30 友人の疑心
「そうだ、アリア」
食後の紅茶も飲み終わり、そろそろ行こうかと腰を持ち上げた時、ロイに声をかけられて止まる。
「私が仮面を被ってる時は、誰かに見られてる可能性があるつもりでいてくれる?」
「…わかった」
そう言われて一緒に店を出た瞬間、彼は笑顔の仮面を被った。なるほど、もう見られてる可能性があるということか。
よく考えたらこの街には帝国の騎士がいて、帝国の諜報員だと疑われてる私たちと彼らの接触を、警戒しているのだろう。
もしくはその瞬間を抑えて、現行犯で捕まえたいとか。
私たちを監視する人は多分第2部隊の手の者だろう。第1部隊とは折り合いが悪いようだし、彼らに情報を渡しても上手く使ってくれるとは思わない。むしろ自分たちの手柄にするために余計なことをしそうである。
だから私たちを怪しいと思った第5班の班長、もしくはレグルスが手配したんだろうな。
…仕方ない。いつかはこうなる予定だった。
私とロイはいつもと変わらない調子で、至って自然に街をまわった。
ロイは終始笑顔の仮面を被っていた。
ゴーズルでの3泊は緩やかに過ぎていき、私たちはドレンタに向けて出発した。街を3つ経由して、問題も何も無く到着した。
「よー!久しぶりだな!」
「元気そうだね、ジャック」
「アリアはなんか傷だらけだな!」
ははは、と笑うジャックに、私は苦笑いを返す。ロイもいつもの笑顔を浮かべてジャックと話をしている。
今回同行する班は第7班だった。
ジャックがいる班が来たのは、私とロイから何かを引き出そうとしての事なのだろうか。考えすぎかな。
「ジャック、ユーリアには会ってるの?」
「おう。何度か休みも被ってるしな」
そうか。ユーリアは最後の方少しロイを疑ってるように見えたから、やっぱりジャックの班が選ばれたのは、ジャックが私たちから情報を得るためなのかもしれない。
ジャックもユーリアから少し聞いているだろう。
そしてそれを、ロイも気付いてるだろう。
第7班が加わって、ドレンタの街を出た。第7班は男性のみで構成されていて、レミアさんのようなことはないだろうと安心できる。
挨拶の時にロイから第7班に向けての圧を少し感じた気がするけど、気のせいだと思いたい。
結界の外に出て、魔物を討伐しながら国境付近まで近付く。どんどん強くなる魔物に、第7班も四苦八苦しながら戦っている。
ジャックも基地で別れた時より少し動きが良くなっている。実践が彼を成長させたのだろう。
「はー、あいつは相変わらず強いな」
「ね」
ロイが魔物を倒してる姿を私とジャックは見ていた。ロイの動きには無駄がなく、見ていて綺麗だ。
ロイが私の戦ってる様子を踊ってるようだと評したのは、こういう事だったのかもしれない。
「アリアはその怪我じゃあまり戦えないか?」
「いや……接近戦は怪我するかもしれないからって、ロイがあまりやらせてくれないだけ…」
「マジか…」
私が剣を抜かずに弓ばっかり引いてるから、ジャックは不思議に思ったのだろう。理由を言うと彼の顔が引きつった。
「とはいえアリアは弓も使えるのな。しかも命中率高い」
「うん。前衛でも後衛でもいいようにね」
「はぁー、意識が違うってことだな」
凄すぎてついていけねぇや、とジャックは笑いながら言う。まぁ私は長年練習してきた成果であるけど、人間でその若さで私以上なロイのほうが全然凄い。
私の師匠でもある天使と戦わせたら、どちらが勝つのだろう。やっぱりそこは天使が勝つのかな。
「なぁアリア」
「ん?」
「俺たちって仲間だよな?」
突然そんなことを聞かれてジャックの方を見ると、彼は遠くを見たまま私と目を合わせようとはしない。でもとても真剣な顔をしている。
「…そうだね、仲間だよ」
「……だよな」
私も同じ方向を見てそう答えた。
今の答えでジャックは何が分かったんだろう。もしくは私に罪悪感でも抱かせようとしたのだろうか。
ジャック、忠誠心の高いやつは、そう簡単に心変わりはしないんだよ。
私も、きっとロイも。
「獲物取ってきます」
「アリア、僕も行くよ」
「お、じゃあ俺もついて行こう」
野営の準備中、獲物を取りに行こうとした私に、ロイとジャックがついてきた。
私が弓矢で獲物の足を止め、ロイとジャックがその息の根を止める。上手い具合に連携が出来ている。
「なぁ2人はさ、この国が好きか?」
仕留めた獲物を持って、野営地に帰ろうと足を動かしてると、ジャックがそんなことを言い出した。
やっぱりジャックは私たちを疑っている。本当は信じたいのか、疑っているだけなのかは分からないけど、疑う余地があると思っている。
そんなジャックにすぐに返事をしたのは勿論ロイだ。
「好きだよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「いや……。アリアは?」
