2話 逃げてないおっぱいさん
ノックの音で目が覚める。
扉を開けるとビールなどを運んでいた女性店員だった。
片手に水の入った桶を持っている。
気の利く店員だなと思いながら礼を伝えた。
部屋に戻って顔を洗っていると、今度は飲水を持ってきてくれる。
「有能だ」と声に出してしまった。
女性店員は照れたように笑っていた。
可愛い、だが貧乳だ。
礼を言ってからコップを受け取り、一気に飲み干す。
店を出る時、見送ってくれた女性店員にジグドのことを聞くと「もう帰られました」と教えてくれた。
また礼を言いに来ることを伝えて宿に向かう。
助けた女性はもういないだろうと思っていたが、部屋の扉を開けるとベッドに腰掛けていた。
どう声をかけたものかと考えながら部屋に入って扉を閉めると、
「どこに行っていたのよ!?」と怒った様子の女性に驚いて、つい女性の前までスライディング土下座していた。
カップも驚いて腕の中から飛び出し、部屋の隅に置いてある鞄の中に逃げ込む。
「すみません!」
「あ、ちが! そうじゃなくて…あー! もう! いいから立つ!」
「はい!」
「こっち、座ったら?」
「えっと…」
「いいから、私の隣に座りなさい!」
「はい!」
女性に言われるがまま移動した。
近くで見ると露出度の高い服装が、立派なおっぱいを主張している。
立派なおっぱいに視線が行く。
露わになっている素肌、左右のおっぱいが重なってできる谷間、少し動くだけで揺れる質量、素晴らしいの一言で片付けていいのだろうか?
「それで、私を置いてどこに行っていたのよ?」
おっぱいに視線が向いていることに気づいていないのか、それともわざとなのか、腕を組んでおっぱいを下から持ち上げた。
女性の質問に、おっぱいを横目に答える。
「昨日のことを知り合いの店主に話してきました。男たちがあの後どうしたのかも知りたかったので、あと、知らない男が近くにいないほうが貴女に安心して休んでもらえると思ったので」
「そ、そう。んん、貴方が優しいのはわかってたけど、これほどまでとは思わなかった」
おっぱいを見ていることは気づいていると思うが、女性は指摘することなく、何度も腕を組みなおしておっぱいを揺らすように動かしていた。
しかし女性が宿から出ずに俺を待っていたのは俺に何かしてほしいことがあるのか?
おっぱいをあからさまに見せてくるのはお礼もあるかもしれないが、断りづらくさせようとしてるのでは? などと考えてしまうが、視線が外せないでいた。
「そんなに…私の胸、好き?」
しばらく黙っていた女性に、とうとう指摘されてしまった。
おっぱいから女性の顔に視線を変えると、俺の方を見ないように顔を背けていた。
恥ずかしがっている?
「素晴らしいと思います。目が離せなくなる」
素直な感想を伝えると女性は恥ずかしいのか、段々と耳が赤くなっていく。
「そ、そう。ほんと! 男はみんな大きな胸が好きよね! あの男も、そうだった…。話、聞いてくれる?」
「俺で良ければ」
女性の話を要約すると。
1.結婚を前提に付き合っていた男がいた。しかし浮気された。
2.結婚するまでそういうことはしないと男の方から言ってきたのに、浮気の理由は女性が体を許さなかったことだった。
3.男からの謝罪で豪華なデートを予定されたが、待ち合わせ場所にいた男は怪しいフードを被り、下品な男2人を連れてきた。
「そして襲われた、と。男は貴族、ですか?」
「普通に話してくれていいわ。そう、男爵の三男らしいの。実家に行ったことはないから、嘘だったのかもね。あいつが浮気した相手も、平民だし」
そういえば、整った顔立ちの平民を狙った結婚詐欺があると、女性冒険者の先輩から聞いたことがある。
結婚したら言葉巧みに借金を背負わせて、本物の貴族に借金奴隷として売られるとか、裏スラムで働かせるとか。
隣国に売り払う、人体実験している、という噂もある。
「その男は詐欺師の可能性があるな。俺が詳しい訳じゃないけど、聞いた話で…」
女性冒険者から聞いた話を伝える。
浮気相手は1人ではなく複数いるのではないか。
裏スラムで顔を隠していたのは女性と揉めているのを見られたくないからでは?
誰に見られるとまずいのか、本当に男爵だから?
もしくは裏スラムで女を働かせているからとか。
「あり、えるかもしれない。あの男と浮気した女に問い詰めたんだけど、体は許してないそうなの。しかも他の女にも声をかけてるところを見たことがあるとも言ってたわ。なにかおかしいと思ってたけど、詐欺師だったのね!」
俺の話を聞いて、なにか思い当たる出来事があるようで、女性の中で男は詐欺師に確定した。
「そ、そうと決まったわけじゃないよ? あくまでも予想だから。ね? 落ち着いて。それに詐欺師なら、君を襲う理由がわからない」
勢いよく立ち上がることで、おっぱいが上下に揺れる。
女性が立ち上がることで、おっぱいを下から見上げられる
だが、今は、落ち着いてもらうことにする。
「そう、よね。でも男爵の、貴族だとしても襲われる理由がわからないわ」
女性が落ち着きを取り戻して隣に座る。
昨日は気づかなかったが、甘い匂いが漂ってきた。
俺が落ち着け!
