17 諜報員の本音
「アリア」
声がして振り向くと、ロイがいた。あれ、むこうの魔物は終わったのかな、と思ってロイを見ると、彼は物凄く真顔で、私の腕をそっと持ち上げて怪我の状態を見ている。
「あ、ロイが剣投げてくれたんだよね。ありがとう」
「………」
「ロイ?」
あんなに正確に頭をぶち抜けるのはロイくらいだし、凍ったのはロイの持つアイスウルフの牙のものだろうと思ったのに、ロイは何も言わない。
何も言わないで真顔のまま、私の怪我を見ている。
少し、怒っているようにも見える。
怒られるようなことはしてないはずだけど…。
「グレイス、僕にやらせて」
「えっ、ロイが?」
ロイは私の傷口に水をかけて軽く流したあと、グレイスから受け取った消毒液や薬などを手馴れた様子で私の腕に塗る。
「おいおい、大丈夫か!?」
レグルス達も来てくれて、私の周りに全員が集まってしまう。
う、なんかすごい心配かけて申し訳ない。
「うわ、結構ざっくりいったな。って、こっちAランクとSランク一体ずつと相手してたのか!?」
「よく倒せたな…」
やっぱりあっちも苦戦してたらしく、こちらにまで気は回らなかったみたいだ。
仕方ない。魔物討伐に危険は付き物だ。
彼らの言葉に苦笑いすると、ロイが自分のリュックから何かを取り出す。分厚い布のようなものを取り出して、片面を濡らすと、それを私の傷口にくっつけて、それごと包帯で巻く。
「えっ、ロイ、それキラースネークの皮じゃ…」
「えっ、キラースネーク!?」
テディスが驚きの声を上げた。言いたいことは分かる。
キラースネークはSランクの魔物で、その皮は濡らして怪我した箇所に貼ると、治癒能力が段違いに上がる。
だけどその治癒能力を持つ部分は、一体の魔物から少ししか取れず、ロイが使ってくれたのは2匹分だ。
その使い道やSランクの魔物ということもあって、とても高値で取引されるし、流通も少ない。物凄く高価で希少なものだ。
「こんな事に使わなくても…」
「アリア」
手際よく包帯を私の腕に巻き付けて、ロイは私の目を見た。その目はいつになく真剣で少しの怒りと後悔が入り交じってる。
「怪我しないでって言ったよね」
「……それは無理だって」
「…いや、うん。分かってる。無理を言ってるのは分かってるんだ」
私を射抜くようなは瞳は、少し影を落とした。
やや下を向いて、ロイは私の怪我した腕を見つめている。
「…僕がもう少し早くしていれば…っ」
「ロイは悪くないでしょ」
なんでそんなに悔やんでいるの。なんでそういう時に仮面を被らないの。
私が怪我をしたところで貴方の計画にはなにも支障はないでしょ?
なんでそんなに、私が怪我するのが嫌なの?
「ロイ、アリアの言う通りお前は悪くない。むしろよくやった。お前が剣をアリアの方に投げてくれたから、彼女はこれ以上怪我を負わずに済んだんだ」
「そうだぞロイ。アリアが怪我して動揺するのも分かるけど、落ち着け」
レグルスとテディスに言われて、ロイは渋々私から離れる。それでもその顔は強ばったままで、何かを考え込んでいる。
「とりあえず今日は近場の水場に行ってテントを貼る。アリア、馬は乗れそうか」
「え、はい」
「いや、アリア、僕のところに乗って」
はいと返事したにも関わらず、ロイに自分のところに乗れと言われる。
なんで、と思ってロイを見るが、彼が仮面の顔じゃないからこちらもどうしていいか分からなくなる。
「僕のところに乗って、アリア」
「……分かった」
その真剣な表情に、頷かざるをえなかった。
予定より早くテントを張る事態になって、申し訳ないと思っていると、レグルス達は気にするなと言ってくれた。グレイスは庇われたことを引きずってるらしく、ずっと表情が暗い。
「水汲んできます」
ロイが率先して準備をしていて、その表情がずっと硬いままなのが気になって、私はロイの後をついて行った。
ロイの隣に並んでも、彼は何も言わない。何も言わないでずっと、真顔のまま。
「ロイ、怒ってる?」
「……怒ってるよ」
怒ってました。うーん、やっぱり怒ってたか。
「アリアが自分のことを犠牲にしたことと、僕自身の短慮さにも怒ってる」
え?ロイ、自分にも怒ってるの?
私が怪我したことに何故自分にも怒るのか、理解できない。
ロイは歩きながら俯く。
「Sランク一体くらい、アリアなら大丈夫だと思った。まさか、Aランクと戦ってるグレイスを庇って怪我するなんて…」
ロイの私に対する評価は合ってる。Sランク一体くらい、倒せる。
SランクとAランク一体ずつでも、倒せた。ただ、共に居たグレイスが正直に言うと足手まといだった。
「……僕が本気を出していれば、こっちの2体はすぐ倒せたし、アリアのほうにもすぐ行けたのに。僕が、本気を隠そうとしていたから…っ」
ぐっ、と顔を歪ませて、ロイは悲痛な声をあげている。後悔しているように見える。
「でもロイは本気を隠さなきゃ行けない理由があるでしょ?」
「そのためにアリアが怪我するなら、バレたっていい!」
声を荒らげたロイの姿は、初めて見た。全身で、私が怪我するのが嫌だと訴えている。
怒っているかのようにも見えるその表情は目がとても悲しんでいる。
私の怪我を、そこまで悔やんでくれるの?
