14 3つ目の結界石
もう1つ小さな町を経由して、カーシュ街に来た。大きい街で、結界石がある街のひとつだ。
今日はここで一泊して、明日から結界の外に出る。そして約1週間くらい野宿しながら、辺りの魔物を散らすのだ。
その中でも第2班は、奥の方を担当する。結界から離れた方、つまり国境近くの方だ。結界から離れるほど魔物は強くなるし、日帰りでは帰って来れない。だからこそ精鋭班が奥を担当する。
さて、この街の結界石は壊すかどうするか…。
ロイにははっきりと答えなかったけど、実はまだ迷ってたりする。
今この街には第7班も来ていて、ここ数日結界近くの魔物を倒してたらしい。彼らと私たちがいれば、そんなに被害も出ない…と思う。多分。
というより、第2班の仲間の力量が分からないから、なんとも言えない。前回と前々回結界石壊した時に、どの部隊の騎士がどれだけ来たのかも知らない。
だから、迷ってる。
そうこうしてるうちに宿に着き、夕飯までの自由時間となった。
グレイスは明日からのための薬を作るらしく、今日はずっと部屋に篭もるらしい。私も邪魔しないようにと外に出た。
するとやっぱりロイがいて、それをスルーして外に出た私についてきた。
「どこ行くの?」
「なんでついてくるの?」
にこにこ。相変わらずの仮面のような笑顔。
私を監視するつもりなのだろうか。
「アリアを1人で歩かせたら男が寄ってくるから、1人にさせたくないんだ」
「1人で歩くんだから、少しくらい気配消せば大丈夫だよ」
「嫌だよ。アリアが気配消したら見つけられないからやめて」
拗ねたようにロイが言う。
まぁ完全に消したら誰にも見られないけど、ってゆうか。
「でも私の事見えるんでしょ?だからあの時も…」
「あれはね、香りがしたんだよ。いい香りがふわって。だから意識全部集中させてその香りを探ったら、うっすら誰かいることだけは分かったんだ」
なん、だって?香り?
私、なんの香水も付けてないんだけど…。
「そのうっすい誰かを追いかけたら、アリアだったってだけ。だから知らない間に気配消されたら、僕は見つけられないよ」
そうだったんだ。いやだからって私のことを見ることが出来たのは人間離れしてるけど。
「香り…そんなの私からするの?」
「今もするよ。甘くて優しい匂い。アリアが何もつけてないなら、アリア自身の匂いなんだろうね。」
何故かうっとりとした表情をするロイに、顔がひきつる。
なんか、ぞわっとするような寒気を感じた気がした。
「まぁあそこまで目を凝らせるのは僕だけだと思うけど、いつか匂いでバレちゃうかもね」
はは、と笑ったロイはいつもの仮面のロイで、私の寒気も収まった。
「じゃあ、何か別の香りを上乗せした方がいいってこと?」
「それだとせっかくのアリアのいい匂いが勿体ないし、混ざって変な香りになりそうでもある。完全にとまでは行かないけど、ローブを着るくらいが限度じゃないかな」
なんだ勿体ないって。
まぁ匂いが混ざるのは想像出来る。下手したらすごい臭い匂いになる。それが逆に注目を浴びてしまうかもしれない。
うーん、それならローブを着るしかないか…。
まぁローブなら騎士団の制服にローブがついてるし、それでいいかな。どうせ見えないし。
でも今は宿に置いてきてるので、やっぱりここは今度にしようかな、と思った時、ロイが自分のローブを脱いで私に差し出してきた。
「今行くなら、貸すよ」
「………」
私は黙ってそのローブを見て、その流れで胡散臭いその笑顔を見つめる。
「あなたの目的は知らないけど、出来れば頼みたいことがある」
「なに?何でもするよ、言って」
ロイは諜報員だ。何かの目的のために来ている。
そして私が結界石を壊すのを良しとしている。恐らくこの国からしてみれば敵の存在。
