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乱闘のような模擬戦の後、あたりまえだけどオレ達はレーヴィ大佐の執務室に呼び出され、こってり絞られた。
大佐は運悪く99回目のお見合いの最中に呼び出されたらしくて、その意味でもカンカンだった。
「テクノノートの足下にメカニックや他のパイロット達がいる状況で模擬戦ですって!? 頭おかしいんじゃないの!? おまけにたった五分の間に、ぶつかったケージ七箇所、巻き添えにしたガルム二機、下敷きになった管理システム一機が損傷したのよ!? どういう教育してるのかって私が怒られるじゃない! 上層部に何て言えばいいのよ!?」
「形あるものはいつか壊れる。人間、あきらめが肝心です」
激おこなレーヴィ大佐に、炯がおごそかに言い返した――その瞬間、知らんうちに付き合わされていたっていうオレの主張は全面的に認められた。
結局、炯一人が全責任を取る形で自室謹慎一週間の罰をくらい、お開きとなる。
*
「まったくあの女、意味わかんねー!」
一時間後にようやく解放されたオレは、空きっ腹を抱えてカフェテリアに向かった。
訓練棟と隊員宿舎の間くらいにあるそこは、メニューが豊富で座席の数も多いんで、自然にみんな集まるらしい。
店に入ると、目立つ席に友達としゃべり散らすマノンがいて、オレを見るなりぱっと立ち上がった。
自由時間のせいか私服だ。
男はめんどくさいからって制服を着たままのヤツが多いけど、女子はやっぱ着替えている子ばっか。
「レックスぅ! だいじょーぶ? 災難だったねぇ」
舌足らずに言いながら駆け寄ってきた彼女は、ばふん! と後ろから抱きついてきた。
「聞いたよぉ? 炯ってば、あーんなことしたら謹慎になっちゃうの、当然なのにねぇ~?」
「うっ……うん……っ」
(せっ、背中にね! 胸がね! 当たってるんだけど!)
ぐにぐにとつぶれる感じのふたつの感触から、意識をベリベリと引きはがし、
(心頭滅却! 諸行無常! ありおりはべりいまそかり!)
心の中で唱えながら、すーはーと大きく深呼吸をする。
落ち着けー。鎮まれー。ここは公共の場だー。
そんなオレの努力も知らず、マノンはツインテールを可愛らしく揺らして首をかしげた。
「それとも謹慎になりたかったのかなぁー? そうすれば、訓練も試験もなしで何日かのんびりできるしぃ――」
そこで、マノンは内緒話をするように、くちびるに人差し指を当てる。
「炯ってわりと遊びまわってるのヨ。よくこっそり基地を抜け出してるもの。街に行って、夜通しうるさいパーティーするようなお店でハメを外してるみたい」
「はぁ?」
つまりなにか。
オレはあいつが外で夜遊びするために、寿命の縮みそうな思いをさせられたってか?
「そりゃねーよ!」
うんざりした気分でわめくと、マノンが手をのばしてオレの頭をなでてきた。
「よしよし。怪我がなくてよかったねぇ」
そのとき、ちょっと離れたところから、硬い声が「マノン」と呼ぶ。
「憶測で物を言うな」
「なによぉ」
やってきたのはダグだった。
所属する小隊の副長ににらまれ、彼女はほっぺたをふくらませる。
「被占領地出身の人にとっては、炯のほうが大事だもんねっ」
当てつけるように言って、彼女は友達のいるテーブルに戻っていった。
ダグが、やれやれって感じで首をふる。
「マノンは感情と思い込みでしゃべる女だ。真に受けるな」
「まー完全に信じてるわけじゃないけどさ」
「少し距離を置いた方がいい」
「あーはいはい」
「ちゃんと聞いてくれ。まじめに言ってるんだ」
「聞いてるよー」
トレーの上に料理を乗っけながら、オレは適当に返した。
こいつの説教くさいとこ、ちょっと鼻につくな。
まちがっちゃいないのかもしれないけど、でも――
「以前のレックスは、オレを含めてみんなと距離を置いていた。自分が特別な立場にいることをちゃんと理解していた」
って感じに、何かっていうと『以前のレックス』を持ち出すとこは、かなりウザい。
「しょうがねーだろ。マノンがべったりつきまとうんだから」
たまに「ん?」って思うところもあるけど、マノンは基本かわいいし、領邦出身のヤツらはカッコよくて目立つ。
なぜなら領邦出身者の方が出世しやすくて、給料も良くて、当然モテるから。
現代日本の学校において、クラスのヒエラルキーの下の方で埋もれていた身としては、目がつぶれそうなほどまぶしいグループだった。
……なんて、さすがにダグの前では言えないけど。
