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2 初めての気持ち(ロイ視点)

 

「結界石が、壊された?」


「はい。南西のラズレイン街です」


「隣か……」



 宿の一室で、調査に出てた部下からそんな報告をしてきた。報告をした部下も、神妙な顔つきをしている。


 結界石が壊された。それをどう捉えればいいのだろうか。国が荒れるのは大歓迎だ。だけど被害が大きかったりするのは問題だ。荒地にしたい訳じゃない。



「運がいいことに、たまたま第2部隊が見回りに来ている時でして、被害は最小限に抑えられました」


「そうか。それなら良かった」



 騎士団が来てる時を狙うなど、国や街を混乱に陥れたい奴の犯行ならば残念なタイミングだっただろう。

 でも騎士団が来ることなんてひと月も前から分かってる。ならわざわざその日を狙ったのか?


 混乱には陥れたいが、被害が出ることは望まなかった?

 それとも、ほかの目的があった?

 騎士をひとつの所に集めたいとか?



「犯人は捕まったのか?」


「それが、目撃者もいないようで…」


「何?」



 厳重に警備されてる結界石を、目撃されずに壊したのか?

 結界石はふたつに割れるほど壊せばその力を失うが、かなり硬い。少し傷つけるだけならまだしも、力を失うほど完全に壊すのは容易じゃない。


 それを目撃されずに?そんなことありえるのか?



「もしかしたらこの街にも来るかもしれません。お気をつけください」


「あぁ、分かってる」



 ただの怨恨のようには見えない。計画性があるように見える。

 あの街の結界石だけが目的だったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 結界石を置く街として、ラズレイン街の隣のこの街にも来る可能性はある。

 もし来て壊されたら、この街にも魔物が沢山入り込む。そうなれば危険だ。



「それと、騎士団の件ですが、ロイドが採用されました。ロイ・ファストとして入団致します」


「分かった。ロイドなら大丈夫だろう」



 彼は人に溶け込むのが上手いし、人心掌握が上手い。彼ならきっと、私達の計画を円滑に進めるように手配してくれるだろう。

 2年前から騎士団に仲間のひとりも入団している。そちらとも上手く連携をとってくれるだろう。


 今のところ全て計画通りだ。

 ただひとつ懸念があるとするなら、結界石。


 あれを壊した者の意図が知りたい。それによっては私達の計画も考え直す必要が出てくる。

 敵なら排除しなくてはいけないし、味方に出来そうなら引き入れる。誰にも見つからず結界石を壊せるだけの力の持ち主だ。是非とも引き入れたい。



「さて、来てくれるといいんだが…」



 この街の結界石も壊しに来てくれるだろうか。




 その1ヶ月後、それは起こった。

 その日は、ラズレイン街に応援に行った他の街の騎士が、中継点のこの街で休息をとっている日だった。


 いつもより騎士が多い。1.5倍くらいに。

 だからか、何かを感じて私は結界石の見える位置に行った。



 結界石のある大聖堂は、いつもよりも警備兵が多い。ラズレイン街のことを気にしてだろう。


 大聖堂のエントランスの1番奥。その神聖な所に結界石はある。高さ1メートルほどの大きな石。

 いつもなら結界石の5m位までは見学で近寄れるが、今日は、というよりラズレイン街の1件から、近寄ることは出来ない。10メートル先のここから少し遠目で見れるくらいでしかない。


 ラズレイン街もこのゴーズル街も、大聖堂の中はあまり変わらない。結界石の周りは壁で外から入れるような窓もないし扉もない。あそこに行けるのは正面玄関からだけだ。


 そして隠れられるような物もない。見通しもいいし、そもそも警備兵が常駐している。天井から近づけるものでもないし、どうやって誰にもバレずに壊した?



 結界石を見つめながらそれを考えていると、ふわ、と甘い香りが隣から香った。横目で隣を見るも、人2人分空けて男性が結界石を見ているだけ。この距離から男性の香りが届くのは少しおかしい。しかも甘い香り。


 するとその甘い香りが少し移動したようで、斜め前から香った。かと思ったら香りはしなくなる。

 だが私より前は、立ち入り禁止エリアだ。


 私の見えない何かがいる?


 そう思ってぐっ、と目を懲らす。集中して、香りがした方に意識を全部向ける。外や後ろにも向けていた意識を全てその香りの方に注いだ。



 そこまでしてようやく、ぼんやりと人影が見えた。


 その人影は誰にも気付かれることなく、警備兵の横をすり抜けて、結界石の前に立つ。

 そして手に持ってた小さなナイフを、結界石に振り下ろした。


 その瞬間、結界石に真っ直ぐ亀裂が走り、パキン、とふたつに割れた。



 突然の結界石の損壊に警備兵は慌てふためき、犯人を探そうと辺りを探ったり詰所に走って向かったりと、一瞬で混乱に陥る。


 結界石を割った本人は直ぐに逃げることはせず、落ち着いて警備兵を避けて歩き、やがて正面玄関の見学者に混じる。

 そのまま外に出ていこうとするのを見失わないように追いかけた。



 街がざわめき、取手から離れようと逃げる人の群れに沿って歩いていたそいつが、やがてゆっくりと輪郭を表す。どうやら気配を戻したようだ。


 はっきり見えたその姿は、黒髪の女性だった。後ろ姿だから顔は分からないが、少なくとも160センチくらいの女性で、細身である。黒髪をうしろに一つにまとめていて、焦げ茶色のロングコートを羽織っている。