彼は、この国の人を助けようとしてくれるだろうか。
「…被害は出したくないの」
私が少し声を落としてそう言うと、彼はフワッと笑った。
それは貼り付けた仮面ではなかった。
「全力を尽くそう」
「……ありがとう」
ロイからローブを受け取って、羽織る。そしてフードもしっかり被る。
「僕はここで待ってるよ。だから終わったら戻ってきて、一緒に向かおう。その方が怪しまれない」
「分かった」
確かに2人で宿を出てきたのだから、2人で向かった方が自然だ。ロイの言葉に頷いて、私はスっと物陰に隠れる。
そして徐々に気配を消していく。
「うん、やっぱりぼんやりとしか見えないや」
ロイが私のいる方を見てそう言う。
それでも見えてるのが不思議なんだけどな…。
完全に気配を消して、街の人の群れに入り込む。
さっきの所から割と近いところに結界石のある大聖堂はある。すぐにそこについて、開きっぱなしのドアから中に入る。
警備は相変わらず厳重だ。でも前に壊したときから少し間が空いたので、警備してる騎士は少しやる気が無さそうだ。
そんな彼らを横目に通り過ぎ、あっさり結界石の前にたどり着くと、懐から金色に光る短剣を取り出す。
これは結界石を壊す専用の短剣だ。主の力の宿ったこの短剣なら、凄く硬い結界石も、1突きで壊れる。結界石も主の力で出来たものだから当然だ。
金色の短剣を結界石に向かって刺した。
すると、刺したところから地面に向かって真っ直ぐ亀裂が入り、ぱき、と音を鳴らして割れた。
「なっ!!結界石が!!」
割れた音に気付いて騎士が慌て出す。彼らの合間を縫って私は外に出て、ロイのいるところに向かった。
1人で佇んでるロイを見つけて、気配を消したところと同じところで気配を徐々に戻す。少し戻したところですぐにロイは気付いて振り返ってこちらを見た。
「無事に終わったみたいだね」
「うん。ありがとう、これ」
ローブを返そうとすると、ロイに首を振られた。
「宿に戻るまで着てて。夜は冷えるから」
「いつ戻れるか分からないのに?」
「だからだよ」
空を覆っていた薄水色の結界は、石を壊したと同時に消え去った。
それに気づいた街の人達は慌てるようにして街の奥に逃げる。
私とロイは一緒に魔物がいるであろう方向へと走った。
「アリア!ロイ!一緒だったのね!」
街の出口の外側にはグレイス達がいて、準備ができてる状態だ。
私は弓は宿に置いてきてるけど、剣はいつも携えていたから、これでいいだろう。
「結界が無くなったから急いできたけど、もしかして…」
「そうよ、結界石が壊されたの」
ロイの言葉にグレイスが悔しそうに答えた。
その言葉に私は少し顔を顰める素振りをしておく。
「ロイ、アリア。イレギュラーだが初仕事だ」
レグルスがいつになく真剣な顔で、私達に言う。その手に持ってる剣は既に鞘から外されていて、やる気満々である。
「ここから少し前に出て魔物が来るのを防ぐ。俺たちはなるべく強い魔物を優先して倒す。第7班も来るし、街の防衛は駐在している第3部隊が守る。俺たちのやることは強い魔物を優先して倒して、なるべく街に近づけない事だ」
「はいっ」
「増援も呼んでるが、来れるのは夜になるだろう。それまで持ちこたえろ!」
「はいっ!!」
要は弱いCランクやBランクの魔物は第7班が倒し、強いAランクやSランクの魔物を私達が倒すと言うことだ。街の防衛に当たる騎士も居るし、こちらに向かってない弱いものは見逃してもいいということだ。
ちらりと横にいたロイを見ると、ロイは私の視線に気づいて私に笑顔を向けてきた。
本当に被害を抑えるために頑張ってくれるだろうか…。ロイが頑張ってくれれば、こんなに心強いことは無い。
第7班も全員合流して、私たちは街の外に走り出した。
