18 抑えられない怒り(ロイ視点)
アリアと同じ班に配属され、初めての任務に赴いた。
彼女と一日中一緒に居られることが嬉しかった。余計な者は沢山いたけど、私のアリアへの想いはすぐに見抜かれて、彼らは見守ってくれるようだった。
アリアへ懸想するやつが居なくてよかった。消さなくてはいけないところだったからね。
彼女はやっぱり私に警戒心を向けていて、何を言っても疑わしい目を向けてくる。私自身貼り付けた顔を被ってるのは自覚があるが、それを見破れたのもアリアだけだ。
これはもう癖になってて外し方も分からなくなってしまっている。どうにか外そうと頑張ったが、結果は出なかった。
アリアは強いだけでなく、その知識も豊富だった。私が見つけた材料屋に紛れていたアイスウルフの牙も一目で当てて見せたし、2人で街を巡った時も、私でさえ知らない知識に驚いた。
これでも魔物が沢山蔓延る国から出てきた。魔物への知識量は周りの国と比べてもかなりのものだと自負していた。
というか我が国でさえここ数年で分かった新事実を、何故知ってる?
アリアは魔物だけでなく、薬草やキノコといった普通の素材にも詳しかった。薬草なんて、薬師になれるんじゃないかってくらい詳しかった。
そんな多才さを見せるアリアに余計心が惹かれた。もっとのめり込んでしまった。
アリアはどうしてそんなに知識が豊富で強いのか。こんな人材が周りにいたなんて、脱帽する。同時に、これほどの人材を持つ組織があると思うと背筋がピンとする。
アリアのいる組織の目的はなんだ。
結界石が壊すだけが目的のようだが、その先は?
被害を抑えたいと言っていたから、私と同じ目的なのか?
それにしてはやり方が危険を犯しすぎな気もする。
私と同じ目的なら、結界石は壊したとしても数個でいいはずだ。混乱させて、こちらのつけ入る隙を作るくらい。被害を出したくないのなら尚更。
それとも数個壊して終わりか?そうは見えないが。
それに、他の国が動いているような気配はない。私達はアリアの行動に合わせて水面下で準備をしているが、他の国にそんな動きはない。
考えても分からない。
まぁどんな目的でどの組織に属していたって、私はアリアを逃がす気は無い。
一緒に居ればいるほど気持ちは膨らむ。一緒にいて楽しい、嬉しい、という気持ちや、アリアが他の男と話しているととてつもない嫉妬に覆われる。
ただこの間カーシュ街でアリアに頼み事をされた時は、すごく心が震えた。
頼られている。私に期待している。それが凄く嬉しくて全身が歓喜した。
勿論その願い通り、街に被害がないように頑張った。アリアとペアになれなかったのは悔しかったが、アリアからの願いを叶えるために、尽力した。
その帰り道にありがとうと言われた時は、喜びに満ちた。
アリアから心のこもったその言葉が聞けるなら、どんな事もしてあげたいと思った。
だけど結界の外での野営で、アリアが火の番になった時。私は彼女が心配で、薄目でこっそり彼女を見ていた。
空を見上げて何かを願うように両手を握りしめ、少しすると彼女は笑った。
ふわりと、優しく、天使のような微笑みだった。
初めて彼女の笑顔を見た。無表情では無かったけど、笑顔は見たことがなかった。
彼女の笑顔は殺人級だ。心臓が止まるかと思った。
同時に、何を思ってそんな笑顔を浮かべたのかが気になって仕方ない。まさか男じゃないだろうな?
あの笑顔を私にも向けて欲しい。もう一度見たい。彼女の天使のような微笑みを。
私の心の中に大きな願望が宿った。
次の日、Sランクの魔物が出た。
2体を前衛の5人で相手をして、後ろの方から援護射撃が飛んでくる。
別にSランク2体くらい余裕で倒せるけど、あまり力を見せすぎるのは良くない。隠せるなら隠すべきだ。そう思って、仲間の手助けをする程度に抑えていた。
彼らは少し苦戦していて、それでも怪我をすることなく戦っている。そんな時、アリアのほうにもSランクの魔物が一体来た。
アリアとグレイスでSランク一体。こちらを先に片付けてアリアの方に行くか迷ったが、アリアの力量ならSランク一体くらい大丈夫だろう。
と思っていたら、Aランクの魔物が一体アリアたちの方に現れる。そろそろこっちを片付けてアリアの方に行った方がいいだろうか。
アリア1人ならそれくらいどうにでもなるだろうが、剣の腕は良くないグレイスがいる。グレイスを庇いながら2体の相手は骨が折れるだろう。
そんなことを悠長に考えていたからか。
グレイスがアリアの名前を大きく呼んだ時に振り返ると、グレイスを庇ってAランクの魔物の爪を腕で受け止めてるアリアを見た。
……は?