なんで?なんでそんなに?
そんなに…仮面が被れないほど?
それともそれも、罠のうちの一つなの?
そう思った私に、ロイは悲痛な顔を向ける。
「お願いだ、アリア…。自分から危険に飛び込まないで。君の傷ついた姿は見たくない」
「ロイ…」
私の両肩を掴んで、懇願するようにロイは言った。
その言葉に嘘はないような、気がした。
でも。
「ごめん、それは出来ないよ」
「っ、なんで」
「私は、目の前で傷つきそうな人がいたら助けずにはいられない。どうしても」
それが、天使だから。
人間を慈しむ主の思想に沿って、人間を守るのが私の役目。
だからロイの言うことは聞けない。
ロイは私の言葉に呆然として、そして俯いた。
私に何を言っても変わらないと悟ったんだろう。
「……じゃあ、僕が守るよ」
「え?」
「僕が全員守るから、そうしたらアリアは勝手に傷つかないよね?」
え、ロイが全員守るって?
本気?
「守るって…」
「守るよ。本気出す。出会った魔物は最短で殺す。そうすればアリアが誰かを庇うこともないよね」
彼の顔はふざけてなくて、至って真剣だ。
そしてその言葉を実行出来てしまえるくらいの実力を持ってるから、尚更冗談には思えない。
「でも、ロイは隠したいんでしょ?隠した方が、怪しまれずに済むし…」
「いいよバレても。僕が強いってことも、諜報員だってことも。バレたっていい」
ロイの言葉に今度は私が絶句する。
諜報員であることがバレてもいいって、そんなことある?
「それでアリアが傷つかないなら、いい」
嘘には、聞こえない。
本気で言ってる。本気でバレてもいいと。
「なん、なんでそこまで…」
「分からない?まだハニートラップだと思ってる?」
ロイの真面目な目が、私の目を射抜く。じっと見つめられて、この場に縫い付けられたように動けなくなる。
「好きだからだよ。それ以外にないでしょ」
いつもの仮面も、優しげな作った声もない。少し冷たくて真っ直ぐな声。何考えてるか分からないけど仮面ではない真面目な顔。
「好き?……本当に?」
「笑顔が嘘くさいのは認めるよ。事実だ。でも僕はアリアに嘘をついたことは無い。冗談のように聞こえたことも全部本音だ」
「……本音?」
「言ったでしょ。僕は指示する側だと。僕がアリアのそばにいたいと思ったから、本来騎士団に入る予定の仲間から居場所を奪ってここにいるんだ。アリアのしてることが僕らの利になるのは事実だけど、それだけなら、ハニートラップなんて必要ない」
確かにそれならハニートラップなんて要らない。むしろそんな行動は疑心を抱かせる。
というか、居場所を奪ったって言った?てことは、本当は違う諜報員が騎士団に入る予定だったんだね?
そんなに私のことが気になったの?
「今は信じられないだろうから、信じなくてもいいけど、これだけ覚えておいて。君が怪我をすると僕は冷静じゃ居られなくなるってこと。」
「……分かった」
「うん、それでいい」
ロイは頷いてまた歩き出す。その隣を私も歩く。
彼の言葉はまだ信じられない。彼が諜報員っていうのもあるし、普段の仮面のこともある。
だけど私が怪我をしたら嫌なのは事実らしい。その思惑がなんであれ。
そして私の怪我のために、あんな貴重なものを使ってくれて、相当気にしているのかな。
思ったより悪い人じゃないのかもな。
斜め前を歩くロイの姿を見て、ぼんやりそんなことを考えていた。
「今回のアリアの怪我の件だが、グレイスはもっと近接武器の腕を磨け。このままではアリアの腕が何本あっても足りない」
ご飯を食べ終わったあと、皆で焚き火を囲いながらレグルスが言う。レグルスの言葉にグレイスはしっかり頷いた。
グレイスはあのあとすごく私に謝ってくれて、かなり落ち込んでいるようだった。グレイスはきっと、弓の腕と薬師の知識でこの精鋭班にいるのだろう。
「だが魔物が強くなっているのも確かだ。Sランクが同時に三体も現れるなんて今までになかった事だ。ここ数年で魔物の質はどんどん高くなるばかりだ」
うんうん、と頷くみんな。
勿論それは、神の声が届かなくなったからだ。主が我ら天使に頼むくらいだから、ここ数年で結界石に溜まる瘴気の影響が出て来てるんだろう。
このまま続けば、3年後くらいには結界の外はSランクだらけになる。
濃くなった瘴気から、それ以上の魔物が出てもおかしくない。
「これ以上囲まれると危険だ。だから任務は中断して、1度街に戻る。上の判断を仰いで、人数を増やすなり2班で行動するなりした方がいいと思う」
「賛成。アリアも怪我してるしな」
私はこれくらいの怪我では別に普通に戦えるんだけどなぁ。
剣だって握れるし、投げナイフも持ってるんだけど…。
「道中の魔物は僕に任せて」
「ロイ?」
ロイはすっかりいつもの笑顔に戻って、その仮面をみんなに向ける。
「アリアが怪我することにならないよう、僕が魔物を蹴散らすよ」
ニコリと、何かを企むようにロイは笑った。




