼の怪力は本当にすごい。同じ天使なのにどうしてこんなに力に差があるのか。


 姿を消したまま私たちは任務を済ませ、そしてまた飛び立つ。

 基地を出た時には太陽は真上にあったのに、いつの間にか日は暮れていたし、もう夜が明けそうだ。



 本当は睡眠も必要ないから、ずっと飛んでて疲れもない。眠くもない。

 ただなんだか、心が重く感じる。

 でもその理由に心当たりもないし、何故か分からない。



 よく分からない気持ちのまま、フィルヴェントと共に王城へと向かった。





 さて、王城に着いたものの、肝心の結界石はどこだろう。



「なんのヒントもねぇの?」


「ない…」


「はぁー、最後だってのに、ここで手こずるのか」



 王城の結界石だけは場所が分からなかった。だから後回しにしたし、騎士になってあわよくば場所を聞けたら良いなとも思っていた。


 早く聞いておけばよかった。



「こんな広い城で、迷子になる未来しか見えねぇ…」


「私も…。とりあえず見れるところから見ていこうか」



 フィルヴェントと一緒に気配を消したまま王城に侵入した。すれ違う人にぶつからないよう天井付近を飛んで、とりあえず大きい扉から開けていこうと目論む。



「なぁ、天使だーって姿見せて、結界石の所まで案内させるんじゃダメなのか」


「あまり人に姿を見せすぎるのも良くないって、主言ってたよ」


「今は緊急だろ?」


「少し探して、見つからなさそうならにしよう」



 流石に初手でそれはやりすぎだと思う。もしかしたらわかりやすい所にあるかもしれないのに。

 姿を見せずに終わらせられるなら、それにこしたことはないのだ。


 …とか言いながら、基地から出る時は皆にこの姿を見られちゃったけど。



「お、そこの扉豪華そうだな。開けるか」


「壊さないでよ」



 豪華な装飾の施された重そうな両開きのドアを、フィルヴェントが力任せに引っ張った。

 今度は壊れることなく扉を開けることが出来てほっとしている。片っ端から壊されたらたまったもんじゃない。



 胸を撫で下ろして豪華な扉の奥に向かうと、そこはひらけた部屋で、真ん中の奥に豪華な椅子と、その手前に人がいた。


 豪華な椅子の前に立っている人が、気配を消してる私の目を真っ直ぐみる。



「アリア。……いや、アリストリーゼ、だったかな」


「……そうだよ。私は天使アリストリーゼ」


「待ってたよ、アリストリーゼ」



 王族らしい豪華な洋服を着て、為政者らしく堂々と立つその姿は、少し私には眩しい。

 そして変わらないその熱の篭った瞳も、今の私には直視できない。



「はっ?こいつ俺らのこと見えてるぞ!?」


「ロイは見えるの。最初はうっすらとしか見えなかったらしいけど、私と一緒にいすぎてはっきり見えるようになっちゃったの」


「そんなのありかよ……」



 私より長生きのフィルヴェントでさえ、気配を消した天使の姿を見ることが出来るロイのことは驚いたようだ。


 …まぁ、そうだよね。私も聞いた事無かったし。



 ロイがいるなら隠れてても無駄なので、私もフィルヴェントも気配を戻した。するとロイの両サイドにいた騎士数名がすこし驚いた顔でこちらに目を向ける。


 気配を戻す時に羽をしまったとはいえ、何も無いところから人が現れるのはやっぱり驚くみたいだ。



「アリストリーゼ、結界石を探しているんでしょ?」


「えっ…うん……」


「案内してあげる。ついておいで」


「えっ」



 ロイが案内してくれるの?結界石の場所を?


 すたすたと私に向かって歩いてきたロイは、私の横を通り過ぎると私に振り返る。



「その代わりじゃないけど……その任務が終わったら、君と話す時間が欲しい」



 ロイは斜め下を向いてそう言った。天使の私に強制することは出来ないから、下手に出て願うしかないのだろう。



「……分かった」


「ありがとう」



 話をするくらい、構わない。むしろロイからすれば当たり前だろう。私が求婚に対するろくな返事もせずにいなくなったのだから。


 任務が終わったなら、時間が取れる。すぐに帰ってこいとはならないと思う、多分。



 私とフィルヴェントは、先導するロイの後をしっかりついていった。


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