なに、してるの?
アリアの腕に、魔物の爪が。
ぐわっと殺気が溢れた。アリアを傷つけたあの魔物に対して。
私の殺気で行動が鈍くなったこちらの2体の魔物に、剣で素早く斬りかかってとどめを刺す。そしてアリアの方を見ると、彼女は既にAランクの魔物を倒して、血だらけの腕でSランクの相手をしていた。
私はアイスウルフの牙の粉を剣に沢山振りかけて、剣を思い切り投げる。私の剣は見事、アリアと退治してた魔物の脳天に刺さり、その魔物は凍って死んだ。
アリアに駆け寄ると、彼女の腕は大きく抉られていた。すごく痛いはずなのに、当の本人はケロリとしている。
グレイスから手当ての役割を奪い取って、彼女の腕を手当した。
こんなに綺麗な腕を、アリアの腕をこんなにして…。
私がトドメをさしたかった、アリアを傷つけた魔物を。
大怪我した時用に持っていたキラースネークの皮を惜しみなくアリアに使う。早く治って欲しい。早く痛い思いがなくなって欲しい。
苛立ちが止まらない。
精鋭班のくせに剣が弱くて守られてるグレイスにも、自分を犠牲にするアリアにも、目的のために大事な人を怪我させてしまうことになった私にも。
この国の魔物は年々強いのが増えているから、前まではグレイスの剣の腕はそんなに必要なかったんだろう。
だけどもう少し強ければ。Aランク一体くらい相手に出来るくらい強ければ、庇われるなんて失態は犯さなかったはずだ。
死ぬなら1人で死んでくれればいいのに。アリアを巻き込むな。
アリアも、なんであんなやつを庇ったんだ。庇うに値する人物か?魔物に負けるのは自分の力不足だ。それでもたらされる損害をどうしてアリアが請け負わなくてはいけないのか。
何より自分にも一番腹が立つ。
手の内は隠す?本気は出したくない?そんな理由で出し惜しみしたから、アリアは傷ついた。
私が最初から本気を出していれば、アリアがグレイスを庇うような事態にはならなかったはずだ。
余計な疑いを持たれないように力は隠した方がいい。私の力は人よりも強いものだから尚更。
でも、それでアリアが傷つくなら。
それなら、疑いを持たれる方がマシだ。
まだ少し日が高い時間にキャンプ地を決めて腰を落ち着けると、私は気持ちを整理するために水汲みに出かけた。
するとその後をアリアが着いてきた。
「ロイ、怒ってる?」
「……怒ってるよ」
アリアは私がなぜ怒ってるのか、全く分からそうな顔をしている。
なんで分からないの。私がアリアのことを大切に思ってるのは、まだ伝わらない?