ロイの質問には答えず、ジャックは私を見た。
「私は別に好きでも嫌いでもないかな。ここに生まれからここで生きてるだけで、こだわりはないな」
「そうか……」
ロイのように躊躇いなく好きだと言うことは出来ない。好きじゃないものを好きとは言い難い。
だから間髪入れずに言い切るロイは凄いなとも思うし、流石諜報員だな、とも思う。
「ジャックは……僕たちを疑ってるんだね」
ロイが少し沈んだ声でそう言った。それに対してバツが悪そうな顔をしたジャック。
私はロイがそう言ったことに驚いた。疑われてることをこちらが知ってるというのを、ジャックに言うと思わなかったのだ。
「まぁ3回も結界石が壊れるタイミングに居合わせて、しかも戦闘能力が高い。容疑者になるには充分だよね」
「………」
「でもジャック、そうやって聞いてきたのは、僕たちを信じたいという気持ちがあるからなんだろうけど、悪手だよ。本当に僕とアリアが仲間で帝国の者だったら、ジャックはここで殺されてた可能性もあるんだよ」
「…っ!」
ロイがそう言うとジャックは慌てて狩った獲物から手を離し、腰の剣に手を添えた。そして警戒するようにこちらを見てきたが、私もロイも狩った獲物で両手を塞いだまま動く気は無い。
でもロイの言うことは最もだ。本当に私が人間でロイが仲間なら、口封じにジャックを殺すことだって有り得た。
ここは結界の外なのだから、ジャックが死んだ言い訳なんていくらでも作れるし、誰にも証拠は掴めない。
私たちがそうするつもりじゃないのが伝わったのか、ジャックは剣から手を離し、地面に落としていた獲物を拾う。
「……そうだよな。そんなわけないよな」
「そうだよ。そもそも結界石を壊してその尻拭いを自分でするの、おかしくない?帝国からすればこの国の戦力が削れるのは嬉しいわけなんだから、わざわざ忍び込ませて手を貸すようなことはしないでしょ」
「…それもそうだな?」
たしかに。
私もジャックもロイの言葉になるほどと頷く。私たちはロイに言いくるめられているようだ。
確かにロイの言う通りで、手を貸すなら堂々と騎士を派遣する。今しているように。だからこうしてロイみたく諜報員を使ってまでそんなことをする必要が無い。
じゃあロイは一体何をしてるの?
なんのために私を手伝ってくれてるの?
「それに結界石を壊すためならわざわざ騎士になる必要も無いはずだよ。むしろバレるリスクしかない。王都を守る第1部隊ならまだしも、魔物討伐がメインの第2部隊に忍び込んでも何も意味ないと思うけど」
え?じゃあロイはどうして第2部隊にいるの?
聞きたいけど、聞けない。ジャックがいるから聞けない。
「そうだよな……。うん、ごめん。2人のことちょっと疑ってた」
「大丈夫だよ。これだけ良くないことが立て続けに起きていれば誰しも疑心暗鬼になる」
素直に謝ったジャックに、ロイが慰めるようなことを言う。ロイが諜報員なんだとしみじみ感じる瞬間だった。
こうやって言いくるめて、信頼を得るのか。あれだけ怪しいと思われていたのに、こうも変わるものなのか。
ジャックが扱いやすいだけな気もするけど、ロイの手腕も見事なものだと思った。
獲物を野営地に持っていき、捌いた。そして肉だけを渡し、余った骨や皮や頭は、少し離れたところに埋めに行く。
その時はジャックはロイに頑張れと告げて、私たちふたりで行くようにと言った。
だからふたりになったわけだけど。
「…ロイはなんで第2部隊に入ったの?意味ないんじゃないの?」
ロイも無表情で人の気配がないらしく、私も私達以外の足音は聞こえないから、何も隠さずに聞いてみた。
「今となっては意味が無いけど、アリアと出会うまでは意味があったんだよ。本当はここから数年かける予定だったし。アリアのおかげで早まったし、余計な準備も要らなくなって助かったよ」
なるほど、私の存在がイレギュラーだったのか。そういえばロイが来なくても誰か諜報員が第2部隊に入る予定だったみたいだし、入団すると決めた時には役割がちゃんとあったんだろう。
私が結界石を壊したせいで事が早く進んで、ロイの役割が無くなったってところだろうか。
「でもそれなら尚更、早くやめたほうが良かったんじゃない?バレるリスクしかないでしょ?」
ロイの言葉を借りた。しかもロイは強さを見せてるし、怪しい行動をしてる私のそばに居る。バレるリスクが高まるどころか、バレるようなことをしてるとしか思えない。
私の言葉にロイはきょとん、として、ほんの少し不機嫌そうな顔になる。
「アリアが好きだから、力になりたいだけだよ」
「え」
いやいやいや、そんなまさか。それだけの理由でそんな危険なことする?さっきあんなにジャックを易々と言いくるめてた人が?そんな危険な橋渡る?
