第七話 魔眼
太陽たちを迎えに飛行機まで戻り、体調の悪そうな日暮をおぶって、俺達はアルの家へと向かった。その間に紹介とかも済ませた。
スラム街は結構広く、アルの家までそれなりに歩いたが、まあ10分程度だった。
そうして、俺達は、スラム街に似つかわしくない、大豪邸にたどり着いた。
第七話 魔眼
アルがドアを開けると、意外なほどに清潔な家が顔を見せた。
「…すげえな、管理が行き届いてる」
俺達の孤児院も一応きれいには保っていたが、それとこれとでは規模が違いすぎた。
「かあさーん!客ー!」
アルがそう叫ぶと、奥から若い女の人が出てきた。
「お客なんて珍しい。こんなスラムに来るなんて。…四人とも、上がってください。」
そう言って、彼女は俺達を奥へ誘った。
歩きながら、あたりを見渡す。シャンデリアやら高そうな陶器やら、あたりを見渡せば見渡すほどにここはスラム街に似つかわしくない印象を受ける。…なにより、ここは異常とも思えるほど、広い。
「はい、この部屋使ってください。ご飯時になったらお呼びしますので。」
そう言って、彼女は戻っていってしまった。
「まるで給仕の人みたいだな」
太陽がそう言うと、アルが、
「もう身内以外と関わりたくないんだよ。俺はその理由も知ってるしな。」
といった。
「なるほどね。で、その理由って?」
「それより先に、俺のやりたいことを説明させてほしい。サコルの首都に行って、殺したいやつがいるんだ。」
アルは、そういった。
「殺したいって、誰をです?それに、君みたいな子供が…まあ、こっち側も四分の三子供ですけど…」
華奈さんが、そう問う。
「年齢関係なく、殺したいやつの一人や二人はいるだろ。…でだ、俺が殺したい相手は、とある企業の社長なんだが…別国の出身なら知らない可能性が高いな…。」
すると、日暮が、
「悪名高いだけで言えば、スルガナって名前の人、この国じゃなかったっけ」
と言った。スルガナは、ニュースでもよく目にする、いわゆる「半ば詐欺商品じみたものを高値で売りつける」という企業の頭だが…
「スルガナ?ああ、あいつは違うよ。俺が殺したい相手は、主に国内向けの企業の頭だからな。」
「名前は言わないのか?」
「どうせ言ってもわからないでしょ。」
アルはそう言って、太陽の申し出をバッサリ切ってしまった。
「なるほどな。場所は知ってるのか?」
「知ってる、あんたらの望んでる、サコルの軍司令のいる場所も知ってる。…これが、あの男を恨む理由だけどな」
…?軍司令と共謀でもしたのだろうか、しかしそんなようには見えなかった。だって、それなら目的は同じだとでも、あの場で言ってくれただろうから。
「恨む理由って、一体なんなんだ?」
俺がそう問うと、アルは口を開く。
「母さんを裏切ったから。…そもそも、あいつは俺の父親なんだ。」
それを聞いた瞬間、俺達は驚く。
「父親を恨む、か…まあ仕方ないことなのかもね」
華奈さんは、そうつぶやく。…彼女が言うと説得力があるな…
「で、裏切ったって具体的にどういうことなの?」
日暮が、そう問う。
「母さんの目が緑色だったからという理由だけで、やつは母さんに離婚を突きつけたんだ。…俺だって、同時に上層階級から切り離された。…事実だけ言えばこうなんだが…」
「目の色だけで、か…。」
俺がそう言うと、アルは軽くため息をついて、
「やっぱり、順を追って話そう。このままじゃ話がこじれる。」
そうして、アルは話し始めた。
「まずは8年ほど前のことだ。話に聞いたところによると、俺はビルの下に捨てられていたらしい。それを拾ったのが母さんだった。その頃はまだ黒目だったらしいけど。…んで、俺を拾って三年したところで、彼女の目が緑色になりはじめたって聞いてる。…で、そこらへんあたりから上層の彼女に対する目ってのは厳しくなっていったらしい…。そして、三年前。ここらへん、元は俺達の別荘だったんだけど、ちょうどここに俺達が止まってたときに、「影」が発生したんだ。…それを、緑色の目のせいだということにして、やつは…」
