16 空に向けて
「よし、明日から1週間野営するから、しっかり準備しておけよ」
「はーい」
途中の街で一泊して、予定のヤングレナに着いた。ここから明日は結界の外に出て、国内に蔓延る魔物たちを倒す旅が始まる。
「あと、もしかしたら不可視の悪魔が出るかもしれない。いつでも戦場に出れるように、武器は持っていけ」
部屋に入って荷物を置く。
「アリアは外出る?」
「どうしようかなぁって思ってる。」
グレイスに聞かれてうーん、と首を傾げる。
食材を買う担当の人は毎回ローテーションで代わり、今回はフリードだった。自分の使う道具は自分で買うし、だから今回私は特に買うものはない。
街に用はないけど、暇だから出ようか迷ってるところ。
「グレイスはどうするの?」
「私は1つ前の街で薬草沢山買ったから、今日はずっと籠ってるわ」
「じゃあ邪魔しないように外出ようかな」
「ふふ、邪魔ではないけれど」
でも一人でやるのと人がいるので違うと思うから、やっぱり外に出よう。
帯剣してローブも着て、グレイスに出掛けてくると声をかけて部屋の外に出る。
まさか、とは思っていたが、やっぱりロイが居た。
「…ねぇ、待ち伏せしてるの?」
「偶然だってば」
「そんなわけなくない?」
毎回が偶然なわけないよね?
そう思って疑いの目をロイに向けたけど、彼は変わらず笑っている。
「外出るんでしょ?」
「…ついてくるの?」
「もちろん」
何が勿論だ。当たり前みたいな顔して。
まぁ多分拒否してもついてくるだろうから、私はため息ひとつ残して宿を出た。
材料屋に寄って、私とロイは魔物素材を眺める。
彼とこういうことを話すのは楽しくて、ついつい私も饒舌になってしまう。
「アリアは弓矢になにも付けないの?」
「付けないかなぁ。麻痺とか毒とか付けてもいいけど、それよりかは目とか狙うタイプ」
「どちらにしても動きを制限できるね」
麻痺薬とか矢尻に塗れば、どこかに刺さるだけで魔物の動きは鈍くなるけど、目とかなら何も塗ってなくても動きを止められる。
だから私はそっちを狙う。何かを塗るよりも。
「まぁアリアにはそんな小細工は必要ないもんね」
「ロイもでしょ」
「まぁね」
はは、と笑うロイ。私よりも強いくせに何を言う。
「まぁ僕は、あまり強いところを見せたくないからね。こういう小細工に頼りたいんだよ」
「えぇ、基地であんなに強いところ見せておいて今更?」
私が本気を出した時の彼は、殺す気で私にかかってきた。あの時の強さはとてつもなくて、それを隊の人間に見られてるのに、今更隠すの?
