29 好きなところ
それからはレミアさんもすっかり大人しくなってしまって、私の事など眼中になく、ロイに怯えていた。かなり恐怖心を煽ったようで、レミアさんは余計なことは一切せずに、魔物討伐の時も静かにしていた。
ロイは魔物が出れば私の傍から離れなかった。そこまで強い魔物が出なかったというのもあるし、私の弓をロイが代わりに使って援護していたので、私の傍から離れずとも魔物は退治できた。
そして誰も怪我なくゴーズルに到着することができた。
「今回はうちの班員が本当に申し訳ないことをした。私たちはこれから基地に戻り、レミアに然るべき罰を与えるつもりだ。そして彼女を制御出来なかった私たちもまた、罰を受けるつもりでいる」
「あの女は具体的にどんな罰を?」
別れ際に第8班の班長に言われた言葉にすぐさま返事をしたのはロイ。鋭い目付きで班長を見つめていて、若干の圧を感じる。
「罰を与えるのは隊長だが、恐らく除名処分だろう」
「そうですか。二度と会わないことを祈ります」
被害にあったのは私だけど、ロイが1番心労を負っている。
そしてレミアさんは除名処分。この時期に騎士を1人無くすのは惜しいとは思うが、仲間を危険に晒すような真似ができる騎士なんていたほうが困るもんなぁ。
心を入れ替える可能性もあるけど、前科のある人の更生を待つよりは、新しい人材を育てる方が早くて確実なのだろう。
第8班と別れて私たち第2班は、今日泊まる宿に向かう。宿についてグレイスと部屋に入り、包帯を取り替えてもらった。
「こっちはもう包帯なくても大丈夫そうね」
「ありがとう、毎日替えてくれて」
「いいのよ。これは私のせいだもの。……でもせっかくこっちの包帯が取れたのに、今度は別のところなんてね……」
グレイスが悲しげな顔をしながら、手当の道具を仕舞う。
グレイスを庇った時の傷はもう完全に塞がっていて跡が残ってるくらい。傷が開くこともなさそうで包帯は卒業だ。
残念ながら肘には新しく巻かれているが。
怪我したばかりというのもあって部屋で大人しく過ごし、夕飯の時間になった。
「この先の予定だが、ドレンタまで直接向かう。この街ではアリアの怪我のことも考えて3泊していくが、ドレンタまでは1泊ずつしかしていかないつもりだ。だがここからはもう結界がないから、いつ魔物が現れてもおかしくない。準備は怠らないように」
「はい」
レグルスの言葉に皆一様に頷いた。そして乾杯をする。
どうやらここからドレンタの街まで一直線に向かうらしい。途中に街を3つも経由する。そのうち間のひとつ、ラズレインという街と、今いるこの街は私が騎士団に入る前に結界石を壊した街だ。
ちなみに今いるここゴーズルは、2つ目に壊したところ。ロイと出会ったところでもある。
「こことラズレインには帝国騎士が来ている。揉め事を起こさないように」
「はい」
帝国騎士が来てるの、こことラズレインだったんだ。多分ロイが拠点にしてるのもこの街だろうな。何せ出会った時はロイは指示する立場だったわけだし。
まぁそれを聞いたところで私に関係はないけど。
ロイは仲間のところに顔を出したりするんだろうか。
「ドレンタに着いたら、別の班と合流するつもりだ。どこの班がくるかはまだ分からないが」
「まともな奴らだといいが。レミアみたいなのがまたいたらとんでもないぜ」
テディスがジュースを一気に煽ってそう言った。
レミアさんみたいなのがまたいたら大変だ。私の腕が何本あっても足りない。
「まったくです。レミアさんのあの行動には我々も腹立ちしましたからね」
「そうなの?」
