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2章 さかさまの真実 1

 その日、レックスは休暇を取って基地を出た。

 特に目的があったわけじゃない。たまには休めと――隊長が休まないことには下も休みにくいのだと、ダグに注意されたから。


 なんとなく街の広場に向かうと、そこで同じ年頃の少年達がバスケをして遊んでいた。

 休暇中は光学マスクを外しているため、誰も自分の正体に気づかない。

 ふとイタズラ心がわいて、ゲームに混ぜてほしいと少年達に声をかけた。

 当然のことながら、訓練された身体能力はスポーツにおいても健在で、レックスは負けなしだった。


 ゲームをくり返し、負けた連中が「あと一回!」「あと一回!」としつこく食い下がってくるのを、少しめんどくさいなと感じ始めた頃――


 突然、ギャラリーから小柄な影がひとつ、進み出てきた。

 ゆったりとしたスポーツウェアの上にパーカーをはおり、フードを目深にかぶったそいつは、他の連中に味方すると言って、いきなり参戦してきた。


 だいぶ飽きていたレックスは「何でもいいよ」と返し、深く考えずにゲームを始め――そして相手のすばやい動きに、その日初めてボールを奪われた。

 遅まきながらようやく本気を出したレックスをかわして、そいつはあっさりとゴールを決める。


 ギャラリーがワッと盛り上がる中、小柄な影は周りの連中とハイタッチをしてまわった。

 そのとき、はずみでフードが外れて、男にしては長い髪がパッとこぼれる。

 その笑顔に――テレビの中でしか見たことのないような、ハンパなくかわいい顔に、男達がいっせいに息を呑む。


 それが、彼女――チェルとの出会い。

 無造作に束ねた黒い髪。楽しそうにきらきら輝く大きな黒い瞳。丈の短いTシャツからのぞく細いウェスト。でもエロくはなくて、どちらかっていうと快活そうで元気いい印象。


 レックスは、彼女をひと目見た瞬間から目が離せなくなった。

 ドン! と――まるで砲撃を受けたかのように、大きく世界を揺るがされた。

 しかし。


「わたし、チェリー・ブロッサム。友達はチェルって呼ぶから、そう呼んで。他のコロニーから最近こっちに引っ越してきたの。……あなたは?」


 彼女がそう言ってきたとき、レックスは「カイル」と名乗った。

 保安上の理由から、基地の外では決して本名を口にしてはならない決まりだった。


 レックスはそれから、自分の名前をカイルと信じた彼女と何度も会った。

 そしてそのつど、彼女は自分に特別な好意があるのか、それとも引っ越して最初にできた友達だから親しくしているだけなのか、長い間ぐずぐず悩み続けた。


 それまでまったく関心のなかった自分の顔を気にし始め、基地にいる時は、恋人がいるという仲間の会話にこっそりと聞き耳を立てた。


 チェルと会う約束をしたときは、何日も前から楽しみで、会っている間はずっと彼女に見とれて、話を聞いてないと怒られることすらうれしかった。

 一日中一緒にいても、ほんの五分くらいに感じてしまい、別れる時間が近づいてくると、どうやって次の約束をするか、必死に頭を働かせる。


 別れた後は二人でいた時間の余韻にひたって、胸の内で風船みたいにふくらんだ興奮を冷ますために、本当は電車(リニア)で帰るはずの基地までの道を全速力で走った。


 チェルと会えたことが――一緒に過ごして、また会う約束をしたことが、うれしくてうれしくてうれしくて。

 基地に戻って、いつも通り義務を果たしている間も、彼女の存在が救いになった。


 誰もが自分を褒め称え、過剰に期待し、崇めてくる――

 英雄だからこそ、レックスはずっとひとりだった。

 両親が死んで、後ろ盾になってくれる大人はいても、家族のようにはなれなかった。

 立場上、親しい友達もいない。

 いつもひとり。

 訓練と実戦に明け暮れる中で、常に孤独を感じていた。


 何のために、誰のためにがんばっているのかと、我に返ってヤケになりそうな日々を、ずっと耐えていた。

 そんな自分にもようやく春が巡ってきたのだ。


 幸せってきっとこういうもの。いままで持ったことがなかったけど、たぶんずっとこれがほしかった。

 ……そう思えるものを、ようやく手に入れた。


 ――――――なのに。


 運命はレックスを手ひどく裏切った。

 何度も会って、気持ちを通わせて、関係も深まったと感じた、ある日。

 ついに自分の正体をチェルに打ち明けた。


 光学マスクを見せて、本当はレックス・ノヴァであることを明かし、正式につき合ってほしいと告白した――その瞬間、彼女の態度は豹変した。


 英雄との邂逅を、チェルは喜ばなかった。


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