20 強いことは怪しい
魔物討伐に人が増えて、再び結界の外に出た。前回と同じルートをたどって、私が怪我をした地点から当初の予定通り魔物を倒しながら進む。
ロイは宣言通り、率先して魔物を倒していた。一切手を抜かずやるものだから、他の人に魔物が回ってこなくて第5班の経験値にならず、レグルスに少し手を抜けと言われたほど。
そこでロイは仕方なく少しだけ手を抜くことにしたらしいけど、班員が危なそうならすぐに魔物を殺すと言っていて、多分私が庇わないようになんだろう。
そこまでして怪我して欲しくないのか…。
私ももちろん戦っていて、といっても今まで通り弓で少し離れた位置から。
他の人に魔物を倒させてる時はロイが常に隣にいて、私が出ていきそうになったら止めるつもりらしい。
「いやぁ、ロイくん、強いねぇ」
第5班の人達が口々にロイを褒める。
褒められてもロイは変わらない笑顔でありがとうございます、と言った。
「こんなに強いとは…。頼もしいねぇ。しかも頑張ってる動機が好きな子のためでしょ?青春だね」
第5班の班長がちらりとこちらを見てそう言う。
ロイは第5班にもその設定でいってるのか…。
「アリアさんも、素晴らしい弓の腕だね」
「ありがとうございます」
「でも聞くところによると、剣の腕も凄いんだとか?」
「ロイほどじゃないですよ」
彼を見たあとで私を見たら全然凄くは見えないと思う。
うーん、ちょっと悔しいから、この任務が終わったら強い天使に剣の修行でもつけてもらおうかなぁ。
「いやいや、ロイくんみたいなのが2人もいたら凄すぎだって。ねぇレグルス?アリアさんも強いんでしょ?」
「はは、アリアもやばいぞ。俺よりは確実に強いな」
「おっ。やっぱり強いんだねぇ」
第5班班長の言葉にレグルスが笑って答えた。
うむむ…否定できない。レグルスより強い…。というか思ったよりレグルスが弱かった…。
「その歳でその強さは感動しちゃうね。誰か有名な人に習ったのかな?」
第5班班長が、私の顔をじっと見る。笑顔だけど探るような視線をしていることに気付いた。
「私のいた孤児院の近くに、剣を教えてくれる人がいました。有名かは分かりませんけど」
「そうだったんだ。その人の名前は?」
「名前は知りません。近所のおじさんと呼んでいたので」
アリアの設定を口にする。そのおじさんは旅に出た設定なので、確認に行かれても大丈夫だ。
それに私の設定の孤児院の院長にはちゃんと根回ししてあって、ちゃんとそういう人がいた事にしてくれている。
完璧。ボロは出ない。
「そっかそっか。ロイくんは?」
疑ってはいるけど、きっとそれ以上出てこないと思ったのか、班長はロイに目を向けた。
「僕は幼少期から教わってました。残念ながら3年前に師匠は行方不明になったので、そこからは独学です」
「その師匠は誰か聞いても?」
「すみません、僕も名前は…。師匠と呼べ、としか言われなかったので」
ロイもロイの設定らしきものを言う。彼の胡散臭い笑みは班長には気付かれているんだろうか?
