27 危険な行為
それからは何の問題もなく、アスタードについた。
相変わらず睨みつけてくるレミアさんのいる第8班とは別の宿に泊まる。そして私たちは私達だけでその宿についてる食堂で夜ご飯を食べた。
「あー明後日出発だが、次の目的地ゴーズルには結界がない。魔物もおそらくそんなに多くはないと思うが、準備はしっかりしておいてくれ」
次の目的地はゴーズル街。私が2つ目に結界石を破壊したところだ。もう結界はないから、あの辺で生まれた魔物はゴーズルに向かっていってそこにいる騎士たちに退治されているだろう。
とはいえ油断はできない。ここの結界石にも濃い瘴気が溜まってるはずだから。
その証拠にこの国は他の国に比べて魔物が強い。このままだったらほとんどがAランクとSランクになってしまうだろうし、もっと強いのも出てくるかもしれない。
だから早く、結界石を壊さないと。でも前回壊したブルスタがまだ落ち着いてないだろうし…。
今回はこの街はスルーしようかな。
そう思っていると、グレイスが私に声をかけてきた。
「アリア、明日は私とお出かけしない?」
「グレイスと?いいよ」
グレイスに誘われて、頷いた。断る理由が見当たらなかったからだ。
ロイとも約束はしてないし、今回は結界石は壊さないと決めたし。
そういうわけで少し久々にグレイスとお出かけだ。
初めの数回以降一緒に出かけてなかったような気がする。
「アリアはいつもロイと外出してるでしょう?どこに行ったりするの?」
「普通に武器屋とか道具屋に行くよ。あ、でもこの間は劇団を見に行ったかな」
「あら、デートじゃない。いいわね」
デート?そんなつもりは私もロイもないんだけどな。
グレイスの言葉に苦笑いを返しながら店内に進む。グレイスとやってきたのはこじんまりとしたカフェ。お昼時だけど店内に人は少なくて、穴場のような雰囲気がある。
グレイスが連れてきてくれたから、彼女の行きつけなんだろう。
席について今日のおすすめをふたつ頼んで、ジュースで乾杯する。
「アリアはロイのこと、どう思ってるの?」
「どう…って、仲間だと思ってるよ?」
「ロイはアリアのこと特別だと思ってそうじゃない?」
あー…そっちか。その手の話だったか…。
ロイの笑顔が胡散臭いから、なんて言ったらロイの疑惑を強めてしまうだろうか。少し協力してもらってる手前、こんなところで彼の疑惑を強めるのも憚られる。
「出会ってそんなに時間も経ってないのに、そういうこと言い出してきたから、信用出来ないって言うのが正直な気持ちかな」
「あら、でも2人は騎士になる前に出会ってるんでしょう?」
「1回だけだよ?それもほんの少し言葉を交わしただけ」
「じゃあ一目惚れかしら」
「すると思う?」
ロイは見た目も良いし強いし、私が関わらなければ穏やかな性格だ。きっと今までも沢山女性を惹き付けて来ただろう。
だから一目惚れなんてするとは思えない。私は絶世の美女では無いし、ロイが外見に惑わされるようにも見えない。
もしロイの私を好きという言葉が本当なら、どこを好きになったのか不思議なくらい。
「まぁ…彼は外見に惑わされるようなタイプには見えないわね」
「でしょ?だから信じられないというか。何を考えてるのかなって思ってる」
まぁ恐らく私を利用しようとしての言動だとは思ってるけど。
私のことは利用しようとは思ってるものの、傷ついて欲しくないというのは本音っぽいから困る。いっそ利用したいんだってはっきり言ってくれた方が、こっちも変に悩まなくて済むのに。
「あまりそこに首を突っ込むのは良くないわよね。私は見守るだけにするから、何か困ったら言ってちょうだい」
「うん、ありがとう」
グレイスとのお出かけは普通に楽しくて、あっという間に一日が過ぎた。
そして私は今回結界石を壊すことなく、アスタードを出発した。
「ロイくん、さっきは助けてくれてありがとうね。とってもかっこよかったよ!」
「いえ。勝てない魔物に挑まないでください」
視界の端で、レミアさんがロイに熱い視線を向けている。
レミアさんが魔物に挑んでる時に危なかったのをロイが助けたのだ。それでレミアさんはあんなにうきうきでロイに話しかけている。
