21 4つめの結界石
そして次の日、朝ごはんを宿についてる食堂で食べて、ロイと一緒に街に出かけた。
「アリア、今劇団が来てるらしいよ。行ってみない?」
私とふたりで街を歩くと早速無表情になったロイが、いつもの声色で私に聞いてくる。
それを怖いとは思わず、私はいつも通りの態度で頷いた。
「はぁー面白かった」
劇団のテントから出て、私は手を伸ばして体を伸ばす。
本当、面白い内容だった。演者もとても上手だったし、人気があるだけあるなと思った。
「アリアは劇が好き?なら今度私の故郷の劇も見に行こうよ」
「それって…どこ?」
「内緒」
なんだそりゃ。どこの国だよ。
それに私はやることが終わったら天界に帰るから、彼と別の国に行くって予定は立てられない。
「多分無理かな」
「どうして?」
「終わったら私も帰らなきゃいけないから」
「どこに?」
「内緒」
ロイと同じ言葉を返すと、ロイは少し黙って、前を向いた。
「私はあの劇の騎士のように、好きな人の幸せを願って身を引くなんてことは出来ないよ。私ならどんな手を使ってでも欲しい物は手に入れる」
言葉の終わりに私を見て、あぁ、私のことを言ってるのか、なんて感じた。
好きな人云々はまだ分からないけど、私のことを欲しいと思ってるのは本心なんだろう。
理由がどうであれ、そこまでストレートに欲しいと表現されるのは悪い気はしないな。
「じゃあ私も、頑張って逃げなきゃかな」
「ふふ、そうだね」
私の言葉に返事した彼は薄く笑っていた。
作った笑顔には見えなかったし、薄くだったから、きっと本心で笑みが浮かんだんだろう。
うん、嘘っぽい笑顔よりそっちの方が全然いい。
そう思ったばかりなのに、ロイは急に仮面の笑顔を貼り付けた。
え、なんで?
「ちょっと早いけど、お昼食べに行こうか」
「うん、分かった」
ちら、と彼の目が一瞬後ろを確認していて、彼の笑顔の理由を察した。誰かが尾けているんだろうか。
私は耳がいいだけだから、人が沢山いる所ではそういうの分からないんだよね。ロイはそういうの鋭そう。
とりあえず私は笑顔のロイについていった。
ロイが案内してくれたお店は、可愛らしくてオシャレなところ。中に入ってもお花が沢山飾られていて、女性向けのカフェだ。
どうやらここが、以前ロイが言っていた林檎の美味しいお店らしい。
本当、よく知ってるなぁ、こういうところ。
このお店には個室があるらしく、そこに通してもうと、ロイの笑顔は一瞬で消えて、見慣れてきた無表情になる。
「今日のオススメを2つ、お願いします」
注文してから店員がいなくなると、ロイの目つきが少し鋭くなる。
「……さっき街中で尾けてきた奴、多分第5班の連中だよ」
「第5班?うーん、ばっちり疑われてるね」
やっぱり尾けられてたのか。
でも第5班か…。班長が私達に疑いの目を向けてたしなぁ。やっぱり疑ってたのか。
「何を疑われてるのかな。他国からの間者?それとも不可視の悪魔?」
「両方だと思うよ。というか他国の間者が不可視の悪魔だと思っているんだろうね」
あぁ、なるほど。他国の間者が結界石を壊したと思ってるのか。
まぁ誰も天使がしてるとは思わないし、他の勢力だったら理由がわからないもんね。
「まぁ連中の狙いは大当たりなんだけどね」
ふ、とロイが小馬鹿にするように言う。
ここには他国の諜報員のロイと、不可視の悪魔の私がいるし、確かに彼らの狙いは大当たりだね。
「私ロイの仲間じゃないのにな…」
「私は仲間に見られて嬉しいよ」
私は嬉しくないです。
「まぁまぁ。それよりアリアは、気配に敏感というより、音に敏感なのかな?」
「よくわかったね」
「さっきの尾行には気付いていないようだったからね」
それもそうか。ロイにはお見通しだなぁ。
彼は力も強いし気配にも敏感だし、なんだか天使の私が負けてるみたい。少し悔しい。
やっぱり天界に帰ったら修行しなきゃ。
「ロイは気配に敏感なの?」
「そうだよ。だから音に敏感なアリアと、気配に敏感な私が一緒にいたら怖いもの無しだね」
ああ、うん、そうかもね…?
信用出来る間柄ならって前置きがいるけどね?
そんな話をしていると、料理が運ばれてきた。
「アリアは終わって帰ったら何をするの?」
同じ料理を食べながら、ロイと話をする。ロイは基地や班のみんなと食べてる時は感じなかったけど、こうして二人で食べてると彼の所作は綺麗だなと気付く。
いや、みんなの前ではわざと皆に合わせてた?諜報員ならそれくらいするか?