「…なるほどな、まあよくある話だ。その場に居た一番怪しいやつを吊し上げて、叩きつけるってのは。」
太陽が、そう吐き捨てた。
「そうだけど、だからこそ俺は彼を恨む」
アルの目には、強い決意が浮かんでいたように思う。しかし、俺は一つの疑問を浮かべた。
「影ってのはなんなんだ?聞いた感じ、普通の日陰とかそういうもんでもないんだろ?」
俺がそう聞くと、アルが、
「人型の謎の存在だ。生命体かもわからん。自然発生して自然消滅するが、武器が全く効かなくて、どんな素材でも薙ぎ払うだけで破壊していくような、そんなやばいやつだ。…だからここはスラム街になったんだよ」
「なるほどな…出会わないことを願おう。で、司令官の場所を知ってる理由は、お前が上層の出だからってことでいいのか?」
俺がそう問うと、アルは軽くうなづいて、
「それもそうだが、俺はスリをするときに毎回中央の首都まで出向いてる。そのタイミングで、情報は結構仕入れてる。どこにでも忍び込んで、どこからでも盗んでるからな。…父も追わなきゃいけないし」
と言った。
「今までよく捕まんなかったね」
日暮がそう言った。日暮は、部屋の中にあった、本棚の本をペラペラとめくっている。
「…しかし、それならば協力するのは確定だな。どうせ俺達はここらへんの地理には詳しくない。アルに任せておいたほうがいいと思う。」
太陽が、そう言った。
「華奈さんも、それでいい?」
「もちろん。」
「オーケー。じゃあ、アル。いつ頃なら可能だ?」
俺はすぐさまアルに聞いた。
「…そうだな、今10月下旬だろ?一ヶ月は、待ってもらえれば嬉しい。」
「そりゃまたどうしてだ?」
太陽が問う。
「吹雪が起こるからだよ。それに乗じたい。…ただまあ、それを待つのが嫌ならまた別なんだけど」
なんだ、そんなことか。といった表情で、俺と日暮と太陽が顔を見合わせる。
「それなら突入は2日後くらいかな。物資は不足してないんでしょ?」
俺はそう言った。
「不足はしてないが、話聞いてたか?吹雪に乗じたいんだって」
アルは少し苛ついた顔をして言った。
「じゃあ、これ、見てみろよ」
そうして、俺はその手に、雪と風…要は吹雪を軽く発生させた。
「なんだ、これ?」
アルが目を丸くして言った。
「俺達、じつは銃も何も持ってない。持っているとしたら華奈さんくらいだ。…でも、敵地に抵抗手段無しで飛び込むのって、ただの馬鹿だろ?」
「まあ、そうだな…しかし、銃ひとつ持ってないのは初めて聞いた。…で?対抗手段がそれってわけか?」
「そうだ。…魔法、よく聞く名前だろ」
それを聞いたアルが、ニヤリと笑う。
「魔法か…ファンタジーとして十五年前ぐらいに流行り始めたジャンルだしな。現実にあったなんて…」
どうやら、悪だくみでもしているような顔だ。
そうして話していると、日暮がパラパラと本をめくって見せてきた。
二十年以上前の、大空市外の魔法関連の文書というのは、この家にあるように、俺たちにですら読めない文に書き換えられてしまっている。
…すると、日暮が口を開いた。
「これみたいに、読めない文章は大体魔法について書いてある本だよ。…二十年前よりずっとずっと前から、魔法は常識的な存在だったはずなの。」
彼女はそう言って、本を座っていたソファの上に置いた。
「なるほど。で?それは君たちにも読めないの?」
「読めない。」
そして、しばらく経った後、アルが、
「よし、わかった。じゃあ、突入自体はすぐできるんだな?」
と言った。
「準備時間もあるし、そう早くはいけないと踏んで二日としたが…早められるなら早めてくれ。魔法のアドバンテージが消えかかってる可能性も存在するから。」
俺がそう言うと、アルは驚いて、
「そんな可能性があるのか!?…じゃあ出来るだけ早めよう。」