レミアさんに声をかけられてるロイは取り繕った笑顔ではあるものの、声が聞きなれた声より冷えてる。
多分イラついているんだと思う…。
ロイがレミアさんを振り払って私のそばに来て、小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「ロイ、聞こえてる」
「アリアならいいよ。……いっそ聞こえるようにした方がいいかな?」
相当嫌なんだろう。顔から嫌そうなオーラが凄い。若干仮面も剥がれてる。
レミアさんがロイのことが大好きなのは伝わるけど、ロイがどれだけレミアさんを避けても伝わらない。彼女は自分に都合のいいものしか見てないらしい。
可哀想だけどあと1週間くらいでお別れだし、ロイ耐えられるといいなぁ、なんて思っていたが。
レミアさんはロイが助けてくれたことに味をしめたのか、次に魔物が出てきた時もロイを呼んだ。
「ロイくん、助けてー!」
間延びした声。明らかに手を抜いてわざとピンチを作っている。
ロイはスっ、と無表情になって助けに行ったが、レミアさんの言葉に何も答えることなく無言で倒して帰ってきた。
流石にこれには第8班のメンバーもいけないと思ったらしく、レミアさんを叱っていた。
どれだけ弱い魔物であろうと手を抜くのはいけない。ましてここは結界の外で、いつ危険が現れるか分からない。仲間を危険に晒すようなことはするなと。
うん、私もその通りだと思う。
危険だよ、その行為は。
流石に自分の班の班長に厳しく叱られたら、態度を改めるだろうと思った。
……思っていたら。
「危ないっ!」
レミアさんは戦ってる自分の班員と魔物の間に体を滑り込ませようとした。全然危なくもなんともないのに。
だから私は勢いよく彼女の手を引き、そしてその反動で私の体が魔物の全面に押し出される。
「……っ!!」
間一髪。こちらに大きく口を開けて向かっていた魔物の口の中に、腕を入れて、肘と手を垂直にして魔物の口が閉じられないようにする。
これが間に合ってなければ、齧りつかれていただろう。
レミアさんが意味もなくその戦いに近寄って行ったのが見えたから、何する気なんだろうと思って近付いておいてよかった。
私に口が抑えられているが、魔物は負けじと私の腕を食べようと顎の力を強める。肘に当たる歯が少し肌に食いこんではいるが、重症じゃない。Aランクの魔物で牙に毒もない。
私はすぐさま空いてる手で剣を抜いて、魔物の口の中から脳に向けてぶっ刺し、絶命させた。
「アリアっ!!」
他の人の手助けをしていたロイがすぐさま駆け寄ってきて、魔物の口を抑えてた腕を優しく掴んで、私の怪我を確認している。
「肘に跡が…!」
「そんなに痛くないよ。毒もないし」
「そういう問題じゃない!」
ロイは真面目な顔になって私の傷に水をかける。そして私の手を引き、グレイスの元へ連れて行った。
グレイスは私がしてたことを見ていたのか、もう手当の用意をしていて、グレイスの用意した道具を借りたロイが、私の傷の手当をしている。
「……なんであんなやつ庇ったの」
「どんな人でも関係ないよ。私が助けられる人は助ける」
「……さっさと殺しておけば良かった」
ロイから物騒な言葉が聞こえて私は苦笑した。レミアさんのことを言ってるんだろうけど、グレイスも聞いているだろうにそんなこと言っていいのだろうか。
「どう?上手く動かせる?」
「うん。ロイは手当するの上手いね。全然支障ないよ」
関節部分なのに全く動きに支障がなくて驚いた。ロイはこういうことも上手なんだなぁ。
私はなんでも直ぐに治してしまうから、手当は苦手だ。人の手当もあまりしたことがない。傷ついて欲しくないけど、すでに傷ついたものをどうにかしようとは思ってない。キリがない。
肘を曲げて伸ばして動きを確かめていると、第8班の班長の怒声が聞こえた。
「何を考えてるんだ!!アリアさんの機転のおかげでどうにかなったものの、下手したら死んでたんだぞ!!」
うん、可能性はあったね。
何を思ってあのタイミングで飛び出したのかは分からないけど、レミアさんがあのまま魔物の前に行ってたら腕1本くらいは千切られていたかもしれない。
班長の怒声を聞いていると、私のそばに居たロイがすたすたとレミアさんに近づいた。
