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第六話 一つの星

移動はかなり時間がかかる。一応サコルはペインからは一番近い国なのだが、とはいえ簡単にたどり着ける場所でもない。国境を無理やり超えるにあたって、俺達三人がジャミング電波のようなものを放つことによってレーダーを遮るなんていう荒業だって必要だった。なお、視覚情報のことも考慮して、基本は雲の上を通ってもらっていた。

「華奈さん、あとどれくらいで着きそうですか?」

日暮がそう問うと、華奈さんは苦笑いして、

「…それがね、あなたたちに放ってもらっているジャミング電波によって、地形情報が入手できなくなってて…とどのつまり、今どこにいるかわかんないんだよね…」

俺達はその事実を聞いた瞬間、冷や汗が湧き出る。

「…これ、詰んでないか?」


第六話 一つの星


「…一瞬だけジャミングを切ろうにも、レーダーに見つかったらそれで終わり…」

事実に突き当たる。あまりにも光明が見えなさすぎてもはや笑えてくる。いやまあ何か撃たれても打ち返せばいいっていうのはある。それだけならどうとでもなるものだ。…問題は降りてから、すぐさま戦闘になる可能性が高くなること…。さすがにそれはきつい。

「どうしようか…あ!」

俺は魔力探知をここで用いた。下の方が波打ってるなら海だし、波打ってなければ多分地面だ。

「…一応は地面の上っぽいですよ、サコルにいるかどうかは別ですけど。」

俺がそう言うと、華奈さんは、

「よかった、それなら着陸できそうね。…急降下するから、気絶だけしないように注意して。」

といった。その瞬間、機体の頭が、異常に下がったのがわかる。下方向にどんどんと加速し、座席につかまっていないといけないぐらいきつい。…というか、これどっかで見たな…安楽死コースターだっけ…頭に血が登って死ぬとかいう…

無事に地面を視認した頃、華奈さんは急だった角度をゆっくりと緩め、着陸態勢へ移行した。

「…ねえ、華奈さん。」

かなりグロッキーな表情をした日暮が、華奈さんに聞く。

「空港とか使えないけど、どうすんの?」

その言葉が耳に入るやいなや、華奈さんの表情に焦りが見えてきた。

「一応、地面すれすれの低空飛行だし、見つかることはないだろうけど、あんまりずっと飛んでいたくはないよねぇ…。かといって、ここらへん森だなぁ…」

と、華奈さんが適当な場所を探し始めて数十分、ようやっと、着陸できそうな場所が見つかった。

「華奈さん、あそことかよさそうじゃない?」

太陽が、右側のスラム街を指さしてそう言ったからだ。

「…まあ、ガラクタが怖いけど、着陸の懸念はそれだけか…なら、いいかな」

そうして、華奈さんはスラム街への着陸を試みた。


免許は取ってるって言ってたけど、結構な初心者フライトだったはずだし、よくここまで操縦できたなって感じの腕前を感じる空の旅だった。俺達は今、どこかもわからないスラム街にいる。

「…結局、ここどこなんですかね?」

太陽がそう言った。

「あー…飛行機の地図を見る分には、サコルらしいよ?つまり、私達は今敵地にいるってことか…けどまあ、ここなら情報も行き届いてなさそうだし、泊めてもらえる場所もありそうだね。」

華奈さんが、そんなことを言った。すると、着陸後ずっとうつむいていた日暮が、無理やり顔をあげて、

「うぅ…ごめんだけど、しばらくは動けそうにないから、回復するまで待ってくれないかな」

と言った。俺達も息をつき、緊張を解く。

「まだここは戦場じゃない。力抜いて悪いことはないな。」

太陽はそう言って笑う。…しかし、依然として戦場のピリ着いた空気は消えなかった。

そういえば、ここまでゆっくりと落ち着いて空を見るのは久しぶりだ。一ヶ月は牢屋にいたし、なんなら、それよりももっとずっと前から、長らく空なんて見上げていなかったと思う。

「…なあ、太陽」

「なんだ?」

「青い空をしっかり見つめたのなんて、いつぶりだ?」

「知らん。なんなら、一回もないなんてこともあるんじゃないか?」

話していると、華奈さんがこちらを向いて、

「あなたたち、年相応じゃなさすぎるよ。ちょっとついていけない。」

彼女がそう言ったので、俺と太陽は顔を見合わせて少し笑った。

「確かにそれはあるな…でも、孤児院でずっと暮らしてきたし。年相応なのなんて、俺達の中に一人も居なかったと思う。ひかりも含め。」

そんなことを、俺は華奈さんに話した。これらについて何も嘘はない。

「…まあ、あなた達が無事に故郷に戻れる日のことを、祈っておくわ。」

華奈さんはそう言ってまた前を向いてしまった。

「そういえばあなた達は、この世界の成り立ちを知ってる?」

唐突に、華奈さんはそんなことを聞いてきた。

「うーん…元は無があったんだっけ?」

太陽がそう言った。華奈さんは、軽く頷いて、

「そうだよね。みんなそんな感じで知ってると思うんだけど、でも魔法に触れて思い出したことがある。」

華奈さんは、ゆっくりと息を整えてから、話し始めた。

「記憶…それは時間という、情報の蓄積を指す言葉。無の中に唯一存在し蓄積した情報は、質量を持ち、やがて意思を持つに至った。それは、遥か広大な「大空間」と呼ばれるものを発生させ、そこにいくつもの点を作り出した。点も記憶を持ち、意思を持ち、空間となった。そこにまた記憶が積み重なり、摂理が発生し、それによって現象が発生し…我々はその想像を絶するほどの情報のことを、記憶と呼び、魂と呼び、そして、神と呼んだ。」