(うち、被占領地出身の隊員のほうが圧倒的に多いしなー)
ダブルナイン小隊は、オレを含めて一五人。
その中で領邦出身はオレとマノンの二人だけだ。
残りは全部被占領地出身。ダグはそいつらのまとめ役だった。
そっぽを向かれたら困る。
(どこの小隊もそんな感じらしいけど……)
なんでかっていうと、パクス連邦の中で、被占領地にのみ存在する徴兵制のせい。
毎年、ランダムに選ばれた十三歳以上の被占領地市民に招集状が届いて、強制的に軍に入隊させられる。もちろん拒否権はない。
一方領邦は志願制で、入隊できるのは十七歳以上。
兵士の数には最初から偏りがあって、中でも特に偏ってるのが、パイロットの内訳らしい。
オレにくっついてテーブルの向かいに座り、ダグはきまじめな顔で言った。
「テクノノートのパイロットになれるのは、厳しい試験と訓練に耐えた者だけだ。除隊が許されない被占領地の人間と、そのへん自由意志の領邦の人間とでは、本気度がちがって当然だろ」
「へぇー。そう考えると小隊長やってる領邦のヤツラってすごいんだな。普段はチャラい遊び人にしか見えねーけど」
軽く答え、あははと笑う。
けどダグは笑わなかった。
「……隊長と副長になれるのは、領邦出身者だけだからな」
「え、そうなの?」
「炯は別格だから例外として、他はみんなそうだ。……以前のレックスは、優秀な被占領地のパイロットを差し置いて、領邦出身者が指揮官になるのはおかしいって、よく言ってた」
(はいはい、以前のレックスきたー)
こっちを責める口調に多少イラッとしながら、作り笑いで受け流す。
「そんな中で副長になれたおまえすげーよ、うん」
「――あんたが強行したんじゃないか」
「え?」
つい素で返すと、ダグは信じられないって顔でこっちを見た。
「領邦出身のパイロットを推薦されたのに、そいつを退けて、実力的にオレが一番適任だって言って副長に取り立ててくれたんだ。……覚えてないのか?」
「そう――だったっけな、うん」
『記憶』をひっくり返して確かめ、思い出す。
その間をどう受け止めたのか、ダグの眉間にぎゅっとしわが寄った。――と、その時。
どなり合う声が、近くから聞こえてくる。
見れば被占領地出身の隊員達と、領邦出身の隊員達が揉め事を起こしてるみたいだった。
ダグは目線を尖らせる。
「あいつら、また――」
「なに?」
「被占領地側の真ん中にいるニキビ面の丸顔はアロン・デッカーだ。優秀なパイロットだが気が弱くて、いつも領邦のパイロット達に起動データを奪われてる」
起動データっていうのは、起動してる間の機体の動きを記録したデータのこと。
がっつり個人情報だけど、優秀なパイロットのデータを解析すれば機体性能を高めることができるせいで、よくねらわれる。
「でもデータを見るには本人の生体認証が必要じゃん」
「脅すなり何なりして強要するんだ。――ちょっと行ってくる」
「あ、おい……っ」
食事の乗ったトレーに両手をふさがれたまま呼び止めるオレを無視して、ダグはそっちに向かっていった。
実力があって面倒見のいいダグは、小隊に関係なく、被占領地出身のパイロット全体のまとめ役みたいな立場にいるらしい。
そのダグが割って入ると、領邦のヤツラがせせら笑った。
「あぁ? なんだ、またおまえか」
「レックスにべったりするしか能がないくせにでしゃばるな」
そのセリフに、丸顔ニキビのアロン君に味方してた被占領地の隊員達が爆発した。
「なんだと!?」
「いま言ったことを取り消せ!」
たちまちもみ合いになり、そのままケンカに発展する。
(ウォ、すげぇ……!)
十人以上のケンカなんてそうそう見ない。
ていうかケンカ自体、今どきそんなに見ない。しかもこんな近くで!
そんな貴重なシチュエーションについ野次馬になってたけど、よく見れば領邦のヤツらはいつもオレを囲んでくる連中だった。
てことはオレが話せばそれで収まるんじゃん?
「あーもーしょうがねぇな……」
やれやれとため息をついてトレーをテーブルに置き、あわてずさわがず落ち着いて近づいていく。
他の野次馬の間をすり抜けて中に入ると、オレはきらきら輝く金の髪をファサッ……とかき上げた。
「やめろっておまえ――らぉうぐっ!」
カッコよく決めようとした矢先、殴られたらしい丸顔のパイロットが飛んできて一緒に横倒しになる。
「レ、レックス隊長!? うわぁっ、すっ、すみません……!」
丸顔チビはオレの上に乗っかったまま、起き上がろうとジタバタもがいた。
「ぐふぅ……っ」
振りまわした手が思いきりみぞおちに入り、悶絶する。こんの、くそニキビ!
