1 私の役目
「結界石が壊されたぞ!」
「くそっ、これで二個目だ!おい、手の空いてるやつは砦に向かえ!!」
バタバタ駆け回る足音を聞きながら、横目で彼らを見る。騎士の服を着た彼らは私のことには気付いて無さそうだ。
逃げる街の人の群れと共に砦とは反対方向へ足を進める。
この街周辺を守る結界石が壊れたから、じきに砦には結界に群がっていた魔物たちが詰め寄るだろう。騎士たちは結界石を壊した犯人を探したくとも、そちらの対応で精一杯なはずだ。
そんな事を思いながら足を進めると、不意に腕を引かれて物陰に連れ込まれる。
人のいない物陰でようやく手を離してもらうと、私を連れてきたフードを被った男っぽい人が振り向く。
暗闇でもわかる、綺麗な男の人だ。
「ねぇ、君でしょ?」
少し口角を上げて言った彼を、私は何も言わずじっと見つめる。
意味が分からない。何が私なのか、そもそもこいつは誰なのか。
彼は疑うような笑みを浮かべたまま、私に言う。
「君でしょ、結界石壊したの」
「…何言ってるんですか?」
やたら自信満々に言うけど、私が壊した証明でもあるのだろうか。いや、なければこんな断言はしないはず。
でも、私は何も証拠は残してない。
バレるわけがないのに。
「見てたからね。壊すところ」
……見てた?見られてた?
見てたも何も、限界まで気配を消していたから見えないはずなんだけど…。
私が気配を消したら、気付ける人間なんていないはずなのに。
こいつ、何者?
そう思って彼に警戒心を向けると、彼は無害そうな穏やかな笑顔を浮かべる。
「待って、騎士に突き出そうとか、脅そうとかは考えてないよ」
「……」
「本当に。むしろその逆かな」
彼の笑顔は本心じゃないのがわかるから、感情が分からない。何を思っているのか全く読めない。
そんな彼は私に少し近付いて、顔を私と同じ位置まで下げる。
そして私の顔を見て、にやりと笑う。
「僕も手伝いたいんだよね、壊すの」
……本当に分からない。何を言ってるのか、何を考えてるのか分からない。
はぁ、もういいや。
そう思って私は彼に背中を向けて歩き出す。
「また会おうね」
彼は私を止めることはなく、私の背中にそう言った。
人の群れに戻って、そのままこの街を出た。隣の街までは歩いて行ける距離で、魔物から逃げるために歩いている人も多数見られる。
私も歩きながらさっきのことを考えていた。
あの男は何者何だろう。普通の人間のように見えたけど、なぜ私に気付けたんだろう。同族ではないことは確かなのに。
それに、手伝いたいと言った。私が結界石を壊すのを手伝いたいと。
この国の人間ではないのだろうか。もしこの国を混乱させようとしているのであれば、警戒するしかない。
結界石を壊して混乱を招いているのは私だけど、私はこの国をぐちゃぐちゃにしたいわけじゃない。
約半年前。私は天界でのんびりしていた。次の任務に備えて休息をとっていた。
そこに、主から声がかかった。
「アリストリーゼ、次の任務だ」
「かしこまりました」
首から足まで繋がってる真っ白のゆったりした服を着ている主のあとをついていく。
主は少し高台にある自分の椅子に座り、私はその前に跪く。
「ファンダート王国に行って、結界石を壊してきて欲しいのだ」
「結界石を…壊すのですか?」
結界石。それはかつてファンダート王国の人間に頼まれて、主が授けたもの。
主の力の入ったそれは、一定範囲内に魔物が入って来れない仕様になっていて、ファンダート王国はそれを国の外側の街に置くことで、国内に魔物を侵入させないようにしている。
それを壊せばもちろん、魔物が入るようになる。
他の国にも結界石は授けられているが、ファンダート王国ほど数は多くない。だから他の国は要所にしかなく、国内に魔物も出るし、ちゃんと対応している。
じゃあなぜファンダート王国だけ、国を囲えるほどの結界石があるかと言うと、当時ファンダート王国には主のお気に入りが沢山いたからだ。
主は自分を深く信仰し心の底から愛してくれる人間には、自分の声を届ける。そしてその時ファンダート王国には主の声を聞ける人が多かった。
自分の気に入る人間の多い国を想って、多めに結界石を授けた。
今でもファンダート王国は、主に気に入られた国としてその地位を保ってる。国土は小さいものの、その国に手を出したら主が出てくるのではと恐れて、どこも手を出せない状態が続いている。
沢山結界石を渡した国。気に入ってる国と言っても過言ではなかった。
なのに何故、危機に陥れるようなことを…?
不思議そうな顔をした私に、主は困ったような顔をした。
「実はな…もう100年ほど、ファンダート王国には私の声が聞こえないのだ」
「!!それは、本当ですか…!?」
あれほど主の声を聞く人間がたくさんいた国が、なぜ…。
主のことを信仰していないの!?あれだけの恩恵を受けておいて!?