そう話した華奈さんは、もう一度息をついて、

「そんな超常の存在が本当にいるのなら、もしかしたら助けてくれるかもだと思ってるんだけどね。…20年も前に知った話だし、嘘でもしょうがないと思うけどさ。」

と言った。その言葉に俺は少し驚く。

「…20年前?戦争のこと、覚えているってこと?」

「覚えているっていうか…思い出したってさっき言ったとおりだよ。魔法に触れて思い出した。」

…思い出した、か。…大空市側で習ったことには、大空市の外では誰一人として魔法を使えない。なぜなら、20年前に、その戦争の記憶、そしてそれに関わる文献、最後には魔法という概念すら、全世界から消え去ったからだという。しかし、魔法を目にしたことによって、その強制的な…半ば洗脳じみた記憶消去が、解除されたということなのだろう。

「これ、もしかして、俺達が魔法をどんどん使えば使うほど、魔法という概念が世界に拡散されて、今ある俺達の「魔法が使える」っていう絶対有利がなくなっていくのか…?」

そんなことをふと思ってしまったが、まあそんなことになる前に旅が終わればいい話だろう。決して不安になるべきでないということを、再確認する。

「そうだ。せっかく思い出したなら、戦争について教えてくださいよ。」

日暮が、そんなことを言った。

「20年前だから、あまり覚えていないのと、それに、両親を奪った戦争なんて、本当なら思い出したくもなかった。だから、話すのは無理かな…」

「そうですか。私達に出会ったことによって、思い出させてしまった…んですよね。ごめんなさい。」

日暮がしゅんとした表情を見せる。

「ああ、気にしないでよ。なんなら、思い出したくないって言ったけど、今まで私は、両親がただ私をおいて消えただけの薄情者だと思ってたんだから。それが違うって思い出せただけでも、私にはありがたかったよ。」

華奈さんはそう言って笑った。


しばらく立って、日が落ち始めた頃、なんだか飛行機の外が騒がしい気がしてきた。…なんというか、小学生がおにごっこで走り回っているような、そんな公園の騒々しさに近しいものを感じる。

すると、唐突に、銃声が鳴り響いた。

「敵襲!?」

そんなばかな、こんなスラム街までこんなに早く情報が届くわけ…!?

俺は素早く外を確認する。それと同じく、太陽は反対側を確認していた。

「太陽、どうだ?」

「こっちにはいない…囲まれてるわけではなさそうだ。

「…こっちには、子供が一人だ。」

疲れきって寝ていた日暮も、先程の銃声で飛び起きていた。

「日暮、動けるか?」

「…うん、もう大丈夫。」

心底大丈夫な顔色はしていなかったが、本人の言うことを信じるしか、今はない。

「華奈さん、飛行機の窓勝手に開けるよ!」

そう言って俺は窓を無理やりこじ開け、目の前に結界を張り続けながら飛び降りた。

「俺達は君達に危害を加える気はない。銃をおろしてくれ。」

「そんな口からだけの情報を信頼できるわけないだろ?」

わざわざ降りたのも虚しく、彼はそんなことを言っていた。

「じゃあどうしたら信用してくれる?」

俺はそうやって問う。

「本当に危害を加える気がないならそのよくわからん壁をはがせ。」

「それは別にいいが、それなら先に銃をおろしてくれ。君が俺達を信用できないように、俺だって君を信用できない。」

しばらく進展が薄いままのこの状況に対して、少し苛立ちを覚える。

「なあ、君はどうしてここまで俺達と戦おうとしてるんだ?」

「決まってるだろ!人の家の近くに飛行機で降りてくるなんて正気の沙汰じゃない。十中八九、お咎め喰らいなのは想像がつく。そんなやつが一体ここに何の用だ?…こっちからしたら、盗みとか快楽殺人ぐらいしか思いつかない。」

「俺たちは、ここの国にいる軍司令に会いにきた。そんなこと万に一つもしない!」

それを聞いた途端、彼は銃を下ろした。

「じゃあ億に一つは?」

「するわけない。」

彼はため息をついて、少し笑う。

「…丁度いいな、俺も都の方に用があるんだ。お前の言うことが本当なら、話を聞いてやらんこともない。」

「本当だ、嘘をつく理由もない。」

「騙し討ちするためには嘘もつくと思うがな」

それはまあそうなのだが、なぜそうまでして俺を疑うのか…怒りすら湧いてくる。

「お前がそこまで俺を疑うなら、今ここで俺を殺せばいい。」

俺はそう言って、結界を解除した。

「不利益を被るのは、お前だと思うけどな。」

俺のその言葉に、彼は身震いした。

「はは、ふざけてやがる。…俺はアル。ここら辺のスラム街に住んでる、盗人だ。」

彼はそう言った。たかだか齢8、9に見える彼が、盗人とは…

「何ジロジロ見てる。お前も名乗れ。」

アルは、そう言って俺を睨みつける。

「…俺は常夜三月。ペインからやってきた。」

「ペインから?…隣国だな。遠路はるばるご苦労さん。」

「そんなに歓迎する様子は見受けられなかったがな」

俺がそう言うと、アルは笑った。

「しかし、盗人って、こんな人も居ないようなところでどうやって盗みなんてするんだ?」

俺がそう問うと、アルは怪訝な顔をして、

「盗人って事自体には疑問を持たないんだな?」

と言った。

「生きるためにはどうしようもない事情なんていくらでもあるだろ。俺だって、ペインから逃げ切るためだけに何人も殺した。」

「なるほど。…どうだった?人を殺した感触は。」

「特に何も。吹けば飛ぶほど軽いんだなって思っただけだ。」

「…へぇ」

アルは、にやっと笑って、

「その様子じゃ、今日泊まるところもないんだろう?信じてやる、家に泊めてやるよ。」

そう言ってアルは、銃をケースに仕舞った。


第六話 終

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