「当たり前でしょう。あの人の軽率な行動で自分の仲間が危険に晒されたのですよ?あの場ではロイが1番怒っていたので任せましたが、ここにいる皆、あの人に怒ってたんです」
ヨジムの言葉にうんうん、と頷く面々。
怒ってくれたのがロイだけじゃなかったことに驚いた。結構嬉しいもんだな。
「ロイも付きまとわれて大変だっただろう。空気が悪くならないように相手してくれてありがとうな」
「本当だよ。次似たようなことがあったら空気とか気にしないから」
「それでいい」
空気を気にせず嫌なら嫌と態度と言葉で示すってことだろう。
まぁ魔物討伐に来てるのに言い寄ろうとする方が悪いよね。仕方ない。ロイの心労にもなるわけだし。
「モテるっていうのも困るもんなんだな」
「好きでもない人に好かれたって楽しくもなんともないよ。それで本当に好きな人には伝わらないんだから」
ね、とロイに言われたが、なんの事かと首を傾げる。それを見たテディスが、可哀想に、とロイの肩に手を置いていたので、またそれかと思ってしまった。
テディス、いちいち信じなくていいんだよ…。
私が呆れたような顔を向けると、ロイは嬉しそうな笑顔の仮面を貼り付けた。
次の日、グレイスは鍛錬をすると言うので私は外に出ることにした。
宿を出れば当然のようにロイが笑顔で待っていて、私は小さくため息をつくと何も言わずに歩き出す。ロイも何も言わずに私の隣に並んだ。
やたらにこにこして上機嫌なロイ。嘘くさい笑顔の割にはとても嬉しそうにしている。
「なんでそんな上機嫌なの?」
「え?だってアリアと出会った街だよ?思い出の地に来れて嬉しくないわけないじゃない」
「それだけ?」
「それだけって、僕は君が好きなんだよ?それだけで嬉しくもなるよ」
スっと真顔になって私の目をじっと見た。最近そうだ。私を好きだとよく言うようになったし、その時ロイは必ずと言っていいほどいつもの仮面を脱ぐ。
笑顔の仮面で言われるより少しだけ真実味があるから困る。まだ本気だとは思えないけど。
「それが本当だとして、ロイは私のなにを好きになったの?」
「それをこんな道端では伝えられないね。お昼に個室の所に入ろうか。そこで私のアリアへの想いをこれでもかってほど伝えてあげる」
「……やっぱやめとこうかな」
「ん?逃がさないよ?聞いてきたのはアリアだからね?」
ギラッとロイの目が光った気がして、言わなきゃ良かったかもしれない、と思った。
「まず気になったのはその目かな。吸い込まれそうな真っ赤な瞳が綺麗だなと思ったよ。その次にアリアの声を聞いて、力強い目とは裏腹に鈴のような可憐な声が聞こえてそのギャップにやられたね。警戒心が強いから、ドロドロに甘やかして懐かせたいと思ったんだ」
お昼時になって本当に個室のカフェに入ると、ロイは無表情でつらつらと私の好きなところを挙げていく。
真顔でそれを告げられて私はどんな顔で聞けばいいのか。
「アリアの戦う姿もとても美しいよね。殺気や威圧がないから踊ってるように見えるんだ。中でも私と戦ってる時が1番好きだ。私だけを見て私の事だけ考えて踊ってくれるのが最高だね」
「踊ってないんだけど」
「でも外見だけじゃない。そうやって動揺もしないで淡々と返すところも、私の思い通りにならない所も好きだよ。知識が豊富なところも好きだ。話していてとても楽しい」
「私もロイと話すのは楽しくて好きだよ」
「……そうやって無意識に煽ってくるところも、悔しいけど好きなんだよね」
ロイの無表情が少し崩れて、少し困ったように眉を寄せた。
煽ったつもりは無いけど、今の私の言葉はロイを困らせたらしい。
「アリアは何をしたらこの言葉が本当だって信じてくれる?」
何をしたら?