レミアさんが近付いてくるロイを見てその顔が輝く。怒られていてもその顔ができるのは凄いなぁ、なんて思っていたら。
ロイが剣を抜いて、その剣の先をレミアさんに向けた。
「あんな無謀なことするってことは死にたいってことだよね?」
「ろ、ロイくん……」
「お前のせいでアリアがいらない怪我をしたわけだけど、どう責任取るつもり?お前の命ひとつで足りると思う?お前の家族も魔物に齧りついて貰おうか?生き残れるかは知らないけど」
こっちからはロイの背中しか見えないからどんな顔をしてるかは分からないけど、彼から殺気が溢れているのは感じる。
レミアさんも青白い顔で震えているし、相当冷えきった顔で脅してるんだろう。
「アリアさん、本当に申し訳ない。私の監督責任だ」
「はい。彼女のことはしっかり叱っておいてください。このままでは危険です」
「は?生かしておくの、アリア」
班長に頭を下げて謝られ、そう返事をしたらロイがこちらを振り返った。その剣先をレミアさんに向けたまま、その殺気も抑えないまま。
「当たり前でしょ。本気で殺すつもりだったの?」
「それこそ当たり前だよ。生かしておいたらまたアリアが怪我するでしょ」
「班長にしっかり見ててもらうから大丈夫だよ」
ここまでロイに殺気を向けられて、レミアさんも怯えているしこの先は大人しくしてるだろう。
班長もきっと今まで以上にレミアさんを注視してくれるはず。あと3日ほどで着くんだし、ここからは魔物も弱くなるから大丈夫だろう。
ロイはゆっくり殺気を抑えたが、その剣を仕舞おうとはしない。
「……じゃあせめて足はなくしておいた方がいいよね。歩けなければ無謀なことはしないし」
「ひぃっ」
「ロイ、それをしようとしたら私が彼女を庇うけど」
「…………」
私の目の前で人を傷つけることが出来ると思う?私は庇うよ、レミアさんを。その結果ロイに斬られたとしても。
じっ、と強くロイを見つめると、ロイにも私の意思は伝わっているようで、ゆっくりその剣をさやに納めた。
そして納得いかない顔をして私のそばにくる。
「……アリアはずるいね。僕が君を傷つけられないって知ってるのに」
「そんなことは考えてないけどね。私の言葉を無視はしないと思ってるよ」
「……ずるいなぁ…」
なんだかんだ私の言葉を聞いてくれる。理不尽な交換条件を持ち出されたりはするけど、私が折れないことを知ってるからか、ロイの方が妥協してくれる事が多い。
ロイの表情はさっきのような鬼気迫るようなものではなくなり、笑顔では無いものの割と普通の表情に戻った。
普通に戻ったロイは未だ座り込んでるレミアさんをちらりと見てから、第8班の班長に顔を向ける。班長が顔を向けられて少しビクッとしたのが見えた。
「班長、その人ちゃんと見ておいて下さいね。少しでも怪しい行動したら、強制的に眠らせます。魔物用の強い睡眠薬あるんで。これなら傷つけないからいいよね、アリア?」
「……まぁ、マシかなぁ……」
魔物用の睡眠薬…。それめちゃくちゃ強力なやつじゃ…。人間が使ったら1週間は目覚めないんじゃなかったっけ。
まぁ傷付けてはないし、寝るだけだし、まだマシだろう。これもダメとか言ったらもっと怖い案が出てきそうだ。
班長はロイに向けてしっかり頷いてはいるが、その顔には少し怯えが混じってる。ロイの殺気にあてられたんだろう。
第2班はロイの殺気には少しだけ耐性があるからそこまでじゃないが、耐性もなく近くで浴びた班長には結構効いてるはず。
それでも私と戦う時ほどの殺気では無かったんだけどね。殺気が効かないから分からなかったけど、ロイの殺気は弱い魔物ですら逃げ出すくらいだし、かなり凄いものなのかもしれない。
「アリア、大丈夫?」
「うん、グレイスの薬が効いてるからかな。全然痛くない」
グレイスが隣に立って、心配そうに私を見てくる。でも不思議と全然痛くない。グレイスの薬は効くのが早いらしい。
「アリア」
「なに、ロイ」
「………なんでもない。今は痛くないの?」
「うん」
「…良かった」
何を言いかけたんだろう。分からないけどロイはやっぱり悔やんだ顔をしている。私が怪我するとその顔するなぁ、ロイは。
少し落ち込んでるロイの肩にポン、と手を置く。
「街に着くまで、頼りにしてるからね」
「……任せてよ」