私たちの強さをレグルスは何も言わなかったけど、彼も実は疑っていたんだろうか。
そんなことを思ってると、第5班班長にレグルスが声をかける。
「2人は国のために魔物をこんなにも倒してくれているんだ。2人がいなければこの間この森に来た時に俺らは死んでたんだぞ」
レグルスは班長の肩に手を回して、班長に笑いかける。
班長もそんなレグルスを見て、ふっ、と笑った。
「そうだね。これからも国のために尽くしてもらいたいねぇ」
「だろう?期待の新人なんだ」
ははは、と2人は笑い合い、他の人は呆れた顔をしながら野営の準備を進める。
「アリア、水汲みに行こう」
「いいよ」
ロイに誘われたので、私はロイと一緒にバケツを持って近くの川に向かって歩いた。
「なんか疑われちゃったね。本当に良かったの?ロイ」
「バレてもいいって言ったでしょ?遅かれ早かれこうなるんだから気にしないよ」
ロイは本当に気にしてないかのように軽く言いながら、バケツで水を掬う。
でもあの様子だと、レグルスも私達に疑いを持っているように見えた。間者の可能性があるという疑いを。
「まぁ僕の方の計画も大分進んでるから、今更僕が捕まっても無駄だろうね」
「そうなんだ」
それ私に言っていいんだ。
そう思った私に、ロイが目を合わせてきた。
ココ最近何度か見る、仮面に見えない真面目な顔だ。
「ねぇアリア。僕が全部話したら、君も全部話してくれる?」
バケツを持った手を下ろしたまま、私もロイの目をじっとみた。
「全部は言えない」
「言えるところもあるってこと?」
「……」
彼の言葉には敢えて答えず、見つめる。
彼は嘘っぽくないその顔で、目を鋭くさせる。
「どこまでなら言える?僕の敵じゃないって分かれば良いだけなんだけど、それについては答えられそう?」
「それは……」
言いかけた時、私の鋭い聴覚が、ほんの僅かな足音を聞き取った。
言いかけた私を不思議そうにロイが見ていて、私はその足音が近付いてるのが分かったあと、ロイに意識を戻す。
「私は、葡萄のジュースが好き」
「…え?」
「最近分かったんだけど、葡萄のジュースが1番好きみたい。中でもカーシュにあるジュース屋さんが美味しかったな」
突然ジュースの話をしだした私を、ロイは呆気にとられたような顔で見る。
それに気にせず私は持ってたバケツで水を汲んで、ロイに歩くよう促した。
「うん、葡萄のジュース…そうだよね、アリアは美味しそうにしてたけど…」
「でも果物をそのまま食べるなら、りんごが好き。さっぱりしててあの食感が好き。ロイは?ロイは何が好き?」
「僕は…」
無理やりに話を続けて、ロイに質問すると、彼の目線が少し揺らいだ。そして私の目を真剣な目で見てきたので見つめ返すと、にこ、といつもの笑顔を浮かべる。
「僕はアリアが好きなものが好きかな」
「……質問の答えになってないよね?」
「そんな事ないよ。なんなら食べるより、食べてるアリアを見る方が好き」
会話を聞かれてもおかしく見えないように出した話題だったけど、なんか失敗したかもしれない。
「ね、りんごが美味しいお店行こうって言ったら、一緒に行ってくれる?」
「え、うん…別にいいけど…」
「本当?2人きりだよ?」
「う、うん…」
別に2人でご飯なんて何度も行ってるし…。
そう思って頷くと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあトルマールに着いたら行こう。2人だからね」
「あっ、トルマールにあるの?」
トルマールは、私達が今行こうとしてる街だ。ヤングレナを出て、結界の外を通ってトルマールという街に行く予定。
ちなみにそこも、結界石のある街だ。
「そうだよ。多分2泊はすると思うから、間の日に行こう?1日空けておいてね」
「えっ、お昼だけじゃ…」
「お昼だけで僕が君を離すと思う?」
いや思う?じゃなくて、離して。
そう思ってジト目で彼を見ると、彼は面白そうに口角をあげた。
「楽しみだね、デート」
「いやデートじゃないから」
水を組んで帰ると、ユーリアが飛びついてきて、2人で水を汲みに行ったのをずるいと言われた。
そしてその少しあとに、薪を拾ってきた、といって第5班副班長が帰ってきたので、私達の会話を聞きに来たのは彼かもしれない。
いつもの倍の人数で野営をすれば、休憩時間も多く取れるもので、私は食後にユーリアと話しながら焚き火を囲っていた。
「ユーリア、強くなったね」