「アリアより弱かったらアリアの相手は別の男になるでしょ?だからあの時は仕方なくだよ」
「意味がわからない…」
「いつになったらアリアは言葉通り受け取ってくれるのかな」
「胡散臭い笑顔をやめたらかな」
ちっとも残念じゃなさそうに彼は残念、と言って、再び素材を見る。
「まぁアリアも、手の内を明かさないという意味でも、何か付けておいた方がいいんじゃない?」
「大丈夫。気配のことさえ分からなければ他は見せてもいいの」
強さを隠したところで、この力は魔物相手にしか使わない。だから、隠す必要が無い。
「私は人とは戦わないから、いいの」
「……ふぅん」
私は人間を傷つけない。
だから小細工は必要ない。
ロイはいくつか魔物素材を買って、私達は店を出る。
もう少しで日が落ちる。眩しい夕日を背にして、私達はのんびり歩く。
「ここはやらなくていいの?」
不意にそう言われて、なんの事かすぐに察した。
ここの結界石のことを言ってるんだ。
「流石にみんな隣に出払ってるだろうから、ここではやらないよ」
「本当に被害を出したくないんだね」
「そうだよ」
私の思惑が分からないから、ロイは私の真意を測ってるんだろう。
彼の目的に沿わなければ、私はすぐに売られるんだろう。まぁ、そんなことになったらすぐ逃げるし捕まってあげないけど。
「…どうしたらアリアに信用してもらえるかなぁ」
「無理じゃない?」
「やっぱり?うーん、困ったね」
はは、と笑ったロイはやっぱり嘘くさい笑顔だった。
馬を走らせて、結界の外に出る。今日は結界の外の1番近くの川沿いでテントを張る。
道中も寝る時も、魔物が出る危険がある。ここからは油断は出来ず、班の皆も警戒を怠らない姿勢をしている。
道中に現れた魔物は片っ端から狩っていく。弱いものも全て。
魔物の素材はこの旅で使えるものだけとって他は捨ておく。Aランク以上の魔物素材はなるべく持ち帰り、売る。
弱い魔物の素材は結界近くを狩ってくれるほかの班が素材を取ってくれるから、私達はやる必要が無い。荷物にもなるし。
結界近くは弱い魔物が多く、私達も相手したのは全部CランクかBランク。きっと明日からが正念場だろう。
「明日からきっと強い魔物とも遭遇するだろう。まぁ大丈夫だと思うが、くれぐれもみんな無理しないように。分かったな?」
夕食時、レグルスはみんなにそう言った。きっと毎回言ってるのだろう。慣れて無茶なことをしないように。
干し野菜と狸の肉のスープを食べながら、それを聞く。
みんなレグルスの言葉を頭にしっかり入れた。
みんなが寝静まり、私は火の番の時間になって交代した。
ぱちぱちと燃える焚き火を見ながら、周囲を警戒する。
キャンプ地では魔物避けの香を炊いている。でも効果があるのはCランクとBランクの魔物のみで、Aランク以上には効かない。Aランクなら少しは効くが、少しだ。来ることも全然ある。
それに弱い魔物でも、鼻が弱い魔物もいたりして、そういう魔物には効かない。
だからこうして周囲への警戒は怠らない。
ふ、と空を見る。
私はあそこから来たし、あそこに帰る。あの空の向こうに。
そしてあそこに私の主はいて、今も見守ってくれてる。
私は胸の前で両手を重ねて絡ませ、祈りの姿勢を作った。
我が主、見ていますか。
アリストリーゼはやり遂げます。時間がかかるけど、主の願い通り被害を抑えてみせます。
きっとこの祈りも届いている。天使の祈りは主に必ず届く。
その時、まるで返事かのように星がひとつ横に流れた。いや、きっと返事のつもりだろう。
くす、と笑いが漏れた。
次の日、キャンプ地を片付けて私たちは出発した。
結界から離れるにつれて、魔物は強くなっていく。
Cランクはとっくに姿を見せなくなって、Bランクの魔物も少なくなってきた。代わりに、ちらほらとAランクと遭遇する。
ただこの間結界を壊した時のように、一度に沢山来るわけじゃないから、この人数でAランクの魔物など、あっという間に倒せる。
お昼に休憩を挟み、再び馬を走らせる。
魔物を沢山倒すことが目的なので、馬はゆっくりめだ。辺りを見回して魔物を探しながら進む。
「Sランクだ!」
「警戒しろ!」