人間の悪感情から生まれた魔物は、人間を襲う。そして人間が多く集まる方に行く習性がある。だから結界が無くなるとほとんどの魔物が結界石のあった街に行く。そこが1番外側の街で、人が多いからだ。
つまり、私たちが今居たカーシュ街に魔物は向かってくる。それを私たちは迎え撃つ。
街から1km程離れたところで、その足を止める。
「1人になるなよ。数人で固まれ」
レグルスの言葉にみな一様に頷く。
静かな風が流れる。
見通しのいいこの草原で、どこから来るかを誰もが警戒している。
無駄にいいこの耳は、遠くの魔物の足音さえ拾う。
「あっちから来る」
「フリード!そっちの方に来るらしい!警戒しろ!」
「了解!」
私の近くにいたレグルスが、私の言葉を信じて、私が指さした方にいたフリードに向かって声を上げた。
それから数分後、魔物の姿がその方向から姿を現した。緊張が走る。
「あっ、こっちからも、あっちからも来る音がする」
「皆警戒しろ!来るぞ!」
こちらも数分後、魔物の姿を確認できた。
Cランクの魔物が1番多く、Bランクもそれなりにいるし、ちらほらとAランクの魔物もいる。
「ロイ、お前はテディスとあれを頼む。アリア、お前は俺とあっちだ」
「了解」
レグルスの言葉に従い、目的の魔物に向かって私達は走り出した。
ぐるるる、と唸り声をあげる2mくらいの熊の魔物、Aランクのレッドベアを目の前にする。
レグルスが先ず踏み出して、攻撃を仕掛けた。その隙を見て、手助けするように私も剣を振る。
レグルスが注意を引いてる時に私はレッドベアの関節部分や弱い所を狙って剣を振るった。
レッドベアは皮膚が固くてそう簡単に切れてはくれない。だから何度も切りつけて、動けなくする。
レグルスがしっかりトドメをさしたのを確認して、近くに寄っていたCランクの魔物に切りかかる。
Cランクの魔物なら一振で十分だ。
レグルスから離れすぎないように強い方から優先して魔物を倒して行った。
暗くなってグレイスのつけた松明の灯りが当たりを照らす。
日が落ちて何時間経ったか、分からない。辺りは暗闇に包まれている。
そこでようやく増援の第2部隊が着いた。彼らは補給物資と共に来てくれて、私達は来てくれた彼らと一時交代して、魔物の状況を見ながら少しの休憩を摂る。
「みんな大丈夫か。特にロイとアリア」
「大丈夫」
「問題ないよ」
私たち二人は頷くと、レグルスも分かったように頷いた。
「アリアは魔物討伐に慣れてるのが見てわかった。その剣の腕も俺と並ぶくらいだろう。だがあまり無茶はするなよ」
「うん、分かった」
「ロイはどうだ、テディス」
話を振られたテディスは、あはは、と笑った。
「こいつ俺より戦闘狂だよ。Aランクの魔物なのに俺の手助けなんてまるで必要ないし、こいつの殺気でCランクは寄ってこないんだ」
「そうか。想像以上に2人は即戦力なわけだ」
テディスの報告にレグルスがうんうんと頷く。
待って?殺気で魔物がよってこないって何。そんなことあるの?
私は天使だから殺気って浴びてもなんとも思わないけど、あれって魔物にも効くんだ。初めて知った。
「よし、休憩したやつから戦いに行け。さっきと同じペアで行動するように。休みたい時は休みに来い」
「了解!」
レグルスの言葉に私達はみんな立ち上がる。もう休憩を終えたとばかりに。
私もレグルスと共に行くためにレグルスのそばに行くと、ロイが近付いてきた。
「アリア」
「ん?」
ロイがいつになく真剣な顔で、私の目を見た。
「怪我しないでね」
「…善処するよ。ロイも気をつけて」
「うん」
ロイは思ったよりもしっかり魔物を討伐してくれてるらしい。私の頼みを聞いてくれたんだ。
終わったらお礼を言わないとな。
そう思いながらレグルスと共に戦場に戻った。