「ふぅ…。襲う理由は、貴族のプライドが許さなかった可能性もある。けどもし、男が詐欺師だとしたら、君は男にとって知られたくないことを知ってしまった可能性がある。最近、男のことを調べたんだよね?」
「え、えぇ。浮気相手を調べるんだから、あいつの一日の様子は一通り調べたわよ。でもおかしなところ…なん、て。え? あれ?」
「どうかした?」
「思い、出せない。あいつの顔も! あいつの名前も! あいつが何してたのかも! なんで!?」
どうやら女性にかけられ魔法は、睡眠魔法ではなく、記憶消去もしくは改ざんの精神魔法なのか?
「精神魔法を使える一般人? いるはずない。テイマーと同じく、国家資格だ。国が管理しているはずだよ」
女性の言う通り、男は詐欺師なのだろう。
女性を売り物にする手口が、精神魔法と知る。
「私、どうしたらいいの? たすけてよ」
女性が抱きつくともちろんおっぱいが当たるわけで、想像以上の柔らかさに感動する。
強く抱き寄せることで、もっとおっぱいの柔らかさを感じようと女性の背中に手を伸ばすが、なんとか踏みとどまって女性の肩に手を置いて離れさせる。
「落ち着いて。とりあえずギルドに相談しよう。俺と君だけで解決できる問題じゃなさそうだ。俺にできることは手伝うから、安心して。ここにいてくれるかな?」
肩から頭に手を移動させて落ち着かせるようと、安心させるために優しく撫でる。
「うん、わかった」
不安と恐怖から涙が溢れているのか、それでも笑顔を見せてくれた。
「俺はギルドに行ってくるよ。そうだ、こいつを護衛にしよう。スライムのカップだ。抱きまくらにすれば冷たくて柔らかいから、気持ちいいよ」
「きれいなスライムね。よろしく、カップちゃん」
カップに留守番&護衛をしてもらう。
ここが襲われるようなことはないと思うが、1人だと不安だろう。
女性がカップを抱き上げると気持ちよさそうにカップを抱きしめた。
ベッドで横になってカップを抱いたまま眠るようだ。
おっぱいに包まれるカップ。
羨ましいとは思って、る。
何事もなくギルドに到着した。
朝に張り出される依頼を奪い合う同業者たちを無視して、受付に向かう。
「お、ラパやないか。おはようさん。どないしたんや? 仕事はええんか?」
このちっちゃく子供に見えるが、ちゃんと成人した女性で、年齢は30とか40とか噂されているが、年齢を聞けば怒る、子供のように扱い接すれば怒る、みんなから鬼と恐れられるアッキの姐さんだ。
スライディング土下座はこの人で慣れた。
「おはよう、アッキさん。ちょっと面倒事に巻き込まれたっぽいんだよね」
「なんや? 面倒事って。ここで話せることか?」
「できればギルマスとか居てくれると」
「おおごとかいな。ちょいまち、確認して来たるわ」
「お願いします」
今まで積み重ねてきた信用が役に立ったかな。
忙しい時間帯なのにすみませんと心の中で謝っておく。
しばらくするとアッキさんの案内で2階のギルド長室に通された。
出迎えてくれたのはこの街で冒険者ギルドの長をしているリハルトさんだ。
みんなギルマスと呼んでいる。
「ラパくん、おはよう。面倒事に巻き込まれたってアキにゃんに聞いたよ?」
「おはようございます、ギルマス。えっと…大丈夫ですか?」
案内してくれたアッキさんがいつの間にかギルマスの後ろに移動した。
ギルマスの「アキにゃん」に反応して「あぁ゙ん? 人前では呼ぶなっつってんだろ!」と頭を叩く。
「いつものことだから気にしないで。じゃあ、詳しく聞かせてくれるかな?」
ギルマスは汗でも拭うようにハンカチで額から流れる血をサッと拭き取る。
痛みを感じた様子もなく、笑顔で話を進めようとしていた。
いつものことといえばいつものことだが、職場で夫婦のイチャイチャは辞めていただきたい。
「はぁ。実は…」
裏スラムで起こったこと、女性の話や状態をギルマスとアッキさんに伝える。
裏スラムに行ったことに対して「ラパも男の子やな」とアッキさんに言われたが、無視した。
「無視すんな!」と突撃されそうになったが、ギルマスが止めてくれる。
「なるほどなるほど。それで僕のところに来たのか」
「はい。ギルマスなら騎士団とも連絡が取れると思いました」
「ええ判断や。流石に精神魔法の使い手を相手するには、まだ早いわ。最近Bランクに上がったところやしな」
冒険者はD~Aランクで分けられて、Cランクで一人前と言われている。
ついでにBランクは何かしらの達人、Aランクは超人と呼ばれている。
一応、幻のSランクが存在している。