「何…というと?」
「新しい任務に出たりするのかな」
うん、やっぱり綺麗だ。まぁ諜報員なら綺麗に食べることも出来るだろうけど、なんというか、洗練されている。
体に染みてるような、そんな感じ。
「いや、暫く休むかなぁ。鍛えたいし」
「鍛えるの?」
「そうだよ。ロイに負けちゃったからね。気配も読めるようになりたいし」
天使としての身体能力と反射神経で、私に勝てる人間がいたなんて。いや居るとは思ってたけど、こんなに若いなんて。
齢200越えの私からしたらちょっとショックだ。
しかも騎士とかではなく諜報員。確かに強い方がいいけど…。
「私が鍛えてあげるよ。だから終わったら私と一緒に行こう?」
「行かないってば」
「大丈夫、私の組織は大きいからね。どれだけ刺客を向けられても守りきれるよ」
いや刺客なんて来ないし。
私もどこかの諜報員だと思ってるから、ロイはそう言うんだろう。
「なんなら死体を偽装することもできるよ。だから一緒に行こうよ」
凄いグイグイ来るなぁ。
真顔で私を誘うロイを見て、私は困った顔をした。
「行かないよ」
「どうしても?」
「どうしても」
無表情のロイの眉が、少し下がった気がした。
悲しんでいるんだろうか。
「私は主に忠誠を誓ってるの。だから行かないよ」
はっきりと断った。
ロイがどれだけ魅力的な餌をちらつかしてきたとしても、私は行かない。
私は天使で、神の手先だから。
裏切るとかそういうものはない。天使にとって神とは絶対なのだ。
私達天使に感情はあるけど、その根底には神がいる。神に逆らうことは絶対できないし、逆らおうとも思わない。
神に死ねと命じられれば躊躇いもなく死ねる。そういうものだ。
「ありがとうロイ、誘ってくれて。気が向いたら遊びに行くよ。どこにいるか分からないけど」
「………」
「全部終わったらどこを拠点にしてるかくらいは教えて欲しいな」
任務がない時は割と自由だし、どこに行って誰と会っても何も言われない。折角ここまで仲良くなったのだから、任務が終わってもたまには会って話したい。
そう思ったのに、ロイの無表情は少し鋭さを増した。
「嫌だよ」
「えっ」
まさかの拒否。
仲良くなれたと思ってたのは私だけだった?
それともやっぱり、諜報員だから教えられない?
「アリアとたまにしか会えないなんて嫌だよ。私はアリアと毎日一緒に過ごしたい」
え、嫌ってそっち?
「だから私は諦めないよ。絶対アリアを連れて帰る」
決意の漲った目を向けられて、後退りたくなった。
なんだろう。天使の私を捕まえられるはずないのに、追い詰められた気がするのはなんでだろう。
「覚悟しててね」
「は、はい」
袋のねずみってこういうことかな…なんてことをぼんやり考えてた。
料理も食べ終わってデザートが来ると、ロイのさっきまでの雰囲気は消えて、無表情ながらも柔らかい雰囲気に戻った。
少しほっとしてしまった。なんだかさっきの雰囲気は逃げたくなる感じがしたから。
デザートは林檎尽くしでとても美味しかった。アップルパイに林檎のタルトに生の林檎が綺麗に飾り切りされて豪華に盛り付けてあるもの。
どれもとても美味しくて舌鼓をうった。
「アリアはこのあと何がしたいとかある?」
「うーん、特にないかな」
食後の紅茶を飲んで一息つく。
ロイはよく魔物素材を使ったりするけど、私はあんまり使わないから、材料屋とかにも用はない。
弓矢もまだ使えそうだし、剣の手入れも済んでるし…。
「ロイが行きたいところでいいよ」
「私も特に用があるところは無いんだよね」
「そうなの?」
「うん、だからさ」
用がないなら午後はユーリアとお出かけでも良かったのでは?と思った時。
「壊しに行かないのかなって」
ロイはそんなことを言ってきた。
結界石の事だ。
「でも、前のやつから一月も経ってないし…」
「今ならそんなに敵も多くないんじゃないかな。だって私達が倒してきたんだから」
ね、とロイは言う。
そうか。私達が結界の外で倒してきたばかりだから、今ならそんなに多くの魔物は寄ってこないのか。
それなら第2班と、第5班で事足りる…?
「私も全力を尽くすよ」
ロイがやる気に満ちた表情を向けてくる。
彼は私に結界石を早く壊して欲しいんだろうな。まぁ私も早く壊したいし、そこの利害は一致してる。
「じゃあロイ、今回も頼んだよ」
「お任せあれ」
ロイと一緒にお店を出て、私たちは結界石のある大聖堂の近くまで来た。
だけどやっぱり、扉は閉まっている。
「どうやって入ろうか…」
「誰かが入る隙を狙うしか無さそうだね」
ロイの言葉に頷いて、私はフードを深く被って気配を消す。
気配を消した私をロイは見て、少しの笑みを浮かべた。
「見慣れたからかな。最初の頃よりはっきり見える」
「ええ、それは困るな」
嬉しくない。誰にも見えないことが売りなのに。
そんなロイを置いて、私は大聖堂の方に向かった。
入口付近で待ってると、程なくして1人の神官が大聖堂の扉を内から開けた。その瞬間にその神官を押し退けて中に入り込む。
「誰か!今見えないものが入っていった!」
私に押しのけられた神官が叫ぶと、中に常駐していた騎士が警戒した。みんな一様にきょろきょろと侵入者を探している。適当に剣を振ってる人もいる。
それらを躱して、結界石のところに辿り着くと、懐から短剣を取り出して刺した。
「なっ、壊されたぞ!」
「ここにいるはずだ、逃がすな!」
出口を固められて逃げれなくなるも、私は彼らを押し退けて無理やり外に出た。
「外に出たぞ!」
「くそっ、逃がすか!」
街中に紛れてしまえば捕まりっこない。
落ち着いてロイのところに戻ると、やっぱりちゃんと見えてるからなのか、気配を消してるのにロイとしっかり目が合った。
「お疲れ様」
徐々に気配を戻して、フードを外す。
「それにしても本当に誰も見えないんだね」
「ロイが特殊すぎるの」
私が気配を消したら、それは本当に透明になったようなもの。触れても声をかけても相手は私を認識できない。
天使ならではの特殊な能力なのだ。
だから見えるロイがおかしいんだと言うと、ロイはうっすら満足そうな顔をする。
「それは光栄だね。じゃあ、行こうか」
「うん」
私はロイと一緒に、魔物が来る方へと走りだした。