19 新しい同行者
ロイは宣言通り、魔物が出ると一目散に走っていって、Aランクまでの魔物なら一撃で、Sランクでも一体につき5秒ほどで倒していた。
それなのに息も上がらずに疲れてる様子もなく、きっとこれがロイの本気なんだろう。
「なんだあいつ…化け物か?」
班員はロイの強さに驚き脱帽していた。私も驚いている。
あんな芸当を人間が出来ることに。
私は天使の中では戦いが上手い方ではあるが、もっと強い天使もいる。そんな天使と似たような動きなのだ。
スピードといい、反射神経のよさといい、その力といい。
私は死ににくいからゾンビ戦法な所はあるが、ロイは違う。彼はちゃんと強い。
「ロイ、お前その強さなんで隠してた?」
「隠してたつもりは無いよ。体力を温存させてただけ」
「じゃあなんで今になって隠すのやめたんだよ?」
フリードの言葉に何食わぬ顔でロイは答える。フリードは今までロイが本気を出していなかったことがいらつくようだ。
「アリアが怪我するからだよ」
さらりと悪気もなくそう答えるロイ。なんだか開き直ってるようにも見える。
そのまま何か言いたげなフリードを放って、私と共に馬に跨る。フリードも諦めて馬に乗ると、皆で出発する。
「ロイ、本当に良かったの?」
「なに、まだ分かってないの?」
馬上でロイにそっと声をかける。すると後ろにいるロイからは呆れたような声が返ってくる。
「僕の第1優先はアリアだよ」
表情は見えないけど、その言葉には重みがあるように聞こえる。
きっとそれ以上言わない方がいいんだろうな。
2日かけてヤングレナの街に着くと、いの一番に中央基地に手紙を送った。そしてその手紙の返事が来るまでは休憩となった。
宿で包帯を外して、グレイスが薬を塗ってくれている。私の傷を見るグレイスはとても悔やんでいる顔をしていて、私が勝手に庇ったのになんだか申し訳なくなる。
「これは跡になるわね…」
「気にしないよ」
命をかけて戦う魔物討伐なんだから、跡になる傷くらいどうって事ない。この任務が終わったらさっさと治癒能力使って綺麗にするし。
「でもキラースネークの皮は凄いわね。こんなに早く治るなんて」
「私も初めて使ってるの見たよ。こんな凄いんだね」
私の傷はもう完全に塞がっていて、痛みもほとんどない。あれだけ酷くえぐれた傷だったのに、治るのが早い。
私は治癒能力を止めてるから、これはキラースネークの皮だけの結果だろう。
ここまで治るのに1~2週間はかかるよ、普通。
なるほど高く売れるわけだ。
「ロイは何でも持ってるのね…。アイスウルフの牙といい、この皮といい」
凄いわ、と呟いたグレイスに苦笑いをした。
アイスウルフの牙は間違えて売られてたものだけどね。
でもロイなら他の希少なものも持っててもおかしくない。キラースネークの皮だって、買ったものか彼自身が狩ったものか分からない。彼自身で得たものだとしてもおかしくない、あの強さなら。
グレイスに薬を塗られて包帯を巻かれた。
「よし、終わりよ」
「ありがとうグレイス」
「気にしないで、私のせいだもの」
そう言って薬の道具をいそいそとしまって、グレイスは外に出る支度を始めた。
「外出るの?」
「えぇ。レグルスに剣の指南をしてもらうのよ」
あ、なるほど。早速修行するんだ。
私はグレイスを笑顔で見送って、宿の部屋で1人でのんびりくつろいだ。珍しく宿から1歩も外に出なかった。
グレイスはあれから毎日レグルスかフリードの指導を受けていて、薬作りも並行してやっていた。大変そうには見えたけど、本人はやる気に満ちていたから、私は見守っていた。
ロイも以前の笑顔の仮面に戻っていて、あの時の真顔のロイが嘘なくらいいつも通りだ。
ただ時折仮面が外れて真面目な顔になると、私を射抜くように見るから何なんだろう、とは思ってる。
ロイの言った私を好きだと言ったことは信じてはいないけど、私が怪我して欲しくないのはやっぱり本当みたいだ。会う度に怪我の様子を聞いてきてちょっと面倒くさい。
ヤングレナの街に滞在して3日目の夜、レグルスがようやくこの後のことを話し出した。
「これから先は、2班で結界外の奥地に向かうことになる。俺らのスケジュールは大して変わらないが、彼らは俺らのスケジュールには慣れてないから、ひと月くらいで行動する班を交代させる。手始めに明日からは第5班が同行する」
うんうん、と頷く。
確かに、2、3ヶ月帰らない精鋭班のスケジュールは、他の班からすると厳しいものだろう。だから途中で交代させるのか。
「明日集合して、明後日に街を出る。そのつもりで準備しておくように」
「はい」
明日第5班が来てくれるのか。うん?5班?