そう聞かれると困る。何をしたらロイの言葉を信じられるかなんて、私にも分からない。
「ハニートラップだと思ってるんだろうけど、する意味は?アリアの能力は確かに有能だけど、わざわざ私から敵かもしれないアリアにハニートラップを仕掛けるほど、帝国は無能の集まりでは無いよ」
…うん?言われてみれば、たしかに。
ロイが組織の中でどれだけの立場の人間かは分からないけど、指示する側ならかなりの立場だ。そのロイがハニートラップを仕掛けるのはちょっと危険ではある。
「それにアリアには私の仮面もバレてるくらいだし、本当にその能力が欲しいだけなら素直に勧誘してる。好かれる必要は無い」
「…それもそうだね」
「でしょう?だから私がアリアを好きな気持ちには、組織の感情は何も宿っていないんだよ。ただアリアが好きなだけ」
真顔のロイがそう言ってきて、私は戸惑ってしまう。
まだ信じられてるわけではないけど、ロイの言うことも分かるから困惑する。
「むしろ私がアリアを好きなことが組織の人間にバレたら怒られるだろうね。立場ある人間が、どこの人間かもしれない女性に惚れ込んで私情にとらわれてるのだから」
「……ロイがそこまで恋に夢中になるとも思えないんだよね」
「それは私も思わなかったよ。まぁ恋というには重いような気もするけどね」
重い?感情が?あまりそうは見えない。
いつも飄々としてるし余裕たっぷりだし、今までも散々女性に言い寄られてきただろうに、私なんかに夢中になる?
やっぱりそこが引っかかるんだよなぁ。
好きなところを沢山言っては貰ったものの、本当に?って疑ってしまう。
「私の気持ちが本当なのかが信用ならないんだね。ハニートラップじゃないことは信じてくれた?」
「……とりあえずは」
「うん、なら今日はそれで許そう。信用は積み立てていくものだからね」
無表情なのに少し嬉しそうにも見える顔でロイが頷く。
少しずつロイの言葉に言いくるめられて、このまま罠にハマってしまうようなそんな感覚がして少し怖くなる。ロイの言葉を否定する言葉が見当たらなくて、どんどん深いところまで落とされていくようだ。
ロイの顔に仮面がないからか、言葉を素直に受け取ってしまってる自分が怖い。そしてロイのことをどんどん信じようとしてる自分もいるのに、止められない。
おちたくないのに、このままだとおちてしまいそうだ。
気をしっかりもたないと。
私は天使。天使アリストリーゼ。
任務の最中に人間に惚れたなんてバレたら笑われてしまう。
「ところでアリアはさ」
「うん、なに?」
気を取り直したところで、ロイが口を開いた。どうやら話題を変えようとしているようで、こちらも大変助かる。
戸惑ってることなんて表に出さないように平然を装った。
「アリアは毒とか薬の類は、効く?」
「……は?」
もう顔が崩れた。
何を聞いてるんだ、この人は。
「睡眠薬とか麻痺薬とか効くかなって。耐性ありそうだから」
「……私に使うつもりでいるの?」
「勿論使いたくないよ」
使わないとは言わないんだね。
ロイの顔にはふざけた様子はないし、本気で使う予定があるのだろうか。
……まぁ、使われたところで効かないけど。
「効かないよ。言っておくけど、どれだけ強くしても無駄だからね」
「やっぱり耐性あるんだ。だよね、じゃなかったら眠らされて誘拐されてそうだしね」
それをロイが言う?まさに使おうと思ってた人が?
「……一応聞くけど、なんのために私を眠らそうとしてたの?」
「うん?………聞きたい?」
ロイが私の目をじっと見る。その目に熱がこもってるような気がして目を逸らしたくなるのに、囚われてて逸らせない。
「アリアが私の気持ちを信じてくれなかったら、眠らせて閉じ込めてしまおうかなって思ってたんだよ」
「………本気?」
「ふふ、どうかな。アリアが信じてくれれば、そうはならないかもね」
少しだけ口角をあげたロイは妖しい顔をしていた。
……やっぱりこの人におちるのは危険だ。