なれるとしたら伝説の勇者様くらいだろう。
ちなみに俺は、最年少でBランクになっている。
後で先輩から聞いた話だが、10歳から冒険者をやっていても15でBランクに上がるのは珍しいことで、理由としてランクが上がれば依頼の難易度が上がり、死亡率も上がるため、本人が希望しても1~2年は様子を見るとか。
「ラパくんは優秀ですからね。そういうところも判断してBランクに上げましたから」
ちなみにCランクは12歳以上、Bランクは15歳以上、Aランクは20歳以上でランクを上げることができる。
例外も存在するが、凡人の俺には関係ないことだ。
テイマーになるための勉強に、生活や研究のために金が必要だったので、真面目に依頼を達成させていたこと、テイマーになるため勤勉だったことが評価されて最年少のBランクにした。と、後にギルマスから教えてもらった。
「ありがとうございます。それで、これからどうしましょうか?」
「ほんま小さい頃から可愛げのない子やな。中身おっさんやろ」
貴女にだけは言われたくない。
「まあまあ、ラパくんは女性が心配で、一刻も早く解決したい、でしょ?」
「はい。助けてと言われて、助けたいと思いました」
嘘である。
お礼がおっぱいの可能性があるから、助けてもいいかなと思っただけだ。
できれば関わりたくない。
そのために女性を宿に残して裏スラムに行ったのだから。
なぜいなくなっていないのか。
「そうですか。では、その女性を助けましょう。僕もお手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。しっかりとお代は騎士団に請求しますので、お気になさらず」
「流石りっくんや! 詐欺師共を捕まえて報酬ゲットやな!」
「えぇ、調査費用諸々を含めて多めに請求しましょう。ラパくんもお金のことは気にせず、しっかりと報酬も払いますので、よろしくお願いしますね」
ほとんど丸投げしようと思っていたが、報酬が出るなら話は別だ。
ギルマスは成果に応じて報酬を上げてくれる人だが、成果をださなければ報酬がほとんど無くなることもある。
ギルマスが騎士団や領主様からどれくらい請求するか分からないが、本気で詐欺師を捕まえようと決心した。
「わかりました。報酬は期待してますね」
「えぇ、任せてください」
「ふたりとも、悪顔してんなぁ」
「それではまず、ラパくんは昼に街、夜は裏スラムで聞き込みをお願いします。男が複数の女性に声をかけているなら特定は難しくないでしょうが、精神魔法を使うなら認識阻害の魔法を使っている可能性があります。特徴が一致しないかもしれませんので、男がどこで誰に声をかけていたかを中心に聞き込みをお願いします」
「わかりました。女性はどうしましょうか?」
「そういえば名前はわからないのですか?」
おっぱいにしか目が行っていなかったので名前を聞くこと、名乗ることを完全に忘れていた。
「すみません。聞き忘れていました」
「そうですか。では、あっちゃんと一緒に一度宿に戻ってください。女性はあっちゃんに任せて、ギルドで保護しようと思います」
「任せとき」
というわけで、アッキさんを連れて宿に向かった。
ギルマスは他に手が空いているBランク以上の冒険者がいないか探してみるとのこと。
意図的に請求額を増やそうとしているのは、気のせいだろう。
「ところでラパ、あそこやないよな?」
「…あそこ、ですね」
「燃えてんな」
「燃えてますね」
借りていた宿が燃えていた。
泣き崩れる宿屋のおっちゃんとおばちゃん。
まだ小さな看板娘と抱き合って無事を喜んでいる。
顔見知りの客たちもいて、煙を吸ったのかむせている人、顔や腕に火傷をしている。
しかし、女性の姿は見つけられない。
「どうすんねん! その女が重要な手がかりやろ!」
「ちょ、ま! 落ち着いてください! とりあえずカップの位置を探ってみます!」
契約した魔物の位置を調べることはできるが、首元を掴まれた状態では集中できないため、アッキさんに離れてもらう。
「…まだ、宿の中にいるっぽいです」
「ほんまかいな。これは、助からへんで」
宿のど真ん中にカップの魔力を感じる。
スライムのカップであれば攻撃魔法でもない火事程度で死ぬことはないと思うが、人間は別だ。
呼吸が必要な上、熱さに耐えられるとは思えなかった。
魔法が使える人たちと協力して火消しを行っていると騎士団が到着して、本格的な火消しが行われる。
騎士達が焼け跡の宿に突入していくと、なんと女性は、
カップに消化されていた。