と言った。
「どうしてかは聞かないのか?」
「聞かない。…どうせ、聞いてもどうにもならないしな」
そうしてアルは席を立った。
「ついてきてよ。準備する。」
彼はそう言って、部屋から出た。
「華奈さん、よかったですね。これでまず間違いなく確かめられる。」
…俺はそう言ったが、彼女はクスリともしなかった。
「…人を恨まない人生を、本当は歩みたかった」
ぼそっと、そう聞こえたあと、彼女も部屋から出た。
「日暮、もう体調は大丈夫か?」
太陽がそう問う。
「大丈夫だよ。…ただ、現実味は、まだないよね。」
日暮の顔は暗いまま、そのまま部屋を出た。
「俺たちも行くか、太陽。」
「そうだな。」
アルについていくと、彼は廊下の突き当たりで、隠し階段を引き出した。
「忍者屋敷かよ、すげえなこの家…」
「親父の趣味だ、おかげで武器類を隠せる。」
そうしてアルが登った先には、銃がズラリと並んでいた。
「といっても、お前らには武器はいらないんだよな?」
「いらないな…華奈さんは?」
そう言って、華奈さんの方を向く。
「私は…銃弾だけでも持っておこうかな。型が合えばそれでいいんだけど…。」
「型は何?」
「FMJ、まあ自分で探すよ、どこ?」
華奈さんがそう聞くと、アルは棚を指差した。
「オッケー。」
アルはアルで、銃弾用のバッグなどを用意していた。
「…俺たちも一丁くらいは持っておいた方がいいか?」
太陽がそう言った。アルがそれに反応し、
「いや、不必要に荷物は増やさない方がいい。銃って別に軽くないからな。お前らが生まれた時から戦場を生き抜いてきたとかなら別だが、魔法に頼りっきりで戦ってきてるんなら、軽はずみに荷物は増やすな。」
と、言った。
「さすが中央都市で情報を盗むだけあるな。…わかった、そういうことなら荷物を持たないことにしよう。」
太陽はそう言って、隠し部屋から出た。
「俺たちは特に用がない。先に戻っておくよ。」
そうして、俺と日暮も部屋に戻った。
部屋に戻って、ソファに座る。
「…展開が早すぎるな、神が手引きでもしてんじゃないのか?」
太陽がふと、そんなことを言う。
「バカ言え、華奈さんの言ったことを信じるなら、神ってのはただの情報の塊だ。…そんなものが、俺たちを助けられるわけがない。」
俺はそう言ったが、太陽は、
「…まあ確かにそうだが、しかし、意思を持ったとまで話してなかったか?…いやでも、だからと言ってなぜ…?」
と言った。
「そもそも俺たちに対しての干渉力があるかどうかも謎だしな…」
そうやって考え込んでいると、日暮が、
「ここの軍司令、魔法を知ってるんだよね?…それって、誰から教えられたんだと思う?」
と言った。
「…ははは、まさかな…」
俺は苦笑いして、ソファにもたれかかる。
しばらくして、アルたちが戻ってきたころ、
「ご飯の用意ができたので呼びにまいりました。」
と、アルの母がやってきた。
目に注目してみると、確かに、輝いた緑色だ。
「これ、魔眼か?」
太陽が、ふとそんなことを言った。
「え?」
アルの母の顔が、驚いた表情に変わった。
「効果はわからないけど、多分魔眼の類だ。魔力を感じる。」
俺も、少し集中してみる。
「確かに…魔力が感じられる…。」
だけど、魔眼は先天性かつその持ち主に有利なように働く魔法症のはず…
「あの…できればこの目については詮索しないで欲しい…です」
彼女は弱々しくそう言った。
「まあいいや、とりあえず飯を食べよう。」
そう言って移動した先には、とても豪華なものがずらりと並んでいた。
「いっつもこんなの食べてるんですか?」
何より、すごい量だ。
「流石に客が来てるからね。気合い入ってるだけだと思うよ」
「なるほどな…」
アルの母は、表情一つ変えず、黙々と食べ続けていた。
「そういやアル、準備が終わったなら、吹雪張るだけだし明日でもいけるぞ」