「まだまだだよ!アリア、トルマールに着いたらまた指導してよ!」
「あ、いいな。俺も指導してもらいたい!」
ユーリアの言葉に手を挙げて賛同したのは、第5班の男の先輩。
「いいでーー…」
「先輩、僕が相手します。アリアよりは強いので、問題ないと思いますが」
私が答えようとしたのを、どこから聞いてたのかロイが後ろから口出ししてきた。
振り向くと彼は木の幹に寄りかかりながらこちらを向いていた。
「い、いや…じゃあロイくんに頼もうかな」
「はい、お任せ下さい」
にこっ、とロイは笑顔を浮かべて、手元にあった剣の手入れを再開させた。
「…ロイは変わらないね…」
「困ったことにね…」
基地にいた頃と変わらない態度。第2班の男性には割と打ち解けてるように見えたけど、やっぱり別の班となると違うのかな。
誰も大きな怪我をすることなく、トルマールに着いた。
そしてここで2泊して、また結界の外に出て、隣の結界石がある街ブルスタに向かう予定だ。
ブルスタに着いたら、第5班とはお別れで、別の班が来てくれることになっている。
「明日くらい私にアリアを譲ってよ!」
「だめだよ。先に約束したのは僕だから」
「ロイはこの先も一緒じゃん!私は次の街でアリアとお別れなんだよ!」
「知らないね」
目の前でユーリアとロイが言い合いをしている。
街に滞在する2泊3日の真ん中の一日、つまり明日をユーリアに買い物に誘われ、ロイとの約束があると告げたらこうなった。
それに苦笑いをして第2班のメンバーは宿に向かって歩き出す。私とロイは置いていくようだ。
「ユーリア、基地で休みが被ったら一緒に出かけよう?」
「アリア!約束だよ!?絶対だよ!」
うんうん、と何度も頷いて、なんとかユーリアを宥める。
別に明日のロイとの予定は今度にしても良かったけど、ロイが許さなかった。
ユーリアの言う通り、私とロイはこれからも一緒に行動するから1日くらい譲ってあげても、とは思ったけど、ロイは頑なに譲らなかった。
第5班のメンバーに呼ばれてユーリアは彼らの方へ行く。そのまま彼らは自分達の宿へと向かっていくのを見届けていた。
「まぁアリアの休日も僕が全部埋めるけどね」
「させないよ、何言ってるの」
私もロイと一緒に宿の方へ歩き出す。
というか私の休みも全部ロイで埋める気か。冗談じゃない。
私に否定されてロイは少し驚いた顔をした。
「休日になにかする事でもあるの?」
「ないけど、ロイと過ごす理由もないでしょ」
「あるよ。僕はアリアと仲良くなりたいから」
またそれか。もうだいぶ聞き慣れたなぁ、その言葉。そう思ってため息をつくと、ロイはくすくす笑う。
「そうあからさまに面倒くさがらないで。まだ僕の顔は嘘っぽい?」
「うん、とても」
「そうか…。難しいね、笑顔っていうのは」
うーん、こうかな?と言いながら表情を変えるロイ。
そうやって練習するもんじゃないと思うな、笑顔って…。
「笑える時だけ笑ったらいいと思うけどな」
「そうすると僕はずっと真顔だよ?」
「そんなもんだよ」
私だってずっと笑ってないし、むしろ無表情な方が多い。
ロイは諜報員だから笑顔の練習をしてそうなったんだろうけど、私にはバレてるんだから無理に笑わなくていいのに。
ロイは少し声を落として、私の目を真っ直ぐ見てきた。
「……でも、笑顔が無いとアリアは好きになってくれないでしょ?」
「嘘っぽい笑顔で言われる方が信じられない」
「そっか……」
本当に私に好きになって欲しいならあんな嘘くさい笑顔はやめるべきだ。不信感が増すだけだもん。
「それならアリアと2人の時は、顔を繕うのをやめるよ」
そう言って真剣な表情になったロイは、私を見つめる。
うん、ロイの真顔は少し威圧感があるけど、偽の笑顔より全然マシだな。
なんて思った時。
「アリア、私は君が好きだよ」
真剣な顔で、ロイは言った。
「………」
急にロイが言うから、私も言葉を失った。
しかもロイ、私って言った。
僕って言ってたのは、ロイという設定だからなのか。
「繕ってない表情で言い続ければ、本当だって思ってくれるよね?」
「……それはどうだろう」
「これからの私の態度次第ということだね」
変わらない真剣な顔でロイが言う。
なんか、一人称が変わって真面目な顔をしてるだけで偉い人のように見えるから不思議だ。
「明日はめいいっぱい貴方に愛を乞うから、楽しみにしててね」
ロイはふ、と口角を上げただけの小さな笑みを浮かべる。
それはとても自然な表情だった。