 私は気付かれないように近づいて、彼女の腕を無理やり取って、路地裏へ引っ張った。



 人が完全にいない所まで来て、ようやく手を離す。意外にも彼女は振り払うことも抵抗することもなくついてきた。


 私は警戒をとかずに、でもそれを見せないようにフードを被ったまま彼女に向き直る。


 とても美しい女性だった。小さめの口に、すらりとした鼻筋。そして強い意志の宿った赤い瞳は、見ていると全てが飲み込まれそうになる。



「ねぇ、君でしょ?」



 警戒も何もせず、ただなんの気持ちも宿ってない彼女に、私は人好きのする顔を浮かべて聞く。



「君でしょ、結界石壊したの」


「…何言ってるんですか?」



 なんて心地いい声。高くなく、鈴のような可憐な声。気の強い眼差しとは逆に、声はこんなにも儚げだなんて。


 っと、声に夢中になってしまった。

 私の言葉に動揺もしない彼女は余程見つからない自信があるのだろう。

 それもそうだ。誰も彼女を見ることが出来なかった。



「見てたからね。壊すところ」



 彼女の目が少し細められる。警戒を強めてしまったみたいだ。

 私は無害そうな笑顔を浮かべる。



「待って、騎士に突き出そうとか、脅そうとかは考えてないよ」


「……」


「本当に。むしろその逆かな」



 その綺麗な顔と同じ高さまで顔を下ろして、近づける。私の視界が彼女でいっぱいになる。



「僕も手伝いたいんだよね、壊すの」



 にこりと笑っていえば、彼女は警戒から呆れたような顔になって、そのまま何も言わずに背中を向けて歩き出す。



「また会おうね」



 そう声をかけたけど、なんの反応もなかった。



 彼女と目が合ったあの時、確かに私の心は掴まれたように感じた。

 猫のような警戒が可愛く見えてしまった。ドロドロに甘やかして、自分から甘えてくるほどに堕としたい。


 あの儚げな声で、私の名を呼んで欲しい。私の下で啼いて欲しい。でもその声も全て食べてしまいたい。


 私の視界が彼女でいっぱいになった時、それは彼女もそうなんだと思ったら凄く心が満たされた。この美しい人はいま私しか見えていない。そのことにとても興奮した。


 この気持ちは何だろう。初めて抱いた、こんな気持ちは。

 こんな、征服欲のようなものは。


 分からない。分からないけど、また会いたい。





「グレ、再来月からロイドが騎士団だったな?」


「はい。それが何か?」


「私が代わりに行く」


「はい!?」



 宿に帰るなり、私は部下のグレにそう言うと、彼はわかりやすく驚いた。


「髪は染めればいいだろう。顔は違うがそんなに見てないはずだ。ロイドには別のところに行ってもらう」


「正気ですか、レイ!」



 私を止めるように声を上げるグレ。それもそのはず。私は本来報告を受けて頭を使い命令を下す側で、密偵をする側ではない。

 ましてや騎士団など命の危険もある。そんな危険なところに私を置くのはグレも良しとしないだろう。


 それでも。



「結界石を壊した犯人を見つけた」


「!!それ、は…」


「彼女のポケットから新人騎士の紋章が見えた。ロイ・ファストとは同期になる」


「女性なのですか?でもなぜ、レイが…」


「私が気になるからだ」



 私の言葉にピシッと固まったグレは、信じられないものを見るように私を見る。



「……レイ」


「安心しろ。きっと恋だの愛だのではない、と思う。ただあの猫のような彼女を懐かせてやりたいと…捕まえてやりたいと思ってるだけだ」


「………そうですか」



 恋や愛なんてもののはずがない。それらの感情を持ったことは無いが、聞くところによるともっと清らかな感情のはずだ。


 私が彼女に感じているのはもっと仄暗くて濁ったものだ。

 きっと騎士団の紋章が見えなければ、私は彼女を捕まえていただろう。あの香りがあったからこそ私は本気で探れて、彼女を見つけられた。あの香りがなければ見つけることも出来ないはずだ。


 私の元から逃げないように捕まえて閉じ込めて、その警戒心が溶けるまでドロドロに甘やかす。私しか頼れるものがいなくなって、私しか見れなくなればいいと思っている。


 恋だの愛だのは、こんな深くドロドロとしたものでは無いだろう。

 独占欲にも征服欲にも似たこれは、それに当てはまらない。


 分かってはいる。彼女は怪しい。この国を狙う他国の間者の可能性もある。もしそうなら私と彼女は敵だ。

 分かってはいるが、止められない。

 どうしても、彼女が欲しい。



「……分かりました。とにかくロイドに連絡しておきます」


「あぁ。そうしてくれ」



 グレは私に懐疑的な目を向けながらも、私の希望を通してくれるようだ。まぁ私の行動を制限できる者はこの国にはいないが。




 さて、2ヶ月後。彼女と中央基地で出会うだろう。彼女は私に気付くだろうか。気付かなかったら思い出させるまでだが。

 私がいることに驚くだろうか。


 あぁ、2ヶ月後が楽しみだ。



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