苛立ちを隠さない私に、主は落ち着け、と言った。
「神官は私の声が聞こえると言っているが、彼らは私を信仰していない。むしろ私の声だと言って国を好きなように動かしているらしい」
「なんて愚劣な…」
「人間の心は移り変わりが激しいものだ。まぁ構わんがな」
主は世界を統べるだけあって、寛大な心を持つ。 かつて恩恵を授けた国がこちらに背を向けても、許せてしまうらしい。
私だったら許せないのに…。
「アリストリーゼには言ったか分からんが、あの結界石は、定期的に私の力を込めなくてはならない。だがあの国に、私の力を結界石に届けてくれる人間はいない。このまま行けば、数十年ほどで壊れるだろう」
「主のことを信仰しない人間など、それでいいと思います」
「まぁそう言ってやるな」
主は人間が好きだから許せるのだろう。背を向けられてもそれが人間だからと笑えるのだろう。
でも私は違う。主に生み出されたけど、私は主ほど心は広くない。優しくしたのに背を向けられたら怒るし、大切な主を裏切るような真似をした国に怒りも湧く。
でもそんな気持ちも見通してる主は、私の頭を撫でた。私の心を落ち着かせるように。
「壊れるだけなら私もそのままでいいんだが、壊さなくてはいけない理由が出来た」
「壊さなくていけない理由、ですか?壊れるのを待っていてはいけないのですね?」
「そうだ。私への信仰を失った国など初めてだったから、気付かなかったんだが…。結界石の本来私の力が入る場所に、瘴気が溜まっている」
「!!」
結界石に、瘴気が溜まってる!?
瘴気は主に人間の悪感情や、殺生の多いところで生まれ、それから魔物が生み出される。濃い瘴気なら強い魔物が生まれるし、広範囲に及んでいれば数も多く生まれる。
それが、結界石に溜まってる、だって?
「街や国の悪感情を吸ったんだろう。結界石の空いたスペースに瘴気が溜まり、だが容量に限りのある結界石の中だから、瘴気が生まれれば生まれるほど濃くなっていくのだ」
「…!なら、最近あの国周辺で強い魔物が増えたのは…!」
「その影響だな。あの結界石の瘴気が、結界の外に強い魔物を生み出している」
なんてことだ。それを結界で守ってのうのうと生きてるなんて、やっぱりファンダート王国は嫌いかもしれない。
「あの周りの国には、私の声を聞ける者は沢山いる。私は今、あの国よりも私の声を聞いてくれる者がいる国を助けたい」
「当然です」
「あのまま結界石を放置すると、瘴気はどんどん濃くなり、その被害は周りに出る。だから早めに壊して欲しい」
「もちろんです!」
その理由を聞いてしまっては、断る理由なんてない。
まぁどんな理由でも、はなから断る気はないけど。
「1人が難しければ手伝いを寄越すが、どうする?」
「いえ、1人で大丈夫です。行き詰まったら応援を呼んでもいいですか?」
「勿論だ。くれぐれも気をつけるように」
主は人間が好きだけど、私達のことは大事に思ってくれる。私達が傷つけば悲しんでくれるし、殺されたら怒ってもくれる。
主から生まれた私達は、主の子供のようなものなのだ。
椅子に座ってた主は立ち上がり、緩んでいた表情を引き締める。
「天使アリストリーゼよ、神の名のもとに、無事に任務を遂行せよ!」
「仰せのままに、我らが神、ウェステリア様」
ここに来る前のことを思い出して、この国への苛立ちを思い出してしまった。
まぁ主が怒らないなら私が怒る権利もない。この怒りは鎮めよう。
主は人間への被害をなるべく抑えて欲しいと言った。人間が好きだから。
だから騎士が多く集まる時を狙って結界石を壊した。今日で2つ目。
変な人に見られたけど、もう会うこともないだろう。天使である私が気配を消したのに気付けたのは偶然に違いない。
さすがにふたつも壊すと、他の街も警戒が強まる。きっともう大聖堂に入ることすら出来ないだろう。
騎士団も結界のなくなったところに多く集まってしまうはずだ。まだ結界のある所に集まりはしない。そこで結界石を壊すのは、主の望むところではない。
だから私は騎士団に入ることを決めていた。騎士団に入れば騎士団の予定も分かりやすいし、自分が任務で行ったところを壊せば、少しは騎士団を連れて行けるし、私も魔物討伐に加勢できる。
もう既に入団試験はクリアした。
2ヶ月後に中央基地で、正式に入団するだけ。
この国に忠誠は誓えないが、頑張るしかない。
そう思ったけど、目の前の人を見て一筋縄では行かないような気がした。
私を見てにこにこと笑顔を貼り付ける男。
「この間ぶりだね」
私の姿を見たあの男が、新人騎士の中にいた。
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