Sランクの魔物が2体出てきて、みな一様に馬から降りて戦いに備える。
前衛に男性陣が、後衛に私達女性陣が。
私は弓を用意して、グレイスは弓の準備と薬の準備をしている。
Sランクは全員で戦っても油断はできない。まぁ倒せるけど、怪我をする可能性も十分にある。
それに何より、Sランクの魔物と戦ってる時に、他の魔物が来るのが一番危険だ。
Sランクと戦ってる時に他の魔物は相手するのは難しい。
ロイ達が相手の出方を見ながら攻撃をしかけ、その隙をついて私も弓を放つ。しっかり目に当てて、魔物の自由を奪う。
そしてすぐにもう一度矢を構えようとして、背後からの魔物の気配に気づいた。
ばっ、と後ろを見ると、グレイスが弓を構えてSランクの魔物を狙っているところで、気付く気配はない。
「グレイス、後ろから!」
「了解!」
グレイスに声をかけるとすぐにグレイスは反応して、構えてた弓を置いて剣を抜いた。そして私も、剣に切りかえて後ろへ注意を向ける。
するとすぐに魔物は姿を見せて、私達には襲いかかってきた。
「Sランク…!?」
グレイスが驚愕の声を上げる。Sランクに前後を挟まれるなんて、運が悪いにも程がある。
ロイ達がこちらの状況に気付いているかは分からないが、彼らは2体を相手にしている。こちらに来る余裕もないだろうし、私達2人で倒すしかない。
グレイスは剣は得意ではなく、弓に重きを置いている。普通に見たら絶望的な場面だけど、私は1人でSランクも倒せる。だからまぁ、大丈夫だろう。
グレイスはあまり前に出さない方がいいだろう。隙を見せて怪我する恐れがある。
私がなるべく前面に出て、魔物の攻撃を一身に受けた。
Sランクの魔物とあれば知性も働くもので、適いそうにない私よりも弱いを狙おうとする。
そうしてグレイスに向かおうとする攻撃を受け止めて、グレイスを下がらせる。
その時、また別の方向から私とグレイスのところに向かう気配を察知した。
それをグレイスに告げようとするも、Sランクの魔物に攻撃されて言葉を中断する。
くっ、こいつ分かってやってる!
「グレイスっ!西からもう一体!」
なんとか声を上げてグレイスに魔物の存在を認識させたそのすぐ後に、その魔物は姿を見せた。Aランクの魔物だった。
私がSランクの魔物を、グレイスがAランクの魔物を相手にするも、グレイスの力量では押されているように見える。
その時、グレイスに魔物の爪が襲いかかろうとした。グレイスの剣は既にもう片方の爪を抑えていて、そちらにまで防御は回らない。
私は力を込めて退治してた魔物を押し返して、グレイスと魔物の爪の間に腕を滑り込ませた。
「っ!!」
ザクっと斬られた。割と深く、爪がくい込んだようだ。
鈍い痛みを押さえつつ、剣を持ってる手でAランクの魔物を一撃で屠る。
「アリア!!」
グレイスに名前を呼ばれるも、すぐさま襲ってきたSランクの相手で忙しい。
深く抉られてぽたぽた血の流れる左手を剣に添えて、痛みに耐えながら握りしめる。
そして相手の隙を伺うために魔物の攻撃を防いでいると、何かが飛んできて魔物の脳天にぶっ刺さった。
それは、剣だった。
剣が刺さった魔物はその瞬間から動きを鈍らせて、すぐに体がカチカチに固まった。
これは、あれだ。ロイの買ったアイスウルフの粉がかかっていたんだ。
目の前の魔物が倒れ、ふぅ、と一息つくと、グレイスが凄い勢いで私のところに来た。
「アリア!大丈夫!?」
「あ…大丈夫。グレイスは平気?」
「私は、あなたが庇ってくれたから…っ!」
私の腕の傷を確認して、グレイスは痛ましい顔をする。私が勝手にやったことなんだから、気にしないでいいのに。
「すぐに処置するから、待ってて」
グレイスがリュックの中から色んなものを出して、私の怪我の処置をしようと準備してくれている。
うーん、本当のこと言えたら、こんなに心配かけることもないんだけどなぁ。
天使である私は、治癒能力が異様に高く、即死以外では死なない。どれだけ切り刻まれても、そのそばから再生していく。
今はその力を抑えているから、こうしてずっと血が流れているけど、本当は全然なんてことないのに。