「……僕が本気を出していれば、こっちの2体はすぐ倒せたし、アリアのほうにもすぐ行けたのに。僕が、本気を隠そうとしていたから…っ」
「でもロイは本気を隠さなきゃ行けない理由があるでしょ?」
「そのためにアリアが怪我するなら、バレたっていい!」
声が大きく出た。いつもの仮面も取り繕えず、子供のように感情を前面に出していた。
だって、分かってくれないから。
アリアが全然分かってくれないから。
いいよ別に、諜報員だってバレても。バレて追われる身になってもいいよ。そうしたら影からアリアを見守るよ。
どうせ私がバレたところで他のところに影響はないし、私の行動を咎められる人もいない。
「お願いだ、アリア…。自分から危険に飛び込まないで。君の傷ついた姿は見たくない」
「ロイ…」
腕に、魔物の爪がくい込んでるのを見た時は、心臓が止まったかと思った。背筋が冷えて、見たものが信じられなかった。
アリアが傷つけられてる姿なんて見たくなかった。嫌だった。
私は思っていた以上にアリアの怪我が堪えてる。
「ごめん、それは出来ないよ」
私の本気の懇願すら、彼女は拒否する。
「っ、なんで」
「私は、目の前で傷つきそうな人がいたら助けずにはいられない。どうしても」
私の言葉を信じてなくてそう言ったわけではないと、彼女の顔が言っている。
まるで、それが自分の生き方だとでも言うようだ。
それはきっと彼女の信念のようなもので、理屈とかでどうにかなるものじゃないのだろう。きっとどんな理由を並べ立てても、どんな脅しをかけても、それは揺らがないものなんだろう。
それがありありと見えたから、それ以上何も言えなくなる。
アリアを止められない。
アリアのその気持ちは、絶対変わらない。
彼女を変えられないなら、私が変わればいい。
「……じゃあ、僕が守るよ」
「え?」
「僕が全員守るから、そうしたらアリアは勝手に傷つかないよね?」
私が、守ればいい。アリアや、アリアが庇おうとする人全てを。
「守るって…」
「守るよ。本気出す。出会った魔物は最短で殺す。そうすればアリアが誰かを庇うこともないよね」
アリアは絶対にまた危険な人がいたら身を呈して守るのだろう。だからそんな危険な人が出ないように、私が最短で魔物を倒してしまえばいい。
なるべくアリアのそばでそれをすれば、アリアがもし誰かを庇おうとしても、代わりに私が動けるだろう。
アリアは私の言葉に戸惑っていて、私の真意を読み取ろうとしている。
「でも、ロイは隠したいんでしょ?隠した方が、怪しまれずに済むし…」
「いいよバレても。僕が強いってことも、諜報員だってことも。バレたっていい」
私が普通の人よりも強いことも、諜報員だと言うことも、なんならその目的でさえバレてもいい。
「それでアリアが傷つかないなら、いい」
こんなこと、仲間に聞かれたら怒られるだろう。
一人の女に溺れて組織を危険に晒そうとしている。
やってるのが私じゃなければすぐに切り捨てられるだろう。
でも私は止められない。アリアが怪我をするのは、何にも替えられない。
「なん、なんでそこまで…」
「分からない?まだハニートラップだと思ってる?」
アリアはまだ、私の言葉の理由が分からないようだ。
鈍いのか、それとも私を疑う心が抜けないのか。
「好きだからだよ。それ以外にないでしょ」
いつもの作った笑顔ではなく、表情も作れない素の顔で言う。ムードも何もあったものじゃない。これじゃただの報告だ。
でもきっと、アリアにはこれが一番伝わる。
「好き?……本当に?」
「笑顔が嘘くさいのは認めるよ。事実だ。でも僕はアリアに嘘をついたことは無い。冗談のように聞こえたことも全部本音だ」
他の男と手合わせして欲しくなかったことも、私とだけ関節キスして欲しかったことも、共犯者になりたいことも、好きなことも。
全部本音。彼女に嘘はついたことはない。
「……本音?」
「言ったでしょ。僕は指示する側だと。僕がアリアのそばにいたいと思ったから、本来騎士団に入る予定の仲間から居場所を奪ってここにいるんだ。アリアのしてることが僕らの利になるのは事実だけど、それだけなら、ハニートラップなんて必要ない」
ハニートラップで彼女が私のものになるなら、いくらでもする。でもそんなことしたら君は余計に離れていくでしょう?
だからしないよ。いつも偽の笑顔を浮かべてるから信じられないだろうけど。
「今は信じられないだろうから、信じなくてもいいけど、これだけ覚えておいて。君が怪我をすると僕は冷静じゃ居られなくなるってこと。」
「……分かった」
「うん、それでいい」
アリアが素直に頷いてくれて、少し溜飲が下がる。
怪我しないって約束してくれた訳では無いのに、私の言葉を少し信じて貰えたような気がして少しほっとした。
私の心の中を読んでくれればいいのに。そうしたら私の本当の気持ちも伝わるだろう。同時に、胸の内にある仄暗い気持ちにも気付かれてしまうけど。
でもそれがバレてもいい。彼女に隠すことなどない。
これでは私は彼女の奴隷のようだ。
いや、間違ってないな。彼女の意志を縛り付けられない私は、彼女の奴隷だ。
いっそ本物の奴隷のように、私を盾にしてくれればいいのに。