あっ、ユーリアのところだ。ってことはユーリアに会えるかもしれない。
そう考えるとワクワクしてきた。
ユーリア頑張ってるかなぁ。
「ユーリアがいるところだね」
隣にいたロイに声をかけられ、うん、と頷いた。
「会えるの楽しみだね」
「僕はそうでも無いかな」
え、と思って隣のロイを見る。
「だってアリアとの時間とられちゃうからね」
にこ、と私に向けて笑顔を作ったロイに、私ははいはい、と適当に返事をした。
「ロイ、可哀想に…」
テディスがロイの肩をポンポンと叩いて慰めていた。
どこにロイが可哀想なところがあったのか分からず、気にしないで他の話題に目を向けた。
「アリアぁぁ!聞いたよ!怪我したんだってぇぇ!?」
次の日第5班と合流するなり、ユーリアが私に飛んできた。
私の怪我した腕を見ては悲しげに顔を歪める。
「なんて痛々しい…」
「痛くないよ。ロイが貴重なキラースネークの皮を使ってくれたの」
「キラースネークの皮!?」
私の言葉にユーリアは目を見開いて、バッ、とロイを見る。私もつられてロイを見ると、彼は変わらずにこにこしているだけ。
「アリアに怪我させて叱ろうと思ったのに…!」
「ロイのせいじゃないから、ロイを怒らないで」
ロイを怒る気でいたのか、ユーリアは。
彼は私の護衛でもなんでもないんだから、怒る必要ないでしょうに。
「それはそうと、ユーリア、約1ヶ月よろしくね」
「うん!こちらこそ!」
第5班は違う宿をとっていて、ユーリア達は宿に戻って行った。
夕飯までの空いてる時間を、グレイスはレグルスと鍛錬に、私はロイに誘われて街に出ることにした。
夕暮れの街を歩きながら、ロイと話をする。
「僕が絶対守るから、安心してね」
「いや、全然戦えるんだけど…」
「怪我したら嫌だから」
嘘くさいその笑顔を見て、やっぱり彼の真意が分からなくなる。
いや、私が怪我した時のあの感じは本音っぽかったしなぁ。でもこうして彼の嘘の笑顔を見てるとやっぱり、騙されているような気がしてならない。
「第5班が足手まといにならなければいいけどな」
「ロイからしたら皆そうじゃない?」
「アリアは別だよ」
ううん…私もロイからしたら足手まといじゃないかなぁ。ロイほど強くはないし。
今回の魔物討伐メンバーからすると強い方だけど。
「第2班も思ったより弱かったしなぁ」
ロイのつぶやきに、心の中で同意した。
魔物討伐の精鋭班と言われる割には、2人でSランク一体倒せないくらいには弱い。
これはちょっと、正直予定外だ。
「結界で守られているから、腕も鈍いのかもね」
「だよね…」
今度は声に出して同意した。
自分達の国のせいで外の魔物は強くなっているというのに、当の本人達が弱くて対処出来ないなんて。
「困ったな…」
ぽつり呟くと、ロイが隣でふふふ、と笑う。
「このままじゃ次に行けないね?」
「……」
彼の言葉には返事をしないでおく。この件に関しては仲間のつもりはないから。
でも本当に困った。このまま弱いままじゃ、各地で騎士が対応に追われて、新しく結界石を壊してもそこに騎士が来れない可能性がある。
そうなってしまうと、余計な被害が出る。
かといって騎士が育つまで待つというのも、何年かかるか…。
「大丈夫だよ」
ぽん、と私の肩をロイが叩いた。
「多分そう遠くないうちに、他国から応援が来るよ」
「……なんで?」
「なんでも」
それ以上話す気はないらしい。多分その他国っていうのは、ロイの国のことなんだろう。
ロイの国が応援を寄こそうとしているのか。
「出来れば戦争は…」
「それはしないよ、安心して」
それが本当ならいいけど。
私のしたことでこの国が他国に狙われやすくなるのは分かってる。そうして戦争が引き起こされても、私はどちらかに加担することはしない。
人間は守らなきゃいけないけど、国同士の争いには参加しない。今回の任務ではないから。
でもその可能性を低くするために、こうして少しずつ結界石を壊してる、っていうのもある。
一度に沢山壊したら魔物に対処出来ないというのもあるけど、そこから戦争に発展することも考えられるから。
ロイが何をするつもりでこの国にいるのかは知らないけど、叶うならあまり人を傷つけない方向でいてほしい。
それをロイに頼む権利も何も無いけど。
「戦いになってもいいならとっくにやってるよ。だから大丈夫。そのつもりは無い」
ロイはしっかりめの声でそう言った。
まぁそれは確かにそうかもしれない。
「だからアリアは気にしなくて大丈夫だよ。他国から来る応援はきっと強いからね」
ロイが言うくらいなんだから、きっと本当に強いんだろう。これから来る応援の意図も分からないけど、人間が傷つかないならまぁ、いいか。
他国に応援を借りるのは、自分の国の力不足だよね。
「言っとくけど私は貴方の手伝いはしないよ」
「分かってるよ。僕はアリアの味方だけど、アリアは僕の味方じゃないってことくらい。それでも好きな人のためになにかしてあげたいのは当然でしょ?」
嘘くさい笑顔を浮かべておいてよく言う。
でもロイの言葉のおかげで、この先の目処が少し経ったから、そこは感謝しようかな。