「アリアのそばにいたかったから騎士を続けてるし同じ班にもなった。アリアのことをもっと知りたくて協力してるし、アリアが好きだから、頼まれればこの国の人だって守ってる」
わかって貰えなくて拗ねてるようにも見える。無表情なのに。
でもロイの言うことに思い当たる節があった。
この国の戦力が削れるのは嬉しいことだとさっきロイは言っていた。
でもロイのしてる行動は戦力を削るどころか、高めている。
私が皆を強くしたいと言ったから?私がなるべく被害を抑えて欲しいと言ったから?
それをしてくれた理由は、好きだからってだけなの?
「ねぇアリア、もっと簡単に考えようよ。私を好きになるのはいけないこと?私たちは敵ではないんでしょ?」
「敵、じゃないけど…」
「味方でもない、ね?でも味方じゃないから愛し合っちゃいけないなんてことは無いでしょ?」
そう言われるとそうかもしれないけど…。
そう思った時にハッとして、言いくるめられてしまう、と危機感を覚えた。
でもロイの言葉は止まらないし、危機感を覚えたところで役に立ってない。
「アリアの主人がダメと言うなら私が話をするよ。そちらの要求は可能な限り呑もう。勿論アリアの要望にも応えるよ。あとは何が足りない?」
「え、えぇと…」
「あと何をしたら、アリアは私のものになってくれるの?」
ロイにじっと見つめられてその場に縫い付けられたように動けなくなる。その目が以前よりしっかり熱を孕んでいて、無表情なはずなのに熱っぽいように感じて戸惑う。
仮面に見えないから…取り繕ったように見えないから、本当なんじゃないかって思ってしまう。
「ロイのものって……どういうこと?」
「具体的な話?私と結婚して欲しいなってこと」
「結婚!?」
「そんなに驚く?」
予想してなかった言葉が飛びでて、思わず声を上げてしまった。それのお陰で少し暑くなった空気が霧散して、ロイが呆れたようにため息をついた。
「私がアリアをただのお気に入りとして扱うとでも思った?愛妾のようにでもすると思った?」
「………」
「はぁ、こんなに伝わってなかったのか」
無言で顔を逸らした私にロイは少し沈んだ声を出した。
ごめん、お気に入りの人形扱いでもされるのかと思ってた。ロイはモテるし、私のことも一時の感情での事なのかと。
まぁロイの気持ちを信じきれてなかったというのもある。
ややロイが悲しげな空気を出したまま、私たちは動物の死骸を地面に埋めて、近くの川に手を洗いに行く。
しっかりても綺麗になった所で、ロイが私の正面に立って私の目をじっとみた。
「アリア。私は君と結婚したいと思ってる。それくらい好きだよ。アリアがまだ私のことを疑ってるのは伝わってる。出来ればアリアからも想いを返して欲しいところだけど、贅沢は言わないよ。私と結婚して、名実共に私のものになってほしい」
真剣な瞳でロイがそう告げた。
その目に、言葉に、嘘は感じられない。
本当に?本当に信じていいの?
ロイは本気でそう思ってるの?
「今は返事はいらないよ。でも本気で考えて欲しい。出来ればアリアが任務を終えて、居なくなるまでには返事を聞きたい。断られたら私も何をするか分からないけど」
…ん?さりげなく脅された?
「アリアに酷いことはしたくないし、出来れば愛して欲しいから、色いい返事を待ってるよ」
さりげなくでもなく脅されていた。
断ったら酷いことするって言われているようだ。普通に怖い。私はロイに勝てないから尚更。
「う……うん、じゃあちょっと考えるよ…」
「ありがとう」
考えると言った私の言葉にロイは満足したようで、私たちは野営地までの道を歩き出した。
完全に疑いが晴れたわけじゃないけど、どうやらロイは本当に私と結婚したいらしい。
どうしよう。私人間じゃないのに。
過去には人間と結婚した天使もいないことは無いけど、数少ない事例だ。
そもそも結婚って…なんだろう。どういう気持ちなら結婚してもいいって思えるのだろう。
人間として生きてないから、その価値観が分からない。
天使の誰かに聞きに行こうか…。そう思っていると、ロイがそういえば、と思い出したように声を上げる。
「私の疑いを晴らすために、私の情報を開示しよう。結婚を申し込んだのに私のことを黙ってるのはマナー違反だからね」
「…ロイの情報?言っていいの?」
「今回はアリアの情報を聞くことはしないよ。一方的に私が話すだけ。勿論組織的には良くないだろうけど、アリアの信頼を勝ち取れるなら安いものかな」
えぇ、いいのそれ…。
ロイがどれだけの立場の人か分からないけど、自分のこと話すのは結構まずいんじゃ…。
ロイは私の前に立ち、優雅なお辞儀をしてみせた。とてもやり慣れてる感じのある、精錬された動き。
「私の名前はロディスレイ・ファン・グラナート。グラナート帝国第三王子だよ」
「………は?」
どれだけ偉いかと思っていたら、まさかの王族だった。