「どけ!」
腹の上に乗ってた身体を遠くへ蹴倒した、次の瞬間――オレは別の誰かに襟首をつかんでぐいっと引っ張り上げられた。
「レックスにべったりする以外能がないのは、どちらでしょうねぇ?」
頭上から聞こえてきたのは、アニメキャラみたいに高い女の声。
「あぁ、失礼。しっぽ振ってチヤホヤして、おべっかを使う才能にも大変恵まれているんでしたっけ?」
片手でオレの襟首をつかんで印籠みたいに掲げた女が、ごく淡々と言う。
暴れていた領邦のヤツらがすごい形相でふり返った――とたんにオレを見て、ぎょっとした顔をする。
「レ、レックス……!?」
「よぉ……」
吊された状態のまま、オレは片手をわずかに上げた。それから背後の女に向けて、もそもそと主張する。
「あの、誰だか知らないけどもうちょっとカッコつけさせてくれると嬉しいですなにとぞよろしくお願いします……」
しかし切実な懇願は完全にスルーされた。
「今すぐ退いた方がいいですよ。ついさっき近くでレーヴィ大佐がレックスを探して歩いてましたから。恐喝の現場なんか見つかったら、どえらく怒られることくらい粗末な頭でも想像つきますよね?」
声優みたいにかわいい声で、まぁよく毒ばっか吐くな、こいつ。
心の中で感心しながら、オレもいちおう言い添える。
「つーわけだからやめろよ。小隊長やってられんのは、他人のデータかき集めてるからって言われるぜ。みっともねぇだろそんなの」
頼みのオレが味方じゃないことに、分の悪さを悟ったのか。
「レックスにそう言われちゃしかたがない」
領邦の連中はそう言って引き下がり、三々五々散っていく。
女は不愉快そうにフン、と鼻を鳴らした。
『記憶』を探ると、彼女はダブルナイン小隊のひとり。マノンの他には唯一の女子隊員――。
(え、うちの女子ってマノンとこの子だけなん!? 濃いなー)
襟を放してもらったのを機に、ちゃんと立って向かい合う。
相手は意外にも小柄だった。
(あ、ショートカットに眼鏡だ。よく見るとかわいー……)
「ランキング万年二位でありながら上層部のごり押しで一位にしてもらってる上にそれを恥じようともしない領邦出身の優遇され放題甘ったれ英雄レックスさん。ごきげんよう」
かわいくねぇぇぇっっ!!
声にならない声で叫ぶオレに向け、彼女はにこりともせずに続ける。
「重傷を負ったとのことですが無事の生還お祝い申し上げます。意外にしぶといですね」
何なんだ、この女。
「えぇと――」
すばやく記憶を呼び起こす。
名前はガブリエラ。みんなからはガヴィと呼ばれている――か。
「ガブ。ひさしぶりだな」
「ガヴィです。大怪我のせいで、ただでさえ少ない部下への関心が根こそぎ消えてしまったのですか」
「おまえなんかガブで充分だ。文句は隊長に敬意を払ってから言え」
「陰口を陰でなく、本人の前ではっきり口にするのが私の信条です」
「……そう言われるとカッコいいな」
うっかり感心してしまうと、眼鏡越しの容赦ない軽蔑の眼差しが胸に刺ささってきた。
彼女は被占領地の出身なんで、普段レックスやマノンとはほとんど関わらない。
逆にダグのことは尊敬していて、自主的に補佐役を買って出ている……らしい。
そのダグが、ため息交じりに間に割って入ってきた。
「レーヴィ大佐がレックスを探し歩いてるって本当か?」
「もちろん嘘です」
ガブはさらりと答える。
「彼女はいま、新しい見合い相手を物色するのに大忙しですから、必要がない限り自分では動きませんよ」
「あ、そ」
まぁ何でもいいや。そう考え、オレは食べかけの皿を置いたテーブルに戻ろうとする。
その背中で、平坦なガブの声が響いた。
「よって私が大佐からレックスへの伝言を預かりました。いますぐ司令官執務室に来るようにと」
「へぇ。何だろ?」
足を止めて振り返る。そのオレに、今度はダグが淡々と告げてくる。
「たぶん決まったんだろう」
「何が?」
「戦線復帰の予定」