俺がふとそう言うと、アルは驚いて、素早く俺の耳に寄ってきた。
「おい、親にはこれ内緒にしてるんだよ、話題に出さないでくれよ」
そう耳打ちして、アルは席に戻ったが、
「アル、あんたまだあの人のこと嗅ぎ回ってるの?危険だからやめなさいってずっと言ってるじゃない…」
と、母親に言われていた。
「危険だからで諦められるわけないだろ!母さんをこんな目にあわせておいて、許せるわけが…」
「あの人が好きでこんなことするわけない、そんなことくらいわからないの!?」
「…いいかげん現実を受け止めたらどうなんだよ…明日には俺は行くからな」
そう言って、アルは席を立って茶の間を出た。
「…すみません、見苦しいものをお見せして」
「何があったのかは聞きませんけど、あなたはあれでいいんですか?…彼、どう説得しても止まりませんよ」
華奈さんが厳しい言葉を投げかける。
「…見送ってやるくらいは、してあげた方がいいと思います。」
その言葉に、アルの母は黙る。
「…生きて帰ってきてさえくれれば、私はそれでいい。見送りなんて、縁起が悪いですよ。」
口を開いたかと思えば、彼女はそんなことを口走った。
「いい加減にしてよ…」
隣の席に座っていた日暮から、そんな声が聞こえた。
「一回でも愛する人と離れ離れになってるなら、いい加減学習しなさいよ!縁起が悪いどうこうじゃない、いつ理不尽が襲ってきて、いつ人が死ぬか、そんなことなんてわからない。今を…大事にしなさいよ…」
日暮は、そう、涙まじりに叫んだ。
「私がそんなこと考えてないわけない…いや、あなたのいう通り…」
そんなことを言って、彼女はフォークを机に置いた。
「すこし、考えさせてください。…出立は明日なのでしょう?」
それだけ言い残して、彼女も部屋から出た。
「…2人とも行っちまったな」
太陽が、そう言った。
「日暮、大丈夫か?」
俺は、彼女の顔を見ながら聞いた。
「…ごめん、ひかりちゃんのこと、考えたら…」
日暮は、まだ立ち直れていない…か
「でも、大丈夫。…戦えるよ」
彼女はそう言って笑った。…大丈夫そうだな。
「じゃ、飯食って部屋戻るか…」
そうして、俺たちは美味しいご飯を食べて、部屋に戻った。
夜は明けて、出発の時になった。
「アル、本当にいいのか?挨拶も何もしないで」
「いいよ。別に、死にに行くつもりはない。」
アルはそう言った。彼の顔は、いつもより一段と引き締まっている気もする。
そうしていると、たたた…と、何か足音のような音が聞こえてきた。
「…母さん…」
アルの眉が、少し下がる。
「アル、これ。彼のパソコンのパスワード。…真実を知りたいなら、これを使いなさい。…そして、かならず帰って来なさい。」
アルの母は、それだけ言って戻った。
「…よし、行こう。」
アルは、パスワードを持って、家を出た。
このスラム街から、中央都市までは、言うほど離れてはいなかった。すぐに都市周辺の森に着いて、一度体制を整えようという話になった。
「吹雪、もう出していいか?」
アルに問うと、OKのサインを出してくれたので、俺は大規模な吹雪を作り出した。3時間ほどで、あたり一面は吹雪によって視覚が意味をなさなくなった。
「さっむ…」
太陽がぼそっと言う。
「吹雪って聞いて厚着しといてよかったわ…」
しかし、…これで因縁が終わる…
「日暮、太陽、準備はいいか?」
俺は2人に問う。
「出る前に確認した通りだ。何も問題はない。」
「オッケーだよ。…絶対、情報を得よう。」
2人の返答はそうだった。
「じゃあ、華奈さんも大丈夫?」
「…やっと、終わるって気持ちがあります。」
アルの覚悟は、顔から見え透いていたので、あえて聞くことはしなかった。
…これで、大空市に戻れるだろうか…
「よし、行くぞ。」
アルの言葉で、みんなが走り出す。
未だ現実味のないゲームのような感覚の中、ずいぶんとリアルな罪の重さと、手足の感覚が、体を震わせた…
第七話 終